仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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どうも、黒井です。

前々から予告していた通り、今回、椿推し発狂注意の回となっておりますのでご注意ください。


第三十二筆:悪意と共に迫る魔手

「…………ん、うぅ……?」

 

 椿が目覚めると、そこは見知らぬ場所だった。普段自分が拠点としている安アパートの一室ではない。と言うより、目覚めてぼやけていた視界がハッキリしてくると建物の中ですらない。

 

「ここ、は……?」

 

 最初視界に映る景色が何なのかよく分からなかったが、首だけ動かして周囲を見渡すとそこがどうやらテントの中なのだろうと言う事は分かった。布で出来た天井ではランタンが揺れ、中を明るく照らしている。テントとしては少し大きめで、人が3~4人は入れるくらいの広さがある。

 尤も正確には、干した草や何かが吊るされていたりラジオなどが置かれているので、外観以上には狭い印象だが。

 

 意識がしっかりしてくるにつれ、椿は今の自分の状態にも目を向けた。掛けられている毛布をどかせば、その下には衣服を脱がされ体のあちこちに包帯を巻かれた体が見える。勿論自分で手当てをした覚えは無いので、誰かがやってくれたのだろう。問題なのはそれが誰かと言う事。

 何故こんな事になっているのかと考え、椿は一番新しい記憶を思い出す。

 

「そうだ……拙者は、確か……」

 

 椿は思い出した。骨猪に正体を見られてしまい、パニックを起こしてその場から逃げ出し我武者羅に走り続けた挙句、偶然遭遇した隆司と戦いそして…………敗北したのだ。

 

「……はぁ」

 

 万閃衆としての禁を破ってしまった挙句に重ねた敗北。もう椿のプライドはズタズタだった。怒りや悔しさを通り越し、心を虚無感が埋め尽くす。

 

 そこで閉じられていたテントの入り口が外から開けられた。どうやらこのテントの持ち主がすぐ傍に居たらしく、椿が目覚めた気配に様子を見に来たようだ。

 こんな近くに人が居たにも拘らず、それに気付かず警戒すらしなかった。それだけで今の椿の意気消沈具合が伺えると言うものだ。

 

 そんな椿の現状など知った事ないと言わんばかりに、恐らくはこのテントの持ち主だろう者が顔を見せた。その相手に椿は思わず驚き声を上げる。

 

「な、お主……!?」

「よぉ、目ぇ覚めたか?」

「げ、ゲッコウッ!?」

 

 入り口から顔を見せてきたのはまさかの隆司であった。彼は至ってフランクに椿に話し掛け、忍びとしての名前を呼ばれると呆れたような顔をした。

 

「おいおい、前に名乗っただろうが。俺の名前は隼 隆司、ゲッコウは忍びの名前だ。この顔の時は隼か隆司のどっちかで呼べっての」

「敵であるお主を気安く呼べと?」

「固い事言うなって。別にいいじゃねえかよ、今はやり合ってる訳じゃねえんだから」

 

 そう言うと隆司はテントの入り口を開けたまま外へと戻っていく。

 

 彼が入り口を開けたままにしてくれたおかげで、椿は外の様子を見る事ができるようになった。どうやら今の時間は夜で、ここはどこかの河原らしい。テントの外には暗いが流れる川が見え、隆司はテントの近くで火を焚きその上に置かれた鍋の中身をお玉でかき混ぜている。

 

 こちらを警戒した様子の無い隆司に、椿は素早く周囲を見渡し自分の衣服と忍筆を見つけた。滑稽になるほど迂闊な事に、服と筆は椿の枕元に置かれている。取ってくださいと言わんばかりだ。

 

(奴は今鍋の方に意識を向けている。仕留めるなら今……!)

 

 筆を手に取ろうと腕を伸ばしたその時、鍋の中を見ていた隆司が弾かれるように椿の方を見た。それに気付いた椿は、これが罠の可能性に思い至り己の迂闊さを悔いた。

 

(しま、囮……!?)

