瑠璃の協力を取り付けた千里は、彼女と唯と共に目的の場所へと向け海都の街を歩いていく。
その最中、彼にはあちこちから視線が突き刺さった。その理由は言わずもがな、瑠璃に唯と言う2人の美女・美少女を引き連れて歩くと言う両手に華状態にある。見た目そんなに冴えない高校生が、2人の美人を連れているのだから世の男性達の目を引くには十分だった。特に瑠璃は絶世の美女である。千里には嫉妬と好奇の視線が突き刺さっていた。
(い、居心地悪~……)
忍びとして鍛えられている千里は当然それらの視線に気付いている。と言うかこれほどの視線であれば、例え鍛えられていなくても余程鈍感な者でなければ気付くだろう。
何とも微妙な顔になりつつも、事前に徹から渡されたメモを頼りに目的地へと向かっていく。げんなりしながら歩いていた千里だったが、この街に卍妖衆が居ると言う事を思い出すと雑念を振り払い気を引き締める。今自分に視線を向けている者の中に卍妖衆からの死角が居ないとは限らないのだから。
(集中集中……)
周囲を警戒しながら千里が歩いていると、彼の雰囲気の変化を感じ取った唯がそっと彼の腕に手を触れた。
「千里君、大丈夫?」
「え? あ、あぁ……ゴメンね心配させちゃって」
心配そうに自分を見てくる唯に、千里は己の未熟さを恥じた。一流の忍びであれば誰かに内心の緊張や不安を気取られる様な事はしないだろうに。
「大丈夫。ちょっと周りを警戒して気を張っちゃっただけだからさ」
少しでも唯を安心させようと笑みを浮かべてみせた。彼の浮かべた笑みに、唯も自分に大丈夫と言い聞かせ頷き笑みを返そうとする。
するとそこで瑠璃が会話に入り込んだ。
「ま、これだけ視線を向けられたら緊張もしちゃうわよね?」
「へ?」
「えぁっ? あ、うん……」
瑠璃からの指摘に唯が周囲を見れば、主に男を中心に自分達に視線を向けている事に気付いた。最初唯は何で自分達に視線が集まっているのかが分からなかったが、瑠璃の事を見て何となく察した。女の自分が見惚れる程の瑠璃が居るのだから、そりゃ視線も集まるだろう。
尤も視線を集める要因には唯自身も関わっていたのだが、彼女はそこにまで考えが至る事は無かった。
「瑠璃さん、美人ですもんね」
「あら自覚無し?」
「え?」
「ん~ん、何でもないわ」
自分が人目を引くほどの美少女であると言う自覚を全く持っていない様子の唯に、瑠璃は苦笑しながらこっそり千里に耳打ちした。
「苦労するわね?」
「でも、好きなんで」
惚れた弱みと言うのだろうか。そんな自分に向けられる視線には鈍感な所も可愛く思えてしまうのだから困りものだ。だがそれを悪い事とは思えない程、千里も唯の事を好きになってしまっているのだから仕方ない。
2人で唯に聞こえないようコソコソと話していると、それが唯の興味を引いたのか2人の間に割り込むように話し掛けてきた。
「2人共? 私に隠れて何の話をしてるの?」
「ん? 何でもないわ。ね?」
「そうそう。強いて言うなら、唯ちゃんは可愛いって話かな?」
「んなっ!? もうっ!」
瑠璃が傍に居る状況で真正面から可愛いと言われ、唯の顔が一瞬で真っ赤に染まった。そして恥ずかしさを誤魔化す為か、千里の胸を突き飛ばす様に叩きその様子に千里と瑠璃は笑みを浮かべる。
仲睦まじい千里と唯の様子を瑠璃が微笑ましく見守っているその光景に、周囲の男達からの嫉妬の視線が強くなるのだが今度は千里もそれに気付く事は無かった。
そんなやり取りをしながら3人は目的地に到着した。したのだが、メモに示された場所にある施設に千里と唯は思わず顔を引き攣らせた。
「こ、ここ……!?」
