仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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第四十九筆:発露するもの

 日が沈みつつあり、影が濃くなりつつある街中で、対峙する唯とフブキの間に場違いな程軽いスマホの着信音が響き渡る。その音の出所はフブキの手の中にあるスマホであり、音が鳴り出した原因は唯がそのスマホに連絡を入れたからだ。そう、唯とフブキの間にはスマホで連絡先を交換したと言う明確な繫がりがある。

 

 その繫がりの意味するところは即ち、2人が知り合いである事の表れであり、そしてフブキの正体が唯も知る人物であると言う事の証明でもあった。

 

「あなた、長谷部さんね?」

 

 唯が念押しする様に問い掛ける。しかしそれに対しフブキは何も答えない。言葉は発しないが、しかし頭を僅かに左右に振っている様子からどうすべきかと視線を彷徨わせているのが見て取れた。仮面で顔が隠れている為表情を伺う事は出来ないが、目線も泳ぎまくっているだろう事が手に取るように分かる。

 何も言葉を発しないのはフブキにとってせめてもの抵抗の表れだったが、それが却って全てを肯定していた。『沈黙は金雄弁は銀』とは言うが、この場合は沈黙が全てを物語ってしまっている。

 尤も、この状況では何を言おうと無駄でしかないが。

 

「な、何を証拠に……これは……これは……」

 

 喉を震わせながらフブキが言い訳を口にしようとしたが、半ばパニックを起こした頭では最適な言い訳が思いつかない。

 そこに唯がさらに追い打ちをかける。徐に通話を切ったのだ。途端に着信音が止まり、束の間静寂が訪れる。突然静かになった事にフブキが困惑していると再び着信が鳴り出した。音を発し、振動するスマホに唯の名前が表示されてフブキは驚きのあまりスマホを落としてしまう。

 

「ヒッ!?」

「……今、私は一度通話を切って、リダイヤルで長谷部さんに連絡したわ。あなたの持つスマホもタイミングよく着信したみたいだけど、これは果たして偶然なのかしら?」

 

 敢えてコガラシ達にも聞こえるような声で唯が状況を説明する。意外な所から自身の正体を明かされ、フブキ……椿は仮面の奥から慄くような目を彼女に向けた。

 一方黙っていないのがコガラシだった。彼は最後まで椿の事を信じようとしていた。彼女は万閃衆を裏切る事はしない、何があっても彼女は仲間であると……そう信じたかった。だがその信頼は最悪の形で裏切られたのだ。黙っていられる訳がない。

 

「どうなんだ……どうなんだよッ!? お前、長谷部さんなのか?…………答えろよッ!?」

 

 激昂するコガラシの声を合図にしたかのように、イカズチが雷光を纏いながらフブキに向け突撃した。刃を前にした渦雷を振り下ろす様子からは明らかな怒りが感じ取れた。

 

「長谷部、椿ィィッ!」

「くっ!?」

「何故だッ! 何故お前ほどの忍びが万閃衆を裏切ったッ! 何がお前を卍妖衆に与させたんだッ!」

「――るさい」

「何ッ!」

「五月蠅いッ!!」

 

 怒涛の攻めでフブキを圧倒しながらイカズチが問い掛けると、フブキも感情を爆発させて全身から吹雪を放ちイカズチを押し退けた。強烈な冷気が瞬間的にイカズチの体のあちこちを氷漬けにする。慌てて距離を取った彼が全身の氷を電撃で剥がす前で、フブキはそれまで心の奥底に秘めていた思いの丈を吐き出した。

 

「お前に、お前達に何が分かるッ! 私は……私には、あの人の……楓殿の後を追う事等許されていなかった!?」

「楓?」

「千里君のお母さん?」

「母さんが? 母さんが、何の関係があるって言うんだッ!」

 

 コガラシには分からなかった。何故ここで母の名が出てくるのかが。椿が卍妖衆に寝返った理由に、自分の母がどうかかわっているのか彼には皆目見当もつかなかった。

 困惑する彼に対し、フブキは自棄になった様に彼にとって衝撃の内容を口にした。

 

