仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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どうも、黒井です。

今回、ラストの方でちょっとショッキングなシーンがありますのでご注意ください。


第四十七筆:ど・く・ろ・は・こ・い・つ

 様々な事があった夏休みが明けて、やってきた新学期。約一か月ぶりの登校に、生徒達の反応は久し振りに友と会う事を喜ぶ者、再び始まる学業にうんざりする者など様々な反応を見せる。

 

 その中には当然千里達の姿もあった。2人揃って校門を通った千里と唯の姿を見て、周囲の学生達はある種の衝撃を受けた。正確には千里の隣を歩く唯を見て、だ。

 

「え? あれ? 小鳥遊さん、何か……?」

「何か、前より色っぽくなってないか?」

「というより、何か南城君と前より距離が近い様な……」

 

 生徒達が驚いたのは唯が纏う雰囲気である。夏休み前に比べて明らかに色気が増している。明確に化粧をしているとかそう言う訳ではない。見た目だけなら夏休み前と変わらず、艶やかな黒髪を肩の少し下まで伸ばしスカートも校則の規定内の長さの、他の生徒の見本となるような外見をしている。強いて言うなら制服のブラウスの胸元を大きく押し上げるその胸元が男子からすれば目の毒と言えるかもしれないが、純粋な身体的特徴でしかないのでとやかく言う程の事では無い。

 

 そう言うのとは違う。フェロモンと言うか、兎に角色香が凄かったのだ。千里の隣を歩く仕草、ふとした瞬間に動く視線など、以前であれば何てことは無い些細な動作が全て色っぽく見えてしまうのである。

 

 男子の多くはその色香に注目したが、女子はそれとは別に彼女の千里との距離感に注目した。あの2人が付き合っているのは前々から分かっていた。唯の千里への反応は露骨だったし、何より2人の間に流れる甘い雰囲気。あの男嫌いと思われていた唯が千里と付き合っていると知って、女子は純粋に驚き男子は千里に嫉妬した。

 だが今の2人の距離感は夏休み前に比べて明らかに近くなっているように見えた。別に手を繋いでいる訳ではない。学校での不純異性交遊を許さない唯は、自分に対しても厳しく学校では千里との触れ合いを必要最低限に抑えている。しかしそれでも隠しきれていない程2人の距離は近いように見えた。

 

 これは一体どうした事か。この夏休みの間に何があったのかと思考を巡らせ、その末に行きつく答えは1つしかなかった。

 

 教室に向かうまでの道中、2人とすれ違う生徒達の脳裏には『まさか?』、『あの唯が?』と言う想像が過っていた。だがそれを口にする勇気はなく、誰もが2人の姿を見送っていた。

 そんな中で2人、特に唯に対して恐れず近付き話し掛ける者がいた。一時は唯と千里を取り合った仲とも言える里香である。教室で2人の姿を見た彼女は、唯の雰囲気から何かを悟り、音も無くそっと近づくと周囲には響かない声で唯に問い掛けた。

 

「ねぇ、小鳥遊さん?」

「ッ、な、何? 間宮さん?」

「単刀直入に聞くけど…………小鳥遊さん、今処女?」

「ブッ!?」

 

 あまりにもドストレート過ぎる問い掛けに、唯は思わず噴き出した。千里と一線を越え”少女”から”女”になった事を感付かれる可能性は予想しないでもなかったが、その問い方がこんなものだとは思ってもみなかったのだ。驚きのあまり唾が変な所に入り、唯は暫く咳き込んでしまった。

 

「ゲホッ!? ゲホゲホゲホッ!? ちょ、間宮さんッ! 他に言い方……!」

「でも分かりやすいでしょ? で、どうなの?」

 

 分厚いレンズの向こうから里香が探るような視線を向けてくる。詰問している訳ではないのに、追い詰められているかのような圧迫感を感じるのは里香の好奇心が溢れているからだろう。というか、物理的にも触れ合うのではないかと言う程顔を近付けてくる。唯は圧力が凄い里香を押し戻し、周囲に聞き耳を立てている者が居ないかをざっと確認して小声で答えを口にした。

 

「う……ううん。し……し……! し、処女は……」

「南城君にあげちゃった?」

 

