仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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どうも、黒井です。

今回は本作の幹部クラスとの初戦闘になります。


第六筆:うねる血の海

 夜の帳が降りてきた街に、似つかわしくない破壊の音と銃声が響き渡る。

 

 対峙するのは赤黒い装束に身を包んだ忍者が率いる黒衣の忍者の集団と、紺色のスコープが率いる鈍色に輝くライトスコープの集団。卍妖衆とS.B.C.T.、二つの集団が街中で争っていた。

 

「撃て、撃てぇッ! 敵を近付けるなッ!」

 

 スコープの檄が周囲に響き渡り、ライトスコープ達は手にした銃から途切れることなく銃弾を吐き出す。

 

 彼らがこうして戦っているのは何てことはない。S.B.C.T.がパトロールしている目の前で卍妖衆が騒動を起こしただけの話だ。奴らは突如姿を現すと、道路に蔓延る一般車両に無差別に攻撃し始めたのだ。

 この事態にS.B.C.T.は緊急出動。素早く展開し市民の守護と敵の確保を目的に動いていた。

 

 しかしS.B.C.T.が今戦っている卍妖衆の忍者は非常に戦い辛い相手であった。何しろ下忍であってもある程度の忍術を使え、その忍術で翻弄してくるのである。今までS.B.C.T.が相手にしてきた奴の中にも変な能力や厄介な能力を持っている奴らは居た。だが忍者が使う術はそう言うのとはまた次元が違った。自然の力を操り、こちらの目を欺いてくる忍術は次の行動が予測できずS.B.C.T.は苦戦を強いられていた。

 

「このぉっ!」

「δ5ッ!?」

 

 徐々に押されつつある状況にδ5が焦れたのだろう。片手にガンマソードを持ち突撃した。目についた下忍に接近し、ガンマソードを振り下ろした。

 

 そんな破れかぶれな攻撃を受ける程卍妖衆の下忍は容易い相手ではない。案の定あっさりと受け止められ、攻撃の勢いを殺された。

 だが次の瞬間、彼は片手で持ったガンマカービンの銃口を下忍の腹に突き付けて引き金を引いた。

 

「貰った!」

 

 吐き出される銃弾が下忍の腹を穿っていく。

 下忍は卍妖衆の中でも下っ端に位置するので、全ての能力が低い。しかしいくら低くとも卍妖衆に名を連ねているからか、この程度で下されるほどの弱さではなかった。腹には装甲を仕込んでおり、それにより銃弾は防がれた。

 とは言え防げたのは飽く迄貫通であり、衝撃までは殺す事は出来ずその下忍はもんどりうって倒れた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 やっと下忍を1人倒せたことに、しかし彼は達成感を感じている暇はなかった。

 仲間が1人やられた事で彼が危険だと察したのか、別の下忍が彼に背後から襲い掛かる。δ5は振り返るとガンマソードで防ごうとするが、それは別方向から飛んできた手裏剣により弾かれた。見るとそこには赤黒い装束に身を包んだ忍者が手裏剣を投擲した姿勢で固まっている。

 

 それを見たからと言って、今の彼に出来る事は無かった。今正に迫る驚異、迫る下忍の攻撃を何とかしなければならないのだから。

 

「くっ!?」

 

 彼は咄嗟に手元に残ったガンマカービンで攻撃を防ぐが、振り下ろされた忍者刀は掲げられた銃を大きく切り裂いた。その際に弾倉に残っていた銃弾が誘爆し、小さな爆発に両者吹き飛ばされた。

 

「うわぁぁぁぁっ!?」

「δ5ッ!?」

「くっ! δ3、δ8! δ5を援護しろッ!」

 

 爆発は決して大きくはなかったが、至近距離での爆発は意外なほどのダメージを彼に齎し倒れて動く事が出来ない。下忍がそこに追撃を加えようとしているのを見てスコープが周囲の隊員に援護を命じるが、下忍達はそれを妨害する様に動くのでδ5への援護が満足にできない。

 

 絶体絶命……その言葉がδ5の脳裏を過ったその時…………

 

「「執筆忍法、変身の術ッ!」」

 

 現場に到着した千里と椿は、唯を離れた所に残して駆け寄りながら巻物に文字を書きベルトにして腰に巻いた。

 

「コガラシ、変身ッ!」

「ツララ、変身ッ!」

 

