仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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どうも、黒井です。

今回は新たにキャラクターが登場します。


第五筆:秘密の庵

 トウロウクセジをコガラシが倒す瞬間は、校舎から見ていた学生達により目撃されていた。中にはスマホを取り出し、写真を撮る者まで居る。

 

 多くの視線に晒されている中、コガラシは一度校舎の方に目を向けると突如煙玉を地面に叩き付けた。屋上からそれを見ていた唯は、煙の中に姿を消すコガラシに首を傾げた。何故そんな事をするのかと。

 その疑問は煙が晴れた時に明らかになった。

 

 煙が風に流されると、校庭に残されたのはコガラシの必殺技の残滓である炎だけが残り、コガラシの姿は勿論トウロウクセジの姿すら何処にもなかった。

 それを見て唯は気付いた。コガラシが煙玉で姿を眩ませたのはトウロウクセジ……その正体である庄司を守る為だったのだ。先日の戦いでクセジは倒されると変異が解け元の姿に戻る事を唯も知っている。ここでトウロウクセジの正体がバレたらどうなるか等、想像に容易い。SNSにより情報が拡散し易い現代、怪人に変異していた事が公になれば今後まともな生活は不可能となる。

 コガラシはそれを防ぐ為、他の生徒達の目からトウロウクセジを隠したのだろう。

 

「南城君ってば…………ふふっ」

 

 敵であり、歪んだ感情を秘めていた庄司にも救いの手を差し伸べる。人はそれを甘いだとか言うのだろう。実際、最初コガラシの意図に気付いた時には唯も同じ事を思った。

 だが同時に、それを不快に思っていない自分が居る事にも気付いていた。今までは必要以上の会話も無く、最近になって交流が増えただけの間柄でしかない。だがそれでも、唯は彼であればその選択をするのだろうと納得していた。

 

 椿は恐らく厳しい言葉を口にするのだろうが…………

 

「って、そう言えば長谷部さんの方は大丈夫かな?」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 コガラシとトウロウクセジの戦いに決着がついた頃、ツララとコウモリクセジの戦いにも決着がつこうとしていた。

 

「カァァァァァァッ!」

 

 コウモリクセジはモデルとなった蝙蝠らしく、口からの超音波でツララを攻撃していた。口から放たれる高出力の超音波は、着弾点をその振動により破壊していく。

 ツララはそれを地を駆け、壁を蹴る事で巧みに回避し続けていた。素早い動きをするツララを相手に、コウモリクセジは翻弄され攻撃を当てる事が出来ない。

 

「フフッ、その程度でござるか? 所詮は棚ぼたで力を手に入れただけの不良、狙いが甘くて避け易い」

「何をぉッ!? チィ、だったら……!」

 

 何を思ったかコウモリクセジは超音波攻撃を止め地面に降り立った。コウモリクセジがツララを相手に勝っている点を挙げれば、それは空中を自在に飛べることによる機動力のアドバンテージの有無だろう。見たところツララに空を飛ぶ手段はない。であれば、コウモリクセジが取るべき戦法はあのまま空中からの超音波による空爆だった筈だ。

 彼は何故自分からその有利を捨て去ったのか?

 

 それはコウモリクセジが地面に降り立った次の瞬間明らかとなった。コウモリクセジが地面に降り立つと、翼の被膜がまるで車の窓が開く様に引っ込んでいき、それに合わせてどんどん腕や足が太く逞しいものへとなっていった。

 そうしてコウモリクセジは空を飛んでいた時とは正反対の、力強い肉体の獣と変化していた。

 

 コウモリはその姿から、よく鳥か獣かで区別がつかないという事でどっちつかずの例えに使われる。空を飛ぶ鳥と、地を逞しく駆ける獣。コウモリクセジはそこから地上と空中で能力が変化する特性を持っているのだ。

 

「おらぁぁぁぁっ!!」

 

 巨椀となった腕をツララに振り下ろすコウモリクセジ。だがその腕がツララに当たった瞬間、彼女の体は雪の結晶となって散り姿を眩ませた。

 

【忍法、空蝉の術ッ! 達筆ッ!】

「なっ!? ど、何処に行った!?」

 

