仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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どうも、黒井です!あけましておめでとうございます!新年最初の更新となります!


第四十六筆:美しくも妖しい華

 乱暴に七篠庵から出た千里は唯を引っ張るようにして当てもなく暑い日差しの下を歩いていた。普段どちらかというと落ち着いた方である千里らしからぬ姿に、唯は困惑を隠せず思わず彼の手を逆に引いて引き留めてしまった。

 

「ま、待って千里君ッ!? 一体どうしたの?」

 

 学の意見……即ちフブキの正体が椿であると言う、千里も心の奥底では薄々認めつつあった事実を眼前に突き付けられ、冷静さを大きく欠いていた彼だが唯の声で漸く落ち着きを取り戻した。

 止まってくれた彼に唯はそっと近づき、何があったのかを訊ねた。

 

「ねぇ、さっき山崎君と何を話してたの?」

 

 七篠庵は決して大きな店では無かったが、それでも店の端から端、それも声を潜めた状態だと詳細な内容までは聞き取れなかった。そもそも学が唯にはあまり聞かれたくない話だと言っていたので、彼女は出来るだけ耳を傾けない様にしていたのだ。なので先程の千里達の会話の詳しい内容までは耳に入ってこなかった。

 

 しかしそれでも断片的には耳に入り、そして記憶に刻まれてしまった。具体的には『長谷部』『フブキ』、そして『卍妖衆』だ。

 

 戦いの心得が無い唯からしてみれば、この3つの単語がどう結びつくのかが分からない。だから何がここまで千里の心を乱すのかが理解できなかった。

 

 夏の太陽が見下ろす先で、蝉の鳴き声をBGMに千里が暫し黙って佇む。唯はそれを、急かす事無く黙って見ていた。日差しに照らされて汗が流れ落ちるが、千里が抱えている”何か”に比べれば軽い物だと根気強く彼が何かアクションを見せてくれるのを待ち続ける。

 

 その彼女の気遣いが彼にも届いたのだろう。今度は優しく唯の手を引いて、近くの木陰の下に連れて行った。日差しが遮られ、体感温度が僅かながら涼しくなった事に一息ついていると漸く千里が口を開いた。

 

「ゴメン……あんな、いきなり……」

「うぅん、気にしてないよ。何かあったんでしょ? 話せる事なら、話して……?」

 

 店から離れ、唯に声を掛けられた事で冷静さを取り戻した千里は、まず最初に店から乱暴に唯を連れ出した事を謝った。流石にこっちの都合で振り回し過ぎたと反省した。だが千里がこれほど冷静さを失うと言う事は、相応の何かがあったに違いないと唯自身理解していた。なので彼女はその事を素直に許し、そして彼に改めて何があったのかを問い質した。

 が、正直話してもらえるかは五分五分だと唯自身は思っていた。恐らく事は彼ら万閃衆に深く関わる事。それを部外者の自分が聞く事等許されないだろうと、半ば諦めていた。

 

 しかし予想に反して千里はあっさりと話してくれた。彼自身、この内容はあまり広めるべきではないと理解しているが、同時に心を許せる相手に聞いてもらいたい内容だったのだ。

 

「実はさ……フブキの事なんだけど……」

「うん……」

「アイツの正体、もしかすると長谷部さんかもしれないんだ」

「えぇッ!?」

 

 まさかの無い様に唯も思わず言葉を失った。椿が万閃衆の忍びとして誇りを持っている事は、部外者である唯にもこれ以上ない程理解できていた。何しろ万閃衆の忍びとして未熟だと言う理由で、彼女は事ある毎に千里に厳しく当たるのだ。行き過ぎな理想の押し付けとも言える千里への対応に、唯が苛立ちを覚えた事も一度や二度ではない。

 

 その彼女が、万閃衆の忍びとして最大のタブーとも言える卍妖衆への寝返りをするなど、部外者からしても信じられない事であった。

 

「それ、本当なの?」

「証拠は、ハッキリ言って何もない。でも状況証拠と……何より、戦いの中で見せるフブキの動きが時々どうしても長谷部さんと被るんだ。山崎の奴もそれを感じて……」

「千里君はどう思ってるの? 長谷部さんの事、疑ってる?」

 

