コガラシがヤンマクセジと対峙しているのに対し、ツララとイカズチの2人は骨の巨人を駆るドクロと戦っていた。見上げる程の骨で構成された巨人の一撃は、腕の一振りで地面を抉る程の威力を持つ。あんな物、一発でも喰らえばただでは済まない。
故に2人はドクロの攻撃を必死になって回避していた。幸いなのは巨体故に動き自体は緩慢な方で、それ故攻撃を見切るのはそう難しくないと言う事だった。流石にあのサイズだと直接操るのも苦労するらしい。
「オォォッ!」
「くっ、ツララ! 散開!」
「承知!」
骨巨人が振り回す腕を、ツララとイカズチが別々の方向に避ける事でやり過ごす。すぐ傍を骨を組んで作られた巨椀が通り過ぎる光景にイカズチは威圧感を感じ冷や汗を流す。見る限りで動きは緩慢だし見切るのも難しい事では無いが、それでも地面を抉る威力に相応しい速度は出ているらしい。ギリギリ触れない距離を巨椀が通り過ぎていく際に感じる風と迫力は、大型トラックが真横を通り過ぎていった時のそれに等しかった。
「うひょ~、シャレにならねえな」
思わず軽口を叩いてしまうイカズチの姿は、正体をコガラシ達に晒す前とは全然違う。あの頃はコガラシ達に正体を悟られないようにと自分を抑えていたのだと言う事が伺えた。
一方ツララは同様に巨椀を回避しながら、果敢に四華を投擲して骨巨人を倒そうとしていた。
「ハァァッ!」
風を切り裂きうねりを上げながら巨大な十字手裏剣が飛んでいく。ドクロに操られる骨巨人はそれを腕で振り払おうとするが、巨椀が四華と触れるとその部分の骨が削り取られた。回転しながら飛んでいく四華は威力を削がれる事無く骨を削り本体と言えるドクロへと向けて突き進んでいく。
「チッ」
自身に向けて迫ってくる巨大手裏剣に、ドクロは棍を振るって弾き返す。巨人の腕と違いドクロの棍は的確に手裏剣の腹の部分を叩き、ベクトルを変化させ軌道を変えさせた。ドクロに向けて迫っていた自慢の武器が明後日の方向へ飛んでいく光景に、ツララは奥歯を噛みしめ舌打ちをする。
「チッ! 執筆忍法、雪月花の術ッ!」
【忍法、雪月花の術ッ! 達筆ッ!】
得物を弾き飛ばされながらも、ツララは忍筆を取り出し次の一手を放った。空中に”雪月花”の文字絵を描くと、その文字から雪の花が作り出され周囲に散っていく。ドクロの骨巨人の周りに舞い散る雪の花弁は、夕日を受けて幻想的な輝きを放つ。
「何だ?」
思わず見惚れてしまいそうになる幻想的な美しさに、しかしドクロは不穏な何かを感じ警戒する。あのツララの放つ術だ、ただの見掛け倒しなどと言う事は無い。
その彼の読みは正しかった。舞い散る雪の花弁は突如弾け、粉雪となって周囲に散った。その粉雪が地面や骨巨人に付着するとその部分を凍り付かせていく。自身の下半身から下の骨の体が見る見るうちに凍り付いていく光景に、この粉雪を喰らうのはマズイとドクロは棍を回転させ舞い散る粉雪を吹き飛ばした。扇風機の様に回転する棍が風を起こす事で残りの粉雪が吹き飛ばされた為、ドクロ本人が氷漬けにされる様な事は避けられた。少し冷えるがこの程度なら耐えられる。
「ふぅ、残念だったな」
「でもないさ」
「ッ!?」
最悪の事態は避けられたと一息つくドクロにイカズチの声が届く。その声に反応して彼の方を見た時には、彼は既に術を発動していた。
「執筆忍法、雷遁 地雷爆走の術ッ!」
【忍法、雷遁 地雷爆走の術ッ! 達筆ッ!】
イカズチが術を描くと、書かれた文字から雷撃が放たれる。その雷撃は地面を伝って行き、骨巨人まで到達するとその瞬間爆発的な威力を発揮した。本来であればこの術は地面を伝って目的の真下で炸裂し吹き飛ばすと言うものなのだが、ツララが骨巨人の大半を氷漬けにしたお陰でその部分にまで雷が通り骨巨人の内側で炸裂。結果、ドクロは自慢の骨の巨体を吹き飛ばされた。
「うおぉぉぉっ!?」
強制的に本体を弾き出され、地面に叩き付けられそうになるのを何とか持ち直す。空中で体勢を整え着地するのと、残った骨の巨体が崩れ落ちるのはほぼ同じタイミングだった。
