千里と椿の戦いに決着が付き、椿が本来の自分を取り戻せた頃……
別の場所では、ゲッコウとドクロの戦いが佳境に入ろうとしていた。
「オラァッ!」
「くっ!?」
影を出たり入ったりして神出鬼没な攻撃を繰り出すゲッコウ。まるでもぐら叩きの様な状況に、ドクロは完全に翻弄され苦戦を強いられていた。
「どしたどしたぁ? お得意の骨の軍団は出さねえのか?」
「ちっ!? 分かっててやってるだろッ!」
影の中に潜む事を得意とするゲッコウを相手にするのに、態々影となるものを増やすなど愚かでしかない。ゲッコウの能力を知っているが故に、ドクロは得意の戦術の一つである骨舞踏の術による数の暴力を完全に封じられてしまっていた。
このままでは敗北は必至ただでさえ最近は戦果が振るわないというのに、裏切り者の侵入者に敗北したなどとなれば今度は自分がマンダラの二の舞となってしまう。そんなのは御免だと、ドクロはこの状況を打破すべく術を使った。
「そっちがその気なら、こっちにも考えがあるッ!」
【忍法、
ドクロが術を使用すると、突如地面から次々と骨が剣山の様に突きだした。まるで骨の芝生の様に地面が尖った骨で覆われ、足の踏み場もない程になる。が、影の中を移動できるゲッコウには関係ない。寧ろ地面から突き出た骨により出来た影でより動きやすくなった。
「ハッ! 万策尽きて自棄になったか?」
意気揚々と地面から突き出た骨に出来た影の中に潜み、ドクロに接近し奇襲を仕掛けようとした。直後、ドクロは何を思ったのか筒状の何かを空中に放った。それは所謂閃光爆弾。破壊力皆無な代わりに強烈な閃光を放ち周囲の者の目を眩ませるのに使われる代物だ。
それが空中で炸裂し強烈な光を周囲に撒き散らす。その直前、ドクロは骨散華の術を解除し地面から突き出ていた骨の芝生が一瞬で姿を消した。
「な、しま――」
マズいと思った時にはもう遅い。ドクロは影が消え強烈な光に晒された事で大きなダメージを受けながら光の下に引き摺りだされた。
「うぐぉぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
コガラシにより攻略されてからと言うもの、とんと暫く影潜りの術を破られた事が無かったから油断していた。
狡猾なのは自分から影を作り出し、それを自分で消すという方法で彼を誘いだした事だ。まさかこんな術があるなんて思ってもみなかった。
「ぐぁ……ぐっ!? ち、くしょう……!」
影の中に居る限り相手からの攻撃を一切受け付けず、影が繋がっていれば何処へでも移動できる強力な影潜りの術。だがこうして攻略されてしまうと一気に不利に立たされてしまう。影から引き摺りだされた際に負った大ダメージに、ゲッコウはその場に倒れて身悶えしていた。
「く……! こ、のぉ……」
それでも彼は尚も戦いを続けようと立ち上がろうとした。全身がバラバラになるのではと言う程の激痛に苛まれているにも拘らず、尚も闘志を失わず戦いを続行しようとしている事は称賛に値する。
尤もドクロにはそうするつもりも、彼に態勢を立て直す余裕を与えるつもりも毛頭なかった。ゲッコウが再び立ち上がる前にドクロは骨散華の術を使い、影潜りを使う余裕の無いゲッコウを地面から突き出した骨の芝生で全身滅多刺しにした。
「死ねッ!」
【忍法、骨散華の術ッ! 達筆ッ!】
「ぐあ、がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
地面から突き出た鋭い骨の刃が次々とゲッコウの全身を刺し貫き、空中に磔にされた。骨の刃が突き刺さった場所から血が滴り落ち、白い骨を赤く染める。
