夏休み前の最後の難関である期末試験は無事に終わった。今回は千里の家での勉強会もあったからか、クラスメート達も思っていたより苦戦することなく済ませる事が出来たらしい。それは別に良いのだが、今回の事で味を占めて次の試験前も南城邸で勉強会をしようと言いださないかが千里は心配だった。
そんな彼自身は今回も可もなく不可もなく。あまり目立たないよう、平均点近くに納まる点数になるように心掛けた。そのお陰で今回もテストの点数で注目される様な事は無く済んだ。一方の唯は言わずもがな、今回も優秀な成績を収めたらしい。
クラス全体が期末試験が終わった事への解放感で喜びに沸いている中、千里の内心は穏やかではなかった。
「ふぅ……」
「南城君、どうしたの?」
クラスメート達がテストから解放され、戻って来たテストの点数に一喜一憂しながらも来たる夏休みに思いを馳せて浮かれた雰囲気に包まれている中、千里は1人何処か険しい雰囲気を纏っていた。勿論あまり周りに注目されないようにと気を付けてはいたが、唯は目敏く気付いたらしく心配して何があったのかと訊ねてきた。
彼女からの指摘に、千里は一瞬目を剥きつつ彼女にならと少し声を抑えめにして事情を話した。
「実はね……」
千里が気にしているのは期末テストの前後で起こったとある事件に関する事だ。
S.B.C.T.の部隊が何者かに襲われ甚大な被害を被った。
曰く、敵は正体不明だが外見は忍者の様であり、そして現場は一面氷で覆われていたとか。
幸いな事に死者こそ出なかったとの事だが、多くの隊員が重軽傷を負ってしまったらしい。
最初その話を聞いて、千里は卍妖衆を疑った。万閃衆の忍びが自分からS.B.C.T.に襲い掛かる訳がない。その理由が無いからだ。だから必然的に消去法で敵は卍妖衆と言う事になるのだが、被害を受けたS.B.C.T.や現場周辺が氷で覆われていたというのがどうにも引っ掛かっていた。
千里はチラリと椿の方を見る。今回のテストも赤点ギリギリだったらしいが、その事を気にした様子が微塵もない。
椿が扱う氷遁の術は水遁の術の発展型。だから別に誰が使えてもおかしな事は無いのだが、卍妖衆の忍びに氷遁使いが居ると言うのはこれまでに聞いた事がなかった。無論それは単純に千里が耳にする事がなかっただけと言う可能性も大いにある。だがS.B.C.T.襲撃事件を聞いた時、彼は胸騒ぎと共に椿の姿を思い浮かべずにはいられなかったのだ。
千里が椿の事を気にする理由はテスト前後の彼女の様子にも起因する。テスト前に椿は止むを得ない理由があったとは言え、骨猪に正体を知られてしまった。直後に千里と学も正体を明かし、骨猪からは理解と共に口止めをお願いしておいたから問題は無いのだが、後日姿を現した椿にその事を告げると千里も驚くほどあっけらかんとした様子だったのである。忍びとしての掟に厳しいあの椿が、だ。
まるで人が変わったような彼女の変化と、ほぼ同時期に起こったS.B.C.T.襲撃事件。一見無関係に見えるこの二つの出来事に、千里は何か関りがあるのではないかと心配せずにはいられなかったのである。
それが今の千里の雰囲気の理由なのだが、それを聞いた唯は一度椿の事を見て、小さく息を吐くと千里の肩を軽く叩いた。
「気にし過ぎよ。あの長谷部さんが、そんな事する訳ないって」
「ん……うん、だよね」
自分1人だと考えがグルグル回ってしまっていたが、唯からもそう言われると何だか大丈夫な気がしてきた。大体、千里の母であり椿にとっても育ての親である楓を裏切る訳が無いのだ。椿は楓の事を崇拝と言っても過言ではない位リスペクトしているのだから。そんな彼女が、万閃衆に真っ向から反抗するような真似をする訳がない。
そう信じて千里が肩から荷が下りたと言いたげに笑みを浮かべていると、今度は唯の方が千里に話し掛けてきた。
「ところで、さ? 今日はこの後、七篠庵に行かない? 勿論2人で」
