激動とも言える万閃衆総本山での騒動から三日ほどが経った頃、千里はゆっくりと意識を微睡みから覚醒させていた。
「う、ぁ…………ん?」
目覚めた時、眼前に広がるのは見覚えのある天井だった。普段目覚めた時何時も最初に視界に入る光景。それは自宅の屋敷の、自室の天井であった。横になたまま首だけ動かせば、目に入るのはやはり馴染みある自分の部屋である。
だがそこに、最近は良く視界に入る唯の姿はない。平日はともかく、休日ともなれば徹が万閃衆総本山に居る事もあって唯は泊まりに来てそして……互いを熱く求め合いそのまま同じ布団で夜を明かすのが常となりつつあった。
流石に徹が帰ってきてからはそうもいかないだろうが…………等と考えた所で、千里はそもそも何故唯が隣に居ないかを考えて、その原因に思い至り微睡んでいた意識を一気に覚醒させた。
「唯ちゃんッ!? う、ぐ……!?」
唯はオボロにより卍妖衆に連れ去られた。一体どんな酷い目に遭わされるかと思うと、ジッとしては居られず跳ねるように起き上がるが直後に脇腹に鋭い痛みを感じその部分を押さえて背中を丸める。痛む部分を見ればそこには包帯が巻かれていた。それを見てそう言えば、自分はオボロに操られた唯により脇腹を刺されてさらにこれまで集めた秘宝を全て奪われたのだと言う事を思い出す。
暫く体の内側を焼くような痛みに肩を震わせていた千里だが、彼は痛みを堪えて立ち上がった。体の痛みが何だ、痛みなんて慣れている。それよりも今は唯を助ける事を優先させなければ。
「く、うぅ……唯ちゃん……唯ちゃん……!」
唯を想う一心で体を動かし立ち上がろうとする千里だったが、その時何者かが立ち上がろうとする彼を無理矢理布団の中に押し戻した。何者だと視線を彷徨わせると、そこに居たのは隆司であった。
「うぐっ!?」
「無茶すんじゃねえよ、怪我人が。黙って大人しくしてろ」
「は、隼? 何で、お前……」
隆司は元とは言え一応卍妖衆の人間だった男だ。そんな彼がここに居るのは何処か違和感を感じずにはいられない。何故ここに居るのかと問えば、その理由は至極単純であった。
「ま、端的に言えばスカウトだな。お前の親父に鞍替えしないかって話を持ち掛けられた」
「父さんが?」
「あぁ。何せ今、万閃衆は組織としてガタガタだからな。腕利きは1人でも欲しいんだろ?」
唯を連れ去られた事の方が千里にとってはインパクトがあっただけだが、万閃衆は首脳陣を纏めて吹き飛ばされた形になり組織としては瓦解一歩手前まで追いやられていた。隆司の話では徹が臨時の長となり組織を纏めようと忙殺されているらしい。今の万閃衆では彼が古参であり、発言権も大きい上忍であるのだから仕方がない。
「で、お前万閃衆に入るの?」
「今保留中だ。卍妖衆に居た時の経験から思った事だが、どうも俺は組織に所属するより1人で気ままに動く方が性に合ってるらしい。卍妖衆にも殆ど義理で参加してただけだしな。関係が切れた今、1人で好きに動くのも良いんじゃねえかって思ってる」
「そうか……」
隆司が万閃衆に参加してくれればこれ以上ない位頼もしいとは思うが、かと言って自分の我儘で彼を縛り付ける訳にはいかない。それに、フリーになると言うのであれば今後は今まで以上に気軽に手を組む事も出来ると言う事。そう考えれば決して悪い事では無いのではとも思えた。
そんな感じで目覚めてから隆司と情報交換や雑談を千里がしていると、部屋の障子が開かれ学が入って来た。彼は千里が起きているのを見て、安堵に笑みを浮かべた。
「南城、起きたか」
「山崎か。悪い、心配掛けた」
「全くだ。気分はどうだ?」
「悪くはない。それより、あれからどうなった?」
結局千里は途中で意識を失ってしまった為、あの後騒動がどうなったのかを知らない。隆司の話で徹が指揮を執っているのだと言う事は分かったが、万閃衆の今後や離れに居たとはいえ治療を受けていた人志に逸子、そして連れ去られた唯の事等気になる事は盛沢山であった。
