前回に引き続き海都編。瑠璃に続き他のキャラ達も登場です。
海都の海で遊んでいた時、足を攣って危うく溺れそうになっていた唯を千里が支えていたところを助けてくれたのは、嘗て彼がこの街を訪れた際に街を守る為に戦っていた仮面ライダーテテュスである大梅 瑠璃だった。娘とその恋人の危ういところを助けてくれた彼女に、美沙達は心底感謝した。
「ありがとうございます! 本当に、何とお礼を言ったらいいか……」
「気にしないでください。私がただやりたかっただけの事ですから」
小鳥遊夫妻からの感謝を手を上げて受け止めつつ、瑠璃は自分の事を見てくる千里に目をやり軽くウィンクした。
「君、恋人の為に体張るなんてやるじゃない。良い男になるわよ」
「どうも……」
瑠璃からの激励に千里は対応に困ってしまった。何しろ目の前に居るのは仮面ライダーの先輩であり、そして千里の方が一方的に彼女の事を知っているのだ。出来れば同じ仮面ライダーとして気安く接したいと言う気持ちはあったが、迂闊に正体を明かすべきではないと言う気持ちも働き複雑な気持ちとなってしまう。
そんな二つの気持ちの鬩ぎ合いから何処かぎこちない対応になってしまった千里を、唯は彼が瑠璃に見惚れていると勘違いした。
「むぅ……」
助けられ、余裕を取り戻した唯は千里と瑠璃の2人を交互に見て、小さく頬を膨らませた。
確かに瑠璃は、同じ女性の唯から見ても見惚れる程の美女だ。自分以上、椿以上の豊満な胸と引き締まった腹、そしてすらりと伸びた美脚。顔も整っており、深海の様な吸い込まれそうな深い青色の瞳に、海原の様な青く長い髪。それらが自然な形で一つに纏まっている、瑠璃の容姿は女性の美の集大成の一つと言っても過言ではない。もしここに千里が居なければ、自分が彼女に見惚れていたかもしれないと思わせられた。
だから千里が瑠璃に目を奪われるのは分かる。分かるのだが、自分以外の女性が千里の注目を集めるのはやはり面白くない。
気付けば唯は、千里の脇腹を思いっ切り抓ってしまっていた。
「いづっ!? え? 唯ちゃん?」
「…………プイ」
突然抓られた理由が分からず困惑する千里に対し、唯はむくれながらそっぽを向いてしまった。何が何だか分からない千里はそんな彼女を見て目を瞬かせる。
そんな2人の様子に瑠璃は最初キョトンとしていたが、唯の気持ちに気付くとクスクスと笑いそっと耳元に顔を近付けると小さい声で囁いた。
「大丈夫よ。君の彼氏が私に向けてるのは、そう言う目じゃないから」
「ッ!?」
瑠璃の言葉の意味が一瞬分からずビクッと反応してしまう唯。その反応に瑠璃は更にクスクスと笑うと千里達に手を振りながらその場を離れた。
「それじゃ、私はこれで。……あぁ、そう言えばあなた達ってもしかして観光?」
「は、はい……」
「今夜のお食事はもう決まってる?」
「いえ……?」
一体何を聞きたいのかが今一分からずぼんやりとした答えばかりになる千里達。すると瑠璃はその答えに蠱惑的な笑みを浮かべて口を開いた。
「なら、今夜のお食事におすすめの店を紹介するわ。BAR・FUJINOってお店よ。BARだけど、お酒だけじゃなくて普通の食事も出来る所だから、未成年も安心して連れて行けるから」
それだけ告げると瑠璃は今度こそその場を離れた。周囲の海水浴客、とりわけ男衆の視線を引き付けつつ、瑠璃の姿は海水浴場から消えていった。
千里達は彼女の後姿を見えなくなるまで見送っていたのだった。
***
一騒動あったが、ともあれ大事は無かった事に安堵しつつ千里達はホテルに戻った。流石に危うく溺れかけた唯をそのままに海を楽しむ気にはなれない。