「千里君、場所間違えてない?」
「間違えてない。父さんのメモは間違いなくここを指してる」
「でも、ここって……」
今3人が居るのは海都の歓楽街の一画。千里と唯の様な子供とは無縁である筈のこの場所に入る形で指示されているメモに、千里も何となく嫌な予感を感じていた。
その予感は的中した。何しろ彼らが辿り着いたのは、日中だと言うのに煌びやかな外観で周りにアピールしている店。そこは女性が主に男性を持て成す店、所謂キャバクラだったのだから。
海都の中に秘宝が隠されていると聞き、千里もカジノの一つが秘宝の隠し場所ではと言う予想はしていた。木を隠すなら森の中と言うし、海都に存在する多くのカジノの中の一つが秘宝の隠し場所に偽装されていても不思議はない。
だが肝心の隠し場所が大人の店であるキャバクラであると言うのは、正直な話予想外であった。
千里と唯は店を前に思わず立ち尽くしてしまう。仮にカジノであっても、子供だけで入るのは勇気が要ると言うのに、よりにもよってキャバクラである。子供である2人には無縁も無縁、と言うか普通は入ってはいけないだろう店を前に足踏みしてしまうのも無理は無かった。
何より、まだ日が高いからか店自体は準備中。そんな所に突っ込むには、2人はまだ心の準備が出来ていなかった。
どうしよう……そんな風に2人が悩んでいると、瑠璃は2人に構わず店の扉に手を掛けて中に入っていった。
「「ちょっ!?」」
まさかいきなり準備中のキャバクラに入っていくとは思っていなかったので、千里も唯も瑠璃を止める間が無かった。
2人の焦りを他所に、店に入った瑠璃は店内で清掃などに駆け回るスタッフの1人に声を掛けた。
「こんにちわ~」
「あ、ゴメンなさいお客さん。まだ準備中……って、瑠璃ッ!」
モップを手に床を磨いていた女性のスタッフは、最初気の早い客が入って来たのかとやんわり瑠璃を追い出そうとした。だがその相手が瑠璃であると分かると、途端に顔に喜色を浮かべ近付いていった。
「ちょっと何、どうしたのこんな時間から? あ! もしかして瑠璃もこっちで働く気になった?」
「冗談言わないでよ。私そう言う接客はしないって、何時も言ってるでしょ?」
「え~? でもあなたも海羽ちゃんも絶対上手くやれると思うけどなぁ? 2人共美人だし、千客万来よ?」
どうやら瑠璃は海羽共々前々からこの店にスカウトされていたらしい。まぁそれも分かる。瑠璃も海羽も揃って息を呑むほどの美人だ。そんな2人がこういう店で働けば、客は破産する程に金を払うだろう。店には連日行列ができる様子が目に浮かぶ。
「だ~か~ら~、私も海羽ちゃんもそう言う接客はしないって、何時も言ってるでしょ? 大体、私もあの子も旦那と子供が居るんだから」
「あら、既婚で子持ちでもここで働いてる子は居るわよ?」
「それは否定しないけど、とにかく私は今のままで十分。あっちの方が性に合ってるわ」
「あ、そ……残念ね。あなたが来てくれれば……ところで瑠璃? 真面目な話何の用なの?」
漸く本題に入ってくれそうだ。傍から2人の会話を聞いていた千里はホッと息を吐く。瑠璃はそんな彼に視線を向けた。
「正確には、用事があるのは私じゃなくてこの子の方」
「え?」
世界が違う会話に付いていけなくてすっかり傍観者感覚だった千里は、いきなり話題を振られて目を瞬かせる。そんな彼を女性スタッフは見て、そして彼の隣に居る唯と見比べ場違いな2人の存在に首を傾げた。
「ん~? この子達が? 大人の店に何の用?」
「ほら、この後どうすればいいの? 何か合言葉とか?」
「あ、え~っと……」