「え? いいけど、どうしたの?」
「ちょっと話したい事があって」
どうもこの場では話せない内容らしく、それ以上は口にしようとしなかった。一体どうしたのだろうかと思いながら千里は了承し、放課後2人で七篠庵に向かう。
「いらっしゃ~い!」
相変わらず他に客の居ない店内で、浴衣姿のジェーンが朗らかな笑みを浮かべて2人を歓迎した。何時もの席につき、一杯のコーヒーで軽く一息つくと唯は早速彼に本題を話した。
「それで、話なんだけどね」
「うん?」
「この夏休み、私家族で海都に旅行に行くんだよね」
海都だったら千里も知っている。と言うか、とっくの昔に行った事がある。それも二度だ。一度目はまだ見習いだった頃、二度目は割と最近に。
レジャー施設が充実している海都は、言うまでも無く宿泊施設も充実している。だから旅行に向かうなら確かに好都合だろう。
と、そこまで話したところで唯が千里に伺う様に上目遣いで話し掛けてきた。
「で、なんだけど……千里君、一緒に来ない?」
唯の言いたい事は何となく分かった。折角の夏休み、共に過ごそうと言うのだろう。彼女の言わんとしている事を察し、千里は思わず顔が熱くなるのを感じた。見ると唯の顔もほんのり赤い。
正直な話、千里としては拒否する理由はない。元より彼女は何時卍妖衆に襲われるか分からないのだし、守る為には近くに居た方が圧倒的に有利に働く。彼女を守る為と言えば、徹も首を縦に振ってくれるだろう。
だがそれは所詮建前。本音を言えば唯と共に夏の想い出が作れることに胸がときめいていた。
しかし一つ問題があった。これが唯達小鳥遊家の家族旅行だと言う事だ。家族水入らずの旅行に、部外者である千里がのうのうとついて行くことに申し訳なさと抵抗を感じないではなかった。
「俺は行きたい、けど……唯ちゃんの家族はどう思うかな。家族水入らずでしょ? 俺、邪魔にならないかな?」
千里の不安は即座に唯により一蹴された。
「多分大丈夫。お母さん、千里君の事気に入っちゃったみたいであれから何かと聞いて来るんだ。お父さんも興味あるみたいだし。だから、どうかな?」
そう言う事なら、否と言う答えはない。千里は共に海都に行く旨を伝え、彼の意志を聞いた唯は花が咲いたような笑みを浮かべた。
「それじゃ、お母さんにはそう伝えておくね!」
「あぁ。俺も父さんにこの事伝えとくよ」
こうしてこの夏の予定が決まった。話が決まると2人は店を後にし、家路について帰宅した。
帰宅早々、千里は徹に唯の家族について行って海都に行くことを伝えた。それを聞かされ、徹は眉をピクリと動かし顎に手を当て何やら考え込んだ。
「と、父さん? どうかした?」
見た感じ渋っていると言う感じではないが、何と言うか不安になる沈黙に千里は恐る恐る何を悩んでいるのか訊ねた。すると徹は千里を座らせ、彼にある事を告げた。
「千里、お前に一つ任務を与える」
「えぇっ!?」
「聞け。実は海都にはな……お前が持っている硯と筆同様、秘宝の一つが隠されているのだ」
その秘宝の名は『
何しろ執筆忍法は書道を源流にしている。そして書道にとって、文字を書く為の紙は何よりも重要な存在。決して軽視出来ない物なのだ。
明確に秘宝を狙って動き始めた卍妖衆は、いずれ海都に隠された秘宝にも気付くだろう。本当はもう少し後に回収に向かう予定だったが、千里が海都に向かってくれるとなれば話は早い。
「そう言う訳だ。頼んだぞ、千里」
「まぁ、そう言う事なら」
折角唯と共に過ごす夏の海都。だがのんびりしてばかりもいられなさそうだ。その事にやや落胆しつつ、それでも旅行を認めてもらえたことに嬉しさと安堵を感じていた。
「所で父さんは……」
「俺の事は気にするな。任務も大事だが、ともあれしっかり楽しんでこい」
快く送り出してくれた徹に千里は改めて笑みを浮かべた。普段厳しい父も、ちゃんとこういう優しい一面を持っている。それを改めて確認する事が出来た。
