コガラシがフブキとの戦いに勝利している頃、テテュスとドクロの戦いも佳境に入ろうとしていた。
「執筆忍法、骨入道の術ッ!」
【忍法、骨入道の術ッ! 達筆ッ!】
ドクロの忍術により骨の巨人が生成され、その上に飛び乗ったドクロが下半身を巨人の頭部に埋める。半身を頭部から生やした骨の巨人が振るう剛腕がテテュスを襲いギリギリで回避したテテュスだったが、剛腕を振るわれた余波は凄まじく危うく吹き飛ばされそうになった。
「うわっ!? くぅ……!」
「足を止めたな!」
「あ、がっ!?」
余波で吹き飛ばされないよにと足を踏ん張った事が裏目となり、動きを止めた彼女に骨の巨人の剛腕が容赦なく襲い掛かる。マズイと思ったテテュスだったが反応は間に合わず、大型トラックが激突してきたような一撃に全身がバラバラになるのではと言う程の痛みを感じながら吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた先にあるビルに激突し、壁にめり込んだテテュスは力無く地面に倒れる。その体は巨人を構成する骨で切り裂かれて傷だらけだった。遠目に見れば形が整ったように見える骨の巨人だが、近くで見ると所々に鋭い骨が突き出ていた。形が不揃いな骨をかき集めて巨体を形成しているからか、骨入道の体からは所々から鋭い骨が突き出ているのだ。剛腕もそれは例外ではなく、テテュスは殴られると同時にこの突き出た骨により体のあちこちを切り裂かれ突きさされたのである。
「う、ぐ……がはっ!? うぅ……」
片腕を押さえながら何とか立ち上がったテテュスだったが、その体は誰が見ても満身創痍と言った有様だった。ボディースーツのあちこちが傷付き血が流れ、自慢のスカートもボロ切れの様になってしまっている。
最早勝負は決したような物。自身の勝利を確信したドクロは骨の巨人を操作して悠々とテテュスに近付いていった。
「私の勝ちだ。仮面ライダーテテュス、噂程では無かったな?」
最初彼女と対峙する事になった時は警戒していた。一度は世界の危機を防いで見せたと言う仮面ライダーテテュスが相手となると、苦戦は免れないと。
だがその柔軟な動きによる捉えられなさは確かに厄介だったが、単純な火力では恐れる程の事は無かった。骨入道の前に両腕を骨で覆って攻撃していたが、テテュスはドクロに対して有効打を与える事が出来ていなかったのだ。テテュスは得意の足技で対抗していたが、それらは骨の剛腕で簡単に防げてしまっていた。
「さて、ではそろそろトドメとさせてもらおう。コガラシから秘宝を回収しなければならないからな」
骨の巨人が剛腕を振り上げ、傷だらけで動けないテテュスに向け振り下ろす。自身に振り下ろされる剛腕を、テテュスは避ける素振りも無く見上げるだけだった。
そして巨大な腕がテテュスを叩き潰す。地面にクレーターが出来る程の一撃を見舞ったドクロは、テテュスを倒した事を確信した。
「フッフッフッフッフッ…………ん?」
勝ち誇った笑みを浮かべながら振り下ろした腕を退けると、そこにテテュスの姿は無かった。拳の下にあったのはただ凹んだ地面があるのみ。肝心のテテュスの姿が無い事に、ドクロはこの戦いが始まって初めて狼狽えた。
「何処だ? 奴は、何処に行った……?」
ドクロは俯瞰視点からテテュスの姿を探した。あの傷でそう素早く動き回る事は出来ない筈だ。だが現実にテテュスの姿は何処にもない。
下ばかりを見てテテュスの姿を探していたから、ドクロは気付く事が出来なかった。自分のすぐ後ろの骨が水面の様に波打っている事に…………
「隙あり!」
「何ッ!?」
出し抜けに背後から飛びついて来た、傷が完全に癒えたテテュスにドクロは驚きのあまり思考が停止した。
