仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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どうも、黒井です。

前回に続き椿推し発狂回です。恐らくこの展開を恐れていた方もいらっしゃるでしょう。


第三十三筆:心と記憶を弄ばれ

 人々が寝静まった静かな夜の街の中で、椿は周りをオボロと卍妖衆の下忍に取り囲まれ力無く地面に倒れていた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 全身ズタボロにされた椿は、弱々しく呼吸をして虚ろな目を虚空に向けている。そんな彼女を見下ろしていたオボロは、下忍に命令して彼女を無理矢理起き上がらせた。彼女に向けて顎をしゃくれば、意図を察した下忍が2人力無く倒れた彼女の両腕を掴み持ち上げて起き上がらせる。

 

「ぅ……ぁ……」

 

 両腕を掴まれていると言うのに椿は全く抵抗しない。もう今の彼女には身を捩るだけの気力も無いのだ。オボロの忍術により完膚なきまでに痛めつけられ、気力も体力も全て削ぎ落とされてしまった。頭も両手もだらりと下げ、項垂れた彼女の姿は完全に敗者のそれだ。

 

 長谷部 椿は、卍妖衆に敗れたのである。

 

(はは……所詮、拙者はこの程度…………か)

 

 椿は心の中で自嘲した。気張っていても結局自分の力などこの程度。自分を育て導いてくれた楓に報いるべく努力してきたが、これが自分の限界かと諦めの境地に至っていた。

 

 これから自分はどうなるのだろう。このまま卍妖衆のアジトに連れていかれて、情報を引き出す為に拷問されるのか、それとも連中の慰み者になるのか。いっその事殺してくれた方が楽だと思いつつ、万閃衆の忍びとして大成できなかったことに対する無念が胸に広がる。

 

(死ぬ……か……)

 

 不思議と恐れはなかった。やれるだけの事はやった結果がこれなのだから。それに死ねば楓の元へ逝ける。そう思えば存外悪い事とも思えなかった。

 だがこの時彼女の脳裏に浮かんだのは恩師であり母と慕う楓の顔ではなかった。

 

(あぁ……隆司……すまぬ、お主と轡を並べる事……出来そうにないでござる)

 

 最期に思い出すのは、先程隆司と共に過ごした僅かな時間。敵同士だと言うのに、不思議と彼との時間はとても充実していた。あの粥の味が舌の上に思い出される。

 

 過去に思いを馳せ、来たる自分の最期に備える椿だったがここで違和感を覚える。なかなかトドメを刺されない。どころか、何処かへ連れていかれる事も無い。

 

(え?……何故?)

 

 疑問に思い顔を上げると、そこには依然として自分を見下ろすオボロの姿があった。まるで品定めするように自分の事を見る敵の首魁に、椿は掠れた声で問い掛けた。

 

「何故……殺さない……?」

 

 霞む視界の中に映るオボロにそう問い掛けると、返って来たのは意外な答えだった。

 

「万閃衆の忍び、ツララの椿だな。単刀直入に言おう。卍妖衆に来ないか?」

「な……に……!?」

 

 まさかのスカウトに椿は思わず目を見開いた。殺されたり拷問される事は予想していたが、まさかスカウトされるとは思ってもみなかった。彼女は驚愕と同時に最大級の侮辱を受けたと、萎えていた心に怒りの火を灯しオボロに飛び掛かろうと暴れた。だがボロボロの彼女に下忍の手を振り払うだけの力はなく、押さえつけられながら睨み付け吠えるしか出来なかった。

 

「ふざけるなッ!? 拙者を愚弄するのか。拙者は万閃衆の忍び! この身には楓殿からの教えが宿っている! あの方の顔に泥を塗るような事をするくらいなら死んだ方がマシッ! 殺せッ!!」

 

 瀕死の少女とは思えぬ気迫でオボロに言い返す椿だったが、対するオボロは自身に向けられる怒りと殺意を全く意に介さない。向けられる激情など何処吹く風と言わんばかりに肩を震わせて笑った。

 

「クックックッ、楓……忍び”スイリュウ”の楓か……」

「何が可笑しい……! 楓殿を侮辱するなら、この命に代えても貴様を……!」

「いや……お前があの女の名誉にそこまで拘るとはと思ってな」

 