ここまで痛めつければもう彼は動く事は出来ない。何しろ全身をここまで滅多刺しにされたのだ。もしかすると手足の腱も幾つか切れているかもしれない。そうなればもう彼に戦う事は不可能だ。
「うぐ、ぐぅ……」
昆虫標本の様に骨の刃で刺し貫かれて空中に磔にされたゲッコウの口から、まだ僅かながら苦悶の声が上がる。ドクロは動けない彼にトドメを刺すべく、右手に骨の鎧を纏い骨の爪で彼を切り裂こうと近付いた。
ゆっくりと近付いてくるドクロを、ゲッコウが目線だけそちらに向けて睨む。ドクロからは仮面で彼の視線がどこに向いているのか分からない。
(来い……そのまま来い……)
何も知らないドクロがゲッコウに近付いてくる。そしてあと少しでドクロの刃が彼に届きそうになった。
その時、彼は顔を上げた。
「ば~か!」
「ッ!?」
【忍法、影遁 影刺しの術ッ! 達筆ッ!】
ゲッコウは全身を滅多刺しにされ空中に磔にされながらも、反撃の機会を伺っていた。今にも気を失ってしまいそうな激痛の最中であっても、ドクロの姿を常に捉え続け反撃の機会を待っていたのだ。
空中に磔にした状態で放置したのは完全に失敗だった。この状況だと確実にゲッコウの真下に影が出来る。彼はその影から鋭い刃をドクロに向けて伸ばし、今正に彼にトドメを刺そうとしていたドクロはそれに反応できず体を影の刃で刺し貫かれた。
「ぐはぁぁぁぁぁぁっ!?」
意趣返しの様に同じような地面から突き出した攻撃で大きなダメージを受けるドクロ。ゲッコウの様に空中に磔にされる様な事はなく、影の刃による刺突で鎧を砕かれながらも衝撃で大きく吹き飛ばされていた。尤もそれでも十分すぎるくらいのダメージであり、落下したドクロはその場で激痛に身悶えしていた。
「うぐっ!? あっ!? が、はっ!?」
ドクロが大ダメージを受けた事で骨散華の術も解け、ゲッコウを空中に張り付けていた骨もボロボロと崩れ落ちる。解放されたゲッコウはしかし受け身を取る事は出来ず、雑に地面に落とされ顔面から地面に激突した。
「ぶっ!? ぐ……!? へ、へへっ……ざまみろってんだ」
「ぐぅ……!? 貴、様ぁ……!」
お互いボロボロになりながらも立ち上がったゲッコウとドクロ。両者は立ち上がって対峙すると、その場で忍筆を構えた。
その際にドクロは自分の立ち位置を微妙に調整した。影から少しでも離れて、ゲッコウの影遁を受けないようにと警戒しての事だ。その用心深さにしかしゲッコウ本人は仮面の奥で小さく笑みを浮かべる。
「へっ…………」
睨み合うゲッコウとドクロ。その様子はさながら西部劇。どちらが素早く自分の術を相手に命中させるか……その勝負であった。
辺りを包む静寂。耳を澄ませばこの騒動に右往左往する者の喧騒が聞こえてくる。時折聞こえる破砕音はコガラシとフブキの戦闘の音だろうか。
その戦闘音が一際大きく響き、彼らが居る場所の足元を少しだが揺らした。
「「ッ!!」」
それが合図となり、2人は同時に素早く忍筆を走らせた。
「執筆忍法、影t――」
「執筆忍法、斬骨の術ッ!」
【忍法、斬骨の術ッ! 達筆ッ!】
先手を制したのはドクロの方だった。彼が術を発動させると、ゲッコウの足元に落ちている骨が一つの刃となって彼に襲い掛かる。その刃に彼は反応する間もなく、胴体を上下に両断された。明らかな致命傷、あれでは彼も命はない。
「勝ったッ!」
「……訳じゃないんだなぁ、これが」
「なっ!?」
