仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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どうも、黒井です。

今回からは皆さんが気になっていたあの男にスポットが当てられます。


第二十九筆:ドクロは誰だ?

 一般人の友達だと思っていた学が実は忍者だった。この事実は千里だけでなく、椿でさえも驚愕させるものであった。彼女も学が忍びだと言う事を知らなかったのである。

 

 唯を交えた4人は急遽緊急会議をと言う事で、南城邸に引っ込み客間に引き返して机を囲み話し合う。

 

「ずずっ……ふぅ~」

 

 湯気を立てる湯呑から茶を啜り一息つく学。暢気な姿を見せる彼に、千里は業を煮やしたように話を切り出した。

 

「……で?」

「ん?」

「ん? じゃねえよ。お前、万閃衆の忍びだったのか?」

「そうだよ。俺は総本山から特命を受けてあの高校に入ったんだ」

「忍びの名は何と言うのでござる?」

「ありゃ? 気付かない? 最近よく顔合わせるじゃん」

「……! まさかお前がイカズチか!」

 

 答えに辿り着いた千里に、学はピースサインで返した。飄々としたこの男が、これまで何度も危ない所を助けてくれたイカズチだと思うと何だか納得がいかないものを感じる。

 どうにもこの、のらりくらりとした雰囲気を纏った彼を信用しきれない。今まで忍びとは関係の無い一般人の友達だと思っていただけに、今回彼は裏切られたような気分になっていた。

 

「特命って、何?」

 

 それでも何か情報を引き出せないかと、千里が問い掛ければ学は視線をチラリと千里の隣の唯に向ける。唯はその視線に気付かない様子で、学が何と答えるのかを見守っていた。

 

「……流石においそれと教える訳には行かねえな。何しろ総本山からの特命なんでね。それくらいは理解できるだろ?」

「まぁ……そうだけどさ……」

 

 やっぱりどうにも信用できない。実は万閃衆の忍びと言うのは偽りで、本当は卍妖衆からの刺客なのではないかと言う疑念が椿の中には浮かび上がっていた。千里の方はと言うと、流石に卍妖衆と疑う様な事はしていないが、裏切られたと言う気持ちは強いのか学の事を睨む様に見ている。

 

「むぅ~……」

「南城君?」

 

 学を睨んで唸り声を上げる千里に、唯はらしくないと言う様に彼の事を見ていた。

 

 唸りながら自分を睨む千里に、学は彼が言いたい事を理解しているのか湯呑を置き口を開いた。

 

「まぁ、お前に黙ってたのは正直悪かったと思ってるよ。ただこっちも任務があったんだ。お前にも正体を明かせないくらいの、な?」

「う~~……」

「ま、良かったじゃないか。お陰で最初の一般人の友達って称号は俺じゃなくて小鳥遊さんの物になったんだしさ。あ、もう友達じゃなくて彼女か?」

「「ちょっ!?」」

 

 いきなりとんでもない事を言いだす学に千里だけでなく唯までも声を上げた。言われてみれば確かにそうだが、それをいきなり告げられるのは恥ずかしい。

 だが彼の言う通り、これで名実ともに唯が千里にとって最初の人物となれた。今までの人生で、立派な忍者になるべく必要以上に他人との関わりを避けていた千里が初めて得る事ができた一般人の親しい人物。貴重なその席の最初の一つに唯はつく事ができたのだからある意味光栄であると言えた。

 

 学のある意味での爆弾発言に押し黙る千里と唯。一方椿はと言うと、こちらはこのタイミングで正体を明かした学の行動の意味を考えていた。

 

「先程、山崎殿は総本山からの特命で素性を隠していると申したでござるな?」

「あぁ」

「ならば何故、今こうして正体を明かしたのでござるか? それはある意味で命令違反になるのでは?」

 

 そうだ、それが分からない。千里は学が忍びである事を偽っていたと言う事実の方にばかり目を向けていたので気付かなかったが、考えてみれば彼の行動は立派な命令違反にあたる。今まで黙っていたのにこのタイミングで正体を明かしたのは、些か不自然に思えた。

 

 椿の指摘に千里と唯も学に注目すると、彼は湯呑に一つ口を付けて唇を湿らせると話を切り出した。

 