 

 咄嗟にいつもの癖で手裏剣を取り出そうとしたが、衣服を脱がされた時に一緒に没収されたのか手を突っ込んだ先には何もない。その間に隆司はテントに近付いてきて――――

 

「ワリィワリィ、開けっぱにしちまってた」

 

 そう言ってテントの入り口を閉めた。その彼の行動に椿は思わずポカンと口を開けてしまう。

 

「……は?」

「着替え終わったら呼んでくれ」

「あ……うん」

 

 取り合えず今すぐ自分の事をどうこうするつもりは無いらしい事を椿は理解した。大体にして彼女の事を害するつもりがあるなら、目覚める前に何かしている筈だし傷の手当なんてしない。普通だったら手足を縛られた状態で冷たい床の上に放置されていても不思議ではないと言うのに、彼はまるで当たり前の様に敵である彼女に普通に接していた。

 

 何だか訳が分からなくなり、椿は取り合えず畳んで置かれていた衣服に袖を通す。あれからどれだけの時間が経ったのかは分からないが、雨に濡れていた衣服はすっかり乾いていた。

 制服を着直して、忍筆と巻物を懐に仕舞うと椿はテントの入り口を開け恐る恐る外へと出た。

 

「お、終わったでござる」

「おぅ。ワリィな、狭い家で。寝苦しかったろ?」

「いや、そんな……」

 

 何なのだろうかこの男は。悪しき卍妖衆の忍びである筈なのに、敵である自分を手当てしたり気遣ったりと何がしたいのかよく分からない。何度も戦ってきた相手の筈なのに、まるで未知の存在を相手にしているようだ。コイツは本当にあのゲッコウなのかと疑問すら湧いてくる。

 

 どうすればいいのか分からなくなり、取り合えず彼の様子を観察していると彼は鍋の中身を小皿に少し取り味見する様に口に含んだ。

 

「ふむ…………よし」

 

 隆司は鍋の中身の味に納得したのか頷くと、それを器にとって差し出してきた。

 

「食うか? 丸一日寝て腹減ってるだろ?」

「く、食うって、これ……?」

 

 思わず椿が顔を引き攣らせるのも無理はない。器に盛られたそれは、本当に人が食べるものなのか疑いたくなるような見た目をしているのだ。茶色くドロドロで、所々に黒っぽい緑色も見える。一見するとそこらの泥を煮込んだようにも見えなくはない見た目をしていた。

 細い目で凝視すると言う器用な事をする椿の姿に、隆司は思わず苦笑しながら匙と共に押し付ける様に持たせた。

 

「心配しなくても毒なんて盛ってねえよ。俺特製の薬膳粥だ。見た目は確かに悪いかもしれないが、ちゃんと食えるもんだから安心しろ」

 

 そう言って椿に器を押し付けると、自分の分の器に粥をよそい掻き込むように食べ始めた。あまりに美味そうに食べる彼の姿、そして何より見た目に反して食欲を誘う香りに、丸一日何も食べていなかった椿の腹が鳴る。

 

「ゴクッ……(えぇい、ままよ!)」

 

 意を決して椿は匙で粥を掬い、軽く息を吹きかけて冷ますと口に入れた。

 

 そして、その瞬間口の中に広がる味に思わず目を見開いた。

 

(こ、これは……!!)

 

 見た目は確かに泥を煮込んだようにしか見えない粥だが、泥臭さなど微塵もなく香辛料の芳香な香りが口から鼻に突き抜ける。舌の上を転がる粥は程良い苦みと塩気が利いており、後を引く味に気付けばまだ口の中に残っているのに次の分を匙で掬って口の中に突っ込んでいた。

 だがこの粥の真に驚くべきことは単純な味ではない。舌で分かるレベルでこの粥を体が求めている。半ば意志に反して手が勝手に粥を掬っては口の中に放り込んでいき、あっと言う間に渡された器は空になっていた。

 

「~~~~ッ、ぷはっ! はぁ、はぁ……」

 

 夢中になって一気に粥を平らげた椿の姿を、一足先に食べ終えていた隆司が次の分をよそいながら笑って見ていた。

 

「お~お~、そんなに夢中になる程美味かったか?」

「え、あ……ま、まぁ……」

「お代わり要るか?」

「…………はい」

 