そんな事を感じていると、唐突に縁側に一羽の鴉が舞い降りた。こんな時間に鴉とは珍しい……何て暢気な事は考えない。この鴉は徹が飛ばした式神だ。それにすぐ気付いた千里は表情を引き締め、徹は机の上に懐紙を置いた。鴉は静かに机の上に飛んでくると、体を崩して懐紙の中に入るように風景を描いた。
「……千里、卍妖衆だ。街でクセジが暴れているらしい」
「場所は?」
「これは……」
クセジが出現したのは繁華街だった。仕事終わりの労働者たちで賑わう夜の繁華街、そのど真ん中でクセジが暴れていた。
だがそのクセジは何時ものクセジとは少し違っていた。何時も千里が相手をするクセジは蟲をモチーフにしているが、今暴れている奴はどう見ても蟲ではなかった。
「あれは……!」
丸い大きな耳に口から覗く長く伸びた二本の前歯。それはどう見ても鼠をモチーフとしたネズミクセジであった。
「妖獣変化か……」
変化系の術の一つ、妖獣変化。妖蟲変化同様人を動物を模したクセジに変化させる術で、妖蟲変化に比べて力強いクセジになり易いのが特徴であった。
繁華街の真ん中で暴れているネズミクセジは、長い尻尾を振り回し近くの電柱や建物の壁を抉っている。
これ以上奴の隙にさせる訳にはいかないと、千里はコガラシに変身して戦いを挑む。
「執筆忍法、変身の術ッ! コガラシ、変身ッ!」
【忍法、変身の術ッ! 夜の声、しのぎ削りし、忍ぶ者……コガラシッ! 達筆ッ!!】
人知れず変身したコガラシは轟雷を抜きネズミクセジに飛び掛かった。風の様に素早く近付き、すれ違いざまに切り裂こうと刃を振るう。
「シッ!」
完全に不意を突いて放ったと思っていた一撃だが、ネズミクセジはこの攻撃に対応した。背を向けていた筈の奴は、コガラシの攻撃に合わせて長い尻尾を振るい彼の刃を弾いてしまったのだ。これは決まったと思った一撃を容易く防がれ、コガラシは舌打ちしながら一旦距離を取る。
「チィッ! あの鼠野郎……獣型はパワーが強いって話だけど、いざ相手にすると厄介だな」
「キシャァァァァッ!」
どうやって奴を倒そうかとコガラシが頭を捻っていると、ネズミクセジは牙をむいて襲い掛かってきた。目で十分追える程度の速度だったので回避するのはさほど難しい事では無かったが、涎を垂らしながら鋭い牙で食らい付こうとしてくる姿は迫力がある。
愚直なまでに飛び掛かろうとしてくるネズミクセジを前に、コガラシは轟雷を納刀し鞘を押さえて銃口を向け引き金を引いた。ズドンと言う音と共に銃弾が吐き出され、ネズミクセジの灰色の体毛に食らい付く。
その一撃はネズミクセジの突撃を止める程の威力で、撃たれた相手はその箇所を押さえてたたらを踏んだ。
「グルゥ……!?」
「そこだッ!」
続けて引き金を引くコガラシ。次々と銃弾が体を穿ち、ネズミクセジが後退していく。
何だ、意外と大した事無いじゃないか。楽観すらし始めたコガラシだったが、次の瞬間ネズミクセジは驚異的な速度でその場を離れコガラシの視界から逃れた。
「えっ!? ど、何処に……」
視線を左右に彷徨わせるコガラシは気付いていなかった。ネズミクセジが既に彼の背後に回り込んでいる事に。
確かに妖獣変化で生まれたクセジはスピードよりパワーに優れている。だがそれはイコール動きが遅いと言う事に繋がりはしない。ネズミクセジはパワーはそこそこに、速度がずば抜けて早いのだ。
コガラシがネズミクセジの気配に気付いたのはその直後の事。風を読んだ結果直ぐ傍に居る事に気付いた彼だったが、その時点でネズミクセジは長い尾を鞭のように振るい無防備なコガラシの背を引っ叩いた。
「うぉっ!?」
獣型クセジのパワーをその身に受け、背中を強かに撃たれる痛みに仮面の奥で顔を顰めながら吹き飛ばされる。ネズミクセジは空中のコガラシに食らい付こうと接近し口を開くが、そうはさせじとコガラシは空中で筆を取り出し術を発動させた。
