唯がオボロにより変身させられたセツナの戦い方は、ハッキリ言えば拙いものであった。技術そのものはコガラシには遠く及ばず、素人が突然力を得て我武者羅に振るっている感が否めない。
それでもその技術の不足を補って余りあるだけの力を彼女は持っていた。秘宝による単純なブーストでしかないが、そのブーストがなかなかに馬鹿に出来ない。コガラシが身に纏った時でもこんなブーストは得られなかった。
「ぐっ!? 何でだ? 何で唯ちゃんが、こんな……!?」
セツナがここまでの強さを発揮できた理由は、
それが今の彼女の力の秘密であった。
「執筆忍法、火遁の術」
【忍法、火遁の術ッ! 速筆ッ!】
「忍術ッ!? くっ!?」
忍法も忍術も納めていない筈の唯が術を使った事にコガラシは驚愕しながらも攻撃を回避する。暁の硯と深緑の画仙紙、そして晴嵐の筆で出鱈目なまでに強化された火遁の術は、ホムラが放つそれを遥かに超える火力でコガラシを焼き尽くさんと迫った。が、元が戦いの素人である唯である事が幸いしたのか狙い自体は甘く危うい所ではあったが回避する事は出来た。そして戦いの素人であるが故に攻撃後の隙は大きい。この隙に彼女を取り押さえようと彼女に抱き着き押し倒そうとするコガラシであったが、それを許す彼女ではなく押し倒そうとしてくる彼を逆に投げ飛ばした。
「がはっ!? ぐぅ……ゆ、唯ちゃん」
地面に叩き付けられ肺の空気を強制的に吐き出させられる。一瞬呼吸が出来なくなり意識が飛びそうになるが、鍛えてきた彼は態勢を立て直すのも早い。投げ飛ばされた衝撃が残っている内にそれを利用して転がると、一旦セツナから距離を取り立ち上がった。
「はぁ、はぁ……くっ。どうする……どうすれば……!」
どれだけ呼び掛けても彼女は止まってくれない。こうなると出来る手段は多少手荒でも直接攻撃して衝撃で彼女を正気に戻すしかない。彼女が敵対しているのはオボロに操られているからであって、そうであれば沙苗の言葉を信じるのであれば大きなダメージを与えれば洗脳から解き放つ事も不可能ではない筈である。
だが…………それは彼にとって途方もなく難しい話であった。唯を攻撃する……そう考えるとそれだけで足が竦み、手が震えてくる。誰かを攻撃する事がこれほど怖いと思った事は今までにない事であった。自分の手で唯を傷付けるという事が、彼には恐ろしくて仕方がない。
(唯ちゃんを元に戻すには、彼女を攻撃するしかない……本当にそれしかないのか!? 彼女を傷付けるなんて……もしそれで何か取り返しのつかない事になったら……!?)
ホムラとは本気で戦えた。それは彼自身が名の知れた実力者であった事もそうだし、何よりも本気で自分と向き合おうとしてくれているからこそ彼も本気で戦う事が出来た。だが彼女は違う。オボロにより心を操られ、無理矢理に戦わされているのである。千里に対する愛も何もかもに蓋をさせられ、誰を相手にしているかも自分が何をしているかも分かっていないのである。
そんな彼女に本気で戦うなど、そんな事彼にはとてもできる事では無い。
迷いが彼の動きから精細さを欠かせ、それは直接彼自身の身の危険となって降りかかる。迷っている隙にセツナが彼の懐に潜り込み、握り締めた拳をがら空きの胴体に叩き込む。
「しまっ!?」
「……フッ」
「ごほっ?!」
まともに強力な拳を喰らったコガラシは、大きく吹き飛ばされ地面に叩き付けられる。セツナはそんな彼に容赦なく追撃を行い、立ち上がれずにいる彼を踏みつけた。
「がっ!? ぐぅ……ゆ、唯ちゃん……や、止め……うぐっ!?」
「南城ッ!?」
「馬鹿野郎、他人の心配してる場合かッ!」
