仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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第四十筆:激動の航海

 決して長いとは言えない期間であった、海都への滞在期間も終わりの時が来た。ホテルで荷物を纏めた千里達は、名残惜しさを感じながらも帰路に就く船へと乗るべく港に向かう。

 

「ん~、楽しかったわね~海都。次に来る時はもう少し長く楽しみたいわ」

「もう、お母さんってばはしゃぎすぎ」

「まぁ、次に来るとしたら来年の夏だな」

 

 海都を堪能した小鳥遊一家がはしゃぎながら歩いていくのを、傍から見れば部外者の千里が付いて行きながら眺める。確かに海都は楽しかった。海では唯が溺れかけたり、そもそも千里は任務もあり遊んでばかりいられなかったが、途中あった自由時間で唯と色々見て回ったのは良い想い出だ。

 

 何よりも千里にとって大きいのは、無事任務を達成できた事にある。そもそも彼が海都行きを決めた事の一因には、万閃衆総本山から与えられた任務にあるのだから。

 尤もそれが無かったとしても、唯から誘われたなら彼の中に断ると言う選択肢は無いのだが。

 

(機会があったら、唯ちゃんともっとあちこち見ていきたいな)

 

 2人で海都のホテルに泊まり、色々な所を見て回り、ショッピングする。それはきっと楽しそうだ。惜しむらくは2人はまだ未成年だと言う事。それだと見て回れる範囲に限りがある。実は彼もちょっぴりギャンブルと言うものに興味があった。特にFUJINOで骨猪がルーレットをしていたのを見て、その想いは強くなっていた。

 ギャンブルをするのであれば、最低でも成人になってからという話になるだろう。早くても大学生辺りか。きっとその頃には、唯も今よりずっと美人に…………

 

「~~ッ!!」

 

 刹那、千里の脳裏に先日の夜の事が思い出される。あの時の唯の姿を思い出し、思わず赤面し顔を覆う。

 

 そんな彼に、道中で待っていた瑠璃が声を掛けてきた。

 

「お、来た来た! お~い……って、どうしたの?」

「んぉっ!? い、いや? 何でも……って言うか瑠璃さん?」

 

 突然声を掛けられた事に心臓が飛び出る程驚いた千里は、驚きが過ぎ去ると今度は瑠璃が待っていた事に疑問を抱かずにはいられなかった。

 

「どうしたんです?」

「見送りにね。私は基本海都から出られないから、多分これからも戦う君を激励しようと」

 

 海の上の孤島に等しい海都では、何か問題が起きても逃げ場がない。ここで育った瑠璃は、自分が愛するこの街を守る為、そして可愛い我が子を健やかに育てる為、滅多な事で海都を離れる訳にはいかないのだ。

 彼女の考えに納得し、そして帰ればもう彼女からの手助けは得られないと思うと少し寂しくなる。が、そんな彼女から激励してもらえるとなればこんな嬉しい事は無い。何せ相手は同じ仮面ライダーの先輩なのだから。

 

「これからも、頑張ってね。ここからだけど、応援してるわ」

「ありがとうございます。瑠璃さんも、海都は任せました」

「お任せあれ♪ 君も、あの子とのこれから、応援してるから」

「えっ! あ、あはは…………はい」

 

 表面上は照れ臭そうにしていた千里だが、彼の気持ちは固かった。瑠璃に言われるまでも無く、彼はこれからも唯の事を愛するし、守っていくつもりであった。

 決意を固めた様子の彼に、瑠璃は仮面ライダーの先達として、そして……運命に翻弄された者として真面目に彼に助言した。

 

「気を付けてね、千里君。悪党ってのは、あの手この手でこっちの心を折ろうとしてくるから。力だけが相手の武器じゃないわ。その事、忘れないでね」

「……はい」

 

 先程までとは打って変わって真剣な表情でそう告げる瑠璃に、千里も気を引き締めた顔で答えた。言われなくとも、彼ら忍びは相手を欺き出し抜く事を得意とする。それは卍妖衆も同様であり、しかも連中はその為に手段を選ばない。

 だが彼女の言葉には、額面以上の実感の様な物が籠っているように思えた。千里は瑠璃のこれまでの人生を詳しくは知らない。だがきっと、彼女は彼女で過酷な過去を歩んできたのだろう事が伺えた。

