仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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第四十四筆:不動の書き手

 作戦決行の日となった。場所は所謂高級住宅街であり、見渡せば大きな屋敷や立派な家が立ち並ぶ。そんな家々が立ち並ぶ街を出歩く人はただでさえ少ないと言うのに、今の時刻は深夜と言う事もあって周囲に人影は存在しない。誰もが寝静まっているか、家の中で夜と言う時間を楽しんでいる。

 

 そんな街の中を、千里と唯、椿、学の4人が息を潜めて目的の好事家の家へと向かっていた。

 

「う~……」

 

 街灯と家から零れ出る灯りを頼りに迷うことなく進む千里達であったが、唯は時折呻き声を上げていた。彼女は未だに今回の行動に関して、納得してはいないのである。これが必要な事と言う事を理解はしたが、それでも千里が悪事に手を染める事に対しては幾ら考えても納得が出来なかった。

 

 そんな彼女に椿がやれやれと言いたげに溜め息を吐いた。

 

「小鳥遊殿、まだ納得できていないのでござるか?」

「う゛~、だってぇ……」

 

 卍妖衆よりも先に秘宝を集める必要があって、その秘宝が非合法の手段で個人の手に渡っている。そして非合法の手段で手に入れた物を容易く手放す者は居ない。とくれば、必要とあれば盗むと言う選択肢を選ばなければならないのも已む無しと言うものであった。

 唯もそれは分かるのだ。道理は理解できる。が、しかし彼女の中の正義感が悪事を選択する事に対し拒否感を抱かせるのだ。こればっかりは仕方がない。

 

 千里も彼女の気持ちは分かるのか、唯と椿の2人を同時に宥めようとする。

 

「まぁまぁ。唯ちゃんの気持ちもわかるけど、今回ばかりはさ……」

「うん、分かってる……」

 

 千里にまで宥められては仕方がない。何より自分は半分部外者と言う事もあって、あまり駄々を捏ねる事はせず大人しく引き下がる。

 

 大人しくなった唯に椿もホッと小さく息を吐いた。表面上は千里達の味方をしている椿であるが、今の彼女は卍妖衆。オボロからの命令で千里を好事家の元へと誘導しなければならない。ここで唯に騒がれて気が変わるような事になられては困るのだ。

 

 唯が静まった頃を見計らい、周囲を警戒していた学が千里達に警告した。

 

「さて、そろそろ目的の好事家の家だ。こんな時間に俺らみたいな高校生が出歩くなんて、夏休みとは言え不自然だから警戒していこう」

「了解っと」

 

 学の言葉に頷いた直後、千里は前方の曲がり角から人が出てくる気配を察知し咄嗟に唯を抱きしめ電柱の影に隠れた。千里の動きに全てを察し、椿と学は忍術で姿を消す。

 

「ひゃっ! せ、千里くん?」

「シッ……」

 

 何事かと唯が問おうとするも、千里は彼女の口元に人差し指を当て口を噤ませる。そして聞き耳を立てて近付いて来た人の気配を探るが、運が悪い事に曲がり角から出てきた人は千里達が居る方に向け曲がって来た。

 舌打ちしながら千里が電柱の影から少しだけ顔を覗かせこちらにやってくる人を見ると、歩いているのは中年のスーツ姿の男性であった。酒を飲んで酔っ払っているのか、その足取りは何処かふら付いている。こんな場所にもああいう人が居るのかと思いながら、千里はどうするかと悩む。

 

 千里1人であれば忍術で姿を消す事も出来たが、唯が居るとそれも簡単ではない。かと言って彼女をこの場に残して1人姿を消す訳にもいかないし、どうしたものかと考えているともうあと数歩で男が千里達を見える場所まで来てしまう。

 

 こうなっては仕方ない。ベタかもしれないが、ここは”この手”で乗り切ろう。

 

「唯ちゃん、ゴメン」

「え? んむッ!」

 

 千里は徐に唯の口を自分の唇で塞いだ。その直後、酔った男性が2人の姿を見つける。

 

「うぃ~、ひっく。ん?」

 

「んふ……ん。んく、むぅ……んぁ……」

 

 酔った男が電柱の影に人の気配を感じて覗き込むと、そこでは唯を壁に押し付けるようにして千里が彼女と熱烈なキスをしている最中であった。最初は驚き目を白黒させていた唯だったが、千里が舌を絡めてくるとそっちに夢中になったのか彼の背に両手を回して体を密着させお互いに舌を絡め合う。興奮に息が荒くなり、塞がった口の中からは舌が絡み合い唾液が交換される音がピチャピチャと響く。

