仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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どうも、黒井です。

今回から海都編。早速あのキャラが登場します。


第三十五筆:いざ、海の都へ

 待ちに待った夏休みがやって来た。熱い日差しと湿った空気が気力を奪う季節だが、学生からすれば日々の学業から解放され朝から晩まで好きな事が出来ると言う、年を通して最も非日常が続く大きなイベントの季節である。

 

 世の学生達は早起きする必要のない朝に惰眠を貪り、普段見れない日中のテレビ番組を楽しみ、夜が更けるまで友との電話による無駄話を楽しんだ。

 

 そんな学生なら誰もが楽しんでkる夏休みに、険しい顔をしている青年が1人居た。千里である。

 先日、ネズミクセジとの戦いから始まる卍妖衆のくノ一・フブキとの戦いに敗北を喫した彼は、あの時の戦いを振り返っていた。

 

(あのくノ一……一体誰なんだ……?)

 

 戦いの最中、千里はフブキから向けられるドス黒い感情に気付いていた。全身に纏わりつくような、それでいてこちらを締め付けてくるような気迫。思わず震えあがりそうになるその負の感情の塊を、自分に向けてくる卍妖衆の忍びとは一体誰なのか。

 

 怒りや恨みを誰からも買っていないなどと自惚れるつもりはない。人間である以上、生きる上で何処かの誰かから理不尽とも言える怒りや恨みを買う可能性はあった。それは仕方のない事である。

 だが問題なのは、そのフブキから向けられる感情に千里自身が既視感を感じた事であった。フブキから向けられる感情に、千里は覚えがあった。つい最近も、似たような感情を向けられたような気がする。

 

(何処だったか……?)

「せーんり君?」

 

 思考の海に入りながら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、不意に背後から唯が声を掛けながら飛びついて来た。背後への警戒を怠っていたので、唯の接近に気付く事も無く背中に飛びつかれて一瞬心臓が飛び出るかと言うほど驚いた。

 

「うぉっ!? あ、唯ちゃん?」

「千里君、どうしたの? 何だか難しそうな顔してたけど……?」

「あ、いや……うん、ちょっと気になる事があってね」

「気になる事?」

 

 首を傾げる唯の姿を可愛く思いながら、千里はそれ以上の事を口にすることは避けた。と言うより、彼自身どう言葉にしていいのか分からないのだ。

 そんな彼の悩みを察した唯は、隣に移動し手摺に寄りかかって彼が見ていた水平線を眺めた。

 

「そっか……うん、分かった。きっと、私にはどうしようもない事なんだね」

「いや、そう言う訳じゃ……」

「あ、ゴメン。勘違いしないで。別に不貞腐れてる訳じゃないの。ただ、今の私に出来る事はなさそうだなって」

「……ゴメンね?」

 

 それは何に対しての”ゴメン”だったのだろうか。千里自身にも分からなかった。ただ、自然と口から出てしまったのだ。

 

 我ながら情けないと乾いた笑い声を上げながら千里が自分の頬を掻いていると、唯は彼の肩に頭を乗せるように寄りかかった。

 

「気にしないで。千里君は皆を守る仮面ライダーで、私はただの女の子なんだもの。私に出来る事なんて、話を聞く事位よ。でも、本当に困ったら私にも相談して? 何ができるかは分からないけど、話を聞く事だけなら出来るから」

 

 「ね?」と言って上目遣いに小首を傾げる唯。その彼女の仕草に千里は胸を撃たれたような衝撃と、心に広がる温かさを感じた。

 

「ありがとう……唯ちゃん」

「ん……」

 

 そうしてお互い無言になり、揃って同じ水平線を眺める。

 

 今2人が居るのは一隻の船の上。本州から海都へと向かう専用の客船の上だった。この日千里は、唯達小鳥遊家の海都旅行について行ったのである。

 家族旅行に部外者の自分がついて行って大丈夫かと心配した千里だったが、彼の不安に反して唯の両親は快く彼を迎えてくれた。唯の母である美沙は以前顔を合わせた時から千里に対して好印象を抱いていたし、唯の父もまた初対面であるにもかかわらず千里の事を特に警戒する事なく受け入れてくれた。その事を意外に思いながらも、すんなり唯と共に海都に行ける事に安堵した。