 

 そして、それを乗り越え今の平穏を手に入れたのだろうと言う事も。

 

 色々と察した様子の千里を見て、瑠璃はフッと笑みを浮かべ肩から力を抜いた。この分なら大丈夫だろうと思ったのだろう。

 

 その時、気付けば足を止めていた千里に気付いた唯が彼の名を呼んだ。

 

「千里く~ん! 何してるの~?」

 

 唯に呼ばれ、千里はハッとなると苦笑して頬を掻いた。瑠璃も少しだけクスクスと笑うと、彼に先を促す様に肩を軽く叩いた。

 

「頑張ってね、仮面ライダーコガラシ」

「ありがとう、仮面ライダーテテュス」

 

 互いに相手の仮面ライダーとしての名を呼び合って笑みを向けると、千里は唯の方へと向かい瑠璃は去っていく彼の背を少し見送り踵を返して帰っていった。

 

 遅れていた千里が合流すると、唯は彼に何をしていたのかを聞いた。

 

「どうしたの千里君?」

「瑠璃さんと、ちょっとね」

「ちょっとって?」

「ん~……仮面ライダーとして頑張れって激励されたのと、後は……唯ちゃんを幸せにするって話かな」

「へっ!?」

 

 お茶を濁すような言い方をしたが、嘘は口にしていない。彼は今後も仮面ライダーとして戦うつもりだし、何よりも唯の事を大切にしようと思っている。高校を卒業後、大学生になり、そして大人になって…………その頃には、千里か唯のどちらかの名字が変わっているかもしれない等と考えていた。

 

 そんな彼の愛情が伝わったのか、それとも単純に彼の発言が嬉しくて恥ずかしいのか、唯の顔が真っ赤に染まった。普段であれば恥ずかしさを誤魔化そうと痛くない程度に千里の胸などを叩いたりするのだが、今回の唯の反応は違った。そっと千里にすり寄ると、額を彼の胸にコツンと当てた。

 そして、蚊の鳴くような小さな声でこう返した。

 

「……期待してるからね?」

 

 そう言って見上げてきた唯の顔は、仄かに赤らみ少女ではなく女の顔となっていた。思わず息を呑む千里だったが、直ぐに気を取り直すと優しく唯を抱きしめた。

 

「約束するよ」

「ん……」

 

 互いの体温を交換し合う様に抱きしめ合う2人は、なかなか来ない事に焦れた美沙が呼びに来るまでそのままであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 数分後、千里達の姿は海上の船の上にあった。本州に向かう船は無事に出航し、千里と唯は離れていく海都の姿を暫く見続けていた。

 

「はぁ~、何だか寂しいけど疲れたな~」

「色々あったからね」

「ともあれ、任務も無事に済ませられたし、何だかんだで楽しかったから来て良かったかな」

 

 甲板で手摺に寄りかかり、海を背にして談笑する千里と唯。周囲に他の乗客の姿はない。乗客の多くは海都での観光を終えて帰る者達ばかりなのだろう。出航した直後こそ離れていく海都の様子をスマホで写真や動画に収める者も居たが、海都が見えなくなると甲板に居る人の姿はまばらになっていた。きっと今頃は海都の観光で疲れた体を船室で癒したりしているのだろう。

 

 千里はもう一度この大海原を目に焼き付けてから、唯と共に船室に戻ろうかと手摺から体を離した。するとそれを待っていた訳では無いのだろうが、骨猪が1人近付いてきて話し掛けてきた。

 

「やぁ、君達……」

「あ、宇賀八先生」

「先生も今日帰りだったんですね?」

「まぁね。そう言えば、南城君? 私は見てないが、海都で騒ぎがあったと聞いたんだが……」

 

 それはきっと十中八九、秘宝を巡ってテテュスと共に卍妖衆と戦った時の事を言っているのだろう。あの時、戦いの余波で街の一部が被害を受けた。関係者以外に怪我人などが出なかったのは幸いだったが、一部は店舗などが破壊されていたと聞く。

 仕方がない事だったとは言え、海都に迷惑を掛けてしまった事は素直に申し訳ないと思わずにはいられなかった。

 

