イカズチとフブキ、2人の忍びの戦いは壮絶を極めた。
「オォォォッ!」
「くっ! ハァァッ!」
雷を操る忍びであるイカズチの一撃は、攻撃に電撃を乗せ振るわれる度に周囲に放電が放たれる。渦雷の一撃も見た目以上に攻撃範囲が広く、フブキは紙一重での回避や防御を封じられ苦戦を強いられる。
だがフブキの方も決して負けてはいない。イカズチの様な派手さは無いが、フブキの氷や冷気を操る攻撃は音も無く忍び寄る恐ろしさがあった。
雪を撒き散らしながら氷鱗を振るうフブキ。舞うようなその動きは舞い散る雪により鮮明に捉えるのが難しく、空中に舞う雪の結晶により光が反射され距離感を見誤らせる。それでもイカズチは惑わされる事無くそれどころか渦雷を振るう衝撃でフブキが撒き散らした雪を吹き飛ばし、光の反射による目くらましを物ともせず攻撃を続けた。
が、戦いが長引くにつれてイカズチは違和感を感じ始めた。段々とだが、フブキの動きが早くなってきている。次第にイカズチの反応が遅れ、攻めていた筈が気付けば防戦になりつつあったのだ。
「はぁ、はぁ……何だ? アイツ何をした?」
「フフフッ……」
流石に違和感を見過ごせなくなり、イカズチは一度攻撃を止めフブキから距離を取った。一方のフブキはイカズチの様子から
(イカズチ……総本山から特命を受ける程の忍びではあっても、私の敵ではない)
フブキは既に勝利を確信していた。今彼女が掛けた術は、一度嵌ると抜け出すのが難しい。そして同時に気付く事も難しかった。まるで病魔の様に、ゆっくりゆっくりと彼の身を蝕み、気付いた時には手遅れとなっている。
これはそう言う術なのだ。このまま攻撃を続けて、イカズチを仕留め己の力を証明する。
そう考えを巡らせていた時、2人の間に無数の火球が飛んできた。ヤンマクセジを下したコガラシがイカズチの援護にやって来たのだ。
「イカズチ、大丈夫かッ!」
「コガラシ、終わったか?」
「あぁッ!」
気絶した人志は縄で縛った上で離れた所に寝かせた。暫くは目覚めないだろうが、起きた時に暴れられたら困るので唯は近付けていない。
フブキは天秤が相手側に傾いた事を察し、仮面の奥で顔を顰めた。
「あのクセジ、負けたのか? チッ、所詮はクセジか。対して役にも立たない」
コガラシ相手に敗北した人志をフブキは失望したと言う様に罵倒した。するとそれを耳にしたコガラシは素早く手裏剣を投擲した。速度重視でこれと言った小細工も無しに投擲された手裏剣は、見切るのが難しくても防ぐのは難しい事では無い。事実フブキは飛んできた手裏剣を氷鱗であっさりと弾いてしまった。
容易く手裏剣を防いで鼻で笑うフブキだったが、そんな彼女にコガラシの異様に冷めた声が投げかけられた。
「戦った仲間の労を、少しは労ってやれよ」
コガラシは許せなかった。仲間である筈の隆司を切り捨てた事も、今まで健闘してきたヤンマクセジこと人志を一度の敗北で罵る事も。共に戦う仲間を軽視する卍妖衆のやり方は、何もかもが彼には許せなかった。
例え敵相手であっても仲間と言う存在を大事にするコガラシのその考えを、しかしフブキは鼻で笑って馬鹿にした。
「フンッ、何を甘い事を。役に立たない、敗北する奴に意味はない。敵を打倒し、目的を達せなければ価値などないッ! お前もそうでしょうッ!」
「お前らと一緒にするなッ!」
【忍法、風遁の術ッ! 速筆ッ!】
激昂と共にコガラシの風遁の術がフブキに襲い掛かる。強烈な竜巻がフブキの体を抉ろうと迫るが、彼女はその身を雪の結晶に変えてその場から姿を消してしまった。
雪で目くらましをし、フブキはその場から撤退した。流石に今のコガラシとイカズチを同時に相手にするのは厳しい物がある。ヤンマクセジも敗北したし、ここは一度退いて体勢を立て直すのが最善と撤退を選択する。
攻撃が不発に終わったコガラシは、精神を集中させて周囲にフブキや他の卍妖衆が潜んでいない事を確かめると息を吐いて肩から力を抜き変身を解いた。
「はぁ~……」
「お疲れ、南城」
「あぁ、山崎もな」
コガラシに続きイカズチも変身を解き、互いに素顔で相手を労う。今回の戦い、敵を退けられた千里達の勝利である事は間違いないのだが、しかし千里本人の顔色は優れない。非情な卍妖衆の在り方をまざまざと確認させられ、色々と思うところがあるのだろう。
そんな彼の心情を察し、学は彼の肩に手を置いた。
「あまり気負い過ぎるな」
「え?」
「分かってた事だ。連中が外道の集まりだって事は。お前は何も間違ってないよ」
「……ありがとう」
学なりの励ましに、千里は感謝を述べると唯の安全の確認と人志の状態を確認する為その場から離れた。残されたのは学ぶただ1人。
その学は、フブキとの戦いの痕跡を見ながらある事を考えていた。
(しかし、あのフブキの戦い方……あれは、まさか……?)