ホテルに戻って部屋に入った千里と唯の2人は、互いに何とも言えぬ居心地の悪さを感じていた。千里は何故唯が不機嫌になったのかが分からず、唯は千里が瑠璃に見惚れていた事が面白くなくて。
部屋に戻ってからも互いに言葉を交わす事無く過ごしていた2人。だがこの沈黙に耐えられなくなったのか、唯は思い切って千里に瑠璃の事をどう思っているのかを訊ねた。
「ね、ねぇ……千里君?」
「な、何……?」
「千里君も、やっぱりああいう女の人が好みなの?」
「……へ?」
一体唯が何のことを言っているのか分からず、千里は思わず変な声を上げてしまった。一体何をどうしたら、自分が瑠璃の事を好むと言う結論に至るのかが分からなかったのだ。
素っ頓狂な声を上げた千里に、唯は焦れったいと言う様に思わず声を荒げて再び同じ事を聞いた。
「だからッ! 千里君は、ああいう大人な女の人の方が好きだったりするのッ?」
「そ、そんな事無いよッ!」
「じゃあ、何であの人の事をあんなに熱心に見てたのッ!?」
唯のその言葉で漸く千里は彼女が何を勘違いしているのかが分かった。早い話が唯は千里が瑠璃に惚れてしまったのではないかと危惧しているのだ。
確かに唯が危惧するのも分かる。瑠璃は唯と比べて全ての面で上回っていると言っても過言ではない。同年代に比べれば起伏に富んで魅力的な体付きの唯も、瑠璃の魅惑のボディには負ける。その上瑠璃からは、まだまだ子供な唯にはない大人の余裕の様な物を感じられた。男として、魅力的な体付きで包容力のある女性と言うのは確かに惹かれるのだろう事は千里にも理解できた。
だがそれでも、千里にとっての一番は間違いなく唯だ。瑠璃の事は美人だと思うが、それはそれこれはこれ。
それに何より、千里が瑠璃の事を見ていたのは別に見惚れていた訳では無いのだ。
「……俺があの人の事を見てたのは、どう対応しようか迷ってたからだよ。俺あの人の事一方的に知ってたから」
「どういう意味?」
「あの人、この街の仮面ライダーだよ」
「えぇっ!?」
千里は自分が以前二度ほどこの街を訪れた事、その内一度は瑠璃が変身する仮面ライダーテテュスに助力した事等を簡単に伝えた。瑠璃はコガラシの事は知っているが、変身している千里の事は知らない。だから一方的に知っている間柄で、だが同じ仮面ライダーとして交流を持ちたいとも思っていた。
その葛藤から千里は思わず瑠璃の事を見つめてしまっていたのだが、それがどうやら唯の誤解を招いてしまったのだと気付き申し訳なくなった彼は彼女に向けて深く頭を下げた。
「ゴメン、誤解させるような事しちゃって……」
「そ、そんなっ!? わ、私の方こそ、勝手に勘違いして……」
今になって漸く唯は瑠璃の言葉の意味を理解した。傍から見ていた唯は気付けなかったが、視線を向けられている本人は彼の視線に欲情や劣情の類が無い事を理解していたのだ。だから瑠璃を見つめる千里に面白くない顔をする唯にあんな事を言ったのである。
唯は早とちりで千里を責めてしまった自分が恥ずかしくなり、彼に顔向けできなくなって背を向けて顔を覆ってしまった。
そんな彼女に千里は後ろから近付いた。忍びとして培った技量を無駄に活かして、音もなく唯の背後に近寄ると優しくそっと彼女を後ろから抱きしめた。付き合っている2人だが、唯が恋愛に関しては弱い一面がある為こういう触れ合いの経験は極端に少ない。キスはまだだし、こんな風にお互い抱き合う事だって数える程度しかなかった。
だから突然千里に抱きしめられ、唯の方がビクッと震える。
「ホント、ゴメン。そんなつもりは微塵も無かったんだけど、結果的に唯ちゃんを不安にさせた。でも、俺の気持ちは絶対変わらないから……」