 敵に情けを掛けられているようで屈辱だが、彼の裏表を感じない対応に椿は素直に二杯目を装ってもらった。

 そうして2人で鍋の中が空になるまで粥を食べきり、膨れた腹を擦りながら椿は満足そうに息を吐いた。

 

「はぁ~、満腹満腹。馳走になったでござる」

「おぅ、お粗末さん。良い食いっぷりだったな。茶でも飲むか?」

「忝い、頂くでござる」

 

 隆司がポットで淹れた茶をコップに注いで渡してくる。もう椿はそれを警戒することなく受け取り、温かなそれを一口啜って息を吐いた。これもまた市販の茶葉ではないのか、何処か独特の風味が感じられる。

 

「はふぅ……世話になったでござるな」

「気にすんな」

「だが聞かせて欲しい。何故拙者を助けたでござるか?」

「ん? 別に大した理由なんかねえよ。ただあの雨の中、手負いの状態で放っておけなかったからだ」

 

 手負い……と言うのは彼にやられた傷の事では無いだろう。椿はその前にドクロとの戦いで負傷していた。その状態でゲッコウとやり合えば、まともな勝負にならず敗北するのは当たり前だ。

 

「怪我したお前に勝ってもちっとも面白くないからな。放置してどうにかなられても困るし、それならって事で家に連れてきたんだよ」

「家……って、やっぱりあのテントでござるか?」

「他に何がある?」

 

 まさかと思っていたがどうやら彼はテント暮らしをしているらしい。今の時代、彼の様な若い男が学校にも行かず1人テントで各地を転々とする。憧れる者は憧れるだろうが、それはそれで色々と大変そうだ。

 

「あ……そう言えば、一つ聞きたい事あるんだけどいいか?」

 

 暫しテントを眺めていた椿は、不意に彼から投げ掛けられた問いに思わず身構えた。やはり狙いはこちらの情報を引き出す事、ここまで歓待したのは油断させる為かと手をそっと懐の筆に持っていく。

 

「……何を?」

「お前ってさ…………何時もそのござる口調なの?」

「…………は?」

 

 だが彼の口から出た質問は、彼女の予想の斜め上をいっていた。てっきり万閃衆に関する情報を求められるかと思っていたのに、聞かれる内容が自分の口癖だ等とは思わなかったのである。思わず間抜けな声を上げてしまったではないか。

 

「どうなんだ?」

「ま、まぁ……拙者は何時もこれでござるけど……」

「マジかよ? それ怪しまれねぇ? どう考えても周りから浮くだろそれ?」

 

 懐疑的な目を向けてくる隆司に、流石に椿もカチンと来て口をへの字に曲げた。

 

「何を言う。これが由緒正しき忍びの在り方ではござらんか。何を恥じる事がある」

「いや忍びならもっと忍べよ。んな分かり易い位忍び然りしてたら一発でバレるぞ」

「分かってないでござるな。だから良いのでござろうが。今時こんな見て分かる程忍びしてる輩などおらぬ。これは一種のカモフラージュも兼ねているのでござるよ」

「確かに今時んな口調、ただのキャラ付けにしかなってねえだろうけどさ……」

 

 今は良くても、5年後10年後にこの頃の事を思い出して、彼女が黒歴史に胸を痛めたりしないかを彼は心配してしまった。本人が今の自分をどう捉えているのかは知らないが、周りからは十中八九『いい歳して痛いキャラ付けしてる女』に思われていると彼は確信した。少なくとも彼女の事を小馬鹿にしたり蔑んでいる輩は確実に居るだろう。

 

(まぁ、そんな事で簡単にへこたれるようじゃ忍びなんてやってられねえか)

 

 もしかしたら案外うまく馴染めているのかもしれない。そう思う事にしながら隆司は鍋や食器を片付ける。

 

 近くの川で食器を洗う隆司の後ろ姿を椿は暫し眺めていた。こうしていると、彼と自分が敵同士なのだと言う事を忘れてしまう。

 と言うより、彼からは不思議と卍妖衆の忍びからよく感じる外道の匂いがしない。仮に彼が万閃衆の忍びであると名乗ったとしても、彼女はそれをすんなり受け入れられるだろう。

 

 不思議に思った椿は、思わず彼に問い掛けた。

 