千里からの質問に、学は険しい顔になり視線を暫し彷徨わせた。分かってはいたが、決して良い状況ではないらしい。釣られて千里も険しい顔で学の顔を見上げていると、彼は重い溜め息と共に今の状況を話し始めた。
「状況は……ハッキリ言って最悪だ。徹さんが指揮を執ってくれてるから何とか組織としての体を保ってるが、それも殆ど首の皮一枚で繋がってる状態だ。何しろ首脳陣全滅って言う、傘木 雄成の襲撃を超える被害な訳だからな」
「先輩達は? 大丈夫なのか?」
万閃衆総本山の中枢の屋敷は突如出現した空を飛ぶ龍の火炎により焼き尽くされた。2人が治療を受けていたのはその屋敷から距離を取った離れだが、直撃ではなくとも余波などで何らかの被害を受けたのではないかと千里は心配していた。
だが幸いと言うか、あの2人に関しては然程大きな問題は無かったらしい。先程に比べればある程度和らいだ表情で2人の無事を告げられた。
「先輩と先生に関しては心配するな。あの2人は無事だ。今はこの屋敷に移して安静にさせてる」
「そうか……良かった」
敵対していたとはいえそれは操られていたからという人志と、ドクロにより体を好きにされていた逸子の2人が大事ないと分かり千里もホッと胸を撫で下ろした。この悪い状況で数少ない良いニュースだ。骨猪にもいい知らせが出来る。
いい知らせは確かにあった。だが…………千里にとって何よりも最高の知らせは唯の身の安全だ。彼女が安全か否か、それが彼にとって重要なのだが…………
「…………」
千里は、開きかけた口から唯の安否を知る事が出来なかった。否、聞くのが怖かったのだ。答え等分かっているのに、その答えを聞くのが怖い。
唇を僅かに振るわせて視線を彷徨わせる千里に、学は何と話すべきかと視線を俯かせていた。だが時間を掛けても事実は変わらない。学は軽く目を瞑り、小さく息を吐くと意を決して千里が知るべき唯の現状を告げた。
「それとな、南城……小鳥遊さんだが、結局オボロに連れていかれた。救出に行くだけの余裕も無かったんだ。すまない」
「ッ!?……そう、か」
「あんまりショックを受けてるようには見えねえな?」
学の言葉に千里は一瞬肩を震わせ目を見開いたが、予想していたほどの動揺は見せなかった。隆司がその事に対して少し意外そうな顔をすると、千里は自嘲する様な笑い方をしつつ首を左右に振った。
「俺だって、事実を受け止めるくらいの気概はあるよ。目の前で連れていかれたのをこの目で見てるんだ。予想はしてたさ」
「そか」
千里の言葉をあっさり受け止めると、隆司は湯呑を引っ張ってきて茶を注ぎ一口啜って唇を湿らせた。そのあまりにも堂々とした様子に学は思わず半眼になった。
「お前……この状況でよくそこまで寛げるな?」
「あ?」
「スカウトもされてるみたいだが、俺はまだお前の事を信用してる訳じゃないからな」
どうやら学は元卍妖衆の隆司に対してあまりいい印象を抱いていないらしい。そう言えば、この2人は殆ど接点が無かった。千里をフブキから助けた事に関しては感謝しているが、それと彼を信用するかは別問題と言ったところか。対する隆司もそれを当然と受け止めているのか、睨まれてもあっけらかんとした様子だ。
「今更何言ってんだよ。つか、怪しいってんなら縛るなりすればいいだろ?」
「徹さんから丁重に扱えって言われてんだよ」
「大変だな、お前も」
「他人事みたいに言うなッ!」
頭上を飛び交う隆司と学の会話を聞きながら、千里は布団に沈み静かに目を閉じた。今は兎に角、傷を癒して体力を回復させなければ。
(唯ちゃん……)
まだ本調子では無いからだが即座に微睡みに沈む中、千里は唯の無事を心から願い続けていた。
***
万閃衆が半ば壊滅状態となり、体勢を立て直すのに奔走されている頃…………
オボロは卍妖衆のアジトの廊下を静かに歩いていた。向かう先にあるのは、重厚な鉄の扉で閉ざされた一つの部屋。彼が扉の鍵を開けて中に入ると最初に異臭を感じた。常人であれば顔を顰めるような臭気だったが、忍び装束で顔を隠したオボロの表情は伺えない。