「執筆忍法、空蝉の術ッ!」
【忍法、空蝉の術ッ! 速筆ッ!】
ネズミクセジの牙がコガラシの体を捉えたかと思った瞬間、彼の姿は煙となって消えクセジの一撃は不発に終わった。目標を見失ったネズミクセジが鼻をひくつかせ探すが、その直後今度はネズミクセジの方が背中に轟雷の一撃により切り裂かれた。
「ハッ!」
「ギャウッ!?」
背中を切り裂かれ前のめりに倒れるネズミクセジだったが、こちらもただでは倒れない。背中を切り裂かれると同時に尻尾が振り回され、轟雷をコガラシの手から弾き飛ばした。
「ぐっ!? このっ!」
一瞬弾き飛ばされた轟雷を回収しようとするコガラシだったが、その時点で既にネズミクセジが襲い掛かろうとして来ていたので急遽予定を変更。腰の後ろに手を伸ばして、忍者刀を抜きネズミクセジからの攻撃に備えた。
両手の爪と口の牙、そして腰の後ろから生えている尻尾を巧みに使ってネズミクセジはコガラシを叩き伏せようとしてくる。彼はそれを素早い身のこなしと忍者刀一本で何とか耐え凌ぐ。振り下ろされた爪を左の手刀で弾き、お返しに放った斬撃は牙で受け止められる。その顔に拳を叩き込んで忍者刀がへし折られる前に口を離させれば今度は尻尾が振るわれたので、コガラシはそれをバク転しながら回避した。
「っと! ふぅ……乱心の術使われてるんだろうけど、意外とやるな」
距離を取れた事で、コガラシは呼吸を整える。一息つきながら顎の下の汗を拭おうとして、装束と仮面で全身が覆われている事を思い出し行き場の無くなった手をプラプラと振る。
(これ以上長引かせると厄介か……長谷部さんや山崎の援軍は期待できそうも無いし、今回はS.B.C.T.も来ないだろうし……)
今この瞬間、唯の身に危険が迫らないとも限らないので2人に助けを求める訳にはいかない。つい先日襲撃を受けたS.B.C.T.は来てくれないだろう。となると、必然的にコガラシは1人でコイツを相手にしなければならない訳である。
こういう時、定石となるのはやはり分身の術だろう。大抵の場合、数はそれだけで力となる。幾らネズミクセジがすばしっこくても、複数人に分身したコガラシで集中攻撃すれば倒せない訳がない。
早速コガラシは筆を取り出し分身を生み出そうとした。が、それよりも早くに無数の銃弾がネズミクセジに炸裂した。
「え?」
筆を取り出した体勢で固まりそちらを見れば、そこにはスコープを先頭に数人のライトスコープがネズミクセジに向け発砲していた。強烈な炸裂式徹甲弾が次々とネズミクセジの体に突き刺さり弾けていく。その威力にネズミクセジも反撃する間もなく追い詰められていく。
「グギャッ!? グッ!? ギャアッ!?」
完全にその場に釘付けにされたネズミクセジ。クセジとS.B.C.T.をコガラシが交互に見ていると、ライトスコープの1人が彼に向け目配せをした。直接言葉を交わした訳では無いが、その仕草だけで何を言わんとしているかは理解できた。
「サンキュー!」
【忍法、火遁 劫火斬の術ッ! 速筆ッ!】
素早く回収した轟雷の刀身に炎を纏わせ、ネズミクセジに接近する。クセジは未だにS.B.C.T.の銃撃に翻弄されコガラシの接近に気付いていなかった。
「隊長ッ!」
「射撃止めッ! 射撃止めッ!」
「ハァァァッ!!」
「ッ!?」
マズイと思った時にはもう遅く、コガラシの炎の刃がネズミクセジの体を横一文字に切り裂いた。その直前、S.B.C.T.が射撃を止めてくれた為、彼が銃撃に晒される事は無かった。
コガラシの一撃を受け、耐えきれなくなったネズミクセジは爆散し後には変化していたのだろうごく普通なサラリーマンらしき男が倒れていた。
それを見てS.B.C.T.は倒れた男を確保に動く。
「確保ッ!」
「ハッ!」
隊員が2人、倒れた男の元へ向かう。それを横目で眺めつつ、コガラシは卍妖衆の意図について考えていた。
(何だろう……何で卍妖衆はこんな所で騒ぎを?)