耳元で囁くように言われる内に、唯は自分の中で言いようのない気持ちの昂りを感じた。千里への恋心を自覚した時と同じ、いやそれ以上の昂りだ。胸の内だけでなく体全体が熱くなり、彼への愛しさが溢れてくる。
これ以上は何かマズイ……そう唯が自覚した次の瞬間、千里が決定的な一言を口にした。
「俺ができることなら、何でもする。だから――」
気付けば唯は勢いに任せて千里をベッドに押し倒していた。
「うわっと!? ゆ、唯ちゃん?」
自分の上に圧し掛かるようにベッドに押し倒して着た唯に、最初千里はそんなに怒らせてしまったかと焦った。が、顔を上げた唯の顔を見てそうではない事に気付いた。
風邪を引いて熱を出したかのような赤みを帯びた顔。潤んだ瞳で自分を見てくる顔から、千里は目が離せない。
その顔がゆっくりと近付いて来た。まるで引き寄せられるように唯の顔が千里の顔に近付いて行き、互いの吐息を感じられるまでになった。
唯は自分が何をしているのかを俯瞰的に見ていた。まるで自分の体が自分のものではないような感覚。だがそれを悪い事では無いと思っている自分が居る事に気付いていた。
だって千里は何でもすると言ってくれたのだ。だったら、何をしたって良い……唯は自分の中でそう自己完結し、そのまま顔を彼の唇へと近付けて行く。
ここまで来れば千里も唯が何をしようとしているのかに気付く。まさか唯がこんなに積極的な行動に出るとは思っていなかったが、これはこれで悪くないと思っていた。
そのまま2人の唇が互いに引き合い、あと少しで触れ合いそうになり…………不意に部屋の扉がノックされた。
『唯~? 南城く~ん? そろそろ出掛けるわよ~?」
「「ッ!?!?」」
扉の向こうから美沙の声が響く。その瞬間2人は我に返り、今度は磁石が反発し合う様に離れた。何故かベッドの上で正座した状態で、人一人分の間を空ける。今し方何をしようとしていたのかを自覚し、互いに顔を真っ赤にして別々の方向を見ている。
「え、えと……」
「は、はぅぅ~……」
何と言えばいいのか分からない。半ば勢いとは言え、押し倒してキスをしようとしていた唯も、そんな彼女の顔に見惚れていた千里も、相手に何と言葉を掛ければいいか分からなくなり黙ってしまった。
部屋の中から一向に返事がない事に、扉の向こうで待っている美沙がもう一度声を掛けてきた。
『ゆ~い~? 南城く~ん? 起きてる~?』
「う、うん! ちょっと待ってて、今行くからッ!」
これ以上待たせると心配を掛けてしまう。唯は取り合えず返事をして、ベッドから降りると軽く身支度をして扉に手を掛けた。その頃には千里も気を取り直し、同じく身支度をして彼女の後ろで待機していた。
「ぉ、お待たせ……」
「あぁ唯。もう、呼んでも全然返事が返ってこないから心配しちゃった……」
部屋から出てきた娘とその彼氏に一瞬安堵の表情を浮かべる美沙だったが、2人の顔を見て思わず首を傾げた。2人共変に顔が赤い。そして千里は時折目の前に居る唯に視線を向けてはあちこちに視線を彷徨わせると言う行動を繰り返し、唯もまた何度も千里の方に視線を向けようとしては前を向くを繰り返していた。
一見不可解な2人の行動。だが美沙は母として、女としてその行動の理由に気付いた。
不意に唯と美沙の視線がぶつかり合う。その瞬間美沙は意味深な笑みを浮かべ、それを見た唯は顔を引き攣らせた。
「あら~? もしかしてお邪魔だった? だとしたらゴメンなさいね?」
「ちょ、ちが!?……あ、あぅぅ……」
何をどこまで深読みしたのか分からないが、少なくとも千里と唯の2人が俗にいうイチャイチャしていたのは紛れもない事実。なのでそれを真正面から否定する事も出来ず、唯は顔を真っ赤にして俯くしか出来ない。一方の千里もまた、気恥ずかしそうに口元を押さえて頬を赤くして明後日の方を見ている。