「くっ、超電導で威力を増すとは……」
「ま、ツララはそんな事狙った訳じゃないだろうけどな」
曲がりなりにも同級生として共に過ごしてきた間柄なので、彼女の学力の事は理解している。忍びとして戦う為の物はともかく、それ以外の知識に関しては見ていて悲しくなるほど乏しい。そんな彼女が超電導などと言う小難しい知識を持っている訳が無いので、先程骨の巨人を氷漬けにしたのもただ相手の動きを拘束する事を目的にしたのだろう事は明白だった。
とは言えおかげで厄介な骨の巨人を攻略する事ができたのだから良しとしていると、ドクロは残った残骸を集めて自身の両腕を巨椀に変化させた。骨巨人を構成していた残骸を用いたからか、ただの巨椀と言うだけでなく刺々しい凶悪な見た目となっている。
「フンッ、骨入道を粉砕したのは見事だがこれは逆に自分の首を絞める事に繋がるんじゃないか?」
言われてイカズチはそうかもしれないと少し後悔した。先程は見上げる程の巨体が相手だったが故に数多くある死角を上手く利用できていたが、等身大サイズで腕だけが巨大になったドクロは速度と火力を兼ね備えた厄介な相手と化していた。
「ハァァッ!」
「チッ!」
骨の巨椀で拳を握り締め突撃してくるドクロ。マンダラと違い攻撃自体は単純だがそれだけにシンプルに強い。しかもあの巨椀は破壊が容易ではないと来た。先程骨巨人に対してやった様に、強烈な一撃で粉砕しないと直ぐに新たな骨を集めて再生してしまう。
取り合えず今は上手く攻撃をやり過ごすしかないとその場を飛び退き攻撃を回避するイカズチ。対してツララは、四華を手にドクロに対して突撃していった。巨人でなくなれば相手は容易いと言う判断だろう。確かに防御力と言う点では間違ってはいない。
「ヤァァッ!」
「ん?」
接近し、四華を振り下ろそうとしてくるツララをドクロが見る。その時点で彼女は既にドクロの傍に接近し、四華も振り下ろされる直前であった。あの位置からでは防御も間に合わない。
(いける、これなら!)
自らの勝利を確信するツララ。己の強さが、楓からの教えが勝利をもたらしたのだとこの瞬間の彼女は信じて疑わなかった。
そんな彼女をドクロは仮面の奥から嘲笑う。
「……フッ」
ドクロの嘲笑に気付かず四華をツララが振り下ろした。その瞬間、周囲から砕けた骨がツララに襲い掛かり全身を打ち据えた。
「うあっ!? な、が、あぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
「ツララッ!? くっ!?」
何が起きたのかも分からず全身を砕けた骨で殴られる。リンチを受けた様に全身ズタボロにされたツララは勿論、傍から見ていたイカズチも何が起きたのかが理解できない。
ツララに比べれば、離れていたからか骨の礫の密度は低かった為イカズチは何とかやり過ごす。飛んでくる砕けた骨を防ぎ、躱しながらドクロが何をしたのかを探ろうとした。
「迂闊だった。砕けても骨は骨、奴に操れない道理はないって訳か」
「その通り。これが忍法、骨遁 粉骨暴虐の術。砕けていようが、否、砕けた方が攻撃の手が増す術だ!」
マンダラは放たれた血を一度無効化してしまえばそれで済んだが、ドクロは多少やり過ごした程度では駄目なのだ。それこそ奴の術の影響を受けないレベルで文字通り粉砕してしまわなければ、奴は砕けた骨でも操れてしまう。
全身を骨の礫で滅多打ちにされ、最早立つ事だけで精一杯となるツララ。手からは四華が落ち、崩れ落ちそうになる体を笑う膝を内股にさせ何とか支えていた。
「う、ぐ……ぁぁ……はぁ、はぁ……くっ」
激痛に霞む視界の中、ツララは一矢は報いようとドクロに手を伸ばす。誰が見ても今の彼女に何ができる訳では無いと言うのは明白だが、そんな事彼女には関係ない。彼女は、負ける訳にはいかないのだ。
(拙者は……拙者は、負けぬ……! 楓殿の……母上の教えを、穢さぬ為に……!)