「拙者からも宜しいか?」

「ん?」

「お主は何故卍妖衆に身を置くのでござるか? ハッキリ言わせてもらうが、あの外道の輩達とお主では纏う雰囲気が違い過ぎる。とてもそりが合うとは思えぬのでござるが……」

 

 椿の質問に、隆司は一瞬片付けの手を止めた。何やら考え込むように明後日の方を見ながら顎を掻き、考えが纏まったのか食器をテントの中に運び入れながら彼女を招き入れた。

 

「込み入った話は、あんまり開けた場所で話すもんじゃねえ。夏とは言え夜風に当たり続けるのも悪いしな。入れよ」

 

 この頃になると椿も彼に対して警戒しなくなっていた。素直に彼の後に続きテントに入ると、彼の隣に腰掛けその話に耳を傾ける。

 

「何で俺が卍妖衆に居るのか、ねぇ…………まぁ端的に言っちまえば、義理があるからだな」

「義理?」

「あぁ。俺が使う影遁の術、これは俺の親父が考え出した術だったんだ」

 

 隆司の父も元は忍びで、しかも以前は万閃衆に属していたらしい。だがある日を境に彼の父は彼を連れて万閃衆から出奔した。それは傘木 雄成に万閃衆が破れて組織が瓦解寸前になるよりも前の話だった。

 

 彼の父親は、一言で言ってしまえば忍術マニアとでも言うべき男だった。その為、様々な術を研究しては新たな術を生み出せないかと日々研究と研鑽に明け暮れた。忍術の研究と研鑽に熱中するあまり、与えられた任務が疎かになる事も儘あったのだとか。お陰で組織からは彼の父親はあまり評価も高くはなく、実力自体は上忍に届いているのに中忍と言う立場から抜け出せないでいた。

 そんな父の事を隆司は別に呆れも蔑みもしなかった。父が自由な男であるように、彼もまた自由な男であるからだ。

 

 その父がある日突然万閃衆から出奔した。理由は新たな忍術の開発の為だ。神羅万象の力に頼る術の研究と開発には、天然自然に身を置く必要がある。彼の父はそれに熱中するあまり、何も言わず組織を離れてしまっていたのだ。万閃衆に対し特に忠誠心も無かった隆司はそれについて行き、そして父と共に影遁の術を完成させた。

 

 遂に新たな術が完成し、意気揚々と戻れば既に組織は壊滅寸前。彼らが離れている間に万閃衆は傘木 雄成の手で追い詰められていたのだ。

 楓を始め多くの忍びが倒れた。そんな状況で今まで連絡も寄越さずに居た彼ら親子に対し、万閃衆は八つ当たりをするように辛く当たり遂には追放してしまった。

 

 行く当てもなくなり、しかも忍びとしての術だけを学び他の生き方を知らなかった2人は路頭に迷った。しかも追い打ちを掛けるように父は病に倒れ、医者に掛かる金も無かった隆司は必死に野山を掛け薬草を集めた。彼が生薬の扱いなどに長けているのはこれが理由だ。

 

 そんな彼らに手を差し伸べたのが卍妖衆だった。上忍に匹敵する実力を持つ父とその父から教えを受けた隆司は、万閃衆に替わる新たな忍びの結社を作ろうとしていた卍妖衆からすれば喉から手が出るほど欲しい戦力だったのである。

 結局彼の父はその時点で重篤だった為、回復することなく卍妖衆に親子共々参加して少ししてから息を引き取った。卍妖衆としては何も成せず死んだ隆司の父に対して価値を見出す事は無かったが、その息子は将来的に戦力になるとして恩を売る意味でも彼の父を供養するのに手を貸した。その事に関して隆司は一応感謝もしている。

 

 だがそれだけだ。言ってしまえば、彼と卍妖衆を繋いでいるのはその恩義のみ。そして父の供養から数年が経過した今、少なくとも供養に掛った費用分彼は十分に働いたと自負している。卍妖衆が純粋な親切心からではなく、隆司に恩を売る為だけに彼の父を供養した事には彼自身とっくの昔に気付いていた。だから最低限の恩義を感じこそすれ、忠義を捧げるような事はしていない。

 