 

 今回千里が海都に向かうのは、唯と共に旅行を楽しむ為だけではない。彼は今回、海都に隠されている秘宝を回収する為に向かうのだ。現地では秘宝を保管している下忍が待機し、千里の来訪を待っている。

 当然その間、本州の方は戦力が減ってしまうがそこは一応椿と学に言い含めて、自分が留守にしている間の事を頼んでおいた。

 

(そう言えば……)

 

 その時、千里は明らかな違和感を感じていた。学は良い、彼は千里が唯と旅行に行くと聞き、彼を茶化してきた。

 

『精々男になって来いよ~』

 

 問題なのは椿である。普段の彼女であれば、旅行にかまけて任務を疎かにするな的な厳しい事をチクリと言って来る筈。

 だが、この旅行と任務の事を告げた時、椿が返してきたのは意外な反応であった。

 

『こちらは気にせず、気負い過ぎず楽しみながら任務を果たすでござるよ』

 

 予想に反して普通に見送ってくれた事に意外と思わずにはいられなかったが、少しは認めてもらえたと思う事にした。そして認めてもらえたのであれば、それに応えなければならないと気合を入れ直す。

 

 ただ遊びに行く訳では無いと言う事で、気を引き締めようとする千里。

 

 だが…………

 

(唯ちゃん……今日は一段と可愛いな……)

 

 チラリと千里は横目で隣の唯を見る。今の彼女は言うまでも無く私服姿だ。以前にも何度か私服姿の彼女を見た事はあるが、今の彼女の姿は前に見た時よりも明らかに気合が入っている。

 夏と言う季節に合わせたからか、着ているのは白いワンピース。派手さは無いが、唯が元々可愛いので十分様になっている。余計な装飾が無くても、彼女の可愛さは微塵も陰っていない。と言うより、余計な装飾がない分余計に彼女の魅力が際立っていた。

 特に目を引くのはその胸元だ。夏の衣服特有の風通しのいい薄い生地が、唯の豊満な胸に押し上げられている。それだけでなく、その胸元には学生である事を思わず疑う様な谷間が出来ているのだ。それは男である千里の視線を釘付けにするには十分な破壊力を持っていた。

 

(ダメダメッ! そんな目で唯ちゃんの事を見ちゃ!…………でも)

 

 自分の中に浮かび上がった下卑た感情を慌てて律し、水平線を見て気を紛らわせようとする。だがそうすると今度は寄り添ってきた事でより近くに感じる、鼻腔をつく唯の匂いが気になってしまった。軽く化粧でもしているのだろうか? 何だか甘い香りが唯から漂ってきて、それが千里に安心と同時に興奮と言う本来相反する感情を抱かせた。

 

(か……可愛い……)

 

 気付けば千里はがっつり唯の夏の私服姿に見惚れていた。流石にそれだけ見つめられたら視線を向けられた方も気付くと言うもので、彼の視線に気付いた唯がその意味に気付きながらも問い掛けた。

 

「な、何……?」

「へっ!? あ、いや、その……今日はまた、随分と気合入ってるなぁって……ははっ」

 

 こんな時に限って語彙力を何処かに置き忘れたかのように、千里は誤魔化す様な物言いしか出来なかった。己の不甲斐無さに内心で情けなく思いながら、気取るように笑っていると唯が千里の腕に自分の腕を絡めるようにして抱き着いて来た。

 

「……ぅえ?」

「そりゃあ……気合も入るわよ。だって……千里君とのお出かけだもん」

 

 そう言って唯はきゅっと千里の腕を抱きしめる力を強くする。今は季節が夏と言う事もあり、2人共薄着だ。しかも千里に至っては半袖で腕が殆ど露出している為、腕を抱きしめている唯の体の感触がダイレクトに伝わる。布越しとは言え、制服を着ている時以上に柔らかな唯の体、特に胸の柔らかさが千里から理性を奪う。

