仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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第四十二筆:溢れる想い

 深緑の画仙紙は無事に回収でき、これで千里は3つの秘宝の力をその手にする事が出来た。だがその帰りの船で彼らは卍妖衆からの襲撃を受け、その最中に彼の前で敵ではあったが、分かり合える相手だったゲッコウこと隆司がフブキに敗れ海に落ちていった。千里はその事に落ち込み、船が無事に港に着き屋敷に帰ってからも沈んだ様子であった。

 

 徹は落ち込んだ様子で帰って来た千里を不審に思い、事情を聴いて事の顛末を知る事になる。

 

「そうか……ゲッコウが……」

 

 一通り話を聞くと、徹は神妙な顔で頷いた。千里の話を聞く限り、隆司は卍妖衆には勿体ない男だと思ったのだ。加えて以前彼が渡したと言う自作の傷薬の効能も確かだった。それもあり彼には興味があったので、もし直接話せる機会があるなら話したいとすら思っていた。

 

 だがそれ以上に思うのは、卍妖衆の非道さに対する憤りであった。仲間であった筈のゲッコウを切り捨てるなど…………

 

「秘宝は回収できたけど、俺はあいつを助けられなかった。あいつは確かに敵だったけど、でも……」

「あまり気負うな。お前の所為じゃないんだ。あまり気負い過ぎると、引き摺られる事になる」

 

 徹の言いたい事は理解できるつもりだ。あれから千里は自分の無力さばかりを考えてしまい、唯を前にしても気分が晴れる事は無かった。その事で彼女も苦しい思いをしているのは知っている。彼女には申し訳なく思ってしまうが、割り切る事は千里には難しい事だった。

 

 この状況を何時までも続ける訳にはいかない。だが目の前でゲッコウが海に落ちた瞬間と、その時に感じた悲しみを忘れる訳にもいかない。己の無力さが許せない今の千里が道を切り開く為には、強くなってこの思いを払拭する必要があった。

 

「父さん! 俺、今よりももっと強くなりたい! もう誰も目の前で失う事が無いように……」

 

 遮二無二強さを求める千里に、徹は一抹の不安を覚えずにはいられなかった。力を追い求める事は決して悪い事ばかりではないが、今の千里の在り方は少し危ないと感じずにはいられなかった。何せこの手の、己の弱さを払拭する為に力を求める者は次第に初心を忘れ目的と手段が入れ替わる事が多い。手塩に掛けて鍛えてきた千里でも、気付けば力に溺れてしまわないと言う保証は無かった。

 

 だから、今の千里を鍛える事に対して不安はある。だがそうもいっていられないのが現状であった。

 

「……近い内に4つ目の秘宝、『土豪の文鎮』の回収が行われる予定だ。恐らく卍妖衆は、戦力を集中させて来るだろう。それに備える。泣き言は聞かんが、ついてこれるか?」

「無論だ!」

 

 敢えて脅かす様な言い方をしてみせたが、徹の言葉に千里は即答で返してきた。息子の返答に徹も覚悟を決め、彼を鍛えることを決めた。彼が道を踏み外す事が無いように鍛え、もし踏み外すようであれば体を張ってでもそれを引き留める覚悟を…………

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 一方唯の方はと言うと、旅行から帰ってからと言うもの千里とどこかギクシャクした感じになってしまい何とも居心地の悪い日々が続いていた。まだ夏休み真っ最中で、本番はこれからだと言うのにである。

 

「はぁ~~~~……」

 

 夏休みの宿題を早々に終わらせてしまった唯は、やる事が無いので七篠庵で時間を潰していた。千里があんな状態なのに何処かに遊びに行く気にはとてもなれず、かと言って家で1人ぼんやりするのも嫌だった。気晴らしにでもなればとこうして七篠庵に足を運んだのだが、1人でここに来てもコーヒーを飲む以外に楽しめる事なんて無いので冷めたコーヒーを前に大きく溜め息を吐く以外に出来る事は無かった。

 

「はぁ~~~~……」

 

 もう何度目になるかも分からない大きな溜め息を吐く唯。それを見兼ねた……と言う様子ではないが、放っておけなかったのかビキニの水着とホットパンツ姿のジェーンが代わりのコーヒーを持ってやって来た。