その彼の視線は部屋の中央に向けられている。そこに居るのは、天井から伸びる鎖に両手を吊るされ冷たい床に膝をついている沙苗だった。衣服を無残に破かれ衣服としての機能を果たしていない布切れを纏っただけの彼女の体は、あちこちに痣や男達の欲望の後がこびり付き酷い暴行を受けた痕が伺えた。
「う、ぁ……はぁ、はぁ…………ぁ」
息も絶え絶えと言った様子の沙苗だったが、オボロが入って来たのに気付くと虚ろな目を上げて体を揺すった。衣服を引き裂かれて露わにされた形のいい乳房が揺れるが、その様子にオボロは何かを感じた様子も無い。
「や、やめなさい……こんな、こんな事……!?」
「今更何を言う。万閃衆でも散々やってきた事だろう。さて、では今日も貰うぞ」
そう言うとオボロは沙苗の頭に手を置き、ここに連れて来られてから下忍達に暴行された彼女の記憶と感情を抜き取った。これまでは無作為な人間から抜き取る事で賄ってきた心遁の術の代償の為の精神。それを彼は、沙苗を凌辱する事で強制的に生産しているのである。
「う、ぁ、あぁぁぁぁぁぁ……!?」
僅かに体を揺するなどの抵抗も空しく、沙苗は暴行・凌辱の記憶をオボロにより抜き取られた。そして記憶を抜き取ると、それを待っていたように部屋に下忍達が入ってくる。彼らが入って来ると、オボロは沙苗から離れて部屋を後にする。
自分から離れていくオボロの背に、沙苗は力を振り絞るような声で彼を呼び止めようとした。
「ま、待って……”
「精々たっぷり楽しめ」
オボロは沙苗からの呼び掛けに立ち止まる事はせず、重厚な扉を無情にも閉めた。
『うぁっ!? あ、あぁっ!? や、止めなさいッ!? 止め、う、あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?!?』
閉ざされた重厚な扉の向こうから廊下にまで響くほどの沙苗の悲鳴が聞こえてくる。だがオボロはその声に少しも何かを感じた様子を見せず、沙苗の悲鳴を聞きながらその足で別の部屋へと入っていった。
その部屋は唯を捕えている部屋だった。囚われた唯は、沙苗の様に天井から鎖で吊るされたりはしていないがしかし独房の様な内装の部屋の隅で耳を塞いで蹲っている。恐らくは、部屋の外から響いてくる沙苗の悲鳴を聞かないようにしているのだろう。
『ひ、ぐっ!? いぎっ!? あ、あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?』
「いや……いやっ!? お願い、もう止めて……止めさせて……!?」
沙苗の悲鳴に唯は心を痛めてばかりだった。彼女は自分を逃がそうとして捕まり、そして結局自分も囚われてしまった。その事に対する罪悪感と、今も尚酷い目に遭っている彼女に何もする事が出来ない無力さに苛まれていたのだ。
オボロが入ってきた事にも気付かず、部屋の隅で蹲り続ける唯。そんな彼女に近付くと、オボロは小さく震える肩にそっと手を置いた。肩に手が触れる感触に、唯の肩がビクンと震え恐る恐る顔を上げる。
「ッ!? オ、オボロ……!?」
「気分はどうだ?」
こんな所に入れられて気分もへったくれも無いだろうに、分かり切った事を聞いてくるオボロに唯は縋りつき沙苗への暴行を止めるよう懇願した。
「もう止めてッ!? 東雲さんにこれ以上酷い事しないでッ!?」
『いぐっ!? あ、がっ!? うぁ、あぁぁぁぁっ!?』
こうして話している間にも、部屋の外からは沙苗の悲鳴が聞こえてくる。その悲鳴が唯の精神を削っていき、焦りに目に涙を浮かべる。
「何でッ!? 何でこんな酷い事をッ!?」
「あの程度でどうにかなるほど柔な女ではない。お前も知っているだろう?」
「それは…………でもッ!?」
「それに、あの女が柔ではない事は昔から知っている。何せ、姉だからな」
「姉?」
オボロの言葉に唯が思わず首を傾げる。すると彼女が見ている前でオボロが変身を解いた。
初めて目にするオボロの素顔。その顔は思っていたよりも若々しい。パッと見た限り20代前半だろうか。彼が口にした、沙苗が姉と言う言葉も真実味を帯びてきた。
