仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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第五十二筆:奪われる秘宝

 突然のS.B.C.T.による奇襲は、万閃衆を浮足立たせるには十分なインパクトがあった。それは本来敵対する事があり得ない筈の彼らが自分達に攻撃を仕掛けてきた事もそうだが、何よりも潜んで不意を打つ事を得意としている筈の自分達が逆に奇襲を受けた事に対する衝撃が大きかったからだ。しかもその相手が、卍妖衆と言う同じ忍びの組織ではなく、隠密に関しては自分達の遥か下を行くと思っていた組織なのだから驚愕も一入と言うものである。

 

 この事態に万閃衆は後手に回る事になったが即座に総本山に居る忍び総勢で迎え撃つ。何故S.B.C.T.が攻撃を仕掛けてきたのかなどを考えている余裕は無い。何しろ彼らは本来自分達の事等知らない筈なのだから。

 

「戦える者は総出で迎え撃つッ! 続けッ!」

 

 ホムラを筆頭に上忍・中忍・下忍が次々と里を離れ迎撃に向かう。この混乱に、沙苗も唯と共に安全な場所に避難した。

 

「さ、小鳥遊さん。こっちです」

「は、はいッ! あの、大丈夫でしょうか?」

 

 唯も何故S.B.C.T.がここを襲撃するのか分からない。もしかしたらS.B.C.T.に扮した卍妖衆なのではないかと言う疑いを持ちつつ、沙苗に手を引かれて安全な場所へと向かう。途中、沙苗を守る為と言う下忍達が合流し数人で固まって行動していた。唯達の向かう先に総本山の中心の屋敷が見える。あそこまで行けば防備もあり安全だ。

 

 そう思っていた矢先…………突如、上空から無数の火炎が総本山の屋敷に降り注ぐ。灼熱の劫火はあっという間に屋敷を焼き払い、中に控えていた者達を骨も残さず焼き払った。

 

「あぁっ!?」

「これはっ!?」

 

 突然焼かれた総本山の中心地。その光景に唯を始め下忍達が愕然とする中、沙苗は炎が降り注いできた上空を見上げた。

 

 そこに居たのは、一匹の巨大な龍。蛇のような体に長い髭を持つ、東洋龍がそこに居た。あまりにも現実離れしたその光景に、沙苗も下忍達も束の間思考が停止し動く事を忘れる。

 そんな中で真っ先に動き出したのは沙苗であった。彼女は自身の動揺を抑え、気を取り直すと素早く下忍達に指示を出した。

 

「呆けている場合ではありませんッ! 急ぎ、生存者の確認と避難、それと次の攻撃に対する警戒をッ!」

「し、東雲さん?」

 

 急ぎ早に指示を出す沙苗に唯が燃える屋敷と彼女を交互に見る。狼狽える唯を沙苗は宥めようと彼女の肩に手を置く。

 

「小鳥遊さん、良いですか? よく聞いてください」

「は、はい……!」

「あなたは急いで林に入り、南城君でもS.B.C.T.でもいいので彼らと合流してください」

「えっ!? で、でも……」

 

 もしかしたら襲撃してきたS.B.C.T.は卍妖衆の偽装かもしれない。そう思うと今林に入るのは危険に思えた。故に唯は思わず足踏みしてしまうが、沙苗はこの襲撃自体が卍妖衆の策謀であると見抜いていた。攻撃してきているS.B.C.T.も、決して敵と言う訳ではない。

 

「急いでッ! 多分間も無く卍妖衆が襲撃してきます。その前にあなたに味方をしてくれる人に保護を――――」

 

 沙苗が唯を説得してこの場から逃そうとする。だが全ては遅すぎた。最初にS.B.C.T.の襲撃をされた時点から、彼女達はとっくの昔にオボロの掌の上で踊らされていたのだ。

 

「ぐぁっ!?」

「がっ!?」

「あっ!?」

 

 突如周囲の下忍達が何かに撃たれた様に体を震わせ、そしてその場に力無く崩れ落ちた。唯と沙苗が何事かと周囲を見渡せば、自分達の周りに居た下忍が全員魂を抜かれた様に生気の無い顔で倒れている。まるで生きる為に大切な何かを抜き取られたようだ。

 

 そしてその彼らを見下ろす1人の黒衣の忍びが佇んでいる。言わずもがな、卍妖衆の首魁であるオボロだ。

 