 

 恋人同士の熱いキスシーンに、酔った男は赤ら顔をニヤケさせ野次を飛ばしながらその場を離れた。

 

「お~お~、若いねぇ~お熱いねぇ~。ここに公園やホテルは無いよ~?」

 

 酔った男はそう言って笑いながらその場を離れた。どうやら上手く誤魔化せたらしい。酔った男は千里と唯がイチャついているだけという風にしか思っていなかった。

 

 そのまま男の気配が離れて行き、夜の街の中へと消えていくのを感じ取ると千里は安堵し唯から離れようとした。

 

(ふぅ~、誤魔化せた……)

 

 唇を離そうとした千里だったが、彼が離れようとすると唯は強く彼を抱きしめた。振り払えない程ではないが、離れる事を拒否され今度は千里の方が目を見開く。

 

(んぇっ!? 唯ちゃん?)

「ん……んん……」

 

 千里が唯の目を見ると、彼女の目には熱が籠っているのが分かった。どうやら酔った男を誤魔化す為とは言え舌まで絡めてしまった事で、唯の中でスイッチが入ってしまったらしい。

 

 熱っぽい唯の目は恐ろしい程色っぽく、元の唯の可愛さもあって千里ですらそのまま任務を忘れて唯とのキスに嵌ってしまいそうになった。

 しかしそれを何時までも見逃す椿と学では無かった。男が姿を消しても離れる様子が無い2人に、学は音もなく傍に近寄りこれ見よがしに大きく咳払いをした。

 

「オホンッ! あ~、2人共? 出来れば続きはこれが終わった後にしてくれないかな? 今なら千里の親父さんも居ない訳だし、家に帰ればいくらでも出来るだろ?」

 

 学の咳払いと続く言葉に我に返った唯は、弾かれるように千里から離れた。彼とのキスに夢中になって状況を忘れていた彼女は、自分が何をしていたのかを思い出し恥ずかしさのあまり顔が茹蛸の様に赤くなっていた。俯いた彼女の表情は伺えないが、肩を震わせている様子から目に涙を浮かべているだろう事が予想出来た。

 

「ご、ごめんなさいぃぃ……」

「ゴメン……誤魔化す為とは言え……」

 

 消え入りそうな声で謝罪する唯に、千里がバツが悪そうに頬をかきながら頭を下げた。しかし彼もまた頬を赤らめ、表情が少し緩んでいる辺り内心では満更でもなかったのかもしれない。

 

 2人がラブラブなのは知っていたが、こんな所で盛る事はないだろうと学は思わず溜め息を吐く。まぁ若いのは仕方がない。それに2人共本来はもっと理性的に動いてくれる。今回はちょっとした気の迷いの様なものと言う事で流してやろうと、学はもう一度溜め息を吐くと先へ進む事を促した。

 

「ま、いいけどさ。それより急ごう。目的の場所はもう直ぐだ」

 

 恥ずかしさと申し訳なさで委縮した2人を背を押す様に学が告げると、2人も気を取り直して進み始めた。椿は何も言わずその後に続く。

 

 そうして辿り着いた目的の好事家の屋敷。そこには立派な屋敷が建っており、深夜と言う事でほとんどの窓に明かりはない。が、全てではなく起きている人が居るのか弱いながらも灯りがカーテン越しに漏れている窓が幾つかあった。

 

 千里の屋敷とは違う洋風の屋敷を前に、彼らは改めて手順を再確認した。

 

「んで、ここまで来た訳だけれども……」

「あぁ。取り合えず小鳥遊さんはここに居てくれ。言いたかないけど、事潜入となれば君は足手纏いになる」

「分かってる。私がお荷物になるって事は、自分が一番理解してるわ」

 

 唯をこの場に連れてきたのは、単に千里達から離れている間に彼女が襲われる事を防ぐ為だ。卍妖衆は明らかに彼女を狙って行動している。彼女が千里と恋仲で、彼にとってのアキレス腱になると言う事を理解しているのだろう。

 