 里香の言葉に唯は顔を真っ赤にして小さくコクンと頷いた。もう既に千里とは一線を越えただけでなく、それ以降夏休みの間は爛れたと言っても過言ではない日々を送ってしまった唯ではあるが、それでも根は恋愛や男女の関係に対して初心な唯だ。千里と”そう言う事をした”と言う事実を他人に知られるのは、何と言うか恥ずかしさがあった。

 

 唯が千里と一線越えた関係になったと知った里香は、思っていたほど大きな反応を見せなかった。予想ではこれ見よがしに弄って来るか、はたまた千里を唯に独占された事に僅かながら苛立ちの様な物を見せるのではと警戒していた。

 が、予想を裏切って里香は大きな反応を見せなかった。唯が千里との関係を認めたのを見た彼女は、ただ小さく息を吐き何度か小さく頷くと、一度千里の事を見て天を仰ぎ見ただけだ。

 

 大人しい里香の反応に唯は次の瞬間何が起こるのかと不安になりながら彼女に声を掛けようかと迷っていると、里香が唯の肩を優しく叩いた。

 

「そっか…………お幸せにね」

「う、うん……」

 

 それだけを告げて里香は唯から離れていった。離れていくその背中はどこか寂しそうに見えたのは、きっと気のせいでは無いのかもしれない。

 

 そんな事がありながらも、学生達は夏休み明けの学友たちとの交流を楽しんだ。その時間も程無くしてやって来た骨猪により終わりを迎える。

 

「みんな……おはよう。それでは、出席を取ります」

 

 骨猪に名を呼ばれて一人ひとり返事を返す。その中には勿論椿の姿もあった。相変わらずのござる口調。慣れたものであるクラスメート達は、ある意味で名物の彼女の存在に日常が戻って来たのを感じただろう。

 しかし、千里にとっては悩みの種を目の前にぶら下げられたような気になって素直に安心する事は出来なかった。こうしていると普通なのだが、その裏では卍妖衆と繋がっているのではないかと思うと…………

 

「――里君? 南城 千里君?」

「ッ! えっ!? あ、はいッ!」

 

 あまりにも椿の事に関して悩み過ぎていた為、名前を呼ばれている事に気付かなかった。慌てて返事をすれば、骨猪はぼんやりしていた彼を軽く叱った。

 

「もう夏休みは明けたのだから、しゃんとしてもらわないと困るよ」

「す、すみません……」

 

 新学期早々叱られた事に肩を落とす千里に、クラスメート達は珍しい事もあるものだと好奇の目を向けた。そんな中で彼に心配そうな目を向けるのはやはり唯であった。彼女は千里の様子がおかしい理由を知っている為、彼と椿を交互に見て思わず肩を落とした。

 

 そんなちょっとしたトラブルがありながらも出席確認が終わり、夏休みの課題提出などを経てホームルームもこれと言った問題も無く終わった。

 

 と思っていたら、骨猪は教室から出る前に千里の元へ向かい周囲の目を気にするように彼に話し掛けた。

 

「南城君……少し、いいかな?」

「先生?」

 

 骨猪が個人的に自分に接触を図って来る事が意外だったので、千里は思わず目を瞬かせる。しかも態々周りの目を気にするようにして、だ。これはただ事ではないと驚きながらも千里は気を引き締めた。

 

「何でしょう?」

「ちょっと、後で時間が取れないかな? 出来れば山崎君と、長谷部さんも一緒に」

 

 その3人を態々指名すると言う事は、つまりは忍びの何かが関係した内容になると言う事。千里はチラリと学達の事を見やり、頷く事で答えると骨猪は何処か安堵したような様子で今度こそ提出された課題を手に教室を後にするのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 千里が唯・学と共に骨猪の元を訪れたのは昼休憩になってからだった。他の休み時間だと込み入った話をするには時間が無さすぎる。手早くしっかりと話をするには、昼休憩の時間が一番だった。昼食を済ませながらの話と言う事で、少し行儀が悪いが人通りの少ない校舎の端の階段に腰掛け弁当を広げながら骨猪は口を開いた。

 