コガラシの窮地にイカズチが思わずそちらに意識を持っていかれそうになる。だがそれをゲッコウが一喝しつつ、三日月を振るいオボロを攻撃した。大きく弧を描きながら振るわれた大鎌を、しかしオボロは苦も無く跳んで回避すると空中で忍筆を振るい黒い火遁を放った。
「執筆忍法、火遁ッ!」
【忍法、火遁の術ッ! 達筆ッ!】
「うぉぉっ!?」
降り注ぐ黒い火球を時に三日月で防ぎながら何とかやり過ごす。イカズチと共にオボロの術を凌いだゲッコウは、まだ完全に鎮火せずあちこちで燻っている黒い炎に本能的に嫌な何かを感じていた。
「さっきから気になってんだが、アイツの遁術は何でどれもこれも黒いんだ? そんな術あったか?」
ゲッコウが気になっているのはそれだった。彼が使っても火遁は普通の炎である。無論彼も、遁術は術者によって個性が出る事は知っていた。ホムラが使う火遁はその代表例とも言える。彼が使う火遁はただの火遁の術であるにもかかわらず、その火力は他の者が使うそれを遥かに凌駕し火球と言うより劫火と言うのがしっくりくる火力を発揮していた。
だがオボロの火遁はそう言うのとは明らかに毛色が違っていた。大体にして黒い炎と言うのが訳が分からない。温度の上下で炎が黒くなるという事はない筈だからだ。
その彼の疑問にイカズチが答えてくれた。
「ありゃ心遁との合わせ技だな」
「合わせ技?」
「遁術を極めた者の中に居るんだよ、意識せず極めた遁術を執筆無しに駆使できる奴が。ありゃその類だ。気を付けろ、喰らえば身も心も焼き尽くされるぞ」
背筋が薄ら寒くなる話にゲッコウが思わず唾を飲む。そこを狙ったように、オボロが忍術を使ってその場から姿を消した。
「執筆忍法、隠れ身の術」
【忍法、隠れ身の術ッ! 達筆ッ!】
「ッ!? しまったッ!?」
今オボロの姿を見失うのはマズイ。恐らく奴の狙いはイカズチとゲッコウなのだろうが、セツナの相手に手一杯のコガラシを確実に始末しに向かわないとも限らない。彼は咄嗟に雷遁の術の応用で周囲に微弱な電波を走らせ、レーダーの要領で姿を消したオボロを探した。
果たしてオボロは直ぐに見つかった。ただし、考え得る限り最悪の形で。
「ヤバい、くそッ!?」
「お、おい……!」
突然何処かへ向け走り出すイカズチ。彼が向かう先にはセツナを前に防戦一方のコガラシが居る。如何にして彼女を傷付けず無力化するかに集中している彼は、自分に迫る脅威にもイカズチが自分の方に駆け寄ってきている事にも気付いていない。
そのコガラシの背後に陽炎が立つようにオボロが現れる。その手には黒い刀身の刀を握っており、今正に隙だらけのコガラシの背中に突き立てようとしているところだった。
「させるかぁッ!」
そのオボロの前にギリギリのところでイカズチが割り込んだ。放たれそうになっていた刺突を渦雷で弾き、そのままの勢いを殺さず回し蹴りをお見舞いする。
ここで漸くコガラシも背後にオボロが迫っていた事に気付いた。普段の彼であれば風読みで気付きそうなものだが、それだけセツナの相手に集中していたという事だろう。彼女と戦うという事で精神を大いに乱されていた事も無関係ではないと思われる。
危うく不意を突かれて致命傷を負う寸前だったコガラシだが、イカズチのサポートのお陰で九死に一生を得た。ここで彼も漸くオボロが背後に迫っていた事に気付き、セツナからの攻撃に対する対処が疎かになる。
「なっ、オボロッ!?」
「フッ……」
「あっ、ぐっ!?」
背後のオボロとイカズチの戦いに一瞬意識を持っていかれた瞬間、懐に潜り込んだセツナの掌底を諸に腹に喰らってしまった。体をくの字に曲げて大きく吹き飛ばされるコガラシを、セツナは忍術で距離を詰め更に追撃した。
「執筆忍法、電光石火の術」
【忍法、電光石火の術ッ! 速筆ッ!】
「がはっ!? ぐっ!? うあぁッ!?」