執念だけで立ち続けるツララだったが、ドクロにはそんなもの関係ない。目の前に立ち塞がるなら須らく邪魔な敵である。
敵は、さっさと振り払うに限る。
「邪魔だ」
「ガッ?!」
骨の巨椀を軽く振っただけでツララは木端の様に吹き飛ばされ地面に叩き付けられる。全身の骨が砕けてバラバラになりそうな痛みの中、まだ彼女は意識を保っていた。
意識のある彼女にドクロがトドメを刺そうと巨椀を振り上げる。これ以上の暴虐を許さぬと言わんばかりに、イカズチが渦雷を手に接近して斬りかかった。
「これ以上やらせるかッ!」
「おっと!」
イカズチの渦雷による攻撃を警戒に回避する。両腕が不自然なまでにデカいくせして本当にすばしっこい。見た目に反して素早いアンバランスな姿に頭が混乱しそうになりイカズチは苛立ちを覚えた。
と、そこで突如ドクロが両腕を地面に叩き付けた。その衝撃で骨の腕が砕け散り、吹き飛んだ骨がイカズチに襲い掛かる。
「ヤベッ!?」
【忍法、空蝉の術ッ! 達筆ッ!】
このままだと至近距離から骨の礫を受けると、イカズチは咄嗟に空蝉の術を使い回避。距離を取り体勢を立て直そうとしたら、ドクロの方もその場から離れていくではないか。ドクロはその場から離れながら、ヤンマクセジと戦っているコガラシに向け爆薬付きの苦無を投げつけた。
「コガラシッ!?」
「ん? うぉっ!?」
イカズチの警告にコガラシも苦無の存在に気付き、咄嗟に体を仰け反らせて回避する。彼と対峙していたヤンマクセジは、その苦無の意味を理解し隙を見て迷彩能力で姿を消した。
「ッ! あの野郎、何処に……!」
地面に突き刺さった苦無の爆発から顔を守りつつ、コガラシは姿を消したヤンマクセジを探した。果たしてヤンマクセジは直ぐに姿を現した。後退したドクロの直ぐ傍に移動していたのだ。
「ドクロ様」
「今回は退く。これ以上時間を掛けると面倒だ」
コガラシ達はドクロの正体を下忍に探らせるべく、今回の戦いは時間稼ぎに重きを置いていた。が、それが奴らに増援を連想させたらしい。これ以上敵が増えるとドクロとしても手を焼かされるからか、ここは素直に後退する事を選択した。
正直、ここで退いてくれるのは彼らとしてもありがたい。これ以上戦闘が長引けば追い詰められるのはコガラシ達の方だ。ストックが続く限り幾らでも自身の配下を呼び出せるドクロを相手に長期戦は自殺行為に他ならない。
引き下がっていくドクロとヤンマクセジの姿にコガラシはホッと一息つく。戦って分かった、ヤンマクセジは以前よりも腕を上げている。
厄介な敵が増えてしまったと仮面の奥で険しい顔をしていると、彼の目にとんでもない光景が飛び込んできた。まだ近くに骨猪が居るのにツララの変身が解けてしまったのだ。
「ッ!? ツララ、顔顔ッ!?」
「な、あっ!?!?」
恐らくドクロからのダメージで既に変身を維持できる限界を超えていたのだろう。先程までは気力でそれを持ち堪えていたが、ドクロ達が退いた事で一瞬緊張が解けた。その瞬間変身が解けてしまったのだ。
まだ夕日が校庭を照らしている中、椿の顔が光に照らして晒される。その顔を骨猪はしっかりと見てしまった。
「き、君は……長谷部、椿さん? ウチの生徒の……?」
「あ、あ……あぁ!? あぁぁぁぁぁぁっ!?」
呆然とした骨猪の声に、椿は今更だが顔を手で隠しながら転がるようにその場から逃げていった。頭の中はパニックを起こし、考えが纏まらない。
今彼女の頭の中を占めているのはただ一つ、自身の秘密、秘匿すべき忍びの正体を一般人の前に晒してしまった事への危機感だけである。
(見られたッ!? 見られた見られた見られたッ!? こんな、こんな……!?)