「すまないね、突然呼び出してしまって。ところで、長谷部さんはどうしたのかな?」

「気にしないでください。こっちの事なんで」

 

 椿も来ると思っていた骨猪は、彼女の姿が見えない事に首を傾げた。最初千里は彼女の事を呼ぶべきかどうするべきかと悩んでいたのだが、学に止められた事で結局ここに呼ぶ事は無かった。本人には知らせていないが、裏切りの疑惑がある以上彼女をこの場に呼ぶ訳にはいかない。

 

 詳しい事情を知らない骨猪ではあったが、その事に深く突っ込むような事はせず集まった千里達に感謝しつつ本題を切り出した。

 

「それで、急に君達を呼んだ理由なんだけど……」

「はい」

「単刀直入に聞かせてくれ。君達の忍法に、他人に成りすます様な物はあるのかな?」

 

 予想外の質問に千里と学は思わず顔を見合わせた。忍びの存在そのものではなく、忍びが扱い忍術の方に興味を持たれるとは思っていなかった。まぁ忍者の存在を知れば忍術や忍法の事も気になるのだろうが、それにしたって随分とピンポイントに聞いてくる。

 

 これは何かがあるなと察して、千里は骨猪から詳しい事情を聞いた。

 

「あるかないかで言われたら、まぁあります。変装も忍びの基本ですから。でも、何でそんな事が……?」

 

 何故そんな事が気になるのかと聞けば、彼は深刻そうな顔でその理由を口にした。

 

「実は……泥伯さんの事なんだけれども……」

「泥伯先生が?」

「彼女は……僕の知る泥伯さんじゃないかもしれないんだ」

 

 骨猪の話ではこうだ。最初この高校で彼女と再会した時は、暫く見ない内に変わった程度の違和感でしかなかったと言う。だが頻繁に接し海都などで行動を共にしている内に、その違和感が単純に時の流れの中で変化したにしてはおかしいと言う事に気付いたと言うのだ。

 

 例えば、ふとした瞬間のちょっとした仕草。例えば、食の好み。例えば…………

 

「彼女は僕の事を上の名前では呼ばないんだ。兄さんと被るからね」

「先生の、お兄さん?」

「双子の兄さ。数年前に行方不明になった。彼女は兄の事を知っている筈だから、間違っても僕の事を上の名前で呼ぶ事は無かった筈なのに……」

 

 無論、それも時の流れによる変化と言う可能性はあるだろう。長い月日は人間の価値観を時に大きく変える。逸子も時が経って骨猪の呼び方が変化したと言う可能性は大いにある。

 

 大いにある……が、骨猪の目から見て逸子の変化は時の経過によるものだけという言葉ではどうにも片付けられない物だった。違和感をどうしても拭えない彼は、この手の事に詳しいと思われる千里達に相談を持ち掛けたのだ。

 

「山崎、どう思う?」

「何とも言い難いな。確実な証拠がないと、こっちとしても動きようが無い」

「だよな……」

 

 今の今まで、逸子に怪しい動きの様な物は見られなかった。故に彼女は今まで完全にノーマークであり、卍妖衆の手の者ではないかという疑いは掛けられていなかった。

 

 今まで疑われていなかったのなら、これから疑えばいい。学はその考えの元、卍妖衆への警戒と並行して逸子の監視を千里に提案した。

 

「取り合えず、暫くは暇だろうから宇賀八先生の不安を解消してあげよう。まずは監視から、だ」

「そうだな」

(…………あれ?)

 

 こうして逸子の監視が行われる事となった。とりあえずまずは学が式神を用いつつ、人目を忍んで自分の目でも彼女に怪しいところがないかを調べていた。

 

 その一方、唯はふとある事が気になり帰り路で思い切って千里に聞いてみた。

 

「ねぇ、千里君? 少し良い?」

「ん? 何、唯ちゃん?」

 

 隣を歩く唯が覗き込むようにして問い掛けてきた。その愛らしい仕草に内心で悶えそうになりながら、努めて平常を装って向き合う。

 

「さっき、山崎君が暫く暇って言ってたけどさ」

「うん」

「次の秘宝は集めに行かなくていいの?」

「次の秘宝?」

 