「お前まさか、覚えていないのか? お前も見ていた筈だッ! 彼女の、楓殿の最期の瞬間ッ! あの時、彼女が死んだ原因は私だと、お前も見ていた筈ッ!!」

 

 コガラシは彼女が何を言っているのか分からなかった。確かに、彼もあの瞬間あの場所に居た。傘木 雄成が変異したプロトファッジの爪により、自身の母が切り裂かれ命を落とす瞬間。忘れる筈もないあの瞬間の光景は今でも鮮明に思い出せる。

 思い出せるからこそ彼は分からなかった。何故、母の死に椿が関係していると言うのか? 何故ならあの時、あの瞬間…………

 

「何の事だ? 何言ってるんだよッ! 母さんの死に長谷部さんが関わってるって……」

「五月蠅い五月蠅いッ!?」

 

 自暴自棄になったかのようにフブキが氷鱗をコガラシに向け投擲する。二つのチャクラムが弧を描いて飛んでくるのを見て、コガラシは言葉を飲み込み轟雷で時間差で飛んできた二つの刃を弾き返す。

 弾かれて返って来た自身の得物を受け止めたフブキは、感情を爆発させ周囲を凍り付かせながらコガラシに攻撃を仕掛けた。

 

「最早言葉は不要ッ! 私は卍妖衆中忍のフブキッ! それ以上でもそれ以下でもないッ! オボロ様の為、その命差し出せコガラシッ!」

「くっ、長谷部ぇぇぇぇぇッ!」

 

 コガラシとフブキが叫びながらぶつかり合う。コガラシは轟雷を振るい、斬撃と同時に風の刃を放ってフブキの鎧を切り裂く。対するフブキも攻撃に冷気を乗せ、防御や反撃に乗じて相手を凍てつかせた。コガラシはフブキの傍に居るだけで冷気により体力を奪われ、攻撃を凌ぐも余波だけで体のあちこちを凍らされる。

 

「こ、んのぉッ!」

 

 体のあちこちを凍らされながらも、コガラシは全身に噛み付く冷気の痛みを振り払って蹴りを放つ。風遁を纏いながらの一撃は、フブキから放たれる冷気を吹き飛ばしながらコガラシの攻撃を相手に届かせる。

 

「ぐふっ!? お、あぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 コガラシの蹴りを腹に受け、吐き気を感じながらもフブキは叫び声を上げながら氷鱗を振り下ろす。彼が身に纏う風により冷気は吹き飛ばされたが、斬撃の威力そのものは変わらない。蹴りを放った直後で動きが止まっているコガラシはこの一撃に対処する事が出来ず、鎧の上から斬撃を喰らってしまった。大抵の攻撃は防げる鎧も、フブキの執念を前には敵わなかったのかダメージを彼に伝えた。

 

「あぐっ!? ぐ、がぁぁぁぁぁっ!」

 

 鎧の上から体を切り裂かれた痛みに一瞬動きを止めるコガラシだったが、今の彼は痛み程度で止まらない。苦痛を怒りで振り払い、自身が傷付くのも厭わずフブキへの攻撃を続けた。

 

 コガラシとフブキの戦いに、イカズチは割り込む事が出来なかった。風と冷気のぶつかり合いが凄すぎて、手を出せる余地が無いのだ。迂闊に近付こうものなら自分が風と冷気によりダメージを受ける。

 

 イカズチが手をこまねいている間にも、コガラシとフブキは互いに相手を傷つけあっている。見るも無残な程互いにボロボロになっていく2人を傍から見ていると、それまで傍から見ていた唯が動き出す。これ以上2人が互いに傷つけあうのを見ていられなくなった唯は、2人を止めようと駆け出した。

 

「2人共、もう止めてぇぇぇッ!」

「小鳥遊さん、待ったッ!?」

 

「「ッ!?!?」」

 