突如として響く余裕を感じさせるゲッコウの声。胴体を上下に泣き別れさせられた人間の出す声ではない。何故胴体を両断されてそんな平然としていられるのかとドクロが彼を凝視すると、切断され宙を舞う上半身の様子がおかしい事に気付いた。
そこにあるのはまるで影の様に真っ黒になったゲッコウの上半身だった。否、上半身だけではない。残された下半身も起伏の感じられない影の様になっていたのだ。
言うまでもなくそれはゲッコウの忍術によるもの。先手自体はドクロに取られたが、術はゲッコウも発動していたのだ。
その術の名は『影遁 影換えの術』。術の効果は自分の体を影と入れ替えると言うもの。影と入れ替わると彼自身の攻撃力は皆無となる。代わりに影となった体は如何なる物理攻撃も受け付けなくなるのだ。
物理攻撃によるダメージは受けないが、しかし斬撃を喰らえばその部分は両断される。そうするとどうなるかと言えば、影が切断されて離れ離れになれば影と入れ替わった本体も体が離れる。だが前述した通りダメージを受けないので、一見すると致命的な攻撃を受けても死ぬことは決してない。
つまり今、彼は体を両断されながらもその状態で生きているのだ。そして彼はその状態で上半身と下半身に分かれてドクロへと迫る。
「くそッ!?」
迫る影の上半身と下半身にドクロは手裏剣を投げて応戦するが、影の体に物理攻撃は通用しない。ならばと地面に映る影と入れ替わった本体を狙うが、今のゲッコウは存在そのものが影と同じ特性を持つ。影は所詮虚像であり、物理現象を受け付ける事はない為彼は構わず突き進む。
今のゲッコウは止められないと背を向けて逃げようとするドクロだったが、その判断は些か遅すぎた。彼が攻撃の手を緩めた瞬間体を元に戻す。両断された影の上半身と下半身がくっ付けば、本体もくっつき元に戻る。そしてその状態で再び影と本体が入れ替われば、彼は本来の戦いが出来る。
「もらったぁぁぁッ!」
【必殺忍法、光闇螺旋蹴ッ! 達筆ッ!】
「ヒッ!?」
逃げるドクロの背に迫るゲッコウの必殺技。ドクロは慌てて骨遁の術で無数の骨による壁を作り出すが、ゲッコウの一撃はその防御を突き抜けドクロ本人に直撃する。
「オラァァァァァァッ!」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ドクロの光と影の螺旋を纏った飛び蹴りがドクロを大きく蹴り飛ばす。壁を突き破る威力の蹴りを受け、壁を突き抜けた先に力無く倒れたドクロの変身が解かれる。
「うぐ、が……ぁぁ」
倒れたドクロ、否、骨己にゲッコウがゆっくりと近付く。ボロボロの骨己は全身を苛む痛みに身悶えし、視界にゲッコウが映ると恐怖に顔を歪め満足に動かない手足で少しでも彼から距離を取ろうと藻掻いた。
「ひっ!? く、来るなッ!? 来ないでくれッ!?」
「何情けない事言ってやがる。え? ドクロさんよ?」
仮にも卍妖衆の幹部が何を情けない姿を見せているのかと呆れていると、次に骨己の口から出たのは予想外の言葉だった。
「ど、どくろ? 誰だ? 何の事だ?」
「は?」
「ここは何処だ? 俺は、何でこんな所に…………ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ひどく困惑した様子の骨己だったが、突然頭を抱えるとその場でのたうち回り始めた。目まぐるしい変化にゲッコウがギョッと目を見開いていると、暴れ始めた時と同じく唐突に大人しくなる。色々と不安になったゲッコウがそっと骨己に近付くと、彼は心此処に非ずと言った虚ろな目で虚空を見ているだけであった。
「コイツは……?」
「心遁の、術による洗脳の……影響、です」
「うぉっ!?」