「長谷部さん、待って!?」
逃げていく椿を唯が呼び止めようとするが、今の彼女の耳には誰の言葉も入らないのか止まるどころか振り返る素振りすらなく校庭から出て行ってしまった。
この事態にコガラシとイカズチはどうすべきかと悩んだ。もう骨猪はしっかりと椿の姿を見てしまった為、今更誤魔化す事は出来ない。
暫し黙り込み、目線だけで話し合うコガラシとイカズチ。2人は互いに頷き合うと、その場で変身を解き骨猪の前に素顔を晒した。2人の行動に唯は息を呑み、2人の正体を見た骨猪は開いた口が塞がらなくなっていた。
「あ、なぁ……!?」
神妙な顔をする千里と学に対し、骨猪は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で2人を交互に指差している。互いに何を言うでもなく見つめ合ているのを唯が心配して見ていると、頭上に突如分厚い雲が広がり雷鳴が轟き始めた。この時期特有の唐突な雷雨だ。あっという間に広がった雨雲からは大粒の雨が降り注ぎ、4人を地面共々ずぶ濡れにしてしまった。
ずぶ濡れになったのは逃げている椿も同様だった。パニックを起こしていく当てもなく逃げる彼女は、全身ずぶ濡れになり衣服が体に張り付く事も厭わず我武者羅に走り続けていた。途中人とぶつかり文句を言われたような気もするが、そんな事も気にならない位彼女は自分を見失っていた。
(何も知らぬ者に素顔を晒す事はご法度ッ!? そんな事百も承知していると言うのに、拙者は何と愚かな……!?)
よりにもよって基本にして最大の禁忌を犯してしまった。楓の教えを受け、彼女に誇れる立派な忍びになろうとしたのに結果はこの様だ。情けなさと自分への怒りで死にたくなる。
「はぁ、はぁ、はぁ……!?」
体力が続く限り走り続けようとしている様に雨の中を駆け抜ける。そんな彼女の前に1人の男が現れた。傘を差した男に椿は構わず押し退ける勢いでぶつかっていく。
が、意外な事に男は椿からのタックルに等しい激突を逆に押し退けてしまった。多少よろけはしたが、咄嗟に踏ん張ったからか倒れる事無く立ち続けていた。寧ろ走っていた椿の方がバランスを崩されて転んでしまったほどだ。
「うぁっ!?」
「おっと!? ったく、気を付け……あん?」
「うぅ……なっ!?」
椿が激突した相手は隆司だった。何時もの格好で傘を差している彼は、ずぶ濡れになりながらどこか憔悴した様子の椿に目を丸くしている。
「お前、傘差さずに何してんだ? んな格好だと風邪ひくぞ」
転んだ椿を助け起こそうと言うのか、隆司は彼女に手を差し出した。彼としては純粋に彼女を心配しての行動であったが、今の彼女にはその気遣いが逆に煩わしい。逆に馬鹿にされているような気持になり、差し出された手を払い除けると立ち上がり忍筆を取り出した。
「拙者は、万閃衆の忍びだ……楓殿に誇れる忍びに、拙者は……」
胡乱な目で隆司を睨みながら小声でブツブツと呟きながらツララに変身する彼女に、隆司は頭をかくと傘を捨て変身した。
「なんか知んねえけど、やるってんなら相手になるぜ。ゲッコウ、変身」
【忍法、変身の術ッ! 夜の闇、差す影の中、忍ぶ者……ゲッコウッ! 達筆ッ!!】
雨が降りしきる中、ツララとゲッコウが睨み合う。手にはそれぞれ忍者刀を持ち、互いに相手の出方を伺っていた。
張り詰める空気。どちらかが息を一つ吐いただけで次の瞬間には全てが終わっている事を確信させる緊張感。一触即発を絵に描いたような光景の中、動き出したのは両者同時であった。
「「ッ!!」」
何を合図にした訳でもなく同じタイミングで飛び出し、剣戟の音と一瞬火花が散ったかと思った次の瞬間には2人は位置を入れ替えていた。
互いに相手に背中を向け、忍者刀を振り切った姿勢で動きを止める。どちらも身動きせず、振り返るどころか呻き声一つもあげない。
