遂にやっちまったぜって感じです。
夜間の高級住宅街の一角で突如起こったS.B.C.T.の作戦行動。それは決して順調とは言い難かった。初手の奇襲こそ上手く機能したが、突入後に出現したある1人の忍びにより足止めを余儀なくされていた。
「撃てッ! 撃てぇッ!」
「くっそぉッ! コイツ等、何なんだよッ!」
彼らが発砲する相手は下忍でもファッジなどの怪人でもない。今彼らに迫っているのは、骨で出来た兵士達。ドクロの骨舞踏の術で出現した軍勢であった。鉄板をも貫通する銃弾を使用しているライトスコープ達も、撃っても倒れず向かってくるゾンビの様な骨の兵士の相手は精神的恐怖感などもあり後退を余儀なくされていた。
「チクショウッ! 折角情報提供受けてここまで来たってのに、こんなのが出てくるなんて聞いてねえぞッ!」
「無駄口を叩くなッ! 陣形を維持しつつ、出口まで一時後退を――」
隊長のスコープの指示に部隊が銃撃を続けながら後退しようとしたその時、突如頭上から無数の雷が落ちて迫る骨の兵士達を文字通り骨まで焼き尽くした。骨の髄まで強烈な電撃で焼かれ、骨の兵士達はその機能を失いボロボロと崩れ落ちた。
その光景にS.B.C.T.δチームは唖然とし、何度も上と下を交互に見た。天井には穴は開いていない。つまり今の雷は
明らかな物理法則を無視した出来事。しかしこれまでに忍者の相手をしてきた彼らは、これも忍者が使う不可解な術であるのだろう事にすぐ気付いた。
「今のって、俺達を助けてくれた……のか?」
「多分な」
「何だっていい。このまま前進だ!」
障害が無くなったのなら、遠慮する必要は無い。このまま一気に内部に突入し、嫌疑の掛かっているこの館の持ち主である好事家を捕縛する。
彼らがここに居るのは、匿名で情報提供があったからだ。曰く、この館の持ち主が闇ルートでベクターカートリッジの取引を行っていると。
情報を提供してきた相手は名を名乗ることをしなかったので真偽のほどは分からなかったが、同じ相手から情報を受けた廃ビルが卍妖衆のアジトだった事もあるので信憑性は高いだろうと行動を開始。その結果彼らはドクロの呼び出した骨の兵士達と遭遇したのである。
(しかし、ここを教えたのは一体誰なんだ……?)
進みながらδ5は疑問に首を傾げた。匿名自体は珍しい事では無いが、同じ匿名の相手から得られた情報がこうも当たり続けるとその相手の事が気になると言うものである。
そんな事を考えながら館の中を彼らが進んでいると、彼らの前にこの館の持ち主である好事家が飛び出してきた。どうやらあの後パニックになりながらも重要なものを纏めて逃げ出そうとしていたのだろう。しかし運悪くS.B.C.T.と遭遇する事になってしまった。
「うっ!? S.B.C.T.ッ!?」
「動くなッ!」
「こ、こうなったら……!」
眼前に広がる徒党を組んだS.B.C.T.のライトスコープ部隊と自分に向けられるフラッシュライト付きの銃口に、もう逃げ場はないとそいつは隠し持っていたベクターカートリッジを取り出した。
「ッ! あの男、ベクターカートリッジをッ!?」
「止めろッ!」
〈SCORPION〉
「こんな所で、捕まって堪るかッ!」
好事家の男はベクターカートリッジを用いてスコーピオンファッジへと変移するとδチームに襲い掛かった。迫るファッジに、δチームが陣形を組み一斉に発砲した。
その光景をイカズチは物陰に隠れながら様子を伺っていた。
(ありゃ、俺の手助けはもう必要なさそうだな。ドクロも他の卍妖衆も逃げ出したっぽいし、俺も南城達に合流するか)
音もなくその場を離れ、館の外へ出ると彼はそこで同じく館から出た千里達と合流した。千里と唯もフブキを退けた後、S.B.C.T.にバレない様に外へと出れたのである。
「よっ、山崎ッ!」
「南城、小鳥遊さんも。そっちは大丈夫だったか?」
「あぁ。そっちも大丈夫そうで良かったよ」
戦闘が始まってから、コガラシがフブキと戦っている一方でイカズチは卍妖衆の下忍やクセジの相手をしながら彼らと逸れてしまった。コガラシ1人でフブキの相手をさせるのは心配だったが、かと言って下忍やクセジを放置する訳にもいかないので彼は1人で館の中を駆け回りながら卍妖衆を蹴散らしていた。その最中に館に突入してきたS.B.C.T.と骨軍団の戦闘を目撃し、このままではマズイと援護したりしたのである。
