今回は皆さんの疑惑解消回となります。先に謝っておきます。ゴメンなさい。
唯の手を引いて屋上から出てきた骨猪は、偶然遭遇したコガラシ達の姿に目を丸くしている。
困惑したのは唯も同様なようで、彼女は骨猪とコガラシ達を交互に見ていた。
その光景に真っ先に動いたのは、彼女と恋仲であるコガラシ……ではなくこの場で最も骨猪の事を疑いの目で見ているツララであった。彼女は唯が骨猪に手を引かれている光景に、彼が遂に本性を現して騒動に乗じて唯を連れ去ろうとしていると思ったのだ。
「覚悟ッ!」
「イカズチッ!!」
「あぁ!」
その瞬間忍者達の行動は早かった。ツララが前に飛び出すと同時に、コガラシとイカズチは飛び出そうとした彼女を抑えにかかった。苦無片手に骨猪に襲い掛かろうとする彼女を、コガラシとイカズチが左右から押さえつける。
当然そんな事になるとは思っていなかったツララは、自分の事を押さえつける2人に抗議した。
「な、何をッ!?」
「何をじゃねえ落ち着けッ!」
「よく見ろツララ」
コガラシが押さえ付けながら、イカズチが前方を指差す。一体何だとツララが前を見れば、そこには彼女にとって予想外の光景が広がっていた。
彼女の中では骨猪の正体はドクロであり、唯の手を掴んで屋上から出てきたのは騒ぎに便乗して彼女を連れ去ろうとしているからと思っていた。だから本気で襲い掛かろうとすればその瞬間奴は本性を現して迎え撃つなり唯を見捨てて逃げるなりする筈であった。
だが現実の光景はその逆。何と骨猪は唯を抱いてツララに背を向けていた。その姿は誰がどう見ても唯の事を守っている様にしか見えない。彼は1人の教師として、教え子をその身を挺して守ろうとしているのだ。
「あ…………!?」
これにはツララも認識を改めざるを得ない。今骨猪は間違いなく唯を守ろうとしている。その本性がドクロであった場合、彼は何かしら敵対的な行動をとる筈。それが無いと言う事は、ツララが彼に向けている疑念は濡れ衣と言う事になってしまう。
(い、いや……あれは拙者達を欺く為の虚偽である可能性も……)
それでも必死に自分の考えを正当化しようとするツララであったが、それも次の瞬間唯によって否定された。
「待って皆、違うのッ!」
「小鳥遊さん、駄目だ……!?」
「大丈夫、先生。大丈夫ですから」
唯がツララと骨猪の双方を宥め始める。何が何だと言った風にその様子を見ていた3人に、唯はこうなるまでの経緯を説明した。
「先生はただ私を安全な場所まで連れて行こうとしてくれただけなの!」
「それは、小鳥遊殿を油断させようとしただけでは……」
「皆が下に行ってるのにそんな事する必要ある? その気になれば私なんて片手で連れていかれるわ」
自分で言ってて悲しくなるが、事暴力が相手となれば唯はこれ以上ない程無力と言う他ない。彼女の言う通り、守ってくれる戦力であるコガラシ達が下で暴れたクセジ相手に夢中になっている間なら、取り繕う必要などなく唯の事を連れて行けば済む話である。それをしなかったと言う事は、そもそも骨猪は卍妖衆とは無関係と言う話になる。
この時点でツララは己の予想が完全に外れていた事を認めない訳にはいかず、気付けばだらりと両手を下ろしていた。もう彼女が骨猪に襲い掛かろうとする心配はないと見て、コガラシとイカズチも彼女から手を放した。
「一体これは……どう言う事なんだい? 小鳥遊さん、君は一体何を知っている?」
「それは……えっと、その……」
唯とコガラシ達の話に一段落ついた事を見て取ったのか、今度は骨猪が唯に質問する。彼からすれば明らかな不審人物であるコガラシ達と、唯が親しげに話しているのは看過できないのだろう。特にツララは武器を持って襲い掛かろうとしてきた。下の階で起こった騒動に関係があるのなら、危険人物と判断して警戒するのも致し方のない事であった。
さてどうしようと唯は悩む。コガラシ達の正体が千里達であると言う事をこの場で明かすのは絶対にNGだ。骨猪が卍妖衆と関りがあろうがなかろうが、この場で彼らの正体を明かす事がプラスに作用するとは思えない。
