仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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第五十六筆:晴れる吹雪

 卍妖衆本部に乗り込んだ千里と隆司の前に、フブキとドクロが多数の下忍を従え立ち塞がった。唯を助ける為に潜入し沙苗を見つけた千里は、彼女の介抱を中断し隆司と共に彼女らと対峙する。

 隆司はフブキが自分に注目している事に気付き、敢えて彼女を挑発する様に手を上げて声を掛けた。

 

「よ、相変わらず元気そうだな?」

「隆司……」

「おいお前ら、唯ちゃんは何処だ?」

「言う訳がないだろう。あの娘はオボロ様の目的の為に必要な存在だ」

 

 人数差から勝ち誇って油断して唯の居場所を漏らしてくれないかと期待したが、残念ながらそこまで迂闊では無かったらしい。フブキとドクロの口から唯の居場所を探る事は難しくなり、また沙苗を守りながらではこの人数を相手に立ちまわるのは難しいと冷や汗をかく。

 

「さて、どうする?」

「どうするもこうするもねえ。全員ぶちのめす以外にねえだろ」

「せめて唯ちゃんを見つけるまでは手荒な事はしたくなかったけど……」

「ま、諦めるこった」

 

 話しながら隆司は忍筆を取り出した。彼は既にやる気満々で、何時でも戦う準備は出来ている。千里はそれに溜め息と共に倣い、懐から忍筆を取り出した。

 

「ドクロを任せてもいいか? 俺はフブキ……長谷部さんを相手するから」

「あ~? 俺も出来れば椿の方が良いんだけどな」

「頼む。長谷部さんは俺が相手しなくちゃいけないんだ」

 

 真剣な表情で千里は隆司の事を見る。その視線に隆司も根負けし、小さく肩を竦めると渋々頷いた。

 

「しゃーねーな。椿は譲ってやる。その代わり、絶対負けんじゃねえぞ?」

「あぁ。そっちもな」

「言ってろ」

 

 千里と隆司は一瞬顔を見合わせる。互いに不敵な笑みを浮かべ合い相手の顔を見やると、次の瞬間それぞれが戦う相手を睨み筆を振った。

 

「「執筆忍法、変身の術ッ!」

 

「コガラシ――」

「ゲッコウ――」

 

「「変身ッ!」」

 

【忍法、変身の術ッ! 夜の声、しのぎ削りし、忍ぶ者……コガラシッ! 達筆ッ!!】

【忍法、変身の術ッ! 夜の闇、差す影の中、忍ぶ者……ゲッコウッ! 達筆ッ!!】

 

 2人が変身するとそれを合図にドクロが下忍達に指示を出す。2人に一斉に攻撃を開始した下忍に対し、彼らは己の武器を手にそれを迎え撃った。

 

 決して広いとは言えない地下通路。しかしコガラシは巧みな身のこなしで下忍の攻撃を紙一重でやり過ごし、お返しとばかりにすれ違いざまに轟雷の刃で切り裂いていく。

 

「ハッ! セイッ!」

 

 コガラシの鋭い斬撃が下忍を次々と切り伏せる。下忍達も忍者刀や苦無、鉤手甲で攻撃しコガラシを倒そうと奮闘するが、コガラシと下忍では基本的な能力が大きく違う。加えてこの通路では数の有利を完全に活かす事が出来ず、下忍達は逆に徐々に数を減らされていった。

 

「オラぁぁぁッ!」

 

 ゲッコウもまた下忍を相手に圧倒的な力の差を見せつけていた。彼が扱うのは大型武器の三日月。身の丈を僅かに超える程の大きさの大鎌を振るうにはこの通路は狭いと言わざるを得なかったが、それは逆に言えば相手にとっても回避し辛いと言う事になる。ドクロやフブキほどの腕利きであれば回避も容易だろうが、数を頼みに仕掛けるしか出来ない下忍達では土台無理な話だ。しかも下忍達は数が多い為、互いにぶつかり合って回避すらままならない。相手の動きの拙さを利用して、ゲッコウは一度に纏めて複数の下忍を叩きのめしていた。