「しっかし、この間のアジトの時と言い随分とタイミングよく出てくるよな?」
「ん?」
「S.B.C.T.だよ。何処から情報を仕入れてくるんだろ?」
「さてね」
「それより2人共ッ! 長谷部さんも助けないと……!」
どうにも不可解さが拭えない2人はあれやこれやと意見を出し合っていたが、未だに椿の事が話題に上がらない事に焦れて声を上げた。
するとそれを待っていたかのように、傷だらけの椿が物陰から姿を現した。顔や腕など体のあちこちに打ち身や切り傷を作った椿の姿に、唯は小さく悲鳴を上げて近付き彼女を支えた。
「長谷部さんッ!? 大丈夫? しっかりッ!」
「い、つつ……!? し、心配いらないでござるよ。この程度、大した事はござらぬ」
「何処がッ! 今にもぶっ倒れそうな顔してるじゃないッ!」
傷だらけの椿に唯が肩を貸す。が、元々身長差があるからか少し難儀している様子だった。流石に唯1人に任せる訳にはいかないと、千里も彼女を支えるのを手伝った。
「無理しないで、ほら」
「忝い。済まぬでござるな、千里殿。小鳥遊殿の事、守りきれず……」
「意外だったな? 相手が上忍で不意打ちだったとしても、長谷部さんが小鳥遊さんを連れていかれるだなんて」
「面目ない」
一見すると椿は力及ばなかった自分を恥じているように見えた。実際唯にはその様に見えていたし、そんな彼女をこれ以上責めるのは可哀そうだと学を宥めた。
「ちょっと山崎君、そんなに言う事無いんじゃない? 私も一緒に居たけど、本当にいきなりだったんだから」
そう言って唯が椿をフォローするが、学からすれば彼女の擁護は参考にならなかった。本気で忍んだ忍者の気配を察する事は、同じ忍びであっても難しい。特に相手が上忍ともなれば猶更だ。しかし、なればこそ余計に不意打ちには警戒して然るべきだし、学が知る椿であれば急な不意打ちに対しても何らかの対策をしている筈であった。
学の目からは、まるで椿が態と不意打ちを喰らって唯を連れて行かせたようにも見えていたのである。
学からの疑いの目に、椿がそれとなく視線を逸らす。ますます怪しいと更に突っ込んだ質問をしようとしたが、千里によりそれは止められた。
「山崎、そこまでにしとけって。今は長谷部さんの傷の手当をしないと」
「いやいや、そこまで世話になる必要は無いでござるよ」
千里はこのまま自宅へと椿を連れて行き、家にある傷薬や包帯で手当てしようと思っていたが、椿本人によりそれは断られた。彼女は千里と唯から離れると、自分の足でしっかりと立ち体を解す様に腰に手を当て体を仰け反らせる。痛みに顔を顰めながらも胸を大きく逸らした事で、唯以上に高校生離れした巨乳が強調された。
「ぐっ! くぅ……ふぅ」
「は、長谷部さん? 大丈夫なの?」
「ん? あぁ、大丈夫、問題ないでござるよ。見た目ほど怪我は酷くない故」
あまり大丈夫そうには見えないが、椿は唯の心配を他所に1人でその場から歩き去っていった。
「ともあれ、今夜はこれにて失礼するでござるよ。では、御免」
有無を言わさず椿はその場で姿を消した。その刹那、彼女は千里の事を射殺す様な目で睨んだが、彼がその事に気付いた様子はなかった。
唯は椿が消えた場所を心配そうに見ていたが、千里はそんな彼女の肩にそっと手を置いた。
「大丈夫だよ。長谷部さんはそんな弱い人じゃないから、さ」
「うん……そうだね」
「……んじゃ、ここらで解散するか。何にしても作戦は成功した訳だし」
「そうだな。お疲れ、山崎」
深夜の行動だったと言う事からか、学は欠伸を噛み殺しながら踵を返した。千里と唯がそれを見送ると、彼は徐に戻ってきて唯に聞こえないように千里に耳打ちした。
「明日、ちょっと時間をくれ。話したい事がある」
「え?」
「お前らが懇意にしてるあの店で落ち合おう。じゃあな」
一方的にそう告げると学は今度こそ帰っていった。残された千里は先程の彼の言葉に難しい顔になり、何かを話している事だけは分かった唯は2人がどんな事を話したのかが気になり問い掛けた。