「あ……はははっ。それは、間違いなく俺絡みですね」

「そうか……大丈夫だったのかい?」

「それは勿論。こうしてピンピンしてますし」

 

 そう言って千里がクルリと回って見せれば、骨猪も少し安堵したような雰囲気になった。見た目は相変わらず不気味だが、これくらいの変化は分かる。

 

「なら……良かった」

「そう言えば先生? 泥伯先生の姿が見えませんけど、一緒じゃないんですか?」

 

 骨猪は今1人だけだった。まぁそうでなければ千里の秘密である忍者絡みの話題など口には出来なかったが、それはそれとして逸子の姿が見えないのは気になる。彼女は1人で何をやっているのかと気になった唯が訊ねれば、骨猪は船内の方を一瞥しながら答えた。

 

「彼女なら、船室で休んでいるよ。この数日、大分はしゃいだみたいでね。船室で波に揺られている内に、ぐっすり眠ってしまった」

 

 その言葉に唯も納得した。何を隠そう、彼女の両親もそうなのだ。卓夫と美沙の2人も、船室で眠ってしまっていた。

 

 本州と海都を行き来する船は、豪華客船と言う程ではないがそれでも船旅を快適に過ごせるような造りとなっていた。乗客はそれぞれ船室を与えられ、格安ビジネスホテル程度の内装の部屋で休む事が出来た。唯の両親も、部屋に入りベッドに横になっている内に眠ってしまったのだ。恐らく他の乗客も似たような物だろう。

 

 その後も千里達は他愛ない雑談に興じていたのだが、流石に何時までも海風に当たるのは良くないとそろそろ船内に戻ろうかという話になった。骨猪に促され、千里と唯がその場を離れようとした。

 

 直後、彼らの前に1人の青年が立ちはだかった。ゲッコウの隆司である。

 彼は千里の姿を見るなり、片手を上げてフランクに声を掛けてきた。

 

「よっ!」

「あっ! お前、隆司ッ!」

「南城君の友達かい?」

「敵です先生ッ!?」

 

 卍妖衆と万閃衆の内情を知らない骨猪からすれば、誰が敵で誰が味方か等分かる訳も無い。だから普通に話し掛けてきた隆司が敵である等思ってもみなかった。唯に言われて漸く警戒したほどだ。

 だが骨猪ほどではないが、千里も彼に対してはそこまで警戒していなかった。彼の気質は、他の卍妖衆の連中のそれとは違う。少なくともこうして挨拶してきたなら挨拶を返そうと思えるほどに、千里は彼に対して親しみを覚えていた。だからかついつい、話し掛けられて普通に返してしまった。

 

「お前も海都に来てたの?」

「おぅ」

「何しに?」

「そりゃ、お前……」

 

 千里の問い掛けに、隆司の雰囲気が変わった。先程の気安さは引っ込み、肌がひりつくほどの緊張感が周囲に漂い始めた。

 

「お前、また強くなったんだってな?」

「色々とあってな」

「聞いたぜ? ドクロと新入りを追い払ったってよ」

(新入り……か)

 

 正確にはドクロを退けたのはテテュスなので千里は関係ないのだが、その事をわざわざ指摘する事はしない。それ以上に彼が気になったのはフブキに関する事。彼の口ぶりから察するに、フブキは最近になって卍妖衆に加わったらしい。

 

「あのくノ一何だ? 何か矢鱈俺の事を目の敵にしてくるんだけど?」

「あのフブキって奴がか? 知らね。俺も中身がどんな奴かは聞いてねえんだ。ってか、んな事よりよ……」

 

 隆司が忍筆を取り出し、獰猛な笑みを浮かべる。威嚇する肉食獣の様な顔を前に、千里は唯を骨猪に託しその場から離れさせた。どうやら質問タイムは時間切れらしい。

 

「唯ちゃん、先生。少し離れてて」

「待つんだ。君達、こんな所で戦うつもりか? 駄目だそんなの。ここには他にも大勢の乗客が居るんだ。もし船に穴が空いたりしたら……」

「さっきから気になってたんだが、この不気味な男は誰だ?」

「俺らの高校の先生。不気味とか言うんじゃねえよ」

 