 

「オラオラァッ! 下忍如きが幾ら数揃えたって、俺に勝てるかッ!」

 

 物足りないと言いたげに大きく三日月を振るい下忍を吹き飛ばす。なす術なく下忍が2人の忍びにより倒されると、通路に立つのはコガラシを始めとした4人の忍びのみとなっていた。

 

「うし、雑魚の掃除終わり。残るはお前らだけだな?」

 

 そう言ってゲッコウはドクロに三日月を向ける。大鎌を向けられたドクロは、喉の奥から呻き声を上げると棍を構えそれを迎え撃つ姿勢を見せた。

 

「コガラシの方は任せる。この裏切り者は私が……」

「えぇ。コガラシは私の獲物よ――!」

 

 言うが早いかフブキは両手に持った氷鱗でコガラシに斬りかかった。迫るフブキの攻撃をコガラシは轟雷で受け止め、狭い通路では彼女相手に戦えないと攻撃を捌きながらその場を移動した。

 

「こっちだ!」

「待てッ!」

 

 この場を離れようとするコガラシをフブキが追って地下通路の外へと向かう。ゲッコウはそれを視線で見送りながら、自身の前に立ち塞がるドクロを前に構えを取った。

 

「さて……こっちも始めるか?」

「そうだな、裏切り者」

「おいおい、勝手に切ったのはそっちだろ?」

「関係ない。オボロ様に不要と断じられるような事ばかりしていたお前は十分に裏切り者だ」

 

 飽く迄オボロ第一なドクロの様子に、ゲッコウは呆れたような溜め息を吐いた。そして理解した。自分はこのオボロを無駄に崇拝する雰囲気が気に入らなくて、好き勝手に動いていた節もあったのだと。

 

「そんなにいいもんかねぇ、オボロって奴はよ」

「何?」

「そこまで忠誠を誓う価値が、アイツにあるってのか?」

 

 小馬鹿にしたようにゲッコウが言うと、ドクロは肩をワナワナと震わせ次の瞬間激昂しながら棍を振り下ろしてきた。

 

「キ、サマァぁぁぁぁッ!!」

「…………はんッ!」

 

 感情剥き出しで飛び掛かって来るドクロを鼻で笑い、ゲッコウは三日月で防ぎながら後ろに下がった。一見するとゲッコウがドクロに押されている様にも見えるが、その実彼はドクロの勢いを後ろに逃がしているだけであった。ある程度下がって勢いがなくなって来ると、ゲッコウは三日月を振るいドクロを逆に押し返した。そして衝撃で体勢が崩れたドクロに対し、彼は再度三日月を薙ぎドクロの胴を切り裂いた。

 

「ぐぅっ!?」

「んんっ?」

 

 胴を切り裂かれたドクロの口から一瞬苦痛の声が上がるが、ゲッコウはその手応えに違和感を感じた。切った感触が妙に硬い。まるで硬い骨組みを切り裂いた様な感触だ。

 

 首を傾げるゲッコウだったが、ドクロが体勢を立て直し攻撃を仕掛けてきたのを見て疑問を一旦脇に置き迎え撃つ。三節棍となって不規則な軌道で襲い掛かる攻撃を、三日月の長さを活かして上手い事いなしていく。そしてその最中に隙を見ては何度もドクロを切り裂いた。

 

「オラッ! フッ!」

「ぐぉっ!?」

「ん~?」

 

 やはり何かが可笑しい。攻撃を重ねる度に大きくなっていく違和感に再び疑問を抱いた彼は、物は試しと術を使った。

 

「執筆忍法、影刺しの術ッ!」

【忍法、影刺しの術ッ! 達筆ッ!】

 

 足元の影を槍の様に伸ばして敵を刺し貫く影刺しの術。上と違いここはあちこちに影があるので、影遁の為の影に困らない。

 何よりこの攻撃は基本相手の視野外からの攻撃となるので、来ると分かっても回避が難しかった。今対峙しているドクロもその例に漏れず、足元から突き出た影の槍を回避できず体を刺し貫かれた。