 慌てて見失ったツララの姿を探すコウモリクセジだったが、この時彼は既にツララの術中に嵌っていた。

 

「……ん?」

 

 ふと足元に違和感を感じたので視線を下に向けると、なんと自分の足が地面に凍り付き動けなくなっていた。それだけでなく、よく見れば体のあちこちに氷が張っている。特に先程ツララを殴る際に振り下ろした腕は、何時の間にか半分近くが凍り付いているではないか。

 

「何ぃぃぃっ!?」

 

 恐ろしいのは、こうして認識するまで自分の体が凍りつつあることに全く気付けなかった事だ。ここで気付く事が出来なければ、もしかするとそのまま首まで凍り付くまで気付かなかった可能性もある。

 ツララは空蝉の術を使う際、同時に相手の体を氷漬けにする雪を散らす術も使っていたのだ。その術の名は――――

 

【忍法、氷遁 氷晶雪塵(ひょうしょうせつじん)の術ッ! 達筆ッ!】

 

 ツララの忍術により、コウモリクセジは動きを封じられた。既に体の半分以上は氷漬けになり、逃げる事も叶わない状態だ。

 

 そんなコウモリクセジに、ツララは容赦なく必殺技を叩き込む。

 

「これにて終いでござる。いざッ!」

「ま、待って……!?」

 

 コウモリクセジが何とか動かせる腕を伸ばして止めるよう懇願するが、ツララは聞く耳を持たず忍筆で文字を書いた。

 

「執筆忍法、氷河破砕蹴ッ!」

【必殺忍法、氷河破砕蹴ッ! 達筆ッ!】

 

 ツララが術を発動させると、彼女の両足に吹雪が纏わりつく。その状態で彼女がコウモリクセジ相手に両足蹴りを放つと、吹雪により強化されまるで氷河をも砕くのではと言う一撃がコウモリクセジを粉砕した。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

 

 ツララの必殺技『氷河破砕蹴(ひょうがはさいしゅう)』によりコウモリクセジは倒れた。コウモリクセジが倒れると、彼に刻まれた写経の術が掻き消え全ての術を失い元に戻った。彼女はそれを見届けると、踵を返しその場を後にした。

 

(あれは所詮使い捨ての駒、得られる情報など何もない。それより、この混乱に乗じて卍妖衆が何か仕掛けてくることを警戒しなければ……ん?)

 

 ふと何かに気付きツララが下を見ると、そこにはトウロウクセジだった庄司を地面に下ろしているコガラシの姿があった。彼の方も見事に打ち勝てたらしい。その事を知りツララは少し感心した様子でもう少し見守ろうと近くの屋根に降り立つ。

 

 どうやら庄司は意識を取り戻しているらしく、下ろされるとコガラシの事を見上げ睨んでいた。

 

「南城……お前、何なんだよ?」

「俺は仮面ライダーコガラシ。お前みたいに暴れる奴を取り押さえる奴だよ」

「チッ! 正義の味方気取りかよ……お前も小鳥遊と同じだ、胸糞悪い」

「さぁね? 正義かどうかは関係ないよ。ただ、お前は確実に道を踏み外してた。写経の術で手に入れただけの忍術に酔っぱらってた。なら、俺が戦う理由としては十分だよ」

 

 コガラシの言葉に庄司は何も言えなくなる。彼の言う通り、自分の行動が正しいか間違っているかと問われればそれは間違っているとしか言えない。使うのが忍術かナイフかと言うだけの違いだ。写経の術を使われた時は奇妙な万能感に酔いしれていたが、こうして頭が冷えると自分がどれだけ馬鹿だったのかが分かるというものだ。

 だがそれを素直に認めるのは何だか癪だったので、庄司は何も言わずコガラシを睨むだけであった。

 

 庄司からの視線に、コガラシは小さく溜め息を吐くと話題を変え写経の術を使った相手が誰なのかを訊ねた。

 

「あぁ、そう言えばお前に写経の術で色々な忍術を教えたのって誰?」

「はんっ……さぁな? 赤黒い見た目のお前と同じ忍者みたいな奴だ。それ以外は知らねぇよ」

「あ、そ。ま、そう簡単に尻尾は見せないか……うん、それじゃ」

 