 飛び込む様に近付いてきた唯に、イカズチだけでなくコガラシとフブキも互いに相手に抱いていた怒りも忘れて度肝を抜かれた。コガラシは恋人を傷付けてしまうかもしれない事に、フブキはオボロの命令に逆らってしまうかもしれない事に。

 

「唯ちゃんッ!?」

「くぅっ!?」

 

 2人は慌てて攻撃を中断したが、物理攻撃は止められても風と冷気はそうはいかない。唯が飛び込んでくるとは思っていなかったので、全力で放った忍術までは止める事が出来ないのだ。

 2人の危惧を前に、唯がコガラシに飛びつく様に飛び込んでくる。そんな彼女を風の刃と凍てつかせる冷気が襲い…………

 

 

 

 

「止めてぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 突如として2人の遁術が消し飛んだ。

 

「えっ?」

「なッ!?」

 

 勿論2人は唯を傷付けないようにと、術を止めようとは思っていた。だが術自体は止められても、放たれた風と冷気は止められるものではない。2人は唯が凍らされ風の刃で切り裂かれる最悪の未来を想像していた。それが裏切られた事に、コガラシは安堵と困惑を同時に感じ、対するフブキは驚愕に思考が停止した。今の光景はどう見ても、唯が2人の忍術を無力化したようにしか見えない。

 

(もしや、これがオボロ様が彼女を狙う理由……?)

 

 フブキが凝視する前で、唯は傷だらけのコガラシを押し倒す勢いで飛びついた。

 

「千里君ッ!」

「うわっと!? ゆ、唯ちゃん、何て危ない事をッ!? 一歩間違えてたらどうなってたか……!」

「分かってる! けど、これ以上千里君と長谷部さんが、戦ってるところなんて……見て、られな……い…………」

「唯ちゃん? 唯ちゃんッ!?」

 

 コガラシの腕の中で、唯が電池が切れたかのように意識を失いぐったりとしてしまった。唐突に脱力した彼女に彼が必死に声を掛けるが、閉ざされた彼女の目は開かれる事無く揺すられてもガクガクと揺れるだけで目覚める様子が無い。

 

 2人の様子を見ていたフブキは、不意を突いてここで唯を攫ってしまおうかとも思ったが、それはイカズチが許さなかった。彼女が不穏な動きを見せた瞬間、イカズチは忍筆を取り出し素早く術を発動した。

 

「させるかッ! 執筆忍法、電光石火の術ッ!」

【忍法、電光石火の術ッ! 達筆ッ!】

 

 全身に雷を纏い高速でフブキに接近したイカズチが、その勢いに任せた一撃をお見舞いする。目にも留まらぬ速度で放たれた攻撃は、コガラシとの戦いで消耗した上に唯に意識を集中させていたフブキに反応できるものではなく、気付いた時には速度を乗せたイカズチのタックルを諸に喰らってしまっていた。

 

「がはぁぁっ?!」

 

 内臓が全て口から飛び出すのではと言う程の一撃に、フブキが大きく吹き飛ばされ地面に叩き付けられる。全身の骨がバラバラになり内臓が潰されたかと思う程の一撃に、彼女は息も絶え絶えになり膝を震わせながら壁に手をつき何とか立ち上がった。立ち上がると同時にフブキの変身が解除され、その仮面の下に隠されていた椿としての素顔が露わになる。

 

「ぐぅ、うぅぅ……」

 

 傷だらけの姿でふら付きながら立ち上がる椿に、眼前に立つイカズチが渦雷の切っ先を喉元に突き付ける。

 

「長谷部、椿……残念だよ。お前の事、同じ万閃衆の忍びとして信頼してたのにな」

「ふん……口先では何とでも言える」

 

 吐き捨てるように椿はそう言った。一応これはイカズチの本心でもあるのだが、彼女には皮肉にしか聞こえなかったらしい。本心が伝わらなかった事を残念に、そしてらしくないが悲しく思いながらも、イカズチは彼女を無力化すべく渦雷の柄を彼女の鳩尾に向けて叩き付ける。

 

 だが柄が彼女に当たる直前、イカズチは横合いから何者かによって吹き飛ばされた。

 