 まぁ、不気味な容貌なのは認めざるを得ない。千里だって初めて見た時は警戒した。だが慣れれば気にするほどの事はなく、個性の一つとして受け入れられた。

 千里の言葉に隆司はあまり興味なさそうに今一度骨猪を上から下までジロジロと眺めた。

 

「……やっぱ不気味じゃね?」

「五月蠅いよ。それより、マジでやる気か?」

「おぅ。心配すんな。上の部分無くなっても船は沈まねえから」

 

 本気なのかジョークなのか分からない事を口走りながら、隆司は巻物を取り出し開いた。もう彼は止まる気はないらしい。こうなったら、千里に出来る事は出来るだけ周りに被害が出ないように気を配りながら戦う事しかない。

 

 応戦する意志を千里が示す様に筆と巻物を取り出すと、隆司は嬉しそうにニヤリと笑みを浮かべた。

 

 そして…………

 

「「執筆忍法、変身の術ッ!」」

 

「コガラシ――」

「ゲッコウ――」

 

「「変身ッ!」」

 

【忍法、変身の術ッ! 夜の声、しのぎ削りし、忍ぶ者……コガラシッ! 達筆ッ!!】

【忍法、変身の術ッ! 夜の闇、差す影の中、忍ぶ者……ゲッコウッ! 達筆ッ!!】

 

 大海原を背景に、船の甲板の上で変身する千里と隆司。変身した2人は、それぞれ自分の得物である轟雷と三日月を構え相手を牽制しながらゆっくりと摺り足で横に動く。

 

 鞘から抜いた轟雷の切っ先を向けながら、コガラシはゲッコウの狙いを予想した。

 

「お前の狙いは、俺が手に入れた秘宝の強奪か?」

「みたいなもんだ。流石にいい加減、真面目にやれってオボロにせっ突かれてよ」

「オボロって……お前のボスじゃねえの?」

「放っとけ、よ!」

 

 ゲッコウは出し抜けに接近しながら三日月を振るった。死神の鎌を思わせる漆黒の大鎌がコガラシの体を切り裂かんと迫る。それに対しコガラシは敢えて接近し、柄の部分を受け止める事でゲッコウの攻撃を防いだ。

 

 そのまま柄に沿って接近し近距離から一撃を見舞おうとするコガラシだったが、ゲッコウはそれより早くに三日月を引き無防備なコガラシの背を狙う。彼がそう来ることを予め読んでいたコガラシは、ゲッコウが大鎌を引っ張ろうとした動きを見るなり跳躍して背後から迫る刃をやり過ごした。

 

「ととっ!」

「へっ……!」

 

 刹那の時間、2人の視線がぶつかり合う。空中から見下ろすコガラシの目を見返したゲッコウは、まだ地面に着地していないコガラシに向け三日月を薙ぎ切り裂こうとした。

 空中では蹴る事の出来る足場が無い。回避不可能な状況を突かれ窮地に陥るコガラシだったが、彼は迫る刃を轟雷で弾く事で攻撃をやり過ごした。

 

 だがゲッコウの攻撃は止まらない。そのまま彼を空中に釘付けにしようとしているかのように、素早く何度も大鎌を振るい、コガラシはそれらを全て轟雷で防ぎ切った。巧みに空中で身を捩り、剣を振るって放たれる攻撃を防ぐ。まるで曲芸の様に響く金属音と共に空中に滞空し続けるコガラシを前に、ゲッコウは一際強く三日月を振るった。甲板を抉りながら放たれる、下から切り上げる様な一撃。

 

「オラ、よ!」

「グッ!」

 

 ビルをも切り裂くような強烈な一撃だったが、コガラシはこれも何とか防ぎ切った。これも偏に、万閃衆の鍛冶工房の職人たちの腕で作られた轟雷が頑丈だったからだ。これが使っているのが軟弱な武器だったとしたら、ゲッコウの一撃に耐える事も出来ず粉砕されていたに違いない。

 

 しかしこの攻撃を防いだのはある意味悪手だったかもしれない。何しろ攻撃を防いだことでコガラシは上空に打ち上げられ、地上から引き離されてしまったからだ。そして、空を飛ぶ事の出来ない彼が空中に打ち上げられる事は、致命的な隙を生み出す事になる。

 