どうも腑に落ちない。これでこの場所に秘宝が隠されているとかならばまだ納得できるのだが、ここは万閃衆にとって特別な場所ではない。秘宝も無ければ守るべき対象も居ない、騒ぎを起こしたところで意味のない場所なのだ。
あのサラリーマン風の男は恐らく無作為に選ばれた一般人だろう。この騒ぎを起こす為だけに乱心の術を掛けられ、クセジに変化させられた。
(……何だか嫌な予感がしてきたぞ)
「仮面ライダー……」
「ん?」
ふと気付けば、直ぐ傍に先程目配せしてきたライトスコープと隊長のスコープが近付いてきていた。他の隊員の姿はない。
そう言えば、今日は部隊の人数が少ない。やはり例の襲撃事件が原因だろう。その様子をコガラシは少し痛ましそうに見つつ、彼らの要件を伺った。
「何? 何か用?」
「話をさせて欲しい。お前は話の出来る奴だと、そう思うから」
まぁ彼らとはコガラシも何度か遭遇したし、轡を並べる形になった事もある。互いに顔を隠した状態だが、直接触れ合った感触で話が出来る相手だと互いに感じていた。戦友……と言えばいいのだろうか。轡を並べたのは片手で数える程度だが、頭ではなく心で2人は互いを信頼してもいい相手だと感じていた。
だからこそ、コガラシは自然と彼らに対して接する事が出来た。
「話って?」
「知ってるか? つい最近、俺達がお前とは別の忍者に襲われた事を……」
そのライトスコープ……δ5によると、襲ってきた忍者は何処か女性的な姿をした忍者だったと言う。そいつは突然襲い掛かって来ると、周囲を氷漬けにしながら次々と彼らの仲間の隊員を倒していったのだとか。
隊長のスコープとδ5を始め数人が必死の抵抗をした為、追い払う事には成功し死者こそ出てはいないがそれでも重傷者を多数出し2人ほど戦線復帰が絶望的な者も居るのだとか。
その話を聞いてコガラシは彼らの練度に舌を巻いた。一切の忍術も使えないのに、恐らくは中忍以上だろう忍者を退けるとは。
ここまで聞けば彼らが何を目的に接触を図って来たかは想像がつく。察するにその襲撃してきた忍者についての情報が欲しいのだろう。
「あぁ、知ってるよ。だけど悪いけどそいつの事は俺も知らない。そんな奴は初めて聞いた」
事実だ。知り合いに氷の忍術を使うくノ一は居るが、彼女は生粋の万閃衆。間違っても卍妖衆に寝返り、他人を害するような事はしない。コガラシはそう信じていた。
そのコガラシの言葉にδ5は残念そうに肩を落とす。
「そう、か……」
「もう一つ訊ねたい。そもそも君らは一体何者なんだ? 私も長い事この仕事に就いているが、君らの様な存在聞いた事も無い」
肩を落とすδ5の隣からスコープが問い掛けてきた。彼らとしては、卍妖衆も万閃衆も同じ忍者であり謎の組織にしか見えないのだろう。それは仕方ない。そして彼らの立場を考えれば、正体不明のコガラシ達は例え味方であろうともその存在をハッキリとさせなければならないのだ。
万閃衆は一応日本政府からの支援を受けて存在する裏の組織。ある意味で彼らはS.B.C.T.と同じ存在と言えるだろう。だが万閃衆は古くから続く裏の組織であると同時に政府の切り札的存在なので、公にする事が出来ず事情を知らない者達に知らせる事も出来ないのである。
S.B.C.T.が知らないのも無理はない。それを踏まえた上でコガラシは答えようとした。
「俺は――――」
口を開いた刹那、猛スピードで何かが飛んできた。弧を描いて飛んできたそれは、コガラシが反応するよりも早くに彼を切り裂き戻っていく。