 万閃衆が管理している秘宝の総称は『陰陽五秘宝』……そう、”五秘宝”だ。つまり秘宝は本来五つあると言う事。しかしこれまでに千里が集めた秘宝は全部で四つ。総称に対して一つ足りない。秘宝を全て集めるのであれば、この後最後の一つの秘宝を集めに行かなければならない筈なのだ。

 

 しかし学は暫く暇になると言う。最後の秘宝をほったらかしにして、椿への警戒や逸子の監視をするというのである。それらも十分大事な事であると言うのは分かるのだが、ここに来て秘宝を放置する事に唯は違和感を感じずにはいられなかった。

 

 この唯の疑問に対して、千里も答えを持ち合わせてはいなかった。それは秘密にしないといけないからではなく、彼もそれに関しては知らないからである。

 

「ん~、ゴメン。それは俺も分からないんだ。自分で言うのもなんだけど、俺も何だかんだで半人前の中忍だからさ? そう言う詳しいことまでは聞かされてないんだよね」

「そっかぁ……」

 

 ちょっぴり残念そうに肩を落とした唯は、歩きながらこれまでに集めた秘宝の事を考える。

 

 これまで集めた秘宝は全部で四つ。『晴嵐の筆』、『暁の硯』、『深緑の画仙紙』、そして『土豪の文鎮』だ。筆、硯、画仙紙、文鎮……これらは所謂、書道を行う上で必須となる道具に由来していると考えられた。

 俗に『文房四宝』と呼ばれる書道の必須道具は硯・筆・紙・墨の4つであるが、陰陽五秘宝ではこの内筆・硯・紙が含まれている。文鎮は四宝に入っていないが、紙を固定する為の道具として必要である事に変わりはない。

 この中で唯一存在しないのは墨であるが、彼ら卍妖衆の忍びが扱う忍筆は墨が無くても文字が書ける。それに硯も勝手に墨を生み出してくれるので、彼らの秘宝に墨は不要と言う事が伺えた。

 

 さてこうなると分からないのが、何故()()()なのかと言う事だ。存在しないのに”五”という文字は使わないだろう。秘宝は必ず五つ存在する。では、その五つ目の秘宝とは?

 

「うぅ~ん……」

 

 どうにもそれが気になって、唯は1人腕を組み頭を捻ってウンウン唸る。高校生離れした巨乳持ちの彼女が胸元で腕を組み背筋を丸めて唸ると、巨乳が強調され破壊力が凄まじいのだが千里はそれをあまり露骨に見ないよう気を付けつつ悩む彼女の頬を指で突いた。

 

「んみゅ?」

 

 突然頬を指て突かれ、唯が目を丸くして千里の事を見れば彼は柔らかな笑みを浮かべて彼女の事を見ていた。

 

「考えても仕方ないよ。もしかしたら最後の秘宝は総本山で保管されてるのかもしれない。一度は襲撃されちゃった場所だけど、その後防備を見直して許可された人以外は絶対入れないようになってるって話だし、それなら態々俺に回収させないのも納得できる。もしそこに無かったとしても、回収する必要があるなら何か沙汰がある筈だよ。だから今は気楽にいこう」

 

 そう言って千里が自分の眉間を指でなぞる。彼に倣って唯も自分の眉間に触れれば、そこには思っていたよりも深い皺が刻まれていた。こんな顰め面を千里に見せたくなくて、唯は慌てて顔を揉み解し眉間を擦って肌を伸ばし皺を無くそうとした。

 そんな彼女の仕草が可愛くて、千里は周りを見渡して他に人が居ないのを見ると隣の唯をギュッと抱きしめた。

 

「んぅッ……せ、千里君?」

「大丈夫……大丈夫だよ。きっと何とかなるし、何とかする。唯ちゃんが心配するような事にはならないよ」

「ん……うん」

 

 千里から伝わる温もりに、唯も身を委ねるように抱きしめ返す。

 

 耳を澄ませば、遠くから聞こえてくる街の喧騒以外は千里の心臓の鼓動しか聞こえない。その音を聞いていると、不安やら何やらを忘れられた。まだ残暑は厳しいが、それでも千里の温もりと彼の心臓の鼓動は唯にとって心地良いものだった。思わず時間を忘れてしまう程だ。