まだまだ恋愛に対して初心な姿を見せる2人に、美沙はコロコロと笑った。
「フフッ、羨ましいわ。私にもあなた達みたいな頃があったわねぇ」
「お、お母さんッ! もう、早く行こうッ!」
「あぁ、ちょ、唯ちゃんッ!」
「あらあら?」
これ以上千里との事で突っつかれるのは御免なのか、千里の手を引きながら美沙の背中を押してフロントへと向かう。フロントでは卓夫が既に待っており、唯が千里を引きながら美沙を押している光景に一瞬目が点になった。
「……何してるんだ皆?」
「気にしないで、本当……」
海から戻ってそれなりに時間が経っているにも拘らず、唯はまだ――若しくはもう――疲れた様に溜め息を吐く。そんな彼女の様子に千里は苦笑し、美沙は面白い物を見ている様に笑った。
卓夫はとりわけ美沙のリアクションから大体何があったのかを察し、仕方がないと言う様に溜め息を吐くと妻の頭に軽くチョップを落とした。
「あん、何するの?」
「あまり娘を恋愛で揶揄ってやるんじゃない」
「だって、放っておけなかったんだもん」
「それでも、だ。悪かったな唯?」
「う、うぅん、いいの」
時間が経ったことと、美沙が軽くだが折檻された事に溜飲が下がったのか唯も落ち着きを取り戻した。彼女の雰囲気が何時もの物に戻ってくれた事に千里もホッと一息つくと、改めて彼らはホテルを後にしてこの日夕食を取る店へと移動を開始した。
日が暮れ、夕日に赤く照らされる海都を4人が歩いていく。その最中、唯は海都と言う街をじっくり眺める。夕方が近付き、仕事を終えた人々が疲れを引き摺りながら帰路へとつきつつある。
唯達が普段暮らす街でも当たり前の光景。しかし大きく違うところは、ここが海の上に造られた街だと言う事。なのにそれを全く感じさせない事に、唯は改めて驚きを隠す事が出来なかった。
「……不思議ね」
「え、何が?」
「ここが海の上に造られた街だなんて信じられないって話」
言われて千里もあぁ、と頷いた。この街には彼も2回ほど訪れた事があるが、そのどちらでもここまでじっくりと周囲を眺める余裕は無かったからあまり気にしていなかった。
海都は埋立地とは違い、海に浮かぶ巨大構造物の上に造られた街だ。だから絶対に波の影響を受けている筈なのに、揺れとかそう言うのを全く感じない。何も知らずにこの街に下ろされたら、ここが文字通りに海の上に造られた街だ等と言う事は信じられなかっただろう。
何もない海の上に巨大な街を作り出す。人間の技術は正に日進月歩だと実感させられる。
「ホント、凄いよな……」
海上の楽園の光景をその目に焼き付けながら、千里達はある一軒の店の前に辿り着いた。決して大きくはなく、また派手さも少ない店。だが決して寂れている訳ではなく、外から見ても分かる程の活気の様なものが感じられた。
その店の看板には、『BAR・FUJINO』と言う文字が書かれてライトに照らされていた。
代表して卓夫が店の扉を開けるとドアベルが鳴り響き、それに気付いた女性の店員が彼らの方を見た。
「いらっしゃいませ~!」
その女性は日中に千里と唯を助けてくれた瑠璃だった。水着姿だった海の時と違い、エプロン姿で両手に料理や飲み物の乗ったお盆を持っている。
瑠璃は新たに来店した客に笑顔と共に挨拶をし、それが日中に出会った千里達だと分かると営業スマイルとは違う笑顔を浮かべた。
「あ、いらっしゃい!」
「どうも」
「海羽ちゃ~ん! お客さんを席に案内してあげて~!」
「は~い!」