 

 気付けば千里の空いてる方の手が唯の頬に伸び、彼女の顔を優しく持ち上げ自分の顔の方を向かせた。

 

「せ、千里君……?」

「唯ちゃん……」

 

 千里の顔がそっと唯の顔に近付いていく。それが何を意味しているのかに気付いた唯は僅かに目を見開くが、次の瞬間には目尻を下げ自らも背伸びする様に千里に顔を近付けていく。

 

 大海原を前に、2人の唇が引き合う様に近付いて行き…………

 

「~~~~、ゴメンちょっと待って!」

「むぐっ!」

 

 唇同士が触れ合う寸前、顔を真っ赤にした唯が千里の唇を手で押し返した。唯の掌の感触を感じながらも、千里は唯の行動で互いに何をしようとしていたのかを思い出し我に返る。

 

「ごごご、ゴメンッ!? 俺、唯ちゃんの気持ち考えないで……」

「ち、違うのッ! 嫌じゃなかったんだけど、その、まだちょっと心の準備が……」

 

 思わず拒絶してしまってから、唯は自分がどれだけ彼に酷い事をしてしまったのかと顔を青くした。先程の自分は完全に彼を誘惑していた。なのに土壇場で彼を拒絶するなど、生殺しも良い所ではないか。

 

 今からでも再開するか? いやそれは流石に不自然だ。それにムードもへったくれも無くなった。今からキスをやり直すなど、不自然で違和感しかない。

 

 事恋愛に関しては本当にヘタレな自分に自己嫌悪している唯だったが、落ち込む彼女の姿に千里は彼女の手を取るとその甲にそっと唇を付けた。

 

「大丈夫……俺は、待つから。今はこれで我慢しとくよ」

 

 そう言うと千里は飲み物を買ってくると言ってその場を離れた。1人甲板に残された唯は、彼の背を見送ると先程彼に口付けされた手の甲に視線を落とす。物語の王子様の様に、優しく触れるだけのキスをされた手の甲。

 唯はその甲をぽぉっと見つめると、千里がまだ戻ってきていない事を確認して彼が口付けした部分に自分の唇を触れさせた。

 

「ん……千里君……」

 

 手の甲越しに間接キスをした唯は、この旅行の目標を今この場で決めた。この旅行の間に必ず千里との仲を進展させてみせる。せめて普通にキスが出来るようにはなってみせると、心に強く近い人知れず拳を握り締めるのだった。

 

 すると、そんな彼女に後ろから声が掛けられた。

 

「あらぁ? そこに居るのはもしかして小鳥遊さんかしら?」

「えっ?」

 

 何処かで聞いた事のある声に唯が振り返ると、そこに居たのは養護教諭の逸子が骨猪と共に立っている姿だった。

 まさかこんな所で担任と養護教諭に出会うとは思っていなかったので、唯は思わず目をパチクリとさせた。

 

「せ、先生? どうしてここに?」

「どうしてって、私達も海都に旅行に行くんですよ。ね~? 宇賀八く~ん?」

「まぁ……町内会の、福引でチケットが当たったのでね。特に連れ立っていく相手も居なかったから、泥伯さんにあげたら一緒に行くことに……」

 

 相変わらず骨猪は雰囲気がどこかおどろおどろしい。彼が悪人ではなく、見た目と相反する善人である事は唯も理解しているが、それでもやっぱり不気味に思えて仕方なかった。何処までも広がる晴天の下、燦々と輝く太陽に照らされていると言うのに、彼の周りだけ何だか何だか夕暮れの様に薄暗いように感じられた。

 

(やっぱり先生、教師よりもお化け屋敷のスタッフの方が向いてるんじゃ……)

「小鳥遊さん?」

「は、はい!? 何でもないです!?」

「ん? うん?」

 

 急に黙り込んだ唯を心配して骨猪が声を掛けると、胸の内を察せられたかと慌てて背筋を正す彼女に骨猪が首を傾げる。

 

