コガラシとホムラ、2人の万閃衆の忍びの戦いを見る者は決して多くは無かった。時間が真夜中と言う事もあったが、何よりも今の南城邸には殆ど人が居ない。
そんな中で2人の戦いを見守る者が僅かながら居た。1人は彼らと同じ万閃衆の忍びである学。そしてもう1人は卍妖衆から弾かれ、そしてフリーの忍びとなり行く当ても無いので一時的に万閃衆で厄介になっている隆司であった。2人はコガラシ達の戦いに巻き込まれない程度の場所から、激しく戦う親子の姿を眺めている。
「お~お~、随分派手にやってるなぁ」
隆司はまるでスポーツを観戦しているかのような気軽さで2人の戦いを茶を飲みながら眺めていた。ともすれば彼らの戦いを楽しんでいる節すら感じられるその姿に、学は半眼になって非難の視線を向けた。
「お前、そんな暢気な事言ってる場合か?」
「んな事言ったってよ、俺らに出来る事なんて何もないだろ? あれ言っちまえばただの親子喧嘩だぜ?」
「……大体あの2人もあの2人だ。今がどういう状況か分かってるのか? 今は同じ万閃衆同士で戦ってる場合じゃないだろうに」
もしこれでどちらかが取り返しのつかない怪我を負ったりしたらどうするのかと、非難の視線を戦っている2人へ向ける。
見ればコガラシの放つ風にホムラの炎が巻き上げられ、火柱が幾つも伸びていた。学達が居る所まで激しい熱気が伝わる程の戦いに、残暑も手伝って全身に汗が浮かぶ。
学が状況も考えず戦う2人にぼやいていると、隆司が戦う2人を代理する様に彼の疑問に答えた。
「んなの、答えは簡単だろ」
「何?」
隆司は残っていた茶を一気に飲み干す。空になった湯呑を脇に置き、大きく息を一つ吐き出すと彼は自分に目を向ける学の方を見ずに答えた。
「譲れねえものがどっちにもあるんだよ。南城は女をどうしても助けたいし、アイツの親父は自分の息子に危ない橋を渡ってほしくない。互いの主張が嚙み合わなくて、だから戦うしかねえんだろ」
そう言って隆司が「分かるだろ?」と学を見れば、彼は憮然とした顔になって鼻を一つ鳴らし視線を戦うコガラシ達に戻した。悔しいが、隆司の言う事を認めざるを得ないからだ。彼の言う通り、コガラシもホムラも互いに譲れない想いを抱えて戦っている。
あれに割って入って戦いを止めることは簡単だ。だがそれで全てが解決と言う訳にはいかないだろう。あれは、2人の心に整理を付ける為のコミュニケーションでもあるのだから。
それが理解できてしまう為に、学も2人の戦いを止めに動く事が出来ず黙って見守るしか出来なかったのだ。
他に今彼に出来る事と言えば、胸の内を愚痴として零す事くらいであった。
「全く……本当に似た者親子だな」
学と隆司に見られている事に気付いているのかいないのか、それを傍から察する事は出来なかった。何せコガラシとホムラの戦いは、南城邸の庭を焼くほどに激しいものとなっていたからである。
「執筆忍法、風遁の術ッ!」
【忍法、風遁の術ッ! 達筆ッ!】
「執筆忍法、火遁の術ッ!」
【忍法、火遁の術ッ! 達筆ッ!】
コガラシの放つ風遁の術により生み出された風が竜巻となってホムラに襲い掛かる。迫る竜巻に対し、ホムラが取った手段は回避でも防御でもなく、火遁の術による迎撃だった。熱波だけで大気を焦がし草木を消し炭にするほどの熱量を持つ炎が、コガラシの竜巻とぶつかり合い辺りに火の粉を撒き散らす。拮抗を見せる2人の忍術、それにホムラは舌を巻いた。
(秘宝が無くとも、これ程の忍術を使えるようになっていたか……)
次々と秘宝を手にし、その力もあって卍妖衆の刺客を次々と退けていた息子だったが今の彼の手元に秘宝は1つも無い。だからもっとあっさりと勝負はつくだろうと予想していたがそれは彼にとっていい意味で裏切られた。秘宝の力が無くても、コガラシはホムラに食い下がる程の力を既に身に着けている。
その理由の一端が、心から愛する少女が出来た事に起因しているだろう事は想像するに難くない。ホムラはこんな戦いの最中だと言うのに、息子の成長を伺い知る事が出来て嬉しさを噛みしめずにはいられなかった。
「(しかし、だからこそッ!)ハァァァァッ!」
「ッ!?」
ホムラが腹の底から気合を入れた声を上げると、それに呼応するように炎が勢いを増しコガラシの竜巻を押し返した。これ以上は受け止めきれないと彼は炎に飲み込まれる前に射線から外れるように横に飛ぶ。直後彼の居た場所を劫火が通り過ぎ、あれに巻き込まれていたらどうなっていた事かと冷や汗を流す。
「くぅ……!? 父さん、今までになくマジだな……」
コガラシは改めて父の力を実感した。当然だが今まで鍛錬で相手をしてくれていた時は手を抜いていたのだ。今だってどこまで本気で戦っているか分からない。
(やっぱり父さんは凄い)
自分とは比べ物にならない程の戦いの経験。足元にも及ばない程濃密で且つ積み重ねられた鍛錬。どれをとっても自分が勝てる要素など何一つないと思わせた。
しかし、コガラシも引き下がる訳にはいかない。彼にとて譲れない想いはある。
(万閃衆がどうとか、仮面ライダーだからとか、そんな事はもうどうでもいい……!)