しかし彼を納得させる為には何らかの答えを示さなければならないのもまた事実。取り合えず当たり障りのないところで彼らが味方である事だけを告げておこうかと唯が口を開こうとした時、それよりも先にコガラシが骨猪に問い掛けた。
「ところで宇賀八先生、一つ聞いても良いですか? 先生は何でここに? ここに小鳥遊さんが居る事を知ってたんですか?」
「君らに先生と呼ばれる筋合いは、無いが……質問には答えよう。理由は、単純だ。下で騒ぎが起きた時、一番反応が遅れるのは一番離れた屋上に取り残された生徒だからだ。もし仮に、下の騒ぎに屋上に居た生徒が気付かなかった場合、最悪取り返しのつかない事になる」
「だから安全確認の為に屋上に来て、小鳥遊さんを見つけたから逃がそうとした……と?」
確認する様に問うコガラシに、骨猪は無言で頷いた。話を聞く限り筋は通っている。確かにこの状況、最も危険なのは言うまでも無く現場に居るもの達だが、それに次いで危険なのはある意味で現場から最も離れていて且つ逃げ場のない屋上に残された生徒だ。1人の教師として、骨猪は責任を持ちその生徒の安全を確保する為1人で取り残された生徒が居ないかを探しに来たのである。
こうして話を聞くと、やはり彼がドクロであると言う可能性は低いように思える。容姿は確かに不気味だ。今でこそ皆慣れてきたとは言え、彼が赴任した当初はその幽鬼の様な見た目に悲鳴を上げる生徒も少なくなかった。人間見た目で印象の大半が決まる事を考えれば、なるほど彼以上に怪しい人物はいない。
だが同時に見た目が全てでは無いのも事実。実際先日の盗撮事件の際、疑いの目を向けられた太郎はその実ただ巻き込まれて無理矢理協力させられた被害者であった。彼と言う前例がある事を考えれば、骨猪=ドクロと言う図式も今一度見直すべき事なのかもしれない。
「それで? 君達は、小鳥遊さんとは……どういう関係なのかな?」
コガラシとイカズチだけでなく、ツララまでもが骨猪に対する警戒を解き始めた頃、彼は最初の質問の答えを求めてきた。即ち、彼らと唯との関係だ。
骨猪からの質問にコガラシはツララとイカズチを交互に見やり、一歩前に出ると彼の落ち窪んだ目を真っ直ぐ見返して答えた。
「俺達は彼女の味方です。今言えるのはそれだけですけど」
「それを……私に信じろと? 顔も見せないのに?」
「すみません、顔はすんなり見せる訳にはいかないんです。だから俺達からは、信じてくれとしか言えません」
出来るだけコガラシは真摯に骨猪と向き合った。嘘偽りなく、だが答えられる部分だけを厳選して答える。対する骨猪も、コガラシの胸の内を見透かそうとするかのように静かに見つめている。その手は何かあればすぐに唯の事を守れるようにと構えられていた。まだ完全に彼らの事を信じている訳では無いらしい。
静かな緊張が両者の間に流れる。唯がどうしようかと2人の顔を交互に見ていると、どちらからともなく小さく息を吐いて張り詰めた雰囲気が霧散した。
「分かりました。君達の事……信じましょう。何より小鳥遊さんが信じているのだし、ね」
「ありがとうございます」
見た目は不気味な骨猪だが、この瞬間の彼の目は見間違いようも無く穏やかだった。その目を見ただけでコガラシは、彼が無害なただの教師なのだと言う事を確信できた。
「最後に一つ、聞かせてくれ。君の名前は?」
「俺は、コガラシ。仮面ライダーコガラシ」
「仮面ライダー? そうか、君が……」
自らを仮面ライダーと名乗るコガラシに、骨猪は何処か納得した様子を見せる。既に新たな仮面ライダーであるコガラシは噂として広く知れ渡っているからだろう。
もうこれ以上ここに居る必要は無いと、コガラシ達は筆を取り出し姿を消そうとする。
その時、階段の下から誰かが上がってくる足音が聞こえてきた。
「誰か~? 残ってる人は居ませんか~?」
足音だけでなく上に居る人に向けて呼び掛ける声。その声は女性の物であり、この場の全員がその声の主の事を知っていた。