 

「今日は何時にも増して不機嫌そうね~?」

「何時も不機嫌みたいな言い方止めてください」

「あら~、そう言う訳じゃなかったの~。でもそう聞こえちゃったならゴメンなさいね~」

 

 ブスッとした様子の唯に対し、ジェーンはコロコロと笑いながら冷めたコーヒーと温かいコーヒーを取り換える。湯気を立てるコーヒーを見て、唯は口を思わずへの字に曲げた。ここに来た時は千里の事ばかり考えて心此処に非ずと言った感じでホットのコーヒーを注文してしまったが、よくよく考えてみれば夏場にホットのコーヒーを頼むのはどうかしていた。こんな暑い日に熱いコーヒーなんて飲む気にはなれない。仮にも客商売をしているのなら、そこら辺に少しは気を遣ってほしかったものである。

 勿論ここでそんな事をこれ見よがしに指摘するのは、何と言うか嫌な客の様な気がするので仕方なく唯はカップを手に取温かいコーヒーを口に流し込むのだが。

 

「んく、んく……はぁ」

「良い飲みっぷりね~。でも今更だけど~、アイスコーヒーじゃなくて良かったの~?」

「それ、気付いてたなら先に言ってほしかったんですけど? って言うか今更ですけど、その格好は何ですか?」

 

 先も述べた通り、今のジェーンの格好はビキニの水着にホットパンツという、喫茶店の店主が装うにしては刺激的すぎる格好だ。正直、喫茶店よりもクラブやディスコに居る方がずっと雰囲気に馴染める。

 

 唯がジトッとした目でジェーンの事を見ていると、対するジェーンは全く気にした様子もなく変わらぬ笑みを浮かべていた。

 

「うふふ~、似合ってるでしょ~?」

「答えになってません。……まぁ、似合う似合わないで言えば似合ってると思いますけど」

 

 海都で出会った瑠璃とはまた違う方向性の美人のジェーンが、こういう格好をすると確かに似合う。仮に瑠璃がこの格好をしても似合うだろう。

 そして、本人に自覚はないかもしれないが、唯が着ても多分似合う。尤も唯本人は、こういう格好を自分からする事はまずないだろうが。

 

「折角の夏だし~、涼しい恰好をしたくなっちゃって~」

「そうですか……」

「それで~?」

「それで?」

「唯ちゃんは~、何かあったの~?」

 

 改めて何が原因で機嫌が悪かったのかと聞かれ、唯は思わず言葉に詰まる。何と説明すればいいのか分からないからだ。ジェーンは不思議な雰囲気の女性だが、忍者の事など知らない一般人である。そんな彼女に、世界の裏側の様な千里達忍びの戦いの事等を安易に聞かせる訳にはいかなかった。

 

 しかし、今のこの暗鬱な気持ちを吐き出したいのもまた事実。このまま1人で悩んでいても思考が迷路に入り込んだ今、答えが出るとは思えない。こんな状態では、千里と顔を合わせてもロクに会話など出来ないだろう。それに何より、唯が恐れているのはこのまま彼とギクシャクした関係が続き、なし崩し的に分かれる流れになってしまう事だ。折角旅行で関係が進展できたと思ったのに、ここから分かれる事になるなんて冗談じゃない。

 

 悩んだ唯は、取り合えず千里とギクシャクしてしまっている事だけを伝える事にした。

 

「実は、千里君と少し……距離が空いちゃって」

「喧嘩でもしたの~?」

「そうじゃないんです。ただ、彼の悩みと言うか、兎に角今の千里君に私は何の役にも立てなくて……」

 

 何度も考えた事だが、唯は何故自分に力が無いのかと嘆いた。自分は彼に守られるだけの存在で、ハッキリ言ってお荷物以外の何者でもない。そんな自分が不甲斐無くて、情けなくて、彼の力になれない事が悔しくて仕方なかった。

 

 話している内にその気持ちが溢れてきたのか、唯の目に涙が浮かび膝の上で握り締めた拳の上にポタポタと滴り落ちた。

 

「私……! 私、彼の隣に立つ資格、あるのかな……? 千里君、私の事、邪魔に思ってないかな? 私、それが怖くて……。このまま、彼と離れ離れになっちゃうんじゃないかって思うと……!?」