 そこに飲み物を買いに行っていた千里が戻って来た。

 

「お待たせ、唯ちゃん!……って、宇賀八先生と泥伯先生? どうして?」

「私達も海都に旅行に行くのよ」

「君達は? 親御さんと一緒かな?」

「あ、はい。私の両親が一緒です」

 

 千里と唯が2人だけで居る光景に、もしや学生2人だけで旅行かと骨猪が一瞬怪しむが、唯の両親が一緒だと言う事に彼は安堵の表情を浮かべる。千里と唯が恋人同士であると言う事は骨猪も知っているし、他人の恋愛に口出しするような事はしないが、それはそれとして子供だけで遠出する事に対しては慎重な意見を持っていた。特にこれから彼らが向かうのは、日本のラスベガスと言われる街。他のレジャー施設も充実しているとは言え目玉がギャンブルである街に、未成年の学生が2人だけで向かうのは危険すぎる。

 流石の骨猪も、教え子が子供だけでそんな大人の街に行くことを認めたりはしない。

 

「そうか……。なら大丈夫か」

「宇賀八君は心配し過ぎよ」

「教師として当然の事です」

「……ところで一つ気になったんですけど、先生達ってどういう関係なんです?」

 

 さっきから千里はそれが気になっていた。学校でも2人は割と早い段階から親しそうに話していたし、ただの同僚と言うには何か違和感を感じる。

 もしや2人は自分達と同じような関係なのでは? そんな事を千里が考えていると、最初に答えたのは骨猪の方だった。

 

「泥伯さんとは、昔馴染みでね。前々から知ってはいたんだ」

「まさかあの学校でまた会う事になるとは思わなかったわ。でも宇賀八君、昔から全然変わらない見た目だったから驚いたわよ」

 

 つまり骨猪は昔からこの容貌なのか。育ちが関係しているのかそれとも遺伝なのかが気になる所である。本人にはどうにもできない容姿に関係する事なので、あまり邪推してはいけないのだろうが。

 

 と、そこで逸子が骨猪の手を引いてその場を離れた。

 

「それじゃ、そろそろ失礼するわ。あんまりお邪魔しちゃ悪いしね?」

「ちょ、先生!?」

「君達、自分が学生だと言う事を忘れちゃいけないよ?」

「分かってますよ」

 

 最後に教師として一言付け加えてから骨猪は手を引かれながらその場を離れていく。その背を見送り、千里と唯は息を吐いた。

 

「はぁ~、まさか先生達と一緒の船だなんて……」

「まぁまぁ、別に先生達も私達を見張る為に来る訳じゃないんだし、ね?」

「まぁね」

 

 唯に宥められ千里は気を取り直した。やる事があるとは言え、折角の旅行だ。唯と一緒に居られる時間は精一杯楽しもうと心に誓うのだった。

 

 

 

 

 そんな2人を、椿が物陰から見ていたのだが2人はその事に気付く事は無かった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 行きの船では特に何事かが起こる事は無かった。一応千里も警戒していたのだが、卍妖衆に襲撃される事も無く無事に海都に到着。そして千里は、唯達小鳥遊家と共に海都に滞在している間宿泊するホテルの部屋に入った。

 

 のだが…………

 

「ちょっ!? お母さんどういう事ッ!?」

「だってしょうがないでしょ? 南城君を1人にするのは可哀そうだし、だからってお父さんと同じ部屋じゃ気まずいでしょうし」

「だからって、

 

 

 

 

何で()()()()()()()()()なのッ!!」

 

 

 

 

 そう、驚いた事にチェックインした時、部屋の割り振りで千里と唯が同じ部屋になっていたのだ。最初二部屋と聞かされた時、千里は自分が1人で小鳥遊家が3人で一つの部屋なのかと思っていた。ところが蓋を開けてみたら夫妻で一部屋、千里と唯の2人で一部屋だと言われたのだ。声には出さなかった……と言うより唯が先に声を上げてしまったので何かを言う機会を失ったが、千里もこの割り振りには色々と思う事があった。

 