 オボロは倒れた下忍達から視線を外し、残された唯と沙苗を静かに見やる。その視線に唯はビクリと肩を震わせ、沙苗はそんな彼女を守る為に自身の忍筆を取り出しながらオボロの前に立ち塞がる。

 

「小鳥遊さん、早く逃げてッ! ここは私が時間を稼ぎますからッ!」

「で、でも「早くッ!」――ッ!」

 

 想像もできない沙苗からの気迫に、気圧されて後退った唯は1つ唾を飲み込むと意を決してその場を離れた。

 

 離れていく唯の後ろ姿に沙苗は束の間安堵し、即座に鋭い視線をオボロに向けた。沙苗が見ると、オボロも去っていく唯の後ろ姿を見ていた。

 

「……行かせてしまった良かったのですか? このままだと、応援を呼んでくるかもしれませんよ?」

「些細な問題だ。どの道コガラシは連れてきてもらわなければ困る。今秘宝は全て奴が持っているからな」

 

 何て事はないように言うオボロに、沙苗は冷や汗を流しながら歯を食いしばる。

 

「やはり、彼女は……」

「他人の心配をするとは余裕だな」

「え?」

「自分が狙われていないと思うのか?」

 

 オボロの言葉に沙苗は息を呑む。だが衝撃はそこまででもない。考えてみれば当然だ。沙苗は万閃衆で唯一禁術を使える忍び。それは言い換えれば、卍妖衆の力の要でもあるオボロ達の禁術に対抗できる人間であると言う事に他ならない。

 彼女が卍妖衆に……オボロに狙われるのは道理であった。

 

「……だとしても、私が抗わないと言う理由にはなり得ません。”姉”として、私があなたをここで止めます!」

 

 

 

 

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

 

 沙苗に促され、全力でその場から逃げ出す唯。元より運動部で活躍していた彼女は、培ってきた健脚を必死に動かして千里に助けを求めるべく動いていた。一刻も早く彼に助けを求め、沙苗の元へと戻る為に…………

 

『あぁぁぁぁぁぁぁっ?!』

「ッ!? あっ!?」

 

 その時、背後から沙苗の悲鳴が風に乗って唯の元へ届いた。振り返れば迸る黒い稲妻の残滓が迸り、何があったのかを容易に想像させた。頭に思い浮かぶ嫌な予感に表情を引き攣らせ、戦きその場に崩れ落ちそうになる。

 しかし彼女はここで絶望に屈する事は無かった。彼女の希望はまだ失われていない。そうだ、千里と……千里と合流できれば希望はあると自身に言い聞かせ、折れそうになる心と足を奮い立たせ千里を呼ぶため再び走りだそうとした。

 

 その彼女の前に、物陰から飛び出したドクロが立ち塞がる。彼は唯の前に姿を現すと、林に向けて駆け出そうとする彼女を正面から受け止め両手を掴んで身動きを封じた。

 

「あっ!? は、放してッ!?」

「大人しくしろ」

 

 暴れる唯だったが、所詮運動部を嗜んでいる程度の女子高生。本気で戦う為に鍛えている男の忍びに力で敵う筈もなく、彼女はドクロに後ろ手に縛られ捕らえられてしまった。

 

「うぅ……!」

「手古摺らせてくれたが、それもここまでだ」

「捕らえたか?」

「はい、オボロ様」

 

 身動きを封じられた唯の前に、沙苗が足止めしていた筈のオボロが姿を現す。やって来た彼の手には、襟首をつかまれズタボロになった沙苗の姿がある。

 

「ぁぁ、東雲さん……!?」

「ぅ……ぁ……」

 

 唯が彼女の名を呼ぶが、彼女からは小さな呻き声しか返ってこない。来ている着物はあちこちが焼け焦げ破れ、その下に隠されていた柔肌も傷付き所々から血が滲んでいるのが見て取れた。

 痛々しい姿を晒す沙苗に目に涙を浮かべる唯。一方オボロは、そんな沙苗を下忍に預けた。

 

「連れていけ」

「ハッ」

「連れていったら、好きにしろ」

「……ハッ!」

 

 下忍が2人沙苗を受け取り、頭を下げるとその場から姿を消す。この場に残されたのは、唯とドクロ、そしてオボロの3人のみ。

 オボロは拘束された唯を見て、彼女の顎を掴み持ち上げ無理矢理自分の顔の方を向かせた。

 