「――――とまぁ、これが俺が卍妖衆に居る理由だな。まぁ後は? 親父が編み出した影遁の術がどこまで通用するのかが気になるから戦いの場が欲しくて過激な卍妖衆に居るってのも否定はしねえよ」

 

 隆司はそう最後に締め括った。話を統括すると、彼は今は亡き父親の供養に手を貸してもらった恩義と純粋に戦いの場を求めたが故に卍妖衆に居ると言う事になる。

 

 この話を聞いて椿は取り合えず最初に思った事を口にした。

 

「死人に鞭打つような物言いでござるが……言っても良いでござるか?」

「おう、良いぞ。大体予想はつくから」

「では失礼して……お主の父親はアホでござるか?」

 

 真正面から故人を貶めるかのような椿の一言。それを聞いて隆司は、怒るどころか寧ろ大口を開けて笑った。

 

「わっはっはっ! まぁそう思うよな? 俺も未だにそう思うわ」

 

 大体にして組織に属していながら好き勝手に行動して、しかも肝心な時に居なかったのならそれは不興を買って追い出されても文句は言えない。全ては自業自得、仮に隆司の父が追放に関して万閃衆を恨んだとしてもそれはお門違いと言うものだ。

 

「まぁ親父も別に万閃衆の為に影遁完成させた訳じゃなかったみたいだし、追い出された時もしゃーねーなみたいな感じだったから、別に万閃衆に恨みなんて欠片もねえんだよ」

 

 万閃衆に対して後ろ暗いところはなく、卍妖衆と彼を繋いでいるのは実質恩義を返すと言う義理のみ。その義理も、連中の思惑などを考えれば既に十分すぎるくらいに果たしている。であるならば、彼は共に戦う仲間になれるのでは? と椿は考えてしまった。普段の彼女ならこんな事絶対考えないだろうが、失敗と敗北を重ねた所で素の隆司と接して凝り固まっていた価値観が崩れたのだろうか。兎に角椿は自然とその言葉を口にしていた。

 

「卍妖衆に居る事に価値を見出せないのなら、万閃衆に戻り共に戦う事は出来ないでござるか?」

 

 椿は自分でも驚くほどその言葉をすんなり口に出来た。そしてそう言っても少しも嫌な気分にならない。寧ろ期待している自分が居る事に気付いていた。

 

 対する隆司も、椿がそんな事を言ってくるとは思っていなかったのか少し意外そうな顔をした。

 

 が、しかし…………

 

「ん~……どうすっかな~……」

 

 椿の期待に反して、隆司の反応は芳しくない。あまりスッキリしないと言いたげな顔で頬を掻く彼に、彼女も残念そうに肩を落とす。

 

「だ、ダメでござるか?」

「あ~……別に良いんだけどよぉ。なんつーか、こう……スッキリしねえんだよ。まだコガラシとの決着もついてねえし」

 

 それは一種のケジメだった。恩義は十分に果たしただろうが、有耶無耶にしたまま抜けるよりはすっぱりケリを付けてから抜けたい。粗暴で戦闘狂な彼だが、締めるべきところは締めるのが隼 隆司と言う男だった。

 

 とは言え、彼の中でも卍妖衆脱退の考えが無い訳ではない。いい加減そろそろはっきり決めるべきと言う考え自体はあった。

 

「俺としては、まぁ…………ッ!?」

 

 不意に隆司が弾かれるように明後日の方を見た。同時に彼からザワリと張り詰めた気配が放たれる。

 

「隆司殿? 何が――」

 

 一体どうしたのかと椿が問おうとしたその時、彼はいきなり椿を押し倒した。そして素早く口を塞ぎ、同時に忍者刀を抜くと彼女の衣服を切り裂いた。

 

「ん゛~っ!? ん゛ん゛~っ!?」

 

 状況の変化について行けず、椿は塞がれた口からくぐもった悲鳴を上げる。抵抗しようにも気付けば両手を頭上で縛られ、両足の間に体を捩じ込まれているので抵抗を塞がれていた。

 

 何が何だか分からぬまま突然の事態に貞操の危機すら感じ目に涙を浮かべる。とその時、何者かがテントの入り口を開けて顔を覗かせてきた。

 