 

 千里も千里で、唯と触れ合うこの時間を堪能する事に夢中になっていた。こんな些細な事ではあるが、それでも彼にとっては至福の時間だ。

 

 その至福の時間が、突如鳴り響いたスマホの着信音で妨害される。千里の懐から突如として高らかに鳴り響いたその音に、彼に抱き着き心臓の鼓動に身を委ねていた唯は驚きのあまり弾かれるように彼から離れた。

 

「うわっ!?」

「ッ! ったく、いい所だったのに、誰だ……?」

 

 不満を口にしながらもスマホを取り出し、着信相手を確認する。ディスプレイには『山崎』の名が表示されていた。

 その名を見た瞬間、千里の視線が鋭くなった。今彼は逸子の監視をしている筈だ。その彼がこうして連絡してきたと言う事は、きっとただならぬことがあったに違いない。

 

 千里の様子から唯も何かが起きた事を察し緊張した顔になる。彼女の顔を横目に見ながら千里は画面をタップして通話に出た。

 

「もしもし、どうした?」

『南城、ちょっと今こっち来れるか?』

「あぁ」

『ならすぐ来てくれ。詳細は合流した時話す』

 

 それだけ告げて学は通話を切った。声の様子などから緊急事態と言う程の事では無いようだが、さりとて何も問題が無い訳がなく千里の手助けを求める程の事態になったようだ。詳細をその場で通話越しに話さなかったと言う事は、それだけややこしい事になったと言う事か。ともあれ、あちらへ行かなければ話は始まらないらしい。

 

 千里は唯に目配せすると彼女はしっかりと頷いた。言葉にせずとも分かる。その反応に千里も頬を綻ばせながら頷くと、2人で一路逸子が住んでいるマンションへと向かっていった。

 

 現場となるマンションの前に着くと、千里はまず学の姿を探した。やっている事は逸子の監視なので、本人は勿論何も知らない人にも見つからない様に身を潜めている筈。

 

「えっと、学の奴は……」

「……あっ、千里君あれ!」

「ん?」

 

 唯が何かに気付きある一点を指差すと、その先に物陰からこちらに手を振っている学の姿を見つけた。千里は唯と共に足早にそちらに向かい、周囲の人から見られない様に同じ物陰に隠れながら彼に何があったのかを問い掛けた。

 

「山崎、どうした?」

「悪いな、いきなり呼んで。ちょっとお前の手を借りたくてさ」

 

 学が言うにはこうだ。彼は帰宅する逸子を尾行してここまでついて来た。そして彼女が自室に入った所で忍術を使い彼女が中で何をしているかを探ろうとしたらしいのだが…………

 

「俺の忍術『雷心の術』じゃ中に人が居る事しか分からねえ。んで、中に入った先生を探ったらあの人リビング辺りで全然動かねえんだ。何をしてるのか分からねえ。南城、お前の風読みで何とかならねえか?」

 

 これが千里をこの場に呼んだ理由だった。もし逸子が帰宅後に部屋の中をうろついているのであれば学もここまで警戒はしなかったのだが、彼女は帰宅して真っ直ぐリビングに向かい窓辺に立ってから全く動こうとしなかった。普通帰宅すればトイレに行くなり洗面所で手洗いするなり、兎に角何かしら動き回る筈なのにである。

 

 彼の話に大体の事情を察した千里は、早速精神を集中させ風を読み室内の逸子が何をしているかを探った。

 

 目を瞑り、精神を集中させる千里を唯と学が固唾を飲んで見守る。暫くは時折風が吹く音以外静かだったが、突如千里が険しい顔になり目を見開いた。

 

「は? えっ!? な、何だこれッ!?」

「南城、どうした?」

「ちょ、山崎行くぞッ!?」

「千里君?」

 

 何やら慌てた様子でマンションの中へ入っていく千里に学と唯も何が何だか分からぬと言った様子ながらついていく。

 

 生憎とマンションの正面玄関は電子ロックが設置されており、テンキーに番号を入力しなければ入れないようになっていた。千里達は当然このマンションの部外者なので、住民のみが知る番号など知る訳がない。