 聞きたい事は聞けたし、もうここに留まる理由はないとコガラシは驚異的な跳躍力でその場を離れ、屋根伝いに学校へと戻っていった。庄司はその後ろ姿を睨み、悔しそうに地面を殴る。

 同じくコガラシの後ろ姿を見送ったツララは、小さく溜め息を吐くと彼の後に続いて学校へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒動から一夜明け、この日は何時も通り学校があった。今回は前回ほど大した被害は無く、こう短期間で何度も休校するのも問題だという事で何時も通り授業が行われていた。

 ただ、トウロウクセジによりフェンスが破壊された屋上は現在立ち入り禁止となっており、コガラシとトウロウクセジの戦いが行われた校庭も一部が入れないようになっていた。

 

 だが何よりも大きな変化は、学校の近くをS.B.C.T.の部隊が巡回するようになった事だろう。この短期間の間に二度も学校で騒動が起こったのだ。流石にここまでくると3度目があるのではないかと警戒するのも当然だろう。

 千里も登校の途中で、二人一組になって学校の近くを巡回しているライトスコープを見る機会に恵まれた。存在は知っていても、実際に近くで目にするのは初めてのライトスコープ。嘗て傘木社を打ち破る立役者の仮面ライダーと共に巨悪に立ち向かった戦士。

 

 それを見て、千里は少しだけ後ろ暗いものを感じた。もしもっと早くに彼らが居てくれたら、母が死ぬ事も無かったのにと思わなくはない。

 だがそれを理由に彼らを責めるのはお門違いだろう。だから千里は、心に湧いた暗い気持ちにそっと蓋をして校門を通り下駄箱で靴を履き替えた。

 

「南城君、おはよう!」

 

 ちょっと気持ちがブルーになっていた時、後ろから唯が声を掛けてきた。振り返り唯の顔を見た千里は、不思議と心に刺さっていた棘が取れたかのような感覚に肩から力が抜けた。

 

「あ、小鳥遊さん。おはよう」

「? 南城君、どうかした?」

「え、何が?」

「何か元気無さそうだったから……」

 

 まさか唯に感付かれるとは思っていなかったので千里は心臓が一瞬跳ねた様な錯覚に陥る。だがそこは鍛えられた忍、動揺は表に出さず何でもない風を装い何時も通りに接した。

 

「そうかな? そんな事は無いと思うけど……もしかすると、昨日の戦いでちょっと疲れてるのかも」

 

 まぁ強ち間違いでもない。昨日の戦いは少し大変だった。負けるかもなどとは微塵も思っていないが、面倒な相手だったのは確かである。デフォルトで空蝉の術を発動しているなど、面倒以外の何物でもない。

 

「そう言えば小鳥遊さん、あの後どうしてたの?」

 

 千里は戦いが終わった後、そのままこっそり教室に戻っていた。尤もその時点で学校は二度目の怪人騒動で、最早授業どころではなく大わらわと言う有様であったが。

 しかしそこに唯の姿が無かったことに彼は気付いていた。今日こうしてここに居るという事は、それほど大きな問題があったという訳でもなさそうだが? そう思って千里が問い掛けると、唯はあからさまに疲れたような顔をした。

 

「昨日は大変だったわ。あの後授業が始まってからも屋上に居たことがバレちゃって……」

 

 それだけで千里は何となく察する事が出来た。コガラシと共に校庭に落ちた事と、フェンスの状態から戦いの始まりが屋上であった事は少し頭の回転が速い者は皆気付いている。その屋上からこっそりと戻ってきた、唯に事情を訊ねる為質問が集中するのは当然の事であった。

 

「私、事情聴取なんて初めて受けちゃった……」

 

 怪物騒動という事ですっ飛んできたS.B.C.T.の隊長により、唯はみっちり事情聴取を受けていた。とは言え馬鹿正直に全てを話すのが悪手である事は分かっているので、唯は何をどこまでどう話すべきかと頭を悩ませた。普段からその様な策謀を巡らせる性質ではない唯が、必死に言い訳を考える姿はやはり怪しかったのだろう。S.B.C.T.の隊長が訝しんで睨んできたのだが、その顔が迫力あって唯は委縮してしまった。幸いな事に、記録係として同席していた女性が宥めてくれ、優しく話を聞いてくれた為唯は何とか誤魔化す事が出来た。