「何の話だったの?」
「ん? いや……そんな大した話じゃなかったよ。ただ今夜の事で少し話したい事があるんだって」
「ふ~ん?」
明らかに誤魔化した千里に疑いの目を向けるが、恐らくは万閃衆の重要な話なのだろうと予想した唯はそれ以上突っ込むのを止めた。どう頑張っても自分が忍びと言う集団からすれば部外者である事は揺るがしようのない事実だからだ。
ちょっぴり寂しそうにする唯に、千里は今の彼女の格好を改めて眺めてから口を開いた。
「それより唯ちゃん」
「ん?」
「今夜は内に泊まっていかない?」
「…………へ!?」
まさかの千里からの誘いに、唯は一瞬理解が追い付かなかった。が、彼が何を言っているのかを理解した瞬間一気に顔を赤くした。
千里が唯を家に誘ったのには勿論ちゃんとした理由がある。彼女をこのまま家に帰らせる訳にはいかないからだ。
「ほら、その服何とかしないといけないからさ?」
「え? あ、あぁ……そっか、そうね」
先程好事家により唯が着ていた服は上半身を無残に切り裂かれた。今は近くにあったカーテンを引き千切って羽織らせる事で最低限肌の露出を抑えている状態だが、このままの姿で家に返せば確実に大問題となる。せめて違和感のない服装にしなければ。
「替えの服は明日用意するとして、今夜だったらウチにある客用の浴衣とかあるから」
「う、うん。分かった。それじゃ……お邪魔して良い?」
「勿論」
唯の返答に千里が頷き、2人は夜の街を誰に気付かれる事も無く彼の家へと向かった。
暫く歩き、2人は南城邸へと辿り着く。千里が鍵を使って家へと入るが、徹は既に人志を総本山へと送っていったのか屋敷の中に人の気配はない。
屋敷に着くと、千里は急ぎ風呂を沸かして唯に風呂を勧めた。
「こんな時間だけど、お風呂入っときたいでしょ?」
「うん、ありがとう」
あの好事家は、唯の衣服を破くだけでなく彼女の柔肌に舌を這わせた。気持ちの悪い感触と唾液の後を洗い落としたいと思っていたので、風呂の用意をしてくれるのは唯としてもありがたかった。
唯が風呂場で汗や汚れを落としている間に、千里は着替えの浴衣と軽い夜食を用意した。
程無くして唯は風呂から上がり、浴衣を着て客間へとやって来た。
「ふぅ~、さっぱりした。お湯ありがとう、千里君」
湯上りで体が火照った唯の姿に、千里は心臓が跳ねるのを感じた。ほんのり赤く染まった肌に、まだ少し湿り気を残した髪が肌に張り付く様子が色っぽい。
一瞬見惚れてしまった千里だったが直ぐに気を取り直すと、彼女に夜食を勧めつつ自分も風呂場へと向かった。
「気にしないで。それより、軽くだけど夜食用意しといたから」
「そんな、悪いよ」
「いいからいいから。今夜は色々と大変だったし。俺も風呂に入って来るから、先食べちゃってて」
立ち上がってそそくさと若干逃げるように唯の横を通り過ぎて風呂場へと向かう。その際唯からほんのりと甘い香りが漂ってきて、またも千里の心臓が跳ねるがそれを悟らせずに彼は風呂場へと向かい湯船に飛び込んだ。
「ふへぇ~……唯ちゃん、色気ヤバかった~……」
湯船に浸かりながら千里は先程の唯の姿を思い出す。ほんのり赤く染まった肌を浴衣で包んだ唯。胸元は相変わらずの巨乳で押し上げられ、本人は意識していなかっただろうが胸の谷間が良く見えていた。千里の前と言う事で色々と無防備になっているのだろうが、あれ以上あの場に居たら理性を保てていたかどうか。
「……ってか、今夜は唯ちゃんが家に泊まってくんだよな。そうか……」
あの格好の唯をそのまま家に帰すのは忍びなかったので一泊を勧めてしまったが、改めて考えてこれは色々とチャンスであり危険でもあるのではないかと言う考えに至った。
徹は暫く帰ってこず、今は夏休みの真っただ中。つまり、唯の方が許可さえ得られれば暫くの間彼女と一つ屋根の下2人っきりになれる。海都のホテルで一つの部屋に2人で泊まった時とは違う、本当の意味で誰の邪魔も入らない2人だけの空間。
そこまで考えた所で千里は慌てて頭を振って脳裏に浮かんだ考えを振り払った。幾らなんでも考え過ぎだ。