「ぐあっ?!」
「ッ! 仮面ライダーッ!?」
「誰だッ!」
不意を打たれて倒れるコガラシをδ5が助け起こし、スコープは彼を切り裂いた”何か”が戻っていった方向に銃口を向ける。
そこに居たのは、彼らS.B.C.T.にとって因縁の相手だった。
「アイツは……隊長ッ!」
「分かっているッ!」
「あ、あれは……?」
切り裂かれた痛みに仮面の奥で顔を顰めながらコガラシは彼らが銃口を向ける先を見た。
そこに居たのは彼が初めて見る忍者・フブキの姿。左手にはマンホール程度の大きさの、十文字に円を重ねたような武器”チャクラム”を持ち、先程コガラシに投げた方の奴を右手でキャッチした。
こちらを見下ろしてくるフブキに対し、コガラシも立ち上がり轟雷の銃口を向けた。
「おい、あれが?」
「あぁ、アイツだ。いきなり襲ってきて、部隊の仲間が殆ど病院送りにさせられた……!」
コガラシとδ5が話している中、フブキの視線はコガラシに向いていた。その仮面の奥から、フブキに変身しているツララは彼に対し嫉妬の炎を燃やしていた。
(千里……楓殿と血の繋がった男……奴より、拙者の方が相応しいのに……!?)
オボロにより心を捻じ曲げられた事で、椿は今まで漠然と感じていた千里への嫉妬心を増幅させられていた。千里の秘められた才能からは目を逸らし、自分こそが楓の子として相応しいのだと言う歪んだ欲望だ。
胸の内で燃え上がる黒い炎を吐き出す様に、フブキはチャクラムを手に飛び掛かる。投擲武器として扱う筈のチャクラムを、近接武器として扱う。そのスタイルにコガラシは既視感を感じつつ、明確に敵意を向けてくるフブキを前に束の間感じた違和感は吹き飛ばされた。スコープ、δ5と共に迫るフブキに向けて引き金を引く。
「くっ!」
S.B.C.T.の2人が弾幕を張る合間を縫うように、コガラシが狙いを定めた銃撃をお見舞いする。空中を落下しつつあるフブキにはこの攻撃を避けられまい。
そう思っていると、無数の銃弾がフブキの体を貫いた。が、噴き出るのは血飛沫ではなく砕かれた氷の破片。彼らが見ている前で、フブキの体は無数の銃弾に粉砕され空中で砕け散った。
「なっ!?」
「あれは……!」
「変わり身ッ!? 伏せろッ!」
コガラシがS.B.C.T.の2人を押し倒す様に倒れ込む。直後、先程まで彼らが立っていた場所を何時の間にそこに居たのか背後のフブキが持つチャクラムが薙いでいく。鋭い刃が風を切る音にコガラシは冷や汗を流しつつ、手裏剣を数枚取り出し背後のフブキに向け倒れながら投擲した。
だが彼が投げた手裏剣は見えない壁に阻まれ地面に落ちる。よく見るとフブキの前には透明な壁があった。恐ろしい程に透明度の高い氷の壁だ。
【忍法、透氷壁の術ッ! 達筆ッ!】
「クソッ!?」
コガラシに続きスコープがボルテックスガンで氷壁を破ろうとする。至近距離での制圧力ならガンマライフルのそれを上回る連射力。チェーンソーが回っているかのような音と共に吐き出される銃弾は、しかしフブキの前の氷壁を破ることなく甲高い音を立てて弾かれる。
「くっ!? これでもダメか……!?」
「退いてッ!」
【忍法、火遁 劫火斬の術ッ! 速筆ッ!】
普通の攻撃はダメでも、炎を纏った攻撃ならこの壁を崩せる筈。コガラシは轟雷の刀身に炎を纏わせ、不可視の壁に向けて振るう。その一撃は、それまでどんな攻撃も受け付けなかった壁を熱したナイフでバターを切るように簡単に切り裂いてしまった。