「実はな……今、あの学校には卍妖衆の上忍・ドクロが潜入してる」

「えっ!?」

「誠でござるか?」

「総本山が掴んだ情報だ、間違いない。だがそれが誰なのかまではまだ掴めてないのが現状だ。俺の任務の特性上、正体の分からない敵の上忍が傍に潜んでるって状況は非常にマズイ。だが俺1人だと出来る事に限界があるんでな」

「それで、南城君達にも協力してほしいって事?」

「そう言う事」

 

 素性を隠す事は必ずしも絶対ではなく、必要とあれば協力を要請する為に正体を明かす事は総本山からも許可を得ていたらしい。そこに関してはある程度自由な裁量が与えられていた。

 

 そう言う事なら納得は出来ると、椿はそれ以上問い詰めるような事はせず湯呑の中の冷めた茶を啜り腕を組んで口を噤んだ。胸の下で腕を組んだので彼女の高校生離れした豊満な胸が強調されるが、この場でそれを気にする者は誰も居ない。

 

「事情は分かった。今まで騙されてたのはムカつくけど、仕方ない事だって頭で理解した」

「理解を示してくれて嬉しいよ」

「でも! 南城君を騙してた事、私は許さないから……!」

「分かってる、分かってるって。悪かったよ南城」

「まぁ、俺はもういいけどさ……」

 

 千里以上に学に対して怒りを燃やす唯に、学は言いようのない迫力を感じた。惚れた弱みならぬ強みと言う奴だろうか。恋する乙女は強いと言うが。

 

「ところで、うちの学校にドクロが潜入してるって話だけど、他に分かってる事は何も無いのか?」

「残念ながら。分かってるのはドクロが潜入してるって事だけさ。ただ生徒では無いらしい」

「宇賀八先生ではござらんか?」

 

 誰がドクロなのか分からないと悩んでいる所で、椿が真っ先に疑ったのは骨猪であった。骨猪は最近になって新たな教員として入って来た。風貌も怪しい。疑うには十分な理由がある。

 しかし千里はそれに対し否を唱えた。

 

「いや、それはどうだろう? 俺も前に先生を怪しんだ事はあるけど、暫く見張ってもおかしなところは無かったぞ」

 

 骨猪が孝蔵の代わりに担任になった当初、千里は彼を危険な人物ではないかと警戒して目張の術で見張った事がある。だがその時には骨猪は何もおかしなことをせず、至って真面目に教員として働いていた。

 尤もその頃は卍妖衆の活動自体少なかったので、千里が見張ったタイミングが悪かっただけと言う可能性もある。しかしそれを差し引いても、普段の彼の教師としての様子を見ていると疑おうと言う気にはなれなかった。

 

 意見が対立する千里と椿。学は2人を交互に見ると、若干蚊帳の外に追いやられつつある唯に視線を向けた。

 

「小鳥遊さん、どう思う?」

「え、私?」

「忍びとは関係の無い小鳥遊さんの意見も聞きたいな」

 

 学の発言に千里と椿の視線も唯に向けられる。三つの視線が自分に集中している事に、唯は若干気圧されながらも何とか言葉を絞り出す。

 

「え、えと、私は……うん。私は、宇賀八先生はそんなに悪い人じゃないと思う」

「根拠は何でござるか?」

「何って言われると、困っちゃうけど…………しいて言うなら、危ない感じがしないから……かな?」

 

 唯の答えに椿と学が眉間に皺を寄せて顔を見合わせる。こう言うと失礼かもしれないが、骨猪に関しては危ないと言う言葉が服を着て歩いているような印象すら受けいていた。普通の人間がどう育てば、あんな骨と皮だけみたいな容貌になると言うのか。正直、危ない薬をやっていると言われても納得できてしまうくらいだ。

 

「小鳥遊殿は危険に身を置かぬ故、そう言う危機感知的な能力は低いでござる。あまり参考になる意見とは思えぬが……」

「それは偏見じゃないか? 寧ろ力が無いからこそ、危険を察知する能力だけはあるかもしれないじゃないか」

「そう言うのは物語の世界だけの話でござる。平和ボケした一般人が、本気で身を潜めている忍びを見抜ける訳がないでござろう」

 

 唯を疑う椿と唯を信じる千里でまたしても意見がぶつかり合う。平行線を辿る2人の議論を、学が手を叩いて止めさせた。

 

「はいはいはい! そこまでそこまで。皆の意見は良く分かった。その上で提案がある。この場の全員で暫く宇賀八先生を見張らないか?」

「「「え?」」」

 