「貰った! 執筆忍法、影遁 影刺しの術ッ!」

【忍法、影刺しの術ッ! 達筆ッ!】

 

 下から突き上げるようにコガラシに放たれた影の槍。伸びる影の槍の先端がコガラシの体に触れそうになる直前、彼の持つ晴嵐の筆が目にも留まらぬ速さで振るわれる。

 

「執筆忍法ッ!」

【忍法、空蝉の術ッ! 速筆ッ!】

 

 ギリギリのところで発動した空蝉の術により、コガラシの体は木の葉となって消えゲッコウの一撃は不発に終わる。それに対してゲッコウは特に悔しがる素振りを見せず、寧ろそうなって当然と言いたげな様子ですらあった。

 

「へへっ、そう来なくっちゃ……なぁ!」

 

 三日月の柄で肩を叩いていたゲッコウは、徐に後ろを振り返りながらそれを振るった。大きく薙ぐ様に放たれた一撃は、空蝉の術で姿を眩ませ彼の背後に移動していたコガラシの姿を捉える。迫る刃を前に、コガラシは身を低くしてそれを回避した。

 

「ッ! あっぶね、少し掠った!」

「んなこと気にしてる余裕あるのかよッ!」

【忍法、影走りの術ッ! 達筆ッ!】

 

 ゲッコウが三日月を振るうと、コガラシに向け影が刃の様に伸びていく。影の刃は甲板の床に沿って動き、甲板そのものは傷付けず音もなくコガラシに襲い掛かった。音も圧力も無いが、しかし当たればただでは済まないだろうその一撃。彼の技の危険性を肌で感じたコガラシは、考えるよりも先に直感で筆を振っていた。

 

「執筆忍法、鎌鼬の術ッ!」

【忍法、鎌鼬の術ッ! 速筆ッ!】

 

 画仙紙に素早く書かれた鎌鼬の文字が浮き上がり、不可視の風の刃となってゲッコウの影走りの術とぶつかり合う。秘宝の力によってその威力を増した風の刃は、ゲッコウの術とぶつかり合うと相殺し合うどころか一方的にかき消してそのまま彼に逆に襲い掛かった。

 

 自分の術が撃ち負け、それどころか自分に向け迫る不可視の刃を前に、彼も流石に仮面の奥で目を見開いた。

 

「おぉっ! マジかッ!」

 

 驚愕しながらも対処は怠らない。自分の術が消されただけでなくコガラシの術がまだ生きているのを見て、ゲッコウは素早く横に飛び退く事で回避する事に成功する。ただ、攻撃自体が不可視だったせいか完全に回避しきる事は出来ず、風の刃が僅かにゲッコウの忍び装束を切り裂いた。

 ダメージとすら言えない程度の一撃だが、しかし確かに最初の一撃を相手に許した事はゲッコウを楽しませた。

 

「ハハハッ! やるじゃねえか、腕は前より上がってるみたいだなッ!」

「お前は相変わらずだな。でもま、正直お前が来てくれて安心してるよ」

「は? 何で?」

「お前以外だったら、容赦なく船にも被害が出てるだろうからな」

 

 そこはコガラシも彼を信頼していた。もしここに居るのが彼ではなくドクロなんかだった場合、船への被害など一切無視して大技を連発していただろう。そうなるとコガラシも船と乗客を守る為、苦戦を強いられていたに違いない。それでも船には少なくない被害が出て、最悪沈没と言う事態すら考えられる。

 

 その点ゲッコウなら安心だ。戦う前はあんな事を言っていた彼だが、実際戦い始めてからは術は必要最低限、しかも使う術も可能な限り周囲に被害の及ばないレベルの物ばかりであった。これらを鑑みて、コガラシは彼が意図的に船への被害を最低限に抑えようとしていると理解した。

 

「大方、他の連中に任せない様に自分でこっちに来たんだろ?」

「……さぁて、どうかな?」

「何でお前卍妖衆やってるんだよ?」

「義理があるんだよ」

「義理? 外道に手を貸すほどの義理があるのか?」

「相手は関係ねえ。外道だろうが邪道だろうが、義理は義理だ。どんな奴が相手だろうと、不義理を働く理由にはならねえだろうが」

 