氷属性の忍術を駆使し、投擲武器を近接攻撃に用いるその戦闘スタイル。それに該当するくノ一には彼も思い当たる人物がいた。見覚えのある戦い方をするくノ一の正体に思い当たる節のある学は、既にフブキと数度戦った事のある千里に確認の為問い掛けた。
「なぁ、南城?」
「ん?」
「お前、あのフブキって忍びと何度か戦った事あるんだよな?」
「あるよ。正直、画仙紙の力もあってやっと渡り合えるようになったって感じ」
正直、情けないとは千里自身思う。完全に己の力のみで戦えている訳ではない事に不甲斐なさを感じずにはいられないが、意固地になって負けては意味がないのでその口惜しさをバネに千里は修行に励んでいた。
そんな彼に学は気になっていた事を訊ねた。
「なら聞きたいんだけど、あのフブキの戦い方に覚えはないか?」
「……覚え?」
「あぁ。俺はあの戦い方に身に覚えがある。実はお前も気付いてるんじゃないのか?」
「何に? ハッキリ言えよ」
段々と千里の言葉に棘が混じり始めた。見たくない現実を突き付けられているような感覚に、苛立ちを抑えきれなくなっているのだ。
学は彼の苛立ちを感じていたが、しかし見過ごすわけにはいかないので千里の不興を買う事を覚悟して思い切って思っていた事を口にした。
「あのフブキってくノ一の戦い方……長谷部さんの戦い方に似てないか?」
「…………」
学の言葉に千里は沈黙で返した。それは彼の言葉に内心で同意している事を何よりも表していた。本当は千里自身、フブキの戦い方がツララとよく似ている事を感じていたのだ。何より今この場に椿が居ない。生粋の万閃衆の忍びである彼女なら、こんなに派手に卍妖衆が暴れていれば呼ばれなくてもすっ飛んで来る筈なのにである。
その理由が、フブキが椿であると言うのであれば説明もつく。学はそう千里に告げていた。
「南城、お前はどう思う?」
改めて千里に問い掛ける学。問い掛けてはいるが、彼の中では答えは固まっていた。フブキの正体は椿だ。間違いない。
それに対して、千里の答えは…………
「…………あり得ないよ。絶対に」
千里は学に否と答えた。あの椿である。万閃衆である事を誇りに思い、楓からの教えを胸に生きる少女だ。そんな彼女が、心酔していると言っても過言ではない楓に背くような事をする訳がないではないか。それが千里の言い分であった。
それはある意味で願望でもあった。椿は千里にとって、憧れの的でもあるのだ。自分より優れた術の冴え、積み重ねられた経験、その身に宿した楓からの教えに生まれ持った才能。その全てに対し千里は嫉妬を覚える程憧れていた。
そんな椿が卍妖衆に寝返るなど、ある筈がない…………あってはならない。
これ以上この話題を続けたくないと、千里は待たせている唯と気絶した人志の様子を見る為その場を後にした。
「ヤンマクセジ、捕まえたから。後で色々と聞いてみよう。もしかしたらフブキの正体も知ってるかも」
足早にその場を離れる千里の背中を学は見送った。それはまるで我儘な子供を仕方がない奴と見ているような視線でもあった。教え子を見守る教師の様な目と言っても良い。
千里を見送った学は、天を仰ぎ見て大きく溜め息を吐いた。
「はぁ…………若いねぇ、皆」
まるで老人の様な言葉をしみじみと口にした学は、気を取り直すと千里の後を追って彼が倒したヤンマクセジの元へと向かうのだった。
***
千里によるヤンマクセジの討伐と人志の捕縛は大きな手柄であった。何しろ人志は乱心の術で心を狂わされる事無くオボロに従っていた、自我を持った卍妖衆の一因なのである。そんな彼に直接話を聞けることは、即ち卍妖衆の内情を聞き出す絶好の機会と言えた。
「卍妖衆の連中、騒ぎを起こすのは基本的に乱心の術で狂ったり唆して暴れさせたクセジだからな。正気を保ったまま話を聞けるのは大きいぞ」