 今のところ、一番疑われているのは骨猪と言う事になる。反対意見もあるが、黒ではないかと叫ぶ者がいる以上疑わない訳にはいかない。

 となれば、この場の全員で見張り白黒はっきりさせようと言うのは理に適っている。骨猪が正体を明かせばそれで黒は確定だし、見張っている間に別の場所にドクロが現れればその時点で彼の身の潔白が証明される。どちらにしても意義はある。

 

 学の意見に3人も反対意見は無いのか、これで行くことに決定した。

 一つ問題があるとすればド素人の唯に見張りなんて高度な真似が出来るかと言う事。もし仮に骨猪がドクロであれば、唯が露骨に見張る姿を見れば彼女の身に危険が及ぶ可能性がある。

 

「小鳥遊さんはあんまり無茶しないでね。授業中とか、学校の中でたまたま目にした時に気にしといてくれる程度で良いから」

「うん……ゴメンね? あんまり役に立てなくて」

「そんな事は……」

 

 まぁ役に立つか立たないかと言われれば、唯は役立たずと言う他ないだろう。逆立ちしたって唯には忍術は使えないし、相手に気付かれず尾行する術も持たない。そんな彼女に出来る事と言えば、彼女が骨猪を見れるタイミングで気にする程度である。

 改めて自分がお荷物だと言う事を実感して、肩を落とす唯を千里は何とか慰めようとする。

 

「そうそう。小鳥遊さんは居てくれるだけでいいんだから」

「どういう意味?」

「そのままの意味だよ。小鳥遊さんが居れば、それだけで南城は元気になれるんだからさ」

 

 しかしそんな唯の悩みも、学の言葉で吹き飛ばされる。彼の言葉に唯は一瞬ポカンと口を開け、そして次第に顔を赤くし俯いてしまった。見れば隣の千里も頬を赤くし明後日の方を向いている。否定の言葉が出てこない辺り、学の言葉を千里も認めてしまっているのだろう。

 まだまだ初心な反応を見せる2人を、学が楽しそうに眺めている。そんな雰囲気を破る様に椿が一つ咳払いをした。

 

「んんっ! とにかく、明日から宇賀八先生をこの場の全員で見張ると言う事で宜しいな?」

「そだね。もしかしたら宇賀八先生がドクロなのかもしれないんだ。気を引き締めていこう」

 

 こうして千里達による骨猪の身辺調査が行われる事となったのだった。

 

 一方その頃、話の渦中にある骨猪本人が何をしているかと言うと…………

 

「ふむ……」

 

 近所のスーパーで、特売のレタスを二つ持ちどちらがより大きいかで悩んでいた。病的に細い彼が真剣な表情で二つのレタスを吟味する様子に、周囲の主婦達は奇異なものを見る目を向けていたが彼はその視線を気にした様子を見せなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 週明けから、千里達は骨猪に対する警戒を強めていた。

 

「おはようございます」

「はい、おはよう……」

 

 唯の視線の先で、通りがかった生徒が骨猪に朝の挨拶をしている。流石にいい加減皆も骨猪の容貌に慣れてきたのか、彼の姿を見ても悲鳴を上げる者は少なくなっていた。それどころかああして普通に挨拶をする生徒も出始めていた。

 まぁそれも分からなくはない。話せば分かるが、骨猪は教師としてはごく普通だ。可もなく不可もなくな授業、質問をすれば出来るだけ分かり易く答えてくれ、時には喧嘩の仲裁などもしてくれる。

 

 見た目は確かに現実離れして恐ろしいが、それ以外が至って普通どころか格付けをするなら中の上くらいの人間だったので、見た目に慣れてしまえば接する事に拒否感は無いのだろう。事実唯も今では彼の見た目が気にならなくなっていた。慣れてしまえばあれも一つの個性として受け入れられた。

 

 そんな彼を今自分は悪の忍者かもしれないという疑いの目で見ている事に、唯は口の中が苦くなったような気がした。

 

「宇賀八先生、おはようございます」

「あぁ、小鳥遊さん。おはよう……」

 

 何時までも観察ばかりしている訳にはいかないので、唯はそれとなく近付き何時も通りに挨拶をした。彼女の挨拶に骨猪も挨拶を返し、そして彼はそのまま職員室へ行こうとし――――

 