 こんな性格をして何とも律儀な男かとコガラシは思わず呆れた。だがそんな彼だからこそ、コガラシも信頼する事が出来たのだろう。コガラシは思わず笑ってしまった。

 

「クククッ……!」

「あ? 何笑ってんだ?」

「いや、別に……。ゲッコウ、あんまり勝負長引かせるのもマズいし、次の一撃で勝負と行かないか?」

 

 突発的な戦闘だったため、人払いなんて出来ていない。今は乗客の多くも海都を満喫した疲れで部屋で休んでいるだろうが、異変を感じれば出てきてしまう。そうなれば、無用に巻き込んでしまう可能性もゼロでは無かった。

 

 尤もそれは口実の様なもので、本当のところはコガラシも彼との一騎打ちに胸躍る物を感じていたからだ。不思議なものだ。こんな時だと言うのに、彼との戦いに清々しさを感じてしまう。

 察するに、彼の後腐れない性格がそう感じさせるのだと思った。善も悪も無い、どちらかが勝つか負けるかの純粋な闘争。相手への敬意すら感じさせる彼の戦いへの姿勢が、コガラシにも影響を及ぼし一騎打ちへと臨ませたのだ。

 

 コガラシからの提案にゲッコウは嬉しそうな声を上げた。

 

「いいねぇ、そいつは素敵だ。んじゃ……精々派手に行くかッ!」

 

 挑戦状を受け取ったゲッコウは、コガラシと共に筆を手に持ち身構える。まるで西部のガンマンの撃ち合いの様に、両者の間に張り詰めた緊張感が走る。その雰囲気にあてられ、唯と骨猪が思わず唾を飲む。

 

 そして…………

 

「執筆忍法、疾風激烈脚ッ!」

【必殺忍法、疾風激烈脚ッ! 速筆ッ!】

「執筆忍法、光闇螺旋蹴ッ!」

【必殺忍法、光闇螺旋蹴ッ! 達筆ッ!】

 

「「ハァァァァァァァァッ!!」」

 

 竜巻を纏ったコガラシの飛び蹴りと、光と闇の螺旋を纏ったゲッコウの飛び蹴りがぶつかり合う。互いに相手の技を削りながら勢いを失わず拮抗し合い、激しい火花を散らせる。それまで周囲への被害を最低限に抑えようとしていた2人だが、この時ばかりは流石にそこまで頭が回らなかったのか甲板や壁が2人の攻撃の拮抗の余波で黒く焦げる。

 

 落雷の様な眩い光に唯が思わず顔を手で覆ってしまう程の拮抗は、ともすれば長く続くかに思われた。それだけ2人がこの一撃に懸けている思いが強いと言う事。

 しかし現実には1分も続く事は無かった。時間にして僅か数十秒、拮抗は突如として崩れた。

 

「オォォォォッ!」

「な、何ぃッ!?」

 

 ゲッコウの光と闇の螺旋が、コガラシの竜巻を相手に白旗を上げる。コガラシの竜巻がゲッコウの螺旋を削り、光闇螺旋蹴を打ち破り相手に蹴りを届かせた。

 

「ぐぁぁぁぁっ?!」

「やった!」

 

 打ち破られたゲッコウの姿に、唯が思わず両手を握りガッツポーズをとる。その直後、ゲッコウは甲板に落下しコガラシはその背後に着地した。

 着地したコガラシはゲッコウに背を向けたまま、着地した際の姿勢で大きく呼吸した。その様子は自身の勝利を噛みしめているようだった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ぐ……うぅ……」

 

 ゲッコウは間違いなく強い忍びだった。己への絶対の自信と、それを支える確かな技術。柔軟な発想に、揺るがぬ心と文句のつけどころがない。正直、この一騎打ちを仕掛けた時は早まったかと若干後悔していた位だ。勝負を持ちかけたのは、戦いを長引かせて被害を広げるのを防ぐ為と、敵ながら気持ちのいい雰囲気を纏った彼への敬意を込めての事であった。

 

 そしてその結果、勝利を収めたのはコガラシの方であった。その事に彼は自分で自分が信じられない思いで拳を握り締めた。

 

「勝った? ははっ……俺が……」

「くそ……だぁぁ、負けた。チクショウ……」

 