「おやおやぁ? もしかしてお楽しみの最中でしたか?」

「だったら何だ? いいところで邪魔すんじゃねえ」

「いえいえ、オボロ様がいい加減あなたにも働いてほしいと言うものでして、その事を伝えに参ったのですが……」

「チッ、うるせえな。今度顔出すって伝えとけ」

「はい、ではごゆっくりどうぞ」

 

 そう言って顔を引っ込めたのは、椿も知らぬ人物。卍妖衆にて、ブローカーと呼ばれる謎の男だった。隆司は彼が顔を引っ込めると、テントの外の気配を探る為息を殺し耳を澄ます。河原を歩いているのだろうブローカーの足音が離れていき、完全に聞こえなくなると彼は安堵の息を吐いた。

 

「はぁ~……あっぶねぇ。あの野郎、俺ここに居るって言った覚えねえのに何でここが分かったんだ? ったく薄気味悪い」

 

 吐き捨てるように言いながら隆司は椿の上から退いた。口を抑えていた手を放し、縛っていた両手は持っていた忍者刀で縄を切り裂き解放する。

 起き上がりながら、彼は椿の制服を切り裂いてしまった事を詫びた。

 

「あ~、ワリィ。アイツ面倒臭い上に胡散臭い奴でよぉ。万閃衆と仲良くしてるところ見られると何されるか分かったもんじゃねえんだ」

 

 実際、以前なし崩し的にコガラシと共闘してしまった事がどういう訳かブローカーに知られ、その事から離反の可能性などをネチネチ問われた。もしここで椿と仲良さそうにしているところを見られたりすれば、それこそどんな目に遭うか予想も出来ない。

 故に、パフォーマンスでも捕虜を甚振る卍妖衆の忍びとしての姿を見せる必要があった。

 

「マジで悪かった。服に関してはちゃんと弁償するから……ん? お~い?」

 

 気付けば椿は切り裂かれた衣服の部分を押さえるように身を縮こませながら体を震わせ、一言も喋らなかった。不気味な沈黙に、隆司が彼女の顔を下から覗き込もうとすると、その瞬間彼女はバッと顔を上げ目尻に涙を浮かべながら叫んだ。

 

「責任取れッ!!」

「えっ!? 責任ッ!? だ、だからちゃんと弁償するってッ!?」

「そうじゃなくて、そうじゃ、~~~~~~あぁ、もうっ!」

 

 楓が死んだあの日から、椿は女としての自分を捨てたつもりで生きてきた。ただ只管に万閃衆の掟に従い、1人の忍びとして大成する事だけを夢見て今日まで鍛錬を続けてきた。

 

 だが先程、突然隆司に押さえ付けられ服を剥かれた時、彼女は柄にもなく生娘の様に恐怖に駆られた。何が何だか分からず、突然裏切られて貞操を奪われるのかと慄いてしまった。その瞬間彼女は忘れていた筈の女としての自分を彼に見せてしまったのだ。それは彼女にとって何よりの恥辱であり、そしてそんな自分を見られてしまった以上彼には相応の責任を取ってもらわなければ収まりが付かなかった。

 

 しかしどうやら彼は椿の言葉の意味を正確に理解してくれていない様子。今は言っても無駄だと、興奮した頭の中に残る冷静な部分に諭され椿は今日はもう退散する事に決めた。

 

「執筆忍法、変身の術」

 

 とりま、引き裂かれた衣服のまま帰るのは嫌だったので、急場凌ぎ的な感じで変身してテントから出た。テントから出たツララの後に続いて、隆司も外に出て改めて彼女に頭を下げる。

 

「悪い、ホントに。次会った時に必ずその服の分は弁償するからよ」

「まぁ、止むを得ない理由だった事はもう分かったでござる。気にせずとも……」

「そうはいくかよ」

「律儀でござるな」

 

 ツララは仮面の奥で笑みを浮かべると、徐に仮面を外し頭巾を取って素顔を彼に晒した。そして目を開き、澄んだ目を彼に向けながら正直な思いを口にした。

 

「何時か、お主と共に轡を並べられる時が来るのを願っているでござるよ」

「……そうかい。ま、その時が来たらな」

「フフッ……では、世話になったでござる。この恩、何時か必ず返すでござる。では、御免!」

【忍法、隠れ身の術ッ! 達筆ッ!】

 