 フブキの正体が椿である可能性に対して、千里自身はどう思っているのか? そう唯が問うと、彼は頭を抱えて俯いた。

 

「正直……信じたくない。あの長谷部さんが卍妖衆に寝返ったなんて、ありえないって心は叫んでる。でも……フブキと戦うと、どうしても長谷部さんの姿が被るんだ。そんな事無いって思っても、あの人の姿がチラついて……」

 

 千里は苦しかった。椿と戦う事がではなく、椿が卍妖衆に寝返った可能性が高い事がだ。楓から直接手解きを受け、自分に厳しく当たるくらい万閃衆である事を誇りにしていた彼女が何故? そんな事ばかり考えてしまう。

 

 そんな風に苦しむ千里を、唯は優しく包む様に抱きしめた。俯いた彼の頭を胸に抱き、子供を落ち着かせるようにゆっくり撫でる。

 

「千里君…………」

 

 こういう時、本当は気のきいたセリフの一つでも掛けてやるのが理想の彼女なのだろうとは思う。だが、無責任な言葉や憶測で彼を混乱させたり、無意味に現実から目を背けさせるのは何か違うと思い彼に対して言葉を掛ける事が出来なかった。結局、今の彼女に出来る事は彼の苦痛を全て受け止め、傷を癒してやる事だけだと自分に言い聞かせる。

 

「千里君……帰ろっか? ここよりは、落ち着けるし……」

 

 唯の言葉に千里は無言で頷き、2人で手を繋いでその場を離れる。

 

 その様子を物陰からジッと見つめている者がいた。椿である。オボロからの命令で千里を監視していたらしい。

 

 暑い夏の気温にそぐわない冷たい視線を千里に向ける椿は、2人が動き出したのを見て後を尾行しようと足を一歩踏み出した。

 

 その時、出し抜けに背後から声を掛けられた。

 

「こんにちわ~」

「ッ!?」

 

 何者かの気配に気付く事が出来ず、背後まで迫られていた事に椿は咄嗟に懐の苦無に手を伸ばしながら弾かれるように振り返る。するとそこに居たのは、意外や意外七篠庵の店主であるジェーンであった。普段店のカウンターの裏に居る姿が印象的な彼女が、強い日差しの下に居るのを見ると違和感があった。店の中に居る時はあまり気にならなかったが、彼女の肌の白さは病的で美しくはあるが太陽の下には似つかわしくない。

 

「暑いわね~。夏だから仕方ないけれど~。椿ちゃんは元気~?」

「……久しいでござるな、ジェーン殿」

「そうね~。椿ちゃんが最近お店に来てくれないから~、お姉さん寂しかったわ~」

「色々と忙しかったもので……申し訳ないが、拙者忙しいので……」

 

 彼女の相手などしていられないと、椿はその場をそそくさと離れて千里達の尾行に戻ろうとする。が、その手をジェーンが掴んで引き留めた。

 

「ね~ぇ~、久し振りにお店に来てよ~」

「ッ! だからッ! 今は忙しいから相手は出来ないと――」

 

「色々とお話したいのよ~……仮面ライダーツララとね~」

「んなッ!?」

 

 ジェーンの口から飛び出した仮面ライダーツララと言う言葉に椿は一瞬思考が停止した。今彼女は何と言った? 仮面ライダー? ツララ?

 百歩譲って仮面ライダー呼びされるのはいいとしよう。何処かで自分が変身した姿を見られたとすれば、見た目から仮面ライダーと言われるのも分からなくはない。だがツララと言う、普段は伏せている――今は半ば捨てているが――忍びとしての名前を告げられるのは無視できる事では無かった。ツララと言う名を知っている。それはつまり、ジェーンは世の裏側である忍びの世界を知っていると言う事になるからだ。

 

「あ~、それとも今は~、仮面ライダーフブキの方が良いのかしら~?」

「ッ!? くッ!」

 

 その上更にオボロから賜ったフブキと言う名まで知っている。この事態に椿は咄嗟に抜いた苦無でジェーンの腕を斬りつけ彼女の手を無理矢理離させた。切り裂かれたジェーンの腕から赤い血が流れ落ちるが、彼女は痛みにも流血にも何かを感じている様子が無い。ただ切られて血が流れている場所を見ているだけだ。