 

 ジェーンと唯の2人しかいない店内に、唯のすすり泣く声が響き渡る。一度零れ始めると、まるでダムが決壊したように後から後から涙が零れて止まらない。次第に唯の口からは言葉よりも嗚咽ばかりが出るようになり、気付けばただ泣くだけになってしまっていた。

 

 そんな彼女をジェーンは静かに見守っていた。何時の間にか唯の隣に腰掛け、普段の様子が嘘の様に真剣な表情で彼女の話を聞く。そして何を思ったのか、徐に彼女を抱き寄せるとその豊満な胸で彼女の頭を包む様に抱きしめた。

 

「よし……よし。辛かったのね~。私の胸で良ければ幾らでも貸してあげるから~、思いっきり泣いちゃいなさ~い」

「う、うぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

 普段の妖艶で怪しげな雰囲気など何処へ行ったのか、母性的な雰囲気で優しく包み込んでくれるジェーンに唯は甘えて彼女に抱き着き思いっきり泣いた。彼女の柔らかな胸に顔を埋め、頭と背中を優しく撫でられながら唯は幼い子供の様に泣き続けた。

 

 自分に縋って泣き続ける唯を、ジェーンは静かに受け止め続けるのだった。

 

 

 

 

 暫く泣き続け、漸く気持ちが落ち着いたのか唯は気恥ずかしそうにジェーンから離れた。気持ちが落ち着いてから考えると、何て情けない姿を見せてしまったのかと恥ずかしくなったのだ。

 

「う~、ゴメンなさい。私、迷惑掛けちゃって……」

「気にしないでいいのよ~。唯ちゃんはまだ子供なんだから~、甘えられる時は思いっ切り甘えなさ~い」

「そう言う訳には……でも、ありがとうございます」

 

 失礼かもしれないが、正直に言って今までのジェーンに対する評価は怪しい女性の一言であった。確かに恋愛相談に乗ってもらった事もあったが、だが普段から何を考えてるか分からない様子などもあって心を許そうと言う気になれなかった。

 が、今は少し違う。雰囲気は怪しいと言うか不思議だが、それでも頼れる大人の女性と言う評価に変わりつつあった。

 

 そんな唯からの評価を、当のジェーン本人は何処吹く風と言った様子で何時もの笑顔で受け止めていた。僅か数秒でここまでコロコロと雰囲気を変える彼女に、唯は一瞬本当に同じ女性なのかと思ってしまった。

 

(何か、本当に不思議な人だなぁ)

 

 しみじみとそんな事を思いながら、何時の間にか新しく淹れられていたコーヒーを一口飲む。対するジェーンは、落ち着きを取り戻した唯を目を細めて眺めていた。

 

「それはそうと~、唯ちゃんの悩みは晴れた~?」

「まだ、完全にとは、言えません。でも、くよくよしてても仕方ないって思えました」

「どうするの~?」

「取り合えず、千里君と話そうと。話して、支えて、彼の傍に居ようって……」

 

 その唯の答えに満足したのか、ジェーンはニコリと笑みを浮かべると彼女の頭を優しく撫でる。何だか子供扱いされたようで唇を尖らせる唯だったが、彼女と比べればまだまだ子供だと思い直し小さな溜め息と共にそれを受け止めた。

 

 それから程無くして、唯は店を後にした。席を立ち、代金を支払って店を出る。その際に唯は改めてジェーンに感謝した。彼女にこうして相談する事が出来なければ、1人でグルグル考えてばかりで前に進めなかったかもしれない。いや、進めないだけで済めば良い方だ。最悪千里と別れていた可能性も考えると、ここがあって本当に良かったと思えた。

 

「今日は、ありがとうございました」

「気にしないで~。どうしても気になるなら~、また千里君や椿ちゃん達も呼んでちょうだ~い」

「はい」

 

 来た時と変わって晴れやかな気持ちで唯は店を出た。そしてそのまま帰路に就き、まだ日が高い街を夏の強い日差しに汗を浮かべながら歩いていく。

 

 そんな彼女を、建物の上から静かに見つめる者がいた。椿……そして人志の2人である。

 

