仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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第六十一筆:本当の忍術

 今、コガラシは明らかに風遁の術を忍筆を用いずに発動させた。それは彼ら万閃衆・卍妖衆の忍びとしてはあり得ない事であった。特にこの場に居る若輩の部類に入るゲッコウとツララは、セツナを取り押さえながら遠目に見えるコガラシの戦いを見て我が目を疑っていた。

 

「お、おい? 今、コガラシの奴……」

「うむ……忍筆を使わず忍法を使った? いや、そんな馬鹿な……」

 

 彼ら忍びが神羅万象に働きかけ、様々な忍術を駆使するには忍筆の存在が必要不可欠であった。精神を集中させ、気合と共に忍筆に力を乗せ術を発動する……それが常識なのだ。だがコガラシのやった事は明らかにその常識を覆した。その矛盾に、藻掻くセツナを2人掛りで取り押さえる傍らで唖然としていた。

 

 一方、コガラシと対峙しているオボロ。こちらは若輩者の2人に比べればまだ多くの事を知っていた。その中には、”真の忍びへと至る為の道”に関する知識もある。

 その知識から、オボロはコガラシのやった事が何なのかを理解した。

 

「コガラシ、お前は……!」

「これが……俺の忍術だ……」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 瀕死の重傷を負い、忍術による外見の偽装も解けながら学はコガラシにオボロに対抗する為の忍術を教える。と言っても、特別新たな忍術を教える訳ではない。学がこれからコガラシに教えようとしているのは、真の忍びとしての力を発揮する為の云わば心構えに近いものであった。

 

「心構え? おいおい、そんなのでオボロに……」

「まぁ聞け。言いたい事は分かる、心構え1つで何が変わるんだってな。だが俺達が使う執筆忍法はその心構え1つが重要なんだよ。分かるだろ?」

 

 荒く息を吐きながら言葉を紡ぐ学に、コガラシはむぅっと唸るしかない。確かに執筆忍法を使う際には精神的なコンディションが必要不可欠。自信が無い、心が弱っているなどの時には目に見えて術の完成度が低くなる。コガラシも忍術を学びたての頃は、その感覚が上手く掴めず不安定な術しか使えなかった。徹の厳しい指導の下、何度も失敗しながら反復で術を使い、より術を明確にイメージする目的で書道により美しい字の書き方を学ぶなどを繰り返してやっとまともな忍術が使えるようになったのである。

 その彼らに対して、心構えと言うのは決して疎かにして良い言葉では無かったとコガラシは今更ながら思い出した。

 

 だが、心構えを軽んじる訳ではないが、同時に心構え1つでオボロに勝てるのだろうかと言う疑問も拭う事は出来なかった。心構え1つで何かが変わるのなら、そもそも今のコガラシは唯を救う為に気合に溢れている。しかし今のコガラシにはオボロに勝てるビジョン自体が見えずにいた。そんな彼に心構え1つで変わるなど言われても納得など出来る訳が無かった。

 

「……どうすりゃいいんだ?」

「簡単だ。筆を置くんだよ」

「は? 筆を置く?」

 

 学が何を言っているのかコガラシは理解できなかった。彼ら忍びにとって、筆を置くという事はそれはつまり忍びである事を辞める事を意味するからである。

 

「この状況で、俺に忍びである事を辞めろってか?」

「そうじゃない。筆を使わずに術を使えって言ってんだよ」

「出来るかそんな事ッ!?」

 

 彼は自分を何だと思っているのか? そう思いコガラシが思わず声を上げると、学は血の塊を吐き出しながら笑みを浮かべ首を左右に振った。

 

「いいや……お前なら出来る。だってお前、よくやってるじゃないか?」

「何の事だ?」

「風読み」

 

 コガラシの問いに対する学の答えは簡潔であった。だがその一言は、コガラシに頭を鈍器で殴られたような衝撃を与えるのには十分だった。

 

 彼の言う通り、コガラシは……千里は普段から、周囲や遠くの物事を知る為に風を読む。その際彼は一度も忍筆を使った事は無かった。筆を使わず、精神を集中させることで風から様々な情報を得ているのだ。その事に対して彼はそれが出来ている事を疑問に思った事は一度もない。彼にとって、それは出来て当たり前の事であったからだ。

 