何気なく呟かれた彼の疑問に答えたのは何時の間にか地下の部屋から出てきていた沙苗だった。粗末な布を体に纏っただけの、本当に最低限体を隠すだけの格好でゲッコウの傍に佇んでいた彼女は、倒れた骨己の傍でしゃがみ彼の体にそっと触れると分かる範囲での診断結果を口にした。
「どうやら、彼も真の被害者だったようですね……うくっ!?」
心身ともに徹底的に甚振られた彼女はまだ本調子ではないのか、突然眩暈を感じた様に崩れ落ちそうになる。ゲッコウはそれを支えると、懐から丸薬を取り出して沙苗の口に押し込んだ。
「おっと! おいおい、自分も満足に立てないってのに無茶すんなよ。ほれ」
「むぐっ!……ん、ぅん……はぁ、すみません。世話を掛けます」
「そう思うんならさっきの部屋で大人しくしててくれよ。こんな所を他の雑魚共に捕まったらどうなるか分かんねえぞ?」
元々掟に縛られていた抑圧に耐えきれなくなった連中が多い卍妖衆は、自身の欲望に忠実な者が多い。今の粗末だが何処か扇情的な格好をした沙苗が見つかれば、近くの部屋に連れ込まれてそのまま嬲り者にされないとも限らない。
「あの部屋に居続けるのは、流石に……居心地も悪いですし」
「気持ちは分からんでもないがね。ともあれ、南城の負担になりたくないって気持ちが少しでもあるならどこか適当な部屋で大人しくしててくれ」
ゲッコウの言いたい事も分かるので、沙苗は大人しく頷いた。本当は別の場所に居る唯の事が心配で仕方なかったのだが、自分が捕まって人質にされでもしたら目も当てられない。それに、骨己の治療の為にも何処か落ち着ける場所で大人しくする必要があった。
手頃な空いている部屋を見つけると、沙苗はゲッコウに骨己をその部屋に運んでもらいそこで治療しつつ待機する事になる。念の為部屋を施錠した状態で大人しくしている様にと告げゲッコウが部屋を離れようとすると、彼の背に沙苗の声が掛けられた。
「あ、お待ちを」
「あ?」
「南城 千里君に、言伝を。オボロ……真を、弟を頼むと……」
「ん……あぁ」
沙苗がオボロの姉であると知り内心驚愕したゲッコウだが、それを抑え込み頷くと今度こそ部屋から出てその場を離れる。その際に背後から鍵が閉まる音が聞こえてきたので、沙苗は取り合えず大丈夫かと小さく息を吐き千里と合流すべくその場を移動する。
果たして千里の姿は直ぐに見つかった。蹲りすすり泣く椿の傍で佇んでいるのを見つけ、こちらも”色々と”決着がついた事を察し変身を解き2人に近付いた。
「よぉ、終わったみたいだな」
「隼か。そっちは?」
「問題ねえ。ドクロは倒して、捕まってた姉ちゃんに任せた」
「東雲さんが?」
「ヤンチャな女だよ。で、椿は?」
洗脳されていた椿はどうなったと訊ねた隆司だったが、結果は明らかだ。蹲って手紙を胸に抱きながらすすり泣く様子からは、フブキと名乗っていた頃に感じた激情的な感情が感じられない。千里が色々な意味で椿に勝利し彼女を解き放ったことを確信した隆司は、彼を労うように肩をポンと叩いた。
「お疲れさん。ほら、これ食っとけ。本番はこれからだからな」
「あぁ」
渡された丸薬をガリガリと噛み砕いて飲み込み、千里は一度しゃがんで椿の肩に手を置いた。
「それじゃ、俺達は行くよ。唯ちゃんを助けに」
「ぐすっ……う、うぅ……」
泣きながら小さく頷いた椿に、千里は今一度彼女の肩を軽く叩くと無言で立ち上がりその場を離れた。隆司はそれを見送ると、今度は自分が椿の隣に腰を下ろし彼女の肩を抱き寄せる。その表情は心底安心したようで、また彼女が戻ってくれた事を喜んでいるようでもあった。