【忍法、変身の術ッ! 夜の声、しのぎ削りし、忍ぶ者……コガラシッ! 達筆ッ!!】

【忍法、変身の術ッ! 微かな音無く、鋭く冷たく、忍ぶ者……ツララッ! 達筆ッ!!】

 

 千里が変身したコガラシと、椿の変身したツララが手に忍者刀を持ち下忍達に攻撃を仕掛ける。素早い体術と剣技で次々と下忍を下していく2人の忍者に、S.B.C.T.は思わず動きを止める。

 

「な、何だ?」

「また忍者だぞ?」

「でも、忍者同士で戦ってる」

「仲間割れか?」

 

 隊員達が疑問を口にする中、仲間に助け起こされ立ち上がったδ5がコガラシの姿を見た。戦場を駆け、破壊を齎す悪を倒すその姿に、彼の口は自然と動いていた。

 

「仮面、ライダー?」

 

 何処か憧憬を含んだその言葉に気付く事無く、コガラシはツララと共に次々と下忍を倒していく。

 

 味方が倒れていく様子に流石に黙っていられなくなったのか、赤黒い忍者が前に出た。

 

「下がれ、下忍共。そいつらは俺が相手をする」

 

 赤黒い忍者は背負った剣を抜き構えた。大型の大剣は刃が鋸の様な凶悪な形になっており、見るだけで危険と言うのがよく分かった。

 

 赤黒い忍者が動いた瞬間、下忍達は道を開ける様に素早く引き下がった。コガラシとツララはそれだけで赤黒い忍者の実力を察した。

 

「お前、卍妖衆の上忍か?」

「だったら?」

「知れた事。この場で討ち取らせてもらうッ!」

 

 言うが早いか、ツララが赤黒い忍者に向け突撃する。忍者刀を抜き、接近して赤黒い忍者に向け刃を一閃。少なくとも下忍や妖忍であればこれで片が付く。

 

 だがこの赤黒い忍者はその程度で倒れる相手ではなかった。奴はツララの一撃が届くよりも前に、忍筆を抜き術を発動させた。

 

「執筆忍法、噴血槍(ふんけつそう)の術」

【忍法、噴血槍の術ッ! 達筆ッ!】

 

 ツララの刃が届く直前、赤黒い忍者の足元から彼の装束と同じ赤黒い液体の様な物が噴き出るように突き出した。液体は突き出ると同時に硬質化し、ツララの忍者刀を甲高い音と共に受け止めてしまった。

 

「なっ!? これは……」

「フッ…………」

「はっ!?」

 

 驚愕するツララの前で、赤黒い忍者が鼻で笑った。彼女はそれだけで次に起こる事を察し、素早い動きでその場を離れた。直後、彼女が先程まで居た場所の足元から同じような赤黒い液体が噴き出し硬質化し、あっと言う間にその場を剣山の様な有様にしてしまった。

 

「ツララさん、大丈夫かッ!」

「心配無用! しかし、これは……」

 

 ただの水ではない。赤黒く、そして僅かながら粘度を感じさせる。それが何なのかを考えつつ観察していたツララは、微かに漂ってくる臭いでその正体に気付いた。

 

「この臭い……これは、血か?」

「血?」

「ぬぅ……なるほど、噴血槍の術……これは恐らく禁術。それを平然と使うなど、やはり卍妖衆の忍びはロクでもない」

 

 唸りながら、ツララは忍者刀を腰の後ろに収めながら忍筆を取り出し文字を書いた。

 

「執筆忍法、口寄せの術」

【忍法、口寄せの術ッ! 達筆ッ!】

 

 空中に描かれた文字がドロンと煙となり、ツララがその煙の中に手を突っ込む。煙から彼女が手を抜くと、そこには身の丈に迫る大型の十字手裏剣が握られていた。

 ツララが自分専用に特別に誂えた武器『大十字手裏剣』。普通の手裏剣の様に投げるだけでなく、大剣の様に使う事も出来る武器だ。ただしその大きさ故に扱いが難しい。だが彼女はそれを手足の様に扱い、これまでに幾つもの戦果を挙げて来ていた。

 

「ハァァァァァッ!」

 

 大十字手裏剣を手に赤黒い忍者に突撃するツララ。相手は再び噴血槍の術で迎撃するが、突き出してきた血の槍をツララは大十字手裏剣で切り裂き突き進んだ。

 