「あ、あれは……基本中の基本って言うか……昔っから風向きで天気を予想するの得意だったし、その延長で……」

「そんな訳がないだろ。確かに俺達忍びは術を使う為に神羅万象に身を委ねる。だがそれは、イコール筆で文字を書かずに自然に干渉できる訳じゃないんだ」

「そ、それじゃあ、つまり……」

「あぁ……お前はとっくの昔から出来てたんだよ。忍筆を使わずに術を使うって言う、真の忍びとして必要な技術がな」

 

 普段から何気なく行ってきた事が、実はそんな大それた事だったと知ってコガラシは思わず乾いた笑いを浮かべた。人間自分の普段の何気ない行動が実はとんでもない事だったと知ると、それを実感できるまでに時間が掛かる。コガラシも自分が行ってきた事が、そんなに凄い事だったと今になってやっと知って理解が追い付くのに時間が掛かっていた。

 

 だがそれを実感するにしたがって、彼は胸の中に何かが湧いてくるのを感じた。高揚感に近いその感覚は、意図せず仮面の奥で口角を上げさせ笑みを浮かべさせた。

 

「ははっ……普段から何気なくやってる事だったから否定のしようもないな。だけどどうすればいい?」

「疑うな、信じるんだ」

「信じる?」

「そうだ。筆なんて無くても術が使えるって事を信じ続けろ。いや、少し違うな。そもそも意識する必要が無い。自転車に乗る時、態々バランスを強く意識する事なんて無いだろう?」

 

 学は言う。そもそも忍術とは、筆など使わずに使うのが普通なのだと。ただ時代の移り変わりに伴って使い手が徐々に減っていった結果、一時は忍びと言う存在が絶滅危惧種となってしまった事があった。執筆忍法は、そんな途絶える寸前だった過去の忍びが自分達の存在を未来に繋ぐ為の苦肉の策だったのである。

 

 意識だけでは忍術を使うのが難しい。だが文字に起こすという形でならばどうか? その発想の下、忍び達の間で広く普及したのがこの執筆忍法だった。

 

「伝え聞くところによると、執筆忍法ってのは元々昔の忍びが術を覚える為の練習として使われてたのを発展させたものらしい。つまり現代の多くの忍びは補助輪を付けた状態で自転車を漕いでたって訳だ。補助輪を付けた状態で自転車を漕げば当然出せる速度にも制限が付く。だが補助輪を外せば?」

「出せる速度に、制限は無くなる?」

「そう言う事だ。その為には術を使う為の神羅万象の力の流れを自然な形で扱わなければならない。お前はもうそれが出来る。それを自分で信じるんだ」

 

 忍術を使う際、先ず脳内にその術を思い浮かべる。重要なのはその思い浮かべた術の形をしっかりと維持する事。それを気合と共に発露させるのだ。

 当然容易な事では無い。今まで忍筆を使う事で深く意識することなく使えていた術を、筆で文字と言う形にする事なく駆使するのだ。その為にはあまりにも莫大な集中力を要する。千里の父である徹ですら、その領域には至る事が出来ていない事を考えればそれがどれほど難易度の高い事か分かるだろう。通常の執筆忍法ですら、厳しい修行の果てに身に着けてやっと形になる技術なのだ。それを筆を使わずに駆使するとなればどれ程の集中力になるか。

 

「大変そうだが……それをモノにすればオボロにも勝てるんだな?」

「勝てるかどうかに疑問を持つな。もう勝ってるくらいの気持ちで行け。術もそうだ。思い浮かべた時点でもう書いてる。いや、書くという事すら思い浮かべる必要は無い。万物の全てはお前の意のままだ。忍術は神羅万象を操る秘術。この世の自然は全てお前と共にあるッ!」

「俺と……共に……」

「それをお前は何時も感じてる筈だ」

 

 学の言葉にコガラシは一度目を瞑り、精神を集中させた。それは普段風読みをする時にもよくやる行為。風を読む時は意識して風にのみ精神を集中させているが、彼はその視野を少し広げることを意識した。

 そして気付く。自分の周囲には風だけでなく様々なものが存在する事を。触れる熱、鼻に入る匂い、耳に届く音……普段意識せず気付かなかっただけで、周囲は神羅万象に溢れているのだ。

 それに気付けば、何と言う事だろう。世界が違って見える程に自分の周りは力で溢れていた。コガラシが軽く手を振れば、風がそよぎその風が火に変わった。

 