 確かに千里と唯は付き合っている。互いに相手を愛している恋人同士であるが、同時に2人はまだ未成年の学生である。そんな2人が、短い期間とは言え一つの部屋、一つ屋根の下で過ごすなど、色々な意味で不安と期待が山積みであった。

 

「あの~、俺が言うのもなんですけど、本当に大丈夫なんですか?」

 

 流石に唯だけに何かを言わせる訳にもいかないので、千里はおずおずと手を上げ発言する。すると美沙はあっけらかんとした様子でそれに答えた。

 

「大丈夫大丈夫! 唯も南城君と一緒なら寧ろ嬉しいでしょ?」

 

 「ね?」と言って美沙が唯を見れば、唯は顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。

 

 最初千里と一緒の部屋で数日過ごすと言われた時は盛大に慌てた唯だが、千里と美沙が話している間に落ち着いて考えてみればこれは彼との関係を進展させるチャンスではないかと言う考えに至ったのだ。そう考えるとこの割り振りは悪くない、どころか最高ではないかと唯の仲の悪魔が囁いた。

 だが彼女の中の良心を司る天使は頑なに不純異性交遊に繋がりかねないこの割り振りにメガホン片手に抗議していた。

 

《駄目よ唯ッ! 私と千里君はまだ未成年ッ! そんな2人が、ホテルの一室に2人だけになるなんていけない事だわッ!!》

《何言ってるのよッ! これはチャンスじゃない! 千里君と2人っきりになれるのよッ! それに恋人同士なんだし、そう言う事をしたって良いでしょうがッ!》

《そ、そう言う事って……!? 不潔ッ!? 破廉恥よッ!? やっぱりダメッ! 唯、お母さんに言って千里君とは部屋を分けてもらいなさいッ!!》

 

 唯の脳内で白い翼に清楚な服装の天使と、黒い翼に扇情的な服装の悪魔が意見をぶつけ合う。相反する二つの気持ちの板挟みに唯が苦悩し頭を抱えていると、徐に千里の手が唯の肩に置かれた。

 反射的にそちらを見ると、千里は顔を赤くしながら頬を掻き、明後日の方を見ながら口を開いた。

 

「その、俺はどっちでもいいよ? 唯ちゃんがどうしても嫌だっていうなら、俺は1人でも……」

 

 唯を気遣う千里は選択を彼女に委ねた。彼女が不純異性交遊に対してとても慎重であると言う事を彼はよく理解している。唯の事をよく理解しているからこそ、彼は彼女が一番納得できる選択を尊重しようと言うのだろう。

 だがその顔の中に、何かを期待する色が混じっている事に唯は気付いた。彼だって男だ、好きな女性と誰の邪魔も入らず2人っきりになれると言うシチュエーションには期待を抱かずにはいられないのだろう。

 そして千里が男なら、唯は女である。彼女だって愛する異性と繋がりたいと言う願望はあった。と言うか、千里と恋仲になってからそう言う想いを抱く様になっていった。それまでは不純異性交遊を嫌悪すらしていた彼女が、今はそれを認めようと言う考えになってきているのだ。恋をし愛を知る事で、彼女の価値観はある意味で健全なものへと変わっていったのだろう。

 

《ゆ、唯……? 嘘でしょ? 嘘よね……!?》

 

 揺らぐ己の心に、天使の唯が狼狽え始めるがもう遅い。もう唯の心は一方へと完全に傾いていた。そして…………

 

(……やっちゃって)

《合点ッ!》

《キャッ!? ちょ、ちょっと!?》

 

 本心の指示で悪魔の唯が天使の唯を縛り上げる。それも何故か亀甲縛りで、だ。そして身動きを封じられた天使の唯は、悪魔の唯によりその場から何処かへと引き摺られていった。

 

《あっ!? ちょ、止めてッ!? 食い込むッ!? 食い込んでるからッ!?》

《はいはい。それじゃあ唯、後は頑張ってね?》

《待って!? 待ってぇぇぇぇぇっ!?》

 

 天使の唯の声がそのままフェードアウトしていき、残された唯の本心は己の欲望に従って部屋割りに同意した。

 

