仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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第五十一筆:燃える里

 万閃衆の総本山で一夜を過ごすことにした千里達。千里と唯は用意された部屋で、夕食を済ませ布団にくるまった。尚唯の警備と言う名目でか、2人は同じ部屋である。

 因みに学は何時の間にか姿を消していた。夕食の前までは一緒に居た筈なのだが、2人に気を遣ったのかそれとも何か別に理由があるのか気付けば見当たらなくなっていた。その事に千里も首を傾げながら、一仕事終えた安心感からか布団に入ると直ぐに眠りに落ちていった。唯と同じ部屋と言う事にドギマギしないでもなかったが、流石に総本山と言う厳正な場で盛ろうと言う気にはならず、己を抑えて眠りへと落ちた。

 

 一方唯はと言うと、こちらはこちらで移動の疲れで本人が心配していたよりも早くに眠る事が出来た。が、千里と同じ部屋と言う事に加えて枕が変わった事で少々神経過敏になっていたのか、ふと喉の渇きを覚えて夜中に目が覚めてしまった。

 

「んぅ……ん~……」

 

 寝ぼけ眼を擦りながら、唯は布団から出て水を求めて食堂へと向かう。事前に教えられたルートを通って食堂へと向かい、湯呑に水を入れて喉を潤す。

 

「ん……ん……ふぅ」

 

 和風な屋敷でも現代科学の恩恵を受けているのか、食堂には何時でも冷えた水が飲める冷水器が置かれている。冷たい水が喉を通り胃へと落ちていく感覚に清涼感を感じ、一つ息を吐くと使った湯呑をシンクで洗い来た道を戻る。

 

 その最中、唯の耳におかしな声が届いた。

 

「――ッ、――――ッ」

「ん? 何だろ?」

 

 何か違和感を感じる声だ。普通に話しているのとも、怒鳴っているのとも違う。だが声を大にしている様子に、柄にもなく好奇心を刺激され声のする方へと引き寄せられるようにフラフラと向かっていった。恐らく頭が寝ぼけているからだろう。普段の唯であれば気にはなってもそんな覗きをするような真似はしない。そもそもここは忍者屋敷であり、予め教えられた安全なルートでない限り部外者が安易に歩き回る事は文字通り自殺行為に等しい。そんな事にも頭が回らない程、今の唯は頭の中が寝ぼけていた。

 

 幸いなことに、声のする部屋までの道中で唯が罠に引っ掛かる事は無かった。が、当の本人にその事を喜ぶ余裕は気付けば無くなっていた。

 声のする部屋に向かう途中で気付いてしまったのだ。聞こえてくるその声が一体何なのか。何故違和感を感じたのかを。

 

「……! 嘘、これって……」

 

 聞こえてくる声は女性の喘ぎ声だ。女が男を求める淫らな叫び声。違和感を感じるのは、唯自身その声を何度も上げた事があるからであった。

 

 これ以上行ってはいけないと頭では思いつつ、足は声のする方へと近付いていく。果たしてその先には、中を蝋燭か何かの灯りで照らされて障子に影が映る部屋へと辿り着く。内側からぼんやりと照らされた障子には、嬌声と共に跳ねる女性の影が浮かび上がっている。

 

 ここまでくると女性の声もはっきり聞こえてきた。そして唯はその声の主が誰なのかにも気付き、思わず戦慄する。

 

「これって……東雲さん……!?」

 

 あの大和撫子然りと言った感じの清楚な女性が、こんな声を上げるのかと慄きながら部屋へと近付く。部屋の障子は薄っすらとだが開いており、中の様子を僅かながら伺う事が出来た。

 

 唯は好奇心に促されるようにそこから中を覗くと、そこには沙苗が1人の男の上に跨り腰を振っている様子が見て取れた。

 

「あ、あぁ……!?」

 

 あんなに清楚だった沙苗が見せる淫らな姿。それだけでも衝撃なのに、驚くべき事はそれだけではなかった。

 

 沙苗が相手をしているのは複数の男性だった。恐らくは全員万閃衆の関係者なのだろうが、全員裸で沙苗を取り囲み順番を待っている。

 