 

「お主、何者だッ! 卍妖衆の手の者か?」

 

 一瞬、実はジェーンは椿も知らない卍妖衆の関係者かと考えた。そうであればフブキの名を知っていながら、敵意を向けてこない事にも納得できる。だが卍妖衆の一員であるのなら、椿が寝返った時点でオボロからその存在が知らされている筈であった。隆司の様に問題児でオボロが組織の頭数に加えていないと言う可能性もあったが、それならそれでやはりオボロから何かしら言い含められていてもおかしくはない。

 

 では消去法で万閃衆の一員なのだろうか? 忍びはその任務の性質上、市井に紛れている者に関しては同じ万閃衆であっても存在が伏せられている場合も少なくない。学などがそうであった。ジェーンもその手合いであれば納得できる。

 だがそうなるとやはり敵意を全く感じない事が理解できなかった。ジェーンが万閃衆で椿が卍妖衆である事を知っているのなら、彼女と自分は敵同士という事になるのだから。

 

「ジェーン殿……お主は一体……」

「…………フフッ」

 

 不気味なものを見る目で椿がジェーンの事を見ていると、彼女は笑みを浮かべながら血を流す腕の傷口を舐めた。口の端を血で汚しながら自分の腕の血を舐め取るジェーンの姿に、不気味な何かを感じた椿は本能的に彼女を敵と判断。得体の知れない危険を感じて咄嗟に変身した。

 

「執筆忍法、変身の術ッ!」

【忍法、変身の術ッ! 凍てつきし、心研ぎ澄まし、忍ぶ者……フブキッ! 達筆ッ!】

 

 フブキに変身した椿は、相手が生身であろうとお構いなしに忍者刀で斬りかかった。振るわれる鋭い刃。自分に迫る凶刃を前に、しかしジェーンは顔色一つ変えず軽くトンとステップを踏んで紙一重で回避した。軽やかな動きでフブキの一撃を回避したジェーンは、余裕を感じさせる笑みを浮かべていた。

 その笑顔が癪に障るのか、フブキは更に苛烈にジェーンを責め立てた。

 

「このぉぉぉッ!」

 

 次々と振るわれる刃と、その合間を埋めるように放たれる蹴り。生身の人間ではまず反応が間に合わないだろう速度のそれらを、ジェーンは遊んでいるかのようにステップを踏んで全て回避してしまった。

 

 どうやらただの攻撃では彼女を捉える事は難しいようだ。それを察したフブキは、範囲攻撃で仕留めようと忍筆を取り出した。

 

「あ~ん、それはダメよ~」

 

 だがジェーンはフブキが忍術を使う事を許さなかった。それまで回避に専念していた彼女は突然動きを変え、するりとフブキの懐に入り込むと忍筆を握る手を捻りながら関節技を掛けて彼女をそのまま押し倒した。

 

「な、なぁ……!? くッ!?」

 

 組み付かれたフブキは何とか拘束から逃れようと藻掻いた。関節を極められているが、彼女とて忍び。当然縄抜けの技術も心得ている。関節技だって抜け出す事は容易な事だった。

 

 が、ジェーンは信じられない力でフブキの手足を押さえつけている為抜け出す事が出来ない。この細腕の何処にそんな力があるのかという程の力で、フブキが拘束から逃れるのを防いでいた。

 

「くぅっ!? お前は、一体何者……!? さっきの動きと言い、ただの人間とは……」

「うふふ~、むかしちょっとね~」

 

 困惑し慄くフブキに、ジェーンは適当に返しながら体勢を入れ替え正面から彼女の顔を掴んで目を合わせた。ジェーンの血の様に赤い目から、フブキは気付けば目が離せなくなる。

 

「ぐ、ぁ……」

「あんまりこの事を広めてほしくないから~、今日の事は忘れて頂戴ね~」

 

 間近に迫ったジェーンの瞳が怪しく煌めいた気がして、次第にフブキの意識が遠くなっていく。意識が闇に落ちる直前、変身が解かれた椿の耳にジェーンの声が入る。

 

「ゴメンね~、こんな事しか出来なくて~」

 

 その言葉を最後に椿の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ん? あれ?」

 