 何か引っ掛かる言い方だ。まるで椿が楓の名誉を守ろうとするのがおかしいみたいな物言いである。一瞬侮辱されたかと思ったが、何か違和感を感じる言葉に椿は訝しんだ。

 

「どういう意味でござる?」

「そのままの意味だ。お前に、あの女の名誉を守る資格があるのかと思ってな」

「だからそれはどういう意味だと――――」

 

 

 

 

「何故なら…………あの女が敗北し死んだのは、長谷部 楓……お前が原因じゃないか」

「――――――え?」

 

 椿はオボロが何を言っているのか理解できなかった。楓の死が自分の所為と言われて、素直に納得できる訳がない。どうせ自分の心を揺さぶる為のハッタリに決まっていると、震える声で奴の言葉を否定した。

 

「な、何を戯言を……そんな訳ないでござろうがッ!? 拙者が、拙者が何をしたと……!?」

 

 口ではオボロの言葉を否定するが、しかしそれに反して胸は何かに締め付けられている様に苦しかった。先程までとは違う意味で呼吸が乱れ、指先や唇が熱を失い冷たくなっていくのを感じる。まるで隠してきた失態がバレた時の様な感覚に、ありえないと否定しつつもまさかと言う想いが頭から離れなかった。

 

「万閃衆敗北のあの日、俺はあの場に居た。そこで一部始終をしっかりと見ていたのだ。だから分かる。あの日あの時、南城 楓が傘木 雄成に敗北し死んだのは、お前に原因がある」

「だから……何を、根拠に……!?」

 

 椿は気丈な態度を崩さないが、しかしその目には誰が見ても分かるほどの恐怖が浮かんでいた。声を震わせ、視線を彷徨わせ、体もカタカタと震えている。

 そんな彼女を見下ろしながら、オボロは忍筆を取り出し術を使用した。

 

「見せてやろう、あの時何故スイリュウが敗北し命を落としたのかを……」

「よ、止せ……止めろ……!? 嫌だッ!? 止めてッ!? 止めてぇっ!?」

 

 何をされるのかは分からないが、これから行われるのはとても恐ろしい事。本能でそれを察した椿は満足に動かない体を必死に捩り束縛から逃れようとしたが、下忍の彼女の腕を押さえる手は緩まずオボロが忍筆を振るうのを見ているしか出来る事は無かった。

 

「執筆忍法……」

「いやだッ!? いやだいやだいやだぁぁっ!?」

「心遁 回躁(かいそう)の術」

【忍法、回躁の術ッ! 達筆ッ!】

「!?!?」

 

 オボロの術が発動すると、書かれた文字が椿の中へと入っていく。すると彼女の視界が急激に闇に閉ざされ――――――

 

 

 

 

 気付けば椿の前に、過去の戦いの様子が広がっていた。そう、嘗て起こった万閃衆と傘木 雄成との決戦の様子だ。

 

『オォォッ!』

『ハァァァァッ!』

 

 数人の万閃衆の忍びがたった1体の異形である、雄成の変移したプロトファッジに向け飛び掛かる。忍者刀を始めとした思い思いの武器を手に、中には数人に分身したり体を巨大化させたりして襲い掛かった。一見すればそれはもう決着がつきそうな有様で、何も知らなければ次の瞬間にはプロトファッジが忍者達により袋叩きされると思うような光景だ。

 

 だが、しかし…………

 

『フッ……』

 

 プロトファッジはのっぺりとした表情のない顔で彼らを嘲笑すると、襲い掛かって来た忍者達を次々と返り討ちにした。

 

 分身をして飛び掛かって来た忍びは的確に本体を切り裂き、巨大化した忍者は首を切り裂かれ崩れ落ちる。仲間の死を踏み台に雄成を仕留めようと振り下ろされた武器は片手で受け止められ、引き摺られて別の忍者の攻撃を防ぐ為の盾とされた。仲間である筈の忍者に攻撃してしまった忍者は怯んで動きを止め、その隙に放たれたプロトファッジの爪で胸を切り裂かれ血を噴き出しながら倒れた。

 

 圧倒的だった。プロトファッジは強く、忍者達が放つどんな術も意にも介さない。そんな中、1人の幼いくノ一がプロトファッジに向け火遁の術を放った。

 