道案内はしたし、店に入る手助けもした。だがここから先どうすればいいかは瑠璃には分からない。彼女にこれからの事をせっつかれた千里は、改めて渡されたメモを取り出し目的の店に入ってからのやるべき事を確認しようとした。
そんな時だ。彼らに声が掛けられたのは。
「何してるんだい?」
「あ、オーナー!」
やって来たのは杖を突いて歩く1人の老婆だった。年齢が皺となって顔に刻まれ、髪もすっかり白くなっているがその目には若者にも負けない生き生きとした光を感じる。どうやらこの老婆がこの店を取り仕切っているらしい。
やって来たオーナーと呼ばれた老婆は、最初瑠璃の姿に不敵な笑みを浮かべた。
「おやおや? 藤野ん所の看板娘の片割れじゃないか。もしかしてだけどウチに移る気になったかい?」
「それさっきも同じ会話した。私はウェイトレス兼ディーラーの今の仕事が気に入ってるの。キャバ嬢なんてお断りよ」
「そうかい、そいつは残念だ。……で? そっちの小僧と嬢ちゃんは?」
瑠璃に向けていた視線から一変し、千里と唯に鋭い視線が向けられる。大方子供がこんな時間からこんな店に何の用だとでも言いたいのだろう。
生きてきた年数の違いがそのまま上乗せされているかのような迫力のある視線に、唯が思わず委縮し千里の腕に縋りつく。一方の千里は、メモに書かれている内容からここでするべき事を確認しそれを実行に移す。
「あの……」
控えめに声を上げつつ、千里は懐に手を突っ込み老婆にだけ見えるように忍筆を見せた。すると彼女は一瞬視線を鋭くし、小さく頷くと女性スタッフを下がらせ店の奥に千里達を案内した。
「あぁ、そう言う事か。この子らはアタシの客らしい。あとはこっちでやっておくから、アンタは店の準備に戻りな」
「は~い」
「そう言う訳だ。付いてきな」
瑠璃も含めて老婆は千里達を手招きして店の奥へと引っ込んでいく。状況が進んだ事に千里は取り合えず第一関門突破と言う様に安堵の息を吐き、唯と瑠璃と共に老婆の後に続いた。
老婆に連れられて行ったのはやはりと言うかオーナールームだった。嘗て瑠璃はヘブンズゲートと言う店に脅迫されて身請けされた時、その店のオーナールームに入った事があるがあれに比べると何と言うかシックで落ち着いた雰囲気をしている。ヘブンズゲートのオーナールームは如何にも成金と言った具合に無駄に煌びやかだったが、こちらは内装などが落ち着いていた。
ただ一つ贅沢を許したとでも言いたげに、室内に幾つもの掛け軸が飾られているのが気になったが。
(やっぱり性格とか人柄出るのかな?)
室内を軽く見渡しながら瑠璃がそんな事を考えていると、老婆は3人を部屋の中央のソファーに座らせた。
「それで、お前さんが総本山から来た遣いって事で良いんだね?」
「南城 千里です」
「あぁ、ホムラの息子か。ところでそっちの嬢ちゃんは?」
オーナーがチラリと唯の方に視線を向ける。まぁ唯は客観的に見れば忍びとは無関係の一般人ではあるので、この場に普通に居る事に違和感はあるだろう。ただ千里との様子で関係者であるだろう事は分かるので、ここに連れてきただけだ。
「あ、申し遅れました。小鳥遊 唯と言います。ちょっと、色々とあって今はせ、南城君に守られてる状況で……」
「ふむ……」
「ねぇねぇ、オーナー? 私の事は気にならないの?」
「お前さんは普通に関係者だろう、仮面ライダーテテュス?」
自己紹介した唯にオーナーが値踏みするような視線を向けていると、自分の事に関してはノータッチな事に疑問を抱いた瑠璃が手を上げた。普通にここまでついて来てしまったが、唯に比べれば彼女の方が部外者なのである。寧ろ追い出されても文句は言えないとすら思っていた。