 その光景にコガラシがコツを掴んだ事を察し学も満足そうに頷いた。

 

「そうだ……それでいい……ッ!? ぐっ、ごほっ!?」

「山崎ッ!?」

 

 再び学が口から血の塊を吐き出した。その光景にコガラシが彼を心配するが、本人は口元と衣服を自分の血で汚しながらコガラシを突き放した。

 

「俺の事はいい。それより、オボロを倒すんだ。それが今できるのは、お前しかいない」

「山崎……」

「小鳥遊さん、絶対助けろよ……仮面ライダーコガラシ」

「…………あぁ」

 

 立ち上がったコガラシは学に背を向け、ツララとゲッコウを助けるべくオボロの元へと向かう。

 

 その後ろ姿を見送り、学は満足そうに笑みを浮かべるとそのままずるりと音を立てて横にずり落ちるように倒れた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 そして今、真の忍びとしての力を得たコガラシがオボロと対峙していた。オボロはコガラシが忍筆を使わずに忍術を駆使したのを見て、彼がただの若造ではなく自分の野望を脅かす存在であると認め彼への認識を改めた。

 

「お前……一体何者だ?」

 

 知っている筈なのに思わずそう訊ねてしまう程、今のコガラシが纏う雰囲気は様変わりしていた。まるで山を前にしているかのような威圧感。委縮してしまいそうになる心を、奮い立たせて威圧感を跳ね除ける。

 

「仮面ライダーコガラシ……」

「仮面ライダー……ならばその力、俺に見せてみろッ!」

【忍法、火遁の術ッ! 達筆ッ!】

 

 先制で放った火遁の術。漆黒の劫火がコガラシの心身を焼き尽くそうと襲い掛かるが、迫る火炎を前にコガラシは両手で印を結ぶ。

 

「忍法、風遁の術ッ!」

 

 術の名前を口にした瞬間、真空刃を交えた突風が吹き荒れ黒い炎を一瞬でかき消した。風が炎をかき消し、真空刃がオボロを切り裂かんと迫る。

 

「チィッ!」

 

 真空刃の刃を、オボロは直感に任せて剣で切り払いながら後退する。目に見えて分かる訳では無かったが、それでもコガラシに比べれば豊富な戦いの経験が刃の通る場所を教えてくれた。おかげで真空刃による斬撃を喰らう事は無かったが、その間彼はコガラシに対する警戒が疎かになった。

 

 それを見たコガラシは、右手に轟雷、左手に忍者刀を握りオボロへと接近。真空刃をやり過ごしたばかりでまだ体勢が崩れている相手へと両手の刃で斬りかかった。

 

「とりゃぁぁぁぁっ!」

「えぇいっ!」

 

 振るわれる二つの刃が煌めく。オボロは自身を切り裂こうと迫る刃を、黒い刀身一つで受け止める。コガラシの斬撃はどちらも一撃がそれなりの重さを持つが、動きから二刀流が慣れていないのは丸分かりだった。大方意表を突く目的で咄嗟に二刀を用いたのだろう。

 

「嘗めるな、小僧ッ!」

 

 直後、オボロが手を翳すとそこから漆黒の炎が噴き出した。炎はコガラシの轟雷を持つ方の手に命中し、まるで粘度があるかの様にベッタリと纏わりつき彼の右腕を焼いた。と同時に心に何か黒いものが湧き上がり、それが彼の心をかき混ぜ酷い不快感が彼を襲う。

 

「う゛ッ!?」

 

 堪らずコガラシはオボロから距離を取り、腕についた炎を振り払う際に轟雷が彼の手から離れる。それでもまだ黒い炎は彼の腕に纏わりつくので、彼は咄嗟に風遁の術で突風を腕に纏わせ炎をかき消した。炎が消えると痛みと共に心を覆いつくそうとしていた黒い感情も無くなる。

 

「ふぅ……今のは……」

 

 今、オボロは筆を使わず漆黒の火遁を放った。それが意味しているのはつまり…………

 

「そうだよ、俺もそれくらいはできる! 自分1人の専売特許とは思わない事だッ!」

 

 コガラシ同様、オボロもまた筆無しで忍術が使えるのである。つまり彼もまた真の忍びとしての力を持つという事。

 