「うぉっ!? な、何だ……!?」

 

 何が起きたのかも分からず、しかし吹き飛ばされながらも空中で体勢を立て直し難なく着地するイカズチは自分を吹き飛ばした相手を睨む様に見た。

 

 そこに居たのは、漆黒の装束を身に纏った鎧の忍び……卍妖衆の首魁オボロが椿を守る様に立ち塞がっていた。

 

「お前は……オボロ……!?」

「こいつを今失う訳にはいかないのでな」

 

 オボロはそう短く告げると、コガラシの腕の中で意識を失った唯をチラリと一瞥してから煙玉を地面に叩き付けた。黒い煙が周囲に広がり、オボロと椿の姿が見えなくなる。相手が逃げるつもりだと言う事は分かっているが、この一寸先も見えなくなるような煙に紛れて攻撃されては堪らないと、イカズチは咄嗟に煙から距離を取った。

 一方、コガラシは唯を抱えていた為反応が遅れ広がって来た煙に包まれる。

 

「くっ!?」

 

 自分と唯を包む煙に対し、彼は首に巻いた画仙紙をマスク代わりに唯の口元に当て煙を吸わない様にさせた。大抵この手の煙玉に毒などの薬品は仕込まないが、色と使った相手を考えると決して油断する事は出来ない。

 

 警戒しながら煙からコガラシが唯を抱えて飛び出すと、彼は風遁の術でオボロの黒煙を吹き飛ばした。

 

「この……!」

【忍法、風遁の術ッ! 速筆ッ!】

 

 コガラシが操る風により、辺りを覆っていた黒煙は吹き飛ばされる。程無くしてクリアになった視界の先には、当然だがオボロの姿も椿の姿も無くなっていた。

 相手がオボロだったので仕方がないとは言え、まんまと逃げられた事にコガラシは唯を抱きしめながら仮面の奥で奥歯を噛みしめるのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その後、千里は気絶した唯と全身の骨を無くした逸子を揃って自分の家へと連れ帰った。特に逸子に関しては、一見すると生きている様には見えずとも死んでいる訳では無いので急いで連れ帰り空いている部屋に安置させた。

 因みに逸子のこの状態を見て、最初彼女が死んでいると思った骨猪はその場に崩れ落ち涙を流した。が、絶望する彼に学が希望となる言葉を告げた。

 

「え? 助かる? こんな状態の、泥伯さんが?」

「山崎、それって……」

 

 折れただけならともかく、骨そのものを無くされた人間がどうすれば助かると言うのか? 困惑する骨猪に対し、千里は凡そ見当がついているのか真剣な表情で学の事を見る。その視線に彼は頷き返し、逸子を救う手段。そして今後の卍妖衆に対する指針を決める為、の一手を告げた。

 

「総本山に向かう。そこでなら、泥伯先生の治療が出来る」

「だが、どうやってだい? まさか無くなった骨をまた生やす何てこと……」

「そのまさかだよ、先生」

 

 卍妖衆の幹部が扱う禁術である血遁・骨遁・そして心遁の術。これらは代償を必要とする上、危険な効果も持つ為禁術として扱われ術その物は固く秘匿されてきた。が、何事にも闇があれば光もある。これらの術は扱いさえ正しければ人を助ける超常の治療手段となるのだ。

 そして万閃衆総本山には、万閃衆の忍びの中で唯一禁術を治療の為だけに使う事を許された忍びが居るのである。

 

 この話を聞いて、骨猪は珍しく感情を表に出した感じで2人に詰め寄り手を取って逸子の救済を頼みこんだ。

 

「頼む……! 彼女を……泥伯さんを、救ってくれッ!」

 

 切羽詰まった様子で詰め寄って来る骨猪を前に、学は思わず顔を引き攣らせて後退ってしまった。無理もないだろう。ただでさえ不気味な顔が、切羽詰まった事で顔に力が入り迫力が増しているのだ。その顔が眼前にまで迫ってきた事で、学は本能的に思わず後ろに逃げるように下がってしまった。失礼だとはわかっているが、こればっかりはしかたない。それくらい今の骨猪の迫力は凄まじかったのだから。これが学でなかったら、悲鳴を上げて逃げ出すか気を失っていてもおかしくはない。