が、予想に反して瑠璃に対する評価は高かった。オーナーは瑠璃が仮面ライダーテテュスである事を知っていたのだ。その事に驚き目を瞬かせる瑠璃だったが、考えてみれば万閃衆がテテュス=瑠璃の事を知っていても不思議な事は何も無いのかもしれなかった。何しろ千里がその情報を仕入れているのだ。千里経由で万閃衆にその事が周知されていても何ら不思議はない。
瑠璃の驚きを他所に、千里とオーナーの会話は進んでいった。
「それで、秘宝の画仙紙を回収しに来たんだったね?」
「はい。卍妖衆は既に街中に入り込んでいます。一刻も早く回収して、安全な場所に運ばないと……」
安全な場所と言うか、現在秘宝の二つは千里が管理している状況なので恐らく今度の秘宝も彼が管理する事になるのだろうと唯は予想していた。これまでの二つの秘宝が千里の力となりその強大な力を発揮しているので、今度もきっとそうなる筈だ。
問題は卍妖衆の横槍だろう。今度もきっと卍妖衆が秘宝を奪おうと画策して来る筈。俄然千里は勿論、唯も周囲を警戒せずにはいられなかった。
彼らの焦りに近い警戒心を感じ取ったのだろう。オーナーは自分の分の茶を啜ると立ち上がり杖を突いて幾つもある掛け軸の一つに近付いていった。特にこれと言って代わり映えのしない掛け軸。だがオーナーはそれを壁から外すと、徐にそれの表面を薄皮を剥がす様に引っぺがした。
するとどうだろう。剥がした掛け軸の中から真っ新な紙が出てきたではないか。話の流れから想像するにそれこそが秘宝『深緑の画仙紙』とやらだろうが、それにしてもまさか掛け軸で包むようにして隠しているとは思ってもみなかった。
「そ、そんな所に……」
「木を隠すなら森の中とは言うけれど……」
「普通掛け軸の中に隠す? それも文字通りに」
「晴嵐の筆を巡る一件は聞いてるからね。この隠し方なら、アタシに化けようとも知らなければ意味は無い」
確かにその通りなのかもしれないが、それを差し引いても隠し方が意表を突き過ぎている。
驚きを隠せずにいる千里達を一瞥し、オーナーは秘宝の画仙紙を丁寧に畳み千里に手渡した。
「まだ若造だが、これの回収を任される当たりお前さんは周りから期待されてるって事だ。精々頑張る事だね」
「ッ、はい!」
オーナーからの激励とも取れる言葉を受け、千里は力強く頷き秘宝を受け取った。見た目はただの紙にしか見えないのに、受け取った千里は鉛でも受け取ったかのような重みを両手に感じた。それはきっと秘宝自体の重さではなく、秘宝と共に千里に掛けられた期待の重さなのだろう。千里はそう思った。
取り合えずはこれで任務の前半が終了となった。後はこれを守りつつ帰るだけ。
尤も問題は寧ろここからだろう。卍妖衆は何処から千里の事を見ているか分からないが、少なくとも影から彼の行動をつぶさに観察している筈だ。千里の行動から、秘宝を受け取った事を察してもおかしくはない。
きっとこれからの何処かのタイミングで、卍妖衆が秘宝を奪い取ろうと襲撃を掛けて来る筈。ここからは今まで以上に気を張らねばならない。
意気込みを新たにしていると、オーナーは徐に鋭い視線を店の方に向けた。その異変に気付いた瑠璃は、彼女の視線を追って店の方をチラリと見ながら何があったのかと訊ねた。
「オーナー? どうしたの?」
「……何だろうね? 今、店の方から嫌な気配を感じた」
「え?」
この状況で不穏を感じさせる要因など一つしかない。早くも何かを仕掛けてきたのだろう卍妖衆のフットワークの軽さに、千里は内心で舌打ちしつつ秘宝を懐に仕舞い立ち上がった。
「オーナー、この部屋の出入り口は?」
「今アタシ達が入って来たところだけだよ」