 

「うぐはぁっ!?」

 

 近くの影から飛び出た無数の影の槍にドクロの体が滅多刺しにされる。その勢いで空中に磔にされるドクロであったが、その光景にゲッコウは違和感が正しかった事を察した。

 

「やっぱりかッ!」

 

 無数の影の槍に刺し貫かれたドクロからは血が流れなかった。体を刺されて血が流れない人間など居る訳がない。つまり、このドクロは本物ではないと言う事。恐らくは骨遁の術を用いた分身の術の亜種だろう。骨で人型を作り、その上にドクロの姿を被せて本物の様に見せているのだ。普通の分身の術に比べると、骨組みがある分こちらの方が頑丈なのかもしれない。

 

 だが問題なのは分身の性能ではない。この場合何よりも重要なのは、今まで彼と対峙していたドクロが偽物だと言う事。つまり、本物のドクロがどこかに居ると言う事。

 

 ゲッコウが今まで戦っていたドクロが偽物だと気付いた次の瞬間、死角から本物のドクロが飛び出し棍で殴り掛かった。その一撃は直前に前に飛び出したゲッコウに回避され、彼の体を僅かに掠めるだけで直撃する事は無かった。

 

「あっぶね!」

「チィッ!?」

 

 今のは本当に危ない所だった。一歩間違えば一撃で意識を持っていかれていてもおかしくはなかったところである。

 

「へへ、残念だったな?」

「勘のいい奴め……」

 

 不意打ちが失敗に終わりドクロが喉の奥から呻き声を上げる。ゲッコウはそんなドクロを眺めながら、ふと今コガラシは大丈夫だろうかと思いを馳せた。

 

 

 

 

 ゲッコウがドクロと一進一退の攻防を繰り広げている頃、地上に出たコガラシとフブキの戦いは激しさを増していた。

 

「おぉぉぉぉっ!」

「はぁぁぁっ!」

 

 轟雷を振るうコガラシに対し、フブキは氷鱗を用いてそれを迎え撃つ。時には氷鱗を投げつけるフブキだったが、コガラシはその攻撃を納刀した轟雷の銃撃で撃ち落とした。正確な狙いは違わず空中で高速回転する氷鱗を捉え、銃撃を受けた氷鱗の内片方は中央部を撃ち抜かれて砕かれてしまった。

 

「くっ!?」

 

 武器の片方を失った事にフブキが仮面の奥で奥歯を噛みしめる。だが直ぐにその顔は勝ち誇った笑みに変わっていく。その理由は今のコガラシの様子にあった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 戦いが始まってまだそう経っていないのに息切れした様子のコガラシ。それを見てフブキは自身の術が着々と彼の体を蝕んでいる事を確信し、ほくそ笑むのを隠し切れなかった。

 

「ふぅ……ふぅ……(所詮お前はその程度……もう逃れられない。この戦い、私の勝ちよッ!)」

 

 コガラシとの戦いの最中、彼女は彼に気付かれない様にある術を使っていた。その術の名は『氷遁 浸冷寒蝕(しんれいかんしょく)の術』。この術は見た目の派手さこそ皆無であるが、その実目には見えない冷気で相手の体力を徐々に奪っていくと言う恐ろしい術である。以前彼女と対峙したイカズチも、この術を使われた事に気付く事が出来ず次第に体力を奪われ危ういところまで追い込まれた。

 イカズチでさえ気付く事が出来なかったのだから、コガラシが気付けるはずがない。彼女の読みは正しく、彼は体の芯を蝕む寒さで体力が低下している事に気付けず何時も通りに動こうとしていた。

 

 人間の体と言うものは、低温環境下で100%のパフォーマンスが発揮できるように出来てはいない。関節の可動域は狭まり、反応速度・瞬発力も低下する。常温下であろうと、プロのスポーツ選手がウォーミングアップに十分な時間を掛けるのは全身を適度に温めて少しでも全力を発揮出来るようにする為だ。