「むっ……!?」

「ゼァッ!」

 

 次々と突き出てくる血の槍を切り裂き、間をすり抜け、飛び越えてひたすら前に進み続けた。結果、ツララは血の槍の剣山を突き抜け赤黒い忍者への接敵に成功する。

 

 ここまで接近されるとマズイと思ったのか、相手の忍者も鋸の様な剣でツララの一撃を受け止めた。しかしツララの一撃は見た目以上に重いのか、相手の忍者は踏ん張るがそれでも後ろに押されていた。

 

「なるほど、禁じられた血の忍術を使う忍び……お主、マンダラであろう?」

「ほぉ? 俺を知っているか」

「卍妖衆の忍びの事はこちらも把握している。上忍・マンダラ……忍術を用いて無関係な人々を何人も殺めたと聞いた」

「その情報は少し違う。俺は……お前達万閃衆の忍びも何人も仕留めてきたッ!」

 

 突如、マンダラの体がドロリと液体となって崩れた。鋸剣も液状化したので、ツララは抵抗を突如失い勢い余ってバランスを崩しそうになった。

 

「なっ!?」

 

 予想外の事に驚きながらもツララは何とかバランスを保ち、勢い余って転倒すると言う無様を晒す事は無かった。だが彼女が体勢を立て直そうとした瞬間、足元から飛び出した血の槍が彼女の太腿を突き刺した。

 

「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?! ぐぅ、く……!?」

 

 突き刺され血を流す太腿を押さえるツララの目の前に、血が集まりマンダラが姿を現した。マンダラは痛みに呻くツララの首筋に刃を突き付ける。

 

「お前の事も知っている。万閃衆のツララ……期待のホープと聞いたが……」

「くぅ……!?」

 

 自分を見下し、嘲って来るマンダラをツララが睨み付ける。射殺すような視線を受けて、しかしマンダラは鼻で笑うと彼女の首を掴んで引っ張り上げた。無理に動かされた結果、突き刺された部分の傷が広がり痛み、血が流れる。

 

「あ゛ぁっ?!」

「ククッ! お前の様な女が、切り刻まれてどんな悲鳴を上げるのか楽しみだな」

 

 ゆっくりともったいぶる様にマンダラがツララの腹に鋸剣の切っ先を触れるか触れないかと言うところで動かす。切られている訳では無いが、腹のすぐ前で刃に動かれると腹の奥がゾワゾワする。振り払いたいが、ここまで距離が近いと大十字手裏剣では取り回しが悪い。

 

 ならばとツララは大十字手裏剣を手放し忍者刀を抜こうとした。だが彼女が手裏剣から手を放した瞬間、その手を血の槍が貫いた。

 

「うあぁぁぁぁっ?!」

「そうはさせんよ。しかしこの状況でまだ抵抗を続けるその気概、気に入った。お前は持ち帰ってじっくりと――――」

 

 舌なめずりをするように言うマンダラであったが、その背後にコガラシが姿を現し不意打ちを狙って斬りかかった。

 

「させるかぁッ!」

 

 マンダラがツララに意識を向けている間に背後から放たれた完璧な不意打ち。しかしマンダラは振り返ることなく地面から突き出させた血の槍でコガラシの体を串刺しにした。

 

 無数の血の槍に全身を貫かれ、空中で磔にされるコガラシをマンダラは嘲る様に眺めた。

 

「フンッ、未熟な奴……」

 

 ふとマンダラが上を見上げれば、そこにはもう1人のコガラシの姿。今磔にされたのは空蝉の術によるダミー。彼は後ろからの不意打ちだけではマンダラに通用しないと考え、反撃を喰らう事を見越して空蝉の術を発動させていたのだ。

 しかしコガラシの作戦はマンダラに読まれていた。

 

「こちらが本命という事位分かっているッ!」

「このぉぉぉぉっ!!」

【忍法、風遁の術ッ! 達筆ッ!】

 

 風遁の術を併せての上空からの飛び蹴り。落雷の様に降り注ぐコガラシの一撃を、マンダラは腕に纏わせた血で作り上げた巨椀で弾き飛ばした。弾き飛ばされたコガラシはビルの壁にめり込み、ダメージでそのまま動けなくなる。

 

「ぐぁっ?! ぐぅ……」

「うぅ……ぁぁ……」

 