「この声……泥伯先生?」
「あ、誰ですか上に居るのは? もう生徒も先生も皆校舎の外に避難しましたよ。早く下りて来てください」
声の主は逸子だった。どうやらコガラシ達がここで話している間に、他の人達は校舎の外に避難したらしい。彼女はまだ校舎内に残っている生徒か教師を探しに来たようだ。
程無くして階段を上がって来た逸子の姿が見えた。彼女は骨猪と唯の他、明らかな不審人物であるコガラシ達の姿に目を丸くした。
「は、え!? あの、宇賀八先生? この人達は……?」
「安心してください泥伯先生。彼らは敵ではありませんので。それでは、私達はこれで」
骨猪はコガラシ達に頭を下げると、唯を伴って逸子と合流し外へと向かって行った。その最中、唯は彼らにもう大丈夫と言う様に頷き、一方で逸子はまだ彼らを警戒しているのか一瞥してから降りていった。
それを見送って、コガラシ達は忍術で姿を消しそのまま誰に怪しまれる事も無く避難した生徒達と合流。そしてその後は当然と言うべきか午後の授業は休校となり、安全を確認した後生徒達は一斉に下校と言う流れになるのだった。
***
急遽午後の授業が休校になったと言う事で時間が出来た千里達は、状況整理と作戦の練り直しをする為七篠庵に集まっていた。
因みにここに来るのが初めての学は、千里と唯が初めてここを訪れた時と同じように一見廃屋にしか見えない建物で喫茶店が経営されているとは思っておらず、中に入れば骨猪とは違った意味で独特な雰囲気を醸し出すジェーンにあからさまな警戒の目を向けていた。その姿に千里と唯は以前の自分達を思い出し苦笑しながらも彼を宥めて、最早お決まりとなりつつある奥のテーブル席に着きコーヒー片手に話し合いを始めた。
「で、だ……現時点での判断だけど、宇賀八先生はやっぱり白って事で良いかな?」
「良いと思う。雰囲気は不気味だけど、悪い人じゃないと思うし」
「ま、あれ見たらな」
千里が確認を取ると唯と学が頷いた。2人は概ね骨猪への警戒を解除する方向で同意してくれるようだ。ただ1人、椿だけはまだ諦めきれないのか難しい顔で手元のコーヒーを見つめていた。あの場では間違いなく骨猪は白だったが、まだ完全に認める事ができないでいるらしい。
目を細めたまま険しい顔をしている椿を心配して、唯が彼女に声を掛ける。
「長谷部さん……」
「長谷部さん、気持ちは分からなくも無いが俺は南城の意見に賛成だ。ここは一度宇賀八先生から狙いを外した方が良い。あの時の先生の受け答えは真摯だった」
「言われずとも……分かっているでござる」
そう、椿だって頭では理解しているのだ。ただ心がそれを拒絶している。人間の心は理屈だけでは動かない。目の前に間違いを突き付けられたとしても、それを受け止め認める事は難しいのである。
頑固とも言える椿の様子にどうしたものかと千里が溜め息を吐くと、毎度の如く何時の間にそこに居たのかジェーンが椿の後ろから手を伸ばしてすっかり冷めたコーヒーを下げ代わりの淹れたてと交換した。
「難しい話をしてるのね~。お姉さん何の事を話してるのか分からないわ~」
「うぉっ!?」
「……忝い」
唐突に姿を現したようにしか見えないメイド服姿のジェーンに、まだ慣れていない学が度肝を抜かれ跳ねるように驚く。一方椿は新しくされたコーヒーの入ったカップを掴み、静かに口の中に流し込んだ。淹れたてのコーヒーの熱さが舌の上を撫で、喉の奥に流れ落ちるのを意識すると不思議とささくれだった心が一瞬だが鎮まるのを感じ、椿は平常心を取り戻した。
「ふぅ……申し訳ないでござる。拙者、少々意固地になっていたようで」
「いや、それは良いんだけど……」
本当は中忍の彼女にはもっと落ち着きを持ってもらいたかったので、学は彼女に小言の一つや二つは言おうかと思っていた。だがジェーンの存在がそれに待ったをかける。彼女が居る前で迂闊な事は言えない。千里達曰くジェーンは忍びの事等何も知らないと言う話。この店には他の客が居ない為、彼女にさえ気を付けておけばここでの会話が外部に漏れる心配はない。仮に重要な部分が聞かれてしまっても女性1人であれば対処は容易だ。