 頭巾と仮面をかぶり直し、煙と共に姿を消したツララ。彼女が居た場所を隆司は暫し眺め、そして空を見上げると浮かぶ月を見上げながら息を吐いた。

 

「はぁ……何時か、な」

 

 そう呟き、彼は焚火を消すとテントの中に引っ込んでいった。そして程無くして中の明かりが消え、河原は夜の闇に包まれた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 隆司の元を去り、夜の街の中をツララがビルの上を飛び跳ねながら自宅へと戻っていく。見知らぬところへ来てしまったかと思っていたが、案外そうでもなかったようで次第に見慣れた景色が増えていった。

 

 夜闇の中を飛び跳ねながら、ツララは先程の隆司とのやり取りを思い出す。粗野で乱暴、戦闘狂だが決して悪ではない。卍妖衆に居るのが勿体ない男だ。

 それに何より……良い男かもしれない。意外と面倒見が良くて、しかも料理も出来る。先程も述べた通り粗野ではあるが、男気に溢れた気骨ある人物としてみれば好感が持てた。

 

 ツララは1人の男に対してそんな感想を抱く自分に驚きつつ、悪い気はしないと思っていた。

 

(まさか拙者が、殿方に対してこの様な想いを抱くとは……分からぬものでござるな)

 

 自分の中にあった意外な一面に、驚きながらも納得しつつビルの屋上に着地した。

 

 その時、何処からか黒い雷がツララに向けて飛んできた。

 

「なっ!?」

【忍法、空蝉の術ッ! 達筆ッ!】

 

 咄嗟に空蝉の術で躱し難を逃れたツララ。彼女は黒い雷遁の術で抉られたビルの屋上に冷や汗を流しつつ、それが飛んできた方を睨み付けた。

 

「何奴ッ!」

 

 四華を取り出し構えながらツララが問うと、そこには夜の闇から浮き出る様に1人の忍びが姿を現した。

 

 黒い忍び装束の上から武者の様な鎧を纏った忍び……卍妖衆首魁のオボロ。以前の南城邸襲撃の際に姿を現したオボロの容姿は報告で知っていたので、ツララも自分が相対しているのが敵の頭領であるとすぐに気付いた。

 

(まさか……こんな所で卍妖衆の首魁と出くわすとは……!)

 

 正直、分が悪いと言わざるを得ない。手当されているとは言え、今のツララのコンディションは最高とは言い難い。そして仮に万全の状態であったとしても、オボロ相手に1人で対抗できると思うほど彼女は自惚れてもいなかった。

 

 今奴と戦うのは無謀の極。ここは逃げるのが最善手と、ツララは忍筆を取り出し術を使おうとした。

 

「執筆忍法――」

 

 ここは分身の術で相手の目を誤魔化し、どさくさに紛れて逃げる以外にないと筆を振るう。が、完全に術を書き切る前に何者かが彼女の手から筆を叩き落した。

 

「あ、なっ!?」

 

 そこに居たのはもう1人のオボロ。咄嗟に目の前に居たオボロに目を向けると、そこでは立っていたオボロの姿が崩れていくのが見えた。分身だ。オボロは先に分身の姿を晒してツララの注意をそちらに向けた上で、彼女の油断を誘ったのである。

 

「(しまった!? こんな古典的な罠にッ!)くっ!」

 

 筆を落とされた以上、ここで戦うしかない。ツララは手にした四華を振るいオボロに斬りかかったが、奴は素早い身のこなしで紙一重で避けてしまった。

 

 その後もツララはオボロに四華を振るい続けるが、彼女の攻撃はオボロ相手に掠りもしない。それどころか攻撃を躱され隙を晒したところを裏拳や掌底、蹴りなどで攻撃されダメージが蓄積していった。

 

「あぐっ!? かはっ!? くぅっ! うあっ!?」

 

 攻撃に晒されながらも何とか一撃は加えようとツララは果敢に攻撃する。もう彼女の中で逃げると言う選択肢は消えていた。相手に逃がすつもりが無いのなら、せめて万閃衆として誇れるように最後まで足掻くつもりだった。

 