「うっ!?」

「……フフッ、遂にこの時が来た。全ての秘宝を我が手にし、『真の仮面ライダー』となるこの時が……!」

「真の、仮面ライダー? 何よ、それ? それと私が、何の関係が……!」

 

 恐らく全ての秘宝を手に入れるとは、自分を人質にして千里から4つの秘宝を奪う事を言っているのだろう。何とも卑怯なやり方に反吐が出そうな思いになる。

 だが気になるのは、この場にある秘宝は4つだけと言う事だった。万閃衆の秘宝は五秘宝と言うからには五つある筈なのに、千里が持っているのは四つだけなのだ。全ての秘宝を集める為には、最後の一つが足りていない。

 

 考えられるとすれば、既にオボロが最後の一つを手に入れていると言う事だが…………

 

「全てって……千里君が持ってるのは四つだけよ? 最後の一つが何処にあるって言うのよ?」

 

 この状況で、唯は気丈にもオボロに最後の秘宝の存在を訊ねた。このまま何も出来ずに連れ去られるなんて事になって堪るかと、せめて少しでも情報を引き出そうとしたのだ。恐れを知らぬ彼女の姿に、ドクロも一瞬呆気に取られる。

 

「なっ、お前無礼だぞッ! オボロ様に向かって……」

「良い。いやむしろ、この娘には知ってもらった方が良いだろう」

 

 オボロは気を悪くした様子が無いどころか、寧ろ楽しむ様に告げると徐にドクロから唯を受け取り後ろを向かせた。何をするのかと唯が問い掛けるよりも先に、オボロは彼女の衣服を掴むと腰の後ろの部分を引き千切って柔肌を露にさせた。

 

「ヒッ!? いやぁぁぁぁっ!? 止めてッ!? 何するのよこの変態ッ!?」

 

 一瞬この場で辱めるつもりかと悲鳴を上げる唯だったが、オボロが引き千切ったのは腰の後ろの部分だけでありそれ以外の目を引く巨乳を包む胸元などには一切手をつけない。何が目的なのか分からない唯は怒りと羞恥、そして恐れに顔を赤くしたり青くしたりしながら後ろのオボロを睨み付けた。

 彼女に睨まれながら、オボロは衣服を引き千切って露わにした彼女の素肌に触れた。

 

「この場所、ここにある痣をお前は知っているな?」

「あ、痣……?」

 

 オボロが触れている部分には確かに子供の頃から存在した痣がある。変わった形だし、他人に見られるのが恥ずかしいと思いある意味で忌んでいたその痣が一体何だと言うのか?

 

「先に答えだけを教えておこう。最後の秘宝……それはお前だ」

「…………え?」

 

 一瞬唯はオボロが何を言っているのか理解できなかった。自分が秘宝? 人間が? コイツは一体何を言っているんだと言う思いが唯の頭の中をぐるぐると回った。

 

「な、何? 何の事? 私が、秘宝? 冗談は止めてよ……!」

「冗談ではない。事実だ。この痣がその証明だ。分かり辛いだろうが、この痣は『白金』と言う文字を表している。この痣を持つ者は、陰陽五秘宝最後の一つである『白金の書き手』に他ならない。つまり、お前がその書き手であると言う事だ」

 

 書を(したた)める為に必要な”道具”は全部で四つ……筆・硯・紙・文鎮だ。だがそれらだけがあっても、書く人間が居なければ書は生まれない。つまり、陰陽五秘宝とは相応の力を持った書き手を合わせた五つの総称であったのだ。

 そしてその肝心の書き手こそが唯だったのである。その事実に唯は自分の足元が崩れ落ちたような感覚に陥った。

 

「そん、な……!?」

 

 衝撃の事実に愕然とする唯だったが、オボロはそんな彼女に構わず己の野望を実現する為次の行動に移る。

 

「白金の書き手は秘宝の全てを束ねる存在でもある。つまりお前さえ居れば、秘宝の全ては手に入れたも同然……」

 

 忍筆を手ににじり寄って来るオボロに唯は本能的恐怖を感じた。これから自分が何をされるのか? 先程の沙苗への仕打ちを思い出し、唯は拘束から逃れようと無意味と分かっていても暴れた。