「椿……」
「うぐ、うぅ……りゅう、じ? せ、拙者……拙者は、お、お主に……何て事を……」
「気にすんな……ってのは無理があるか。だがまぁ、お前が思ってる程気にしちゃいねえから安心しろ」
「で、でも……」
洗脳されていたからとは言え、自分が隆司を危険な目に遭わせたことに間違いはない。その罪悪感に体を震わせている椿を、隆司は胸の中に抱きしめる事で無理矢理口を塞いだ。そして抱きしめた状態で彼は彼女の背中を優しく撫でた。
「むぐっ……」
「それよりも、お前が戻ってきてくれた事の方が余程嬉しい。良かったよ、元に戻ってくれて」
「隆司……! ゴメンッ! 本当に……」
抱きしめられた事で伝わる彼の体温に包まれ、先程とは別の意味でポロポロと涙を流す椿の背を隆司は子供をあやす様に軽く叩いた。そして一頻り落ち着かせると、彼は立ち上がり千里の後を追った。
「ぁ、隆司……」
「んじゃ、俺は行ってくる。アイツ1人だと心配だからな」
名残惜しそうに手を伸ばす椿だったが、隆司はそれに後ろ髪を引かれる事無く彼女から離れた。離れていく隆司の姿に、椿は伸ばしていた手をゆっくり下ろすとその手を暫し見つめる。その手に、再びポロポロと零れた涙が落ちる。
「う、うぅ……」
本当は彼について行きたい。彼と共に行きたい。だがこれまでの己の暴挙、そして彼に対してやってしまった事が罪悪感となり足をその場に縫い留める。今更になって自分の弱さ、愚かさに情けなくて涙が止まらない。
椿の泣き声は隆司の耳にも届いていた。これには流石の彼も足を止め、引き返して彼女を慰めたくなる庇護欲に近いものを感じてしまう。だが彼はその気持ちをグッと堪えた。今彼女に必要なのは甘やかす事では無く、自分と向き合いそれを受け入れ落ち着く為の時間である。
正直、不安が無いわけではない。このまま彼女が罪悪感に押し潰されてしまわないかと心配する気持ちも確かにある。だが…………
「大丈夫だ、お前は強い女だもんな。信じてるぞ、椿……」
隆司は自分に言い聞かせるようにそう呟き、千里の後を追い続ける。その胸中には、何時までも彼女と触れ合いたいという気持ちが渦巻いていた。その事に彼自身驚きつつ、満更でもないという気持ちを抱いていた。
(やれやれ、俺がこんな感情を持つとはな。人生分からんもんだ)
軽く笑いながらも歩みを止める事無く、寧ろ速度を上げて千里に追いついた。そして2人は無言のまま卍妖衆本部の奥深くへと向かう。
「地下はあれで全部か?」
「いや、俺も入った事は無いが別の道がある筈だ」
「唯ちゃんはそっちに?」
「分からん。だがさっきの場所は明らかに捕虜を捕まえておく場所だった。そこに居なかったって事は、別の場所に連れていかれたと考えるしかない。問題はそれが何処かって話だが……」
何気なく話しながら走っていると、出し抜けに目の前に数人の下忍が現れた。下忍達は武器を手に2人の前に立ち塞がり、捕縛ないし殺害を目的に襲い掛かって来る。
「邪魔だッ!」
「退けッ!」
下忍達が武器を手にしているのに対し、千里達は無手だ。だが最早彼らにとって下忍程度の相手は武器を必要としない。変身するまでもなく生身の格闘術で返り討ちにし、あっと言う間に障害を排除して先へと進んだ。
「迎撃が出てきたな。って事はこの先か?」
「あの子が居るとは限らねえけどな。縁が切れる前から薄々感じてた事だが、どうもここはきな臭え。何か隠してやがる」
「その為に唯ちゃんを?」
「さぁな。それをハッキリさせる為にも……見えてきたぞ」