目にも留まらぬ速度で動き回るセツナにコガラシは手も足も出ず、ゴムボールの様に空中を何度も撥ね飛ばされた。
一方でイカズチは1人オボロの相手をしていた。こちらはどちらも相手を倒す目的で戦っているからか、コガラシとセツナの戦いに比べればまだ一進一退の様相を呈していた。とは言え、実力的にはオボロの方が圧倒しているのか、イカズチはやや防戦に追いやられている感じだ。
「くっ!? ちぃ、オボロッ!」
「ふん、何時までも黴臭い組織に未練がましくしがみ付く愚か者が。俺に勝てるかッ!」
「貴様はッ!」
戦いの最中にオボロは万閃衆を侮辱した。彼にとっては、古い因習に何時までも囚われ過去の栄光にしがみ付く万閃衆は既に価値の無い落ち目の組織であり、それに固執するイカズチの様な者は須らく愚か者の烙印を押されても文句は言えないと考えていた。
万閃衆と言う組織に忠誠を誓っているイカズチからすればそれは到底許せる発言では無かった。
「お前だって元は万閃衆だろうにッ!」
「後悔してるよ、あんな組織に居た事にも、さっさと姉を離れさせなかった事にも。お陰で姉は穢され、俺の事を見向きもしてくれなくなった」
話している内に感情が刃に乗り出したのか、イカズチへの一撃が重くなっていった。強烈な一撃はそれだけでイカズチの手を痺れさせ、更に攻撃に心遁と雷遁の合わせ技が乗り攻撃の度に心に響く痺れが彼を苛んだ。
「うぐ、あぁ……!?」
「お前達には分かるまい。愛する者を古臭い慣習を理由に取られ、穢される事の怒りがッ! それを為していた連中が、大言壮語しか吐けない弱者の集まりだった事への虚しさがッ!」
黒い炎を纏った蹴りがイカズチに突き刺さる。黒い炎はまるで粘度の様にイカズチの体に張り付き、心を苛む炎で彼の心身を焼いた。
「ぐぁぁっ!?」
「そして……!」
【必殺忍法、深淵蹴落撃ッ! 達筆ッ!】
炎とも違う、黒い靄を足に纏わりつかせたオボロの一撃がイカズチに襲い掛かる。凶悪な一撃を喰らい、イカズチが黒い靄に全身を包まれながら蹴り飛ばされ壁に叩き付けられる。
壁が大きくめり込むほどの威力で叩きつけられた彼は、力無くその場に倒れそこで変身が解除される。あまりにも一方的であっと言う間な出来事に、ゲッコウも手を出す間もなく倒された彼に急いで近寄っていった。
「おい、おいッ! お前、大丈……なっ!?」
「ぐ、ぁ……い、いいから行けッ……俺より、奴を……」
倒れた学に近付き、そこで見た”物”に思わず息を呑むゲッコウを彼は戦いへと赴かせた。オボロはまだ健在だし、コガラシはセツナに絶賛苦戦中なのだ。こんな所で悠長にしている暇などない。
彼の覚悟にゲッコウは小さく頷くと、三日月を手に悠然と佇むオボロへと歩み寄っていった。大鎌の柄で軽く肩を叩きながら近付いてくる姿に、オボロは彼を小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「フッ、お前如きが1人で俺に勝てると?」
「勝つ気持も無しに戦う馬鹿なんて居るのか?」
「生き残るのはそう言う臆病で賢い奴だ。お前みたいな正真正銘の馬鹿はな……得てして早死にするものなんだよッ!」
オボロはゲッコウの事を侮っていた。根無し草の一匹狼。戦うしか能の無い、信念すら持っていない愚か者だ。そんな相手が自分に噛み付こうとしている。あまりにも滑稽で、そして不愉快で仕方がない。猪突猛進故の真っ直ぐな視線には、呆れを通り越してある種の羨望すら覚えてしまう。自分が失ったものを目の前で見せつけられるような感覚に、オボロは彼を排除しようと剣を振り下ろした。
「ハァァァァッ!」
迫る黒刃を、ゲッコウは受け止める素振りすら見せない。依然として肩に大鎌を担ぐような姿勢を崩さない彼の体を、オボロの刃が両断する――――