 中から聞こえてくる声と障子の隙間から見える光景に唯がその場から動けずにいると、不意に沙苗と唯の目が合った。頬を紅潮させ、淫らに蕩けた顔をした沙苗の黒曜石の様な目が唯の姿を捉える。

 

「…………うふっ」

「!?!?」

 

 自分の存在に気付いた沙苗が、不意に唯に笑みを向けた。まるで自分まで誘っているかのようなその笑みに、唯は逃げるようにその場を離れた。

 背後から殊更に大きくなった嬌声を背に受けながら、唯は千里が寝ている部屋に飛び込む様に戻った。大きな音を立ててピシャリと障子を開け閉めする音に、流石の千里も目を覚まし飛び起きて唯の方を見た。

 

「ッ!? な、何ッ!? どうしたのッ!」

 

 まさか、自分が寝ている間に敵が来たのかと慌てる千里だったが、唯は起き上がった千里の姿に飛び掛かると彼を押し倒しそのまま体を彼に押し付け彼の唇を半ば無理矢理奪った。

 

「ちょ、まっ! んむぅっ!」

 

 そのまま唯は千里を激しく求めた。まるで先程の沙苗の笑みに触発された様に……先程の光景を自分も倣う様に……

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 時は少し遡り、ある施設の中を2人のライトスコープが警戒しながら進んでいた。場所はどこかの化学工場。周囲は鉄製の壁で囲まれており、照明も最低限に抑えられているからか息が詰まりそうな閉塞感を感じる。

 

 先頭を進むライトスコープ・δ5が持っているガンマカービンの銃身下部に装着されたライトで周囲を隈なく照らしながら進んでいくと、前方に十字路が見えさらにその先には閉ざされた隔壁が見えた。行く手を阻む隔壁を見て、δ5は後ろからついてくるδ6にハンドサインを送る。その意図を察したδ6は、手にしたガンマカービンを正面の隔壁に向けた。δ6のカービンの銃身下部にはδ5とは違い、ライトではなくランチャーが装着されていた。

 

 δ6が隔壁に向けグレネードを撃つと、シュポンと言う空気の抜けたような音が響き弾頭が隔壁に命中するとけたたましい爆音が周囲に響き渡る。忽ち爆炎で一瞬視界が塞がれるも、ライトスコープのカメラは煙の先にある隔壁が僅かに開きその先から銃口が顔を出したのを確かに捉えていた。

 

 直後始まる銃撃戦。隔壁を防護壁として敵……アントファッジが銃撃してきたのを、δ5は巧みに躱しながら応戦しつつ前進する。δ5の攻撃は隔壁に邪魔されてアントファッジ達には届かないが、それでも直ぐそばに着弾する銃弾はそれだけで怯ませる効果があるのかアントファッジの攻撃が疎らになって来る。

 このまま距離を詰めれば、今度は隔壁が邪魔をしてアントファッジも満足に攻撃できなくなる。それを狙おうとδ5が銃撃しながら前進していると、出し抜けに十字路の左右の通路から別のアントファッジが2人飛び出しライフルを向けてきた。狙われるのは突出しているδ5だ。

 

「ッ!」

 

 突然目の前に出現したアントファッジにδ5は前進する歩みを止めると体を捻り新たに出現したアントファッジの射線から逃れた。それは同時に、後方のδ6の射線が開く事を意味する。

 

 障害となるδ5が退いた瞬間、δ6は銃を構え引き金を引く。狙うは新たに出現したアントファッジの持つライフルだ。今正に引き金が引かれようとしていたアントファッジのライフルを、δ6の銃弾が正確に撃ち抜く。

 

 一瞬で武器を失ったアントファッジ達。だが向かって左のアントファッジは武器を失うと徐に相方に視線を向けその背に手を伸ばした。正面からは見辛いが、向かって右のアントファッジは背中にロケットランチャーを背負っていたのだ。

 

「させるかッ!」

 

 δ5は素早くそれに気付くと、相方の背中からランチャーを取り出し構えようとしていたアントファッジに銃弾を叩き込む。無数の銃弾で蜂の巣にされたアントファッジは仰向けに倒れ、続きその隣のアントファッジもδ5により無力化される。

 