『執筆忍法、火遁の術ッ!』

【忍法、火遁の術ッ! 達筆ッ!】

 

「あれは……!」

 

 そのくノ一は幼い頃の椿であった。まだ氷遁を会得していないが故に、使用するのは基本の遁術である火遁だがこの年齢で火遁の術を実戦で使用できるくらいまで練り上げているのは流石と言えた。

 

 が、それもプロトファッジにとってはマッチの火に等しかった。奴は軽く手を振るうと飛んできた火球をいとも容易くかき消し、自分に向かってきた幼いくノ一を仕留めようと襲い掛かった。

 

『あっ……!?』

 

 襲い掛かって来るプロトファッジを前に、幼い椿は恐怖に戦き動きを止めてしまう。本来なら即座に逃げるべきなのだが、やはり幼さが災いしてか向けられる殺意に委縮して体が満足に動かなくなってしまった。

 

 それでもプロトファッジが眼前に迫る頃には何とか動けるようになりはしたが、それでも爪は彼女の体を掠め鋭い痛みが幼い少女を苛む。

 

『あぁぁぁぁっ!?』

『子供だねぇ、フンッ!』

『あぐっ?!』

 

 致命傷には程遠いが、襲い掛かった激痛に幼い椿は悲鳴を上げる。そんな少女をプロトファッジは邪魔な小物を退かす様に蹴り飛ばした。蹴られた椿はサッカーボールの様に飛んでいき、地面を跳ねながら転がり倒れて動けなくなった。

 

『うぐ、うぅ……』

 

 全身がバラバラになりそうな痛みに幼い椿は仮面の奥で涙を流す。その間にプロトファッジは彼女にトドメを刺そうと近付いていくが、その前に2人の忍びが立ち塞がった。

 

 この当時最強の忍びの名を手にしていた、楓の変身するスイリュウとその相棒である徹のホムラだった。

 スイリュウとホムラは手に刀を持ち、倒れた椿を後ろに庇う様に立っている。

 

『椿、大丈夫?』

『無茶をし過ぎだ、全く……』

『後は私達に任せなさいッ!』

 

 言うが早いか2人は一気にプロトファッジに飛び掛かった。只者ではない佇まいに2人の事を警戒していたプロトファッジは、放たれた斬撃を爪で受け止め蹴りを放つ。他の忍者であればこの時点で一撃貰い、続く追撃で仕留められるのがこれまでのパターンであった。

 

 が、この2人はこれまでプロトファッジが仕留めてきた忍者とは一味違う。2人は攻撃が受け止められた時点で既に次の行動を起こしていた。

 

『『執筆忍法ッ!』』

【【忍法、空蝉の術ッ! 達筆ッ!】】

『むっ!?』

 

 プロトファッジの放った蹴りが直撃するかと思われた瞬間、2人の姿が煙となって消えた。このタイミングで術を使って難を逃れた2人に、プロトファッジはレベルの違いを理解し舌を巻きつつ周囲を警戒した。

 

『ほほぉ? 面白い!』

『はぁぁぁっ!!』

 

 ホムラが炎を纏った刀でプロトファッジに斬りかかる。鋭い斬撃に炎の熱が加わり、例え直撃せずとも近くを通っただけで熱が皮膚を焼いていく。炎と熱に焼かれて爛れた皮膚を、プロトファッジは目の無い顔で一瞥した。

 

『ふむ、なるほど……』

『ヤァッ!』

『おっと』

 

 ホムラの戦闘力に舌を巻きつつ、斬りかかって来たスイリュウの一撃を紙一重で回避する。こちらは水を味方に付けた戦いをしてくるからか、ホムラと違い紙一重で躱すのもアウトと言う事は無い。

 代わりにスイリュウは水の飛沫による光の反射を巧みに用いていた。

 

『お?』

 

 突如スイリュウの姿が霞んだかと思うと、次の瞬間には無数のスイリュウがプロトファッジの周りを取り囲んだ。試しに近くのスイリュウを爪で切り裂くが、まるで煙を切ったように手応えがなく切られたスイリュウは風に流されるように姿を消した。

 

『大気中の水滴を用いた光の反射か……ならば!』

 