「あ、小鳥遊さん……。少し、待って……」

「え?」

 

 突然足を止めると、振り返って教室に向かおうとしていた唯を呼び止めた。ここで呼び止められるとは思っていなかったので、唯も面食らい振り返る。

 唯が足を止めると、骨猪は何を思ったのか彼女の目の前に立ち首元に向け手を伸ばしてきた。

 

 その様子を千里と椿も見ていた。離れた所から唯と骨猪のやり取りを見ていた椿は、骨猪が唯の首元に手を伸ばしたのを見て千里が止めるのも聞かず駆け出し2人を引き剥がそうとした。

 

「待ッ――」

 

「小鳥遊さん、タイが曲がっているよ。身嗜みにもしっかり気を遣いなさい」

「は、はい……」

 

 首元に向かうかと思われていた骨猪の手は、途中で角度を変えると胸元のタイに伸び曲がっていたそれをそっと直した。彼はただ親切心で唯の身嗜みを正そうとしただけだったのだ。

 

「だぁぁ――――!?」

 

 椿は思わずずっこけた。恐らく彼女は骨猪に扮したドクロが朝っぱらの往来で唯を襲おうとしたように見えたのだろう。確かに最初か疑って掛かればそう見えたかもしれない。

 だが骨猪に対して一歩引いたところから見ていた千里は、骨猪の視線が首の下のタイの方に向いている事に気付いていたのだ。だから慌てて椿を止めようとした。

 

 千里の制止を聞かず突撃しようとした椿は、行き場を無くした勢いのままスッ転んで唯と骨猪の足元に滑り込むように倒れた。いきなり漫画の様に滑ってきた椿の姿に、唯は思わず目を逸らし骨猪は逆に珍しく目を丸くして足元の椿を見やった。

 

「え~っと、君は……長谷部さん?」

「いつつ……あ」

「こんな所で何をしているんだい……?」

「いや……その……ちょっと転んで」

 

 間違ってはいない。今の瞬間椿は確かに転んで滑り込んだ。だからやましい事は何も無いのだが、直前に思いっきり骨猪の事を疑って掛かってしまったのもあって気まずく思い目線を逸らしてしまった。

 

 倒れたまま見上げてくる椿を見ていた骨猪は、少し何かを考えると倒れたままの彼女の腕を掴んで立ち上がらせた。

 

「少し見えたけど……今、君走ってきてたよね?」

「んんっ!? は、はい……」

「こうなる事もあるから、廊下は走ってはいけないよ」

「こ、心得ているでござる」

「そうかい? まぁいい。小鳥遊さん、風紀委員の君からもしっかり言っておいてくれ。それじゃ」

 

 今度こそ骨猪は職員室へと向かって歩いて行った。彼の背を見送り、姿が見えなくなると椿は大きく息を吐いた。

 

「はぁ~~~~……」

「長谷部さん、大丈夫?」

「あぁ、小鳥遊殿。心配ご無用、受け身は取ったから怪我は大した事ない故」

 

 息を吐きながら額の汗を拭う椿を唯が心配している。一方千里は悠々と2人に近付き、骨猪が消えていった方を見ながら口を開いた。

 

「だから待ってって言おうとしたのに、人の話聞かずに飛び出すんだから」

「そう言う千里殿は随分と落ち着いていたでござるな? もしかしたら小鳥遊殿の身に危険が及んでいたかもしれないと言うのに」

「だって俺、あの人の事疑ってないもん。それにあの人が最初からタイの方を見てたのにも気付いてたし」

 

 言外に疑うあまり視野が狭くなっている事を指摘すると、椿も言い返せないのか言葉を詰まらせる。喉に何かが詰まったような呻き声を上げる椿に、千里は今彼女が掛けている色眼鏡を外す事を促した。

 

 しかし椿は意固地になっていた。千里に対しては上に立ちたいと言う欲もあるのだろう。或いは楓と血の繫がりのある息子である彼に対する対抗心だろうか。そんな相手からのアドバイスなど聞きたくないと言わんばかりに、彼女は小さく鼻を鳴らした。

 

 そして椿はそのまま骨猪の監視に戻ってしまう。一秒でも早くこの場から離れたいと言わんばかりに去っていく彼女の後ろ姿に、千里も思わず溜め息を吐いた。

 

「長谷部さん、頑固だなぁ」

「でも長谷部さん、何か変じゃなかった?」

「え? ん~……?」

 