決着がついたのかどうかもあやふやな中、先に動いたのはツララの方だった。唐突にぐらりと体が傾き、忍者刀が手から滑り落ちて地面に転がると同時に変身が解けて倒れ込む。体が揺らいだ時点で既に気を失っていたのか、倒れた椿は呻き声一つ上げず静かに雨に打たれていた。身動き一つせず、静かに雨に濡れてずぶ濡れになるその姿を変身を解いた隆司が静かに見下ろしていた。
「…………」
暫く気絶した椿を見下ろした隆司は、傘を拾わずに倒れた椿を担ぎその場を離れていく。
人知れず一騎打ちが行われたそこには、持ち主の分からない傘が一つ置かれるだけであった。
***
骨猪に椿の正体がバレ、そして続けるように千里と学が彼に正体を明かして次の日。
翌日の授業に椿は姿を現さなかった。それを千里達は無理もないと思った。人一倍万閃衆の忍びとして厳しくあろうとしている彼女が、よりにもよって一般人である骨猪の前で正体を明かしてしまったのだ。基本にして最大の決まりを犯してしまった、彼女の受けた衝撃は計り知れない。
唯も含めて彼女の事を心配していた千里だが、それ以上に直近で考えねばならないのは骨猪との今後の付き合い方だ。もう隠しておくことはできない為、彼にはあの後すぐに全てを明かした。
自分と学、そして椿の3人は古くから世間の影で活動してきた忍びである事。
現在日本では、悪の忍びの秘密結社・卍妖衆が騒ぎを起こしており、彼ら万閃衆がそれに対処していると言う事。
唯はなし崩し的に巻き込まれただけだが、万閃衆に協力的な立場にあると言う事。
ざっくり言ってしまえばこれ位だ。
一度校舎に戻り、雨に濡れた体を拭きながら話を聞いた骨猪はそれに対し多くを語る事はしなかった。神妙な顔で千里達の話を聞き終えた彼は、ただ一言告げた。
「明日、南城君のお父さんと話をさせて欲しい」
そして今に至る。
あの後千里は家に帰ると、当然徹にもこの事を報告した。唯に続きまたしても千里が一般人に姿を晒してしまった事に対して、彼は一瞬射殺すのではと言うほどに鋭い目を彼に向けたが、骨猪が彼との面会を希望している事を話すと険しい顔をしながらも理解を示しそれ以上は何も言う事をしなかった。
正直、千里は気が重かった。骨猪は放課後に千里と共に彼の家へ向かい、そして徹と直接話をしたいとの事だが、一体何を話すつもりなのか皆目見当もつかなかった。徹の教育方針に物申したいのか、それとも別の思惑があるのか。
徹の方も、骨猪を前にして何を口走るかを考えると不安で仕方ない。良くも悪くも万閃衆の忍びの筆頭。一般人である骨猪に対し、尊大な態度になるような事は無いだろうが、それでも厳しい性格の彼が骨猪と出会った時どんな化学反応が起きるかは息子である千里にとっても予想出来ない事であった。
「はぁ……」
「南城君、大丈夫?」
授業中や休み時間にあまりにも千里の溜め息が多いので、唯も堪らず心配して声を掛ける。その2人を少し離れた所から学が見ていた。
「ん? あぁ、小鳥遊さん……。正直に言うと少し憂鬱だよ。父さんと先生を合わせる事になるなんて、学校の行事以外でないと思ってたからさ」
「大変だな、南城んちは」
「他人事だと思って……」
学がイカズチの正体だと分かってから知った事だが、彼には両親が居ないらしい。と言うより、彼が本当に学生の年齢なのかも怪しかった。万閃衆から特命を受ける程の忍びにしては彼は流石に若過ぎる。実はもっと年齢を重ねた人間であり、受けた特命の為に外見の年齢を偽っている可能性が高かった。
そんな事を考えて千里が彼の事をジトッと見つめていると、唯がそっと千里の腕を掴んだ。
「それ、私も一緒に居ても良いかな?」
「小鳥遊さんが? 何で?」
「私に出来る事が何もないだろうって事は分かってるんだけど、南城君1人に色々背負わせるのは、何て言うか…………。だから、せめて傍にいるだけでも……ね?」
「唯ちゃん……」
確かに彼女の言う通り、ただ巻き込まれ続けた結果一緒に行動しているだけの唯がその場に参加しても出来る事は何もない。精々相槌を打ったり、証言を補足したりする程度が関の山だ。