 

「それは……何か、ゴメン」

 

 元を辿ればそれは巻き込むことになってしまった自分にも責任があると千里が頭を下げる。すると唯は慌てて彼の頭を上げさせた。

 

「そんなッ!? 南城君は何も悪くないわよッ! 元はと言えば、いきなり襲ってきた卍妖衆が悪いんだし……」

 

 そんな感じに2人で話しながら歩いていると、後ろから椿が寄りかかる様に2人の肩に腕を掛けてきた。

 

「やぁやぁ、お2人共朝から仲が宜しいようで?」

「「そ、そんなんじゃッ!?…………あ」」

 

 椿の言葉に、2人は同時に同じ言葉を口にしてしまった。その事に気付いた2人は、気不味さと気恥ずかしさで黙り俯いてしまった。

 そんな2人に、椿は仕方ないと言う様に溜め息を吐くと2人を揶揄うのはここまでにして本題に入った。

 

「揃って初心だから揶揄い甲斐があるでござるな~。ま、冗談はここまでにして、2人共今日学校が終わった後時間は空いてるでござるかな?」

「俺は勿論空いてるけど……小鳥遊さん、部活あるんじゃない?」

「うん。私は今日も部活あるから、それが終わってからでいいなら少しくらいは……」

「結構。では小鳥遊殿の部活が終わる頃に拙者達は校門の前で待ってるでござる」

 

 椿はそう告げると、2人の間を通り抜け1人先に向かってしまった。相変わらず人を引っ掻き回す椿に、唯はまだ朝だと言うのにもう気分的に疲れを感じていた。

 

「はぁ~……長谷部さんってば……」

「まぁまぁ。あれでも結構頼れる人だからさ」

 

 一応同門という事で、千里は椿をフォローする。とは言えその彼もまた、事ある毎に椿によって振り回されてきたのは一度や二度ではないので、フォローにもあまり力は入っていなかった。

 

 しかし一体何の用で椿は2人を呼んだのだろう? 千里だけであれば分かるが、唯まで同席させると言うのは少し分からない。雰囲気的にそこまで重要と言うか、深刻な話をするつもりではないのだろう事は伺えるのだが…………

 

「長谷部さん、私まで呼んでどうするのかしら?」

「さぁ……?」

 

 疑問を感じつつ、2人は教室に向かいこの日の授業を滞りなく終わらせた。

 

 そして放課後、唯が部活を終わらせて手早く着替えて校門に向かうとそこには既に千里と椿の2人が待っていた。2人は唯が近付いて来るのに気付くと、手を振って彼女を呼んだ。

 

「小鳥遊さん、お疲れ」

「お待ちしてたでござるよ、小鳥遊殿」

「南城君、長谷部さん! ゴメン、待たせちゃった?」

「うぅん、大丈夫。小鳥遊さんこそ、本当にこの後大丈夫?」

「うん。家には一応連絡してあるから、少しくらいなら大丈夫。それで、何処に行くの?」

 

 流石にここで用事を済ませる訳では無いだろう。何か話すにしろ場所は移す筈だ。そう思って唯が訊ねると、椿は片目を薄く開いて口元に笑みを浮かべ2人を手招きした。

 

「フフッ、ちょうどいい場所があるのでござるよ。何、ここからそう遠くは無いので心配ないでござる」

 

 そう言って椿は詳しい場所を告げず、2人を引っ張って何処かへと向かい始めた。何処に向かうのか分からない2人は、互いに顔を見合わせながら手を引かれるままに椿の後に続いた。

 

 歩く事数分、3人はある一件の建物の前に辿り着いた。

 

「あったあった、ここでござるよ」

「こ、ここ……!?」

 

 椿が目的地だと言う場所に、唯は思わず顔を引き攣らせた。

 

 元は恐らく個人経営の喫茶店か何かだったのだろうが、外観はどう見ても潰れた後にしか見えない。看板は文字が掠れて読めないし、外壁は蔦に覆われて壁がどうなっているのか分からなかった。