今のコガラシが……千里が想う事はただ一つ。唯の……愛する1人の少女を救う事だけであった。その為であれば、何を敵にする事も今の彼には恐ろしくはない。
その直向きな想いを剣に乗せホムラに向けて振るえば、彼は炎の壁を張りコガラシの視界を遮った。突然目の前に現れた炎の壁にコガラシは一瞬怯み攻勢が緩んだ。それがホムラの狙いだった。ホムラはコガラシが一瞬攻撃の手を緩めた瞬間、忍筆を取り出し火焔の刀身に文字を書く。
「執筆忍法、灼熱紅蓮剣ッ!」
【忍法、灼熱紅蓮剣ッ! 達筆ッ!】
火焔の刀身が炎を纏った。地獄の業火がそのまま刃になったかのような刀身を手に、ホムラは炎の壁の向こうに居るコガラシを狙い刃を振るった。
本来コガラシ相手に見えない所からの攻撃は効果が薄い。彼には風を読む能力があるからだ。しかし今、炎の壁によりホムラとコガラシの間には気流の断絶が発生していた。炎の熱で、温められた空気が上へと上っているのである。これでは風を読んでホムラの動向を知る事が出来ない。
「ハァァァッ!」
息子の手の内をよく理解しているホムラは、コガラシの能力を封じた上で一撃に懸ける。見えない所からの一撃は、回避も防御も許さずコガラシに強烈な一撃となって襲い掛かる筈であった。
しかし彼の思惑は外れた。炎の壁諸共切り裂いた、彼が感じた手応えは人を切ったにしてはあまりにも軽いものであった。
「ッ!? 空蝉ッ!?」
切り裂かれた先に見えたのは、先程までコガラシが居た筈の場所を舞う無数の木の葉。それが熱気で燃え尽きる様を見て、ホムラは自分の動きが読まれていた事を知った。
素早く視線を巡らせると、コガラシはホムラの左側面に移動していた。今のホムラは、強烈な一撃を空ぶった事で隙だらけだ。
(危ねえッ!? 咄嗟に回避に動いて正解だったッ!)