「一応生身の人間の下忍も居るには居るが、連中倒れた下忍は必ず回収していくでござるからな。そうでなくても影忍で戦力嵩増ししてる場合が多いでござるし」
「あぁ。だからアイツからは何が何でも話を聞きださないと」
「それってもしかして……ご、拷問するって事?」
「そこまでは流石に……なぁ?」
「「…………」」
「何か言ってよ、怖いから」
翌日、千里を始めとした唯・学・椿らは揃って南城邸に集まっていた。学と椿は捕えた人志に行われる尋問の護衛の為。唯は卍妖衆から守る為だ。先日の事もあって、俄然彼女は1人にすべきではないと言う結論に至った。本音を言えば彼女は常に千里と一緒に居て欲しいのだが、流石にそう言う訳にはいかないので送り迎えを千里に毎度やってもらい、2人が一緒に居る時間を少しでも増やそうとしていた。この習慣はきっと学校が始まってからも続くだろう。その事に唯は場違いな嬉しさ半分、忙しない日々が何時まで続くのかと溜め息を吐いた。
「はぁ~……何時まで卍妖衆に狙われるんだろう、私?」
「そりゃ勿論、万閃衆と卍妖衆の戦いに決着がつくまででござろうな」
何気なく唯がつぶやいた言葉に椿が返す。その答えに唯は思わずうぇぇと呻いた。それはつまり下手をすると高校を卒業して大学に入ってからも連中に狙われ続けると言う事を意味しているからだ。自分に安息の時は訪れないのかと思うと、人生お先真っ暗と言う言葉が浮かんでしまうのも仕方がない。
「私、ただの女子高生なのに何でこんな事に……」
「ま、そう悲観する必要は無いでござろう。そう遠くない内に決着がつくでござるよ」
「そうだよ唯ちゃん。俺が卍妖衆なんて叩きのめしてやるから」
「出来ない事は言うものではないでござるよ千里殿」
「し、辛辣~……」
等と千里達が戯れていると、彼らが控えている客間に徹がやって来た。心なしかその表情は何処か疲れた様子で、徹の口からは思い溜め息が零れた。
それだけで人志への尋問は一筋縄ではいかなかったことが予想出来てしまい、千里は不安になって何があったのかを訊ねた。
「父さん、どうだった?」
「ん? うむ……端的に言うと、彼もまた被害者だな」
何とも意味深ながらはっきりしない徹の答えに、しかし学は何かを察した様子で眉間に皺を寄せた。
「と言うと?」
「どうやら彼は、強い洗脳を受けていたらしい。千里に敗北した事でその洗脳自体は解けたようだが、反動で今の彼はまるで廃人の様な有様だよ。まるで抜け殻だな。受け答えすら出来やしない」
徹の口から出た卍妖衆の非道な手段に、千里が苦虫を嚙みつぶしたような顔になる。何度か戦ったり話した時の様子から乱心の術を受けている訳ではないと思っていたが、それ以上にひどい目に遭っていたとは思わなかった。千里としては何らかの利害の一致などで言う事を聞いていると思っていたのだ。それがまさか洗脳により思考と思想を歪められていたとは。
何よりも千里が許せないのは、人志を止める為にヤンマクセジを倒したのにそれが引き金となった様に洗脳が解けその反動で人志が廃人同然となってしまった事だった。千里としては人を殺めるつもりは無かったのに、それに半分加担させられたも同然なのだ。卍妖衆は勿論、人志を完全に止めて助ける事が出来なかった自分自身に対して憤りを抑えきれない。
1人力の無さに嘆いている千里だったが、そんな彼の様子に気付いた唯が彼の手にそっと自分の手を乗せる。唯が手を重ねてきた事に千里がハッとした様子で顔を上げると、唯は慈愛を感じさせる優しい目で彼の事を見ながらゆっくりと首を左右に振った。
「千里君の所為じゃないわ。千里君は先輩がこれ以上罪を犯さないよう止めてくれたの。だから自分を責めないで……ね?」
「唯ちゃん……ありがとう」
唯の励ましで元気づけられ、心を落ち着けた千里。その様子を椿は冷めた目で見つめ、対照的に徹と学は温かい目で見ていた。
「この夏で小鳥遊さんと随分仲が良くなったようだな?」