だがそれらの条件を差っ引いても、学はここで安心する事は出来なかった。兎に角ジェーンが得体が知れなさすぎる。何時の間にか定位置のカウンターの裏に戻っており、雑誌か何かを広げて鼻歌交じりに眺めている。その動きに学は全く気付く事ができなかった。
同じ忍びかと見紛う程その動きを悟らせない隠形を前に、学は彼女がただの一般人であると信じる事は出来なかった。
「ここ、本当に大丈夫か? あのジェーンって人も何か怪しいし……」
「気持ちは分かるけど、ジェーンさんは信頼できる人だと思うぞ」
「何を根拠に?」
「そう言われると答えに困るんだけどさ……」
しいて言うなら人徳だろうか? ジェーンには、信じてもいいと思わせるような何かが感じられた。
千里の様子に学は納得できない様子で、出されたコーヒーの香りを改めて嗅ぐ。立ち上る香りにはおかしなところはない。一口舐めてもそれは同様だ。少なくともこのコーヒーに何かが仕込まれている様子はなかった。
「それよりもさ、状況は振出しに戻っちゃったって事になるのかな?」
「そうなるかな~。宇賀八先生がほぼほぼ白確定ってなると、いよいよもって誰がドクロなのか……」
「何よりも厄介なのは、拙者達はドクロの正体を知らぬと言う事でござる。これではドクロが変装して潜り込んでいるのか、それとも素顔のまま潜り込んでいるのかが分からぬでござるよ」
学がジェーンに対して警戒心を向けている間に千里達の話題はドクロの正体に移っていた。
骨猪への疑いが殆ど晴れてしまった今、手掛かりとなるものは何もない。こうなると学校に居る全ての人間が怪しくなってしまう。何しろ相手も忍者なので、変装と潜入はお手の物。その気になれば昨日まで普通に接していた人物と入れ替わっている危険性すらあるのだ。
「そう言えばさ、南城君達も誰かに変装できたりするの?」
「出来るよ。そう言う術もあるし」
「……もしそうであった場合、先程巻き込まれてケガをした生徒は警戒対象から外しても大丈夫でござろうな」
「どうして?」
「変装の術に限らず、忍術を維持し続ける為には集中力を維持してないといけないんだよ。技系の術ならそこまででもないけど、例えば分身の術みたいに長時間その状態を維持しないといけない忍術は発動してる間ずっと集中してないと途中で術が解けるんだ」
先日の勉強会で学が千里と椿の分身を消して自分の分身体に更に変装をさせたのもそれが理由だ。戦闘でダメージを受けるなどして彼らの集中力が一瞬でも途切れた場合、即座に分身は消えてしまう。それで2人が忍者である事がバレてしまう事が無いようにと、学は2人の分身を自分の分身と入れ替えたのである。
「リスクの事を考えるとあのクラスの全員が白って事になるのか……」
「それは早計でござる。ドクロの正体が変装を必要としていなかった場合、敢えて傷付く事で拙者達の目を欺くつもりであると言う可能性も捨てきれないでござるよ」
「かと言って、ドクロが本当に変装を必要として無いって保障も無いしな……」
結局は、全校生徒に全教職員を疑って掛からなければならない事に変わりは無いわけだ。総勢500名を超える学校関係者の中からたった1人を見つけねばならないと言うのはなかなかに骨が折れる。
4人は額を付き合わせるようにして悩んだ。時折互いにああでもないこうでもないと意見を交わしながら、良い作戦が浮かばぬことに段々と雰囲気がだれてきた。
その時、唯がある事を思い付いた。
「ねぇ、次にドクロが出てきた時に姿が見えない人を見つける事って出来ないかな?」
「ん?」
「……なるほど、それは確かにいい案かも」
ドクロが学校関係者の誰かになりすまして紛れ込んでいるのなら、本人が戦いの場に出た時には誰かの姿が消えている筈だ。その誰かを特定する事ができれば……
「でもそれ、少し時間が掛かるかも」