 しかし潜入となれば流石に唯には待っていてもらわなければならない。ここまで来てもらいはしたが、ここから先に唯についてこられると最悪潜入がバレる危険があった。

 とは言え流石に彼女を1人にしてはもしもと言う時に無防備な状態で襲われてしまう。それを防ぐ為、この場には1人が唯の護衛として待機する事になる。唯を守ると言うのであれば千里が適任なのだが、今回彼は潜入チームとして動いてもらわなければならない。彼の風を読む力は、こう言った潜入工作では無類の強さを発揮する。

 

 そうなると消去法で残り2人の内どちらかになる。話し合いの結果、この場に残って唯を守るのは椿と言う事で決まった。

 

「俺の雷遁は電子機器を狂わせたり警備を黙らせるのに使える。となると消去法でここに残るのは長谷部さんって事になるが……」

「仕方ないでござるな。小鳥遊殿のお守りは拙者に任せて、さっさと秘宝を回収するでござるよ」

「悪いね、長谷部さん。唯ちゃんの事、任せるよ?」

「心得た」

 

 これで憂いは無くなった。椿の実力は折り紙付きだ。きっと大丈夫と千里は安心して学と頷き合うと屋敷へと潜入する。

 

 変身してコガラシとなった千里が屋敷へと潜入する。まずは彼が中に入り、そして風を読み屋敷全体の人の動きを探る。と言っても風が届かない屋敷の中までは完全に把握しきれない。中の様子は中に入ってからでないと分かり辛いが、屋敷周辺の庭などに居る警備の動きは手に取るように分かった。

 暫し精神を集中させていたコガラシは、今なら潜入に最適と塀の上のイカズチに合図を送る。

 

「今だ、こっち」

 

 コガラシの合図にイカズチは静かに頷くと、音もなく塀の内側に降り立ち互いに顔を見合わせ頷き合うと静かに動き屋敷の中へと入っていく。

 

 当然入り口には鍵が掛けられていたが、彼ら忍びはこう言った潜入工作もお手の物。勿論鍵開けも得意であり、一瞬で鍵を開け2人は誰に気付かれる事も無く屋敷の中へと潜入できた。

 

「よし、ここまでは順調っと」

「寧ろここで躓くようなら、万閃衆中忍の名折れだぞ。それより、周囲の警戒頼む」

「はいよっと」

 

 中に入ればある程度内部の様子も分かりやすくなる。気付き辛い程の弱い風が屋敷内部を駆け抜け、その風がコガラシに内部の様子を教えてくれた。

 すると早々に彼は違和感を感じた。

 

「…………あん?」

「どうした?」

「この屋敷の主は大分警戒心が強いらしいな。完全に閉じられて風が物理的に届かない場所が幾つかある」

「秘宝はその中か?」

「……いや、多分秘宝はそこには無さそうだ。目的の文鎮っぽい物を見つけた。こっちだ」

 

 コガラシの先導でイカズチは屋敷の中を進む。

 道中は異様に静かだった。時刻は深夜なので殆ど物音がしないのは当然と言えば当然なのだが、何と言うか不気味な何かを感じずにはいられない。

 

 最大限に警戒しながら、コガラシは目的の秘宝がある部屋の前に辿り着く。相変わらず屋敷の中は静かで、住人は勿論この手の館には付き物の使用人の気配すらない。

 これは流石に何かある。扉に罠の類は見られないが、2人は最大限に警戒しながら部屋へと足を踏み入れた。

 

 部屋の中は様々な美術品などが展示された、所謂コレクションルームと言う奴らしい。何処かで見た事のある様な絵画や機能性を無視したような鎧、見ただけで分かる高級そうな食器や目を引く宝石などがガラスのケースに入れて保管されていた。

 

 2人は警戒しながら部屋の中を奥へと進む。コガラシの風読みによってこの部屋に罠の類が無い事は分かっているが、こんな部屋に警備の装置が無い事は逆に彼らの不安を掻き立てる。何より先程コガラシが違和感を感じた、外部との接触を断たれた密閉された部屋の存在が気になった。

 

 そうこうしていると、部屋の奥に目的の秘宝と思しき文鎮を見つけた。他の宝石や美術品の様にガラスケースの入れられたそれは、見た目は手のひらサイズの鎧のミニチュアの様な印象を受ける。

 

「(イカズチ……)」

「(あぁ)」

 

 ここでコガラシは改めて風読みを行った。離れているより、近くに居る方が分かる事もある。その結果、一見すると分かりにくいがガラスケースには警報装置が仕掛けられている事が分かった。ケースに手を触れるとけたたましい警報が鳴る仕組みだ。

 