「おぉぉぉっ!」
そのままの勢いを利用するようにコガラシはフブキに攻撃を仕掛ける。炎を纏った刃が群青色のフブキの忍び装束を切り裂こうと振るわれた。
フブキはその攻撃を両手のチャクラムを使って巧みに捌いた。チャクラムを広げた両手に持ち、まるで舞うような動きで荒々しいコガラシの攻撃を弾き、生まれた隙に蹴りを叩き込む。腹部を思いっ切り蹴られ、コガラシの体がくの字に曲がった。
「ぐふっ!?」
「ハッ!」
「がっ!?」
腹を蹴られて呻きながら動きを止めたコガラシに更なるフブキの追撃が迫る。チャクラムによる斬撃と蹴りを併用し、動きを止めたコガラシを徹底的に痛めつけた。元々不意を撃たれた時点で大きなダメージを負っていた彼は、普段の動きが出来ず次々放たれる攻撃を前になす術なく嬲られた。立て続けに放たれるフブキの攻撃を前に、気付けば彼の手からは轟雷が零れ落ちていた。
「ぐはっ!? がっ!? ぐぅ、あっ?!」
「このぉぉぉぉぉっ!」
「δ5、待てッ!?」
一方的に痛めつけられるコガラシの姿に見ていられなくなったのだろう。δ5がガンマソードを手に吶喊してきた。スコープの制止も聞かず突撃するその様は、誰がどう見ても無謀そのもの。フブキも仮面の奥で彼を嘲笑し、コガラシへの攻撃を一旦止めそちらに意識を向けた。
「らぁっ!!」
「ふん……」
振り下ろされる短剣を軽く弾くと、返す刃でライトスコープの装甲を切り裂いた。チャクラムの刃が装甲を切り裂き火花を上げる。
「ぐぅっ!?…………ぉおおっ!」
「なっ!?」
だがδ5の気力は彼女の予想を上回っていた。彼は装甲を切り裂かれながらも、拳を握り締め相手を下したと思って油断しているフブキの顔面に一撃をお見舞いした。
「ぐっ!?……くっ!」
殴られはしたが、苦し紛れの一撃だったからか受けたダメージ自体はそこまででもない。フブキは即座に体勢を立て直しトドメを刺そうとする。
だが彼女が再びδ5の方を見た時、彼女がまず目にしたのは自分に突き付けられるスコープのガンマライフルだった。
「なっ!?」
「無茶をし過ぎだッ!」
δ5を支えながら言葉を発するスコープ。部下の行動を叱りながらも、彼の行動を無駄にする事無く次に繋げ至近距離からの銃撃を叩き込んだ。フブキの忍び装束は椿が以前使用していたツララのそれに比べてそれだけでも防御力が高い上に、更にその上から小さいながらも鎧を纏っている。お陰で単純な防御力ならツララだった時のそれを上回る。
だがスコープのガンマライフルに使用されている銃弾もこの数年で大幅にアップデートされた代物だった。開発当初ファッジに対して有効とされていたそれも、年々強化される敵やまだ見ぬ敵への対策として貫通力や破壊力を強化されていた。その強力になった銃弾がフブキの鎧に突き刺さる。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
流石にこの距離でそれを喰らっては堪ったものではないのか、フブキは鎧を傷付けられながら後退を余儀なくされた。そしてフブキが後退ると、体勢を立て直したδ5も攻撃に加わった。更には後退していたδ8とδ9も戻ってきて攻撃に加わる。これにはフブキも危機感を感じ、コガラシへのトドメを諦め撤退に移った。
「くぅっ!?(またアイツらが……!?)」