【忍法、影潜りの術ッ! 達筆ッ!】
その直前、ゲッコウの体が足元のオボロの影の中へと入り込む。ゲッコウが影の中に入って逃れたのを見て、オボロは咄嗟に大きくその場から飛び退いた。彼の次の手は読めている。こちらが攻撃できない影の中に潜みながら、ヒット&アウェイでちまちまと攻撃するつもりなのだ。彼我の戦力差を考えればそれが一番有効で利口な戦い方だろう。猪武者の様な性格をして、なかなかどうして狡猾な男だ。
だが所詮その程度。影潜りの術には致命的な弱点がある事をオボロは既に理解していた。あの術は強烈な光で影を消されると強制的に引き摺りだされる。それも大ダメージのおまけ付きでだ。そして今、ゲッコウが潜り込んだ影の周りには他の影はない。
「かくれんぼは終わりだ。出て来いッ!」
下に向けてオボロが投げたのは所謂閃光玉だ。強烈な光を放ち、相手の目を眩ませその場をやり過ごすのに使う。本来であれば敵などに囲まれた時相手の目を眩ませたりするのに使うものであるが、オボロはそれをゲッコウを影から引き摺りだすのに使ったのである。
このままでは強烈な閃光で影を消され、ゲッコウがダメージと共に影から引き摺りだされてしまう。そうなれば彼にオボロに抗う術は無くなる。学が傷付きながら見ている前で閃光玉が弾けようとした、その時”何か”が空中を回転しながら飛んでいった。大きな十字の手裏剣だ。
「むッ?」
「あれは……!」
大きな手裏剣はその下に影を作る。移動する影はゲッコウが潜り込んでいる影の上を通り過ぎて行き、その直後に閃光玉が弾け目も眩むほどの光が放たれる。だが影が消えてもゲッコウは姿を現さない。今通り過ぎていった大手裏剣・四華の影に移ってその場を逃れたのだ。
その直後、空中から落下しつつあるオボロに1人のくノ一が忍者刀で斬りかかる。
「オボロォォォォッ!」
「何ッ!?」
オボロに斬りかかったのはツララであった。コガラシとの戦いで正気に戻った彼女は、今、失った誇りを取り戻し自身が犯した罪を清算する為、裏切りの汚名を少しでも雪ぐ為に参戦した。
一方彼女が投げた四華は、一方的な戦いとなっているコガラシとセツナの傍を経由する様に大きく弧を描いた。四華の作る影がコガラシ達に近寄った時、その影からゲッコウが飛び出しコガラシを一方的に痛めつけているセツナに後ろから襲い掛かり羽交い絞めする様に押さえつけた。
「おら、痴話喧嘩はそこまでだお前らッ!」
「ッ!?」
「ゲッコウッ!」
セツナはコガラシ攻撃の命令を何よりも優先させていた。なので背後から襲い掛かって来たゲッコウに対しては反応が遅れ、あえなく後ろから拘束されてしまった。
流石に危害を加えられれば反撃するだけの柔軟性はあるのか、三日月の柄を使って羽交い絞めにしてくる彼を振り払おうと暴れる。ゲッコウはそれを上手い事いなしながら、やっと復帰したツララに上機嫌に話し掛けた。
「よぉ、やっとこさ目が覚めたかツララッ! 随分とお寝坊さんじゃねえか?」
「ツララ……長谷部さんッ!」
「失敬、迷惑を掛けた。謝罪のしようもない」
オボロと鍔競り合いをしながら、ツララは仮面の奥で申し訳なさそうに顔を歪めた。本当に、後悔してもし足りない。自分がどれ程愚かで、そしてどれ程弱かったかを彼女は今痛感していた。
「拙者は償う。その為に、先ずはコイツを……!」
自分の心を弄び、誇りを汚したコイツだけは許せない。その一心が力となりオボロを忍者刀一本で押し返す。
だが対するオボロも負けてはいない。一度は自分に敗北し、従っていた彼女が自分に牙を剥いてきた。腹立たしい事この上ない。
「調子に乗るな、小娘がッ!」