 警報の存在が分かってしまえばこっちのもの。イカズチは忍筆を取り出すと、ケースの下の台座に文字を書いた。

 

「執筆忍法、雷遁の術」

【忍法、雷遁の術。達筆】

 

 イカズチが文字を書くと、それを中心に台座とケースに電流が流れる。照明の消えた薄暗い部屋の中で一瞬目が眩むほどの光を放ちながら迸った電流は、ケースに仕掛けられた警報装置とセンサーを纏めてショートさせ使い物にならなくさせた。

 これで秘宝はこちらの物。コガラシはガラスのケースを開けて秘宝の文鎮を手に取った。

 

 その瞬間、彼は違和感を感じた。

 

「ん? これは…………!?」

「どうした?」

「こいつは秘宝じゃない、偽物だッ!」

「何ッ?」

 

 見た目は確かに事前に知らされていた秘宝と全く同じ物だが、今までの秘宝の様に手にした瞬間流れ込んでくる力の様なものが感じられない。他の秘宝で感じて、これでだけ感じないなどどう考えてもおかしい。違和感を感じたコガラシが改めて風を読んで調べた結果、この文鎮はただ鉛を成型しただけの置物でしかない事が分かった。

 

 それが意味するのが何なのか、分からない2人ではない。

 

「ヤバい、コガラシッ!」

「分かってるッ!」

 

 2人は即座にその場を離れようとしたが、踵を返したその瞬間部屋の証明が付けられ眩い光に目が眩む。

 

「「ッ!?」」

 

 突然の光に警戒し2人が足を止めると、部屋に次々と卍妖衆の下忍が入り込んできた。

 周囲を下忍が取り囲み、2人が背中合わせになって構えていると最後に部屋に入って来たのはフブキとこの館の主である好事家の男であった。如何にも成金で肥え太った見た目の男は、片手に本物の秘宝と思しき文鎮を持ちもう片方の手で後ろ手に縛った唯を掴んでいる。

 

 唯がこの場に捕まった状態で連れられた事に、コガラシは一瞬冷静さを失い声を上げてしまった。

 

「唯ちゃんッ!?」

「ゴメン……捕まっちゃった」

「ツララはどうした? アイツ一緒だっただろ?」

「ドクロがいきなり襲い掛かってきて、長谷部さんは気絶させられちゃった……」

 

 唯の言葉にイカズチは違和感を感じた。如何に相手が上忍とは言え、あの長谷部が不意打ちで気絶させられるだろうか?

 それにこの布陣、明らかに今日彼らがここに来ることを分かっていたとしか思えない。イカズチが疑念を膨らませている中、コガラシは好事家に唯の解放を求めた。

 

「お前、唯ちゃんを放せッ!」

「クククッ! そうはいかないなぁ。この娘がお前らの仲間だと言う事は聞いている。解放すればその瞬間お前ら暴れるだろ?」

 

 好事家は片手に持っていた秘宝をフブキに渡すと、空いた方の手で唯の胸元を押し上げる巨乳を揉みながら彼女の顔に舌を這わせた。

 

「安心しろ、お前ら鼠を始末した後は私がこの娘を可愛がってやる」

「んぅ……!? い、嫌ッ!?」

 

 千里以外の男に自分の体を好き勝手にされる様を想像し、唯は嫌悪感と恐怖で目に涙を浮かべ身を捩り逃げ出そうとした。が、両手を後ろで縛られているからか満足に抵抗できない。

 好事家に唯が弄ばれている光景にコガラシは頭に血が上り飛び出そうとするが、彼の激情を感じ取ったイカズチが肩を掴んで宥めた。

 

「待てコガラシ」

「イカズチッ!」

「今ここで暴れても敵の思う壺だ」

「くっ……!?」

 

 悔しいがイカズチの言う通りだった。周囲は下忍に取り囲まれ、人質も取られている。ここで下手に動いても勝ち目は薄い。

 

 動きたくても動けないコガラシの姿に調子を良くしたのか、好事家は更に彼を挑発する様に唯の衣服をナイフで切り裂き下着を露出させた。そして服が切り裂かれた事で露わになった首筋から鎖骨、胸元までの部分を味わう様にゆっくりと舌を這わせる。

 その感触と服を切り裂かれた事に唯は涙を流しながら悲鳴を上げて。

 

「ヒッ!? イヤァァァァァァァッ!?」

「唯ちゃんッ!?」

「待て、コガラシッ!」

 