2人が向かう先に、古き良き日本の城の外観に似合わない電子ロックされた鉄の扉が姿を現した。扉の脇には電子ロックを解除する為だろうテンキーがあるが、言うまでもなく2人はロック解除のキーコードなど知らない。これでは扉の先へ行く事が出来ない。
「どうするよこれ?」
「どうするもこうするも、ここまで来たらこうするしかねえだろ」
そう言って隆司は忍筆を構える。既に十分すぎる程騒ぎが起きている今、もう何時までも隠密に拘る必要は無い。忍術を使って一気に扉をブチ破ろうとする隆司に、千里は巻き込まれないようにと後ろに下がろうとした。
その時、彼の背に誰かがぶつかった。全く存在に気付かなかった背後の何者かに、千里は口から心臓が飛び出るのではと言う程驚き飛び上がりながら背後を振り返る。
「うぉわっ!? だ、誰だッ!?」
「あっ!?」
千里の声に隆司も面食らって背後を振り返る。扉を破る為の術をそのまま何時の間にか背後に立っていた人物に向けようとした彼は、振り返った瞬間目に入った人物に目を瞬かせた。
「ん、あ? お前……」
「山崎ッ!」
「よっ」
そこに居たのは学であった。彼は2人が振り返り自分がここに居る事に驚いたのを見ると、やれやれと言った様子で溜め息を吐き小さく頭を振った。
「全く、やる事が荒っぽいなお前ら? 仮にも忍びならもう少しスマートなやり方選べないのか?」
「んな事言ったってよ、もうここまで騒ぎになったら意味無くないか?」
「馬鹿、騒ぎが起きてるからこそだろうが。こんな状況で派手な音立てて見ろ、あっと言う間にあちこちに散らばってる連中が集まって来るぞ」
尤もな言い分に隆司も思わず閉口し降参と言う様に両手を上げた。一方千里は、そもそも学がここに居る事自体に驚きを隠せずにいた。彼は良くも悪くも万閃衆と言う組織に忠実だ。仮に動くとしても、それは万閃衆と言う組織としてであり、こんな明らかに個人で動くような事はないと考えていただけに彼が1人でここに居る事は驚きであった。
「それより山崎、お前なんでここに? もしかしてもう父さん達が動いたのか?」
「残念ながら、徹さんはまだ動けない。色々と準備があるからな。ま、それももう直ぐってところだ」
「もう直ぐ? どう言う……」
「気にするな。さ、長々とこんな所で話してる暇はない。開けるぞ」
首を傾げる千里を他所に学が前に出て、隆司を押し退けるように扉の前に立つと電子ロックに手を触れ雷遁の術を使った。迸る電流が電子ロックの内部を焼き機能を奪い、扉からはロックが解除される音が響いた。これで扉は手で開ける事が出来る。
「さ、行くか」
「よっしゃ!」
「唯ちゃん……待ってて」
3人の忍びが意気込んで扉の奥へと入っていく。
扉の先はそれまでの和風な城の内部とは打って変わって、現代的なリノリウムの廊下となっていた。まるで扉を抜けた先は別の場所にワープしたような雰囲気に、千里と隆司は物珍しそうに周囲を見渡していた。
「うへ、この扉の先ってこんななってたのかよ」
驚きを感じさせる隆司の言葉に、学が思わず振り返って訊ねた。
「お前、この先に入った事無かったのか?」
「この扉に入れるのはオボロとブローカー、後は白衣着た連中だけだ。俺や他の幹部連中もここには入ってねえ」
「お前はともかく、幹部も入れないのか?」
「って聞いてる」
隆司と学が喋りながら歩く横では、千里が油断なく周囲に目を向け精神を集中させて風を読み唯の姿を探し続けていた。
その時、彼の感覚が近くの部屋の中の様子を感知した。その内部の様子に彼は目を見開くと、足早にそこに近付き扉を開けた。幸いな事にこの部屋は施錠されていなかったらしく、扉の横のスイッチを押せばすぐに開いてくれた。