 

「わ、分かってますッ! 大丈夫、大丈夫ですから。泥伯先生は必ず助けますよ」

 

 飛び出しそうになる悲鳴を飲み込みながらそう告げると、骨猪も安心したように顔から力を抜き元居た場所にまで下がった。迫力ある不気味な顔が遠ざかった事に人知れず胸を撫で下ろす学を他所に、千里は傍らで眠る唯の頭を優しく撫でた。

 

(唯ちゃん……)

 

 その後、落ち着いた骨猪は屋敷を去り学もまた総本山へ向かう算段を整える為自宅へと帰っていった。屋敷に残されたのは、千里と未だ眠ったままの唯のみ。さてどうしようかと千里は考える。何が原因で眠っているのか分からないから、迂闊に動かすのは憚られる。何より、先程の状況。あわやと言うところで唯がまるで忍術をかき消したような光景が気になって仕方なかった。

 

「唯ちゃん……君は、一体……」

「ん、んん……」

「あ……!」

 

 千里が唯の寝顔を見つめていると、徐に彼女が身動ぎしてゆっくりと目を開けた。覚醒したばかりでぼんやりとした目を天井に向けていた唯は、視線を彷徨わせて千里の姿を見つけると寝ぼけ眼になりながら安堵したような笑みを浮かべた。

 

「ぁ……千里君……」

「唯ちゃん、大丈夫? 何処か痛かったり、気分が悪かったりはしない?」

 

 千里が覆い被さる様に彼女の顔を覗き込み問い掛ける。心底心配した様子で問い掛けてくる千里に、唯は彼を安心させるように笑みを浮かべながら布団から手を出し彼の頬を優しく撫でた。

 

「うん……大丈夫。良かった、千里君が無事で……」

 

 安心した様子の唯に千里も釣られて笑みを浮かべそうになるが、そうも言っていられないと努めて顔を引き締め先程の無茶を咎めた。

 

「唯ちゃん、何であんな無茶を……君を守るのが俺なのに、何で君が……」

「ごめんね? ただ、千里君と長谷部さんが戦ってると思ったら、何だかジッとしていられなくて。気が付いたら、体が勝手に……」

「それは……はぁ、分かったよ。結果的には助かったし。でももうこんな無茶はしないでよ?」

「うん」

 

 果たして本当に分かったのかと不安を抱かずにはいられない千里ではあったが、ここで信じないと言う選択肢は彼には無かった。物分かりの良い彼女であれば、そう心配する事はない。

 

 それよりも今後の事で千里は唯に大事な話があった。

 

「それより唯ちゃん、聞いてほしい事があるんだ」

「何?」

「実は――――」

 

 先程の話の内容を千里は掻い摘んで唯に話した。逸子を治療する為、彼女を万閃衆の総本山に連れていかなければならないと言う事。自分と学、どちらか或いは両方が向かわなければならないのだが、千里が赴かねばならなくなった場合必然的にも唯にもついて来てもらわなければならないと言う事。その場合止むを得ない事だが唯には千里達と共に学校を休んでもらわなければならないと言う事を話した。

 

「山崎の奴がこれからどうするかを総本山と話し合って、色々と動いてくれてる。だから今はまだどうなるか――――」

 

 そこまで告げた所で千里のスマホから着信音が鳴った。懐からスマホを取り出してディスプレイを見ると、そこには学の名が表示されている。もしやと思い通話に出ると、連絡を寄越してきた理由は案の定件の総本山へ向かう事に関する事であった。

 

「どうだ、山崎?」

『あぁ、南城。総本山の意向で、俺達関係者全員で総本山に行くことになった』

「って、事は?」

『当然、小鳥遊さんにもついて来てもらう。当然だな、今彼女は卍妖衆に狙われてる。結局取り逃がしたドクロとフブキが、千里達不在の好機を狙って唯を攫いに来てもおかしくない。彼女の身の安全を考えるなら、一緒に来てもらう以外の選択肢は無い』