 フブキの浸冷寒蝕は相手に気付かれず相手を徐々に弱らせると言う、戦う相手からすればこれ以上ないほど恐ろしい技なのである。

 

「ふぅ……これで、終わりッ!」

 

 一思いにトドメを刺そうとフブキが残された方の氷鱗を振るう。その鋭い斬撃に、コガラシは反応が間に合わず切り裂かれる運命にあった。少なくとも彼女自身はその未来を見据えていた。

 

 しかし、現実は彼女の予想を外れた。

 

「ッ! ゼァッ!」

「ッ!?」

 

 突然、コガラシの動きが変わった。目にも留まらぬ速度で轟雷を振るい、自身に迫っていた氷鱗を弾き飛ばした。

 この事態にフブキは言葉を失った。今の動きは低温で動きが鈍った体では絶対に真似できない。一瞬何らかの方法で体を温めたのかと思ったが、彼の体から放出されるほどの熱は感じられない。熱を感じないのに、息切れする程の冷気をどう克服しているのか?

 

「不思議か? はぁ、はぁ……俺がアンタの攻撃を防げた事が?」

「な、何……?」

「寒がってると思ったろ?」

「はぁ、あ……!?」

 

 コガラシは気付いていた。自分が低温環境下に置かれている事を、彼はとっくに気付いていたのだ。

 

「前に、山崎の奴から聞いたんだ。アンタと戦ってる最中に、異様に寒さを感じたってな。お陰で全力が発揮しきれなくて、結構苦戦させられたって言ってた。だから備えさせてもらったぜ」

 

 フブキと対峙してから、コガラシはある術を気付かれず発動していた。その名は『風遁 風鱗華山(ふうりんかざん)の術』。体の表面に風の鎧を纏い、空気の断層を作り出す技である。本来この技は、この薄く纏った風の鎧で手裏剣など相手の飛び道具を防ぐ技であった。だが彼はこの技を、フブキの放つ冷気から身を護る防寒具として使ったのだ。

 

 とっくに対策されていた事にフブキは奥歯を噛みしめる。だがそれにしたって解せないのは、先程氷鱗を弾いた剣の速度。今の一撃の鋭さは普段の彼の放つ一撃を超えていた。それに、例え冷気を防いでいたとしても彼の息が切れているのは間違いない。この不可解な状況に、フブキは堪らず吠えた。

 

「でも、現にお前は息切れしてるッ! 寒くないなら、何故お前は……はぁ、はぁ」

「そう言う自分はどうなんだ?」

「何?」

「息苦しさ、感じてないか?」

 

 言われてフブキは気付いた。そう言えば、戦ってる最中は気付かなかったが妙に呼吸が苦しい。一体何時からこうなっていたのか分からず愕然となった。

 

「な、何が……!?」

 

 自覚すると一気に今体に起きている不調が襲い掛かって来た。全身肌寒く、呼吸が苦しい。頭痛と耳鳴りも感じるこの症状に、彼女は自分に何が起きているのかを察した。

 

「これは……まさかお前、気圧を下げたのッ!?」

 

 そう、コガラシはコガラシでフブキが気付かない内に風遁の術の応用で周囲の気圧を下げていたのだ。気圧が下がれば気温は下がり、呼吸で取り込める酸素濃度は下がり頭痛を誘発する。今この周囲は標高の高い山の山頂に近い気圧となっており、こんな状態では全力を発揮する事は難しい。

 相手にデバフを掛けていたと思ったら、自分の方がデバフを掛けられていた事にフブキは再び愕然となった。それと同時にフブキは、先程のコガラシの一撃の鋭さの理由にも察しがついた。

 

「そうか、さっき……お前の攻撃が明らかに早すぎたのは、気圧を下げて空気抵抗を下げたから……!」

 

 気圧が低いと言う事は、空気抵抗による摩擦が小さいと言う事。動きの邪魔をする摩擦が小さくなれば、剣を振るう動き1つも大きく変わる。フブキは気圧が下がっている事に気付かなかった為何時も通りに動いてしまったが、気圧を下げている張本人であるコガラシは下がった空気抵抗を利用して素早い動きを実現したのだ。