 力無く倒れるアントファッジ2体。が、ランチャーを構えようとしていたアントファッジは引き金に指を掛けていた。その状態で仰向けに倒れたものだから、その衝撃で引き金が引かれランチャーから弾頭が発射され天井に命中しグレネードなど比べ物にならない爆発が通路を飲み込んだ。

 

「「ッ!?」」

 

 当然その爆発にはδ5達も巻き込まれ、2人の姿は炎で見えなくなった。

 

 隔壁の向こうに居たアントファッジは爆発の光と衝撃から顔を守ろうと手を上げて視界を遮る。爆発の威力は殆どが隔壁で防がれ、隔壁の向こうに居たアントファッジ達はδ5達がどうなったかを確認しようとして手を下ろし隙間から隔壁の向こうの通路を覗き込もうとした。

 

 直後、僅かに開かれた隔壁の隙間からライトの付いた銃口が差し込まれる。

 

「「ッ!?」」

 

 銃口はδ5のもの。あの爆発の中、彼は身を低くしてやり過ごすと煙で視界が悪い中隔壁に近付き銃撃の為に開かれた隔壁の隙間に銃口を突っ込んだのである。

 

 目の前に突き付けられた銃口にアントファッジ達が動きを止めていると、彼は容赦なく引き金を引きそのまま銃撃しながらガンマカービンを横に薙いだ。たっぷり数秒撃ち続け、彼が隙間から銃口を引き抜いた時、隔壁の向こうには蜂の巣にされ力無く倒れた2体のアントファッジの姿があった。

 

「こちらδ5、通路を確保しました」

 

 δ5が通信で戦闘が終了した事を告げた。すると彼の目の前に空中に浮かぶ文字が現れた。同時に通信機から響くのは、普段耳にするオペレーターのそれとは違う機械的な電子音声。

 

『ミッション コンプリート』

 

 音声が響くと周囲の景色がまるで砂お城の様に崩れて行き、数秒もせず周囲の景色は無機質な灰色の壁と天井の部屋に変わった。

 

 そう、これまでの景色は全てシミュレーターによるもの。敵もコンピューターがライトスコープのカメラに投影した仮初の存在だったのだ。

 

 訓練を終えたδ5とδ6は訓練用の銃を下ろし、腰に手を当てて背中を仰け反らせたり首筋に手を当て肩を回したりして筋肉を解した。

 

「ふぃ~、まさかランチャー持ちが出てくるとは……」

「悪い、δ5。俺がアイツらの銃じゃなく本体を狙ってれば……」

「ん? あぁ、気にすんな。ある意味あれのお陰で隔壁の向こうの奴も何とかなった訳だし」

 

「だが反省はしてもらいたい物だな」

 

 訓練の感想を語り合うδ5達。そこにシミュレーションルームに入って来た強面の男性が声を掛けた。彼の姿に2人は姿勢を正し敬礼をする。

 

剛田(ごうだ)隊長ッ!」

「いらしてたのですかッ!」

「2人の訓練の様子、見させてもらった。悪いとまでは言わないが、手放しに及第点とも言い辛い内容だったな」

 

 手厳しい隊長からの評価に、δ5と6は思わず身を固くした。

 

 先程の訓練、確かに敵対勢力を無力化し制圧する事が出来た。が、途中ランチャー持ちのアントファッジを倒す際の部分からに少々問題があった。隊長はそれを2人に指摘する。

 

「δ5、δ6が気付かなかったランチャー持ちに気付き反撃してこようとした奴を素早く始末した事は評価できる。だがその方法が銃撃による無力化と言うのは正直頂けない。分かってはいると思うが、もしあの時意図せず発射された弾頭が自分達や守るべき者達へと飛んでいった場合どうするつもりだ?」

「ぁ……」

 

 今回は弾頭が天井に命中した為、彼らは被害を受けず爆炎を味方に付けて敵に接近する事が出来た。だが実戦では最悪の場合、隊長の言う様に弾頭が自分達に飛んでくる可能性も十分にあった。あの場面でδ5は、銃撃ではなく接近戦を仕掛け最低限ランチャーから発射される弾頭が明後日の方へ向くよう押さえつけるべきだったのだ。

 

 己の判断、予想の至らなさを突き付けられ、δ5は自らの未熟さを恥じた。呻く彼を前に、隊長はフッと表情を柔らかくすると次の瞬間顔を引き締め2人に強い言葉を放つ。

 