実は空蝉を使ったのは殆ど反射的な動きであった。ホムラが炎の壁を張って自身の進行を遮った瞬間、コガラシは背中に冷たい物を感じ咄嗟に空蝉を術を使用しホムラの意識を先程まで自分が居た場所に引き付けたのである。結果は正解、ホムラは居ないコガラシに向けて全力の一撃を放ち、それを空ぶった事で隙だらけとなった。
相手は実の親、しかし今この瞬間だけは敵同士。コガラシは隙だらけの父に容赦なく一撃を見舞った。
「執筆忍法、疾風烈斬ッ!」
【忍法、疾風烈斬ッ! 達筆ッ!】
ホムラが刀身に炎を纏わせたのなら、コガラシは刀身に風を纏わせる。風と言ってもただの風ではなく、触れれば全てを切り裂く鎌鼬だ。無数の鎌鼬を纏った刃は、縦横無尽にチェーンが動き回るチェーンソーの様で、触れた物を悉く細切れにする。
それは炎も例外ではなく、ホムラが切り裂いた事で散りつつあった炎の壁の残滓を切り裂き吹き飛ばしながら迫った。
「くッ!」
危ういところでホムラは轟雷の前に火焔を滑り込ませる事に成功する。炎の刀身と風の刀身がぶつかり合い、互いに反発する様に2人の一撃は互いに弾かれた。
そこから始まるのは風の剣と炎の剣の激しいぶつかり合い。2人は互いに相手の攻撃で自分の剣が弾かれると、その勢いを利用して次の攻撃に繋げ、それも弾かれては反撃して……を繰り返す。
まるで演舞の様な2人の攻防に、隆司は眩しい物を見るように目を細めながら呟いた。
「……楽しそうだな、アイツら」
「何?」
「楽しそうじゃねえか。お互い、心から本気でぶつかり合ってよ」
隆司の言葉に学が改めて戦う親子を見やる。彼の言う通り、確かに2人共心から本気でぶつかり合っているのだろう。考えてみればあの2人の間には何処か壁があるように感じられた。それは仕方のない事なのかもしれない。千里には次代の万閃衆を担う者としての重責があるし、徹には組織の一員としての責務がある。
互いに背負った組織の責任の下、果たすべき使命の為親子として以上に上司と部下として動かなければならない事も多かった。それが何時しか、2人の間にある種の壁として立ちはだかっていたのだろう。
だが今、2人の間にはその壁が無い。互いに心を曝け出しての戦いは、気付けば2人の間から壁を取り払っていた。
コガラシはホムラに見せつける。これまでに培ってきた技術と、鍛錬の成果を。今までは合間の修行と実践の成果でしか見せられなかったそれを、真正面から父にぶつける事が出来ていた。
(父さん、これが今の俺だッ!)
徐にコガラシは轟雷のトリガーガードに指を引っ掛け、その状態で轟雷を回転させた。高速で回転する真空刃の剣が何度もホムラに襲い掛かる。ホムラはそれを巧みに防ぐが、連続・高速で4回転した刃はその勢いでホムラの体勢を崩させるには十分な圧力を持っていた。
ホムラの体勢が僅かに崩れた。それを見たコガラシは、剣を回転させた勢いそのままに体全体を時計回りに回転させ轟雷を振るった。向かって左側から放たれた連続攻撃を防ぐことに注力していたホムラは、突然右側から迫って来た強烈な一撃に目を見開く。
「ッ!? やるッ!」
予想以上の息子の力にホムラは素直に舌を巻いた。ここ最近は特に熱心に鍛錬している事は知っていたが、ここまで腕を上げているとは。こんな時だと言うのに、息子の成長を間近で見れて喜んでいる自分が居る事に彼は気付いていた。こんな時でなければ、笑みの一つでも浮かべて頭でも撫でてやっていた事だろう。
だからこそ、彼もまた負ける訳にはいかなかった。彼が負ければ、コガラシは……千里は1人で卍妖衆のアジトに乗り込んでしまう。何が待ち受けているかも分からない魔窟に、たった1人で乗り込んでしまえば何が起こるか分からない。
「千里ィィィィッ!」
【忍法、火遁
突如ホムラとコガラシの間に花が咲く様に炎が弾けた。綿花が咲く様に膨らんだ炎にコガラシは吹き飛ばされ、地面に叩き付けられその衝撃で轟雷を落としてしまった。
「あぐっ!? ぐ、ぐぅぅ……くッ!?」
受け身を取る間も無く地面に叩き付けられ、痛みに悶えながら何とか立ち上がろうとするコガラシ。しかし体を起き上がらせようとしたところで、脇腹に走る痛みに蹲ってしまった。まだ完全に癒えていない唯に刺された傷が開き始めたのだ。
その痛みは、まるで唯が彼にこれ以上戦うのを止めろと言っている様。彼女もまた彼にこれ以上危険な事をするなと言ってくれているのではと、そんな事を一瞬考えてしまった。
「……いや、そんな筈がない」
一瞬考えて、コガラシは頭を振ってその考えを捨てた。これは甘えだ。これ以上、辛い戦いをしたくないと言う甘えが唯の姿で現れた誘惑に過ぎない。
それに例え唯がそう言ったとしても、彼に止めると言う選択肢はなかった。
何故なら彼は名乗ったのだ、仮面ライダーと。あの世界を救ってきたヒーロー達に肖ろうとしたのだ。なのに、愛する女の子1人救う事も出来ずどうする。何故仮面ライダーが名乗れる。
「う、ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおッ!」
コガラシは雄叫びを上げながら立ち上がった。開いた傷口から血が滲むが、そんな痛み関係ない。体に走る痛みなど、唯を連れ去られた時の悔しさに比べればどうという事は無かった。否、痛みだけではない。悔恨も何もかも、ありとあらゆる全てをこの瞬間彼は己の中から追い出していた。出血で朦朧とし始める意識の中、彼が想うのはたった1人の少女への愛だった。
「父さん……悪い。俺、やっぱり忍びとしては未熟だ」
「何?」
「俺は、仮面ライダーだ。仮面ライダーになる。だから、行くよ。唯ちゃんを助けに……唯ちゃんが待ってるから」
「ッ!」
自らを未熟と称したコガラシだったが、放たれる威圧感はホムラをも圧倒した。
恐らくはホムラとの戦いに脇腹の負傷により出血している事もあって極限状態に追い込まれた事が関係しているのだろう。コガラシは為すべき事、為したい事だけを只管に見据え、雑念の全てを振り払った。意図しての事では無いとは言え、この瞬間彼は明らかに無我の境地・明鏡止水へと至っていた。
余計なもの全てを捨て去り身軽になった彼は、正しく神羅万象全てを背負う万閃衆が目指す忍びとしての至高の域へと到達していたのだ。
(千里……お前は……!)