 上から唯を見下ろしていた隣に立つ人志の方に視線を向けると、無言で顎を唯の方に向けしゃくった。偉そうな彼女の態度に、人志は気に入らないと言いたげに一つ鼻を鳴らすと妖蟲変化でヤンマクセジとなり上空から彼女に襲い掛かる。

 

 夏は虫が活発に動く季節故、虫の羽音自体は決して珍しい事では無い。だから自分の頭上から羽音が聞こえてきた時は、唯も最初夏だな~程度の事を考えていた。が、その音が嫌に大きくまた近付いてきている事に気付くと、流石に違和感を感じたのか立ち止まって視線を上に向ける。

 そこで彼女が目にしたのは、自分に一直線に向かってくる蜻蛉人間の姿。その光景に唯の顔が引き攣った。

 

「ヒッ!?」

「もらった!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 唯が足を止めたのを見て、ヤンマクセジはこれ幸いとそのまま彼女を抱きしめるように捕まえると今度は一気に上昇して彼女を連れ去った。

 見る見るうちに遠くなっていく地上の様子に、唯は自分の迂闊さを盛大に呪った。そもそもの話、彼女が千里と行動を共にするようになったのは、忍びの事を知る彼女に卍妖衆が目を付ける可能性を考慮しての事だ。最近は秘宝の事とかあって唯の事が二の次にされてきた感じもあったが、卍妖衆にとって唯はある意味格好の獲物に変わりはない。

 

 特に今、千里は秘宝を1人で3つ管理している。それは言葉を変えれば、これまでに卍妖衆が回収し損ねた秘宝も、彼1人を攻略してしまえば容易く一気に手に入ると言う事を意味していた。そしてその為に一番簡単なのが、千里にとってアキレス腱となる唯に手を出す事。

 

 このままでは自分が千里の荷物となってしまう。それを嫌った唯は、このまま何もせずに人質となるくらいならと暴れてヤンマクセジに抵抗した。

 

「イヤッ!? この、離してッ!?」

「ちょ、おい! 暴れるなってッ!?」

 

 いきなり腕の中で暴れ出した唯に、ヤンマクセジも慌てた。ここは空中という不安定な場所。ここでバランスを崩す事は文字通り命に係わる。そうでなくても、今の彼の役目は唯を生きたまま連れ去る事なのだ。もしここで暴れる彼女を手を滑らせて落としたりしようものなら…………

 

「「あ…………」」

 

 そんな事を考えていたら最悪の事態が現実のものとなった。暴れる唯の肘がヤンマクセジの顔に直撃し、思わず怯んだ際に唯を捕まえる腕の力が緩んだ。その瞬間重力に引かれて彼女の体がずるりとヤンマクセジの腕から滑り落ち、眼下の街へと向け落ちていく。

 

 空中で自由になった瞬間、唯は一瞬周囲の全ての事象がスローモーションに見えた。離れていくヤンマクセジが慌てて手を伸ばしてくるのも、下から生えるように伸びていく建物の様子も、全てがゆっくりに見えた。

 

 だがそれは本当に一瞬の事で、次の瞬間には本来の速度に戻り猛烈な風と共に自分の体が落下していく感覚に胃袋が縮むのを感じた。腹の中身が浮き上がる様な感触に、本能的な嫌悪と恐怖にヤンマクセジに捕まった時とは別の種類の悲鳴を上げた。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「クソッ!?」

 

 悲鳴を上げて落下していく唯を、ヤンマクセジは慌てて降下し捕まえようとする。唯に関しては、”オボロ直々に”必要以上に傷付けるなと言われているのだ。落として死なせてしまった等となったら最後、今度は彼の方が殺されてしまう。

 

 落ちていく唯に手を伸ばし捕まえようとするヤンマクセジ。しかしその手を、突如投擲された苦無により弾かれる。

 

「ッ!? 誰だッ!」

 

 何者の妨害だと弾かれた手を押さえながら周囲を見渡した時、突風が吹いたかと思ったら落下しつつあった唯が何者かにより受け止められた。唯を受け止めた者はそのまま近くの建物の壁に向け放物線を描く様に飛んでいき、その勢いのまま壁に張り付いた。飛んでいく勢いに反して静かに壁に張り付いたその者の姿に、ヤンマクセジも思わず声を上げる。