店内は多くの客で賑わっており、どの席が空いているのか分かり辛い。新たな客である千里達を空いてる席に案内しようにも、瑠璃は両手が塞がっている為それも難しい。と言う事で、瑠璃は店内を動き回る店員の内もう1人の女性店員に声を掛けた。
瑠璃の呼ばれてやって来たのは、彼女に勝るとも劣らぬ美人だった。波が揺れる海原の様な青い長髪をポニーテールにした瑠璃に対して、その女性――海羽は茶色掛った長髪をサイドポニーにしている。一瞬姉妹か何かかと思ったが、顔立ちやら何やらが違う。瑠璃が何処か神秘的で高貴な印象を与える女性だとすれば、海羽は何処か親しみやすくて活発な印象を受ける。
だが前述した通りその美しさには甲乙が付け難かった。特に胸元を押し上げる双丘の大きさは。
唯が周囲にチラリと視線を巡らせると、店内には男性客が多い。それは別に良いのだが、問題なのは多く居る男性客の内半数ないし三分の一以上が瑠璃か海羽に視線を向けていて鼻の下を伸ばしている事だった。無理もない、こんな美女早々お目に掛かるのは難しい。テレビでだってここまで手放しに美人と言える女性そうは居ないだろう。そんな美女2人がウェイトレスとして給仕してくれるのだから、世の男性であれば注目してしまうのは仕方がない。
では、千里は……?
「…………」
無言で唯が千里の事を見れば、彼は見て分かるほどに周囲を観察する様に視線を彷徨わせている。若干警戒しているように見えるのは、恐らく卍妖衆の潜伏を警戒しているのだろう。小鳥遊家と共に旅行に行くと言う体ではあるが、任務の事も忘れてはいないのだ。絶世の美女2人に現を抜かす事無く、己に課された使命を忘れない真面目さに唯は安心すると共に嬉しくなった。やはり千里は他の男とは違う。
「4名様ですね? こちらへどうぞ」
千里が周囲を観察し、唯がそんな彼に安心していると海羽が彼らを空いてる席へと案内した。運良くテーブル席が空いていたので、4人はその席についた。
程無くして海羽が水とおしぼりを持ってきてくれたので、手を拭きながらメニューを見て適当に料理と飲み物を選ぶ。夫妻は酒を注文したが、学生2人は言うまでも無くノンアルコールである。
暫く待っていると注文した料理などが届いたので、千里達は舌鼓を打ちながら時に談笑を楽しんだ。話題となるのはやはり学校での千里と唯の様子だった。
「それで? 学校では2人はどんな感じなの?」
「どんな感じって……ねぇ?」
「はい。特にこれと言って何かしてる訳じゃないですよ。学校でそんなにベタベタする訳にも行かないですし」
相手が唯の両親と言う事もあって、殊更に丁寧な言葉を千里は心掛けた。
と言うか、話していて気付いたが考えてみるとこれは彼女の両親に会いに行くことの延長線に位置するのではないだろうか? 挨拶と言う工程をすっ飛ばして旅行にまで同行してしまっているが、彼女の両親とこうして話すのは自覚するとやはり緊張してしまう。
そんな風に過ごしていると、不意に店の奥から歓声が聞こえてきた。店自体どちらかと言えば賑やかな方だし、居酒屋チェーン店ほどではないが話し声や笑い声は絶えず聞こえてきていた。が、歓声は流石に違和感を覚える。
何事かとそちらを見れば、何やら人だかりが出来ていてギャラリーが歓声を上げたり落胆した声を上げたりしていた。
「? 何だろう、あれ?」
「飲み比べ……じゃ、ないよね?」
千里と唯がそちらを見ながら首を傾げていると、何時の間にか傍に来ていた海羽が教えてくれた。
「あれはね、ルーレットをやってるのよ」
「る、ルーレット?」
「そ。知ってる?」
それくらいなら千里達も知っている。要はギャンブルの一種だ。彼ら学生には縁のない話だから一瞬ピンとこなかったが。