 あれが挑発だとしても、唯の体をあんな下衆に好き放題去れるのは我慢ならない。コガラシがイカズチを振り払って唯の元へと向かおうとした、その時である。

 

 突如館の中に無数の銃声が響き渡った。

 

「ッ!? 何事だッ!」

 

 今この館の中に居る者の中で、銃を使うのはコガラシのみ。だが銃声は明らかにこの部屋の外から聞こえてきた。それも連射できるタイプの奴だ。卍妖衆にもそんな銃を使う奴は居ないのか、フブキが訝し気に周囲を気にしている。

 

 困惑しているのは万閃衆も同様だった。今夜ここに来る事を知って言うのは千里達の他は人志を総本山へ連れて行っている徹しか居ない。何より万閃衆にだって、こんな断続的に連射できる銃を使う忍びは居なかった。

 

 敵か味方か分からない銃声にイカズチも警戒する中、コガラシは聞こえてくる銃声が何の物であるかに気付いた。

 

「この銃声は……」

 

 コガラシが銃声の主に気付くのと同時に、卍妖衆の下忍が部屋に飛び込んで報告した。

 

「大変です。S.B.C.T.です、S.B.C.T.が襲撃してきました」

「何ぃッ!?」

 

 まさかの報告に好事家が目を見開く。彼らの脳内を占めるのは「何故」の文字。ここが悪どい方法で金や貴重な美術品などをかき集めているのは間違いないが、S.B.C.T.が動くほどの事はしていない。来るとしても警察くらいだ。

 

「い、いかん……!? このままこの状況を見られたら……!?」

 

 とは言えこの状況、見られでもしたら見過ごされる事はないだろう。S.B.C.T.が狙っている卍妖衆と明らかにつるんでいる上に、いたいけな少女の衣服を破き肌を露にさせて柔肌に舌を這わせていたのだ。どれだけ大目に見ても彼が悪党である事は明らかだし、目前の悪党を見過ごす様なS.B.C.T.ではない。見つかれば彼も逮捕され警察に引き渡されてしまう。

 

 そんな事になっては堪ったものではないと、好事家の男は唯を捨てる様に手放しその場から逃げ出した。

 

「ひひぃっ……!?」

「キャッ!?」

「唯ちゃんッ!」

 

 好事家が部屋を出てからの出来事はあっという間であった。倒れそうになる唯にコガラシが風の様な速度で近付き、それをフブキが妨害しようと手を上げたのを逆にイカズチが投げた手裏剣で妨害する。飛んできた手裏剣に手を弾かれ引っ込めた次の瞬間には、コガラシが倒れそうになる唯を受け止め同時にフブキを蹴り飛ばした。

 

「うぐっ!?」

 

 イカズチのサポートもあって対応が間に合わず、フブキはコガラシの蹴りを受けて後ろに下がらされた。その際に衝撃で秘宝の文鎮も落としてしまった。

 

 対するコガラシは落ちた秘宝など気にも留めず、唯の両手を縛っている縄を切りそのまま彼女を抱きしめた。

 

「唯ちゃん、ゴメン。怖い目に遭わせちゃって……」

「千里君……」

 

 男に衣服を破かれ、頬や首筋を舐められる感触は悍ましく恐ろしかった。コガラシに抱きしめられて漸く自分が無事である事を実感し、唯も彼を抱きしめ体を震わせながら涙を流す。

 

 そんな2人に、体勢を立て直したフブキが刃を振り下ろそうとした。

 

「戦場のど真ん中で悠長な事を……!」

 

 振り下ろされた氷鱗の刃。コガラシはそれを素早く抜いた忍者刀で弾き、返す刃でフブキの鎧を切り裂いた。威力自体は鎧で受け止められる程度のものであったが、攻撃と同時に放たれた気迫はフブキですら戦き意識せず数歩後退ってしまう程であった。

 

「ぐぅ……!」

「お前ら……よくも……!」

「コガラシ、今の内に秘宝をッ!」

 

 イカズチの言葉にコガラシが下を見る。そこには輝きを放つ鎧のミニチュアの様な文鎮が転がっている。コガラシがそれに手を伸ばすと同時、フブキがそうはさせるかと氷鱗を振るう。迫る刃に彼は秘宝の回収を中断し振り下ろされた刃を受け止めた。まだ轟雷を抜いていない為、今は攻撃を受け止めるので精一杯で動く事が出来なくなる。

 