 気付けば椿は七篠庵のカウンター席で突っ伏していた。何故自分はこんな所に居るのかと困惑していると、カウンターの裏からジェーンが覗き込んできた。

 

「あ、椿ちゃん起きた~?」

「ジェーン、殿……? あれ? 拙者、何を…………?」

 

 一体何時自分は七篠庵に来たのか? 今日はオボロからの命令で千里と唯の監視を――――

 

「忘れちゃった~? 今日は久しぶりにウチに来てくれて~、色々とお話してる間に椿ちゃん寝ちゃったんじゃな~い。夏休みだからって毎日夜遊びしてるんじゃないの~? 駄目よ~、夜更かしは美容の大敵なんだから~」

 

 そう言われると、意識を取り戻す前にジェーンと色々話していたような気がする。寝起きの霞掛ったぼんやりした頭で記憶を掘り起こしながら体を起き上がらせると、変な体勢で寝ていたからか体の節々が痛んだ。ギシギシと鳴る関節にゆっくり息を吐いていると、寝起きの一杯とばかりにジェーンがコーヒーを一杯淹れてくれた。椿はそれを受け取りゆっくり口に流し込んだ。

 

「ん……ふぅ」

「今日はもうお家に帰って寝た方が良いかもね~。お風呂に入ってさっぱりして~」

「そ……そうでござるな。世話になったでござる。では……」

「また来てね~」

 

 まだどこか夢を見ているような気分で椿は店を出た。外は既に日が落ちているのか暗く、空には月が浮かび煌々と輝いている。

 降り注ぐ月の光を見ていると、自分がその手で引導を渡した男の事を思い出した。すると何故だか目から涙が零れ落ちる。

 

「りゅう、じ……わ、わたし……わたし、は…………ぁぁッ!?」

 

 自分がした事、己の判断を悔いるように涙を流し崩れ落ちる椿。今この瞬間、椿はオボロにより歪められた想いを完全に忘れていた。

 

 そんな彼女に音もなく近付く者がいた。黒衣に鎧を纏った忍び、オボロである。

 

「フブキ……何をしている?」

「あ、え……お、おぼろ……さま……? おぼろ、さま? あれ? 拙者…………」

 

 思考が支離滅裂になっているのをオボロは素早く見抜くと、彼女の鳩尾を殴り意識を奪った。声も出せず崩れ落ちる椿をオボロは支え、下忍を呼び出すと彼女を運ばせた。

 

「フン……一体どこのどいつだ? コイツの心に干渉したのは?……まぁいい」

 

 忌々し気に呟いたオボロの傍に、下忍と入れ替わるようにしてドクロがやって来た。何処か不機嫌そうな自分達の首魁の様子に、ドクロは緊張を解す様に唾を飲み跪いて声を掛けた。

 

「お呼びでしょうか、オボロ様?」

「ドクロ……コガラシに仕掛けろ」

「秘宝を奪えば宜しいのですか?」

 

 今コガラシに仕掛ける理由とすればそれ以外に考えられない。今彼の手には4つの秘宝が集まっている。コガラシを倒せば、その秘宝を全て回収する事が出来るのだ。コガラシを倒す必要はあるが、その手間を除けば労せず秘宝を全て手中に収める事が出来る。

 

 しかしオボロの考えはドクロとは異なっていた。

 

「いや、軽く突くだけで良い」

「軽く? それは……」

「良いのだ。秘宝を全て手中に収めるのは簡単な事。コガラシに仕掛けるのは、その秘宝の力を見る為だ」

 

 つまりドクロはコガラシに程良く本気を出させる体のいい相手と言う事。謂わば巻き藁のような役割と言う事になる。本来そんな命令をされれば叛意の一つも抱きそうなものだが、本人はその命令にこれと言った不満を抱いた様子もなく恭しく頭を下げ従った。

 

「畏まりました。では、これより……」

「うむ」

 

 オボロに一言告げてからドクロはその場から姿を消し、オボロは1人悠々と歩き出した。黒い忍び装束は夜闇に溶け、直ぐに姿が見えなくなる。

 