 四方八方のスイリュウが斬りかかろうとしたその時、プロトファッジが全身を震わせた。筋肉の振動は熱を生み出し、放たれる熱波が周囲の水滴を蒸発させ消し飛ばす。それによってスイリュウの空中の水滴を利用した幻影は全て消滅した。

 

 が、消えたのは視界に映る全てのスイリュウで、肝心の本体の姿がない。そして気付けば、ホムラの姿も見当たらなかった。

 

『ふむ?』

 

 警戒するように周囲を見渡すプロトファッジ。その彼の足元の地面が突然盛り上がったかと思うと、そこから土遁の術で地面に潜っていたホムラとスイリュウが飛び出した。

 

『隙ありッ!』

『覚悟ッ!』

『ッ!?』

 

 流石に足元から突然飛び出してくるのは予想外だったのか、姿を現した2人に対しプロトファッジは反応が出来ていない。

 その隙に2人の持つ刀が奴の体を×字に切り裂いた。

 

『ぐぅ……!?』

 

 切り裂かれた体から血が噴き出す。そこに2人は更に畳み掛ける為、筆を取り出し字を書いた。

 

『『執筆忍法ッ!』』

【忍法、火遁の術ッ! 達筆ッ!】

【忍法、水遁の術ッ! 達筆ッ!】

 

 至近距離から放たれる火球と水球。相反する二つの属性がぶつかり合った時、大量の水が高温で熱せられ一気に蒸発し水蒸気爆発を起こした。それを至近距離で食らったプロトファッジは、膨れ上がる水蒸気の塊に吹き飛ばされる。

 

 その様子を倒れていた椿が見て思わず目を輝かせる。

 

『やった!』

 

 あれを喰らっては奴も無事では済まないだろう。これで勝負は決まった。

 

 その光景を見ていた誰もがそう思ったが、現実はあまりにも無慈悲だった。

 

 水蒸気と土煙が風に流されて晴れた時、そこには現在進行形で全身の傷が回復しつつあるプロトファッジの姿があったのだ。

 

『ふぅむ……悪くは無いが……』

『そ、そんな……!?』

 

 幼い椿はその光景を見て愕然とした。あんな化け物にどうすれば勝てると言うのか。

 

 慄く椿に対し、プロトファッジと相対している2人は即座に次の攻撃に移った。手応えから仕留め切れていない事は分かっていた。ここは更に畳み掛け、反撃の隙を与えないように――――

 

『では次はこちらからだ』

『なっ!?』

 

 出し抜けにプロトファッジの姿が掻き消えた。一体どこにと気配を探れば、奴は目にも留まらない速度で2人の後ろに回り込んでいた。ホムラはそれに気付かず、背後から切り裂かれ倒れ込んだ。

 

『グハァッ!?』

『ホムラッ!? くぅっ!』

 

 スイリュウは咄嗟に刀を振るい、プロトファッジをホムラから引き離そうとした。だが奴は斬撃を爪で受け止め、空いた方の手で彼女が刀を持っている手を弾き刀をもぎ取ってしまった。

 

『あっ!?』

『ハッ!』

 

 武器を奪い取られ一瞬動きを止めるスイリュウに、プロトファッジの鋭い爪が襲い掛かる。彼女の胸を貫かんと放たれた一撃を、しかし彼女は寸でのところで空蝉の術で回避する。

 

 紙一重の所で攻撃を回避する事に成功したスイリュウはそのまま無手での戦闘に突入する。手足に水を纏い、重さを増した一撃を相手に叩き込もうと殴り掛かった。プロトファッジは奪い取った刀を捨て、振るわれた拳を爪で受け止めた。

 

 スイリュウの拳と蹴りがプロトファッジの爪とぶつかり合う。火花と水飛沫を飛ばし合う2人の戦いを、幼い椿は唇を噛み締めながら見ていた。今の自分はただの無力なお荷物だ。あの戦いに割って入る事など出来る訳がない。一つ間違えばどちらかが命を落とす、目の前の戦いこの頃の彼女にとって遥か高い次元の戦いであった。

 

『いや……ダメだ』

 