「今よッ! コイツ等に取られる前に……!」

「させるかッ!」

【忍法、雷散(らいさん)の術ッ! 達筆ッ!】

 

 フブキの命令で一斉に動こうとした下忍達だったが、イカズチの放つ飛び散る様な雷に打たれ動きを妨害される。

 

 今この瞬間、秘宝は誰の手にも渡ることなく完全にフリーの状態であった。それと同時にこの場には自由に動ける者が1人居た。コガラシの腕の中に居た唯である。好事家から解放されて、コガラシにより戒めから解き放たれた彼女は彼がフブキの攻撃を受け止める為離れた事で自由に動けるようになっていた。

 

 目まぐるしく動く状況の中、彼女は今自分が出来る事・すべき事を即座に考え付いた。即ち、コガラシに変わって秘宝の文鎮を手に入れる事。幸いなことに周囲の下忍もイカズチの忍術で動けずにいる今、彼女の行動を邪魔する者は誰も居ない。

 

「ッ!」

 

 唯は床に手をつき素早く手を伸ばす。それに気付いたフブキが咄嗟に氷鱗を投げて邪魔しようとするが、コガラシがそれを許さない。

 結果、唯は秘宝を手にする事に成功しそれはそのままコガラシへと手渡された。

 

「千里君、これッ!」

 

 唯が拾いコガラシに秘宝を手渡す。しかし今彼の両手はフブキの攻撃を受け止める為に使われている為に塞がっている。これでは折角の秘宝も手にする事が出来ない。

 

 コガラシは悩んだ。ここで片手だけでも自由にして秘宝を受け取るか、それとも力尽くでフブキを退かせて秘宝を手に取るか。片手を離すのは押し切られるリスクがあるし、力尽くでフブキを押し出す事が出来るかと言われると難しいと言わざるを得ない。

 一瞬イカズチが助けてくれないかとチラリと周囲を見るが、彼は彼で下忍や現れたクセジの相手で手一杯と言った様子だ。とてもではないが手助けは期待できない。

 

 このまま膠着状態に突入するかと思われたその時、誰にとっても予想外の事が起きた。何と唯が手に持つ秘宝が光を放ったかと思うと、見る見るうちに大きくなり普通の鎧のサイズとなりパーツごとにバラけるとフブキに激突し彼女を押し出したのだ。

 

「うわっ!?」

「な、何だ……?」

「えっ? えぇっ!?」

 

 押し出されたフブキ本人は勿論、コガラシも唯も何が起きたのか理解できない。そんな中で、原因と言える秘宝はコガラシの周囲に浮遊したかと思うと全身に鎧として装着された。胸・両肩・両腕・腰・両足が銀色に輝く鎧に包まれる。額にも一本の角が付いた額当てが上から重なる。

 

「秘宝が、勝手に……?」

「な、何で? 私、何もしてない……」

 

 何が何だか分からず困惑するコガラシと唯だったが、秘宝を装着したコガラシはこれだけは分かった。秘宝の力だ。これまでに何度か秘宝を手にしてきた時と同じく、鎧を装着した瞬間全身に力が漲るのを感じた。

 

「これが秘宝……土豪の文鎮の力か……!」

「小癪な、ハァッ!」

 

 コガラシが鎧の力を噛みしめていると、体勢を立て直したフブキが忍筆を取り出し忍術で攻撃してきた。

 

【忍法、氷遁の術ッ! 達筆ッ!】

 

 忍術により生成され、コガラシに向け放たれる氷柱。透き通るような氷で形作られたそれは、下手をすると鋼鉄の刃よりも鋭く相手を貫くだろう危険さを感じさせた。

 

 これの直撃を喰らうのはマズイと唯が思わず手を伸ばした、次の瞬間には無数の氷柱の槍がコガラシに殺到した。

 

 しかし…………

 

「なっ!?」

「えっ!?」

 

 次の瞬間目の前に広がる光景に、フブキも唯も揃って目を見開いた。

 フブキが放った氷の刃は、全て秘宝の文鎮だった鎧により完全に阻まれたのである。氷の刃は鎧に触れた瞬間まるで削り取られるように端から掻き消えた。

 

「くっ!」

【忍法、極冷球(ごくれいきゅう)の術ッ! 達筆ッ!】

 