 

 自分よりも上手な戦いを見せるコガラシに、フブキは強い嫉妬心を感じた。それは皮肉な事に彼女に力を与える結果となり、失った氷鱗に代わり忍者刀を抜き何時もに比べて割増しで素早くなった動きでコガラシに肉薄した。

 

「驕ったわね、コガラシッ! 条件が同じって事を忘れてる? お前が早くなれるなら、私だって早くなれるのよッ!」

 

 壁や天井を蹴り三次元的に動きながらコガラシに迫るフブキ。その動きはまるで稲妻の様で、常人であれば反応する事はまず出来ない。

 だがコガラシは違った。彼はそもそも風を操る忍び。彼の認識を超えたければ、それこそ光の速度で動かなければまず意味がない。例えどれだけ早くとも、フブキの動きはコガラシには手に取るように分かっていた。

 

 フブキの忍者刀をコガラシが轟雷の刃で受け止める。共に下がった空気抵抗で鋭さを増した動きを見せる2人は、音を置き去りにする勢いで切り結びながら戦場を移動させる。

 

「オォォォッ!」

「こ、のぉぉぉっ!」

 

 素早く動き回りながら切り結ぶ2人だったが、戦いの趨勢はコガラシの方に傾いていた。元々風を操る事に長けていた彼は、風を味方にふわりと風に舞う様な動きでフブキを翻弄している。それに何より、扱っている武器の性能が違い過ぎた。フブキが扱う忍者刀は粗悪な品では無いが、同時に優れた点も存在しない。代り映えのしない、ただの刃物である。対するコガラシの轟雷は、サイズ自体が忍者刀と比べるべくもない刀である事に加え、納刀状態で銃として扱う為柄が刃側に傾いている。この傾きが攻撃時に威力を上乗せし、攻撃を受ける相手は重い斬撃を受け止めることになるのだった。

 

「ゼヤァッ!」

「ぐ、あ……!?」

 

 何度もコガラシの一撃を受け止めていた忍者刀が遂に砕けた。その衝撃で体勢が崩れたフブキに、コガラシは返す刃で胴を薙ぐ。斬撃がフブキの胴を切り裂き、鮮血を散らしながら彼女の体が崩れ落ちた。

 

「あぁぁぁぁっ!?」

 

 血を滴らせながら倒れ、勢いでそのまま転がるフブキだったが彼女はまだ諦めていなかった。彼女は転がる勢いを利用して体を起き上がらせると、手裏剣を取り出しコガラシに向け投擲した。しかし今彼の体には風の鎧が纏われている。何の変哲もない手裏剣程度では、今の彼に傷一つ付ける事は出来ない。

 

 悪足掻きの様に手裏剣を幾つも投げつけてくるフブキにコガラシはゆっくりと近付いていく。

 

「はぁ、はぁ……!? く、来るな……来るな、来るなぁッ!?」

 

 気付けばフブキは半ば恐慌状態になりながら手裏剣を投げつけていた。我武者羅に投げつけられた手裏剣が、コガラシの風の鎧で弾かれ明後日の方へ飛んでいく。

 

 そして遂に手を伸ばせが届く距離までコガラシが迫る。彼がそこまで近付いてきたところで、フブキの足から力が抜けガクンとその場に尻餅をつく。ダメージが足に来たのだ。

 後ろに倒れ込み、そのまま下から見上げるフブキの目にはコガラシの姿がとんでもなく大きく見えた。それはただ見上げたから、というだけではない。存在感が違い過ぎる。まるで巨大な山を思わせる存在感に、フブキは彼に感じていた嫉妬も何もかもを忘れてしまっていた。

 

「俺の、勝ちだな」

「あ、あぁ……!?」

 

 フブキの前でコガラシは静かに告げると、轟雷を持ち上げた。刃には彼女の胴を切り裂いた時に付着した血が僅かにこびり付いており、それが時折滴って地面を赤く彩っている。

 これから何が行われるのかは、これまでの事と双方の立場を考えれば容易に想像がつく。彼はトドメを刺すつもりなのだ。それを察して、フブキは心の底から震えあがった。

 