 唯一表の窓から見える光だけが人の気配を感じさせてくれるが、店として営業しているとはとても思えなかった。

 

この有様は流石に不安になる。唯は一歩後退りながら椿に訊ねた。 

 

「あの、本当にここ? 長谷部さん、場所間違えたりして無い?」

「まぁ気持ちは分かるでござるよ? 確かに見た目はおんぼろで中から光が出てなければ廃墟にしか見えぬでござるからな。だがそこは安心してくだされ。ちゃんとした店である事は拙者が保障する故。ささ、中に」

 

 椿に促され、千里と唯は不安そうな顔で互いに顔を見合わせつつも意を決して扉の前に立つ。唯が不安を抑えるように生唾を飲み、扉に手を掛けようとすると千里がそれを制し自分が扉を開け中に入った。開いた扉と千里の間から見える店内を見ようと、唯が彼の肩からひょっこり顔を出す。

 

「あら、いらっしゃ~い」

 

 それと同時に店内から甘ったるい蠱惑的な声が響いてきた。見ると外見よりは小綺麗な店内の、カウンターの向こうに1人の女性が頬杖をついてこちらを見ているのに気付いた。

 

 随分と変わった女性だ。店の内装はシックなのに、女性が着ているのは所謂ゴスロリ服である。女性はその上からエプロンを身に付けている為、非常にアンバランスで嫌でも目立つ。しかも胸元は唯や椿にも負けぬ立派な物を持っていて、それがさらに目を引いた。

 髪色は色素が薄いのか薄桃色で、瞳の色も赤い。そして赤いルージュが引かれた唇は、緩く弧を描く笑みの形になっている。

 

 その女性の姿を見た瞬間、本能的に千里は店を飛び出したくなった。だが今後ろに下がると唯を押し退ける事になってしまう。なので彼は後ろに下がりそうになる足を気合で引き留め、床にアンカーで固定されたかと思う程重い足を動かし店内に足を踏み入れた。

 

 千里が足を踏み入れると、女性は一瞬目をスッと細めた。

 

「いらっしゃい、七篠庵(ななしのあん)にようこそ。私の事は、ジェーンとでも呼んで頂戴」

 

 女性……ジェーンはそう名乗って手招きをする。あからさまな偽名に千里と唯が警戒するが、対して椿は2人を後ろから押すようにして店内に入り2人を席に促した。

 

「ささ、2人共。何時までも店先でつっ立っていてはジェーン殿に迷惑が掛かるでござる。色々と気になるのは分かるが、今は兎に角座るでござるよ」

 

 椿がここまで言うのであれば、取り合えずそこまで心配はする必要が無いのかもしれない。何しろ椿の忍者としての実力は高い。万閃衆の忍びは大雑把に分けて上忍・中忍・下忍の三つに分けられるが、椿は実力だけで言えば上忍に匹敵していた。その彼女が居るならば、仮に不測の事態になったとしても切り抜ける程度の事は出来る。千里はそう考え、誘導に従って店の奥のテーブル席に2人と共に座った。

 

 席に着くと、ジェーンがおしぼりと水を持ってやって来た。

 

「椿ちゃんは久し振りね。こちらの2人はお友達?」

「その様な物でござる。それより注文、宜しいか?」

「どうぞ」

「それじゃ、コーヒーを三つ」

「は~い」

 

 椿からの注文を受けてジェーンがカウンターの奥に引っ込んでいく。彼女の意識が自分達からそれたことで、千里と唯は漸く一息吐く事が出来るようになった。

 

「ふぅ~……何か変な人だな」

「うん。何て言うか、掴み所が無い……と言うか……」

「長谷部さん、よくあの人が信用できるな。怪しいとか思わなかった?」

「と言うより、良くここが店だって分かったわね」

 

 もし唯がこの店の前を通りかかっても、ここが店だとは思わない。何しろ立て看板すらないのだ。明かりが見えたとしても、とっくの昔に店としては潰れてただの住居になっているとしか思わなかっただろう。

 2人が椿の事を見ると、彼女は水で喉を潤し湿らせた唇を開いた。

 