 しかしスイリュウ1人でプロトファッジの相手をし続けるのは難しいだろう。現に今、スイリュウは体のあちこちを小さく切り裂かれている。プロトファッジがスイリュウの動きに慣れてきたのか、それともスイリュウの体力が尽きかけているのか。

 彼女の相棒であるホムラは背中を切り裂かれたダメージが大きいのか未だ立つ事が出来ずにいる。結果彼女は1人で強敵の相手をする事を強いられていた。

 

 このままではジリ貧だ。そう思った幼い椿は残った力を振り絞り、立ち上がって手裏剣を取り出した。

 

『せめ、て……せめて、楓殿の援護を……!』

 

 よろよろになりながらも、幼い椿はスイリュウの事を想いせめてプロトファッジの意識を逸らして隙が出来るようにと手裏剣を投擲した。

 

 だが放たれた手裏剣は狙いを逸れ、あろうことかプロトファッジと対峙しているスイリュウの背に命中してしまった。

 

『あぐっ?!』

『あぁっ!?』

 

 元々鍛えているとは言え子供の、それもダメージで弱った腕力で投げられた手裏剣だ。ダメージなど微々たるものどころか痛痒にすらなり得ない。だが意識していなかった背後からの手裏剣はスイリュウにとって予想外だったのか、動きが僅かに鈍り首だけで背後を振り向く。

 

 仮面の奥のスイリュウの相貌が、幼い椿の姿を捉え手裏剣の下手人を見る。

 

 その時彼女が何を思っていたのかは最早誰にも分からない。

 この時に出来た隙が致命的となり、振るわれたプロトファッジの爪が彼女の体をズタズタに切り裂いたからだ。

 

『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!』

『楓ッ!?』

『楓殿ッ!?』

 

 切り裂かれ、血まみれで倒れるスイリュウをホムラが抱き上げる。ホムラの腕の中でスイリュウは変身が解け、楓の姿になると口元を血で汚しながら椿に手を伸ばし震える口で言葉を紡いだ。

 

『どう……して……』

『ッ!? あ……あぁ……!?』

 

 自分が余計な事をしたから、結果として楓が命を落とす事になった。その事実を幼い椿は受け入れられず、目に涙を溜めて小さく頭を横に振るしか出来ない。

 

 その様子をプロトファッジが見渡し、溜め息と共に踵を返した。

 

『こんなものかね、忍びとは? 期待外れも良いところだ』

 

 自分達に失望し蔑むプロトファッジの言葉も椿の耳には入らない。自分の所為で楓が命を落としたと言う事実に、呆然自失となってしまっていた。

 

『楓……楓ッ!? うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?!?』

 

 周囲にホムラの慟哭が響き渡る中、幼い椿は崩れ落ちそのまま意識を闇に落とした。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 オボロの忍術により見せつけられた過去の様子に、椿は濁流のように涙を流してただ只管否定の言葉を壊れたスピーカーのように繰り返していた。

 

「違う……違う。こんな……拙者は、ぁぁ……!? 拙者の所為で、拙者が、楓殿を……!? 違う、こんなの、拙者は知らない……違う、違う……」

 

 必死に否定するが、しかし実際椿の中で当時の記憶は非常に曖昧だった。あの時の戦いで楓が命を落とすシーンは覚えているが、その前後の記憶が朧気で何が本当の原因だったのか分からないのだ。

 だからもしかして、本当に……と言う想いがどうしても拭えず、こうして自責の念に押し潰されそうになっていた。

 

 頭を抱えて涙を流し、小さく頭を振りながらブツブツと呟く椿の様子をオボロと、何時の間にそこに居たのかブローカーが並んで見物していた。

 

「上手く行きそうですかな?」

「あぁ。これで堕としやすくなった」

「恐ろしいお方です。偽りの記憶を本当の記憶の様に見せるとは」

 

 オボロが用いたのは禁術の一つである心遁の回躁と言う忍術。この術は他人の記憶を意のままに操作し、偽りの記憶を植え付け相手の心を操る術であった。椿はこの術により、()()()()()()()記憶を思い起こさせられていたのだ。

 

 勿論事実は異なり、本当は当時幼い椿は楓の援護をしようなどとはしていない。スイリュウがプロトファッジの手に掛ったのは別の理由によるのだが、今の椿にはそれが分からない。