「南城?」
「何か見つけたのか?」
何かを感じ取ったらしき千里の様子に興味を引かれ、彼の後に続き部屋へと近付き中を覗き込んだ。
そこに広がっていたのは、思わず目を疑う様な光景であった。
「な……!?」
「おいおい、マジかよ……!?」
部屋の中には無数の大きなシリンダーが並び、その中は透明な溶液で満たされていた。そしてその溶液の中には、見た事も無い様な異形が浮かんでいる。異形自体は見た事無いが、しかしその姿はどことなく彼らもよく知るクセジに似ているような気がした。
「これは……クセジか?」
「だが何かおかしい。そもそもクセジってのは忍術で変異しただけで、そんな長時間この状態を維持し続けることはできないだろ?」
「じゃあこれなんだよ?」
「知るかよ」
隆司と学は目の前に広がる光景に訳が分からないと議論を交わしていたが、千里にはこれらが何なのか予想が付いた。それを確信させたのは、部屋の床に刻まれている紋章である。
「ファッジ……」
「ファッジ?」
「おいおい、それって……」
千里が小さく呟いたその言葉に、隆司と学が言葉を失った。ファッジと言えば既に崩壊した企業にして万閃衆と因縁のある傘木 雄成の会社が裏で作り上げていた怪人だからだ。確かにファッジ自体は会社が崩壊した後も世間の裏で裏組織などが取り扱っているのは知っている。だがこんな規模で研究が続けられているとは俄かには信じ難い。
だがそれでも信じずにはいられない理由がこの部屋には存在していた。部屋の床、そこには大きく開いた傘を模した紋章が刻まれていたのだ。それはつまりこの部屋……と言うよりは、この施設には傘木社が大きく関わっている事を何よりも雄弁に物語っていた。
「確かここ、白衣着た連中以外はオボロとブローカーしか入れないんだよな?」
「あぁ、そう聞いてる……って事は、まさか……?」
「そうだ、それ以外考えられない。そのブローカー、傘木社の関係者だ」
それは衝撃の事実であった。何しろ卍妖衆が生まれる切っ掛けとなったのがそもそも傘木社にあるからだ。万閃衆が傘木 雄成に敗北した事が原因となり、離反した忍びにより卍妖衆が組織された。その傘木社と卍妖衆……オボロが利害関係であろうと手を結ぶ事が彼らは信じられなかった。
「待て待て、本気で言ってるのか? だって傘木社だぞ? 卍妖衆にだって、傘木 雄成に煮え湯を飲まされた奴は居る筈だ。それが手を結ぶって……」
「雑魚がそれを知ってればな? だがここの事を知ってるのはオボロとブローカーだけだ。他は全員傘木社の連中だとすれば、何も問題はねえ。何しろ何も知らねえんだからな」
「或いは…………異を唱えた奴は全員実験動物にさせられたか……」
千里は近くのシリンダーに近付き、その中に浮かぶファッジともクセジとも取れる異形を見上げる。離反したとしても元万閃衆の忍び、その身体能力は高い。彼らを実験動物にすれば、それはそれは強い怪人が作れるはずだ。
もし千里の予想が正しいのであれば、オボロは彼らが思ってる以上に邪悪な男なのかもしれない。そう思うと学と隆司も拳を握り締めずにはいられなかった。
「……行こう。オボロを倒して、唯ちゃんを助ける」
「だな」
「あぁ」
3人は改めてオボロを倒す事に対する意気込み、その場を離れていった。
その様子を天井近くに設置された監視カメラがジッと見つめていたが、彼らの中でそれを気にする者は居なかった。
と言う訳で第57話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。