「そうでござるな。流石に全学校関係者を一度に監視する事等、例え下忍を招集したとしても難しいでござろうし」
「とは言え、地道にやっていくしかねえだろうよ。この案で行くぞ」
こうして方針は纏まった。作戦は至ってシンプル。ドクロが出現した時に、目に映る学校関係者を片っ端からピックアップしていく。全ての学校関係者を調べた末に、ドクロ出現の際に姿が確認できない1人が居た場合そいつが必然的にドクロの正体と言う事になる。
作戦は翌日から実行された。この作戦実行にあたり、最も重要なのはドクロに前線に出てもらう事にあった。
どのようにしてドクロを吊り上げるか? その考えに至った時、いの一番に手を上げたのはまたしても唯であった。
「私が1人で行動すれば、ドクロも釣られて出てくるんじゃないかな?」
「それはかなり危険を伴うでござるよ?」
「分かってる。でも私に出来る事なんてこれくらいしかないし、それにいざって時は南城君が、皆が助けてくれるでしょ?」
唯からの千里達への信頼と決意は固い。彼女の覚悟を前に、千里も彼女を何が何でも守り抜く事を決めドクロ特定作戦は開始された。
流石に千里達だけでは時間が掛かり過ぎるので、この作戦には下忍も動員される。戦闘が開始され、ドクロの姿が確認されたら即座に下忍にも指示がなされた。
期末試験を目前に控えながらの囮作戦。普段は千里と共に下校している唯は、1人で帰路に就く日々を送っていた。
作戦が開始されてから早くも二日が経っているが、意外なほど唯の周囲は静かだった。ドクロどころかクセジすらも姿を現さない。
(もしかして、向こうにも警戒されてるのかな?)
今まで千里が一緒だったのに、いきなり唯が1人で下校し始めたらドクロ達にも何かあると警戒されるのも仕方のないことかもしれない。
今更ながら唯は千里だけは一緒に居てもらった方が良かったかと後悔した。
(今からでも千里君呼んで一緒に帰ってもらおうかな……)
下駄箱で靴を履き替え、人気の無くなった校庭を通り抜けながらスマホを取り出す唯。その彼女の肩に誰かが手を置き声を掛けてきた。
「小鳥遊さん」
「わっ!? え? あ、宇賀八先生……?」
唯に声を掛けてきたのは骨猪だった。部活も終わり、全ての生徒が下校した事を確認して自身も帰宅するところだったのだろう。手には鞄を持っている。
彼の容姿にも大分慣れてきたが、それでも夕方に背後からいきなり声を掛けられるとやはり心臓に悪い。驚きでまだ心臓がバクバク言っているのを唯が宥めようとしていると、彼は唯の手の中にあるスマホを指差した。
「歩きスマホは……危険だ。風紀委員の君なら、理解できていると思ったのだが」
「あ、その、すみません」
仰る通り、歩きスマホは褒められた事では無い。千里と恋仲になれてからと言うもの、少し自身の中で風紀が乱れているのを唯は実感した。浮かれすぎているのだろう。いい加減そろそろ気合を入れ直して自身を見つめ直し、己を律する事をしなければと唯が意識を切り替えた。
その時、突然骨猪が唯を引っ張り抱き寄せるようにして倒れた。
「危ないッ!?」
「きゃっ!?」
突然の事に反応が遅れ、されるがままに倒れる唯。幸いな事に骨猪がクッションとなってくれた為彼女自身は気が一つ負う事無く難を逃れた。
「何? 先生、何が――」
一体何事なのかと問おうとするも、骨猪はそれに答えず今度は引っ張り上げる様にして唯を立たせるとそのまま自分の後ろに隠した。何が何だ分からず混乱しながらも、骨猪の向こうにその原因があると唯が彼の影から顔を出して先程自分が居た場所を見ると、そこにはたった今上空から飛来したばかりと思しきヤンマクセジの姿があった。
「チッ、逃した……!」
「ば、化け物……!? 小鳥遊さん、逃げるんだ!」
骨猪はヤンマクセジの姿に戦きながらも唯をその場から逃がそうとする。唯を逃がそうとしながらも自分は逃げる気配を見せないのは、彼女の身の安全を第一に考え自分がクセジの気を引くつもりなのだろう。生徒を守る為なら、その身を犠牲にする事も厭わぬ覚悟を持つ。やはり彼は正真正銘、ただ容姿が少し怖いだけの教師なのだ。