 それを物陰からジェーンがジッと見つめ、暫しオボロの後ろ姿を見つめると自身も夜の闇に紛れるように姿を消すのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その日の夜、千里は心地良い気怠さの中布団から体を起き上がらせた。頭の中を占めるのは日中、学に言われたフブキの正体が椿ではないかと言うもの。千里自身心の何処かでそう感じつつ、必死に否定したい事実が脳裏にへばりついて離れなかったのだ。

 

 千里は考える。今後椿と顔を合わせた時、自分はどうすればいいのだろうか。

 

「…………はぁ」

「ん、んん……」

 

 思わず溜め息を吐くと、隣で唯が小さく声を上げる。顔をそちらに向ければ同じ布団の中に入った、一糸纏わぬ唯の姿があった。夏休みで徹も居ないからという事で滞在している彼女とは、この日も一夜を共にした。

 

 千里に甘えるように寄り添う姿勢で眠りにつく唯の姿に、千里はささくれ立ちそうになっていた心が落ち着くのを感じて思わず眠る彼女の頬を優しく撫でた。

 

「んん……ん……」

 

 頬を撫でられると寝ている唯の頬が緩んだ。夢の中でも千里にこうして頬を撫でられているのだろうか。愛らしい彼女の姿に千里は愛おしさを感じると同時に、触れても目覚めない程疲れ切った彼女に申し訳なさを感じた。日中の事もあり精神的にざわついていたのか、さっきはちょっと激しくしてしまった。唯はそんな彼も受け入れてくれたが、苛立ちを彼女にぶつけたようで千里は軽く自己嫌悪した。

 

 唯への感謝と愛しさ、そして申し訳なさを表す様に千里は彼女の頬に触れる程度の優しいキスをして布団から出た。裸体に衣服を軽く羽織って部屋を出て、台所に向かいコップに水を1杯注いで一気に飲み干す。冷たい水が喉を通る感触で心が落ち着く。

 

「千里君……?」

 

 そこで突如背後から唯が声を掛けてきた。振り返ると千里と同じく裸体に浴衣を軽く羽織っただけの姿の唯が窓から差す月の明かりの中に浮かんでいた。

 

「あ、ゴメン唯ちゃん。起こしちゃった?」

「うぅん、大丈夫。それより……まだ、気になる?」

 

 こちらを心配してくる唯の問いに、千里は顔を俯かせて頷いた。やはり椿が卍妖衆に寝返ったなどとは認めたくない。何らかの任務で寝返ったと見せかけていると思いたいが、戦いの最中フブキから感じる敵意と殺意は間違いなく本物だった。仮に任務だったとしても行きすぎだ。となると、本当に寝返ったと考える方が自然である。

 

「俺……どうすればいいんだろう。次に長谷部さんかフブキに会った時、俺は……」

 

 コップをシンクに置きながら千里が悩む。そんな彼に唯がそっと抱き着いた。背中に浴衣越しに唯の巨乳の感触を感じ、千里は思わず背中に力を込めた。

 

「唯ちゃん……?」

「大丈夫。私もついてるから。私に出来る事は、こうして千里君を受け止めて上げる事くらいだけど……千里君が感じてる辛さも全部、私が受け止めるから。だから、そんなに怖がらないで……」

 

 唯の言葉に千里は振り返り彼女を抱きしめ返した。お互いはだけた体の前面を触れ合わせる事で、唯の巨乳の感触がよりダイレクトに感じられるが、今はそんな彼女の温もりが心地いい。そのまま彼女と溶け合いたくなる。

 

 千里の気持ちを察したのか、唯は彼を部屋に連れて行こうとした。

 

「戻ろう、千里君」

「いや……」

「え? わっ!」

 

 突然唯の視界が反転した。千里に床に押し倒されたのだ。押し倒すと言っても彼女が背中や後頭部を床にぶつけたりしない様に、優しく押し倒した結果台所の床に浴衣を広げた状態で唯が横たわる。千里の前で浴衣を大きく広げ、腕意外の裸体を彼の前に晒している事に唯の頬が赤く染まる。

 

「あ、あの、千里君……!」

「ゴメン……部屋まで我慢できそうもないや」

 

 そう言って顔を近付けてくる千里に、唯もそのまま彼を受け入れようと両手を彼の首に回し目を瞑った。

 