「よし……唯ちゃんは俺から離れないで」
「うん……」
「私も行くわ」
千里は筆を手に警戒しながら立ち上がり店の方へと向かう。歩いている内に、千里達も強い違和感を感じ始めた。
先程まで開店準備のために忙しなく動き回っていた、スタッフ達の気配がしない。時折雑談しながら床を掃除したりしていたので、スタッフの女性達の声や笑い声が聞こえても良い筈なのだが…………
千里が忍者刀を片手に警戒しながら通路を出て、準備中だった店へと入った。
するとそこには、床に倒れたくノ一姿の女性スタッフ達の中央に佇むフブキの姿があった。
「お前は……!?」
「この前の奴ね!」
「嘘ッ!?」
「つけられてたみたいだね。それにしたってこの短時間で全滅とは……復帰したら全員鍛え直すか」
どうやらこの店のスタッフ全員が万閃衆の下忍で構成されていたらしい。オーナーはその下忍達のまとめ役でもあるようだ。
「オーナーも忍者だったのね?」
「流石にもう現役の頃みたいな動きは出来ないけどね。これでも昔はアンタに負けない女だったんだよ? それよりコガラシ。アイツは任せてもいいね?」
「当然!」
意気込む千里だったが、正直な話勝算と言える物はなかった。フブキは単純に強く、しかも理由は分からないが千里に対して強い執念を抱いている。
あらゆるものを凍てつかせるフブキの忍術と技術を前に、千里はどう対応すべきかと考えつつコガラシに変身しようとした。その隣で、同じくリールドライバーを構える瑠璃。
「私も手を貸すわ。アイツは普通に強いし、何より……この街を騒がせる奴は許さない」
「ありがとう」
千里と瑠璃は互いに顔を見合わせて束の間笑みを浮かべると、前を向き仮面ライダーに変身した。
「執筆忍法、変身の術ッ!」
「
〈Bet your life〉
「コガラシ、変身ッ!」
【忍法、変身の術ッ! 夜の声、しのぎ削りし、忍ぶ者……コガラシッ! 達筆ッ!!】
「変身!」
〈Fever!〉
変身したコガラシとテテュスは同時にフブキに飛び掛かり店から押し出した。戦うにしても店内では狭すぎるし、倒れた下忍のくノ一達にも被害が及ぶ。
2人の蹴りを氷鱗で防ぎながら後退したフブキは、左右から襲い掛かって来るコガラシとテテュスに対し両手に持った氷鱗を振り回して対応した。コガラシ達は共にしなやかな身のこなしで相手を翻弄するような動きで攻撃を仕掛けるが、フブキはそれに見事に対応し逆に雪を纏った低温の攻撃で2人の体を部分的に氷漬けにしながら薙ぎ払った。
「ハァッ!」
「ぐっ!?」
「くぅ、手強い! それなら……!」
テテュスはゴールドライフコインを取り出し、ノーブルレイズにレイズアップしようとした。だがゴールドライフコインを取り出したその時、何処からか飛んできた手裏剣がライフコインを弾き飛ばした。
「あぁっ!? 誰ッ!」
レイズアップを邪魔した相手が居るだろう方に目を向けると、そこに居たのはくすんだ灰色の忍び、ドクロが佇んでいた。
テテュスと視線が合うと、ドクロは棍を手に悠然と近付いていった。
「お前の相手は私だ。仮面ライダーテテュス……その首、頂く!」
「取れるものなら……!」
テテュスとドクロが戦い始めた時、コガラシとフブキの戦いも激しさを増していた。
「フンッ! ハッ!」
フブキが氷鱗を手にコガラシの周囲を素早く動き回り、飛び回るような動きで攻撃を仕掛けた。側転や前転を交えての動きは女性特有の滑らかな動きで行われ、流れるようなその動きは捉えるのが難しい。コガラシも轟雷を手に何とかその動きを捉えようとするのだが、フブキは彼の奮闘を嘲笑う様に振るわれる刃をスルリと躱し攻撃の際に出来た隙を突いて氷鱗で切り裂いてくる。