 オボロはそんな彼女の覚悟を嘲笑う様に、蹴りで彼女が持つ四華を弾き飛ばした。

 

「あぁっ!?」

 

 自慢の武器が手から離れ飛んでいくのを、ツララは思わず目で追ってしまった。オボロはその間に彼女の懐に入り込むと、至近距離から無防備な彼女の体に目にも留まらぬほどの掌底による連打を喰らわせた。

 

「ぐぁっ!? がっ!? あ、ぐっ!? がはぁぁぁっ!?」

 

 全身の肉を柔らかくするかのように満遍なく殴られ、空中に投げ出されるツララ。鎧は砕け、力無く屋上から弾き出され地面に落下しつつあった彼女の体は、唐突に空中に磔にされた。

 

「うっ!? な、ぁ……?」

 

 痛みに霞む視界の中、自分の手足を見ればそこには鎖が巻き付いている。その鎖の元を辿れば、卍妖衆の下忍が手に鎖鎌を持ち彼女の手足を別々の方向に向け引っ張っていた。

 

「く……! はな、せ……!?」

 

 地面から数メートル離れた所で、×字に磔にされた彼女は無駄な抵抗と知りつつ身を捩り拘束から逃れようとした。しかし鎖は外れる事無く、小さく音を立てながらも彼女の体を拘束し続けた。

 

 そんな彼女の前にオボロは降り立つと、忍筆を取り出し術を書いた。

 

「執筆忍法、噛雷蛇(ごうらいだ)の術」

【忍法、噛雷蛇の術ッ! 達筆ッ!】

 

 オボロが空中に書いた文字から、蛇の様な稲妻が飛び出しツララへと向かって行く。実体のない雷の蛇は身動きの取れないツララの体に巻き付き、食らい付いて弱った彼女の身を焼いた。

 

「あぐっ!? あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!? ぐぅ、あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?!?」

 

 体全身を電撃で焼かれる痛みにツララの口から悲痛な叫びが上がる。神経を切っては繋げまた切られる様な苦痛は到底耐えられるものではなく、抵抗も封じられた彼女に出来る事は苦痛に首を振りみを捩りながらただ叫び声を上げる事だけであった。

 

「うぅぅぅぅっ!? あぁぁっ!? あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

 

 人々が寝静まった夜の街に、1人の少女の叫び声が響き渡った。だが何故か誰一人としてその声に気付く事無く、彼女の悲鳴は空しく夜の街に響き続けた。

 

 どれ程時間が経っただろうか。彼女にとっては数時間にも等しい苦痛の時間は、唐突に終わりを迎えた。

 

「うぁ、ぁ…………」

 

 気付けば雷の蛇は消え、後には全身あちこちを電撃で黒焦げにされたツララだけが残される。オボロは呻くしか出来なくなった彼女を見て、下忍に指示を出し拘束を解かせた。手足の鎖が外れ、彼女は自由の身になる。

 だが最早動くだけの体力を完全に奪われた彼女には逃げ出す事など出来る筈もなく、ましてや受け身すら取れず数メートル上空から地面に落下した。

 

「う゛、ぁ゛……ぐ……うぅ」

 

 べしゃりと音を立てながら落下したツララは、直後に変身が解け元の姿に戻ってしまう。

 

 椿はオボロと数人の卍妖衆下忍の前で無様な姿を晒しつつ、もう起き上がる力もない様子で地面に四肢を投げ出す様に倒れていた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 弱々しく呼吸をするだけで、虚ろな目を虚空に向ける。そんな彼女の目に映るオボロは、仮面の奥から静かに彼女を見下ろしていた。




と言う訳で第32話でした。

隆司はボチボチ卍妖衆を抜けそうな雰囲気をバンバン出してます。元々根っこが悪人ではないと表現していたので、外道集団の卍妖衆とは根本的にそりが合わないのは自明でした。
そんな彼が何で卍妖衆に居たのかは今回語られた通りです。粗暴な男ですが、それでもどんな相手に対しても最低限の義理は果たす律儀な男でした。

素の隆司と触れ合った事で椿の心情にも変化が現れた所で、遂に来ました椿推し発狂の瞬間。因みに次回も続きます。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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