だとすると尚分からない。何故彼は実の姉を男達に嬲らせ弄ばせるような事が出来るのだろうか? こうしている間にも、沙苗は男達の欲望を一身に受け心身ともにボロボロになっていると言うのに、耳に入る悲鳴に微塵も心を痛める様子が無い。
「何で、お姉さんにこんな事が出来るの?」
「……姉は、俺の気持ちなど微塵も考えなかった。ならば俺もそれに倣うだけだ。姉がその身を他者に捧げる事を是とするなら、俺にも捧げてもらわなければ割に合わないだろう。あんなにも愛していたのに……」
束の間オボロ……真の顔に初めて感情が宿った。過去を悔いる様な、何かを苦しむ顔を見せた真を唯は凝視する。
その視線に気付いたのか、真は顔を元に戻すと唯の肩を掴んだ。
「あの女の事よりお前の事だ。どうだ? 俺に力を貸す気になったか?」
「ち、力って何よッ!? 私に、そんな力なんてある訳ないでしょッ! だって私、ただの一般人だし……あ、痣だってきっと何かの偶然で……」
必死に言葉を紡ぐ唯だったが、真は彼女の言葉に堪らず笑い声をあげた。
「ハッハッハッハッハッ! お前がただの一般人? どうやら本当に何も知らないのだな」
「ど、どう言う事?」
「お前が今日まで過ごしてきたあの2人、あれはお前の本当の両親ではない」
「…………え?」
一瞬、唯は真の言葉の意味が理解できなかった。両親が両親ではない? 一体何を言っている?
「で、デタラメ言わないでよッ!? そんな、そんな事ある訳……!?」
「いいや、事実だ。お前は元々万閃衆の忍びの夫妻の間に生まれた。そこでお前は秘宝である事が知られ、大事に育てられてきた。だが…………」
あの万閃衆が壊滅の危機に瀕した傘木 雄成の襲撃で唯の人生は大きく狂わされた。あの戦いで唯の両親は共に雄成の手により殺され、天涯孤独の身となってしまった。
両親が居ない事もそうだが、何より万閃衆の力が大きく弱体化した事を重く見た総本山はここで思い切った手段に出た。唯のそれまでの記憶を殆ど消し、ただの少女として表の世界で過ごさせると言うものだ。そうする事で絶大な力を発揮する秘宝を守ろうとしたのである。勿論この事を知っているのは極一部であり、この事は徹ですら知らない事だった。
「当時まだ万閃衆だった俺は、子供の頃のお前の記憶を消し、今までお前と過ごしていたあの2人の下忍に引き渡したのさ」
衝撃の事実に唯は先程とは違う意味で体を震わせた。突き付けられた事実を否定する様に両手で耳を塞ぎ、イヤイヤと小さく頭を振りながら目から涙を流した。
「嘘……嘘……そんなの、嘘よ……お父さんと、お母さんが、そんな…………」
「フン……ならば、思い出させてやろう。封印したお前の記憶を、蘇らせる」
真が忍筆を唯に近付けてくる。迫る筆先が今の唯には鋭いナイフよりも恐ろしい何かに見え、既に部屋の隅だと言うのに後ろに下がろうと手足をジタバタと暴れさせた。
「い、嫌ッ!? イヤイヤイヤッ!? 止めてッ!? 来ないで、イヤァッ!? 助けて、助けて千里君ッ!?」
***
その日の夜…………
「ふぅ…………よし」
人々が寝静まった頃、千里は1人部屋を抜け出て庭に出て夜風に当たっていた。単に眠れないから夜風に当たろうと言うのではない。彼が風に当たるのは、風遁の応用で風に当たり、風から様々な情報を得る為であった。風は様々なものを運んできてくれる。その中から、唯が今どこに居るのかを探ろうとしていたのだ。
「…………」
庭に佇み、月明りの下で夜風に当たり続けて数分。残暑厳しい夏の夜とは言えあまり長く夜風に当たり続けると体も冷える。しかし千里はその場から動く事無く、全神経を体に当たる風に集中させた。
その結果…………
「……ッ! 居た……」
千里は遂に唯を、というよりは唯が連れていかれた場所への手掛かりを見つけ出した。しかしその場所は少々意外だった。何しろ場所は、神奈川県の小田原……嘗て万閃衆が雄成に襲撃される以前に総本山を置いていた場所だからである。その山中に隠された隠れ里、そこに唯が連れていかれた痕跡があった。嘗ての万閃衆の総本山を利用するとは、灯台下暗しと言うかなんというかである。