オボロはツララを振り払おうとするが、彼女はその力を利用し受け流して相手の体勢を崩させた。即座に振り返ったオボロが剣を振り下ろそうとするが、そこに先程彼女が投擲した四華が戻ってきた。大質量の大手裏剣は流石に無視できるものではなく、オボロはツララへの反撃を中断して四華を弾く。弾かれた四華をツララは空中でキャッチし、今度はそれでオボロに直接斬りかかった。
「くっ!? ゲッコウの援護も計算の内かッ!?」
「いや? あれは状況を見て咄嗟の判断でござるよ。尤もあ奴ならば、直感で最善の判断が出来ると信じた上での行動でござるがね」
実際ゲッコウとは何度も1対1で対峙してきた上に、フブキとなって彼を仕留めたと思ったら実は生きていたと思い知らされた彼女だ。彼がその時その時で最善の選択を出来ると信じるのは当然の帰結であった。
「おしゃべりはここまで。さぁ、覚悟するでござるオボロッ!」
「何をッ!」
ツララは大型の武器である四華を警戒に振り回す。その際に攻撃に冷気を乗せて、攻撃の度にその軌跡に高質化した氷が出来上がる。その氷がオボロの反撃を拒み、ツララは逆にそれを手に掴み即席の武器として相手に叩き付けるという変則的な戦い方を見せつけた。
「ぐぬっ!? 貴様ッ!」
「まだまだぁッ!」
迷いを振り切り、万閃衆としての誇りを取り戻したツララの攻撃は激しくオボロも見違えた彼女の戦い方に今一つ決めきれないでいた。
一方ゲッコウは、セツナをコガラシから引き離すと彼を倒された学の方に誘った。
「南城ッ! イカズチがやられたッ!」
「山崎がッ!?」
「まだあそこに倒れてるッ! このままだと巻き込まれるから、ちっとアイツを退かしてきてくれ。あぁ、先に行っとくが驚くなよ?」
何に驚くなと言うのかが分からなかったが、兎に角コガラシはゲッコウが指示した方に急いで駆け寄った。ツララとオボロ、ゲッコウとセツナが戦っている所に1人生身で倒れていては、彼の言う通り巻き込まれて致命的な傷を負ってしまいかねない。
「山崎ッ! 大丈夫…………ッ!?!?」
「う……あぁ、南城か? はは……見られたくないもん見られちまったな」
コガラシがその場に向かうと、そこには確かに1人の男が倒れていた。だがそれは、彼が良く知る同年代の青年ではなかった。何処からどう見ても、自分より圧倒的に年上な老人と言って差し支えない男が、学と同じ服装で倒れていたのだ。
訳が分からずコガラシが言葉を失っていると、学だった老人が口から血の塊を吐き出した。
「ゲホッ!? ゴホッ!?」
「ッ!? お、おい大丈夫かッ!?」
コガラシは呆けている場合ではないと気を取り直すと、取り合えず戦闘の影響が届かない所まで彼を引っ張っていった。そこで体に負担が掛からない様に寝かせると、改めて彼が学である事を確認した。
「あ、あんた、本当に山崎なんだよな?」
「あぁ、そうだ」
「どう言う事なんだ? その姿……何かの禁術の代償か?」
もしや学はコガラシも知らない禁術の使い手で、その禁術の代償でそうなったのではないかと危惧した。が、それはあっさり彼の口から否定される。
「いや、そうじゃない。これが俺の本当の姿だ。今までの見た目は、忍術を用いた仮初の姿だ」
学曰く、この術『輪回の術』は、見た目通り外見を自在に操る術なのだそうだ。習得はかなり難しく、この術の存在自体知らない忍びも今となっては多いとの事。
学はその術を用いて学生の姿となり、コガラシと同じ高校に通っていたのだ。
「何で、そんな事を……」
「おかしいと思った事はないか? お前と見た目殆ど歳の変わらない子供が総本山から特命を受けている事が」
「それは、山崎が俺達よりも優れてるからじゃ……」
「いくら何でも若輩者に対して期待し過ぎって奴だ。特に、この任務はな」
違和感を覚える言い方だ。彼に与えられた任務は、千里達の傍に潜伏しているドクロの特定では無かったのか?