「貴様、何故ッ!?」
「戦ってる内に気付いたわ。私、アンタとは相性良いみたい」
テテュスには忍者達で言うところの土遁の術の様な技・ディープダイビングがある。これは生物以外の物質の中に水に飛び込む様に潜る事が出来る技なのだが、ドクロが纏う骨の巨人もこの潜れる物質に当てはまった。これらの骨はドクロが地道に集めてきたものだが、当然ただの骨は既に生物ではない。そしてただの骨であっても、これだけの量が集まればテテュスが潜り込む余裕は十分すぎるほどにあった。彼女の言う通り、ドクロの能力は彼女にとってとても都合のいい存在だったのだ。
そしてドクロの骨の中に潜って一撃をやり過ごしたテテュスは、同時にヒーリングで傷を癒し彼に気付かれないよう背後に接近しこうして飛び出したのである。
「くっ!? 小賢しい真似を……!」
「うっふふ~ん! どう? 忍者が逆に背後を簡単に取られちゃって、今どんな気持ち?」
「調子に、乗るなぁッ!」
このままテテュスに背後を取られたままでいるのはマズイと、ドクロは骨入道の術を解除した。足場が崩れた形になるので、テテュスはバランスを崩しドクロから離れ地面に落下する。
「うわっ!? ととととっ!」
バランスを崩したまま地面に激突すると言うことにはならなかったが、お陰でドクロから引き剥がされてしまった。そして一度距離を取れてしまえば、ドクロは体勢を立て直せる。テテュスを相手に無生物の巨体は逆に自分の首を絞めると学習したドクロは、今度は骨舞踏の術で骨の兵士を作り出しテテュスに襲わせた。決して動きが素早いとは言い切れない骨の兵士達だが、それでも数が揃えばそれだけで脅威となる。
「あらあら、今度は団体さん?」
内心の動揺を隠す様にテテュスは軽口を叩く。実際、流石にこの数とドクロを同時に相手にするのは少し厳しい。傷は癒せたが体力は完全に回復していないのだ。
そんな彼女の事情など知った事かと骨の兵士達がテテュスに襲い掛かる。骨で出来た剣や槍を手に攻撃を仕掛けてくる骨の兵士達を、テテュスは滑らかな動きで捌いていく。水中を舞うように動く魚の様に、スカートの裾を翻しながら動く様は踊っているかのようで、ドクロも骨の兵士達も翻弄された。
「ハッ! フッ!」
骨の兵士達の間を縫う様に動きながら、テテュスの鋭い蹴りが骨の兵士に炸裂する。しなやかな足が振るわれる度に骨の兵士の頭が吹き飛んだり、胴体が上下に泣き別れしたりと次々倒れていく。
一撃入れればバラバラになる骨の兵士にテテュスは最初これなら何とかなるかと淡い期待を抱いたが、散乱した骨が再び集まって骨の兵士となる光景を目にしてそれが間違いだった事を知る。ドクロの骨遁はちょっとバラけた程度で無力化する事は出来ないのだ。
その光景に思わず舌打ちするテテュスだったが、再生する骨の兵士に気を取られたのが良くなかった。一瞬の隙を突いて接近してきた骨の兵士達が、手にした武器を彼女に向け振り下ろしてきた。
「しま、ぐっ!? あっ!?」
あっという間に群がり四方八方から袋叩きにされるテテュス。蟻が砂糖に群がる様に、骨の兵士がテテュスに群がり武器を振り下ろす様にしかしドクロは油断しない。さっきも叩き潰したと思っていたらテテュスは能力でやり過ごしていたのだ。今度もそうではないとは限らない。
その懸念は正しかった。骨の兵士の1体が違和感を感じた様に攻撃を中断してテテュスが居た所を見ると、そこには誰も居ない。またしてもディープダイビングで地面の下に潜ったのだ。
先程と同じやり方で逃げたのであれば、彼女の次の行動は…………
「! そこだッ!」