 唯の指摘に千里はまじまじと椿の後ろ姿を眺めるが、彼女の姿は直ぐに見えなくなってしまった。だが記憶にある限りで、確かに先程……と言うより最近の椿は少し様子がおかしいような気はする。

 

 とは言え仮に彼女の様子がおかしくなっていたとして、その理由が分からなければどうしようもない。

 彼女の様子がおかしくなってきた事には千里に対する嫉妬や最近戦果が振るわない事に対する焦りが関係しているのだが、千里はその事に気付いていなかった。

 

 モヤモヤとしたものを抱えながら、千里と唯は教室に入りこの日の授業に臨んだ。

 

 

 

 

 その後、千里達は期末テスト前の授業を受けながら、骨猪の動向を細かく観察していた。授業中は目張の術で千里と椿、そして学の3人が警戒した。だが3人が警戒している限りにおいて、骨猪の行動に不可解なものは見られなかった。真面目に授業をしている時には不審な様子は見られなかったし、授業後他の生徒が質問した時にも真剣に答えてくれていた。職員室に戻ってからも、授業の為の資料を纏めたり期末試験の試験内容を用意したりと極めて真面目に働いている印象だ。

 彼の勤勉さ・真面目さは他の生徒や教員にも理解してもらえたのか、すれ違う生徒が悲鳴を上げたりすることも無く休み時間には他の教員とコーヒー片手に雑談している様子も見られた。元々口数が多い方ではないのか相槌で済ませる事が多いが、彼と話している教員は別に気にしている感じではなかった。

 

 ちょっと意外だったのは、骨猪に話し掛ける教員の中には養護教諭である泥伯(どろはく) 逸子(いつこ)の姿もあった事だ。若く美人の部類に入る養護教諭である彼女は男子生徒からの人気も高く、女子の人気教員が既に居ない孝蔵であったのなら、男子の人気教員は間違いなく彼女だった。

 生徒からだけでなく同じ教員からも羨望の的となる女性教諭。しかし骨猪は彼女に話し掛けられても普段の様子を崩さなかった。他の男性教員が彼女を前にすると鼻の下を伸ばすのに対して、骨猪は顔色一つ変えず相対していたのだ。その様子が異様と言えば異様だが、逆に言えば気になるのはその程度であった。

 

 結局午前中は何も有力な情報を得る事ができなかった。千里達は昼休憩に人の来ない屋上で集まり、昼食を片手に簡単な報告会を行っていた。

 

「……で、皆はどう思う?」

 

 持参した弁当に箸を付けながら千里が問うと、同じく弁当の卵焼きを箸で摘まんでいた唯が顎に指を当てながら答えた。

 

「ん~、私は特におかしなところは無かったと思うけど……」

 

 とは言え唯は普通の生徒視点から見た場合の話となる。相手が忍者となれば一般人に簡単に身元が割れる様なヘマをする訳がないので、唯の目から見て怪しくないのはある種当然と言えた。

 

 しかしこの時ばかりは彼女の認識は全員の共通認識でもあった。術や隠形を用いて午前中様々な角度から骨猪を監視していた忍者3人も、彼に怪しい兆候を見る事は出来なかったのだ。

 

「俺も、朝からずっと目張の術張り付かせてたけどおかしな動きは全然してなかったよ」

「俺もだね。動きどころかふとした際の仕草も鍛えられたものじゃなかったし、あれ完全に一般人だよ」

 

 千里の言葉に学も同意する。特に学は総本山から特命を受けて送られてくるほどの実力者。その彼が異常を感知できなかったと言うのであれば、それはきっと正しいのだろう。

 

 こうなると立場が無いのが椿であった。終始骨猪の事を怪しんでいた彼女だが、悔しい事に彼女も骨猪がドクロであると言う事の証拠を掴む事は出来なかったのである。あれだけ散々骨猪が一番怪しいと豪語していたのに、自分も彼の身の潔白を事実上証明してしまったのは皮肉であった。

 

「…………」

 

 椿は持参した握り飯を握ったまま沈黙していた。ここで午前の調査結果を否定するのは簡単だ。だがそれは己が千里と同等レベルであると認める事に等しい。彼に対して常に上に立ちたいと言うプライドがある彼女に、それを決断するのは難しい事であった。

 