(バカ。幾らなんでも唯ちゃんがそこまで……そこ、まで……)
そこで思い出されるのは、海都のホテルでの一夜。あの日の積極的な唯の姿が浮かび、千里の顔が湯で温められたのとは違う意味で赤くなる。
同時に下半身にも血が集まり、胸の内で欲望が高まるのを感じずにはいられなかった。
「俺……大丈夫かな?」
今夜は眠れるか? 理性をしっかり保っていられるか? そんな事を考えながら何時までも湯船に浸かっていたせいで千里は危うく逆上せる寸前になってしまった。随分と時間が掛かっている事に心配して唯が声を掛けて来てくれなければ、そのまま逆上せて湯船の中でダウンしていた事だろう。
そんな事がありながら、風呂から上がった千里も軽い夜食を済ませると空いてる部屋に布団を敷き唯をそこで寝かせる事にして自分は部屋に戻った。
「それじゃ、お休み唯ちゃん」
「うん。千里君もね」
千里が部屋から出て行き、部屋に1人残された唯は暫く彼が出ていった障子を見つめ一息つくと電気を消して布団を被った。暗い部屋の中、時を刻む時計の針の音だけが静かに響き渡る。
暫く布団の中で目を瞑っていた唯だが、そう時間を掛けず彼女は暗い部屋の中で目を開いた。
(……眠れない)
全く眠気が来る気配がない。理由は明確だ。先程からずっと胸が高鳴っているのだ。
実は千里が風呂に入っている間、彼女も同じ事を考えていた。即ち、誰の邪魔も入らない中での千里と2人っきりの夏休みだ。
唯一問題があるとすれば家族が千里の家に滞在する事を許可してくれるかという事だが、そこら辺は恐らく大丈夫だろう。美沙も卓夫も千里の事を気に入っている。彼の元であれば、両親も許してくれる筈だ。
許可さえ取れれば、その気になれば夏休みが終わるまでずっと千里と一緒に過ごす事が出来る。そうすれば、
《駄目よ唯ッ!!》
そこまで考えた時、唯の脳裏に別の唯の声が響いた。天使と言うには起伏に富んだ肢体を布一枚で覆っただけの、清楚ではあるが同時に魅惑的でもある良心を司る天使の唯。欲望のままに爛れた夏休みを過ごせると考えてしまった唯を宥める為に再び姿を現したのだ。
《落ち着いて唯ッ! 私も千里君もまだ高校生よッ! 不純異性交遊はいけない事だわッ!!》
尤もな意見を述べる天使の唯に、本人の唯の心が揺らぐ。そうだ、自分達はまだ高校生。海都では少し羽目を外してしまったが、本来自分達にそんな爛れた関係は許されない。
せめて高校を卒業するまでは…………
《何甘い事言ってるのよ》
そう告げるのは扇情的なビキニに身を包んだ悪魔の唯。彼女は逆に本人の唯に、このまま欲望のまま突き進む事を促した。
《別に良いじゃない。唯と千里君は恋人同士なんだし、もっと進んだ関係なんて普通よ普通》
《も、もっと進んだ、て……!? 不潔ッ!? 不潔よそんなのッ!? 駄目よ唯ッ! あなたは風紀委員なのよッ!》
《学校ではね? 今は学校関係ないし、恋人同士が愛し合う事を止める道理はないじゃない。それに高校生って言ったって、体は殆ど大人な訳だし》
《だめダメ駄目ッ! とにかく駄目よッ! 落ち着きなさい唯、そんなの駄目だからねッ!》
悪魔の唯の言葉を天使の唯の言葉が全力で否定する。確かに、今までの唯であればその言葉に従いこれ以上は自重しただろう。
しかし思い起こされるのは、好事家に危うく体を穢されるかと思ったあの瞬間。もしあそこでS.B.C.T.が突入してこなかったり、千里達が無力化されてしまっていたらどうなっていたか。
それを考えると、どうせこの体を許すなら千里の方が良いと思えてしまった。彼にならこの体、隙にしてもらって構わない。
《え……ちょっと、唯? 冗談でしょ? 冗談だって言って?》
天使の唯が信じられないと言う声を上げる。良心を司る彼女の知る唯は、こんな簡単に欲望に身を任せる女では無かった。
しかし今の唯は嘗ての彼女ではない。恋を知り、他人と愛し合う事の心地良さを知った、大人への階段を上り始めようとしている1人の女なのだ。例え良心であっても、成長を止める事は出来なかった。
結果…………
(ゴメンね……お願い)
《はーいッ!》
《えっ!? ちょっ、きゃぁぁぁぁぁッ!?》