ドクロは咄嗟に棍を取り出すと、先端で自身の背後を突いた。何もない空間に向け放たれた突きだったが、彼が付きを放つと同時に不意を打とうと飛び出してテテュスの腹部に突きが直撃した。
「う゛っ!?」
まさか先読みされるとは思っていなかったのか、ドクロの突きをまともに喰らってしまったテテュスは受け身も取れず地面の上を転がっていく。柔らかな腹を貫かれたのではと言う程の一撃に、テテュスは痛みと吐き気に背中を丸めて肩を震わせて蹲った。
「う゛ぇ゛っ!? うぅ……が、は……!?」
「なかなか手古摺らせてくれたが、それもここまでだな」
今度こそ自分の勝利だと迫るドクロだったが、彼はテテュスの事を甘く見ていた。己の真実に一度は絶望し、心折れながらも再び立ち上がり、強大な敵に立ち向かい街の……世界の平和を守った戦士。それが仮面ライダーテテュスなのだ。そんな彼女が、この程度の事で倒れる訳が無かった。
「い、いつつ……最近鈍ったかなぁ? こんなんじゃ、あの子に笑われちゃう」
不甲斐無い自分に苦笑しながら立ち上がったテテュス。まだ痛みと吐き気は収まらないが、ここで倒れていては後輩仮面ライダーを前に立つ背が無い。それに何より、自分に世界の行く末と同じクローンとしての未来を託してくれた姉妹に申し訳が立たなかった。
「そう言う訳で、力を貸して……」
取り出したのはブラックライフコイン。運命に翻弄され、怪物に体を変えられた同じ境遇の女性の命が形となったコイン。テテュスはそれを右手の親指で弾き、左手でキャッチするとドライバーのスロットに投入した。
〈Bet your life〉
「ネクストゲーム!」
〈Raise up〉
レバーを下ろすと、ルーレットがテテュスの右腕を包み込んだ。スカートは水泡の様に消え、ルーレットが同様に弾けると右手には黒い一本の銛が握られていた。
それは嘗ての戦いで、8号が変異させられたディープラビニが使用していたのと同じ銛。彼女と同じ銛が自分の手に握られている事に、テテュスは胸に様々な思いが浮かぶ。
「一緒に、戦おう」
銛を構え、ドクロが率いる骨の兵士達に突撃する。迫るテテュスをドクロは鼻で笑った。たかが銛一本手にしただけで何が出来ると言うのかと。
実際、その銛は攻撃力自体は特筆する程の物は無かった。振るえば骨の兵士が容易く粉砕されるが、所詮はその程度。バラバラになった骨の兵士は再び集まり新たな兵士となってテテュスに襲い掛かる。
終わらない戦いにテテュスが消耗すれば、後は嬲り殺しにすればいいだけ。そうドクロが思っていると、彼はテテュスの体の異変に気付いた。
骨の兵士の攻撃がテテュスの体を傷付けた。が、その直後から彼女の体に出来た傷が徐々に再生しているのだ。
「何だとッ!?」
これがテテュスの新たな力、ハープーンレイズの能力。あの形態の彼女はオートでヒーリングが発動し続けた状態となり、ダメージの蓄積を気にせず戦い続ける事が出来る。それは嘗ての戦いで、ディープラビニが見せた高い回復力を彷彿とさせる能力だった。
「私はもう倒れない。あの子に貰ったこの力で、皆を守る!」
叫びながらドロップチップを5枚投入しレバーを下ろす。テテュスの前に出現したルーレットが骨の兵士を吹き飛ばし、回るルーレットを前にテテュスはボールが入るポケットを言い当てた。
「赤の25!」
テテュスの予想は見事的中し、ボールは赤の25に入った。するとルーレットがテテュスが持つ銛『ディープハープーン』を包み先端部分にエネルギーが溜まる。その状態で彼女が銛を振るうと、銛の先端から津波の様なエネルギーの波動が放たれ骨の兵士達を纏めて吹き飛ばす。それだけに留まらず、彼女の一撃は後方で様子を見ていたドクロにも襲い掛かった。
「ぐおっ!?」