「いいか? 突き詰めれば我々の戦いは攻めの為の戦いではなく守る為の戦いである事を忘れるなッ! 自分達の後ろには、常に守るべき人々が居ると言う意識を持つんだッ!」

「「ハッ!」」

 

 迷いない返事を返す2人に、隊長は満足そうに頷いた。その時、それを待っていたかのようなタイミングで3人に通信が入った。ライトスコープはヘルメットに内蔵されている通信機を、隊長は懐の通信機を取り出し通話スイッチを押す。

 

「私だ。どうした?」

『隊長、たった今匿名で情報提供がありましたッ! 最近騒ぎを起こしている忍者の本拠地に関する情報ですッ!』

「ッ! 何処だ?」

『場所は、京都府鞍馬山ですッ! 詳しい説明をしたいので、至急ブリーフィングルームへお願いしますッ!』

「分かった、すぐ行く」

 

 隊長は訓練を終えたばかりの2人も伴ってシミュレーションルームを後にした。漸くここ最近の騒動の原因となっている忍者達との戦いに決着を付けられるという思いを胸にしながら。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 翌朝、唯は1人総本山の中をぶらりと歩きあちらこちらを見学していた。見学と言っても、見れるところはやはり限られた。ここは謂わば忍びの隠れ里の様な存在なのだからそれは当然だ。

 

 周囲に広がるのは、行った事は無いが江戸村や映画村にある様な日本家屋の建物群。普通に暮らしていては決して目にする事のない光景に、しかし唯は興奮する事も無く何かを憂いるように小さく溜め息を吐いた。

 

(昨日の、あれ……何だったんだろう)

 

 昨日のあれとは、言うまでも無く屋敷の奥で偶然見た沙苗の淫行である。大和撫子然りとした雰囲気の彼女が、あのように淫らに男を貪る様な事をしていたのが今でも信じられない。一瞬夢だったのではないかと思わなくも無かったが、朝起きた時千里と裸で抱き合っていた事を考えるとあれも現実の光景だったのだろう。あの光景を見た後、唯は狂ったように千里を求めてしまった。お陰で千里は今朝、少々疲労を残した様子だった。彼には申し訳ない事をしてしまったと、今更ながら彼女は反省した。

 

(う~……! 私、こんなにエッチだったのかな……?)

 

 我ながら情けない。普段学校では淫らな雑誌を読む男子や猥談に興じる生徒に厳しい態度を取って来たと言うのに、これでは彼らの事をとやかく言えない。今後今まで通りに学校で過ごせるかと唯は不安を感じずにはいられなかった。

 

 その時、唯の前にふらりと人影が姿を現した。物陰から浮かび上がる様に姿を現したのは、今唯を悩ませている原因とも言える東雲 沙苗その人であった。

 

「ッ!? し、東雲さんッ!」

「おはようございます、小鳥遊さん」

「お、おはようございます……」

 

 何とも気まずい。昨夜、彼女は間違いなく覗き見をしていた唯の存在に気付いていた。彼女の淫らな一面を見てしまった事を、彼女自身はどう思っているのかと考えると恥ずかしさと申し訳なさに顔を上げる事が出来なかった。

 

 だが唯の不安に反して、沙苗が彼女に対して行ったのは覗き見された事を責める事でも、その事を揶揄ったりするような事でも無かった。何を思ったのか、沙苗は徐に唯を優しく抱きしめたのである。和服越しにも分かる彼女の柔らかな体の感触と温かさに、唯は思わず困惑しながら顔を上げた。

 

「え……?」

「ごめんなさい。昨夜は、嫌なものを見せてしまいましたね」

「あ、いえ……こちらこそ、プライベートを覗き見るような事をしちゃって…………ゴメンなさい」

 

 どんな理由があろうと、覗き見をして沙苗が隠していただろう秘密を目にしてしまった事は許されるべき事では無い。居た堪れない気持ちになった唯は沙苗に抱きしめられながら謝罪の言葉を口にした。

 

 沙苗は暫く唯の事をあやす様に抱きしめながら撫で、落ち着いたのを見るとゆっくりと彼女を放した。

 