その疑問が仮面を通して感じ取れたのだろう。学は口の端から血を垂らしながら苦笑すると彼に与えられた真の任務について口にした。
「俺に与えられた本当の任務は、彼女だ」
そう言って彼が指さすのは、今正にゲッコウと戦っているセツナ……唯であった。彼女は強力な忍術を使いこなし、影に潜み影を活用してくるゲッコウの戦いに対抗していた。火遁風遁水遁雷遁と、基本的な遁術に加えて分身や隠れ身などを使いこなす。元々頭は悪くなかった唯は、洗脳状態であってもその能力を遺憾なく発揮していた。
「唯ちゃんが?……まさかッ!?」
「そうだ。俺の本当の任務は、影ながら彼女を卍妖衆から守る事だったんだ。だが、表立って守りに回れば警戒され対策を練られる。だから俺は最初人知れず彼女の近くに向かわされ、彼女を守る任務に就いていたんだ」
そのまま何事もなければ、何時か来たるべき時に唯には全てを伝えられ万閃衆が迎え入れる予定だった。だが、偶然か必然か彼女が卍妖衆に襲われ千里が彼女を助けた事で全てが狂ってしまった。
「忍びの事を知ってしまった以上、もう彼女に隠し立てする事は出来ない。だから俺はお前が小鳥遊さんを傍で守る傍ら、影で彼女に近付こうとする卍妖衆と戦って来たんだ。だがそれも厳しくなり、連中は上忍を送り込んできた。だからお前達に姿を晒して、一緒に戦って来たんだ。全ては、最後の秘宝である彼女を守る為に……」
そこまで話したところで学は再び咳き込んだ。どうやらオボロから受けたダメージは相当大きいらしく、先程に比べて更に弱っているように見える。
「お、おい大丈夫かッ!?」
「ぐふっ……し、心配するな。少し休めば問題ない。それより、南城……彼女を止めるんだ」
学は息も絶え絶えになりながら、ゲッコウと戦っているセツナに目を向ける。見ればあちらは徐々にセツナの方に趨勢が傾いてきつつあるらしい。元々今の彼女は土豪の文鎮によりどんな忍術も通用しない防御力を持っている。対処法は物理攻撃しかないが、彼女は秘宝の力を完全に引き出した理不尽なまでの忍術の絨毯爆撃で相手を圧倒出来てしまう。その攻撃にはゲッコウも次第に対処が間に合わなくなりつつあり、徐々にではあるが追い詰められているのが見て取れた。
早く彼女を止めなければならないというのはコガラシにも分かる。分かるのだが…………
「無茶言うなよ……俺に、唯ちゃんを傷付けろってのか……!?」
最大の問題はそこだった。唯がセツナとなってコガラシ達と敵対しているのは、彼女本人の意思ではない。そんな彼女を、勝機に戻す為とは言え攻撃して傷付けるなど、彼に出来る筈が無かった。
そう弱音を吐く彼に、学は小さく咳き込みながら首を横に振った。
「だろうな。そんなのは分かってる。だがな、南城? 彼女を解放する手段は、何も彼女自身を傷付ける事だけとは限らないだろ?」
「どう言う……」
「彼女を狂わせてる術者、そいつを倒せば彼女も解放される。違うか?」
「!!」
それはつまり、コガラシにオボロを倒せといっているのだ。見れば今オボロはツララが1人で相手取っている。以前敗北したという事を考えればツララはなかなかに善戦している方だが、復帰した時に比べ明らかにオボロの方が優勢になっていた。
やはりオボロは強い。ホムラとどちらが強いかと考えると明言は難しいが、あのツララが圧倒されつつある辺りやはり上忍に匹敵するのは確実だ。それも、あのホムラが追撃を断念する程の実力があると来た。唯を相手にするのに比べれば気は楽だが、反面勝てるかと言われると正直微妙だった。