 壁にめり込んだコガラシは勿論、太腿と手を血の槍で地面に縫い付けられているツララも満足に動く事は出来ない。自分が知る忍者2人が圧倒され敗北寸前の様子を前に、唯は恐怖に慄くしか出来なかった。

 

「あぁ……!? 南城君、長谷部さん……!?」

 

 2人の名を呟くしか出来ない唯の前で、マンダラは頭上に手を掲げる。彼が手を掲げると地面から噴き出した血が集まっていき、極太の槍を形成した。マンダラの視線の先に居るのはコガラシ、まずは彼を先に始末するつもりなのだ。

 

「さらばだ、若き万閃衆の忍び」

「くぅ…………!?」

 

 このままでは自分の命がない事は明白だが、しかし何も出来ないのは事実。先程から何とか動こうとしているが、腕一本動く気配がない。

 最早これまでかと脳裏に諦めの文字が浮かんだ…………その時、無数の銃弾がマンダラに降り注いだ。

 

「ぐっ!? 何ッ?」

「総員、攻撃をあの赤い忍者に集中させろ!」

 

 コガラシ達がマンダラ1人に苦戦している間に、S.B.C.T.δチームは体勢を整えていた。ただそれまでは入り乱れて戦う3人に誤射を恐れ、また誰が敵で誰が味方なのかを見極める為に攻撃する事が出来ないでいた。

 だがここまでの戦いで、コガラシ達がマンダラとは明確に違う事が分かった。味方と言う保証はないが少なくとも敵ではないと察した隊長のスコープは、マンダラ1人に攻撃を集中させる決断を下したのである。

 

 突如降り注ぐ弾幕を前に、マンダラは堪らずその場から引き下がった。マンダラが後退すると、ライトスコープの1人がマンダラに銃撃しながら壁にめり込んだコガラシに近付き彼の手助けをした。

 

「大丈夫か、仮面ライダー!?」

「ぐぅ、いつつ……あ、ありがとう。助かった」

 

 まさかS.B.C.T.に助けられるとは思っていなかった為、内心で意外に思いつつコガラシはライトスコープに感謝した。

 

 一方、後退を余儀なくされたマンダラは、一瞬の隙に忍術で前面に血の壁を作り出し弾幕から逃れた。

 

「チッ、遊び過ぎたか……」

 

 そう呟き視線を向けた先には、ここに現れて最初に横転させたワゴン車があった。血の壁に攻撃が集中している間に、マンダラは横転したワゴン車に近付き扉を力尽くで空けると中を物色した。

 しかし目的の物が見つからなかったのか、落胆した様子を見せワゴン車から出た。

 

「ふぅ……こいつは外れか」

 

 やれやれと言った様子で肩を落とすマンダラだったが、その彼の周りをぐるりとライトスコープが取り囲んだ。ワゴン車を物色している間に接近されたのだ。

 

「手を上げろッ! 貴様、一体何者だッ!」

 

 先頭の紺色のスコープが銃口を突き付けながら問うが、マンダラはまともに相手をするつもりはなかった。ここに目的の物がない以上、何時までも残る理由がない。益の無い戦いをするつもりは彼にはなかった。

 

 マンダラは無言で地面に煙玉を叩き付けた。視界が塞がれ警戒するS.B.C.T.だったが、煙が晴れるとそこにはマンダラの姿は影も形も無かった。

 

「逃がしたか……」

「くっ……あ、そう言えば仮面ライダーは?」

 

 助けた仮面ライダー達はどうしているだろうとライトスコープの1人が振り返ると、コガラシ達の姿も消えていた。あの混乱に乗じて彼らも逃げたらしい。

 恐らく、と言うか確実にこの件に深く関わっている2人。しかも彼らの方はマンダラに比べて遥かに話が通じそうだった事に、スコープは残念そうに溜め息を吐いた。

 

「出来れば彼らには話を聞きたかったが……」

「大丈夫ですよ、隊長。チャンスはきっと幾らでもあります」

「何故そう言い切れる?」

 

 スコープに問われたのは、左胸にδ5と刻印されたライトスコープだった。彼は隊長からの問いに、軽く肩を竦めてから答えた。

 

「仮面ライダーなら、きっとこの先の戦いにも現れます。同じ敵と戦うなら、また会う機会には恵まれるでしょう。聞きたい事はその時にでも聞けば……」

 