「少し、歩きましょうか?」

 

 優しく手を取りそう誘ってくる沙苗に、唯も頷いて答え共に並んであてもなく歩き出す。その最中、沙苗は唯が今一番疑問に思っているだろう事を話し始めた。

 

「……昨夜の事ですが」

「ッ、あ、はい……」

「勘違いをしないで欲しいのですが、あれは必要な事だからやっていただけです」

「必要だった?」

 

 あの淫行の何が沙苗にとって必要だったのかが分からず、唯は困惑して首を傾げた。その仕草が微笑ましくて笑いを誘ったのか、沙苗は口元に手を当て淑やかに笑った。その姿は清楚な女性を絵に描いた様な姿であり、とてもではないが昨夜男達を貪っていた女性と同一人物には見えない。

 

「小鳥遊さんは、禁術を使う際に必ず代償が求められる事はご存じですか?」

「はい。骨遁は骨、血遁は血を代償にしてるって。卍妖衆はその代償をクリアする為に、無関係な人から血や骨を集めてるって聞きました」

 

 だから先日逸子を治療する際に、何処の誰の物とも分からない骨を集める必要があったのである。その事を思い出しながら話すと、沙苗は満足そうに頷きそこに心遁の術の代償を繋げた。

 

「そう。そして心遁も禁術である以上、同じく使用の際には代償を求められます。……何だと思います?」

「何……って……」

 

 先日も唯は同じ事を考え、何を代償にしているのかと予想した。術の名前から連想すると、やはり代償は心だろうか。だが心を代償にするとはどういうことか? 一番近いのは感情のような気もするが、しかし沙苗は特に感情が欠如している様には見えない。

 

 顎に手を当ててうんうん唸っている唯の姿に、沙苗は小さく笑みを浮かべるとその答えを口にした。

 

「答えは……感情と記憶です」

「感情と、記憶?」

「思い出と言っても良いかもしれませんね。何らかの感情と繋がった記憶や昂った感情、そう言ったものが心遁の術で代償とされるのです

 

 感情と繋がった記憶や昂った感情……それを聞いた瞬間、唯の中である一つの疑問が氷解した。先日の淫行が何の意味を持つのかが分かったのだ。

 

「もしかして、昨日のあれって……!」

「そうです。性交によって昂った感情とその記憶を心遁の術の糧とする為の行為なのです。心遁の術の代償とする”心”も、他の禁術同様他者から奪う事は可能です。ですが私にそれは出来ません。ですので代わりに、私は他の忍びの方達に抱かれた快楽を術の代償とする為、ああして夜な夜な彼らに抱かれているのです」

 

 その際、沙苗の事を抱いた男達の性交の記憶も一緒に糧として抜き取っているらしい。

 

 他の禁術は自分の物を消費すると回復に時間が掛かる。特に骨に至っては失われるとほぼ回復は不可能だ。折れるのと違い、骨丸ごとが完全に再生すると言う事は無いからだ。

 だが心は違う。記憶や感情は刺激によって新たに生み出す事が出来る。沙苗は心遁の術の為、その記憶を作り出す為の行為としてあのような淫らな行為に及んでいたのだ。

 

「まぁ、他の忍びの方達の鬱憤を晴らす事も目的の一つという側面もありますけれどね」

「え?」

 

 傘木 雄成に敗北してからと言うもの、万閃衆は嘗ての影から政府を守護すると言う誇りを失っていた。世間の裏で暗躍し、人々の安寧を脅かす輩を打ち倒す……それが嘗ての万閃衆であった。だがあの敗北以降、万閃衆はその規模を大幅に縮小せざるを得なくなり、嘗ての彼らの立ち位置に後から出現したS.B.C.T.が入り込んで台頭し始めた。それも人々に知られぬ影の存在ではなく、表立って人々の前に姿を現す光の存在として。

 長く万閃衆の忍びをしていた者達にとって、それはどれ程屈辱だっただろう。長年築いて来た国の守護者と言う立場を、ぽっと出の組織に奪われたような形になるのだ。誇りの何もかもを穢され、鬱憤を溜める忍びも少なくない。

 