棍で防ぎ堪えようとするドクロであったが、津波を前に人が耐える事も出来ず押し流されるのと同じように、ドクロは一瞬堪えたが直ぐに押し流され吹き飛ばされた。強烈な波動の勢いに吹き飛ばされていったドクロは、そのまま後ろの壁に叩き付けられる。
「ぐはぁっ?!」
壁に叩き付けられた衝撃でドクロの手から棍が零れ落ちる。その後棍の後を追う様にドクロも地面に倒れ、全身に走る苦痛を堪えながら棍を杖代わりに立ち上がると彼の前に銛を構えたテテュスが立ちはだかる。
「ここまでね?」
「くっ!?」
ドクロはチラリとコガラシの方に視線を向ける。見るとあちらはフブキが後退し、コガラシがこちらに向かってきているのが見えた。フブキも敗北したことを悟ると、ドクロは舌打ちし煙玉を手に取った。
「今日はここまでだ」
「逃げる気?」
「そう言う事だ……!」
テテュスからの挑発を意にも介さず、ドクロは地面に煙玉を叩き付ける。白い煙が周囲を包み、テテュスは万一ドクロが不意打ちしてきた場合の事を考え警戒するが結局それは杞憂で、煙が晴れるとそこにドクロの姿は影も形も無くなっていた。
それでも少しの間警戒は怠らなかったが、それもコガラシが来る頃には解き小さく息を吐いて肩から力を抜くと変身を解いた。テテュスに続きコガラシも元の姿に戻る。
「瑠璃さん、大丈夫ですか?」
「えぇ、へっちゃら。そっちは?」
「何とか。流石仮面ライダーテテュス、卍妖衆の幹部を1人で撃退とはね」
実際コガラシは驚いていた。テテュスが忍者染みた特殊能力を使いこなす事は知っていたが、卍妖衆の幹部の相手は流石に厳しいかと思っていたのだ。場合によっては自分が援護する事も少し考えていた。
だが蓋を開けてみれば、彼女は多少苦戦する事はあれど1人でドクロを退けてしまった。この辺は流石一度は世界の危機を救った先輩仮面ライダーと言う事だろう。
千里が瑠璃に向けてある種尊敬の念を抱いていると、彼女もそれに気付いたのだろう。こそばゆさに小さく笑みを浮かべ、彼からの称賛に称賛を返した。
「そっちこそ。あのくノ一、なかなかの腕だったわ。それを1人で追い払うだなんて、やるじゃない。流石よ、仮面ライダーコガラシ」
「い、いや~……!」
常々己を仮面ライダーコガラシと自称している千里だったが、こうして改めて誰かに仮面ライダーと認められるとやはり嬉しくなる。それも相手が仮面ライダーの先達ともなれば猶更だ。自分が本当に仮面ライダーとして認められたような気になり、胸が熱くなる。
2人が仮面ライダーとして交流を深めていると、安全だと判断した唯とオーナーが2人の元へとやってきた。唯は彼が大事ないと見るや、彼の勝利を称えるように抱き着いた。
「千里君!」
「わっ、と! 唯ちゃん、怪我は無い?」
「うん。千里君、カッコ良かったよ!」
フブキ相手に窮地に立たされながら、唯の声援で持ち直し秘宝の力を借りながら撃退した。下手なヒーローショーよりもヒーローらしい逆転劇に、唯は興奮を覚えずにはいられなかった。
一方の千里は別の興奮を感じていた。言うまでもなく今2人の体は密着している。という事は、唯の豊満な胸が千里の体に押し付けられていると言う事で、しかも今2人は季節柄生地が薄い服を着ている為体の感触がより鮮明に感じられた。
何が言いたいかと言うと、密着した事で千里は唯の年齢にしては発育の良い肢体の柔らかさ、取り分け同年代を超える巨乳の柔らかさをハッキリと感じていたのだ。しかも今の彼は戦闘直後という事で、まだ興奮が冷めていない。そんな状態で唯の巨乳に触れたりしたら、別の興奮に理性を失ってしまいそうになった。
「あ、あの、唯ちゃん? 今は、ちょっと……」