天使の唯は悪魔の唯によりあっという間に拘束された。扇情的な縛り方をされ、天使の唯の巨乳などが卑猥に強調される。
《ちょ、まッ!? 前より酷い縛り方なんだけどッ!?》
《はいは~い、お堅い天使はこっちよ~。色々と教えて上げるから》
《何ッ!? 何するつもりなのッ!?》
《さ~? ナニかしらね~?》
ニヤニヤ笑う悪魔の唯により天使の唯が連行されていく。唯の本心はそれを若干申し訳なく見送りながら、自分はこの高鳴る想いをぶちまけるべく立ち上がった。
《あっ!? あっ!? ま、待ってッ!? 待ってぇぇぇぇぇッ!?》
《それじゃあ、ごゆっくり~》
相反する二つの声を背に受けながら、唯は部屋を出た。向かうは勿論、愛する千里の部屋。
千里の部屋の前に着くと、唯は深呼吸を一つしてから中に居る千里に一言声を掛けた。
「すぅ……はぁ。千里君、起きてる?」
「唯ちゃん? どうしたの?」
千里がまだ起きていた事に唯は安堵に目元を緩めると、障子に手を掛け開けると中に入った。就寝用の小さい灯りの中、千里が布団の中で上半身を起き上がらせて自分の事を見ている様子に唯は小さく喉を鳴らしながら後ろ手に障子を閉めた。
突然の唯の夜の来訪。しかも何だか様子がおかしい事に、千里は何かあったのかと心配になり立ち上がって彼女に近付こうとした。
「どうしたの? 何か――」
何かあったのかと聞こうとした千里だったが、言葉を言い切る前に飛びつく様に抱き着いてきた唯により布団の上に押し倒された。
「わぷっ! え? 唯ちゃん?」
「ん……」
「んむッ!」
どうしたのかと聞く間もなく唯は千里の上に跨りながら覆い被さる様に彼の唇をキスで塞ぐ。そのまま積極的に口の中を貪ってくる唯に、千里は海都での一夜を思い出した。
「ん……ん、ん……んむ……むぅ、んぅ」
唇を貪る唯の口から、艶めかしい声が漏れる。ただでさえ先程唯と一つ屋根の下で2人っきりと言う状況に色々と期待したり妄想していた千里に、彼女の艶やかさを感じさせる声は猛毒に等しい。キスの快楽もあって理性をガリガリと削られていく。
暫く唯に唇を貪られていた千里だが、たっぷり一分以上キスを堪能した唯が口を解放してくれた事でやっと言葉を口に出来るようになった。
「ん……はぁ」
「ぷはっ、はぁ……はぁ……ゆ、唯ちゃん?」
唯が口を離すと、僅かな間2人の唇が唾液の糸で繋がれた。その糸がプツリと途切れると、興奮冷めやらぬ様子の千里が改めて唯に何があったのかを訊ねた。
「唯ちゃん、どうしたの?」
困惑しながらも何かを心の何処かで期待していた千里に対し、唯は高校生とは思えぬ色香を漂わせながら浴衣の紐を解きながら口を開いた。
「千里君、お願い……抱いて」
「えッ!」
彼女の言葉に驚いている千里の前で、唯は浴衣の紐を完全に解き浴衣の前を開けた。驚いた事に浴衣の下には何も身に着けておらず、小さな照明の光の中に裸体の上に浴衣を羽織っただけの艶やかな姿が浮かび上がる。
彼女の艶やかな姿に呼吸を乱しながら、千里はなぜ彼女がこんな行動に出るのかと疑問に思った。
「な、何で……」
「…………あの男に、体を好き放題去れるかもしれないと思うと、凄く怖かった」
そう言って唯は震えを押さえ込む様に自分の体を自分で抱きしめる。今でもあの時の事は思い出せてしまう。醜悪な男の舌が頬や首筋、鎖骨から胸元までを這う悍ましい感触。忘れたいのに頭にこびりついて離れないあの感触を、思い出すだけで悲鳴を上げたくなった。
「だからお願い、千里君ッ! 私の事を抱いて、さっきの事を忘れさせてッ!」
「……一応聞くけど、本当に良いの?」
既にキスまで済ませてしまった今聞くのはおかしいかもしれないが、唯は元来不純異性交遊を嫌う少女だ。学校で生徒が卑猥な本や猥談に興じていると誰彼構わず食って掛かる程である。潔癖症とすら思われるほどの徹底ぶりは学校でも有名だった。そんな彼女が、学外とは言え自分からそれを求めてくるとは千里としても意外な展開であった。
「うん。千里君なら……千里君だから……。だからお願い、私の事、思いっきり抱いて。さっきの事、忘れちゃうくらい」