 そしてそう言った連中の中には、誇りを失って欲望に走り卍妖衆に寝返る者も居た。沙苗が男達に抱かれるのは、その鬱憤を自らの体を使って晴らしフラストレーションを発散させる為でもあったのだ。決して健全とは言えぬ理由に、唯も憤りを隠せない。

 

「そんな……東雲さんが、そんな事の為に……!?」

 

 淫行自体は唯自身否定できない。この夏のあの日々を思い出せば、淫行その物を否定する事など出来る筈が無かった。だがその理由が、1人の女性を生贄にした憂さ晴らしとなると話は別だ。同じ女性として、男達の欲望の捌け口となるなどとてもではないが認められない。

 

「東雲さんはそれで良いんですか? そんな、好きでも無い人達に、その……」

 

 部外者の自分があまりでしゃばるべきではないと言うのは分かっているが、それでも沙苗がどんな気持ちで欲の捌け口とされているかを考えると黙っている事は出来なかった。その唯の気持ちが伝わったのか、沙苗は憤る唯を再び抱きしめた。

 

「優しい方ですね、小鳥遊さんは。でも安心してください。私は、大丈夫ですから」

 

 そう告げる沙苗の顔には、確かに憂いは見当たらない。だが本能的に唯はその彼女の反応を嘘と感じた。沙苗は無理を押して男達に体を貪られ、自身にも性の快楽を貪る事を課している。

 

「どうして……」

 

 何やら必死に隠そうとしている様子の沙苗に、唯は思わずそう疑問を口にした。すると沙苗は、一つ小さな溜め息を吐き言い訳をするように言葉を紡いだ。

 

「あとは……そうですね。全てと言う訳ではありませんが、贖罪に近い感じでしょうか?」

「贖、罪……? それって――――」

 

 贖罪とはどういう意味かと唯が問おうとしたその時、突如として無数の銃声が総本山に続く林の中から響いた。

 

「ッ!? 何ッ!?」

「これは……!」

 

 無数に響く銃声の正体はS.B.C.T.のライトスコープが持つガンマカービンの銃声だった。断続的に響く銃声は、林の木々を抉りその影に隠れ潜んでいた万閃衆の下忍を物陰から引き摺りだす。

 

「周囲を常に警戒しろッ! 奴らは何処から飛び出すか分からん、常に2人以上で固まって行動するんだッ!」

 

 隊長のスコープの檄に部下のライトスコープは返事を返しながら四方八方に向け銃撃する。万閃衆の下忍も手裏剣や苦無を投げ応戦しつつ、忍者刀で果敢に接近戦を挑もうとする。しかし優れた連携を見せるS.B.C.T.δチームは、立体的な弾幕を張って下忍の接近を許さない。これまでに卍妖衆と度々戦闘を行ってきた経験が、最悪の形で力を発揮したのである。

 

 この騒ぎに、万閃衆総本山は蜂の巣をつついたような混乱に陥った。何故S.B.C.T.が自分達に攻撃を仕掛けたのかというのもそうだが、そもそも何故この場所を彼らが知る事が出来たのかが分からない。この場所は徹底的に秘匿され、所在を知らない者が訪れる事は不可能な筈だった。

 

 その混乱の中で、千里はコガラシに変身して下忍と共に応戦に加わった。

 

「くそっ!? 何だッ! 何でS.B.C.T.が俺達を攻撃するんだッ!?」

「ボヤいてる場合じゃないぜ、南城ッ! 今は兎に角アイツらを退かせるんだッ!」

「分かってるッ!」

 

 総本山には戦えない者も少なくない。特に人志と逸子はまだ動かす事は出来ないのだから、これ以上騒ぎを大きくする訳にはいかなかった。

 

 コガラシは風を読み、林の中に展開するS.B.C.T.の部隊の様子を探知。下忍に気を取られている者達の死角から忍者刀で攻撃を仕掛けた。

 

「ハァッ!」

「な、ぐぁっ!?」

「何処からっ!?」

「がはっ!?」

 

 3人で固まって行動していたライトスコープ達をコガラシは一瞬で無力化した。その際彼は可能な限り小さなダメージで彼らの動きを無力化する事に努めた。この襲撃には何か違和感を感じずにはいられない。きっと何か理由がある筈なのだ。そんな中で本気で彼らを攻撃する事は、少なくともコガラシには出来なかった。