 

 仕方がない。今の万閃衆は決して人員に余裕がある訳では無いのだ。人手を節約できるならそれに越したことはない。

 そうなると問題となるのは、やはり学校をどうするかである。一時的ならともかく、今回は丸一日以上時間が掛かる。その間何事も起こらないと言う保証は無いのだから、分身の術に後を任せていくと言う訳にはいかない。

 

「学校は?」

『安心しろ。もうこっちで手を打っておいた。宇賀八先生にも話は通してある。俺達3人、色々と理由を付けて数日の間休みだ』

 

 理由としては季節外れの感染性の風邪で休むと言う事になったらしい。少々苦しい言い訳に聞こえるかもしれないが、分身の術を残したりするのに比べれば現実的だ。

 だが学校はそれでいいとしても、唯の両親はどうするのか?

 

「唯ちゃんの両親には? どう説明する?」

『それもこっちで手を打っておく。取り合えず小鳥遊さんの面倒は南城、お前が見といてくれ』

 

 一体どうするつもりなのかと首を傾げる千里であったが、学ならそんな悪い事にならないだろうと信じて唯の両親に関しても彼に任せた。

 

「分かった。唯ちゃんにも伝えておく」

『頼んだぜ。それじゃ』

 

 通話を着ると、千里は布団から体を起き上がらせている唯の方を見た。

 

「ゴメンね、唯ちゃん。俺達の事情に付き合わせて、君まで学校を休む事になっちゃったよ」

「仕方ないよ。別に皆勤賞を狙ってた訳じゃないし、変に意地張って残って卍妖衆に襲われるのに比べればずっと……ね?」

 

 本当に聞き分けが良いと言うか、物分かりが良くて助かる。寧ろここまでくると逆に申し訳なるくらいだ。

 だが千里の考えを他所に、唯は寧ろ状況を楽しんでいるかのような様子すらあった。何の不満も抱いていない様子の彼女に、違和感すら抱いた千里は思い切って彼女に聞いてみた。

 

「こっちとしてはありがたいけど……唯ちゃんは良いの?」

「良いって、何が?」

「俺達の……忍びの事情に振り回される事がだよ。ちょっと前まで普通の女子高生だったのに、今は――――」

 

 そこまで言ったところで千里の口に唯の人差し指が添えられた。白魚の様な指が千里の唇に触れ、思わず千里は口を噤む。そして唯はそんな彼を温かな笑みで見ていた。

 

「んぅ……?」

「確かに、色々と危ない目には遭ってるし、大変だって思う事もあるわ。でも、それ以上にね……千里君と一緒に居られるのが、今の私にとっては大事なの」

「ゆ、唯ちゃん……!」

「普通の生活と千里君、どっちを取るかって言われたら……私は、千里君の方を取りたいな。何が待っていても……ね」

 

 気付くと唯の顔が千里の前にあった。鼻先が触れ合う程近くに彼女の顔があり、温かな吐息が頬を撫でる。

 

「だから、大丈夫。私に出来る事なんてたかが知れてるかもしれないけど……それでも、私は千里君と一緒に居るよ」

 

 そう言って唯はそのまま彼の唇にそっとキスをした。それは着火剤となった。愛する少女にそんな事を言われ、ここまでされて大人しくしていられるほど千里の精神は鉄壁ではない。これが見た目が良くても特に何とも思っていない少女が相手であれば誘惑を跳ね除ける事も出来ただろうが、既に一線を越えてしまう程深い仲となってしまった唯相手には心の鍵も簡単に開いてしまう。

 

 千里はそのまま彼女を押し倒し、胸の内に燻る想いを全て彼女にぶつけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ん?」

 