「以前この辺を散策している時に偶然見つけたのでござる。拙者も最初は驚いたのでござるが、ジェーン殿はあれで話してみると面白い方でござる。2人もきっとその内気に入るでござるよ」

 

 椿はこう言うが、さてどうだろうか。千里はとてもジェーンと仲良くなれるとは思えなかった。

 彼が苦手なのは彼女の目だ。こちらの内側を覗き見るような、或いは引き摺り込まれそうになるような赤い目。あの目に見つめられると、訳も分からず体の内側がざわつく。

 隣を見れば唯も同じような心境なのか、どこか居心地が悪そうにしている。

 

 2人が何とも言えぬ顔をしていると、不意にざわりと鳥肌が立った。同時に顔を上げて同じ方を見れば、そこにはトレイにコーヒーを三つ乗せたジェーンが近付いてきていた。

 

「お待たせ~、コーヒー三つよ」

 

 持って来たコーヒーを、ジェーンは静かにテーブルの上に置いて行く。

 

「砂糖とミルクは?」

「拙者は結構」

「俺も……」

「えと、私は……」

 

 本当の事を言えば、唯はブラックよりもミルクと砂糖を入れたコーヒーの方が好みだった。しかしジェーンの蛇のような視線に見つめられると、口元が強張り上手く言葉が出てこない。

 居心地が悪そうな唯の様子を見兼ねて、千里が代わりに口を開いた。

 

「あ……やっぱりミルクと砂糖一つずつ」

「は~い。それじゃ、ごゆっくり~」

 

 千里の言葉にジェーンはスティックシュガーとコーヒーフレッシュを一つずつテーブルの上に置き、3人に頭を下げるとカウンターの裏に戻っていった。

 下がっていくジェーンを千里が視線で追っていると、彼女が離れたくれたお陰で緊張から解放された唯が安堵の溜め息を吐いた。

 

「はぁ~……南城君、ありがとう」

「大丈夫。しかし長谷部さん、あの人本当に大丈夫なのか? 何と言うかあの人、絶対普通じゃないぞ?」

 

 声を潜めながら千里がそう評価する先では、ジェーンがカウンターの上に頬杖をついて虚空を見つめながら小さく鼻歌を歌っている様子が見られた。険しい表情で千里が彼女を見ていると、椿はコーヒーを一口啜り満足そうに息を吐きながら答えた。

 

「確かに拙者も最初はジェーン殿の変わった雰囲気を怪しんだでござるよ? ただ実際に話してみると、これが案外話せる御仁でしてな。雰囲気は独特でござるが、そんなに警戒する必要があるほどの方ではござらん。念の為彼女の周囲を探りはしたでござるが、特にこれと言って後ろ暗い所も無かった故、問題ない事は拙者が保障するでござる」

 

 椿がそこまで言うのであれば、まぁ大丈夫ではあるのだろう。しかし千里の中ではまだ不信感が拭えない。もし何らかの方法で椿が洗脳されていたりしたら……何て事も考えてしまう。

 不安になり千里はなかなかコーヒーに手を出す事が出来ない。だがそんなに露骨に警戒して、本当に無害なただの変人であればそれは失礼になる。

 

 千里は覚悟を決め、カップを手に取りコーヒーを口に運んだ。その際漂ってくる香りの中におかしな薬の匂いなどが含まれていない事をこっそりと確認し、本当に大丈夫だろうと確認してから口に含んだ。

 

「うん……コーヒーはなかなか」

 

 彼がコーヒーを飲むのを横では、唯もミルクと砂糖を入れたコーヒーを飲んだ。暖かなコーヒーの味が、心を落ち着かせてくれる。

 

「ふぅ~……あ、それで長谷部さん? 改めて聞かせてほしいんだけど、何で私まで?」

「そもそも何でここ?」

 

 そう言えば結局ここに連れてこられた理由を聞いていなかったと気付いた2人がそう訊ねると、椿はカップを置き口を開いた。

 

「いやなに、千里殿はともかくとして小鳥遊殿は飽く迄一般人故、秘密の話をする場所を用意した方が良いかと思って」

「何で、小鳥遊さんが関わる事前提? あの馬鹿どもは懲らしめたし、もう小鳥遊さんは大丈夫だろ?」

 