 もしこれがオボロの魔の手に掛かる前の彼女であれば、震えあがるよりも先に一矢報いんとせめて睨み付けていただろう。だがオボロの策により心を崩された彼女は脆く、本来なら耐えられた威圧感にも負けを認めてしまっていた。

 

 折れた心を表す様に変身が解除され、怯えた顔をコガラシの前に晒す。彼はそれを見ても止まることなく、頭上に刀を振り上げた。変身していても忍び装束を切り裂いた刃だ。生身で受ければ一撃で体は真っ二つだろう。

 

「い、や……た、たすけ、て…………おねが……」

 

 震える口から掠れた声で懇願する椿を、コガラシは仮面の奥から冷たい目で見下ろす。その視線に椿の目から涙が一筋流れ落ちると、彼はそれを合図にしたように一気に刀を振り下ろした。

 

「ヒッ!?」

 

 咄嗟に両腕を顔の前に上げ防御の体勢を取る。そんなもので防げるわけではないが、人間なら誰もが持つ咄嗟の防衛本能故仕方ない。

 

 両腕で顔を覆い目を固く瞑る椿だったが、何時まで経っても何も感じない。違和感を感じてゆっくり顔を上げれば、そこには刃に付いた血を振り落とし轟雷を鞘に納めるコガラシの姿があった。刀を鞘に納める小さな金属音が椿の耳に入る。

 

「な、何で……」

 

 呆然としながら心此処に非ずな様子で問い掛けてくる椿に、コガラシは変身を解きながら答えた。

 

「言ったろ? 勝負はついた。これ以上戦う理由が俺にはない、それだけだ」

 

 彼にとって今重要なのは唯の身の安全を確保する事。彼女以外の全ては二の次であり、それは椿の事も例外では無かった。彼女がこれ以上戦えないのであれば、そこに労力を割く意味がない。

 

 だがそれで彼女は納得しなかった。彼女は傷が痛むのも気にせず立ち上がると、自分を静かに見下ろしてくる彼に掴み掛った。

 

「なにそれ、ふざけてんのっ!? 馬鹿にすんじゃないわよッ!? そんな情け掛けられるくらいなら殺された方がマシだわッ!」

「あ、長谷部さんが普通に女言葉使ってるの、そう言えば初めて聞くかも」

「誤魔化さないでッ!? 殺しなさいよッ! 私は敵よッ!」

「さっき助けてって言ってたじゃん」

 

 怒りやら何やらで感情がグチャグチャになっているのか、言ってる事が支離滅裂になっている。だがそんな彼女を見て、千里は逆に安心した。恐らく今彼女は大きく精神が揺れ動いている。オボロにより偽られた心と、彼女本来の心が鬩ぎ合っているのだ。もうあと一押しで、彼女は本当の自分を取り戻してくれる。

 

 そう確信した千里は、蹲る彼女に視線を合わせるとまずは彼女の中の誤った記憶を訂正した。

 

「なぁ、聞いてくれ長谷部さん。あんた、自分の所為で母さんが死んだって言ってたよな?」

「そ、そうよ。私が、余計な事をして楓殿を後ろから刺して、それで……」

 

 自分が余計な事をしたばかりに楓が帰らぬ人となった。そう思うと未だに体が震える。だが実はそれ自体が大きな間違いだと、千里は良く知っていた。

 

「それ違うよ」

「え?」

「違うんだよ。俺もその場に居たから覚えてる。あの時、長谷部さんの攻撃は母さんじゃなくて傘木 雄成に当たってた」

 

 オボロは椿の記憶を弄り、彼女の攻撃で楓が決定的な隙を晒す事に繋がったと記憶を書き換えた。だが実際にはそうではなく、彼女の攻撃は確かに雄成のプロトファッジを捉えていたのだ。それによりプロトファッジは僅かに隙を晒し、そこをスイリュウが仕留めようとした。が、プロトファッジはその攻撃を凌ぐと逆に反撃でスイリュウに深手を負わせた。