 

「嫌っ!? いやいやいやっ!? 何をする気ッ!? 止めてッ!?」

「お前は、私の物だ」

「嫌だッ!? 助けて、千里君ッ!? 千里君ッ!?」

 

 悲痛な唯の悲鳴が辺りに響き渡る中、オボロの忍筆が唯の肌へと触れた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「唯ちゃんッ!!」

 

 コガラシが駆けつけた時、唯はドクロに後ろ手に拘束された状態でオボロの前に立たされていた。()()()()()()立っているオボロの前でドクロに拘束された唯の姿に、コガラシは激情に駆られトップスピードで接近するとその勢いを利用して轟雷でドクロを切り裂いた。

 

「唯ちゃんからその手を放せッ!」

「くっ!?」

 

 目にも留まらぬ速さで接近し刃を振るってきたコガラシに、ドクロは咄嗟に術で無数の骨を操り自分とコガラシの間に骨の壁を作る。が、壁は殆ど意味を為さずコガラシには一撃で切り裂かれてしまった。

 それでも一瞬の時間を作り出すだけの余裕はあった。コガラシが骨の壁を切り裂くのに気を取られている間にドクロは身構えつつ唯を前に押し出し、彼に対する盾にしようとしていた。

 

「馬鹿めッ! これで――」

 

 しかしドクロの行動はコガラシには筒抜けだった。風を読んで彼が唯を盾にしようとしていると察したコガラシは、骨の壁を切り裂くとそのまま前には動かず切り裂いた事でバラけた骨の中に紛れてドクロの視界から外れた。ドクロからすれば壁としての役割を失い崩れた骨の向こうに居る筈のコガラシが突然姿を消した形になり、見失った彼を探そうと視線を巡らせた。

 

「ど、何処に……!?」

 

 視線を彷徨わせているドクロの死角からコガラシは接近した。不用意に視線を彷徨わせたことで逆に隙だらけとなり、彼はドクロの直ぐ傍まで接近する事に成功していた。

 そして接近した彼は、刃を振るい唯を掴んでいるドクロの腕を切り裂いた。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 腕を切り裂かれる痛みに悲鳴を上げひっくり返るドクロを放置して、コガラシは捕まっていた唯を取り返した。その様子を何もせずじっと見ているオボロに不気味なものを感じながら、コガラシは救出した唯を抱きしめながら守る様に隠した。

 

「唯ちゃんッ! 良かった、怪我は無い?」

「せ……千里、君……」

 

 オボロとドクロに襲われて相当恐怖したのか、唯の声は震えている。彼はオボロとドクロを見据えながら彼女を安心させようと優しく抱きしめ背中を撫でてやった。

 そんな彼の耳元に、唯は口を近付け震える声で言葉を紡いだ。

 

 

 

 

「に……逃げ、て……!?」

「…………え?」

 

 一瞬唯が何を言っているのか理解できなかったコガラシだが、次の瞬間脇腹に灼熱を感じた。何事かと視線を下に向ければ、鎧に守られていない脇腹に苦無が突き刺さっていた。その苦無を持っているのは、他ならぬ彼が守っている唯。

 コガラシは激痛と困惑に言葉を失っていたが、唯が苦無を引き抜く痛みに漸く我に返った。

 

「あっ!? ぐ、ぁ……!? ゆ、唯ちゃん? な、何を……!?」

「あぁ、ぁぁぁぁ……!? ちが、違うの……!? 私……わた、し……い、や……!?」

 

 脇腹を刺された痛みにその場で膝をつきコガラシが唯を見上げると、彼女はワナワナと体を震わせながら目に涙を浮かべて必死に否定の言葉を口にする。何が起きているのか分からないコガラシに、オボロはゆっくりと唯の隣に近付き彼女の肩に手を置きながら彼女の代わりに答えた。

 

「この娘を恨んでくれるな。今この娘は、私の操り人形なのでな」

 

 その一言でコガラシは全てを察した。ドクロは他人の心を操る心遁の術の使い手。恐らく唯の事も操っているのだろう。彼女の心を捻じ曲げて自分の事を刺させ、彼女の心を傷付けたオボロに怒りを感じる。

 

「オボロォ……!? お前、お前ぇぇぇ……!?」

 