そんな彼だけを残して逃げるなど唯には出来ないし、そもそも彼女は端から逃げるつもりは無かった。
何故なら…………
「執筆忍法、風遁の術ッ!」
【忍法、風遁の術ッ! 速筆ッ!】
彼女の傍には、絶えず守ってくれる頼れるヒーローが居てくれるのだから。
「くぅっ!?」
コガラシの放った風遁の術が、ヤンマクセジを吹き飛ばす。暴風により吹き飛ばされたヤンマクセジだったが、唯と骨猪を巻き込まないようにする為威力を抑えたのが仇になったのだろう。奴は直ぐに体勢を立て直した。
その間にコガラシは骨猪と唯の前に立ち、2人を守る様にヤンマクセジと対峙した。
「仮面ライダーコガラシッ!」
「危ない所でしたね先生。後は俺に任せて、小鳥遊さんを連れて逃げて!」
「分かった。さぁ小鳥遊さん、こっちへ」
この場をコガラシに任せて、骨猪は唯の手を引きその場から逃げようとする。
その彼の前に、新たな忍びが姿を現す。灰色の忍び装束に身を包んだ不気味な忍び、上忍のドクロだ。
「逃がしはしないぞ」
「えっ!? こ、コイツも、仮面ライダー?」
卍妖衆も万閃衆も、中忍・上忍は似たり寄ったりな見た目をしている。ただドクロの場合はその名を表す様に頭に骸骨の様な兜を被っていた。それでも首から下はコガラシと非常に近い見た目をしているので、思わず彼がドクロの事を仮面ライダーと誤認するのも仕方のないことかもしれない。
「(来たッ!)ツララッ! イカズチッ!」
コガラシはと言うと、ヤンマクセジと対峙しながら本命のドクロ出現に待機していたツララとイカズチに合図を送る。彼の合図に、2人も物陰から飛び出した。
漸く作戦通りに事が運んでいる。この間に下忍達が学校関係者達をピックアップしてくれているだろう。それが進めば、いずれ必ずドクロの正体が分かる。
それとは別に今確実にこの場で言えることは、骨猪が完全に無関係であると言う事だった。ドクロが居て、骨猪も居るのであれば彼がドクロの正体などと言うのはあり得ない。
自分の読みが当たった事に安心感を感じながら、コガラシはヤンマクセジとの戦いに突入した。
ヤンマクセジは背中の翅を高速で羽搏かせ、高周波を発生させながら素早く飛び回る。羽搏きが起こす振動が近くの窓ガラスをビリビリと震わせ、至近距離で相対しているコガラシ自身もその振動に耳をやられそうになる。
「ぐぅぅぅぅ、んのぉぉぉっ!」
鼓膜から脳を揺らされ、吐き気と眩暈を覚えそうになりながらもコガラシは気合でそれを跳ね除けると手裏剣を取り出し飛び回るヤンマクセジに向け投擲した。鋼鉄製の十字手裏剣が回転しながらヤンマクセジに飛んでいく。コンクリートを抉り鉄板をも切り裂く威力のそれを、しかしヤンマクセジは高速で飛び回り難なく回避してしまった。
「ハハッ! 遅い遅いッ!」
ヤンマクセジは飛んでくる手裏剣を小馬鹿にしながら回避した。高速での飛行を可能とする奴にとって、投擲しただけの手裏剣など蠅が止まるかと思えるほどの速度にしか見えなかったのだ。
飛んできた手裏剣を全て回避し、お返しと言わんばかりに接近し懐に飛び込んでくるヤンマクセジ。このまま接近し鋭い蹴りを浴びせてやろうと空中で構えを取るが、その瞬間をコガラシは待っていた。
「貰ったぁッ!」
コガラシの両手が何かを引っ張るような動きをする。するとその瞬間、回避され明後日の方へと飛んでいった筈の手裏剣がブーメランのように戻ってきて無防備なヤンマクセジの背中に殺到した。
実はコガラシは、ただ投擲しただけの手裏剣が回避される事等分かっていたのだ。先程のは牽制でありフェイント。本命はこちらの攻撃を回避したと思わせて、油断したところで手裏剣に繋いだピアノ線を引く事で引き戻した手裏剣での攻撃だった。複眼で広範囲の視界を確保していようとも、ほぼ真後ろからの攻撃なら視認は難しい筈。加えてこちらに攻撃しようとする瞬間であれば、周囲への警戒も疎かになる。よしんば戻ってくる手裏剣に気付かれたとしても、手裏剣と指を繋いだ透明なピアノ線で雁字搦めにしてしまえばその機動力を大きく削ぎ落す事は可能だった。