「んんっ! いや、うん……と、ところでさ? 先輩、直す事は出来ないのか? 忍術でそうなっちまったなら、忍術で何とか……」
「それが出来たら苦労はないでござろう? 忍術と言えど万能では――」
「……いや」
椿の言葉を遮り学が声を上げる。その声に千里達が会話を中断し視線を彼に向けると、彼は周りの様子を伺いながら言葉を続けた。
「万閃衆の総本山には、人を治す事に対してはプロフェッショナルな忍びが居た筈だ。ですよね、南城さん?」
「うむ。
「えっ! 万閃衆に禁術使える人が居るのッ?」
禁術と言えばマンダラの血遁にドクロの骨遁と、兎に角非道で危険な術という印象が強かった。だから万閃衆にそれが扱える忍びがいるとは思っていなかったのである。
確かに禁術は万閃衆で扱いが禁じられている。血遁にしても骨遁にしても、使用に際して自分・他人問わず代償を要する。その為危険性を鑑みて万閃衆では術自体を禁じられ、名前しか千里も知らなかったのだ。だから実際に万閃衆に術を習得している人が居ると言う話は千里にとって寝耳に水の話であった。
「正確には、禁術をベースにした治療用の術だな。何事にも使い方と言うのはある物でな。扱いを誤らなければ、どんな術にも使い様と言うものはある。それに禁術も誰かが習得しその技術を継承していかなければ、悪用する者が現れた時に対処する事が出来なくなる」
徹の説明に千里と唯はなるほどと頷いた。確かに、どんな危険な技術でも活かし方はある。それに禁術だって、正しく使えば誰かを救う為の薬となる。今回がそうだ。今まで漠然と禁術=悪というイメージを抱いていた千里だったが、徹の話を聞いてその認識を改めた。
「なるほどね……」
「それで、その人はこっちに来てくれるんですか?」
唯はそこが気になった。徹の話を聞く限り、その東雲と言う女性は万閃衆でも特に重要人物の1人。そんな人物が、守りの堅い総本山を出て何時卍妖衆の襲撃があるか分からないここに来るのは危険ではないかと思ったのだ。
その懸念は正しかったようで、唯の問いに対し徹はやや険しい顔で首を左右に振った。
「難しいな。東雲女史は万閃衆の最重要人物……卍妖衆の脅威がある今、安易に外部に出す事は出来ない」
「それじゃあ、先輩は万閃衆総本山に?」
「そうなる」
「では拙者らも護衛として向かわねばならぬでござるな」
椿が何気なく総本山に向かう方向で話を進め、それを耳にした学が鋭い視線を彼女に向けた。
「そうか? 護衛なら別に南城さんと下忍で十分だろ? 大人数でぞろぞろ総本山に向かえば、逆に卍妖衆にこちらの動きを知らせる事になる。判断としては、あまり褒められたものじゃないと思うが?」
学の反論に椿が薄っすらと目を開く。刺すような視線を受けて、彼も反撃する様に睨み返した。
何だか雰囲気が剣呑としてきたのを感じ、唯が固唾を飲んで2人を交互に見ていると千里が間に入り宥めに掛かった。
「止めようって、2人共。こんな事で喧嘩してる場合じゃないだろ?」
「南城……」
「長谷部さんの言い分も分かるけど、山崎の言うリスクも見過ごせない。そうだろ?」
冷静に2人の主張を分析し、どちらの言い分も間違ってはいないとフォロー。その言葉に2人は重い溜め息と共に揃って引き下がり、お互い視線を明後日の方に向けた。
その光景は徹から見て些か奇妙と言うか違和感を感じるものだったのか、目を瞬かせ首を傾げた。
「ん~? 千里、2人の間には何かあったのか? あまり仲が悪いと言う印象は無かったが……」
「……さぁね。それより父さん、実際の所どうなの?」
実際問題、東雲と言う女性がこちらに来れないのであれば人志は連れていくしかない。その場合当然誰かが護衛と搬送をしなければならないのだが…………
「うむ、それは私の方で手配しておく。彼の言う通り、あまり大人数では却って目立ってしまうからな。それに……千里達には他にやってもらいたい事がある」