「あそこにはルーレット台があってね、偶に瑠璃姉ぇや私がディーラーやってお客さんを楽しませてるんだ」
「へぇ~」
「見てみる?」
海羽に促されて、千里達はちょっと見てみようと席を立った。あれ程人が集まって熱狂する程の何かがあると言われて、気にならない訳がない。
比較的人の密度が低い所から入り込むようにしてルーレットが見える場所に向かうと、ちょうど瑠璃が回したルーレットのウィールにボールを放り込むところだった。慣れた手つきで瑠璃がボールを投げ入れ、回るルーレットの上をボールがカラカラと音を立てて転がる。
瑠璃の対面には挑戦者と思しき男性客が3人居て、それぞれ渡されたチップを台の上の数字や色の上に賭けていく。
それは別に良いのだが、2人はその挑戦者の中に骨猪の姿を見て思わず目を見開いた。
「せ、先生?」
「何してるんです?」
「ん? あ……いや、これは……ちょっと、勧められて……」
まさかBARと言う大人の店に学生である千里と唯が居るとは思っていなかったのか、骨猪が2人の姿を見て目を見開く。幽鬼の様な風貌の彼が目を見開くと地味に迫力があるからか、驚いた彼の顔に周囲の見物客がビクッと体を震わせていたがルーレットはそんな事に関係なく回り、ボールはポケットへと入っていく。
転がるボールが入ったのは、黒の20のポケット。それは偶然にも骨猪がチップを賭けたポケットの一つであった。ボールがポケットに入った瞬間、周囲のギャラリーが再び沸き立った。
「おぉぉぉぉっ!」
「スゲェッ! また入ったぞッ!」
「あんなおっかない見た目なのに……」
千里達は知らない事だが、この店のルーレットで何度も勝つ事はとても難しい。何を隠そう瑠璃のディーラーとしての腕はプロ級であり、挑戦者たちは基本彼女に挑んでも敗北しチップを最後の1枚まで搾り取られると言うのがいつものパターンだったのだ。瑠璃を相手に勝ち越せた挑戦者と言うのは、これまでに数えるほどしかいない。
周囲からの歓声や称賛を受け、畏まる骨猪に千里と唯は意外なものを見る目を向けた。するとディーラーである瑠璃が拍手をしながら次のゲームをするか訊ねた。
「おめでとうございます。次のゲーム、なさいますか?」
「えっと……」
骨猪がチラリと教え子2人を見る。ポカンとしながら自分の事を見てくる2人に、彼は咳払いを一つすると束の間教師としての顔になった。
「いえ、そろそろ止めておきます」
「チップはどうなさいます? 換金する事も出来ますが?」
「遠慮しておきます。楽しませていただいたお礼と言う事で……」
「宇賀八君宇賀八君、それなら他のお客さん達に一杯奢ってあげたら?」
「あ、じゃあそれで」
後ろに居た逸子のアドバイスを受け、骨猪はルーレットの勝ち分を使ってこの場の全員に一杯ずつ奢る事にした。その選択に周囲の客は再び沸き立ち、中には骨猪の背中を叩く者までいた。その反応に骨猪も押され気味になりながら笑みを浮かべる。
程無くして落ち着くと、千里と唯は店の隅で骨猪と話していた。
「意外でした。先生もギャンブルとかやるんですね?」
「いや、あれは泥伯さんに勧められて……」
「でも先生って、お酒飲んだりしてるイメージあんまり無かったです」
「そんなに飲む方じゃないよ。今日は折角の旅行だし、ね」
まぁ確かに、こういう言い方をすると失礼かもしれないが、彼にこういう場所は何とも似つかわしくない。一見すると不気味な風貌があまりにも浮いている。正直、馴染めているとは言い難い。
だったら何処に居れば馴染むのかと言われれば、それはそれで返答に困るのだが……
「そう言う君達こそ、何でこの店に? ここは一応BAR、大人のお店だよ?」