「確かにオボロを倒せば唯ちゃんも元に戻せるだろうけど……俺に、勝てるか……」
しかも実際にはオボロだけでなくセツナも相手にしなければならない。操られている関係で容赦が無くなっているセツナを傷付ける事無く無力化しつつ、オボロを倒すのは容易な事では無いだろう。コガラシ、ツララ、ゲッコウの3人が揃って何処まで対抗できるか…………
そう不安を口にする彼に、学は力強く肩を掴みながら告げた。
「安心しろ……俺が保証する。お前は、オボロに匹敵するポテンシャルがある」
「何を証拠に、そんな……」
「いいか、よく聞け――――」
***
再びツララとして舞い戻った彼女と、オボロとの戦いは徐々にだがオボロの方に流れが傾きつつあった。一時はオボロに対する怒りと、誇りを取り戻した事により爆発的に感情が高ぶった事で勢いもあったが、それも徐々に神通力を失い形勢は逆転しオボロがツララを圧倒していた。
「ぐっ!? くっ、流石に……!?」
「勢いが良かったのは最初だけだな。はぁッ!」
【忍法、雷遁の術ッ! 達筆ッ!】
「ぐあぁぁぁぁぁっ!?」
漆黒の電撃がツララの全身を焼き、大きく吹き飛ばしていく。その先では今正に、ゲッコウがセツナにより強烈な一撃を貰おうとしている所だった。
「執筆忍法、四季連打の術」
【忍法、四季連打の術ッ! 速筆ッ!】
一撃入れる度に属性が火水風土と変わる蹴りがゲッコウに襲い掛かる。最初の二撃目までは何とか捌く事が出来たが、続く三撃目と四撃目は防ぐ事叶わずまともに喰らいこちらも大きく吹き飛ばされた。
「ぐぉぉぉぉっ!?」
偶然にも同じ場所に叩き付けられ、互いに背中合わせになるように立ち上がる2人。その2人を挟む様にオボロとセツナが迫っていく。
「はぁ、はぁ……くっ!? オボロが相手となると、流石に無茶が過ぎたでござるかな?」
「何だ? はぁ、はぁ……もうへばったのか?」
「冗談を。そう言うお主こそ、小鳥遊殿相手に随分と苦戦しているようでござるが?」
「馬鹿、南城の女を気軽にぶん殴れるかってんだよ」
窮地に陥っているというのに、互いに軽口を叩き合う2人。その様子が気に入らなかったのか、オボロがセツナにトドメを刺すよう指示を出す。
「セツナ、やれ」
「執筆忍法、
【忍法、混沌金剛波の術ッ! 速筆ッ!】
「「ッ!?」」
セツナの放つ4つの属性を一つに融合させた波動が2人に放たれる。ツララ達はそれを己の武器で防ごうとして…………
突如として迫ったつむじ風により攫われるようにその場から姿を消した。
「何ッ!?」
突然の事に驚くオボロ。彼はそのつむじ風を目で追うと、それはオボロとセツナから距離を取り現れた時と同じく唐突に散った。
そこには、傷付き膝をついたツララとゲッコウ、そして2人を守るように立ち塞がるコガラシの姿があった。
と言う訳で第59話でした。
遂にやっとツララの復活です。千里に敗北し、楓の愛を知る事が出来た事で自分の弱さとかを色々と受け入れ、前に進む事が出来るようになりました。
その一方で衝撃の事実。学の正体はおじいちゃんでした。学は設定が二転三転したキャラであり、最初は忍者とは完全に無関係の一般人の予定でした。それが気付けば物語における重要人物の1人にまでなってしまった感じです。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。