まだキスすら済ませていない千里にこの興奮は毒だった。このまま彼女を押し倒してしまいたくなる衝動を、長年の修行で鍛え上げた鋼の精神力で押さえつける。だが暴走しそうになる本能を抑える事に全力を割くあまり、口を動かす事に掛ける分のリソースが無くなってしまった。結果彼はたどたどしい言葉で唯に危険を知らせるのが精一杯だった。
そうとは気付かず唯が千里に抱き着いていると、流石に可哀想に思った瑠璃が苦笑しつつ優しく唯を彼から引き剥がした。
「ほら、彼は強敵との戦いを終わらせたばかりだからさ……ね?」
「あっ! ご、ゴメン千里君ッ! 私ったら……」
瑠璃からの指摘に、唯は千里の傷を痛めてしまったかと慌てて彼から離れる。実際は傷はどうでもよく、理性と本能の鬩ぎ合いに苛まれていたのだが、何にしても唯が離れてくれて助かった。密着していた胸の柔らかさが無くなった事に惜しいと言う気持ちを抱きながらも、己の中の劣情のメーターが下がっていくのを感じ安堵の溜め息を吐いた。
「い、いや、大丈夫。それより……」
落ち着いて千里は改めて新たに手に入れた秘宝・深緑の画仙紙の力を思い出す。今まで使う事の出来なかった術も、自在に扱えるようになるくらいの強力な力。今回の戦いの勝利は秘宝の力によるところが大きい。これが無ければフブキを相手に勝利を収める事は出来なかっただろう。
千里は改めて今回助力してくれた瑠璃と、今日までこの秘宝を守り続けてくれたオーナーに感謝した。
「瑠璃さん、オーナー、ありがとうございます」
「良いのよ。私は基本的に海都から出ないんだしね。海都の外の事にはあまり関われないけど、その分手助けはするわ」
「礼は不要だよ。こっちも仕事でやっただけだ」
「でも、お店の人達は……」
フブキにより痛めつけられた店員に偽装していた下忍のくノ一達。唯が彼女らの事を憂うと、オーナーは寧ろ不甲斐無い部下を鼻で笑った。
「あぁ、アイツらね。全く情けない。怪我が治ったら全員鍛え直しだよ」
「いや、、相手は下手すると上忍に片足突っ込むレベルの実力者だった訳だし、その……」
「オーナー? 少しはあの子達の事も労わってあげなきゃ駄目よ?」
「余計なお世話だよ。ほら、用が済んだならさっさと帰りな」
もうこれ以上千里達がここに居る必要は無い。飽く迄仕事と割り切っているオーナーは、千里達に早く帰る様に手でシッシと追い払う。一見雑な態度だが、千里には彼女の真意が分かっていた。先程の戦いで派手に暴れてしまった。今頃周辺住民が通報なりしているだろう。数年前のディーパーの一件から、この街の住民は異変に対して敏感になっている。下手するとそう時間もかからず警察が飛んでくるだろう。そうなると千里や瑠璃としては少し面倒臭い。
この後の店の片付けなどで色々と大変だろうに、自分達を気遣ってくれるオーナーに千里は改めて頭を下げた。
「ありがとうございます。この事は父さんにも伝えておきます」
「別に気にすんじゃないよ。それより、頑張りなね」
「あらオーナー照れてる?」
「うるさいよ。ほら、さっさと帰れっての」
瑠璃に茶化され、オーナーはそっぽを向いて今度こそ店に戻っていってしまう。その様子に瑠璃は笑みを浮かべ、千里はもう一度深く頭を下げるのだった。
***
あの後千里は瑠璃にも感謝してから分かれると、宿泊しているホテルへと戻った。ホテルには既に夫妻が戻ってきており、2人が戻ってくるとホテルのレストランで夕食を済ませ、そして部屋に戻ると千里はベッドの上に倒れ込んだ。
「だは~、終わった~……」
「お疲れさま、千里君」
秘宝を受け取ってからが本番だと言う事は理解していた。卍妖衆も秘宝を狙っている以上、千里の事をマークしているだろうし秘宝を手に入れた後に襲撃を掛けてくるだろうと言う事は予想していた。だがいくら何でも仕掛けてくるのが早すぎだ。せめてもう少し間を置いてから来て欲しいと言うのが率直な感想だったが、そんな彼の文句など向こうは知ったこっちゃないだろう。