 δ5はそう言うと、振り返り先程までコガラシが居た所を見た。

 

(また会おう、新しい仮面ライダー)

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 S.B.C.T.の援護もあり、撤退に成功したコガラシは太腿と手を負傷したツララを担ぎ離れた場所に降り立った。ツララの負傷は決して大きいものではないが、さりとて無視できるものでもないので出来るだけ彼女の負担にならないように気を付ける。

 

「ここまで来れば……長谷部さん、大丈夫?」

「心配ご無用……この程度、どうという事は、ぐぅっ!?」

 

 やはり太腿へのダメージはかなり大きいのか、下ろされたツララは立つ為の力が上手く入らないのか崩れ落ちそうになる。コガラシはそんな彼女に肩を貸し、慎重にゆっくりと彼女が腰を下ろせるようにしてやった。

 

「ふぅ……コガラシ殿、何度も申しているがこの姿の時はツララと呼べと……」

「どうせ治療の為に変身解くんだ。気にしたって仕方ないだろ?」

 

 こんな状況でも小言を言おうとするツララの言葉をコガラシは跳ね除けた。ツララは彼の意見にフンと鼻を鳴らすと、変身を解いて素顔を露わにした。

 

「あっ! 南城君! 長谷部さん!」

 

 椿が変身を解くとそのタイミングで唯が合流した。駆け寄ってくる唯にコガラシは手を上げて応えながら、応急処置の為の包帯を取り出し血を流す椿の手と太腿に巻いていく。傷口からはまだ血が流れており、包帯が早くも赤く染まる。その様子に唯が顔を青くした。

 

「大変……!? 早く、病院にッ!?」

 

 慌ててスマホを取り出す唯だったが、コガラシは彼女の手を掴みそれを止めさせた。状況はどうあれ、椿は万閃衆の忍び。公的機関に厄介になる訳にはいかないし何よりこんな怪我をどう説明しろと言うのか。本気で命に関わる様な状態であれば一刻を争うので病院を頼るのがベターだろうが、命に関わるほどの怪我ではない現状救急車を呼ぶのは彼ら万閃衆の忍びとしては勘弁願いたかった。

 

「駄目だ。俺達は忍び、あまり病院とかに頼る訳にはいかない」

「でもそれじゃあ、長谷部さんはどうなるの?」

「取り合えず、父さんの所に連れていく。家になら傷薬とか色々ある筈だから」

「……忍術で何とかならないの?」

 

 ふと唯はこれまでのコガラシ達が使う忍術から、治療に使える奴もあるのではないかと気になり訊ねた。それに対してコガラシは、後頭部をかき唸り声を上げる。

 

「ん~~、俺、そう言うのはちょっとな~……。無くはないって話だけど……」

「鍛錬が足りぬでござるな。執筆忍法は術者の想像力がものを言う。出来ぬという事はコガラシ殿の修行が足らぬ証拠でござるよ?」

「そう言う長谷部さんは?」

「だから拙者もまだ修行中の身なのでござる」

 

 つまりこの場で出来る事は何もないという事。今できる事は椿を南城家に連れて行く事のみらしい。ここからならそう遠くはない。唯も手を貸そうと椿に肩を貸し彼女の歩行を手助けしようとした。

 

 その時、彼らの周囲を卍妖衆の下忍が取り囲んだ。

 

「キャッ!? こ、これって影忍って奴ッ!?」

「いや、コイツ等は下忍だ。影忍と違って中身は人間だよ」

 

 影忍は飽く迄単独で行動する事が多いクセジが使役する急場凌ぎの、云わば弾避け程度の存在。場合によっては一般人にすら倒せてしまえるほどには弱い。

 弱さで言えば下忍も決して負けてはいないが、下忍は卍妖衆上忍から写経の術で何らかの忍術を与えられている場合が多い。多彩な忍術を使って独自の判断で行動してくる分、影忍に比べれば下忍の方が遥かに厄介であった。

 

(それでもただの忍術であればどうって事ない。厄介なのは……)

 

「忍法、妖蟲変化の術」

 

「ッ! やっぱり使ってきやがった……!?」

 

 中身が人間で写経の術が使えるという事は、妖蟲変化の術が使えるという事。墨汁が塗りつぶす様に下忍の1人の姿が変化していき、次の瞬間そこに居たのは蜻蛉(とんぼ)を思わせる外見をしたクセジ、アキヅクセジであった。