 黒鉄達3人だが、今は怪我をしたという事で学校を休んでいる。不安があるとすれば復学した際に千里の事等を周りにバラす事だが、聡は乱心の術で操られた影響で記憶があやふやになっているし他の2人に関しても、迂闊にバラせば芋づる式に自分達が怪物になり暴れていた事も明らかとなってしまう。そうでなくても千里=コガラシと言う証拠が無いのだから、信じることは難しいと言えた。

 懸念があるとすれば卍妖衆が再び3人に術を掛ける事だが、それも心配は殆どない。千里達だって卍妖衆が再び3人を利用しようとする事は警戒しているし、警戒されている事は卍妖衆だって分かっている。態々出て行くのは罠の中に飛び込むような物だ。卍妖衆だって流石にそこまで馬鹿ではない。

 

 統括すると、唯はもう騒動に巻き込まれる心配はないと言っても過言ではないと千里は思っていたのだが、椿はどうも考えが違うらしい。千里の考えを聞き、彼女は大きく溜め息を吐いた。

 

「はぁ~~~~……千里殿は相変わらず見立てが甘いでござるな? あの3人はともかく、千里殿と距離が近い小鳥遊殿を卍妖衆が放っておくとお思いか?」

「あっ……」

 

 言われて千里も気付いた。確かに、千里がコガラシである事を知っていて、さらに距離もどちらかと言えば近い唯は万閃衆の忍びが煩わしい卍妖衆からすれば狙い目な存在と言えた。こっそり術を掛けて獅子身中の虫とするも良し、妖忍にしてぶつけるも良し、人質にするも良しだ。どんな形であれ、唯が連中に利用される様な事になれば千里にとって厳しい状況になりかねない。

 その可能性を指摘され、千里は真剣な表情で顎に手を当て考え込んだ。自分に言われて漸くその可能性に思い至った、千里の迂闊さに椿はまたしても溜め息を吐いた。

 

「全く……父君から普段何を学んでいるのでござるか? それでも嘗て万閃衆最強の忍びと謳われた南城 楓殿の息子でござるか? 実力も未熟なら考えも未熟。大体――――」

 

 不甲斐無い千里の姿に椿が雰囲気は普段のままに説教を始めた。どれも的を射ている為千里には言い返す事が出来ない。

 だがそれを隣で聞いている唯は何だか面白くないものを感じていた。何と言うか、椿からは何か私怨……と言う程過激なものではないが、少なくとも嫉妬に近い何かが含まれているような気がしてならなかった。

 そうでなくても、千里の頑張りを認めず至らぬ点ばかりを執拗に指摘する、椿の物言いが唯には我慢ならなかった。

 

 気付けば唯は立ち上がって身を乗り出し、椿に顔を近付けていた。

 

「あの、ずっと言おうと思ってたんだけど……!」

「む?」

「小鳥遊さん?」

 

 突然の唯の行動に千里と椿がキョトンとしている。2人の様子を気にせず唯は椿を指差し険しい表情で口を開いた。

 

「長谷部さん、南城君に対して辛辣すぎるんじゃない? 南城君だって頑張ってるのに、何で……!?」

「小鳥遊さんッ!? ストップ、ストップ!?」

 

 唯の険しさを感じさせる気配から、このまま言葉を続けさせるとジェーンにいらぬことまで聞かれてしまう。千里は慌てて唯を宥め、席に座らせた。

 対する椿はと言うと、唯から向けられる怒気を全く気にした様子もなくコーヒーを一口啜った。

 

「……つまり要約すると、小鳥遊殿は拙者の千里殿に対する態度を改めろと?」

「そうね、そういう事になるかしら」

「なるほど。では拙者はこう答えよう…………お断りいたす」

 

 椿の答えに再び唯が立ち上がった。勢い良く立ち上がった所為でテーブルがガタンと揺れ、カップが一瞬倒れそうになる。

 また興奮し始めた唯を落ち着かせようと千里が彼女の肩を掴むが、彼女はそれに気付いていないのか喉の奥から唸り声を上げ椿を睨んでいた。睨まれている椿はそれを涼しい顔で受け止める。

 