「ま、まぁ……考えてみたら、千里君を誘ったのは私な訳だし……」

「唯ちゃん?」

「それを、除け者にするような事はやっぱりちょっと可哀想だよね……うん、分かった。お父さんとお母さんもたまには夫婦水入らずになりたいだろうし」

「唯ちゃん?」

「じゃあ、部屋割りはこれで良いわね?」

「うん」

「唯ちゃん!?」

 

 結局部屋割りは小鳥遊夫妻と千里・唯ペアの二つに分かれる事となった。これに対して千里は顔を赤くして狼狽える。

 が、見ると慌てているのは千里1人で唯を含めた小鳥遊家の者達は皆落ち着いていた。ノリノリな美沙は勿論、唯の父である卓夫(たくお)も一人娘が男と一つ屋根の下で過ごす事になると言うのに対して何も言わない。欲望に負けた唯は言わずもがなだ。

 

 この結果に対して千里は困惑半分興奮半分と言った感じだった。

 

(ま、まさか唯ちゃんと2人っきりで一つの部屋に……!)

 

 無論、千里としては嬉しい。ここには学友も誰も居ない。だから2人っきりで思いっきり羽を伸ばせる。周囲に気を遣って唯とイチャイチャしたいと言う気持ちを抑える必要は無い。

 問題なのは、この気持ちにブレーキを掛ける事が出来るかと言う点だ。開放的な気分になり過ぎた結果、唯の気持ちを無視して一線を越えるような事になったりしたら…………

 

(こ、これも修行か……!)

 

 何時の間にか部屋の前に辿り着いていた千里は、この旅行の間己を律する事を心に決めつつ、戦いの場となる部屋への扉を潜っていくのだった。

 

 そしてその日の夜、二つあるベッドの内の片方の中で千里は傍に居る唯の微かな寝息と部屋に満ちる彼女の匂いに興奮するあまり、満足に寝る事が出来なかったのは言うまでもない事である。

 

 

 

 

 翌日、ホテルのレストランで小鳥遊一家と共に朝食を共にする千里は、ほぼほぼ眠れなかった疲労を引き摺っていた。

 

「ふぁ……」

「千里君、大丈夫?」

「ん、うん、大丈夫大丈夫」

「昨日寝れなかったの?」

 

 睡眠が足りないと言いたげに欠伸をかみ殺す千里に唯が問い掛けると、彼は思わず肩をびくりと震わせた。まさか馬鹿正直に、唯と同じ部屋で寝る事に興奮するあまり眠れなかった、などと言う訳にもいかない。なので千里は適当な事を言って誤魔化した。

 因みに唯は彼とは逆に、慣れない船旅の疲れからか本人の予想に反してベッドに入るとそのままぐっすり熟睡してしまっていた。

 

「う、うん……ま、枕が変わったからかな? ほら、家って普段床に敷いた布団だし」

「そっかぁ……大丈夫? 今日海に行くけど?」

「それまでには完全に起きるから、平気平気」

 

 実際忍びの修行の中には徹夜した後に激しい戦闘鍛錬を行う事もある。それに比べれば、寝付けなかった翌日に海で遊ぶ事等どうと言う事は無い。

 

 実際、朝食を終えて少しの休憩を挟んだ後海水浴場へと向かった千里はもう何時もの様子に戻っていた。

 

 貴重品と必要最低限の荷物を持って海水浴場へと辿り着いた一行。そこに広がる光景に唯は思わず声を上げた。

 

「うわぁっ!」

 

 目の前には何処までも広がる大海原をバックにした白い砂浜。多くの観光客などが遊ぶその様子は、とてもここが海の上に人工的に作られたとは思えない程である。

 海都が街として稼働し始めた当初は、海水浴場もそれっぽい物程度のクオリティであった。だがあれから数年経ち、レジャー関連の整備に力を入れた結果、海都には本州に存在する海水浴場と変わらぬ砂浜や岩場が出来ていた。景観にも拘り、ここだけを見ればそれが太平洋のど真ん中に人工的に作られたとは思えない光景だった。