 

 アキヅクセジと下忍に取り囲まれ、顔を青くして縮こまる唯。コガラシはそんな彼女を安心させるように肩を優しく抱いて自身の後ろに下がらせると、戦えない椿共々守り戦う構えを見せた。

 

「な、南城君……」

「コガラシ殿、すまぬ。手助けしたいところでござるが、この足では……」

「分かってる。ここは俺に任せろ。幸いここは家に近い。少し騒ぎが起きれば父さんが異変を感じて飛んでくるさ」

 

 要はそれまでの辛抱だ。決して1人の力でこいつ等を倒す必要も退ける必要もないと考えれば、然して絶望的とも言えない状況と思う事が出来た。

 例えそれが希望的観測に過ぎないとしても、希望に違いはない。無いよりはずっとマシだ。

 

「さぁ来い! 一筆書きより簡単に終わらせてやるッ!」

 

 コガラシの挑発のような言葉を合図に下忍達が一斉に飛び掛かる。忍者刀や苦無、鉤手甲で攻撃してくる下忍達を、コガラシは忍者刀一本で迎え撃ち捌いていく。

 

 椿には未熟未熟言われるコガラシではあるが、下忍程度であれば1人でも十分に対処可能だ。

 

 あっという間に下忍は数を減らしていく。この分なら……と傍から見ていた唯が希望を抱いたその時、棒状の何かが高速でコガラシに迫り穿つような威力で直撃した。

 

「あがっ?!」

「南城君ッ!?」

「ッ!? あのクセジかッ!」

 

 椿の視線の先では、何かを投擲した体勢のアキヅクセジが居た。明らかに奴が何かを投擲したのだ。問題は投擲したのは何かという事だが…………

 

「こ、これは……!?」

 

 幸いな事に”それ”が命中したのは胸の鎧だった為、防がれて大事には至らなかった。命中して勢いを失い、足元に落ちた物を拾い上げたコガラシは思わず目を見開いた。

 彼が拾い上げた物、それは何の変哲もない木の枝だったのだ。こんな物が、自分の動きを一時的にでも止めるほどの威力を発揮した事が信じられない。

 

 だが彼の驚愕を嘲笑う様に、アキヅクセジは近くの木を切り倒し小枝をへし折るとそれを暗器を投げるように指の間に挟んで次々と投擲した。投擲された小枝は、本当に小枝なのかと見紛う程の速度で飛来してくる。

 

「クソッ!?」

 

 二度も同じ攻撃を喰らってなる物かと、コガラシは飛んでくる小枝を回避する。だが一本の木には小枝が幾つもある上に、近くには他にも街路樹が生えていた。つまり、奴は幾らでも武器を補充できるという事。

 

 しかしコガラシは分からなかった。見た目蜻蛉のくせに、アキヅクセジはコンクリートを穿つほどの威力の投擲を見せつける。一体どんな絡繰りがあると言うのか。

 攻撃を回避しながら観察していると、アキヅクセジは徐に近くの三角コーンの間を結ぶコーンバーを掴んだ。まさかと思い見ていると、奴はそれを小枝同様高速で投擲してきた。

 

 急いで回避するコガラシだったが、先程よりも長く大きいコーンバーを使っているからか威力も高く、風圧でコガラシは体勢を崩された。

 

「くぅっ!?」

「南城君、危ないッ!?」

「あっ……!?」

 

 唯の言葉にアキヅクセジの方を見れば、奴はコガラシが体勢を崩している間に次の”棒”を手にしていた。しかもそれは、近くのガードレールの棒を引き千切たと思しきもの。大きさ、硬さ、重さ全てにおいてこれまで奴が投げてきた物とは段違いだ。

 小枝ですら動きを中断され、見た目に反して軽いコーンバーですらコガラシを吹き飛ばしそうになるほどの威力だったのだ。これがガードレールの横棒ともなればどんな威力になるのかなど想像もしたくない。

 

「こなくそッ!」

 

 せめて直撃だけは回避しようと、コガラシはアキヅクセジより一瞬早く手裏剣を投げた。投げられた手裏剣はアキヅクセジの胸に直撃し、ガードレールの棒を投げる直前だったアキヅクセジは体勢を崩し狙いが僅かにぶれた状態で投げてしまった。