 

「コガラシッ!?」

「……えッ!」

 

 振り回されるように目まぐるしく変化する状況に堪らず目を瞑っていた唯は、ヤンマクセジの声で漸く自分が誰かに抱きかかえられるように受け止められている事に気付き、その相手がコガラシである事を知った。

 目を開けば何時もの装束に身を包んだコガラシが空中のヤンマクセジを睨んでいる。そんな彼の姿に、唯は気付けば安堵しほぅっと息を吐き彼の胸板に身を委ねていた。

 

「千里……君」

「ゴメン……本当に、ゴメン。唯ちゃんに怖い思いをさせちゃって。君を守るって言ったのに……」

「守ってくれたじゃない。私はこうして、生きてる。千里君が来てくれなかったら、ただじゃ済まなかったもん。だから、ありがとう。仮面ライダーコガラシ」

 

 そう言って唯はコガラシの体にギュッと抱き着く。抱き着いて来た彼女とその言葉に、コガラシは彼女を支える腕に静かに力を込めた。

 

 静かにヤンマクセジを睨んでいたコガラシだったが、内心では今にも心臓が張り裂けそうなほど焦りで高鳴っていた。こうして彼女の危機に駆け付ける事が出来たのは、彼にとって望外の幸運という他無い。修行の為精神集中していた時、ふと風に耳を傾けてみれば唯の悲鳴が聞こえてきたのだから驚いたとかそんなレベルではない。

 ヤンマクセジに追われるように地面に向けて落下している唯の姿を見た時は本気で焦った。焦りのあまり、今こうして唯を抱きしめながら壁に張り付くまで自分が何をどうやったのかも覚えていない位だ。

 

 もう暫く唯と温もりを共有したいところだったが、こんな所でそんな事をする訳にもいかないのでコガラシは壁を離れて地面に降り立った。風をクッションに、ふわりと地面に降り立った彼は唯を優しく下ろした。

 

「もう大丈夫。危ないから離れてて」

「うん。千里君、頑張って」

 

 唯からの激励を背に受けながら、コガラシは降りてくるヤンマクセジと対峙した。対するヤンマクセジは、唯を死なせてオボロから殺される可能性が無くなった事に安堵しつつ、コガラシと対峙する事になってしまった事に呻き声を上げた。

 

「コガラシ……感謝すればいいのか嘆けばいいのか分からないな」

「感謝なんて必要無いから、勝手に嘆いてろよ。大方唯ちゃんを人質に俺が持つ秘宝を奪い取ろうってんだろ。相変わらずだな、お前ら卍妖衆は」

「何とでも言えばいいさ。全てはオボロ様の望むままに……」

 

 取り付く島もないと言った感じだ。連中を突き動かしているのはオボロへの忠誠心。

 

 だがコガラシは、ヤンマクセジの佇まいに違和感の様な物を感じていた。純粋な忠誠心と言うには、何か引っ掛かりを覚える。

 

(何だろう、コイツ……何か……)

「僕を前に考え事かいッ!」

 

 ヤンマクセジの佇まいに何処か違和感を感じて観察していたコガラシだったが、相手は何時までも彼に考える時間を与えてはくれなかった。翅を高速で動かし、超高速飛翔の準備を整え一気に加速する。

 目にも留まらぬ速さで接近してくるヤンマクセジだったが、目には見えなくともコガラシにはその動きが手に取るように分かる。極限まで精神を研ぎ澄ませたコガラシの耳は、風の中を突き進んでくるヤンマクセジの姿を鮮明に捉え彼に教えてくれていた。

 

 そして、ヤンマクセジに気を取られている間に背後を襲おうとしているだろうもう1人の忍びの姿も…………

 

「執筆忍法、空蝉の術ッ!」

【忍法、空蝉の術ッ! 速筆ッ!】

 

 コガラシは空蝉の術でヤンマクセジの攻撃をやり過ごし、次に姿を現した彼は轟雷をヤンマクセジと隠れ潜んでいる”その者”に向けて撃つ。攻撃を躱され隙を晒したヤンマクセジはコガラシの一撃にバランスを崩して地面に落下し勢いのまま地面を転がり、隠れていたフブキは潜伏がバレた事に姿を晒しながら彼の銃撃を回避した。