「それだけの力、それだけの研鑽を重ねておきながら、何で卍妖衆なんて物が作れたッ! それだけの力があれば、もっと別の形で仮面ライダーになれただろッ!」

「それでは足りないと言っているッ! こんな忍び程度の力では、到底仮面ライダーには届かないッ! 何も知らない小僧が偉そうな口を利くなッ!」

 

 叫びながらオボロは漆黒の雷遁を放ちコガラシを攻撃する。コガラシはそれを忍者刀で防ぐが、雷遁は忍者刀から腕に伝わりコガラシの腕と心を痺れさせる。どんな術も心身を同時に痛めつけるオボロの忍術に、コガラシは仮面の奥で顔を顰めその場に膝をついた。

 

「ぐぁ、ぐぅ……!?」

「必要なんだッ! 仮面ライダーとしての力がッ! 仮面ライダーに匹敵する力がッ! その為になら、悪魔にも仇にも魂を売るッ!」

 

 そう言ってオボロが剣を頭上に掲げると、それが合図となった様に周囲から下忍やクセジ、果てはファッジまでもが姿を現した。

 クセジはともかくファッジまで出てきたのを見て、セツナを押さえつけているツララとゲッコウは思わず目を剥く。

 

「なっ!? コイツ等ッ!?」

「やっぱりなッ!」

 

 ツララもゲッコウも卍妖衆に身を置いていた身ではあるが、2人は共に組織の深いところまでは踏み込んでいなかった。元々裏切り者であるツララは再度の裏切りを警戒されて、そもそもアウトローで何時裏切るか分かったものではないゲッコウは信用されず、オボロからの命令を受けるだけの扱いだった。だから彼らもこの卍妖衆本部で何が行われているかを知らなかった。

 

 だがこの状況、そして卍妖衆時代が長かった先程の研究室の様子を見ていたゲッコウはわらわらと出てきたファッジの姿に、異彩を放つブローカーの正体を確信した。

 

「あの野郎、元傘木社の関係者だッ!」

「オボロの奴、万閃衆壊滅の原因となった連中と手を組んでいたのでござるかッ!」

「そんだけ力が欲しかったって事だろ。ふざけた野郎だ。おいツララッ!」

 

 ゲッコウに呼ばれてツララが彼の事を見る。彼は依然としてセツナを押さえつけており、先程羽交い絞めにしていた彼は今は背後から彼女を地面に押し倒し上から押さえつけていた。

 その彼はツララを下から見上げ、視線をコガラシの方に誘導した。

 

「コガラシを援護してやれ、このままだとマズイッ!」

「分かっているッ!」

 

 言うが早いかツララは四華をオボロに向け投擲した。あのままだとコガラシがオボロの黒い雷遁で体も心も焼かれてしまう。

 

「オボロッ!」

 

 身の丈ほどもある大手裏剣が回転しながらオボロへと飛んでいく。風を切る音にオボロが迫る四華の存在に気付くと、彼はコガラシへの雷遁を中断し黒剣でそれを弾いた。黒い雷遁が途切れると、その瞬間を待っていたコガラシは一気にオボロへと肉薄した。

 

「そこだッ!」

「うっ!?」

 

 忍者刀は目立った特徴のない小刀でしかない。だが小刀であるが故に至近距離での取り回しに優れ、通常の長さの刀剣に比べインファイトに強い武器となっていた。そもそも彼ら忍びは隠れ潜みながら建物などに侵入し、戦闘よりも情報収集を優先する立ち回りが中心の存在。それ故に不意の遭遇戦は武器を抜くより直接殴った方が早いと言う距離になる事も珍しくない。

 そんな状況で素早く抜刀し戦闘で優位に立てる為の武器が忍者刀なのである。

 

「ゼヤァッ!」

「ぐぬっ!?」

 

 黒剣の威力が殺される距離から振るわれるコガラシの忍者刀を、オボロが素早く飛び退く事で回避する。結果コガラシの一撃はギリギリでオボロの剣を掠めるだけに留め、オボロ本人には微塵もダメージが無い。

 

「はぁ、はぁ……ふっ、残念だったな」

「どうかな?」

「何だと?…………ッ!?」

 

 決死のインファイトが不発に終わり、コガラシを嘲笑うオボロだったが返って来たのは挑発的な言葉であった。その事にオボロが違和感を覚えた直後、背筋に冷たい何かが走ったのを感じた彼は弾かれるように上を見た。

 