 が、千里も学も事潜入に関してはエキスパート。未熟謂われる千里もこの程度のロックをやり過ごす手段は心得ていた。

 

「執筆忍法、雷遁の術ッ!」

【忍法、雷遁の術ッ! 速筆ッ!】

 

 忍術を併用して手早く電子ロックを解除してマンションの中に入った千里は、一直線に逸子の居る部屋まで向かっていった。同じ忍びの学は遅れる事無くそれについていくが、飽く迄運動部に所属しているだけの唯には2人の動きについていくのもやっとという様子で次第に息が切れて距離が開き始めた。

 

「はぁっ!? はぁっ!? はぅ、ふぅぅ……!?」

「あっ!? 唯ちゃんッ!?」

 

 流石に唯を1人残していく訳にもいかず、彼女が遅れている事に気付いた千里が思わず足を止める。唯は彼に手を借り、肩で大きく息をしながら呼吸を整えた。その間に学は一足先に逸子の部屋へと向けて駆けていった。

 

「俺は先行くぞッ!」

「悪い、直ぐ追いつくッ!」

「ご、ゴメンね……はぁ、はぁ……」

 

 自分が足を引っ張って、千里の行動を邪魔してしまっている事に申し訳なさを感じずにはいられない唯は息も絶え絶えになりながら、彼の手を借りて懸命に階段を上った。正直、今更だが行先だけ聞いて自分はエレベーターで上がれば良かったと思わなくもない。千里と学の身体能力なら、エレベーターよりも早くに目的の階に行けた筈だ。

 

 等と考えながら唯は千里に手を借りつつ逸子の部屋がある階に辿り着いた。この頃には唯も多少は余裕を取り戻したのか、千里の手を離れて自力で足を動かし始める。

 

「ここまで来れば大丈夫。それより千里君は先に行ってッ!」

「分かったッ!」

 

 唯から離れて逸子の部屋の前へと駆ける千里は、目的の部屋の前に佇む学の姿を見つけた。

 

「山崎ッ!」

「こっちだ!」

 

 学は千里を手招きし、合流すると逸子の部屋のノブを捻った。予想していたが部屋には当然鍵が掛かっている。だがこの鍵なら開けるのは容易かった。針金を使って学はあっさりと扉を開けた。

 

 鍵が開いた事を確認すると、2人は顔を見合わせて頷き合う。そしてもしもと言う時の事を考え、苦無を片手に扉を開け静かに中に入った。

 

「超今更だけど、インターホンとか押さなくて良かったのかね」

「安心しろ。多分、出る余裕なんて微塵も無いから」

 

 それはどういう意味なのかと学が問おうとしたところで、リビングに入った千里の足が止まった。その目は見開かれ、緊張したように生唾を飲み喉が鳴る。

 彼は一体何を見たのかと学がその視線を追うと、その先にあるのはベランダに続く窓があった。千里の視線はその下の方に向いている。

 

 ”それ”はそこにあった。最初、学もそれが何なのかは理解できずにいた。が、よくよく見てそれが何なのかを理解した時彼も戦慄した。

 

「あれ、は……」

「泥伯、先生……?」

 

 咄嗟に千里が逸子の名を呼んだが、彼自身それが逸子であると言う確証を持つ事は難しかった。

 

 逸子は潰れていた。まるで風船から空気が抜けた様に、何の支えも無く床に形を留める事も出来ない様子で崩れ、人としての形を保てては居なかった。

 

「千里君、どうしたの!?」

 

 漸く追いついた唯が、2人の背後から何があったのかを覗き見ようとした。千里はそれを妨害した。血の一滴も流れている訳ではないが、あの光景は彼女には刺激が強すぎる。

 

「唯ちゃん、駄目だッ! 見ちゃ駄目だッ!」

「え、何で?」

「ちょっと、君にはショッキング過ぎるから」

 

 実際唯がこの手の光景に対してどういう反応を見せるかは分からないが、いい反応をしない事だけは確かだろう。下手をすればトラウマになりかねない。そんな千里の気遣いが伝わったのか、唯はそれ以上無理に逸子の様子を見に行こうとはしなかった。