 

「ぐはぁっ!?」

「くっ!?」

 

 地面を転がったヤンマクセジは壁に激突し、フブキはコガラシの前に姿を晒すと氷鱗を構えた。眼前に現れた2人の強敵を前に、コガラシは怯む事無く不動の構えを見せた。

 

「お前らのやりそうな事だよな。仲間をダシに人の後ろを突こうだなんて。…………何で隆司を?」

 

 卍妖衆が外道の集団だとは理解している。だがそれでも、問い質さずにはいられなかった。何故彼らは仲間である筈のゲッコウを、隆司を始末しに掛かったのか。彼ら彼女らに本当に仲間意識は存在しないのか、コガラシは確認したかった。

 

 それは或いは、期待を込めた問い掛けだったのかもしれない。彼らにも一応は仲間意識はあり、隆司を手に掛けた事に対して思うところはあると。

 

 しかし…………

 

「オボロ様の命令だったからよ。それ以上でも以下でもないわ」

「仲間じゃないのか?」

「仲間でも、よ。オボロ様の命令は絶対。それに……私には、必要な事だったから」

 

 隆司を討った事は、フブキに……椿にとって必要な事だった。それは彼女にとって弱い自分との決別の為の儀式。自分の中に生まれた恋心を自らの手で絶つ事で、直向きに力を求める修羅となるのだ。

 

 生憎と最後の部分はコガラシには聞き取れなかった。この部分が彼の耳に入っていれば、或いは与える印象もまた違ったものになっていたかもしれない。

 が、そんな”たられば”に意味はない。この瞬間コガラシの中で、卍妖衆派決して分かり合えない外道の集団として完全に確定した。

 

「お前達は……倒すッ!」

「それはこちらのセリフ。コガラシ……覚悟ッ!」

 

 轟雷を構えたコガラシと、氷鱗を構えたフブキが共に相手に突撃する。互いに得物を振り上げ、相手に向けて振り下ろそうとした。

 

 その横から、復帰したヤンマクセジがコガラシの不意を突こうと高速で接近してきた。

 

「僕を忘れてもらってはッ!」

 

 既に翅を高速で振るわせる超高速状態となっていたヤンマクセジは文字通り目にも留まらぬ速度でコガラシに横から襲い掛かる。物陰からその様子を見ていた唯は、彼の身に迫る危機に声を上げそうになる。

 

「せん――――」

 

 だが彼女の感じた危機感は杞憂に終わる。次の瞬間、雷光と共にイカズチがヤンマクセジに飛び蹴りを喰らわせ吹き飛ばした。

 

「そこだッ!」

「ぐぁっ!?」

 

 ヤンマクセジを蹴り飛ばしたイカズチは、その勢いのままフブキに渦雷で斬りかかる。空中で体を捻り回転の力を利用しての斬撃は受け止めるのが難しかったのか、フブキはイカズチの一撃を受けて数歩分後退させられた。

 

「くぅッ!? 邪魔をッ!」

「コイツか? 前にコガラシが言ってた卍妖衆の新しいくノ一ってのは?」

「あぁ。気を付けろ、コイツ相当強いぞ」

 

 その強さ、そして動きにコガラシは既視感を何度か感じる事があった。が、それについては敢えて口にしなかった。

 

(そんな筈はない。そんな筈は……)

 

 それは明確な迷い。卍妖衆に対しては強い敵対心を露にしながらも、コガラシはフブキに対してある一つの疑念を払拭する事が出来ずにいた。

 をれを否定する為、彼は敢えてフブキとの戦いをイカズチに押し付けた。

 

「フブキは任せていいか? 俺はヤンマクセジの方を」

「任せろ。俺もあのくノ一には興味がある」

 

 話は纏まった。コガラシとイカズチが武器を構えると、フブキとヤンマクセジも迎え撃つべく身構える。

 

 万閃衆と卍妖衆、それぞれの忍びの戦いが始まるのに合図など必要無かった。示し合わせた様に両者は同時に動き出し、コガラシはヤンマクセジに、イカズチはフブキに攻撃を仕掛けた。

 