そう言った直後、徹が気を引き締めたのか室内に緊張感が漂う。学と椿も喧嘩している場合ではないと悟ったのか、徹の言葉に耳を傾けた。
しかし徹は改まっているが、実のところ彼らには次に言われる言葉が予想出来ていた。捕縛された人志の処分も重要だが、それと同じくらい重要な事を今千里達は抱えていた。
「それってもしかして、最後の秘宝?」
「そうだ。四つ目の秘宝、『
遂にその名を明らかにした秘宝の名前を耳にし、千里が緊張から唾を飲む。椿と学も緊張を漂わせて徹の言葉を聞き、唯は彼らの放つ緊張感に中てられたのか気付けば身を縮こませていた。視線がひっきりなしに動き、千里を中心に徹や椿達の表情を伺っている。
「南城 徹殿。その秘宝は今、何処にあるので? 海都の時の様に、何処か遠くに隠されているのでござるか?」
そうであるとすれば、画仙紙を回収した時の様に遠出をする必要がある。確かに人志の搬送の護衛などをやっている場合ではない。
だが椿の予想は外れていた。徹は彼女に否と答え、そして彼らにとって予想外な内容を口にした。
「実はな……秘宝の文鎮は、少し面倒な事になっているんだ」
「面倒?」
「……数年前、まだ傘木社が健在だったころの事だ。市井に紛れて秘宝の文鎮を管理していた者が、ファッジに襲撃を受けた」
徹の話では、その時に秘宝は持ち去られ以来行方知れずだったらしい。当該のファッジは当時仮面ライダーデイナにより倒されたのでそれ以上の被害は発生していないそうだが、肝心の秘宝は闇ルートに売られ何処に行ったのかも分かっていないのだとか。
その後万閃衆は密かに秘宝の行方を捜し、闇オークションで売買されたと言う情報を最近になってようやく掴んだ。そこから探っていくと、どうやら秘宝の文鎮はある好事家に買い取られてしまったらしいのである。
こうなると彼の言う通り面倒な事になった。馬鹿正直に正面から返してくれと言う訳にもいかないし、買い取るにしても当時かなりの高額で競り落とされたらしいので資金を用意するのが難しい。それに何より、好事家本人は一般人な為安易に事情を明かす訳にはいかないのである。
「どうするの?」
「まぁ…………法に反する事になるが、盗むしかないだろうな」
やはり導き出される結論はそうなった。これには千里と山崎も頭を抱える。仕方がない事とは言え、悪事を為さねばならないと言うのは精神的に堪える。唯も当然黙ってはいなかった。
「ま、待ってくださいッ! それは流石に、マズいんじゃないですか? 何か別の方法が……」
「残念だがあまり悠長に構えてはいられない。こちらがこの情報を手に入れたと言う事は……」
「……卍妖衆もこの情報を掴んでる?」
「そう言う事だ。そして、我々と違って連中は悪事に対して躊躇が無い。ここまで言えば分かってもらえるかな?」
それはつまり、もう手段を選んでいる猶予はないと言う事。例え悪事と分かっていても、卍妖衆の手に渡って多くの人々に被害が出るくらいならば汚名を被る事になろうとも盗み出す。
徹の説明に唯もこれが仕方のない事だと言う事は理解できた。だがそれと千里が悪事に加担する事になってしまう事に対して、思う所が無いかという事は別問題だった。頭では理解できても、心は千里が悪事に加担する事に対して納得せず、痛む心に顔を歪めた。
そんな彼女に千里が優しく肩に手を置いた。
「大丈夫だよ、唯ちゃん」
「千里君?」
「闇ルートで流れた秘宝を闇オークションで買ったんだ。どうせその好事家、他にも何か悪いことしてるに違いない」
「そうだな。そいつの悪事を暴くついでにちょろまかしちまえば問題ないだろ」
「それは……!? もう」
仮に相手が悪事に手を染めていたとしても、だからと言ってこちらも悪事を働いて良いと言う道理にはならない。そう思いました唯だったが、しかしそれが彼らなりの気遣いである事には気付いていた。自分達が悪事に手を染める事に心を痛める彼女の気持ちを和らげようとしてくれたのだ。2人のそんな気遣いに、唯も肩の力を抜いて笑みを浮かべるだけの余裕が出来た。