そう言って唯は再び千里の上に覆い被さる様にキスをした。今度は先程の様な貪る様なキスではなく、甘えるような啄むキス。落ち着きを取り戻した千里はそれを優しく受け止め、その一方で暫く徹が帰ってこない事を神に感謝しながら彼女の体を抱きしめた。
「んふ……ん、んんッ」
日中の暑さを残す夏の夜、南城邸の一室では外の暑さに負けない熱気を放ち続けていたのだった。
***
翌日、七篠庵の前で学は千里の事を待っていた。事前に予定していた待ち合わせ時間に余裕を持って着いた彼は、降り注ぐ夏の日差しに辟易していると遠くから千里と唯が近付いてくるのが見えた。
近付いてくる2人に学は手を上げて迎える。
「よぉ、おはよう南城…………んん?」
「ふぁ……おはよう」
「おはよう、山崎君」
やって来た千里と唯の様子はどこかおかしかった。2人揃ってどこか疲れを残したように見える。それだけなら別に可笑しくは無いのかもしれない。昨夜は遅かった。
だが千里の方は何と言うか、薄っすらとだがやつれている様にも見えた。昨夜分かれる前まではそこまで消耗している様子はなかったのにである。
「ん~……?」
「な、何だよ?」
疑問を持ってよくよく2人の事を観察していると、学はある事に気付いた。2人の体のあちこち、取り分け首筋には虫刺されの様な赤い斑点がチラホラ見えた。
そして何より、2人の距離感が昨日までに比べて随分と近い。その様子に学は全てを察し、それを確認する意味でも思わずからかいの言葉を口にしてしまった。
「そうか……2人共、大人になったんだな」
学の言葉に2人は感付かれた事に気付き、揃って顔を赤くした。
「う、うるせぇッ! 悪いかッ!」
「は、はぅぅ~……」
昨夜の事を思い出してか、唯は顔を赤くして頬を片手で押さえている。それでも片方の手は頑なに千里から離さない辺り、2人の親密度が伺えた。
それを見ているとそれ以上は揶揄う気になれず、学は早々に降参と言いたげに両手を上げた。
「いやいや、末永くお幸せに。それより外は暑いし、早く中に入ろう」
学に促されて2人も店に入った。何だか色々と有耶無耶にされたようだが、ともあれこの話題は続けたくないし彼が自分を呼んだ理由も気になるので大人しく従い店の扉を潜った。
「あ、いらっしゃいませ~」
エアコンの利いた涼しい店内に入ると、何時もの場所で佇むジェーンが迎えてくれた。この日のコスチュームはへそ出しミニスカの改造和服のようだ。
3人で店内に入ると、学は千里だけを何時もの奥の席へと連れて行き唯にはカウンター席に居る事を望んだ。
「悪いんだけど、小鳥遊さんはカウンターに居てくれないか?」
「え、何で唯ちゃんだけ?」
「これからする話は、ちょっと小鳥遊さんには聞かせ辛い話でね」
そう言って唯を遠ざける理由を明言しない学に千里が眉間に皺を寄せていると、当の本人がな得行かない様子の千里の腕を軽く掴んで顔を左右に振った。
「いいのよ、千里君。そう言う事もあるでしょ? 大丈夫、気にしてないから」
千里を納得させる為にそう告げると、唯は入り口に近いカウンター席に座りジェーンにアイスコーヒーを注文した。聞き分けの言い彼女に、千里は少し寂しそうな視線を向けると視線だけで頷き学と共に奥の席へと向かった。
「お2人もアイスコーヒーでいいかしら~?」
「はい、お願いします」
「は~い」
「……で? 昨日の今日でいきなり呼んだのは何でなんだ?」
余人に聞かせるべき話ではないと言うのなら、ジェーンには絶対に聞かせられない話なのだろう。早々に本題を聞き出すべく千里はカウンターまでは届かない程度の声量で学に問い掛けた。
千里からの問いに、学はお冷を一口飲んで涼を取り唇を湿らせてから口を開いた。
「南城……お前さ、あのフブキってくノ一に身に覚えないか?」
「ッ!?」
まさかの話題に千里は肩を震わせ思わず呼吸が止まった。それは彼の内心を何よりも雄弁に物語っており、確信を得た学は余計な回り道をせず直球で考えている事を話した。
「まだるっこしい言い回しは無しで言わせてもらう。あのフブキ、中身は長谷部さんじゃないのか? お前だって、あのくノ一の戦い方には違和感を感じてるんだろ?」
「それは……」