 

 地形を利用して次々と展開しているライトスコープをコガラシが無力化していると、前方に動きの良いライトスコープが居るのを見つけた。他の隊員達が下忍を近付けない様にと弾幕を張り続ける中、その隊員は仲間からのバックアップを受けながら1人突出して片手で脇に抱えるようにしてカービンを撃ちながら空いた方の手に持ったガンマソードで接近戦を仕掛け、次々と下忍を打ち倒していた。

 

「オォォッ!」

 

 援護されながら前進してきたライトスコープに、下忍は慄きながら手裏剣を投げて迎え撃つ。だがそのライトスコープは飛んできた手裏剣を最小限の動きで見切り、回避しきれない物に関しては装甲で上手く弾きながら銃撃しつつ接近した。その突破力に意表を突かれ動きを止めた下忍に、ライトスコープのガンマソードが振り下ろされる。

 

「させるかッ!」

「ッ!?」

 

 ギリギリのところでコガラシの援護が間に合った。忍者刀を構えて割り込んだコガラシがガンマソードを受け止めると、剣を振り下ろしていたライトスコープは最初コガラシ毎忍者刀を弾こうと力を込めた。が、自分の攻撃を受け止めたのがコガラシであると知ると驚愕に動きを止めた。

 

「お、お前は……!?」

「ハァァッ!」

「うぉぉっ!?」

 

 気合と共に吹きすさぶ強風がライトスコープを押し戻す。台風もかくやと言う風に仲間のライトスコープの所まで押し戻されたその隊員を、他の隊員が手助けし助け起こした。

 

「δ5ッ!」

「大丈夫か?」

「あ、あぁ……だが、アイツは……!」

「ハァァァァッ!」

 

 仲間のフォローを受けながら立ち上がったライトスコープ・δ5にコガラシが追撃を掛ける。このライトスコープが居ると仲間への被害が増えると、彼を無力化すべく突撃するコガラシ。

 それに対してδ5は敢えて武器を捨てると、抱き着く様にして突撃してきたコガラシを止めた。

 

「待て、コガラシッ!」

「な、何ッ!?」

「落ち着け、俺だッ! S.B.C.T.δチームのδ5だッ!」

 

 そう言ってδ5は胸元のマークを見せた。左胸に刻まれたδのマークと5の数字。名乗られた覚えはなかったがそのライトスコープには見覚えがあったコガラシは、束の間闘志を引っ込め困惑を隠せずにいた。

 

「お、お前は……何で……」

「何ではこっちのセリフだ。ここは、例の悪党の忍者の本拠地じゃないのか? 何でお前が俺達を攻撃する?」

「はぁっ!?」

 

 コガラシはδ5が何を言っているのか分からなかった。悪党の忍者、それが卍妖衆を意味していると直ぐに気付いたコガラシは、何故彼らが万閃衆を卍妖衆と判断したのかが分からなかった。

 

「何言ってるんだお前? ここは俺達、万閃衆の総本山だ。お前らが言ってる卍妖衆とは別だ!」

「なっ!? って事は……マズイッ!?」

 

 コガラシの言葉を信じたδ5は、慌てて引き返しながら通信で全隊員に情報を共有した。

 

「攻撃中止ッ! 攻撃中止だッ! 隊長、今すぐ全部隊に攻撃を止めさせてくださいッ!」

『何故だ、δ5?』

「ここは俺達が狙ってる敵の忍者の本拠地じゃありませんッ! ここは仮面ライダー達の本拠地ですッ! コガラシがここを守ってますッ!」

 

 δ5が慌てて攻撃中止を具申し、その理由を聞いた隊長のスコープは彼の言葉の内容に思わず息を呑んだ。そして何やらオペレーターと話し合い、状況確認を行うと急いで攻撃に参加している他の部隊にも攻撃の中止を告げた。

 

『攻撃中止ッ! 攻撃中止だッ! 全部隊に告げる、直ちに攻撃を中止しろッ!』

 

 通信機越しに鞍馬山に展開している、δチームを含むS.B.C.T.の全部隊に告げられる攻撃中止。δチームと共に攻撃に参加している他の部隊からは当然困惑の声が上がったが、人望があるのか隊長はそれらの声を何とか抑え込みつつδ5、そしてコガラシと合流した。