 ただ偽りの記憶から呼び起こされた嘘の罪の意識に苛まれ、心が砕ける一歩手前まで憔悴していた。

 

「ぁぁ……ぁぁぁ……許して……許して……」

 

 呟かれる言葉は否定から謝罪に変わっていた。そんな彼女の顎をオボロは掴んで持ち上げ自分と目を合わさせる。

 

「長谷部 椿よ。力が欲しいか?」

「ちか……ら?」

「力があれば、楓は死ぬ事は無かった。そうだな?」

「そう……そうだ。力が、昔の拙者に力があれば、楓殿は…………!」

 

 オボロの言葉に、椿の目に次第に光が戻ってくる。だがその光は危険なものを感じさせる光だった。

 もしこの場に他の誰かが居れば彼女を正気に戻そうと声を掛けるのだろうが、この場に居るのはオボロと彼に従う者のみ。椿の事を引き留めてくれる者は誰も居ない。

 

「俺に従え。そうすればお前は、今までとは比べ物にならない力を得る事が出来る。強くなって、勝利し続け、過去の失態を帳消しにすればいい。さすれば、楓もお前の事を許してくれるだろう。どうだ?」

 

 それは甘い罠だった。言葉巧みに相手の心の隙に付け込み、相手を意のままに操る。オボロには詐欺師の才能もあるのかもしれない。

 椿は彼の言葉に惑わされ、弱った心の中に入り込まれ意のままに操られてしまった。彼女は自分に力をくれると言うオボロに、自分から手を伸ばしてしまった。

 

 それが万閃衆に、楓の教えに真っ向から反抗している事に気付けずに……

 

「欲しい……欲しい! 力を、拙者に力をッ!!」

「良かろう」

 

 自分に縋りつき力を求める椿に、オボロは満足そうに頷き筆をとりだした。

 

 それはまるで違法な契約書に署名するかのような光景であり、椿にとって後戻りできない選択を選ばせたも同然の行為であった。

 

「執筆忍法、心遁 増心の術」

【忍法、心遁 増心の術ッ! 達筆ッ!】

 

 空中に書かれた文字が椿の中へと沁み込むように入っていく。自分の中に流れ込んでくる何かに、悍ましさと同時に快楽を感じているかのように椿の顔が恍惚なものになる。

 

 ブローカーはその様子を一歩引いたところから見ていた。

 

「執筆忍法の力の源は神羅万象の力を己がものとする為の心の強さ。精神を忍術により強制的に強くすることで、相手の忍術を強くする。だがこの術は同時に、術を掛けた相手を自分に従わせる恐るべき力を持つ……フフフッ! 本当に恐ろしいお方ですよ、あなたは」

 

 被った帽子の下で笑みを浮かべつつオボロと椿の様子を眺めるブローカー。彼の前でオボロは新たな配下となった1人の少女の顎を擦りながら新たな名を授けた。

 

 そう、自分の配下としての新たな名前を。

 

「よろしい。これでお前は俺の配下だ。そのお前に、新たな名をやろう。そうだな……あらゆるモノを閉ざし、凍てつかせる雪原の嵐……フブキと名乗れ」

「ありがたき幸せ。あなたに誠心誠意尽します……オボロ様」

 

 恭しく首を垂れる椿の姿に、オボロは隣に立つブローカーを見やる。

 

「いい物件を見つけてきたな」

「何を仰います。これも私共とあなた方の関係を思えばこそ――――」

 

 

 

 

「”我が社”はお客様が望むものならば、医薬品から情報まで幅広く取り扱いますよ」

 

 ブローカーの言葉にオボロが喉の奥でクツクツと笑う。全く持って、この男もなかなかに恐ろしい。

 マンダラが抜けた穴を補うべく新たな手駒が欲しいと零せば、こんな有望な人材を見つけてくれるとは思ってもみなかった。

 

(フブキが居れば、もうゲッコウは用済みか。それなりに働いてはくれたが、手綱を握らせぬ輩はもう不要だな)

 

 オボロが椿を手駒に加えようと思ったのは、前述の通りマンダラの敗北で戦力に穴が開いた事もあるが、それ以上に頭を悩ませていたゲッコウ……隆司の存在が大きかった。あの男、戦力として働いてはくれるが何分自由過ぎる。正直扱い辛い。いい加減そろそろ腕が立ち且ついう事を聞いてくれる戦力をオボロは欲していたのだ。