 そこにあったのは、先程弾き飛ばしてやった筈の轟雷がクルクルと回転しながら落ちてくるところであった。このままだと回転の勢いでオボロの体が切り裂かれる。

 

「クソッ!?」

 

 迫る刃をオボロは風遁で吹き飛ばす。黒い靄を含んだ風が落ちてくる轟雷を吹き飛ばし、逆にコガラシ本人へと返される。黒い風と共に自分に向かって飛んでくる轟雷を、コガラシは同じく風遁で風を相殺しながら轟雷だけをキャッチする。

 

「っと! ふぅ、流石にこんな搦め手じゃ決めきれないか」

「甘く見るな、小僧。ここをお前の墓場にしてやる」

「遠慮しとくよ。こちとらまだ若いんで、ねッ!」

 

 コガラシが分身の術で増えてオボロに突撃する。オボロもそれに対抗して分身の術で数を増やすと、複数人のコガラシとオボロがぶつかり合う。コガラシ達とオボロ達の戦いはあまりにも激しく、風や炎、雷がぶつかり合う天変地異の様な有様となっていた。その激しさは本来オボロの援護の為に出てきたクセジやファッジも手出しができない程である。迂闊に手出しすれば逆に自分が被害を受けるだけになってしまう。

 

「おぉぉぉぉっ!」

「はぁぁぁぁっ!」

 

 コガラシの風遁がオボロの火遁を吹き飛ばし、2人のオボロが1人のコガラシに襲い掛かればコガラシは空蝉の術で逃げ逆に2人のオボロを3人のコガラシが包囲し攻撃を仕掛ける。1人のコガラシがオボロと鍔競り合いをしている、その背を別のコガラシが踏み台にして大きく跳躍して別のオボロに斬りかかろうとすれば、狙われているのとは別のオボロが雷遁で迎撃し撃ち落とされたコガラシをこれまた別のコガラシが援護しつつ水遁の術でオボロを押し流す。

 

 両者の戦いは正に一進一退、ツララが見守る前で繰り広げられる激しい戦いは、両者が疲労から一旦態勢を整える為に引き下がった事で唐突に終わりを見せた。互いに示し合わせた様に後ろに下がると、その瞬間何人もいたコガラシとオボロが同時に消え本体だけが残される。

 

「ふぅ、ふぅ……」

「ぜぃ、ぜぃ……フッ!」

 

 複数人のコガラシとオボロが一瞬で消え、束の間静寂が訪れる。そんな中で不意にオボロの口から零れた笑みに、コガラシが仮面の奥で訝しげな顔になった。

 

「何が可笑しい?」

「いや? ただ随分と疲れてるみたいだからな」

「お前もだろ」

「そうだな。だがお前は俺と違い、筆無しの忍術で戦うのにまだ慣れてないんじゃないか? これは体力を相当使うからな」

 

 オボロの指摘にコガラシが言葉に詰まった。彼の言う通り、筆を使わない忍術は集中力をかなり使う為、この状態を維持するだけで体力が消耗される。あまり長時間の戦闘には向かない技術なのだ。こういう事情もあり、現代の忍びは体力の消耗が少ない執筆忍法が広く普及する事になったと言っても過言ではない。

 

 コガラシも例外ではなく、高い集中力を維持し続ける為大分体力を消耗していた。この状態を維持し続ける事が出来るのは、持って数分と言ったところだろうか。その数分でオボロとの戦いに決着を付けなければならないのだが…………

 

「果たして、これだけの数の敵を相手にその状態を維持できるか?」

 

 オボロが手を上げて合図すれば、クセジやファッジ達がコガラシに殺到する。彼1人で相手にするにはあまりにも多すぎると、ツララが彼の元へ向かい援護しようとした。

 

「コガラシ殿ッ!」

 

 四華を手にコガラシの元へと向かい、彼の負担を少しでも和らげるべく奮闘するツララ。

 

 その時、突如無数の銃撃音と共に飛来した銃弾がクセジやファッジを撃ち抜き倒していった。

 

「えっ!」

「今のは……?」

 

 コガラシ達が周囲を見渡すと、そこにはこちらに向かってやってくるS.B.C.T.のライトスコープ達の姿が見えた。

 

「突撃ッ!」

 