ピアノ線に引かれた事で手裏剣が戻ってくる。その手裏剣がヤンマクセジの体を切り裂くかに思われた瞬間、奴の体が霞の様に掻き消え戻って来た手裏剣は何もない空間を切り裂いた。
「何ッ!?」
これにはコガラシも焦った。あの瞬間ヤンマクセジが居たのはコガラシの真正面。そのクセジが居なくなった場合、戻って来た手裏剣はコガラシ本人に殺到する。
彼は慌てて腰から忍者刀を抜くと、迫る手裏剣を弾き飛ばした。幸いな事に自分の攻撃で自分がダメージを受けると言う事態だけは何とか避けられた。
だがこの瞬間彼の意識はヤンマクセジから逸れてしまった。その隙を見逃さず、横合いから突撃してきたヤンマクセジの蹴りがコガラシを捉えた。
「ガハッ?!」
蹴り飛ばされたコガラシは校庭の地面をゴロゴロと転がっていく。脇腹を思いっ切り蹴り飛ばされ、肋骨がミシリと音を立てるのを確かに聞いた。
「ぐぅっ!」
転がりながらも何とか体勢を立て直したコガラシは、勢いを利用して立ち上がる。忍者刀を構えながら空いてる方の手で蹴られた脇腹に触れた。鈍い痛みが走るが、幸いな事に骨が折れるとかそう言う事にはなっていない。
「ふん、甘いね。僕が普通の目では見辛い物でも良く見る事ができると言うのを忘れたのかい?」
そう言えばそうだった。アイツはツララの仕掛けた、人間の目では不可視に近い氷の礫をも見抜いたのだ。その奴からすれば、透明とは言えピアノ線の存在など手に取る様に分かっただろう。寧ろ敢えて引っ掛からずコガラシの攻撃を誘発させる事の方が難しかったに違いない。
脇腹を蹴り飛ばされた衝撃からか、口の中に血の味を感じる。だが彼だってただ無駄に攻撃を受けた訳では無かった。
「へへっ……だがお前だって攻撃の瞬間は油断があったみたいだぜ?」
「何?…………ぐっ!?」
一瞬コガラシが何を言っているのか分からなかったヤンマクセジだが、直後腹に鋭い痛みを感じ思わず体を強張らせた。痛みを感じる部分に触れれば、鋭い何か出来られたかのような傷が付いている。コガラシに蹴りをお見舞いしたあの瞬間、ヤンマクセジも彼からの一撃を喰らっていたのだ。
「執筆忍法、
仇風の術……それは所謂カウンター技の一つ。自身の身の回りに存在を捉える事の出来ない風のフィールドを張り、その範囲内に入り込んだ存在に対し無条件で瞬間的な風の刃をお見舞いする不可視の反撃技だった。ほぼ相手の攻撃を確実に喰らう距離まで近づかれないと発動しない為使いどころが難しいが、今回の様に素早く動き回る相手から一撃を貰いながら確実に反撃をしたい時などには有効であった。事実ヤンマクセジは先程まで自分が反撃された事に気付いていなかった。
これでお互い相手に一撃を与えたことになる。一進一退の攻防にコガラシとヤンマクセジは互いに相手の出方を伺いながら次の手を考えていた。
コガラシとヤンマクセジが接戦を繰り広げている頃、ツララとイカズチはドクロを相手にやや苦戦を強いられていた。
「そらそら! まだまだ出せるぞ!」
ドクロは次から次へと骨の兵隊を作り出し、それらを2人へと嗾けさせた。向かってくる骨の兵士達を前に、ツララとイカズチは徐々にだが押されつつあった。
「くっ!? たかが骨の分際でッ!?」
「だが厄介だ。コイツ等凍っても感電させても動きを止めない」
何よりも厄介なのは、ドクロにより生み出された骨の兵隊には痛覚は勿論筋肉も何もない所にある。アイツらが筋肉で動いているのならば低温や感電で動きを止める事は可能だが、最早完全に骨だけとなると筋肉の硬直を狙った低温や感電では止められない。
ならばとツララが辺りを纏めて氷漬けにするのだが、それも一時凌ぎにしかならず奴らは内側から氷を破壊して進軍を止める様子がない。