「ぐっ!? くそ、このっ!」
体のあちこちを切り裂かれながらも反撃を諦めないコガラシだったが、攻撃を受ける度に切り裂かれた部分が凍り冷気が体力を奪っていく。徐々に相手の体力を奪いながら甚振るように攻撃するフブキの戦い方には、明らかにコガラシに対する憎しみに近い感情が感じられた。
出会った事も無い筈の相手からこれほど恨まれる理由が分からず、コガラシは咄嗟に戦いの最中何が彼女をそこまで駆り立てるのかを訊ねてしまった。
「お前は一体何なんだッ! 何でそんなに俺を……!」
「お前は……! お前が居なければ、私が……!」
コガラシの問い掛けにフブキは明確な答えを口にしなかった。感情に任せて動いているが故に言葉が出て来ないのか、それとも正体を明かさないようにする為言葉を制限しているのかは分からない。だが漏れ出た言葉だけでも、彼女がコガラシの事をどれだけ憎く思っているのかが伺えてしまった。
当然コガラシにはそんなに恨まれる覚えがない。だから本来であれば、これだけでフブキの正体に気付ける筈が無かった。
だが、彼女が自分に向ける感情とその身のこなしを見ていると、彼の中である人物がどうしてもチラついて仕方ななった。
「はぁ、はぁ……クソッ」
いよいよ追い詰められ、フブキが氷鱗を手の中でクルクルと回しながら近付いていく。そろそろトドメを刺そうと言うのだろう。何とかしたいとは思うが、疑念で頭の中がグチャグチャになって考えが纏まらない。
そのままコガラシがフブキにより倒されてしまうかと思われたその時、物陰から戦いの様子を見ていた唯が飛び出し追い詰められた彼に声を掛けた。
「千里君ッ! 負けないでッ!」
「!」
「これでッ!」
投げかけられた唯の言葉に、コガラシの視線がそちらに向く。それを好機と見て、フブキが一気に彼に接近し両手の氷鱗で切り裂こうとした。
が、しかし……
【忍法、空蝉の術ッ! 速筆ッ!】
「!?」
寸でのところでコガラシの空蝉の術が発動。晴嵐の筆により一瞬で術を発動できる彼は、ギリギリのところでフブキの攻撃を回避する事に成功。フブキは攻撃を空振る結果となり、攻撃する目標を見失った彼女は急いで彼の姿を探した。同じ忍びであるが故に、敵を前にその姿を見失う事の危険性はよく理解していた。
(何処……何処に……!)
果たしてコガラシの姿は直ぐに見つかった。空蝉の術で姿を眩ませた彼は、あっと言う間に唯の近くに移動していたのだ。
「千里君……!」
ボロボロの状態の彼は、しかし仮面の奥から力強い目でフブキの事を睨んでくる。その気迫はフブキですら一瞬気圧されてしまう程であった。
「う……!?」
「そうだ……迷ってる暇なんてない。俺が負けたら、唯ちゃんを守れなくなっちまうからな!」
気合新たに、コガラシは先程受け取った深緑の画仙紙を取り出した。掛け軸の様に長いその紙を、彼はマフラーの様に首に巻いた。首元に巻かれた紙が風に靡き大きく揺れる。
画仙紙をマフラーの様に首に巻いた瞬間、彼は全身に力がみなぎるのを感じた。これまでに手に入れた秘宝を身に着けた時同様の強い力。コガラシは自分に新たな力が宿った事を確信した。
コガラシが新たな秘宝を身につけたのを見て、フブキは最大限に警戒した。これまでの戦いで、彼が秘宝を手に入れると決まって驚くべき爆発力を発揮したのだ。今回もきっと、彼は何か驚くような事をして来る筈。
その警戒は正しかった。コガラシは首に巻いた画仙紙の端を手に取ると、右手に持った晴嵐の筆で文字を書いた。それを見てフブキは思わず首を傾げてしまう。
(執筆忍法で、紙に……?)