しかし彼女が共に居ると聞いた瞬間、千里はすっと胸が軽くなるのを感じた。彼女が隣に居てくれると言うのであれば、多少重い雰囲気になっても耐えられる。自分を気遣ってくれる彼女の優しさに、千里は思わず彼女を名前の方で呼んでしまった。
唐突に2人の世界を作り出した、千里と唯に学はついて行けず両手を肩の高さに上げて天を仰ぎ見ながら背凭れに体重を預けた。
そして、放課後…………遂に来るべき時が来た。
用事があると言って部活を休んだ唯を伴い、千里は骨猪を連れて自宅へと帰った。高校生の男女と幽鬼の様な男性と言う組み合わせは他の人達からは異様に映るのか、道中3人は周囲からの視線を集める。
向けられる奇異の視線を鬱陶しく思いながらも千里は自宅へと辿り着き、2人を屋敷の中へと招き入れた。
「どうぞ。見た目は古いですけど中身はしっかりしてるんで」
「ここが南城君のお家……そう言えば君、家族で忍者と言う話だけど……この家、もしかして?」
「確かに家は忍者屋敷ですけど、何も知らないお客さんを上げる範囲は普通ですから安心してください」
尤もそれは屋敷内に限った話であり、門から玄関までの間には足の踏み場を間違えると洒落にならない罠が無数に設置されている。だから先日の勉強会の時は特に門から玄関までの間で肝を冷やした。
千里に案内されて客間へと通される。唯にとっては最早お馴染みの客間だ。千里は客間の前に立つと、室内に向けて一声かけた。
「父さん、先生を連れてきたよ」
『入れ』
襖の向こうから如何にも厳格そうな徹の声が響いた。その声に千里が襖を開けて2人を中に通す。
「さ、先生、小鳥遊さん」
「お邪魔します」
「お、お邪魔します……」
襖が開かれ、その奥に机の前に腰掛けて背を向けている徹の姿が見える。表情は分からないが、声だけで今彼がどんな顔をしているのかが唯には想像できて少し緊張してしまう。別に今日の訪問は唯にはあまり関係ない事だと言うのに。
骨猪と唯が一声かけると、徹は振り返りながら立ち上がり骨猪に頭を下げた。
「お初、お目にかかります。千里の父である、南城 徹です」
「ご丁寧にどうも。南城君のクラスの担任の、宇賀八 骨猪です。この度は突然の訪問を受け入れてくださり、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。さ、中へ」
徹に促されて骨猪と唯が客間へと入る。そして骨猪は徹の対面にある座布団の上に座り、千里と唯はそんな2人を左右に見れる位置に腰を下ろす。
全員が腰を下ろすと、徹は湯呑に全員分の茶を注ぎ差し出した。
「粗茶ですが」
「ありがとうございます」
湯呑を受け取った骨猪は、礼を述べて軽く口を付け唇を湿らせる。
一連のやり取りを見て千里にとって少し意外だったのは、骨猪の丁寧な所作だった。ここまで彼が見せたマナーはほぼ完璧と言えた。見た目に反して、徹とやり取りをする骨猪の動きは堂に入っていた。
人間見た目で判断してはいけないと言う事を改めて実感していると、先に口を開いたのは徹の方だった。
「それで、本日はどの様な用件で?」
「単刀直入に申しますと……南城君の事についてです」
凡そ予想はしていたが、話題の中心はやはり自分かと千里は喉を鳴らした。自分に視線が集中している訳でもないのに緊張で硬くなる千里の前で、骨猪は言葉を続ける。
「先日、本人から聞きました。あなた達万閃衆と言う忍びは、卍妖衆と言う危険な集団と日夜戦っていると」
「そうです」
「その危険な戦いに、まだ若い南城君の様な子供を巻き込む事に、あなた達は何も感じていないのですか?」
骨猪の言いたい事はつまりは子供に危険な事をさせている、徹達万閃衆の大人達に対する抗議だった。彼は1人の教師として、教え子であり子供の千里が危険に身を置いている今の状況が許せなかったのだ。