 だんまりを決め込む椿を横目で見つつ、学がサンドイッチを一口齧る。その時、下の階が俄かに騒がしくなった。

 

「? 何か下が騒がしくないか?」

 

 最初にそれに気付いた千里が違和感を抱いた瞬間、ガラスが割れるような音が響き渡った。4人が急いで屋上の上から下を見れば、校庭側の窓ガラスが何枚か割れ悲鳴のような声が漏れ出ていた。

 

 千里達はそれだけで何が起きているか直ぐに分かった。

 

「卍妖衆ッ!?」

「全く、期末前のこのくそ忙しい時期に……!」

「とりあえず、ちゃっちゃと終わらせようか」

 

 唯以外に周囲の目がない今なら気にせず変身できる。3人は忍筆を取り出し、忍びとしての姿に変身した。

 

「「「執筆忍法、変身の術ッ!」」」

 

 開いた巻物に書かれた”変身”の文字が変形し、ベルトになるとそれを腰に巻く。そして千里は”凩”、椿は”氷柱”、学は”雷”の文字を宙に書いた。

 

「コガラシ、変身ッ!」

「ツララ、変身ッ!」

「イカズチ変身ッ!」

 

【忍法、変身の術ッ! 夜の声、しのぎ削りし、忍ぶ者……コガラシッ! 達筆ッ!!】

【忍法、変身の術ッ! 微かな音無く、鋭く冷たく、忍ぶ者……ツララッ! 達筆ッ!!】

【忍法、変身の術ッ! 瞬く間、影を置き去り、忍ぶ者……イカズチッ! 達筆ッ!!】

 

 それぞれ忍び装束を纏い、屋上から飛び降りる様にして一気に騒ぎの現場へと駆け付ける。文字通り壁を駆けて窓から飛び込めば、そこは生徒達が昼休憩を過ごしていた教室であった。

 

 室内はひっくり返った机や散乱した食べかけの弁当などで散らかり、怪我をしたと思しき生徒が呻き声を上げながら倒れている。だが幸いな事に怪我だけで済んで死者までは出ていないようだった。コガラシはその事に安堵するも、問題となる騒動の発端である相手を見て仮面の奥で表情を険しくさせた。

 

「アイツは……」

 

 そこに居たのは今まで見てきたクセジとは明らかに違った。これまで目にしてきたクセジの多くは蟲をモチーフにしたものが多かった。唯一の例外は嘗てツララが相手をしたコウモリクセジだ。

 実は卍妖衆が用いる人間をクセジに変える術は、妖蟲変化だけではなかったのである。

 

「あれは、妖獣変化か?」

「らしいな。ありゃあ、イタチクセジってところか」

 

 コガラシ達が敵であるイタチクセジを観察していると、彼らの登場に向こうの意識もこちらに向いた。その足元には、先程まで先程まで襲い掛かろうとしていたと思しき女子生徒の姿がある。

 何がどうしてああなったのかは分からないが、兎に角放っておく訳にはいかないので3人は腰が抜けた様にへたり込んでいる女子生徒を逃がす為にイタチクセジとの戦闘に突入した。

 

「執筆忍法、電光石火の術ッ!」

【忍法、電光石火の術ッ! 達筆ッ!】

 

 まず最初に動いたのはイカズチだった。瞬間的に高速で動ける電光石火の術で瞬きする間にイタチクセジに近付くと、一瞬彼の姿を見失っていたイタチクセジの脇腹を蹴り飛ばして女子生徒から引き離した。

 

「ハッ!」

「ギャッ!?」

「さ、こっちだ」

「は、はい……!」

 

 イカズチが引き剥がして距離が開いた隙に、コガラシが女子生徒を立ち上がらせてその場から逃がす。他にも倒れている生徒を彼が優先的に助けている間に、イタチクセジはイカズチとツララにより追い詰められていた。

 

「フッ!」

「ハァッ!」

 

 この狭い教室の中で大型武器の四華は使えない。ツララは忍者刀で素早く立ち回りながらすれ違いざまに相手を切り裂き、イカズチも雷を帯びた手足による徒手空拳で戦っていた。ツララの斬撃で動きが鈍った所に、イカズチの文字通り痺れるような一撃を叩き込まれる。2人の忍びによる攻撃で、イタチクセジは早くも満身創痍となっていた。

 