自分ですら至れていない高みへと至った息子の姿に、ホムラは内心で歓喜せずにはいられなかった。
この瞬間、彼は己の敗北を悟った。こんな物を見せつけられては、認めない訳にはいかない。
ならば、今のホムラにしてやれることはただ一つ。
「……ならば、俺は万閃衆の上忍としてお前を止めるッ! どうしても行くと言うのなら、超えてみせろッ!」
ホムラは火焔を手にコガラシに斬りかかる。先程以上に鋭い斬撃は、疲労と負傷、出血で意識が朦朧知しているコガラシでは回避も覚束ない筈であった。
しかし、彼はこれを紙一重で回避してみせた。まるで柳や花が風に揺れるように、とても自然な動作でゆらりと体を傾けるだけでホムラの一撃を回避した。
その後もホムラは斬撃だけでなく蹴りや忍術も交えて攻撃を仕掛けたが、コガラシはこれら全てを回避してしまった。その動きに危なげは無く、まるで来ることが分かっているかのように必要最小限の動きだけで。
その事に誰よりも驚いているのは、コガラシ本人であった。
(何だろう? 分かる……どうすればいいのか……どう動けばいいのかが、全部わかる)
放たれた一撃をスルリと回避し、がら空きとなったホムラの胴に掌底を叩き込む。カウンターで放たれた掌底の一撃に、ホムラは強制的に息を吐き出され火焔を思わず落としてしまった。
「うぐぉっ!? がはっ!?」
初めてホムラに明確な一撃を入れられた。しかしコガラシの中で感動は少なかった。これもまた彼が目指す事の前では些末な事でしかなかったからだ。
今の彼が心から感動する事があるとすれば、それは無事な唯と触れ合えた時のみであろう。
そして彼は、愛する者を取り戻す為、その障害として立ちはだかる父を超える為に筆を取った。
「執筆忍法、疾風激烈脚」
【必殺忍法、疾風激烈脚ッ! 達筆ッ!】
「ッ! 執筆忍法、烈火爆炎撃ッ!」
【必殺忍法、烈火爆炎撃ッ! 達筆ッ!】
疾風を纏い蹴りを放つコガラシと、烈火を纏い蹴りを放つホムラ。2人の技がぶつかり合い、空中で激しく鬩ぎ合う。コガラシの風が炎を散らし、ホムラの炎が周囲を焼いていく。瞬く間に周囲を火の海に包まれ、灼熱の風が吹き荒れる中2人の忍びはどちらも譲らなかった。
離れた所から様子を見ていた隆司と学も吹いてくる熱風に思わず目を細める中、遂に戦いに決着がつく時が来た。
「うぉ、おぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
「ッ!?」
コガラシが雄叫びを上げると、それに呼応するように彼が纏う風の強さが増した。彼が纏う風は周囲のものを巻き込み、熱や炎すら味方につけ自身の力と変える。自分の力が吸われてコガラシを強化していく事に気付いたホムラが息を呑む中、風と炎で強化された蹴りを放つコガラシは足に更に力を込めた。
「だぁぁぁぁぁぁッ!」
「ぐっ!?」
圧力が増すコガラシの蹴りに、ホムラは必死に対抗しようとする。しかし最早彼を止めることは出来ず、次の瞬間爆発と共にホムラが吹き飛ばされ塀を突き破って外へと放り出された。
「ぐはっ!?」
塀を突き抜け道路に叩き付けられたホムラの傍に、彼を打ち破ったコガラシが佇む。この戦いで全力を出し切ったにしては、佇む姿は堂々としており地にしっかりと足をつけている。
コガラシが見下ろす中、ホムラの変身が解かれる。忍び装束が消えると、その下に隠されていたボロボロの徹がコガラシの前に姿を晒す。