ともあれ、襲撃も退けたし一番の山場は越えたと言って良い。現状の卍妖衆最大戦力と目されるフブキとドクロを退けた今、次に襲撃を掛けてくるまで時間が掛かる筈だ。つまり少しの間だけだが、千里には気を抜くと言う贅沢が与えられた。
千里は束の間の平穏を享受する様に、ホテルのベッドの柔らかさを堪能しながら大きく息を吐いた。そんな彼を同じベッドに腰掛けた唯が労い、寝転がった千里の頭を優しく撫でる。
「本当、今日は大変だったね?」
「うん。まぁ、ともあれ暫くは大丈夫だろうし……」
このまま横になっているとそのまま眠ってしまいそうだったので、千里は体を起こそうと勢いをつけて起き上がる。が、彼自身が思っていた以上に気が抜けていたのか腕から力が抜けてずるりと倒れそうになってしまう。
それを見て唯は慌てて彼を支えようとした。
「おととっ!」
「千里君ッ! きゃっ!?」
「わっ!?」
ベッドの上に倒れそうになる千里を支えようとした唯だったが、タイミングが悪かったのか倒れ込む千里が咄嗟に彼女の腕を掴むとそのまま彼に引っ張られるようにベッドの上に倒れ込んだ。
その結果…………
「んっ!」
「んむっ!」
千里の上に倒れ込んだ唯は両手で体を支えようとしたが、体が重なり合った際に互いの唇が触れ合った。意図せずキスをしてしまう形となった事に、2人とも何が起きたのかを理解できず暫し放心状態となる。
が、頭が状況を理解すると一気に顔を赤くし、唯は飛び退く様に彼の上から離れた。
「わわっ! ご、ごごごめん千里君ッ!」
「あ、いや……」
飛び退いた唯は恥ずかしさのあまり顔から火が出るのではという気持ちになった。確かに千里とキスする事は、この旅行の目標でもあった。だがしかし、こんなハプニングの様な形で初めてのキスを為してしまうなど…………
「うぅ~~~~……」
こんな筈では無かったのにと、泣きたくなった唯は顔を両手で覆って呻き声を上げる。その背後では体を起き上がらせた千里が、暫し自分の唇を撫でながら彼女の背を眺めていた。
何かを思案しながら唇を撫でていた千里は、徐に彼女に手を伸ばす。そして彼女の肩を掴み自分の方を向かせると、抱きよせるようにしながら顔を近付ける。突然千里が自分を抱き寄せ鼻先が触れ合うほどの距離に顔を近付けてきた事に、先程とは違う意味で唯は顔を赤くした。
「ふぇっ? せ、千里君……?」
「その……俺も初めてだったからさ。さっきのは事故って事でノーカンにして、もう一度、ちゃんとしたのをしない?」
それはつまり、これから改めてキスをしようと言う事。千里からその提案をされて、唯は頭の中が真っ白になった。さっきの事故でのキスの衝撃など超える衝撃に、唯は呼吸が止まるかと思った。
頭の中は真っ白で何の言葉も口に出来なかったが、心の中で燻る欲望だけが正直に答え無言で小さく頷いた。
彼女からの了承を受け、覚悟を決めた千里がゆっくり顔を近付ける。2人の唇が引かれ合う様に近付き、そして優しく触れ合った。唇の先が触れ合った瞬間、唯の肩がビクッと震えたが、彼女はそのまま唇を押し付けるように千里とのキスを成し遂げた。
互いに目を瞑り、相手の体温と呼吸音にだけ意識を向ける。唇が触れ合っているだけだと言うのに、唯の心には温かな想いが溢れていった。
どれほどそうしていたか、2人はどちらからともなく顔を離した。千里が顔を離して唯の顔を見ると、彼女の顔は恍惚とした表情となり少女とは思えない色香を見せていた。
その姿に一瞬彼女を押し倒したくなる衝動に駆られたが、千里はそれを堪え彼女の頬を優しく撫でた。