 

 そんな中でブローカーが見つけてきたのが椿だった。将来を有望されるほど実力があり、且つ精神面で不安定な部分が目立つ。心を操るには精神が弱い者の方が都合が良かったので、椿の存在は正に打って付けと言えた。

 

「さて、ではフブキよ。早速だが、お前には一つ働いてもらう」

「ハッ」

「おや早速ですか? いい加減言う事を聞かないゲッコウの処分で?」

 

 早くも椿を使って何かをしようとするオボロ。ブローカーはじゃじゃ馬が過ぎる隆司の処分を彼女にやらせるのかと思ったが、彼にはまだ利用価値があるとオボロは首を横に振った。

 

「仲間に加えるに当たって、お前の実力が見たい。手始めに、S.B.C.T.の奴らを軽く相手にしてみせろ。何ならその場で全員始末しても構わん」

「お望みのままに……我が主」

 

 椿はその場でゆらりと立ち上がり、手に忍筆を持ち巻物を開いた。

 

 その顔に浮かぶのは、狂わされ歪に歪んだ笑みの様な表情。描く文字は、今まで誇りと共に書いて来た『氷柱』ではなく、『吹雪』の文字。

 

「執筆忍法、変身の術。フブキ、変身……!」

【忍法、変身の術ッ! 凍てつきし、心研ぎ澄まし、忍ぶ者……フブキッ! 達筆ッ!】

 

 身に纏う忍び装束は嘗ての水色の物とは違う、雪のような白いボディースーツの上に闇に飲み込まれたかのような暗い群青色の装束。手足にはその上から鈍く光る銀色の鎧を纏い、額当てには小太刀の様な一本の角が付いている。

 

 今ここに、堕ちた椿が姿を変えた卍妖衆の忍び、フブキが姿を現した。

 

 変身したフブキはオボロに一つ頭を下げると、彼に背を向けその場を離れた。

 

 そして………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちら、δリーダー。現場に到着した。これより調査を開始する」

 

 夜も更けた頃、S.B.C.T.に突如通報が入った。曰く、道が凍り付いていると。

 

 夏真っ盛りのこの時期に道路が凍結しているなどどう考えても異常だが、怪物の姿がないと言う事でまずは調査にδチームが送られてきた。

 

 ワンボックスカーから隊長のスコープ、トレーラーからはライトスコープ達が降り、視界の先に広がる見事なまでに凍り付いた路面に言葉を失う。

 

「こいつは……本当に凍ってるな」

「何をやったらこうなるんだ?」

 

 多くの隊員達が氷に覆われた街と言うあり得ない光景に唖然とする中、スコープとδ5、δ8は近くの氷を突きそれが本当に凍っているのだと言う事を確認している。銃口で氷を突くと、氷の一部が欠けて地面に落ちた。

 

「見せかけの氷じゃないみたいだな」

「液体窒素をぶっかけたのか?」

「それだけでこんなにはならないだろう。もっと別の……ん?」

 

 この異常事態の謎を考察する隊員を他所に何か手掛かりが無いかとスコープが周囲を見渡すと、ある街灯の上に人影があるのを見た。暗がりで普通は見辛いが、スコープの装備があれば視認する事は容易だった。

 

 そこに居るのは女性的な姿の忍者……忍者フブキ。

 

 δチームと、フブキの視線がぶつかり合う。

 

「ッ! 総員構えろ! 不審人物を発見! あれは――」

 

 隊長の声に隊員達が反応するが、それと同時にフブキが街灯の上から飛び降りδチームに襲い掛かる。

 

 直後、夜の街に複数の銃声が響き渡り、それを皮切りに怒号と悲鳴が夜の街に響き渡った。戦いの激しい音は数分に渡って続き、そして唐突に静かになった。




と言う訳で第33話でした。

椿、無事(?)に悪堕ちです。今後は鎧武のミッチの様に、千里の前では味方のように振る舞いながら裏で敵として立ちはだかります。
それと同時にブローカーの正体が僅かに浮き出ました。今回の事でアイツがどういう奴なのかは想像ついた方も居るかもしれません。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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