 オボロを睨み付けるコガラシだったが、刺された苦無に何か毒でも塗られていたのか体に力が入らず立ち上がる事が出来ない。恐らくは苦無自体に何らかの術が掛けられていたのだろう。そうでなければ柔らかい脇腹とは言え、装束を纏った忍びを唯の細腕で刺す事など出来ない。

 オボロはそんな彼を蹴り飛ばして倒すと、唯に彼が身に着けている秘宝を全て外させた。

 

「さて、では書き手よ。全ての秘宝を手中に収めてもらおうか」

「か、書き手……?」

 

 オボロの言葉に疑問を覚えるコガラシだったが、唯はそれに構わず倒れた彼に手を伸ばし身に着けている秘宝を次々と外していった。

 

「だ、め……!? やめ、て……!?」

「ゆ、唯ちゃん……! なん、で……!?」

 

 コガラシの疑問は唯がこんな事をしている事に対してではない。彼女がこんな事をしているのはオボロが彼女を操っているからだ、それは分かる。

 分からないのは何の力も持っていない筈の彼女が、いとも容易くコガラシの体から秘宝を取り上げられている事にある。特に土豪の文鎮は鎧としてコガラシの体にフィットしていたのに、彼女が触れると元のミニチュアサイズの文鎮に戻り彼女の手の中に納まってしまった。何でそんな事になるのかが分からず、秘宝を次々と取り上げられながらコガラシは困惑した。

 

「その娘はただの娘ではない。全ての秘宝を束ねる存在である白金の書き手と呼ばれる最後の秘宝だ。お前はその娘の価値を知らずに共に居たようだがな」

「唯ちゃんが、最後の秘宝……!?」

 

 オボロから告げられる衝撃の事実に愕然とするコガラシ。その間にも彼の持つ秘宝は全て唯により取り上げられ、彼は唯と出会う前のただのコガラシの姿に戻ってしまった。

 コガラシから全ての秘宝を取り上げた唯は、その手に持った四つの秘宝をオボロに献上する様に跪いて差し出した。

 

「う、うぅ……!?」

「ご苦労だったな、書き手の巫女よ」

「ダメ……ダメ……!?」

 

 体は跪きオボロに従っているように見えるが、その顔は苦悶する様に歪み口からはうわ言の様に拒絶の言葉を口にしている。操られている筈だが、オボロが自由に出来ているのは彼女の体だけで心までは操れていないのだ。その事にオボロは舌を巻いた。

 

「ふむ……大した心の強さだ。普通の人間であればとっくの昔に身も心も私の操り人形になっている筈なのだがな。とは言え、心に関しては後でどうとでも出来る。まずは…………」

 

 オボロはその手を秘宝へと伸ばした。すると4つの秘宝が光を放ち、オボロの体に次々と身に着けられていく。彼が身に着けていくと、光り輝いていた秘宝は次々と彼の心を表す様にどす黒い色へと変化していった。

 そうして全ての秘宝を手にした時、オボロはその着心地を確かめるように自身の体を見下ろし、満足そうに頷いて見せた。

 

「クククッ……! これで一歩近づいた……! 後は……」

「こ、のぉ……!?」

 

 四つの秘宝をオボロが身に着けたのとほぼ同時に、コガラシがふら付きながら立ち上がった。片手は刺された脇腹を抑えており、指の隙間からは未だに血が流れ落ちている。明らかに瀕死の重傷を負っているにも拘らず、彼は尚も唯をオボロから取り戻すべくその手に剣を握り立ち向かおうとする。

 

 覚悟は十分。例え傷付こうとも愛する少女を付けるべく戦いを続けようとするその姿勢は天晴と言えるが、しかし悲しい事に今の状態の彼では例え雑魚が相手でも苦戦どころか勝負になるかも怪しい。

 ドクロはそんな彼を嘲笑う様に、彼が振るう刃を片手で掴んで受け止め今までの鬱憤を払うと言わんばかりに蹴り飛ばした。

 

「フンッ!」

「ぐ、ぁ……!?」

 

 足蹴にされて無様にひっくり返るコガラシ。そこで遂に体力が限界に達したのか、刺された所を押さえながら力無く倒れると変身が解かれ元の姿に戻ってしまった。変身が解けた千里は、依然血を流す脇腹を押さえながら口元から血を流してオボロとドクロを睨み付ける。

 