こうなると出来る事は純粋な破壊力で骨を粉砕する事なのだが、面倒な事に奴らは一定以上の威力の攻撃を喰らうと簡単にバラけて無事な骨同士で集まり再び進行してくるのだ。まるで歩みを止めぬゾンビの軍団を相手にしているような感覚だった。
流石に骨そのものを粉微塵に粉砕してしまえば再生も出来ないだろうが、それほどの威力をここで使えば唯達も巻き込んでしまいかねない。
どうするか……2人が悩んでいた時、横合いからヤンマクセジと対峙していたコガラシの術が飛んできた。
「執筆忍法、風遁
【忍法、風遁 勇魚の術ッ! 速筆ッ!】
突如として巻き起こった下から吹き上げるような突風。クジラが海中から飛び出したかと見紛う程の強烈な風が、ドクロの生み出した骨の軍団を纏めて空中に吹き飛ばした。
ヤンマクセジと対峙しながらも、コガラシは風を読み絶えず周囲の状況を観察していた。その最中ツララとイカズチがドクロの骨軍団に苦戦しているのを察した彼は、あちらへの支援として咄嗟にこの術を使ったのだ。
意識をツララ達の方へと向けた為当然ヤンマクセジへの対応が疎かになり、それを察した奴は高速で接近し攻撃を仕掛けようとした。だがこの時点でコガラシは同時に空蝉の術を使用しており、ヤンマクセジの攻撃は失敗に終わっていた。
ヤンマクセジはクセジの中では明らかに強敵に分類される存在。その相手をしながら自分達の方へも気を配っている、コガラシのポテンシャルを目の当たりにツララは仮面の奥で奥歯を噛みしめつつドクロに隙が出来たことを確信し一気に突き進んだ。
「ハァァァァッ!!」
ドクロへと接近し、四華を大剣の様に扱い切り付ける。対するドクロは、棍を取り出すとツララの一撃を受け流しその勢いを利用して反撃の一撃を叩き込んだ。
「動きが単調だ!」
「ぐふっ!?」
「ツララッ!」
【忍法、口寄せの術ッ! 達筆ッ!】
ツララの援護をすべくイカズチも渦雷を取り出しドクロに攻撃を仕掛ける。刃の部分で斬りつけようとするが、その前に棍を分割し三節棍にしたドクロが武器を振り回しイカズチの攻撃を弾く。長さを保ちながら硬さと柔軟さを併せ持つ三節棍の動きを見切ることは難しく、イカズチも攻撃に移る事ができず防戦一方とならざるを得なかった。
「クソッ!? 流石に上忍、手強い……!」
「フフッ、まだまだ小手調べ。執筆忍法、骨入道の術ッ!」
【忍法、骨入道の術ッ! 達筆ッ!】
一瞬の隙をついてドクロが新たな術を発動した。先程コガラシの術の所為で空中に投げ出されバラバラになった骨の兵士達。その骨が次々と集まっていき、身の丈4~5メートルほどの巨人の形になった。
巨人が出来上がると、ドクロはそれの頭部に飛び乗り下半身を頭部に埋める。
「さぁ、本番はこれからだぞ!」
ドクロが連結させた棍を振るうと、それに合わせて骨の巨人が腕を振り下ろす。その一撃は、校庭の地面を易々と抉る程の威力。
それを前にツララとイカズチは、仮面の奥で冷や汗を流さずにはいられなかったのだった。
と言う訳で第30話でした。
多くの方が骨猪をドクロと思っていたようですが、残念ながら彼はドクロではありませんでした。
実は骨猪の名前はアナグラムで、ひらがなにして並べ替えると
宇賀八 骨猪 → うがはちこつい → こいつはちがう → コイツは違う
となるようにしていたのです。敢えて”骨”と言う文字が入るようにしていたので、多くの方が間違えるのも無理は無いのですが。(あ、ごめんなさい、石を投げないで)
ちょっと叙述トリック的なものをやってみたかったと言うチャレンジ精神も働いた結果、このような形となりました。もし不快になられた方が居たらゴメンなさい。
こうなると、じゃあ誰がドクロなのかと言う話になりますが……まぁ、ここまでくれば、ね? 必然的に怪しい人物は絞られてくる訳でして。
あ、そうそう。もう一つ先に行っておこうと思っている事がありまして…………近い内に椿推しの方が発狂する展開になると思います。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。