居場所が分かれば話は早い。千里は気合を入れ唯を助けるべく単身神奈川県の小田原へと向かおうとした。
その彼の背に、声が掛けられる。
「待て、千里」
「ッ!? と、父さん……」
そこに居たのは、何時からそこに居たのか分からないが徹であった。彼は縁側の柱に背を預け、千里の事を見ず手の中の苦無を片手で弄びながら再度訊ねた。
「何処へ行くつもりだ、千里?」
「……卍妖衆のアジトに……唯ちゃんを助けに行くんだ」
「ダメだ、認められない」
隠し事など出来ぬと千里が正直に向かおうとしている場所とその目的を告げれば、徹はすげなくそれを許さなかった。有無を言わせぬ雰囲気に一瞬飲まれそうになる千里だったが、しかし彼にも譲れない思いがある。
「何で? 連れていかれたのは唯ちゃんだけじゃない、東雲さんもだろう? あの人も、万閃衆にとっちゃ大事な人なんじゃないのか? 助けに行かなくていいのかよッ!」
卍妖衆のアジトの奥深くに囚われた沙苗が今どんな目に遭っているかは、風を呼んでも知る事は出来なかった。だが千里はこれまでの卍妖衆の所業から、絶対にただで済んでいる訳はないと予想していた。唯だってそうだ。彼女の場合は何故連れていかれる事になったのか彼は分からなかったが、彼女が辛い目に遭っているだろう事は分かる。2人共一刻も早く助けに行く必要があった。
それが分からぬ訳ではないだろうにと千里が父を睨むと、徹は重い溜め息を吐きながら口を開いた。
「お前の言いたい事も分かる。だが、お前も分かるだろう? 今の万閃衆はガタガタだ。瓦解するのを防ぐだけで精一杯で、とてもではないが救助になんて行ける状況じゃない」
「だから俺1人でも行こうとしてるんじゃないか」
「自惚れるんじゃないッ!?」
言っても聞かない我が子に、遂に徹が声を荒げた。その迫力は今まで共に過ごしてきた中で感じた事が無い程であり、千里は思わず顔を引き攣らせて後退りそうになる。
「う、く……!?」
「お前1人で何が出来るッ! 相手は組織だぞ、たった1人の力で何かが為せるなどと自惚れるなッ!」
徹としては、我が子に危険を冒してほしくはなかった。勿論万閃衆と言う組織的に、生き残っている中忍以上の忍びをこれ以上失う訳にはいかないと言う思いも無くはない。だが彼はそれ以上に、息子に無謀な行動で命を落としてほしくはなかったのである。卍妖衆のアジトに単身乗り込むと言う事は、そう言うリスクを背負うと言う事なのだ。
放たれる迫力の中に、千里を想う親としての心は確かにあった。それを千里自身も感じ、思わずそのまま黙り込んで従ってしまいそうになる。
しかし、それでも彼の唯に対する想いは止められなかった。
「それでも……俺は行くよ」
「何……?」
「危険なのは分かってる。だけど、それでも……大好きな唯ちゃんが今こうしてる間にも辛い思いをしてるかと思うと、ジッとしてなんていられない」
「敵がどれだけ強大かを分かっているのか?」
「敵の強さは、唯ちゃんを助けに行かない理由にならない。例え世界全てを相手にするような無謀な戦いであっても、唯ちゃんを助ける為になら俺は1人でも戦える」
「死ぬことになってもか?」
「ここで何もせずに、自分に楽な状況になるのを待ってから動いて、それで唯ちゃんに取り返しのつかない事になったりしたら俺にとっては死んだも同然だ」
何より、千里には唯への愛とは別に一つの譲れない想いがあった。
それは……自身が”仮面ライダー”であると言う自覚である。嘗て世界を救った仮面ライダーデイナは、たった1人でも巨悪に戦いを挑み続けた。それに
強大な敵を前に、己の信念・想いを胸に恐れず挑もうとする息子の姿に、徹は場違いにも感慨に耽った。思い出されるのは千里が生まれてからこれまでの成長の軌跡。子供だと思っていた彼が今ではこんな立派で逞しく育ってくれた事に、徹は親として喜びの様な物を感じずにはいられなかった。