 

「グゥッ!?」

 

 ガードレールの棒は狙いを僅かに逸れて飛んでいくが、それは急所への直撃を免れる程度。飛来した棒はコガラシの左腕に命中し、左腕から嫌な音が響いたのを彼は聞いた。

 

「ぐあぁぁぁぁぁっ?!」

「南城君ッ!? 何で? 何でただの棒なのにあんな威力なの…………!?」

 

 今投げたガードレールの棒であればまだ理解できる。だがその前に投げたコーンバーや、小枝は明らかに見た目と威力が合っていない。

 どういう事かと困惑していると、椿がいち早くアキヅクセジの絡繰りに気付いた。

 

「蜻蛉……名前の由来は”飛ぶ棒”が変化したものと言われてるでござる。恐らくはその影響で、奴は棒状の物であれば投擲に限り何でも武器に出来るのでござろう」

 

 椿の考察に唯は戦慄した。人間社会において、棒状の物なんて腐るほどある。それこそ近くの建物を破壊すれば鉄筋が手に入るし、最初にやった様に街路樹を切り倒して小枝や木その物を砕いて棒状にしたって良い。考えてみれば人間社会に限らず世界には棒が溢れかえっている。

 アキヅクセジはそれを武器に出来るのだ。世界は奴の武器庫と言っても過言ではない。そんな奴相手にどうすれば勝てると言うのか。

 

 唯が軽く絶望しているのに対し、コガラシは違った。彼にも椿の考察は聞こえており、アキヅクセジが棒状の物なら何でも武器に出来る事を知った。それを聞いた時は一瞬絶望しそうになったが、直後に彼はアキヅクセジの弱点に気付いた。

 

 その弱点を突くべく、コガラシは忍筆を取り出し文字を書いて術を使う。

 

「執筆忍法、風遁 鎌鼬の術ッ!」

【忍法、風遁 鎌鼬の術ッ! 達筆ッ!】

 

 コガラシが書いた文字から無数の目に見えない風の刃が放たれる。その刃はアキヅクセジの傍に倒れている切り倒された街路樹を細切れにし、無数の棒を周囲に散らした。

 自分から敵に武器を与えるなど何を考えているのかと、アキヅクセジはコガラシを嘲笑しながら散らばった棒を掴もうと手を伸ばした。

 

 だがその一瞬、アキヅクセジは完全にコガラシを視界から外してしまった。彼はこれを待っていたのだ。

 

「執筆忍法、隠れ身の術ッ!」

【忍法、隠れ身の術ッ! 達筆ッ!】

「ッ!? しまっ……!?」

 

 マズイと思った時には既にコガラシは姿を消してしまっていた。

 

 相手より優位に立てていて、周囲に自分の武器となる物が散らばれば人間誰しもそれを確保する事の方に意識が向いてしまう。加えて散らばった棒が宙を舞う事でコガラシの姿はアキヅクセジから見え辛くなる。コガラシはこのタイミングを狙っていたのだ。

 どれだけ武器が多くても、相手が見えなければ意味はない。

 

 そしてもう一つ、アキヅクセジには致命的な弱点があった。それは棒が武器としての威力を発揮する為の条件。

 そう、アキヅクセジが棒を武器と出来るのは”投げて飛ばす”武器とする時だけなのだ。ただ手に持っただけでは棒はただの棒であり、コガラシにとっての脅威となる武器足り得ない。

 

 周囲を警戒していたアキヅクセジの背後にコガラシが姿を現す。それに気付いたアキヅクセジは、振り返り様に直ぐ近くにあったガードレールに手を伸ばし横棒を引き千切って振り回した。

 

「させるかぁッ!?」

「執筆忍法、火遁 劫火斬の術ッ!」

【忍法、火遁 劫火斬の術ッ! 達筆ッ!】

「おぉぉぉぉっ!!」

 

 雄叫びを上げながらアキヅクセジがガードレールの棒を振るう。しかしコガラシはそれを紙一重で回避しつつ、すれ違いざまに燃え盛る忍者刀を一閃。アキヅクセジを横一文字に切り裂いた。

 

「ぐ、ぐぉぉぉぉぉぉぉっ?!」

 

 炎の刃で切り裂かれ、ダメージが限界に達したアキヅクセジは爆発四散。その爆炎から放り出されるように、変異していた下忍が飛び出し地面に倒れた。

 