言い訳のしようも無い事実だった。寧ろその違和感、その可能性はフブキと戦う度に大きくなっていった。覚えのある動き、覚えのある戦い方……何よりフブキから向けられる感情に既視感に近い物を感じずにはいられなかった。
ただ千里としてはその可能性……即ちフブキ=椿と言う事実を信じたくなくて、意図的にその可能性から目を背けていた。そんな事はない、そんな筈はないと自分に言い聞かせてだ。
その可能性と違和感を第三者からまざまざと突き付けられ、千里は店内の涼しさに反して汗を流さずにはいられなかった。緊張で口の中がカラカラに乾き、落ち着きを取り戻す為にお冷を一気に飲み干した。
「んぐ、んぐ……はぁ! ふぅ……何を証拠に? 長谷部さんが裏切ったって、明確な証拠はあるのか?」
冷たい水が喉を通り過ぎ胃を満たす感触に頭も冷えたのか、千里は落ち着きを取り戻して学の意見に反論した。学の意見は所詮印象に過ぎない。ただ戦い方が似ているからそう思えるだけだと。
だが彼はその反論は既に予想していた。だから千里の口からその反論が出た時も、特に慌てる事無く返す事が出来た。
「明確な証拠は、ハッキリ言って無い。だが状況証拠なら、ある」
「状況証拠?」
「昨日、長谷部さんはドクロに不意打ちされて小鳥遊さんを守れなかったって言ってたろ? だけど冷静に考えるとおかしくないか?」
ハッキリ言ってドクロはあまり隠密に長けた忍びではない。勿論忍びである以上最低限の隠形は心得ているだろうが、それは椿だって同じ事である。そして彼らの知る椿であれば、卍妖衆からの奇襲を警戒して相手の手を読み不意打ちに備えている筈。例え唯を守り切れなかったとしても、不意打ちで何も出来ずに無力化されるなどあり得ない。それこそ、手を抜いて態と不意打ちをされない限りは…………
「つまり山崎は、昨日唯ちゃんが捕まったのは長谷部さんが態とやられたからだって言いたいのか?」
「そう考えれば、辻褄は合う。あの長谷部さんが上忍相手とは言えそう簡単に不意打ちを受けると思うか?」
「それは…………」
思わず言葉に詰まった。椿の実力は千里も良く知っているし、信じている。彼の知る彼女であれば不意打ちを受けるどころか、ギリギリのところで気付いて一矢は報いる筈だった。
それでも、千里はその可能性を否定したくて何か材料はないかと脳内の引き出しをひっくり返す。
その時ジェーンがアイスコーヒーを二つ持ってやって来た。
「お待たせしました~、アイスコーヒー二つで~す」
「あ、どうも」
「ん……」
椿の身の潔白を奏明する材料を探す為、思わずジェーンへの対応も疎かになってしまう千里。一方のジェーンはと言うと、空になったお盆を胸に抱き2人の様子に首を傾げた。
「ところでさっき椿ちゃんがどうとか聞こえたけど~、彼女に何かあったのかしら~?」
「いや、お気になさらず。こっちの話なんで」
「あの、ジェーンさん? 最近長谷部さんここ来てませんか?」
ここに椿が来ているからと言って何が証明できると言うものでもないが、何か手掛かりになるような物はないかと期待して千里は縋る思いでジェーンに問い掛けた。すると彼女は人差し指を唇に当てながらここ最近の事を思い出して答えた。
「ん~、相変わらず見てないわね~。学校は夏休みになってる筈なのに~、一度も顔を出してくれなくてお姉さん寂しいわ~」
残念ながら彼女から有力な情報は得られなかった。それどころか彼女の言葉は寧ろ学の方に更に椿を疑う材料を与えてしまった。
ジェーンがカウンターの裏に戻っていったのを確認して、学は千里に畳み掛けるように告げた。
「そう言えば南城……確か海都にもフブキが出たって言ってたよな?」
「あ、あぁ……言ったけど……」
「実はお前と小鳥遊さんが海都に行った後、卍妖衆が出た時の備えをしようと長谷部さんと打ち合わせしようとしたんだ。そしたらどうなったと思う?」
「何だよ……まだるっこしい言い方は無しなんじゃなかったのか? 言いたい事があるならさっさと言えよ……!」
思わず語気が強くなる千里に、学は軽く手を上げて宥めると千里達が街に居なかった間の事を話した。
「居なかったんだよ……長谷部さん」
「え?」