その父の姿を見て、コガラシも変身を解いた。こちらは勝者だと言うのに、見た目は徹に勝るとも劣らない程ボロボロである。特に傷口が開いた脇腹は血が滲み赤く染まっている。しかし父を見下ろす目と地面を踏みしめる足には微塵も弱った様子が無かった。
「……俺の勝ちだ」
「……あぁ」
「それじゃ、行くよ」
「そうか……」
短いやり取りの後、千里は透に背を向け歩き出す。
その場を去る最中、彼の胸中にあるのは父を超えた事への達成感では無かった。多分これで自分は万閃衆からは破門される。帰る場所を失うだろう事に、寂しさと不安を感じずにはいられなかった。
だが今考えるべきは唯の身の安全。彼女を助ける事だけを考えようと、脳裏に浮かんだ不安を頭を振る事で振り払おうとした。
その彼の背に、徹の声が届いた。
「千里…………気をつけてな」
「ッ!」
「帰ったら片付けを手伝えよ」
帰ったら……徹は確かにそう言った。帰っても良い、帰る場所がある。そう思うと途端に千里の心にあった不安が消え去った。
不安が無くなると、途端に胸を強い達成感が満たした。嬉しさに思わず目に涙が浮かぶが彼はそれを乱暴に拭った。
「ッ……あぁ!」
短く返して千里は今度こそその場を立ち去る。徹はその後ろ姿を見送ると、息子の成長に満足したような笑みを浮かべて意識を手放した。
徹が気を失うと、壊れた塀の向こうから様子を伺っていた隆司と学が後ろを振り返って揃って溜め息を吐く。
「……で、この後始末どうするんだ?」
「まぁ、何だ……騒ぎにならない様にするしかないだろ」
南城邸の庭は酷い有様であり、あちこちが焼け焦げるどころか炭化してしまっている。夜が明ければ立ち込める焦げ臭さと壊れた塀の様子に周辺の何も知らない住民が騒ぐに違いない。今の戦いで騒ぎが起こらないのが奇跡なくらいだ。
「騒ぎにならないようにったって、今からじゃどうしようもねえだろ? もう大人しくS.B.C.T.に骨を折ってもらおうぜ」
「この上更に彼らに頼るのか……」
「しょうがねえ。お前らの所の上が軒並み居なくなっちまったんだ。四の五の言っていられねえだろ」
「分かってるよ。取り合えず、徹さんを中に運ぼう。お前傷薬持ってたよな? 使わせてもらうぞ」
「へいへい」
2人は気絶した徹の負担ならない様に、彼を担いで屋敷の中へと入っていった。
一方、徹を打ち破り唯を助けに向かおうと歩を進める千里。距離はあるし体のあちこちが痛むが、今の彼に止まると言う考えはない。
その彼の前に1人の男性が姿を現した。金髪碧眼の見るからに日本人離れした男性だ。千里は壁に寄りかかってこちらを見てくる男性を一瞥してそのまま通り過ぎようとしたが、男性の方は千里に用でもあるのか目の前を通り過ぎようとする彼を呼び止めた。
「よ、仮面ライダー」
「……んん?」
突然気安く声を掛けてきた見知らぬ男性に、千里は面倒臭そうに視線を向けた。正直こんな得体の知れない相手など無視したかったのだが、彼が口にした仮面ライダーと言う単語が千里の意識を引いた。
胡乱な目を向けてくる千里に、男は苦笑しながら壁から背を離した。
「あぁ、そう言えばこうして素顔見せるのは初めてだったな。俺だ、S.B.C.T.のδ5だ」
「あ、あんたが……」
そう言えばどこかで聞いた事があるような声な気がしていた。言われてみれば確かに、この雰囲気はあのS.B.C.T.の中でも特に自分に気さくに接してきていたライトスコープのそれだ。
その隊員が一体何の用か?