 コガラシが自身の勝利を漸く実感できた時、倒れたゲッコウは逆に己の敗北を実感した。誰が見ても文句のつけようのない敗北に、最初彼は悔しさを隠そうとしなかったが次の瞬間には腹の底から可笑しそうに笑った。

 

「ククッ、ハッハハハハハハハハハッ!! あ~、負けた負けたぁ」

 

 己の敗北を認めた彼は、一頻り笑うと痛む体に鞭打って勢いよく立ち上がった。そして構えを解いたコガラシに自然体で近付いていくと、静かに右手を差し出した。相手を称える、戦いの終わりを告げる握手であった。

 

「ありがとうよ。お陰で漸く、俺も踏ん切りがついた」

「どういう意味だ?」

「細かい事は気にすんな。それより、ほれ」

 

 相手の言葉の意味が理解できず首を傾げるコガラシに、ゲッコウは急かす様に手を差し出す。疑問は残るが、ともあれ握手は受けておこうとコガラシがその手を取ろうとした。

 そして2人の手が触れ合うかに思われたその時、突如として船が大きく揺れ傾いた。

 

「うわっ!? ととととっ!?」

「うぉぉぉぉっ!? な、何だぁッ!?」

 

 突然の事態に2人はバランスを崩し、甲板の傾きに合わせて端まで滑り落ちる。幸い海に投げ出されると言う事態にはならず、柵に足をつく事で事なきを得た。因みに唯は揺れが起きた瞬間骨猪により伏せられ、そのままコガラシ達と同じように柵に引っ掛かり落下を防いだ。そして傾きが戻り甲板が元の確度に戻ったかと思ったら、再び船が大きく揺れた。

 

「わぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「「ッ!?」」

 

 突然柵の向こうから聞こえてきた悲鳴にコガラシとゲッコウが海の方を見ると、何処からか転落したのか子供が海に落ちる所であった。このままだと海面に叩き付けられる。

 

「マズイッ!?」

「執筆忍法ッ!」

【忍法、影潜りの術ッ! 達筆ッ!】

 

 事態に気付いたコガラシが手を伸ばす中、ゲッコウは素早く苦無を投げながら影潜りの術でその影に入り込み、苦無が子供の服を船の壁に縫い付けると影から出て子供を抱きかかえる。

 

「よっと。大丈夫か、坊主?」

「う、うん……」

「よし。ちょっと待ってな」

 

 また船が揺れたら今度こそ海に落とされる。その前に近くの廊下に子供を下ろそうと、ゲッコウは当たりを眺めて入れる場所から飛び込んだ。その様子を上から見ていたコガラシは、子供が何ともなさそうだと分かりホッと胸を撫で下ろす。

 

「ふぇぇ、良かった」

「千里君、これって……」

「岩礁に座礁した……と言う訳ではないだろうね。太平洋上に、船が座礁する程の岩礁があるとは思えない」

「という事は……」

 

 唯の疑問に骨猪が考察を述べていると、彼らの周りを卍妖衆の下忍とクセジが取り囲んだ。周囲を取り囲まれて、コガラシは素早く2人を守る為前に出て身構える。

 

「クソ、結局こっちにも来るのかよお前ら……!」

 

 コイツ等はゲッコウと違って船や乗客の事を気にする事はない。下手をすると本当に船が沈むまで戦うかもしれない。そう思うとコガラシは気が気ではなかった。

 

 一方、子供を助けたゲッコウの方もただ事ではない事態に陥っていた。

 

「おいおい、俺信用無さすぎだな?」

 

 子供をその場から逃がしながら身構える彼の前には、氷鱗を手に佇むフブキが居た。彼女が向けてくる絶対零度の視線に、ゲッコウは寒くも無いのに体が震えあがるのを感じずにはいられなかった。




と言う訳で第40話でした。

コガラシとゲッコウの戦いに遂に決着です。さっぱりとした性格の彼との勝負なので、最後はお互い示し合わせての必殺技の撃ち合いできれいさっぱりと決着を付けました。この終わりならゲッコウも納得して負けを認められます。

そして戦い終わってゲッコウは卍妖衆を抜けてめでたしめでたし……とはいきません。流石にそんなうまい話はありません。好き放題する彼に遂に卍妖衆が牙を剝きます。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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