 忽ち響く銃撃音。S.B.C.T.の隊員達は互いにカバーしながら自分達の倍以上居るファッジ達を相手に前進していく。ファッジ達も突如乱入してきた彼らを迎え撃つべくそちらへと突撃し、周囲は途端に銃声と破裂音が響き渡る乱戦となった。

 それだけではない。ライトスコープと一緒に、コガラシ達にも見慣れた忍び装束の者達が戦いに参加していた。

 

「執筆忍法、火遁の術ッ!」

「執筆忍法、分身の術ッ!」

 

 S.B.C.T.と行動を共にしているのは万閃衆の忍者達だ。彼らはライトスコープと協力して、ファッジ・クセジと戦い始めた。卍妖衆と言う共通の敵を前に、S.B.C.T.と万閃衆が手を取り合ったのである。

 

 オボロはコガラシに嗾ける予定だった戦力が全てS.B.C.T.と万閃衆の連合に持っていかれた事に口惜し気に唸り声を上げると、コガラシとツララの2人をキッと睨んだ。

 

「……フン、無駄な足掻きだ。お前も含めて、全員ここでお陀仏さ」

「どうかな?」

 

 周囲で味方の連合とファッジ・クセジによる激しい戦闘が行われている。ライトスコープが徒党を組み、互いに連携しながら濃密な弾幕を張り戦線を押し上げた。しかしファッジとクセジも負けてはおらず、それぞれが独自に持つ特性を利用して弾幕を切り抜け肉薄し、ライトスコープによる隊列を乱し戦列を崩す。それを万閃衆の忍者達がフォローするが、クセジはともかく強靭なファッジを相手には苦戦を強いられるのか戦いは一進一退の様相を呈していた。

 

 激しい攻防が繰り広げられる中、オボロとコガラシ・ツララが静かに睨み合う。周辺の喧騒など存在しないかのように凪いだ様子の彼らを見るのは、セツナを取り押さえているゲッコウだけであった。

 睨み合いながら、コガラシは轟雷、ツララは四華、そしてオボロは漆黒の刃を持つ剣『深淵(しんえん)』を構え何時でも相手に攻撃できる態勢を整える。

 

 そして…………

 

「「「ッ!!」」」

 

 彼らは同時に動き出す。特に示し合わせた訳ではない。しいて言えば、オボロが動く気配を風を読んで察したコガラシにツララが合わせて動いた結果、3人が同時に動き出したように見えただけである。

 

「ゼァッ!」

 

 ツララの投擲する四華がオボロに襲い掛かった。オボロは迫る大手裏剣を深淵で弾き、その影に隠れて接近してきたコガラシを蹴りで迎え撃つ。放たれた蹴りをコガラシは体を捻りながら回避し、そのままの勢いでオボロに轟雷を振り下ろした。

 

「ハァッ!」

「甘いッ!」

 

 コガラシの振り下ろした刃があと少しでオボロに届きそうになったその時、オボロは全身から噴き出す様に漆黒の炎を放った。筆を必要としないからこそ出来る芸当。彼はツララの攻撃の影にコガラシが隠れて接近したのを見た時点でこうなる事を先読みし、何時でも火遁を放てるようにと備えていたのだ。

 

 不意を打った筈が逆に不意を打たれた。流石のコガラシも、攻撃の瞬間だけはどうしても無防備になってしまう。

 コガラシは心身を焼き尽くす漆黒の炎に全身を包まれてしまった。

 

「うぐっ!? あぁぁぁぁぁっ!?」

「コガラシ殿ッ!? くッ!」

【忍法、氷遁の術ッ! 達筆ッ!】

「暫し我慢されよッ!」

 

 全身を炎にまかれたコガラシを見て、ツララは彼に氷遁の術をぶつけた。コガラシの周囲の温度が氷点下を下回り、そこに氷の粒子が殺到する。氷は炎に熱せられて水になるが、その水が周囲の温度に冷やされまた凍りコガラシの体に張り付いた。これを繰り返す事により、彼の体はあっという間に全身を炎ではなく氷に包まれる。

 目的の消火が終わると、ツララは気合一つで彼の体を包んでいた氷を砕いた。

 

「喝ッ!」

「うぅ……」

「問題ないでござるか?」

「いつつ……あぁ、助かった」

 

 しかし今ので大分色々と消耗してしまった。まだ真の忍び、筆無しの忍術に関しては習得したてでこの状態を長時間維持する事が出来ないコガラシに、この時間のロスは正直痛い。このまま全力で戦えるのは、精々があと数分と言ったところであろうか。