静かな骨猪からの抗議に、徹は即座に答える事をしなかった。彼はそっと自分の前に置いた湯呑を手に取り、茶を口に流し込んで口と舌を湿らせると意を決したように小さく息を吐いて口を開いた。
「仰りたい事は分かります。ですが、事は我ら万閃衆と言う影の集団での話。敢えて歯に衣着せぬ言い方をしますと、部外者である先生に口出しをされる謂れは無いわけです…………と言う答えでは、引き下がってくれそうにありませんな」
徹の答えを途中まで聞いた段階で、骨猪は立ち上がって身を乗り出し対面の徹の胸倉を掴んでいた。衝撃で湯呑は倒れて茶が零れ、畳を濡らすが彼はお構いなしだ。
まさか普段物静かな骨猪がこんな行動に出るとは思っていなかったので、千里も唯もどうすればいいかと判断に迷った。千里は一応話の中心に居るが、何と言うか今の2人の間には口を挟み辛い。骨猪が徹の胸倉を掴んだ瞬間こそ彼は手を伸ばし掛けたが、腰を半端に上げただけで実質見ているしか出来なかった。
圧倒されて何も出来ない2人を尻目に、骨猪は普段の姿からは想像もできない程熱の籠った言葉を口にした。
「それが、親のする事ですか……! 我が子を危険に晒してまで、戦いに向かわせるほどの価値があなた方の組織にあるのですか……!」
千里は産まれてこの方、これ程力強い人間と言うのを見た事がなかった。今この場に居る面子の中で、骨猪の力は間違いなく下から二番目だ。その気になれば徹どころか千里1人でも制圧できる。
だと言うのにどうだろう。彼は相手との力量差など考えず掴みかかっている。どっしりと構えている、徹の力強さが分からないほど愚かでもないだろうに。
「蛮勇は、褒められたものではありませんよ。宇賀八先生?」
「無謀は百も承知。ですが私は教師です。であるなら、私には教え子を守り導く義務がある。私が危険を冒して、大事な教え子を守れるのならそれは本望」
「赴任して日が浅いと聞きましたが?」
「期間の長さは関係ありません。私は階正高校に、南城君のクラスの担任として赴任しました。理由など、それだけで十分です……」
身動ぎ一つしない徹に対し、骨猪も全く引く気配を見せない。互いに武器になるような物は一切持っていないにも拘らず、鍔迫り合いをしているような雰囲気すらあった。
否、今2人は鍔迫り合いをしているのだろう。心に携えた譲れない一本の槍、それを互いにぶつけ合っている。
だがその鍔迫り合いを制しつつあるのは、意外な事に骨猪の方であった。彼は揺ぎ無い誇りと決意、そして義務を力に立ち向かっている。
対する徹は、義務こそ背負っているがその中で忍びとしての自分と父親としての自分が鬩ぎ合っていた。忍びとしての彼は骨猪に対し反発し、父親としての彼は逆に賛同していたのだ。
その揺らぎが視線に現れる。それまで真っ直ぐ骨猪を見返していた徹の目が、僅かに泳ぎ出した。
彼の視線の動きに、傍から見ている千里と唯も気付いた。それを見て唯は動けずにいる千里の背中を押した。
「千里君……」
「ぁ……唯ちゃん?」
唯に呼ばれて千里がそちらを見れば、彼女は真っ直ぐ彼を見つめて一つ頷いた。それを見て千里も覚悟を決めた。
「あの、先生ッ!」
「ッ、南城君?」
突然声を上げた千里に骨猪と徹の視線が突き刺さる。
向けられた視線の内、徹からの視線に普段はあまり感じない迷いや弱々しい光を見た気がして千里は場違いにも嬉しくなった。やはり自分は愛されているのだと言う事を知る事ができて。
「先生……俺は、今の自分が間違ってるなんて、思ってません。寧ろ良かったと思ってます。子供の頃から忍びとして鍛えられたから、小鳥遊さんや皆を守る事ができるんだって」
「だがそれは危険な事だ。今はS.B.C.T.も居る。危険な事は大人に任せるべきじゃないか」
「そうかもしれません。でも、ハッキリ言ってそれは今更なんです。俺、もう忍びになっちゃいましたから」
千里は決してS.B.C.T.を軽んじてはいない。彼らの手で数多くの事件が解決に導かれてきた事もまた事実だからだ。危険を顧みず、人々を守る為戦う彼らを千里は素直に尊敬している。