 

 4人は早速更衣室で着替え、水着姿となった。

 その際千里は更衣室から出てきた唯の姿に思わず見惚れてしまった。

 

「ど、どうかな? 千里君……?」

 

 顔を赤らめて恥じらいながらも千里に自分の水着姿を見せる唯。彼女が来ているのはワンピースタイプの露出度の低い水着だった。胸元にリボンの装飾があしらわれ、胸元が大きく開いている。

 ワンピースタイプ故に露出が少なく、腕や足を除けば胸元と背中の中程までしか肌が出ていない。だがそれでも尚彼女のスタイルの良さは微塵も損なわれてはいない。と言うより、胸元の水着が豊満な胸に押し上げられた事で逆に彼女のスタイルの良さを際立たせていた。スタイルが良くないと寸胴が強調されてしまいかねないワンピースタイプが、彼女のボディーラインを浮かび上がらせたことで彼女の持つ魅力を引き立てていたのだ。

 

 思わず呆けてしまい、ぽけ~っとなってしまった千里。彼の様子に唯はやっぱり睡眠不足が響いてるのかと下から覗き込むように彼の顔を見上げた。

 

「千里君?」

「ッ!! あ、あぁ! 大丈夫大丈夫! 似合ってるよ唯ちゃん! めちゃめちゃ似合ってる!」

 

 下から見上げるように覗き込まれた事で、水着から見える唯の胸の谷間が近付いた。その魅惑の谷間を前に千里は一瞬理性を失いかけたが、長年の修行で培われた忍耐力でそれを堪えた。

 

 千里の答えに満足したのか、唯は安堵したように笑みを浮かべると彼の手を引いて海へと入っていった。

 

「さ、行こうッ!」

「ちょちょ、待って!」

 

 唯に手を引かれながら千里も海へと入っていく。熱い砂浜を越えた先で程良く冷たい海水に足を入れると、熱い日差しと合わさり何とも言えない心地良さがある。

 

 千里を海の中へと引っ張っていった唯は、足元を濡らす海水の冷たさに歓声を上げながら両手で海水を掬って彼に掛けた。

 

「それっ!」

「わぷっ! ちょ、この!」

「きゃーっ!」

 

 いきなり海水を掛けられ、体を濡らす冷たさに驚きながらもお返しに海水を掛ける。水着を濡らす海水に唯が童心に返って騒ぐ姿に、千里も釣られて童心に返りそのまま互いに海水を掛け合ったりして遊んだ。

 

 その様子を唯の両親がパラソルの下に敷いたシートの上に腰を下ろして見ていた。我が子と千里が楽しそうにしている姿に、2人は温かい目を向けていた。

 

「良かった……唯、楽しそうね」

「あぁ……」

 

 美沙の言葉に卓夫が頷く。2人が見ている前で、千里と唯は水の掛け合いから沖までの遠泳に切り替えたのか肩まで水に浸かり泳ぎ始める。

 時折打ち付ける波で顔を海水で濡らしながら、泳いでいる唯の顔は心底楽しそうだ。普段生真面目でちょっぴり背伸びしたように大人びた雰囲気とはまるで違う。歳相応の人生を謳歌する少女の顔だった。

 

 改めて2人は思った。千里が来てくれて良かった……と。もし彼が居てくれなければ、きっと唯はここまで自分を表に出すような事はしなかった。唯の()()()()()()()を考えると、彼女が普通に人生を楽しんでくれている事に悦びを感じずにはいられなかった。

 

 出来る事ならこれからも、苦難を気にせず伸び伸びと生きて欲しい……そう願った。

 

 そんな事を考えていると、沖に近付いていた千里と唯の様子が何かおかしい。千里が唯の体を支え、唯が必死に千里にしがみ付いて浮こうとしている。

 最初何が起きているのか分からなかったが、見ていて何となくだがどういう状況なのか分かった。どうやら唯が足を攣ったらしい。突然足に走った痛みに、唯が半ばパニックを起こして危うく溺れそうになったのを千里が支えているのだ。