 

 もうこれ以上時間を無駄に掛けてはいられない。コガラシは勝負に出た。

 

「ツララ、手を貸してくれ」

「元よりそのつもり。だが何か妙案が?」

「妙案、ってほどのもんじゃない。だが今この状態で一番有効な手だ」

 

 コガラシは手短に自身が考えた策をツララに伝える。それを聞いた彼女は、そのあまりに無謀な策に思わず言葉を失った。

 

「正気でござるか? それは流石にお主の身が持たぬでござるよ」

「覚悟の上だ。それに、アイツを何とかしないと唯ちゃんを助ける事が出来ない。だから……」

 

 そう告げるコガラシの意志は固い。ツララも彼の気持ちを感じ取り、また実際現状オボロに対して有効な攻撃手段が考えられない事を考えると渋々納得した。

 

「やむを得ぬでござるな。だが努々忘れてはならぬでござるよ」

「何を?」

「南城殿が居なければ、小鳥遊殿を助けられても意味はないという事でござるよ」

「……言われるまでもないよ」

 

 覚悟が決まったコガラシが轟雷を構え、ツララも四華を構える。オボロはそれを見て悠然と深淵を構えた。

 

「相談は終わったか?」

「あぁ、待たせたな」

「それで? 今度は何を見せてくれる?」

「直ぐに分かるでござる。執筆忍法、刃雪氷嵐の術ッ!」

【忍法、刃雪氷嵐の術ッ! 達筆ッ!】

 

 周囲からオボロに襲い掛かる氷の刃。それをオボロは深淵を振るい叩き落す。

 

「この程度でこの俺がッ!」

 

 次々と襲い掛かる氷の刃を切り裂くオボロであったが、氷の刃が迫る勢いの鋭さに違和感を感じた。違和感は次第に彼自身の身にも起こり、奇妙な息苦しさが彼を襲う。

 

「ぐ……これは……!?」

 

 それはコガラシによる気圧の操作。コガラシはオボロの周囲の気圧を大きく下げ、ツララの攻撃をサポートすると同時にオボロ自身の身を苛んでいたのだ。

 そして気圧の操作の恩恵と代償は、ツララの攻撃に合わせて接近していたコガラシ自身にも降りかかる。

 

「オォォッ!」

「そう来るとは思っていたぞッ!」

 

 このままツララの攻撃に全てを任せる訳がない。コガラシの性格上必ず自分でも迫ってくる事は分かっていた。気圧の低下により空気抵抗が無くなり、通常時を遥かに超える速度で迫るコガラシ。自身も低気圧による酸欠で呼吸困難と頭痛に苛まれている筈なのに、その動きには迷いも乱れも見られない。だがオボロはそんな彼の攻撃を悉く受け止めてしまった。コガラシが技術に優れているのなら、オボロは経験に優れていた。コガラシよりもずっと前から若き万閃衆の主力として活躍してきたのだろう。積み重ねてきた戦いの経験が彼の動きを支え、コガラシの攻撃を受け止めさせた。

 

「気圧の低下か……流石風の忍者と言ったところだろうか。大したものだと言わせてもらうが、所詮は児戯だな。俺には及ばん」

「あぁ、だろうな。だけど、向こう見ずさなら負けてない」

「何だと?」

 

 意味深なコガラシの言葉にオボロが首を傾げる。直後、コガラシは轟雷を投げ捨てるように手放す。その勢いにオボロも一緒に深淵を弾かれ手から離れていく。相手の武器を奪ったコガラシは、そのままオボロの体に抱き着いた。

 

「なっ!? 貴様何を……!?」

「潰れろオボロッ!」

 

 直後、コガラシは一気に周囲の気圧を逆に上げた。低気圧から一気に高気圧に晒され、高密度の空気が殺到する勢いに2人の体は耐えきれず押し潰される。

 

 結果、2人は揃って急激な気圧の変化に耐えきれず全身から血を噴き出しその場に崩れ落ちたのだった。




と言う訳で第61話でした。

コガラシが学から真の忍びとしての戦い方を学ぶシーンは、漫画トリコでトリコが愛丸からアルティメット・ルーティーンを教えてもらうシーンを意識してます。個人的にトリコで上位に入る程好きなシーンだったり。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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