「何処を探しても長谷部さんの姿は影も形も無かった。そして2人が居ない間、街には1人も卍妖衆が姿を現さなかった。この意味が分かるか?」
ここで学は敢えて黙った。千里に考える時間を与えたのだ。彼の中でこの事実が何を意味しているかを理解させる為に。
だがそれが意味する事を信じたくない千里は、考える事を拒否して学に先を促させた。
「何だよ……もったいぶらずにハッキリ言えよ……!」
本当は認めたくないのに、それを直接否定するのも怖くて千里は学に言葉の先を促させてしまった。そんな彼の気持ちを一応は理解できるのか、学は目を瞑り小さく息を吐くと結論をハッキリと述べた。
「フブキの正体が長谷部さんなら全てに説明が付く。お前らが海都に行ってる間に彼女が居なかったのは、彼女も海都に行ってたから。その間街に卍妖衆が出なかったのは、迂闊に長谷部さんが動かないといけない状況を作ると正体がバレるから。そして昨日長谷部さんが不意を打たれたのは、態と隙を作って小鳥遊さんを捕まえさせる状況を作ろうとしたから――――」
そこまで学が告げた所で、千里は彼の胸倉を掴んで引っ張った。もう片方の手で握った拳を彼の頬に叩き付けなかったのは、心の何処かで彼の意見に納得している自分が居たからに他ならない。
しかし千里はその事を認めたくなかった。例え普段ぞんざいに扱われていようとも、彼にとって椿は尊敬する万閃衆の忍びの1人だからである。そんな彼女が裏切って卍妖衆に寝返ったなど、信じたくはない。信じられる訳がない。
「そんな……そんな訳があるかッ!? 長谷部さんが、長谷部さんが、そんな……」
「じゃあこれまでの事をどう説明する? お前らが海都に行ってる間、彼女は何処で何をしてた? コンディションが悪くなかった筈の彼女が、上忍相手とは言え不意を打たれるのか? 南城、現実を見ろよ」
否定する要素の無い学の言葉に、千里は奥歯を砕ける程噛み締めた。何かを言い返したいのに、相応しい言葉が出て来ない。何より、自分自身が彼の言葉に納得できてしまっている事が彼には我慢ならなかった。
「~~~~ッ、くッ!」
結局今の千里に出来る事は、彼を乱暴に放し踵を返して唯を連れて店を出る事であった。何やら剣呑な雰囲気になった千里と学の様子を心配そうに見ていた唯の手を掴み、財布から1000円札を取り出しカウンターに叩き付けるように置いて店を出ていく。
「あ、ちょッ! 千里君ッ!?」
「お釣りは次来た時に渡すわね~」
普段の千里らしからぬ姿に困惑する唯に対し、ジェーンは場違いな程マイペースな言葉を千里の背中に投げかける。
千里が乱暴に出ていった後、店にはジェーンと学の2人だけが残された。学は千里達が出ていった扉を暫く見つめた後、大きく溜め息を吐き席に座り直すと手付かずだったアイスコーヒーのストローに口を付けた。氷で良く冷えたアイスコーヒーが喉を通っていく感触に、ざわついていた心が落ち着きを取り戻す。
そして落ち着くと店で軽くとは言え騒ぎを起こしてしまった事を思い出し、店主であるジェーンには謝っておこうと顔を上げた。
「あ、すみませんね。騒がしくして…………あれ?」
ところがどうした事か、先程までカウンターの裏に居た筈のジェーンの姿は影も形も無くなっていた。周囲を見渡し、試しにカウンターの裏を覗き込んでも彼女の姿は何処にも見当たらないのだ。
まるで幻だったかのように姿を消したジェーンに、学は訝し気に首を傾げるのだった。
と言う訳で第45話でした。
本編内では描写しませんでしたが、あの悪徳好事家はこの後果敢にもS.B.C.T.に突撃し、四方八方からの銃撃で蜂の巣にされて倒された後連行されました。
そして千里と唯、遂に一線を完全に超えてしまいました。書いてて何ですけど、この作品執筆当初はここまでエッチな雰囲気にするつもりは微塵も無かった筈なんですけどね。何だか書いてると段々とこうなってしまって。
これまでの事が積み重なって、椿がフブキである事がもう隠し切れない位疑われています。種明かしもそろそろ近そうです。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。