 

「δ5ッ!」

「隊長ッ!」

「一体どういう事だ? ここが仮面ライダーの本拠地だと?」

「はい。本人から直接聞きました」

 

 δ5はそう告げると、2人揃ってコガラシの事を見た。注目されたコガラシは、特にスコープからの視線に一瞬気圧されそうになりながらも気を持ち直し改めてここが彼ら万閃衆の本拠地である事を話した。

 

「ここは俺達、万閃衆の総本山だ。間違っても俺達とアンタらが敵対してる卍妖衆とは関係ない」

「万閃衆……それが君達の組織の名前か」

 

 確認する様にスコープが万閃衆の名前を繰り返す。ここでコガラシは自分が安易に表の組織に自分達の存在を暴露してしまった事を自覚するが、事ここに居たり状況を分かり易く説明する為には致し方ない事と諦めた。こういう時、下手に情報を出し渋って余計な諍いを生んでも何のメリットも無い。後の展開を考えるなら、ここはある程度話してしまった方が相手の信用も得られる。

 

「そうだ。俺達は万閃衆。アンタらは知らないだろうけど、アンタらよりもずっと前から暗躍して――」

「コガラシッ!?」

 

 コガラシが簡単に組織の概要を説明していると、大慌てでホムラがやってきて彼の口を塞いだ。

 

「何をしている馬鹿者ッ!? 安易に我らの事を表の組織に話すなどッ!」

「でもこうしないと彼らは信用してくれない! 秘密を守るのと彼らと手を組むの、どっちが大事かなんて考えなくても分かるだろッ!」

「だがな……」

 

 ホムラは頭を抱えた。息子の言いたい事も分かる。世の中には天秤があって、どちらが大事か、どちらを優先させるべきかを絶えず問われる。それは時に、掟や矜持を曲げる必要にさえ駆られる事もあった。そしてそう言う問題は、得てしてどちらかをとっても禍根や問題を残すものが多いのだ。

 

 今回、コガラシが彼らS.B.C.T.に万閃衆の事を話してしまった事は大いに問題がある。万閃衆には暗黙の了解に近い掟として、外部に存在を公言してはならないと言うものがあるからだ。陰に潜み、人知れず動くからこそ彼ら忍びには意味がある。それを崩す事は、今後の彼らの活動にも支障を来しかねない。敵となる者にせよ味方となる者にせよ、そしてただの傍観者で済むにせよ、暗躍している誰かが居ると知られれば何か起きた時に真っ先に疑われる。それは彼ら万閃衆の活動に制限が加わる事にも繋がった。

 

 事はもうホムラ1人でどうこう済ませられる状況ではなくなった。どうしたものかと悩んだその時、弾かれた様にコガラシが背後を振り返る。そこには誰も居ないが、後ろを振り返った彼の様子は明らかに何かに対して動揺していた。

 

「そんな……まさかッ!?」

「コガラシ、どうした? 何があった?」

 

 ホムラは直ぐに分かった。恐らくコガラシは、風を読んで後方で何か異変が起こった事を察したのだ。それも特大に悪い何かが。

 その詳細を聞こうとした瞬間、コガラシはホムラの制止も振り切って走り出した。周辺の木々を蹴り飛ばす様にして、立体的に最短ルートで駆け抜ける。後ろからホムラの声が聞こえてくるが、そんなのに構っている暇はない。

 

「唯ちゃん……!?」

 

 コガラシが感じとったのは、助けを求める唯の言葉。そう、今彼女は襲われているのだ。

 

 卍妖衆首魁、オボロに…………




と言う訳で第51話でした。

今回の冒頭はかなり攻めた内容でした。前回登場した沙苗の意外な一面。この暗いならギリギリR15で納まる範疇の筈。

その理由は禁術の為の代償作りでした。心遁は使用に際して記憶や感情を代償として求められるので、自家発電に近い形でそれを作っていた訳です。沙苗自身がエッチな訳じゃないですよ。体は凄くエッチでしょうが()

そんな中で突如始まったS.B.C.T.による襲撃。もしここでコガラシとδチームの間に面識が無かった場合、最悪戦力の潰し合いになっていたかもしれません。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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