 

 一方学は、周囲に警戒しながら潰れた逸子に近付き恐る恐る触れてみた。肌の部分に触れると、瑞々しく温かい。まるで本物の人間の肌に触れているようだ。

 

 否、これは…………

 

「おい、おいおいおいっ!? 嘘だろこれッ!?」

「あぁ、間違いない――――」

 

 

 

 

「――――生きてるッ!」

 

 

 

 

 それは脱ぎ去った着ぐるみや特殊メイクの類では無かった。風で様々な情報を読み取れる千里と、電気を操り信号などを調べる事が出来る学の2人だから分かる。ここに居るのは間違いなく生きた人間だった。その証拠に学はこの潰れた逸子から刺激が脳に伝わっている電気信号を確かに捉えていた。

 

 だが人間にしてはあまりにも不可解。一体何がどうしてこうなったのかと考えを巡らせ、そして一つの結論に行きついた。

 

「これ、まさか……骨が……!?」

「骨が無い……全部……!?」

 

 そう、その逸子には骨が無かった。脳はあるし心臓も動いているが、ただ一つ骨だけが彼女の体の中に一本も無かったのだ。骨が無ければ人間の体は支える事が出来ず、陸に上げられたタコの様に潰れるだけ。こうなるのも自明の理であった。

 

 問題は何時から、何故こんな事になっているのかである。

 

「ドクロの仕業か?」

「それしか考えられない。奴が扱うのは骨遁の術。禁術を使って何かしたんだろ」

「ヒィッ!?」

 

 2人が考察していると、逸子の様子を覗き見た唯の口から悲鳴が上がった。2人の様子から流石に気になって少し見て見ようとなったのだろう。そしてその結果、割とショッキングな光景を目の当たりにしてしまった。衝撃のあまりの嘔吐こそしなかったが、吐き気に近い感覚は覚え口元を手で押さえ顔を千里の胸板に押し付ける。

 

「ど、泥伯先生……何で……!?」

「そう、気になるのはそこだ。仮にこれをやったのがドクロだとして、アイツはなんで泥伯先生を?」

「術の触媒に骨が欲しかった……にしては、生かしておく理由が……」

 

 神妙な顔で2人が考えていると、千里が吹き込んでくる風からある情報を読み取った。瞬間背筋を冷たいものが流れ、彼は唯を抱きしめながらその場に伏せ同時に学にも警告した。

 

「離れろ山崎ッ!」

「ッ! くッ!?」

 

 潰れた逸子をその場に落としながら、学は咄嗟にその場を離れ天井に張り付いた。直後、2人が居た場所をそれぞれ手裏剣が通り過ぎた。

 

「くッ、誰だッ!」

 

 伏せながら千里が顔だけ上げて下手人の姿を確認する。そこには何時の間にそこに居たのか、ベランダに佇むドクロの姿があった。ドクロは腕を組んだ状態で伏せる千里と天井に張り付く学を交互に見て、鼻を鳴らした。

 

「フン、遂に嗅ぎ付けられたか。まぁそれなりに長く持った方か?」

「ドクロ、お前……!」

 

 千里は唯をその場に伏せさせたままゆっくりと立ち上がった。その手には何時でも変身できるようにと

忍筆が握られている。学も同様に天井から降りて、ドクロを警戒しながら忍筆を構える。

 唯はその様子を床に伏せた状態で見上げる様に見ていた。

 

 日が沈み始めた夏の午後、緊張感が漂う部屋の中に残暑の残る熱く湿った風が吹き込んだ。




と言う訳で第47話でした。

千里と一線超えた事で、唯の女としての魅力が以前に比べて遥かに増しました。少女の時間を終え、大人の女性への一歩……どころじゃないけど、踏み出した影響が形にならずとも目に見える形で分かった感じですね。

前回で逸子がドクロと言う構図が出来上がりましたが、実は逸子は文字通り骨抜きにされてその中にドクロが入り込んだ形になっていました。この描写は漫画トリコのアイスヘル編に登場するボギーウッズを参考にしています。骨だけ無くなった状態で生かされるってのも、想像すると背筋に冷たい物が走りますね。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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