「小鳥遊殿が千里殿にどんな感情を抱いているかは知らぬが、事は万閃衆と言う集団の中での話。小鳥遊殿はハッキリ言って無関係の部外者でござろう? であれば、口出しは無用にて」

「ここに連れて来て秘密の話をしようとしてる時点でもう無関係じゃないわ。都合の良い時だけ指導者面して、都合が悪くなったら除け者にする。そう言うの、卑怯なんじゃない?」

 

 睨み合う唯と椿。椿の方も感情が高ぶって来たのか、普段は瞑っているのかと言う程細められている目が薄っすらと開かれつつある。

 

 2人の様子を横から見ている千里は顔を引き攣らせ、どうやって2人を宥めようかと頭を働かせた。このままだと椿も感情を爆発させ、本格的に収拾がつかなくなるかもしれない。そうなれば千里には止める事など不可能だ。

 

「あの、2人共? ここ、店の中だし喧嘩は程々に……」

「そも千里殿は南城家と言う万閃衆に古くからある名家の勅男。相応の水準が求められるのは至極当然。それを満たしていないのだから、辛辣な評価をされても仕方ないでござろう?」

「未熟でも未熟なりに目を見張る所はある筈でしょう? 少なくとも南城君は何度も私を助けてくれた。それが成果じゃ何か不満?」

「それでは足りぬと言う話をしている」

「でも南城君には誰かを助ける力はある!」

「あの、だから…………」

 

 必死になって千里が2人を宥めようとするが、彼の声が耳に入っていないのか2人は一向に落ち着く気配を見せない。

 

 この状況に千里は堪らず神に祈った。

 

(あぁ、神様仏様……どんなやり方でも良いからこの状況を終わらせてくれ……)

 

 その千里の願いが天に届いたのか、彼のスマホから着信が鳴った。突然の着信に千里は勿論、言い争いをしていた2人も口論を中断して彼のスマホに注目する。

 

「あ、ゴメン。ちょっと…………もしもし、父さん? どうしたの?…………えっ!?」

「南城君、どうしたの?」

 

 スマホを耳に当てていた千里の表情が一気に険しくなった。それだけでロクでもない内容である事は想像でき、唯は堪らず何があったのかを訊ねた。

 その一方、椿は内容に見当が付いたのか残ったコーヒーを飲み干し移動の準備を始めていた。

 

「うん、うん……分かった。長谷部さんも居るから、2人で直ぐに行く!」

「卍妖衆でござるか?」

「あぁ。この近くで卍妖衆の下忍達が暴れてるらしい。急ごう!」

「心得た」

 

 2人が手早く席を離れ、カウンターに向かい代金を置き店を飛び出す。それに遅れて、唯はカウンターに向かい支払いを済ませた。

 

「あ、ごちそうさまでした!」

「ありがとうございました~、またのお越しを~」

 

 出て行く3人の背を見送り、ジェーンは残されたカップを片付けにテーブルに向かった。

 しかしテーブルに近付いたジェーンは、残されたカップを眺めるだけで一向に片付けを始めない。残されたカップを見下ろし、腕を組んで顎に指を当てている。

 

「ん~……フフフッ……」

 

 暫く3人が居たテーブルを眺め、何やら意味深な笑みを浮かべる。一頻り笑ってから、ジェーンはテーブルの上を片付け定位置のカウンターの裏へと戻っていくのだった。




tips
・執筆忍法:千里達万閃衆及び卍妖衆の忍者が用いる忍法。脳内のイメージを特別な製法で作られた忍筆に描き出すと同時に丹田で練り上げた気を一気に放出する事で様々な現象を発現させる。その性質上、術の発動には並々ならぬ集中力を要し、同時にイメージを確固としたものにする為達筆な文字で一瞬で描く必要がある。

と言う訳で第5話でした。

ツララが得意とするのは氷系統の忍術ですが、コガラシを見れば分かる様に別にこの属性しか使えない訳ではありません。特異なのが氷なだけであって、他の属性の術も当然使えます。

今回より登場したジェーン。彼女は兎に角謎なキャラです。謎なキャラですが、彼女の店である七篠庵は今後も千里達の秘密の集会場として出てくるので、必然的に彼女の出番も今後増えていくことになると思います。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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