通常執筆忍法では文字を書く際に画材は必要としない。唯一書く事があるとすればそれは変身の術を使う時くらいである。
フブキが見ている前で、コガラシは硯で墨を付けた筆で画仙紙に文字を書く。そして彼は、秘宝によって得られた力を解放した。
「執筆忍法、
【忍法、風刃雷豪の術ッ! 速筆ッ!】
画仙紙に書かれた文字は光を放ち、紙面から離れて浮かび上がった。そしてその文字は形を変え、雷を纏った風の刃となってフブキに襲い掛かる。
風の刃と雷の電撃の合わせ技。それが自分に向けて迫る光景に、フブキは刹那自分の死を幻視した。そう思わせる程に鋭く、力強い意志を感じさせる何かがその術には宿っていたのだ。
気付けばフブキは頭で考えるよりも先に体が動き、防御の為の術を発動していた。
【忍法、透氷壁の術ッ! 達筆ッ!】
フブキの前に出現した氷で出来た不可視の壁。多数の銃弾すら容易く弾く威力のその壁を、しかしコガラシの放った一撃は容易く破ってしまった。以前は火遁系の強力な術を使ってやっと破壊する事に成功したその壁を、彼は風と雷の複合技で粉砕してしまったのである。
透氷壁が破られた事でフブキを守る物はなくなった。だがコガラシの技は威力が衰える事無く、そのままフブキを仕留めんと突き進む。
あわや風の刃に切り裂かれ、雷の電撃でフブキが焼かれるかと思われた。だが透氷壁の術は決して無意味では無かった。氷の壁は僅かながら雷を纏った風の刃を受け止め、一瞬だがラグを作り出していた。
その隙にフブキは本命の回避の為の術を発動していたのだ。
【忍法、散雪の術ッ! 達筆ッ!】
それは謂わば空蝉の術の氷遁バージョン。風刃雷豪の術が直撃したと思ったフブキの体は、次の瞬間粉雪となって散りその場から姿を消していた。
コガラシの攻撃をやり過ごせたとフブキは束の間安堵する。だがそれは些か気が早いと言わざるを得なかった。
「ん? なっ!?」
次の瞬間彼女の目にとんでもない光景が飛び込んできた。やり過ごしたと思っていた雷を纏う風の刃が向きを変えて自分に向けて飛んできたのだ。
「これは……!?」
「無駄だ。風刃雷豪の術は先に相手にロックオンしてから放たれる雷を纏った暴風。雷ってのは最初に先駆放電って言う通り道を作ってそこに本命の帰還電撃が流れる。コイツはその仕組みを利用して、狙った相手をどこまでも追いかける。例え忍術で姿を眩ませても、逃げられやしない!」
「くっ!?」
勿論その仕組みだけでここまでのホーミング能力は付与できないだろう。実際フブキが何度も忍術で姿を眩ませても、雷の暴風は何処までもフブキを追いかけてきた。それは秘宝・深緑の画仙紙の力によるところが大きい。秘宝の力で、コガラシが目指した術の能力が発揮されたのだ。
必死に逃げるフブキだったが、そもそも雷の速度は先駆放電で約秒速200キロ。常人なら反応すらできない速度であるが、帰還電撃に至っては秒速で約10万キロと言う驚異的な速度。理論上は月まで4秒弱で到達できる速度となる。その速度から少しの間だけでも逃げ続ける事が出来ただけ彼女は称賛に値する。
だがしかし、彼女の限界はそこまでであった。雷の速度から逃げ続ける事等土台不可能な話。遂にコガラシの放った術が、フブキを捉えその身を焼いた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
全身を強烈な電撃で焼かれつつ、風の刃で切り裂かれる。二つのダメージにフブキは悲鳴を上げ、そしてそれが終わると力無く地面に倒れた。
強敵と目していたフブキとの戦いに勝利した。その事をコガラシは心の奥で噛み締め、拳を強く握りしめるのだった。
と言う訳で第38話でした。
今回登場したキャバクラのオーナーは、今話題のアニメ化作品「薬屋のひとりごと」に登場するやり手婆をモデルにしてます。
今回遂にコガラシがフブキを相手に勝利を収める事が出来ました。新装備ありきでやっと勝利を掴めた感じですので、力関係はまだまだ危ういところはありますが勝ちは勝ちです。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。