「おぉぉッ!」

「何のッ!」

 

「ハッ!」

「シッ!」

 

 コガラシが振り下ろした轟雷がヤンマクセジの爪に防がれ、高速で距離を取ったヤンマクセジは瞬きの間に再接近。攻撃を放った直後で隙だらけのコガラシの脇腹を蹴り飛ばそうと足に力を籠める。

 が、コガラシはその攻撃に対応してみせた。完全に失われていなかった最初の攻撃の勢いを利用して跳び上がると、ヤンマクセジの蹴りを回避し更にそのまま回し蹴りを放って逆にヤンマクセジを蹴り飛ばした。

 

「ハァッ!」

「なっ、ガハッ!?」

 

 予想外の対応にヤンマクセジは反応が間に合わず、コガラシの蹴りを喰らって地面に叩き落された。

 

 地面に叩き付けられた痛みに喘ぎながら、ヤンマクセジは戦慄した。コガラシが明らかに強くなっている。以前はカウンター技以外での反撃など殆ど喰らわなかったのに、今は動きを完全に読まれ完璧な反撃を喰らわされた。

 嫌でも理解させられる。最早コガラシの力は、力があるクセジ程度で相手に出来るレベルでは無いのだ。そうでなくてもコガラシとヤンマクセジは相性が悪い。どれだけ高速だろうと、風を乱さず動く事等出来ないのだ。

 

「それでも……それでも、僕は……?」

 

 唐突にヤンマクセジは自分が分からなくなった。そもそも何故自分は卍妖衆の一員として戦うのか? オボロに忠誠を誓った切っ掛けは? 自分を突き動かすものは何なのか?

 

 それまで自分を支えてきたものが一瞬で崩れ去り、ヤンマクセジは震える自分の手を見た。何かを恐れているようなその姿に、コガラシは彼に対して感じていた疑問が確信に変わったのを感じた。

 

「やっぱりそうだ。先輩も卍妖衆の被害者なんだ」

 

 どのような術を使ったのかは分からないが、人志は操られている。それを理解したコガラシは、彼を助ける意味でもここで決着をつけるべく轟雷を手放すと晴嵐の筆を手に取り暁の硯で墨を付け、広げた深緑の画仙紙に文字を書いた。

 

「書かせてもらうぜ、俺の勝利をッ! 執筆忍法、疾風激烈脚ッ!」

【必殺忍法、疾風激烈脚ッ! 速筆ッ!】

「う、うぅ…………はっ!?」

 

 一瞬で発動したコガラシの疾風激烈脚。竜巻を纏いながら放たれた飛び蹴りは、ヤンマクセジが気付いた時には眼前まで迫っていた。

 

 最早避ける間もなく、コガラシの必殺技がヤンマクセジを捉えて竜巻が抉りながらヤンマクセジを蹴り飛ばした。

 

「ハァァァァァァァァッ!!」

「ぐあぁぁぁぁぁぁっ?!」

 

 ヤンマクセジが大きく蹴り飛ばされる。ただでさえ強力な一撃が、秘宝の力で強化されそのダメージに彼の体は耐えきれなくなる。

 

 そのまま空中でヤンマクセジの体は吹き飛び、大きな爆炎が彼の体を包み込む。コガラシはそれを確認すると即座にその爆炎の中へと飛び込み、中から元の姿に戻った人志を抱えて飛び出した。

 

 コガラシが地面に降り立った時、彼の腕の中には傷付き意識を失った人志の姿があった。まだ彼に息がある事に安堵の息を吐きながら、コガラシは己の勝利を噛みしめるように晴れていく頭上の爆炎を見上げたのだった。




と言う訳で第42話でした。

ジェーンはこういう所を見てれば、ちょっと雰囲気が不思議なだけの面倒見のいいお姉さん。でも所々で見せる不穏と言うか不気味な様子が、読者の皆さんに安心させないと言うミステリアスなキャラとして描いています。それでも彼女のお陰で悩みが晴れたりしているので、登場人物たちにとっては明らかなプラスの存在ですけどね。

思えば随分長く続いたヤンマクセジの出番も今回でお終いです。やっとこさ彼との決着がつきました。劇中でも語られている様に、人志も卍妖衆、オボロの被害者でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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