「協力、してくれるんだって?」
「あぁ。この間は俺達もお前らに迷惑掛けちまった訳だしな」
律儀な事だと千里は小さく笑みを浮かべた。恐らく先日総本山に彼らが襲撃を掛けてきたのは、卍妖衆の策によるものだろう事は容易に想像できる。大方嘘の情報提供で彼らを扇動したのだろう。つまり彼らもある意味では被害者だ。何しろ先日の襲撃の際、彼らS.B.C.T.も千里含める万閃衆からの反撃で多数の負傷者を出してしまった。トントン……とまでは言えないが、気にしすぎるのは少し違うと千里は考えた。
「悪いな、助かるよ。父さん達の事、頼む」
千里はそう言ってその場を立ち去ろうとする。彼らが行動を起こすのは、きっと体勢を立て直した万閃衆が動く時と合わせてだろう。ならば、それより先に唯を助ける為に動く千里には関係の無い話。こんな所で何時までも長話している訳にはいかないと、先を急ぐ様に千里は歩を進めようとした。
その彼の腕をδ5が掴んで引き留めた。
「待ちなって、仮面ライダー」
「ッ、何だよ? 悪いけど俺、急いでるんだ」
「なら尚のこと待つべきだ。お前に必要なものを用意してある」
δ5はそう言って千里を手招きしすぐそこの曲がり角の向こうに誘った。何なのかと千里が若干の苛立ちと困惑を胸にそれについていくと、そこにあったのは1台のバイクであった。銀と緑のボディのオフロードバイクは、どんな悪路でも乗り越えていけそうだ。
突然バイクを見せられ困惑する千里に、δ5は1枚のプレートを差し出しながら口を開いた。
「S.B.C.T.の最新の試作装備『フロントチェイサー』だ。コイツなら目的地まであっと言う間だぜ」
「はっ?」
何が何だか分からず千里が混乱していると、δ5は笑みを浮かべながらキープレートを彼の手に握らせつつ話を続けた。
「お前の戦い、見てたぜ。仮面ライダーコガラシ。愛する誰かの為に戦うお前は、間違いなく仮面ライダーだ」
「ぁ……」
「そんなお前になら、コイツを託せる。悪いな、今俺に出来るのはここまでだ。だけどすぐ追いつく。だから、お前も頑張れ」
そう言ってδ5は軽く千里の肩を叩いた。自分は1人ではないと言う事を教えてくれるその衝撃に、千里は目頭が熱くなるのを感じながら頷きキープレートを渡してくれた手を握り返した。
「ありがとう、行ってくる」
「おうっ」
千里は強く頷くと、早速バイクに跨りプレートを挿入した。エンジンに火が灯り、力強い音を響かせる。心強いその音に改めて千里がδ5に頷きかけると、彼も頷き返し安全の為数歩下がる。渡されたヘルメットを被った千里は、δ5に向けサムズアップした。
「ありがとう」
「気にすんな。気をつけてな」
「あぁ。……あ、そう言えば、あんたなんて名前だ?」
ここまでS.B.C.T.の一員、δ5と言う事しか知らず彼の名を聞いた覚えが無かった。せっかくここまでしてくれた相手の名を知らずにいるのは不義理かと、千里は彼に名を訊ねる。問われた彼は一瞬それに答えようと口を開きかけ、しかし何を思ったのか言葉を飲み込む様に口を閉じ手を振った。
「また今度な。ほら、急げよ。待ってる子が居るんだろ?」
「ん? あぁ、分かった。それじゃ!」
今度こそ千里はバイクを走らせ、唯が待つ卍妖衆アジトに向けてその場を走り去る。δ5はその後ろ姿を見送りながら胸元を押さえる。服の下にある”何か”に触れるように。
「頑張れよ、仮面ライダー……」
彼がそう呟いたところで、懐から着信音が鳴った。スマホを取り出し通話ボタンを押すと、彼はその場に背を向けながらスマホを耳に当てた。
「はい、もしもし?……はい、はい……大丈夫です。しっかり渡しました。えぇ……はい、すぐ戻ります」
何事かを話し合った後、通話を切った彼は筋肉を解す様に思いっきり背伸びした。
「さ~て! 今度はこっちの番だぜ。待ってろよ仮面ライダーコガラシ、直ぐ助けに行くからな」
と言う訳で第54話でした。
コガラシ、開始54話目にしてやっとバイクに乗ります。これでやっと正真正銘仮面ライダーと名乗れますねw
これまでにもちょこちょこ登場していたδ5も素顔をまともに描写したのは今回が初めてですね。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。