 ふと千里が目を開ければ、時刻はとっくに深夜を回っていた。ぼんやりとした頭で月明りだけが照らす室内を見渡せば、隣には同じ布団に入り千里の腕を抱く様にして安らかな寝息を立てている。2人はお互い何の衣服も見に着けていない為、唯の巨乳の感触が千里の腕にダイレクトに伝わり何とも言えぬ心地良さがあった。

 

「んぅ……せんり、くん……」

 

 寝言で小さく千里の名を呼ぶ唯に、千里は彼女の頬を優しく撫でた。そうすると彼女も寝ながら心地良さそうな顔をした。夢の中でも彼に頬を撫でられているのだろうか。

 その彼女の姿に千里は先程の彼女の様子を思い出す。普段学校で見せる厳しい姿とは打って変わって、情熱的に千里を求める彼女の姿。彼女のそんな姿に、精神的に色々とあった千里も自重せず彼女の事を激しく求めてしまった。それでも彼女は千里を止める事無く全てを受け入れてくれた。それがありがたくて、愛しくてさらに激しく求めてしまった。

 

 千里は唯の事が愛しくなって、眠る彼女を起こさないようにしながらそっと抱きしめた。滑らかな背中に手を回し、白磁の様な肌を優しく撫でる。

 

「ん……んん……」

 

 背中をゆっくり撫でられ、唯の口から小さな声が上がる。その彼女の姿が可愛くて、背中から腰の方に手が動いた。

 

(あ、そう言えば……)

 

 そこで千里は思い出した。彼女の腰の辺りには奇妙な痣がある。何かの文字の様にも見えるが、何なのかは分からない。唯に聞けば子供の頃からあったらしく、これが見られるのが恥ずかしいから昔は水泳の授業で着替えをするのが辛かったとも聞いた。

 

 少し気になって千里はその痣がある部分にそっと触れた。すると眠る唯の口から声が上がった。

 

「ん! んん……ぁ!」

 

 これだ。何故か分らないが唯はこの部分に触れられると殊更に強い反応を示す。一見するとただの痣に見えなくも無いが、もしこれに何か大きな意味があるのだとしたら? さらに言ってしまえば、もし唯がこれまで卍妖衆に着け狙われているのが千里の関係者だからではなく、この痣が関係しているからだとすれば?

 

「……関係あるか」

 

 脳裏に浮かんだ仮説を、千里は吐いて捨てた。そう、関係ない。彼女が特別な存在であろうとなかろうと、千里にとって掛け替えのない愛する少女である事実に代わりは無いのだから。

 

 唯は誰にも渡さない。卍妖衆は勿論、場合によっては万閃衆にもだ。彼女を自分から引き離すような真似は誰にもさせないと、千里は決意を胸に彼女を強く抱きしめた。

 

「ん、んん……千里、君……?」

 

 あまりに強く抱きしめてしまったからか、唯が目を覚ましてしまう。彼に抱きしめられた状態で目覚めた事に、理解が追い付かずぼんやりとした声で話し掛けてくる。やや困惑しながら声を掛けてきた唯に、千里は胸の想いを告げた。

 

「唯ちゃん……君は俺が守るから」

「え? あ、んむっ!」

 

 彼の言葉の真意を問い質す前に、彼は彼女の唇をキスで塞いだ。

 

「ん、んむ……ちゅう……んぁ……ん」

 

 目覚めてすぐにキスで唇を塞がれた事に最初目を白黒させていた唯だが、彼に求められていると分かるとそれを受け入れそのまま彼との溶け合う様なキスにのめり込んだ。

 

 抱きしめ返しながらキスに応えてくる唯に、千里は何があろうと彼女を守り抜く事を胸に誓い、その証を彼女に刻む様に激しく彼女を求めるのだった。




と言う訳で第49話でした。

とうとう目を逸らす事も出来ない程、椿が裏切っていたと言う事を知ってしまい千里も激怒です。何かの間違いであってくれと願っていただけに、反動で怒りが天元突破した感じです。
それに伴って……と言った感じで、唯にも変化が起こりました。ボチボチこの物語も終盤へ向かうので、その準備みたいな感じですね。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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