 その時、周囲に仕掛けた侵入者対策の忍術に何者かが掛ったのを千里は感じた。それを感じた瞬間、彼は目を見開き立ち上がって唯から離れた。

 

「え、千里君……?」

 

 突然雰囲気を変えた千里に困惑する唯だったが、彼の雰囲気から敵の接近を察した彼女も緊張に表情を引き締める。浴衣を着直しながら千里に緊急事態かと問えば、彼も浴衣を着直しながら頷いた。

 

「卍妖衆?」

「多分。こっちに近付いてきてる」

 

 恐らく敵は1人。フブキかドクロのどちらかだろう。良い雰囲気だったところを邪魔された事に千里は苛立ちを感じながら不安そうな顔をする唯を軽く抱きしめる。

 

「唯ちゃんはここに居て。ここなら外よりはずっと安全だし、何かあればすぐに駆け付けられる」

 

 以前マンダラとドクロが襲撃を掛けてきた後、修復と並行して屋敷は防衛用の罠を一新した。今では千里ですら迂闊に気を抜けない場所すらあるほどである。何も知らない卍妖衆の忍びが足を踏み入れようものなら、多種多様な対侵入者用トラップに翻弄され足止めされる事確実だ。仮に千里が迫る敵の相手で屋敷への侵入者に気付けなかったとしても、これらのトラップが唯の事を守ってくれる。

 

「うん。気を付けてね、千里君」

「ん、ありがとう。言ってくる!」

 

 浴衣の紐を締め直した千里の頬に唯がキスをし、それを受けた千里は頷きながら屋敷から出ながら変身した。

 

「執筆忍法、変身の術ッ! コガラシ、変身ッ!」

【忍法、変身の術ッ! 夜の声、しのぎ削りし、忍ぶ者……コガラシッ! 達筆ッ!!】

 

 変身したコガラシは真っ直ぐ反応のあった地点へと向かっていく。

 程無くして現場に到着したコガラシ。そこに居たのはドクロであり、ドクロはコガラシがやって来たのを見て慄いたように立ち止まった。

 

「ッ、コガラシッ!」

「よぉ、いい夜だな。俺達忍びにはぴったりの夜だ。お前は、夜の散歩の最中か?」

「くッ!」

【忍法、骨舞踏の術ッ! 達筆ッ!】

 

 フブキからの情報で、現在屋敷に居るのが千里だけという情報は得ていた。今ならホムラの相手をすることなくコガラシと戦えると思っていたし、迎撃される事も考えていた。が、これは流石に早すぎる。あまりにも早すぎるコガラシの対応に、ドクロは屋敷を中心に探知用の忍術が張り巡らされていた事を察した。

 

 これは有用な情報だと内心でほくそ笑みながら、ドクロは骨舞踏の術で生み出した骨の兵士達をコガラシへと向かわせる。骨の兵士は下忍以下の能力しか持っていないが、それでもこの数とちょっとやそっとの攻撃では受けてもすぐ戦線復帰するゾンビの様な戦法は単騎のコガラシにとって厳しい戦いになる筈だ。

 

 そう、思っていたのだが…………

 

「――もう、俺にこいつらは通用しない」

 

 コガラシに触れた瞬間、骨の兵士達は術が解除されただの遺骨となりその場に散らばった。次々と骨の兵士達がコガラシに殺到するのだが、新たにコガラシが纏った土豪の文鎮の鎧は貧弱な攻撃を物ともせず、動きを止めた兵士にコガラシが触れるとバラバラの骨に戻っていった。文鎮に付与されている、執筆忍法を無力化する効果によるものだ。これによって骨の兵士達はドクロの骨遁から解放され、再び安らかな眠りへとつく事が出来たのである。

 

「く、ならば……!」

 

 骨舞踏がダメなら、骨入道もコガラシ相手には意味がない。彼に対応する為には物理攻撃が必要……なのだが、その物理攻撃も今のコガラシ相手には効果が薄い。あの文鎮の鎧は忍術耐性と共に、物理防御も上げている。完全な自分達忍者に対する防具であると実感し、仮面の奥で歯軋りしながら棍を取り出しコガラシへと迫った。

 

「ハァァァッ!」

 