先日彼らを襲撃した際にも、隊長のスコープを始めとしてδ5などが必死の抵抗を見せたお陰で完全にトドメを刺す事が出来なかった。その事に口惜しさを感じながらも、これ以上続けると自分の方がマズイと引き際を見極めその場から姿を消した。
「くっ、何時か必ず……!」
【忍法、隠れ身の術ッ! 達筆ッ!】
煙と共にフブキが姿を消し、S.B.C.T.の隊員達は周囲を警戒する。が、待てども待てども動きがみられない事に敵が撤退した事を確信し安堵し警戒を解いた。
「はぁ……何とか退いてくれたか」
「今回もヤバかったな」
「仮面ライダーが居てくれなかったらどうなったか」
「ッ! そうだ、仮面ライダーッ!?」
フブキを後退させられた事に安堵する彼らだったが、直前にコガラシが痛めつけられていた事を思い出しδ5がそちらを見る。
するとそこでは、何時の間にそこに居たのかイカズチが傷付いたコガラシを俵担ぎに持ち上げてその場を離れようとしていた。
「ッ!? 誰だッ! その仮面ライダーを何処に連れていくッ!」
すかさず銃口を向けるδ5だったが、銃口を向けられたイカズチは慌てず片手を上げて彼を制止した。
「落ち着け。俺はコイツの味方だ。回収しに来ただけだから安心しろ」
「何を証拠に信じろって? さっきの奴もお前も、仮面ライダーと似た恰好じゃないか」
そこを突かれるとイカズチとしても言葉に詰まらざるを得なくなる。何しろ万閃衆も卍妖衆も元は1つの組織なので、恰好が似るのは仕方ない事なのだ。
だがそれをここで事細かに説明する訳にもいかない。忍びの組織としての守秘義務があるからだ。さてどうしたものか……
「イカズチ……悪いな……」
「ッ、コガラシお前……」
「イカズチ? コガラシ?」
そこでコガラシが絞り出す様にイカズチの名を呼び、小さい声だが謝罪した。
忍びとしての名を軽々と明かすなど本来はルール違反だが、この場ではそれがある意味で功を奏した。親し気に、且つ敵同士の間柄ではなされないやり取りは、S.B.C.T.にも2人が仲間同士である事を知らせる指標となったのだ。
その事に気付いたイカズチは、こんな状態になってもそこまで考えを巡らせられるコガラシに呆れと感心を込めた溜め息を吐いた。
「δ5、銃を下ろせ」
「……はい」
2人が仲間同士である事は、コガラシの思惑通りS.B.C.T.にも伝わったらしい。スコープの言葉にδ5は大人しく銃を下ろし、それを見てイカズチは彼らに背を向けてその場を後にした。
【忍法、隠れ身の術ッ! 達筆ッ!】
フブキ同様、煙となってその場から姿を消した忍者2人。δ5は暫く彼らが居た場所を見つめていたが、隊長に促される形で事後処理などの為その場を後にするのだった。
と言う訳で第34話でした。
千里の海都行きが決まりました。近い内に舞台を海都に移したストーリーが展開される予定です。勿論あのキャラやこのキャラも久し振りに出てきますよ。
コガラシとフブキの最初の対決はフブキの方に白旗が上がりました。彼女は千里に対して、オボロの術の効果もあるとは言え並々ならない執念がある為それもあるので精神的なバフが掛かってめちゃんこ強くなっちゃいます。千里特攻のバフ持ちなので、今後も彼がフブキと対峙する時は苦戦を強いられるかもしれません。
今回はS.B.C.T.がそれなりに活躍。本作では特に蚊帳の外で頑張って、本編では千里達の引き立て役的なポジションにつく事が多いですが彼らも頑張る時は頑張ります。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。