「うぐ、ぅぅ……オボロ、お前、は……!」

「今までご苦労だったな」

「ごめ……ごめん、なさい……ごめん、なさい……」

 

 睨むしかできない千里に、オボロは見せつけるように唯の肩を抱いて引き寄せ、唯はボロボロと涙を流しながら小さな声で千里への謝罪を絞り出す様に繰り返していた。必死に自我を保とうとするその姿は、脇を刺されて倒れる千里とは別のベクトルで痛々しい。

 

「オボロ様、この者への始末は私に……」

「良かろう。始末は任せる」

 

 ドクロが千里にトドメを刺す事を決め、オボロはそれを受諾すると唯を伴ってその場を離れようとする。そこにフブキがやって来た。

 

「お待ちください、オボロ様」

「フブキか? 何だ?」

「その者への始末、私に任せては貰えませんか?」

 

 フブキはドクロの要望に待ったをかけた。彼女は千里への嫉妬と憎悪を増幅された結果卍妖衆へと寝返った。そんな彼女からすれば、千里へのトドメは例えオボロが相手であっても譲る事は出来ない事だっただろう。それを理解しているオボロは、フブキの要望にチラリと千里を見やると頷き許可を出した。

 

「そうだな。コガラシはお前に任せるか」

「ッ!? オボロ様、それは……!」

「ドクロ、どうせお前の目的はコイツの骨でしょう? 私が殺したら好きにしていいからここは私に譲ってもらうわ。それとも、オボロ様の決定に逆らう気?」

「くッ……!?」

 

 流石にオボロに逆らうつもりは無いのか、一瞬抗議の声を上げかけるもドクロは大人しく引き下がった。これまでに邪魔をされてきた恨みを晴らせないのは残念だが、骨さえ手に入ればどうでもいいと考えているのだろう。

 

 ドクロが引き下がると、フブキは倒れて動けない千里にゆっくり近付いていく。手に持つのは彼女がよく使う氷鱗ではなく千里も見慣れた忍者刀だ。忍びの基本装備で命を絶つのは、彼女なりの最後の慈悲のつもりだろうか。

 

「ぐぅ……! 長谷部、さん……!」

「これで……全ては終わる。私は……解き放たれるんだ……!」

 

 千里の傍で膝をつくと、倒れて動けない千里の襟首を掴んで持ち上げ、空いた方の手に逆手に持った忍者刀を持ち狙いを定める。

 

 逃れようのない死を前に、千里は霞む視界の中でフブキを睨み唯は涙を流してその光景に手を伸ばす。

 

「だ、め……! やめ、て……おねが、い……!」

「ではさらばだ、若き忍びよ。あの世でお前の母に宜しく伝えてくれ」

 

 必死になって手を伸ばす唯だったが、その手が千里に届く事はなくオボロと共に姿を消した。ドクロはオボロが消えた場所を一瞥してから千里の方に目を向け、彼が死ぬ様をその目に焼き付けようとした。

 一方これから千里にトドメを刺そうとしているフブキは、オボロの言葉に何かを感じたのか暫し肩越しに背後を振り返っていた。が、それもそう長く続く事では無く気を取り直す様に忍者刀を持ち直し、握る手に力を籠める。

 

「さようなら、千里……あの世で母子仲良くね」

 

 その言葉を最後に、フブキは千里の心臓目掛けて忍者刀を振り下ろす。もう手足も満足に動かせない千里は、迫る痛みに思わず目を瞑った。

 

 視界が闇に閉ざされて、果たしてどれ程の時間が経ったか。一分か、二分か…………だが同時に数秒も経っていないような気もする。

 その間、彼は痛みを感じる事無く無音の時間を感じていた。

 

「…………?」

 

 流石に何も感じない時間が長すぎる。まさか死ぬ瞬間と言うのは実は痛みも何も感じないのかと、千里が恐る恐る目を開けてみると、そこで見たのは予想外の光景だった。

 

「……え?」

「なぁ……!?」

 

 千里に向けて振り下ろされた忍者刀。しかしそれが彼の胸を貫く事はなく、間に入って来た別の刃により阻まれた。幅広の黒い三日月の様な刃……それは同色の長い柄に繋がっており、彼の目は自分を助けてくれた相手を一目見ようとその柄を辿っていった。

 

 そこに居たのは紫色の装束を身に纏った1人の忍び。それが誰なのかを、彼とフブキは良く知っていた。

 