 それだけで彼女が死ぬことは無かったものの、プロトファッジは自分に一撃入れた椿を脅威に感じたのか、それとも同じ事をされては堪らないと思ったのか定かではないが先に椿を始末しようと彼女に迫った。怪我をして動けない椿にプロトファッジが爪を振り下ろした瞬間、スイリュウは最後の力を振り絞って椿を守り代わりにプロトファッジの爪に体を刺し貫かれ、それが致命傷となって命を落としたのである。

 

「長谷部さんの一撃は、一瞬とは言え確実に母さんの助けになってた。ただ傘木 雄成が規格外だっただけで、母さんが死んだことに長谷部さんが責任を感じる事は何一つない」

「そ、そん、な……わ、わた、私……私、は…………!?」

 

 徐々にオボロの洗脳が解けてきた。それを確信した千里は、最後の一押しとなる情報を彼女に提示した。

 

「これ、母さんから長谷部さんに」

「え?」

 

 千里が椿に渡したのは一通の手紙。楓が生前に椿に宛てるつもりで書き、椿に渡す前に命を落とし今の今までずっと保管されていた手紙だ。

 椿は千里から受け取った手紙を、震える手で開いた。そこには決して長くないが、楓が椿に向けた想いが書かれていた。

 

”椿へ

 

 近い内に大きな仕事に行く予定なので、暫く会えなくなりそうです。だからその前に、あなたに大事な事を伝えておきます。

 思えばあなたとは長い付き合いになったわね。身寄りのないあなたを私が引き取って、我が子同然に育てて。おかげで千里にあまり構ってあげる事が出来なくて、寂しい思いをさせたのは申し訳ない気持ちだったわ。

 

 千里の事は大事だけど、同じくらい椿の事も大事。それで私考えたの。椿、あなた私の本当の子供にならない?”

 

「え……!」

 

”勿論あなたが嫌だというなら聞かなかった事にしてくれていいわ。でもあなたが私の子供になってくれるなら、南城の名を背負ってくれるなら、私もあなたと千里を同時に愛せる。千里には同じ年頃の友達が居ないから、椿が居てくれれば千里にとっても良い刺激になると思うの。どうかしら?”

 

「かえで、どの……!」

 

”椿……私のもう1人の娘。帰ってきたら、答えを聞かせてくれると嬉しいな。

 

 じゃあね。愛してるわ。

 

 楓より”

 

「うぅ……うぐぅぅぅぅぅぅっ……!」

 

 手紙を読み終えた時、椿の目からは止め処なく涙が流れ落ちていた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、彼女は尚も手紙を見続けている。溢れる涙で手紙の文字が見辛くなっても、尚も彼女は手紙を読む事を止めなかった。

 

 そんな彼女の肩に千里が優しく手を置いた。

 

「この手紙は、傘木 雄成が攻撃を仕掛けてくる前に書かれてたらしい。父さんがずっと保管してたって。母さんが死んだ後、意気消沈した長谷部さんにこれを見せるのは逆効果になるだろうからって今までずっと保管してたんだ」

「うぐっ! がえで殿ッ! う、うぅぅぅぅぅっ! うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 椿は手紙を抱きしめながら泣いた。今、彼女は本当の意味で楓からの愛を感じ、そしてそれがもう触れられないものとなってしまった事にこれ以上ない程の悲しさを感じていた。だがその悲しさが、濁流となってオボロに施された洗脳を洗い流す。

 

「会いたいよぉぉぉぉっ! 母上ぇぇぇっ! あぁぁぁぁぁぁぁっ! うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 幼い少女の様に泣きじゃくる椿を、千里は何も言わずその背を優しく撫で続ける。卍妖衆の本部には、暫しの間彼女の鳴き声が響き渡っていたのだった。




と言う訳で第56話でした。

今回でやっと椿が元に戻ります。暫くは打ちひしがれているでしょうが、次に登場する時には再び千里達の仲間として活躍してくれることでしょう。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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