「俺達は、さっきディーラーやってた人に昼間助けられて……」
「その時にこのお店勧められたんです。子供も来れる店だからって」
メニューを見れば分かる事だが、この店には飲めない人は勿論未成年も対象にしたメニューを豊富に揃えている。それだけでなく、メニューの裏側や店の中には赤ん坊連れの人の為のサービスも充実させており、口だけでなく本当に子供も来れる店として存在していた。
助けられたと言う部分に詳しい話を求めた骨猪に対し、千里が簡単に事情を説明しこの店を知る経緯を話すと彼も漸く納得してくれた。見渡せば元の席に戻り、酒を飲みかわしながら料理に舌鼓を打つ小鳥遊夫妻の姿を見る事が出来た。
それらの光景に骨猪もやっと納得してくれたらしい。
「まぁそう言う事なら……君達なら、火遊びで酒に手を出す事も無いだろうし」
ここら辺は信頼があるらしい。やはり日頃の行いは大事と言う事だ。
そうして骨猪とも雑談しながら、程良く腹も膨れた所で千里達は店を後にした。ホテルへの帰路で、千里達はあの店の雰囲気の良さを話しながら歩いていた。
「なかなかいい店だった」
「そうねぇ。お料理は美味しいし、お店の雰囲気も良いし」
「海都はギャンブルの街って言われてるし、ある意味でこの街らしさがあって良いかも」
「でも千里君? 賭け事なんてやっちゃダメだからね?」
「しないしないって」
危ない橋なんて仮面ライダーとしての戦いだけで十分。そんな事をぼんやり考えながら歩いていると、出し抜けに物陰から黒装束の卍妖衆・下忍が飛び出した。忍者刀や鉤手甲などを手に飛び出した下忍達の姿に、周囲の人々は困惑しながらも危険を感じて悲鳴を上げて逃げていく。
(卍妖衆ッ!?)
「な、何ッ!?」
「何だお前達は……!?」
千里が内心で驚く中、小鳥遊夫妻は自分達を取り囲む下忍達に恐怖し互いに身を寄せ合って震えた。それでも卓夫は妻と我が子らを守ろうと両手を広げるが、こんな事態に慣れている訳もなく膝が恐怖で震えていた。
この事態に千里は覚悟を決めるべきかと悩んだ。この場で戦えるのは自分のみ。唯の家族を守る為、正体を晒す覚悟を決め戦うべきかと懐から筆と巻物を取り出そうとした。唯には知られているのだし、彼女の家族であれば何時か知られる事。それならば…………
そう思っていた時、下忍の包囲の一画が突如崩れた。何者かが後ろから下忍達を吹き飛ばしたらしい。
〈WAVE SMASH〉
「「「ぐあぁぁぁぁぁっ!?」」」
「えっ!?」
「今度は何ッ!?」
突然吹き飛ばされた下忍達に、卓夫と美沙は最早パニック状態。一方千里と唯は、椿か学が応援にやって来てくれたのかと期待を胸にそちらを見た。
が、そこに居たのは彼らが良く知る忍びの姿では無かった。
それは一言で言えば、地上に上がった人魚姫。青いボディースーツにさざめく波の様なスカートを身に着けた、美しき海の戦士にして海都の守護者。
「チップ1枚で……大逆転よ♪」
その名は仮面ライダーテテュス。嘗てこの街と、世界の危機を救った戦士がそこに居た。
と言う訳で第36話でした。
海都を舞台にするならここは外せないBAR・FUJINO。店は店主の鉄平の他、2人の看板娘の瑠璃と海羽、そしてバーツの3人で切り盛りしています。美代子が何をしているかと言うと、2人の子供の面倒を見てくれています。2人のどちらかあるいは両方の子供がお乳の時間になったら交代するって感じですね。
因みにネイトは現在海都を離れて冒険中。ある男の依頼で冒険に出ております。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。