「この程度であれば、拙者1人でも十分だったでござるな」

「はいそこ、油断ポイント。そう言う考えが一番危ないって、誰かに教わらなかった?」

 

 強気なツララの発言をイカズチが諫めた。実際、このイタチクセジは本気を出していない。と言うより本来の力を発揮できないだろう。戦っていて分かったが、このクセジの元となっている人間は恐らく乱心の術で精神を狂わされている。クセジそれぞれが持つ特性は、意識をしっかり持った状態でなければ発揮できない。圧倒出来て当たり前の相手だった。

 

「ならばさっさと始末するのみ!」

【必殺忍法、氷河破砕蹴ッ! 達筆ッ!】

「ハァァァァァッ!!」

 

 ツララの必殺技がイタチクセジに直撃する。ツララとイカズチの攻撃で満足に動く事も出来なくなっていたイタチクセジは、その一撃を前に呆気なく爆散し元の姿へと戻った。

 あのイタチクセジに変化させられていたのは1人の女子生徒。何がどうしてクセジになったのかは知らないが、兎に角これで脅威は片付いた。

 

「お疲れ。俺の出番なかったな」

 

 逃げ遅れたり怪我をした生徒達を逃がし終えたコガラシが合流した時には全てが終わった後だった。彼は自分の出番があまりなかった事に残念半分安心半分と言った様子だ。

 イカズチはそんな彼をフォローする。

 

「そんな事ないさ。お前が他の生徒達を逃がしてくれてたお陰で、こっちはクセジに全力を出せたんだ」

「そうか?」

「そうそう。俺達の攻撃の余波が飛んでいかないように、風で膜張ってたんだろ?」

 

 イカズチの言う通りだった。コガラシは2人の攻撃の余波がケガをした生徒に届かないよう、風の忍術を使ってシールドの様な物を張っていたのだ。そのお陰で救助と避難がスムーズに済んだのである。

 

「胸張れよ。お前も立派な万閃衆の忍びだろ?」

「うるせえよ……へへっ」

 

 イカズチからのフォローにコガラシはぶっきらぼうに答えながらも、嬉しさを隠し切れないのか指で鼻の下を擦った。

 

 じゃれ合う2人を尻目に、ツララは1人ある事が気になった。

 

 この生徒がクセジになって暴れるのは恐らくドクロの策だろう。流石に意味も無くこんな所で騒ぎなど起こす訳がない。

 ではここで騒ぎを起こした意味とは? その事を考えた時、ツララはある事に気付いた。

 

「そう言えば、小鳥遊殿は?」

「え? そりゃ屋上に…………ッ!?」

 

 今更ながらコガラシは唯を1人で屋上に残してしまった事への危険性に気付いた。さっきは他の生徒達にどれ程の被害が出ているかが分からなかったので急いで下に降りてしまったが、あそこは2人が騒ぎの方へと向かい1人は唯を守る為その場に残るべきだったのだ。何しろ彼女はコガラシ達と親しい。卍妖衆からすれば、人質としてそこらの一般人以上に価値がある。

 

「こいつは囮かッ!」

「急げッ!」

 

 3人は教室を飛び出し屋上へ向けて駆ける。廊下では騒ぎを聞きつけた生徒の内何人かがスマホを片手に3人の忍者の姿を写真に収めているが、そんな事を気にしている場合ではない。

 

 屋上へ向かう道中、コガラシは逸子の後ろ姿を見た。

 

「あ、先生! 怪我した人が何人か居るからその人達お願い!」

「は、えっ!?」

 

 背後から突然コガラシに話し掛けられ、目を白黒させる逸子を置いて3人は階段を駆け上がり屋上へと向かった。

 

 身軽さを活かして、階段を駆け上がると言うより跳び上がって一気に屋上まで向かう3人。彼らの目に屋上へと続く扉が見えたその時、扉が向こう側から開かれた。

 一瞬唯が自分から開けたのかと思ったがそれは違った。扉が開かれた時、そこに居たのは唯の手を引いて屋上から出ようとしている骨猪だった。




と言う訳で第29話でした。

今までは何処か寡黙な印象を与えていたイカズチでしたが、正体が千里達にバレたのでこれからはフランクに接してきます。今までとは打って変わって喋りまくるので、違和感があるかもしれませんね。

これまで明言してこなかった骨猪とドクロの関係。さ~て果たして骨猪=ドクロの式は成立するのか否か?

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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