何時の間にか千里と唯、そして学は雑談に興じていた。緊張感を維持するのにも疲れたのだろう。そして徹はそんな彼らを温かく見ている。特に穏やかな顔で唯と話す、我が子の姿を…………
その光り輝くような光景の影で、椿は千里と唯の事を静かに見ていた。
***
その後、千里達は当日の予定を話し合い解散となった。千里は唯を自宅へと送っていき、学と椿はそれぞれ別方向へと去っていく。
千里達と別れた椿は、周囲に人が居ない事を確認するとフブキに変身し、影に紛れてある場所へと向かった。その場所とは、卍妖衆が新たなアジトとしているビルの最上階。音も無く静かにその場所へと辿り着いた椿を迎えたのは、卍妖衆首魁のオボロに上忍のドクロ、そしてブローカーの3人だった。
オボロの前に立ったフブキは変身を解くと、その場で恭しく跪いた。
「お待たせしました」
「よい。それで、フブキよ? ヤンマを捕えた連中に何か動きは?」
「はっ。人志は総本山に連れて行き治療するようですが、それはホムラが担当するようです」
「ふむ……それは少し面倒ですね。彼が万閃衆で治療を受け、こちらの情報が流れるような事があれば……」
ドクロは人志が治療される事に懸念を示した。壊れた心が治療されてしまえば、卍妖衆の情報が万閃衆に知られてしまう危険がある。
しかしオボロはそのようには考えていなかった。
「よい、放っておけ」
「宜しいのですか? 必要であれば私の方で始末しておきますが?」
「構わぬ。どうせ大した情報など持ってはいない。それよりも気になるのは最後の秘宝の在り処だ」
オボロの要求に椿は自分が手に入れた好事家の存在を明らかにした。徹達は卍妖衆が彼ら同様情報収集をして秘宝の所在を掴んでいると警戒していたが、実はオボロ達はその所在を完全に明らかにしては居なかったのである。
椿から最後の秘宝の在り処を聞いたオボロは、満足そうに頷くとブローカーへと視線を向けた。
「ふむ……その好事家なら伝手があります。ご要望とあればその秘宝、こちらで回収しておきますが?」
「いや……お前に頼みたいのは別の事だ」
「と、申されますと?」
「その好事家に手を貸してやれ。万閃衆の情報を流し、”古巣”の力で助力するのだ。そしてノコノコ出てきた忍者コガラシを始末し、全ての秘宝を手に入れろ」
卍妖衆は途中まで自分達で全ての秘宝を手に入れようと考えていた。だが千里が秘宝を3つ管理する形となって事で、彼らは方針を変えた。自分達で手に入れるより、既に手に入れている千里から奪い取ってしまえばいい。だから彼らは、最後の秘宝の在り処を調べる事を止めていたのである。
「フブキよ」
「はッ」
「お前はコガラシを上手く誘導しろ。出来るな?」
「お望みのままに」
椿の返事にオボロは仮面の奥でほくそ笑んだ。多少の誤差はあれど、流れは確実に傾いていると感じた。
(仮にコガラシが4つの秘宝を手に入れてしまったとしても、それはそれで構うまい。どの道全ての秘宝はこちらの手に渡るのだから)
オボロは手の中に隠す様に持っていた1枚の写真を見た。以前人志が回収した、隠し撮りした唯の写真だ。
背中を曝け出した唯の写真に、オボロは頷きながら小さく呟いた。
「全ては私の物だ。最強の力を、必ず我が手に……」
その呟きは誰の耳に入る事も無く、空気に溶けるように消えていった。
と言う訳で第43話でした。
椿はフブキとしての顔と千里達の前に出られる椿としての顔を使い分けねばならないので結構大変。それでも学からは既にバリバリ疑われているので、取り繕うのも楽じゃないと言う。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。