 続けてフブキが放ったのは、触れた相手を問答無用で氷漬けにして砕く絶対零度の球を放つ極冷球の術。火遁の氷バージョンと言える技だが、防御が意味を為さないと言う火遁とはまたく違う技だ。火遁の術を相手にする時と同じ要領で防ぐと、その時点で一巻の終わりとなってしまう。

 

 初見のこの技、コガラシならば防ぐだろうと踏んでフブキはこの技を放った。案の定コガラシは避ける気配も、それどころか防御の気配も見せず冷球の直撃を喰らい…………彼の鎧に触れた瞬間、それもやはり掻き消えた。

 

「何ぃッ!?」

「無駄だ。身に着けて分かった。この鎧は執筆者を守る為の鎧だ。あらゆる執筆忍法は、俺に届く事はない」

 

 文鎮とは本来紙を動かないように押さえつける為の物。だが秘宝の文鎮は、執筆忍法を扱う者に安定した執筆を齎す為あらゆる攻撃から忍びを守る鎧だったのだ。

 勿論純粋な鎧としても優れた能力を持っており、生半可な攻撃は通さない。

 

 それは予想出来たフブキであったが、コガラシが自分よりも更に高みへと上った事を彼女の心はすんなりと認めはしなかった。

 

「ふざけるな……ふざけるなぁッ!?」

 

 忍術が効かないなら物理攻撃だと、フブキは氷鱗を取り出しコガラシに斬りかかる。だが振り下ろされた刃は全て彼の鎧で受け止められ、彼に対しては一切のダメージとなる事は無かった。

 それでもフブキはコガラシに対する攻撃を止める事はない。この状況、この現実を認めようとせず、無意味な攻撃を繰り返す。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 まるで慟哭の様に叫びながらフブキが何度もコガラシに斬りつける。その姿を見ていられなくて、彼は手を上げて攻撃を受け止めると空いた方の手で彼女の鳩尾に掌底を放った。掌底は鎧に阻まれたが、その衝撃は内部まで届き後退させられたフブキはその場に蹲る。

 

「うぐぅっ?! ぐ、がは……!?」

「もう諦めろ。今のお前じゃ勝てない」

 

 事実だろう。フブキの攻撃は忍術も物理攻撃も通用しない。唯一勝てる可能性があるとすればそれはきっと人質を取り武装解除させる事だが、それは彼女の力での勝利ではない。現実は彼女自身の力では今のコガラシに勝つ事は出来ないと言う事を如実に物語っていた。

 

 それを認めたくなくて、認められなくて、フブキは込み上げる吐き気と痛みを堪えて立ち上がり抵抗の意思を見せた。

 

「私は……! 私は、お前を……!」

「……分かった」

 

 これ以上の彼女の醜態は見たくないと、コガラシは介錯するかのように忍術を発動した。

 

「執筆忍法、威風怒涛撃(いふうどとうげき)の術ッ!」

【必殺忍法、威風怒涛撃ッ! 速筆ッ!】

 

 コガラシの書いた文字が彼自身を包む。彼を包んだ文字はそのまま暴風となり、暴風を纏った彼はそのまま飛び蹴りを放ちフブキへと突き進んだ。

 

「ハァァァァァァァァッ!!」

「オォォォォッ!」

 

 無数の暴風によるバックアップを受けながら飛び蹴りを放ってくるコガラシをフブキが正面から迎え撃つ。両手に超低温の冷気を纏いコガラシの技に叩き付けるが、彼女の冷気は全て風により受け流され意味を為さなかった。

 

 結果、フブキの健闘虚しくコガラシの一撃が彼女を捉え蹴り飛ばした。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

 

 絶叫を上げながらフブキが蹴り飛ばされる。その勢いは壁を容易くぶち抜くほどで、館の外まで蹴り飛ばされた。

 

 フブキを館の外へと蹴り飛ばしたコガラシは、その場に着地すると彼女が蹴り出された壁の穴を見ながら息を吐く。

 

「はぁ……」

 

 警戒を怠らず、残心しながらコガラシが立ち上がる。唯が見ている前で、鎧を纏ったコガラシの首に巻かれた画仙紙のマフラーが外から吹き込んでくる風に大きく靡いたのだ。

 

 その姿に唯は、まるで王者の風格の様な物を感じるのだった。




と言う訳で第44話でした。

第4の秘宝は鎧としての効果を発揮する文鎮でした。効果は防御力の向上だけでなく、敵の忍術の無効化と言う反則的な能力。これによりコガラシは更に強くなりました。因みにコガラシの最強形態はこれではありません。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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