「隼ッ!」

「隆司ッ!?」

 

「よぉ、久し振りだな」

 

 仮面に包まれて顔を伺う事は出来ないが、聞こえる声色は確かに記憶にあるゲッコウ……隆司のものだった。彼が生きていた事に千里は束の間喜色を浮かべ、一方フブキは動揺を隠す事が出来なかった。

 

「な、何故ッ!? お前、あの時船から叩き落した筈なのにッ!?」

「あぁ、あの時はヤバかった。だがな、俺の諦めの悪さを甘く見てもらっちゃ困るぜ」

 

 あの時、ゲッコウは船から叩き落され大海原へと落ちていきそうになった。だが彼は完全に海へと落ちる前に、影潜りの術で途中にある船の影へと潜り込み落下を阻止。さらにそのまま影の中に潜む事で己の死を偽装し追撃を逃れたのである。

 その後は船が陸地につくまで影の中に潜み、船が港に着いてから人目を忍んで船から離れた。そしてそれからはひっそりと傷を癒しながら、動き出す時を伺っていたのである。

 

 死んだと思っていた隆司が生きてくれていた事に、千里は嬉しさに目に涙を浮かべた。

 

「お前……馬鹿野郎ッ! 生きてたんならさっさと出て来いよッ!」

「何だよ、案外元気そうじゃねえか。……悪いな、本当は俺もさっさとお前と合流したかったんだが、まともに動けるようになったのはつい最近なんだ、よ!」

「ぐっ!?」

 

 千里と話しながら、ゲッコウは三日月を握る手に力を籠め、忍者刀を受け止めた状態から気合と共にフブキを押し出した。力負けすると悟ったフブキは咄嗟にその場から飛び退き、同時に忍者刀を納刀し代わりに氷鱗を構えた。

 

「隆司……まさか生きてるとはね」

「あぁ、地獄の底から帰って来てやったぜ。嬉しいか? 俺は嬉しいね、お前とこうしてまた戦えるからなぁッ!」

 

 三日月を手に飛び掛かって来たゲッコウを、フブキは氷鱗で迎え撃つ。柄の長い大型の武器であるゲッコウが氷鱗とぶつかり合うと、一瞬の拮抗の後フブキの方が弾かれ体勢を崩された。パワーに関してはゲッコウの方に圧倒的な分がある。これでは勝負にならない。

 

(ならば……)

 

 フブキは忍筆を取り出し、忍術でゲッコウに対応しようとした。が、そこでドクロから待ったが掛かる。彼はフブキの忍筆を持つ手を片手で押さえて下げさせた。

 

「ッ、何を……!」

「潮時だ」

 

 短く告げて顎をしゃくるドクロに、フブキがそちらを見やるとこちらにやってくるホムラとイカズチの姿が見えた。さらにその後ろからはスコープ達S.B.C.T.の姿も見える。その光景にフブキも思わず舌打ちした。ゲッコウだけならともかく、ホムラにイカズチ、さらにS.B.C.T.まで参戦されては逃げる以外の選択肢が無い。

 仮面の奥で苦虫を噛み潰す様な顔をしながら、フブキは矛を収めその場を退く事を決断した。

 

「千里、隆司……決着は次よ」

「ではな」

【【忍法、隠れ身の術ッ! 達筆ッ!】】

 

 フブキとドクロの2人が隠れ蓑術で姿を消した直後、ホムラ達が合流し負傷した千里の手当を始めた。さらにS.B.C.T.が周囲を警戒し、隠れ潜んでいた敵に千里が追撃される事が無い様に警護してくれた。

 

 気付けば空に居た龍も姿を消している。その光景を前に、千里は連れ去られた唯の事を考えながら意識を手放した。




と言う訳で第52話でした。

本格的に千里の試練が始まりました。ここから暫く、彼は素のコガラシでの戦闘を余儀なくされます。
それまでパワーアップアイテムで戦ってきた主人公が、いきなり装備取られて素の状態で強敵たちと戦わねばならないという展開が千里にも訪れた訳です。

それと唯ですが、彼女もめでたく立派なキーパーソンと相成りました。これまでは千里と近しいというだけでしたが、ここに来て彼女にも秘められていた物がある事が明らかに。
最初は本当、唯はただの一般人にするだけの筈だったんですけどね。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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