だがそれはそれとして、自分が忍びとして力を付けた過去は変えようのない事実なのだ。それまでに歩んできた人生、流してきた汗や涙を無駄にしない為には、その力を以てして人々を救う以外に道はない。千里はその道を歩む事に恐れも嫌悪も抱いていないし、その為に鍛えてくれた徹に感謝もしていた。
「だから、俺は止まりません。今更途中下車なんて、出来ませんから」
そう告げる千里の目には、骨猪に負けず劣らぬ強い光が宿っていた。彼もまた、胸に一本の槍を携えていたのだ。そしてその槍は、骨猪の持つそれに匹敵する。
骨猪は己の教え子が、ただ守られるだけの弱い存在では無いのだと言う事を嫌でも理解させられた。
「……君は、本当に……それで良いのかい?」
「はい。後悔はありません」
真正面からそう答える千里に骨猪は折れた。分かってしまったのだ。千里は言葉だけで止まるような男ではない事を。そして言葉で止める事ができない以上、自分に出来る事は彼を見守る事しかないのだと言う事が理解できてしまった。
骨猪は視線を徹に戻すと、胸倉から手を外して座り直した。
「……大変、失礼をいたしました」
「いえ……教師として、教え子を守ろうと動ける先生は、立派な方です」
「父の影響でして……すみません。南城君がここまで言う以上、私から言える事はありません。これ以上は、ただの意見の押し付けになってしまう。それは教師の仕事ではない」
本当は無理やりにでも千里には危険から身を引いてほしかった。だが教師の仕事は教え導き、時に守る事であり強要する事では無い。これ以上ゴネるのは彼の持つ信念に反する。故に彼は引き下がる事を選んだのだ。
そんな彼でも、まだ一つ食い下がれるところがあるとすれば…………
「ですが、一つだけ言わせてください」
「何でしょう?」
「私は……南城君の父親としてのあなたを軽蔑します」
子を守るどころか危険に晒す徹の姿勢は到底納得できるものではなかった。故に、ここだけはハッキリとさせておいた。これだけは絶対に譲れないからだ。
そして徹も彼からの評価を静かに受け止めていた。
「反論の余地もありません。確かに私は、千里の父として他人から見れば失格なのでしょう。ですが、千里の父と胸を張って言える人間になろうと言う気持ちに嘘偽りはありません。父親としての責務も必ず果たします」
「それな何を以て誓うのですか?」
「天国からこの子を見守る、この子の母親に誓って」
骨猪と透の間に再び緊張感が走る。だがそれは、先程までの様な剣呑さを感じさせるものではなかった。
程無くして、骨猪は小さく息を吐きその雰囲気を霧散させた。
「分かりました。あなたを信じます。本日は、お話をさせていただきありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。これからも千里の事をよろしくお願いします」
そう言って2人は互いに握手を交わした。その光景に千里と唯はホッと胸を撫で下ろす。これでとりあえず一番の懸念事項は何とかなった。
あと心配事があるとすれば、それはあの場から逃げ出して姿を見せない椿の事。千里は今頃彼女は何をしているだろうかと思いを馳せるのだった。
と言う事で第31話でした。
椿がやらかしてしまいました。戦闘中のダメージ蓄積で変身解除の末身バレしたので、一概に彼女の過失とは言い切れませんが彼女の中では言い訳の使用も無い過失として記憶されています。
焦燥するあまり、ダメージが残る体でゲッコウと戦った結果敗北を重ねてお持ち帰りされた椿がどうなるかは次回をお待ちください。
そして無実が証明された骨猪の為人が今回明かされます。あんな見た目して、心は熱いタイプの教師でした。
さて……次回から椿推し発狂の恐れのある展開になります。お気を付けを。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。