 

「唯ちゃん、大丈夫!?」

「げほっ!? げほげほっ!? せ、千里君……!?」

 

 足で水を蹴る事が出来なくなりどんどん沈みそうになる事にパニックになりかけている唯は必死に千里の体にしがみ付いている。千里はそれを必死に支え、何とかして浜に戻ろうとしているが上手く行っていない。意図しての事では無いだろうが、唯が必死になってしがみ付いてくるあまり千里が上手く動けていないのだ。半ば頭の中がパニックを起こしている唯はその事に気付いていない。

 

(クソッ!? 術が使えれば、これくらい……!?)

 

 生憎と今忍筆は持ってきていない。流石に水着の中に筆を入れるなんて器用な事はしていなかったのだ。流石にここまでは卍妖衆も出てこないだろうと言う油断もあった。

 だが筆があってもこの状況では満足に字を書く事は出来なかっただろう。

 

 視線を浜に向ければ、異変に気付いた唯の両親も慌ててライフセーバーを呼びに行ってくれている。となれば、このまま唯を支える事に全力を注いで助けが来るのを待っていれば…………

 

 そんな事を考えていると出し抜けに何者かが後ろから千里と唯の体を浜に向けて押し始めた。

 

「うぉっ!? え、誰?」

 

 何者かは海中に居るのか姿がはっきりと見えない。首を後ろに回してその姿を確認しようとした千里に見えたのは、海中で揺れている()()()()()()()()だけだった。

 

 そのまま暫く何者かに後ろから押されて浜へと近付いていくと、浜からもライフセーバーが来て千里と唯に手を貸してくれた。

 程無くして2人は無事に浜へと辿り着き、地に足をついた唯は海に沈むかもしれないと言う恐怖から解放された安堵と彼に迷惑を掛けてしまった事に涙を流しながら抱き着いた。

 

「ゴメン……ゴメン、千里君……! 私、私……!?」

「大丈夫、大丈夫だよ。2人共無事だったんだし、俺は気にしてないから」

 

 抱き着いて涙を流す唯の背を撫でて宥めつつ、千里は自分達を助けてくれたライフセーバーと()()1()()に感謝した。

 

「ありがとうございます。危ない所を……」

「いえ、それが仕事ですから。君達が無事で良かった」

 

 ライフセーバーの男は誠実そうな態度で千里に返した。その姿に千里も不思議と安堵を覚えた。

 

 千里が思わず笑みを浮かべると、ライフセーバーの男は千里達を助けるのに力を貸してくれた”女性”の方に目を向け頭を下げた。

 

「あなたも、ありがとうございます。お陰で助かりました」

「気にしないで。偶々いただけだから」

 

 そう言って謙遜する女性に、千里は束の間目を奪われそうになる。

 

 紺碧の長い髪はポニーテールに結われて風に揺れ、唯を超える豊満な胸元は黒いビキニの水着で覆われている。その目もまるで海中の様に深い青色をしており、見ていると吸い込まれそうになるほどの美しさだった。

 頭の天辺から爪先まで、女性の美を詰め込んだようなその女性に周囲の観光客達も思わず目を奪われ視線を集めていた。

 

 その女性に千里が目を奪われていたのは、彼女が美しいからと言うだけの話ではない。彼は彼女の事を知っているのだ。

 

(大梅、瑠璃……仮面ライダーテテュス)

 

 千里と唯の事を助けてくれた女性の名は、大梅 瑠璃。またの名を仮面ライダーテテュス。

 

 海の上に造られた街である海都にて、数年前に人々と世界を救うために戦った人魚姫がそこに居た。




と言う訳で第35話でした。

悪堕ち後の椿は最初普通の口調に戻そうかと思っていましたが、流石に露骨過ぎて違和感があるので当面千里達の前では今まで通りのござる口調で過ごします。

今回から海都が舞台と言う事で、早速瑠璃にも登場していただきました。勿論この海都編ではキーパーソンとなりますので、次回からの活躍にもご期待ください。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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