 周囲を見ればそこにはコガラシによって倒された下忍達。立っているのはコガラシだけと、戦いの勝敗が明らかとなった光景が広がっていた。

 この光景にコガラシはどうしようかと頭を悩ませる。当然だがコイツ等をこのままここに置いてはいけない。情報源と言う意味でも、卍妖衆の戦力を削る意味でもこいつらは万閃衆で回収しなければならなかった。

 

 そう思っていたのだが、突如倒れた下忍達が影に飲み込まれるようにして姿を消してしまった。

 

「なっ!?」

「この術はッ!?」

 

 次々と倒れた下忍が影に飲み込まれて姿を消す、その光景に椿は何者かの忍術であると気付き警戒した。

 

 それを証明する様に、一際傷付いたクセジに変異していた下忍を1人の忍者が俵担ぎで持ち上げた。影を操る忍者、ゲッコウだ。

 やっと静かになると思った矢先に姿を現した強敵に、コガラシは疲労を訴える体に鞭打ち忍者刀を構えた。同時に椿も、傷口から血が滲むのを堪えて立ち向かおうとするのを唯により宥められる。

 

「長谷部さん、駄目よッ!?」

「放すでござる小鳥遊殿ッ! コガラシ殿だけで奴の相手は……!?」

 

 戦う姿勢を見せるコガラシと椿の様子に、ゲッコウはフンと鼻を鳴らした。

 

「安心しろ、別に今はお前らと戦おうなんて考えてねぇ。ただこいつらを回収しに来ただけだ」

「? 良いのか? 俺が言うのもなんだけど、それで卍妖衆は……」

 

 戦意を見せないゲッコウに対し、コガラシは困惑し首を傾げる。少なくとも先程のマンダラであれば、嬉々としてコガラシと椿を亡き者にしようとするに違いないからだ。

 しかし、ゲッコウは不愉快そうに鼻を鳴らすと今一度負傷した椿に目をやり、そしてコガラシの左腕にも注目した。

 

「お前ら、今怪我してるだろ? 全力を出せないお前らを相手にしても、何の意味もない。今回は見逃してやるから、その傷しっかり癒しておけ」

 

 ゲッコウはそう言うと、懐から小瓶を取り出しコガラシに向けて放り投げた。思わずコガラシがキャッチしている間に、ゲッコウは忍筆で文字を書き忍術でその場を離れた。

 

「執筆忍法、影潜りの術」

【忍法、影潜りの術ッ! 達筆ッ!】

 

 担いだ下忍と共に自身も影の中へと潜り姿を消すゲッコウ。コガラシは暫し彼が消えた場所を凝視し、周囲を警戒していたが本当に追撃するつもりはないのか何の変化も訪れなかった。

 

 妙な奴だと思った。前は不意打ちしてきたくせに、今度は弱った所を追い打ちせずに去っていった。そう言えば前回現れた時、不意打ちしたのはコガラシの技量を測る為だと言っていたのを思い出す。どうやら奴は単純にコガラシ達万閃衆を倒したいという訳では無いようだ。

 

 コガラシは変身を解き、ゲッコウから投げ渡された小瓶の蓋を開け中身を確かめた。濃い緑色で鼻にツンと来る臭いに一瞬顔を顰めるが、手で扇ぎよくよく臭いを嗅いでみるとどうも毒の類ではないらしい。臭いの中に嗅ぎ慣れたものを感じる。恐らくこれは傷薬だ。

 

「変な奴……」

 

 敵に塩を送る行為を平然と行うゲッコウに、千里は何とも言えぬ顔になりつつ先程まで彼が居た所を一瞥し、唯達の所へと向かうのだった。




tips
・妖蟲変化の術:卍妖衆が下忍及び誑かした一般人に写経の術で与える忍術。様々な蟲をモデルにした妖忍・クセジに人間を変異させ、超常的な力を与える事が出来る。クセジに変化すると、変化のモデルとなった蟲の漢字の成り立ちなどをモチーフとした能力を得られる。

と言う訳で第6話でした。

以前登場した赤黒い忍者、その名もマンダラ。名前は曼荼羅家から取っています。血を操ると言う、いかにも悪党と言った感じの敵幹部です。今後千里達の前に強敵として立ちはだかってきます。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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