しかし、だからこそ…………
「……そうだとしても、お前を1人で行かせる訳にはいかない。危険だと言う事は分かっているのだろう?」
「分かってる」
「俺達も手をこまねいている訳ではない。体勢を整え、S.B.C.T.と共同して小鳥遊さんと東雲女史の救助の為の作戦を練ろうとしている。それまで待つ事は出来ないのか?」
事ここに至って万閃衆はS.B.C.T.に存在を完全に証、その上で彼らと共同歩調を取ろうと画策していた。それは先の攻撃で大幅に減った人員を補うと言う打算もあり、同時に一刻も早く囚われた2人を救出したいと言う焦りの表れでもあった。S.B.C.T.の協力も得られるなら、卍妖衆相手に後れを取る事はないだろう。
だが、今の千里には一分一秒でも惜しかった。こうしている間にも唯が不安と恐怖に震え、千里の助けを待っているかもしれないのだ。それに彼は卍妖衆を倒す為に向かうのではない。忍びらしく忍び込んで、唯と沙苗の2人を連れ出そうとしているのだ。であれば、やりようは幾らでもあると言うのが彼の考えであった。
「ゴメン……でも俺、ジッとしていられないんだ。唯ちゃんを助ける。例え万閃衆を追放される様な事になろうとも、だ」
息子の答えに徹は思わず肩を落とす。だがその仕草に反して、心の中ではそれを納得している自分に彼は気付いていた。千里なら必ずそう言う決断を下すだろう事を、彼は予想していた。
「そう、か…………。ッ、ならば仕方がない」
唐突に徹の纏う雰囲気が変わった。全身を刺す様な鋭い気迫。一撃で首を切り飛ばされたかと思う程の殺気に近い気迫を前に、千里は全身の毛穴が開き汗が噴き出すのを感じた。
「ッ!?」
「言う事を聞かないと言うのであれば、力尽くでもお前を止める。それが代理で万閃衆を取り纏めている俺の役目であり…………お前の父としての責務だ」
「……上等だ。俺は今日ここで、父さんを超えるッ!」
「やってみせろ」
庭に降りた徹が忍筆を構える。千里も懐から普通の忍筆を取り出し、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
そして2人は、暫しの静寂の後同時に筆を振るい開かれた白紙の巻物に文字を書いた。
「「執筆忍法、変身の術ッ!」」
書かれた変身の文字が巻物の形状を変化させ、無骨なベルトに変化するとそれを腰に巻き空中に文字を書く。
「コガラシ、変身ッ!」
【忍法、変身の術ッ! 夜の声、しのぎ削りし、忍ぶ者……コガラシッ! 達筆ッ!!】
「ホムラ、変身ッ!」
【忍法、変身の術ッ! 古の、野火の火背負い、忍ぶ者……ホムラッ! 達筆ッ!!】
千里が書いた”凩”の文字が……徹が書いた”焔”の文字が……、それぞれベルトの水晶に吸い込まれ、2人の姿を忍びとしての姿に変化させる。
変身したコガラシは鞘から轟雷を抜き、ホムラは背負った鞘から鋭く光を反射する刀『
「行くぜ、父さん……! 一筆書きより簡単に終わらせてやるッ!」
「見せてみろ、お前の筆跡を」
2人の溢れんばかりの気迫が、烈風と劫火となって表れぶつかり合う。風と炎のぶつかり合いの結果、夜空に向けて炎の竜巻が噴き上がる。
その竜巻を破るように2人は同時に突撃し、手にした刃を相手に向け振り下ろした。
と言う訳で第53話でした。
隆司は現状、なし崩し的に万閃衆の一員として動く事になりました。ただ彼は一匹狼を好むので、この一件が一段落着いたらまたふらりと1人で動く事になるかもしれません。
沙苗は絶賛エチエチな目に遭っております。囚われた美人がやられる事と言ったら一つしかないよねと()
そして千里ですが、こちらはこちらで唯の為に自らの立場を捨てる覚悟を決め、そして師であり父である徹との決戦に臨みます。師弟対決であり親子対決、今まで教えられ守られていた存在が、遂に一人前となるべく試練を超える時がやってきた感じです。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。