 ドクロはコガラシに向け何度も棍を振り下ろすが、今のコガラシにはやはりただの殴打は効果が薄い。何度も棍を振り下ろすが、それらをコガラシは腕で軽く受け止め歩みを止めもしない。

 

「くっ、厄介な……!」

「はっ!」

「ぐふっ!?」

 

 ドクロの攻撃を物ともせず、歩み寄ったコガラシは一瞬の隙を突きドクロの腹に掌底を叩き込んだ。強烈な一撃にドクロは後ろに数歩下がらされた。変身しているとは言え、彼の様な若者が出すとは思えない一撃。吐き気を堪えながらもドクロはここが潮時かと撤退を視野に入れ始めた。

 

(もともと今回は威力偵察の様なもの。これ以上の戦闘に意味はない、か……)

 

 しかしコガラシにいい様にあしらわれているだけでは面白くない。せめて何か……一矢報いるではないが、最後の足搔きと筆を振るった。

 

「今日の相手はここまで……!」

【忍法、骨遁 骨飛散の術ッ! 達筆ッ!】

 

 文鎮の力でただの骨に戻った遺骨に再びドクロの忍術が掛けられ、散らばった骨が一斉に爆散。細かな骨の礫が四方八方からコガラシに襲い掛かった。

 

「くっ!?」

 

 威力自体はどれも鎧で防げる程度のものでしかなかったが、流石にこれには彼も顔を手で覆い隠さずにはいられない。爆散の衝撃で煽られながら、飛んでくる礫から顔を守ろうと両腕で視界を塞ぐ。

 ドクロはその間にその場を離れてしまった。隠れ身の術で姿を消したドクロは、音もなくその場から離れていく。今回の戦いは終始コガラシにイニシアチブを握られていた形だが、それでも今のコガラシの能力の一部を知る事が出来た。特にあの高い防御力を知る事が出来たのは大きい。

 対策としては、鎧を脱がさせるか鎧の防御力を上回るパワーで叩き伏せるか…………

 

「後は、そもそも変身させないか……出来る事は色々ある、か。ともあれ、オボロ様に報告だな」

 

 オボロは隠れ家としているマンションの一室へと向かっていった。すると遠目にだが、彼の目に隠れ家としている部屋の前に誰かが居るのが見えた。一瞬万閃衆の手の者かと警戒したが、近くのビルの屋上に降り立ち観察している内にそれが間違いだと気付く。

 

 ドクロの隠れ家の部屋の前に居るのは、一見すると幽鬼の様な容貌の不気味な男。千里達のクラスの担任である骨猪であった。彼は何度か部屋のインターホンを鳴らし、暫く待って何の反応も無い事を確認すると肩を落としてその場から去っていった。

 

 骨猪がマンションから離れていくのを確認すると、ドクロは改めて周囲を確認して問題ないと判断して部屋の前へと音もなく降り立ち入っていく。暗い室内にドクロの姿が消えていった。

 

 程無くして、室内に異音が響いた。ゴキゴキと関節を外す様な音が響き、湿った何かを引き摺る様なズルズルと言う音が続く。生理的に嫌悪を感じそうな音が暫く響いた後、音が収まると薄暗い室内に人の影が浮かび上がった。その人影は首や肩を回しながらゆっくりと窓に近付き、閉められたカーテンを大きく開いた。

 

 瞬間室内に差し込む月明り。その下の浮かび上がったのは、一糸纏わぬ姿の1人の女性……千里達の学校の養護教諭である、泥伯 逸子であった。

 

「…………フッ」

 

 逸子は自身を照らす月の光に向けて笑みを浮かべる。その笑みは普段学校で千里達に向けるのとは全く異なる、残酷さを感じさせる笑みであった。




と言う訳で第46話でした。

物語が終盤に差し掛かり、ジェーンの怪しさもどんどん増しています。読者の皆様には正体不明な彼女にヤキモキさせている事でしょうが、彼女に関しては本編後の特別編で描写をしていく予定ですのでどうかよろしくお願いします。

夏休みで徹も居ないのをいい事に、千里と唯は2人だけの時間を思いっ切り満喫しております。おかしいな?前作がエロティックな雰囲気してたから今作はもっと少年漫画っぽい感じにしようと思ってたのに。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

今年も一年、よろしくお願いします!それでは。
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