「こ、これが俺達の最初のキス……って事で、いいよな?」
「う、うん……あの、千里君?」
「ん? 何、唯ちゃ――」
声を掛けてきた唯に千里が答えようとすると、突然彼女は彼の事をベッドの上に押し倒した。突然の事に反応が遅れ、千里は唯に圧し掛かられた状態でベッドの上に倒れてしまった。
「うわっと! ゆ、唯ちゃん?」
見ると唯の顔は上気しており、呼吸もどこか荒い。普段は絶対見られない様な信じられない色香を見せる唯に千里は思わず言葉を失った。
「せ、千里君……」
「な、何?」
「ねぇ……もう一回、いい?」
「う、うん……」
再び千里にキスをせがんでくる唯。思わず気圧される千里だったが、考えてみれば彼女とは恋人同士なのだからキス位普通と受け入れた。彼が頷くと、唯は嬉しそうに笑みを浮かべキスをしてきた。
「ん、ちゅ……んちゅ……ん。は、んぅ……ちゅ」
驚いたのは唯がしてくるキスが一度では無かった事。まるで甘えるように、啄む様に千里の唇に何度もキスをしてきた。彼女が甘い息遣いをしながら何度もキスをしてくる度に、千里は自分の理性がガリガリと削られていくのを感じずにはいられなかった。
そのまま夜が更けるまで、2人の体は重なり合いホテルの室内では布が擦れ合う音と荒い息遣い、そして湿った水音の様な音だけが響き続けた。
***
翌朝、何時もより遅れて部屋から出てきた2人を見て美沙は思わず首を傾げた。
「あら2人共どうしたの?」
「いや、その……」
「……気にしないで」
何と言うか、2人共寝起きだと言うのに疲れた様子だった。
一体どうしたのかと美沙が2人を観察していると、2人の首筋に赤い斑点があるのに気付いた。それだけで美沙は全てを察し、口元に手をやりコロコロと笑った。
「あらあら、ウフフフフッ!」
「お、お母さん?」
含みを持たせた美沙の笑みに、唯が冷や汗を流しながら手を伸ばすと彼女はそれをスルリとすり抜けるように逃れてレストランへと向かった。
「何でもないわ。でも……良かったわね、唯?」
「ちょっ!?」
「南城君、この子の相手大変だったでしょ?」
「えっ!? あ、いや、そんな……」
「もうっ! いいから行くよッ!」
「やれやれ……」
慌てる唯から美沙が逃げるようにレストランに向かい、千里と卓夫はその後を静かについていく。
そんな朝から騒がしい一行の様子を、離れた所から物陰に隠れた椿がジッと見ていた。その視線は緩んだ笑みを浮かべる千里と、顔を赤くする唯を交互に見ていた。2人を交互に見ていると、次第に椿の視線が鋭くなる。
「ッ!?!?」
椿から向けられる視線に気付いたのか、千里が弾かれるように振り返るがそこに怪しい人物の姿は無い。
気のせいだったかと、首を傾げる千里は改めてレストランへと向け唯達についていく。
離れていく彼の後ろ姿を、物陰に隠れて息を潜めていた椿が再び見つめていたが、彼はその事に気付く事は無かった。
と言う訳で第39話でした。
前作の最後にテテュスが手に入れたブラックライフコインの能力を今回お披露目出来ました。能力はズバリ、オートリジェネ。死にさえしなければ体力が続く限り戦い続ける事が出来る能力です。
正直な話どんな能力にしようか随分と迷ったのですが、8号の最後の戦いを意識して考えると自然とこの形になりました。
そしてこの度めでたく千里と唯がキスを済ませる事が出来ました。あ、因みに思わせぶりにフェードアウトしましたが、”まだ”キスだけです。ただ唯はタガが外れるととんでもないキス魔になるとだけ伝えておきます。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。