コガラシがオボロを相手に、自爆同然の気圧変化による攻撃で諸共に血を噴き倒れた。それを見ていたツララはオボロを相手に明確に大きなダメージを与えられた事以上に、コガラシが血の海に倒れた事の方に衝撃を受け声を上げた。
「コガラシ殿ッ!?」
周囲ではS.B.C.T.とファッジ、クセジによる戦闘の騒音が響き、ツララの叫びはかき消され遠くまでは届かない。
だが彼女が叫んだのと時を同じくして、ゲッコウに押さえつけられたセツナに大きな変化が起きた。
「う、あ……!」
「んん?」
突然セツナの体が電流が流れた様にビクンと跳ねる。ちょっと心配になるくらい思いっ切り体を跳ねさせた彼女にゲッコウが心配していると、彼女は暴れるのを止め呆けた様に周囲を見渡し呆然とした声を上げた。
「あ、れ……わた、し……?」
「よぉ、大丈夫か?」
「え?……あなた、確かゲッコウの隼君?」
「おぅ、どうやら元に戻った見てえだな」
「元、に? それって…………あッ!」
どうやらオボロが大きなダメージに倒れた事で、唯に掛けられていた洗脳が解けたらしい。洗脳状態にあった間の記憶は曖昧なのか混乱した様子だったが、最後の記憶で囚われた末にオボロに洗脳される直前の出来事があった事を思い出した様だ。慄く彼女を、ゲッコウは宥めながら彼女を解放した。
「安心しろ、もう大丈夫だ。コガラシが来てオボロを倒してくれた」
「コガラシ……千里君がッ!」
不安に駆られる中、最愛の千里が来てくれているという事に喜色を浮かべ立ち上がるセツナ。彼女の変わりようにゲッコウは苦笑しながら、彼らが戦っていた場所を見やる。
「あぁ。ほれ、あそこで……あ?」
「え…………?」
ゲッコウが指さした先にあったもの……それはオボロ共々血の海に沈み、そしてツララにより抱き起され必死に声を掛けられている千里の姿であった。セツナは勿論、彼女を押さえる為あちらにまで意識を向ける余裕の無かったゲッコウも予想外の光景に言葉を失う。
とは言え彼も心身共に鍛えられた忍びだ。衝撃に呆けていた時間は数秒にも満たない。すぐさま倒れた千里を治療すべく懐から簡単だが治療用の道具を取り出し彼の元へと向かう。が、それよりも早くにセツナが信じられない速度でそちらへと向かい、ツララから奪い取る様に千里を抱きしめ声を掛ける。
「千里君ッ!? 千里君ッ!?」
「た、小鳥遊殿ッ! 元に戻ったでござるか?」
「千里君、ゴメンッ!? 私、私……!?」
ツララの声にも耳を貸さず必死に千里に声を掛ける。自分の体が彼の血で汚れることなどお構いなしだ。
医療知識もロクにない彼女は、意識を朦朧とさせた千里を揺する。それを見てツララは慌てて彼女を宥めた。
「だ、ダメでござる小鳥遊殿ッ! あまり派手に揺すっては南城殿の傷に響くでござるッ!」
「え、あッ!? ご、ごめんなさ、私……!?」
よくやりがちだが、傷付き倒れた人を慌てて揺するのは逆効果となる場合がある為絶対にやってはいけない。傷が開くのもそうだが、ギリギリのところで折れていなかった骨が折れたり辛うじて繋がっていた神経等の断裂を引き起こす危険があった。
単独での活動も多い忍びであるツララはそれを理解している為、慌てた様子の唯を宥めこれ以上千里が揺すられる事が無いようにした。それと時を同じくして駆けつけたゲッコウが、セツナの手から千里を受け取り簡単にだが治療を施していく。
セツナとツララが見守る中、ゲッコウがテキパキと傷に薬を塗り包帯を巻いていく。その最中に千里は意識を取り戻し、体のあちこちに包帯を巻かれながら目を開け自分を心配そうに見つめるセツナの姿を見た。
「う、ぁ……あ……唯ちゃん?」
「千里君ッ!」
「動くな、まだ治療の途中だ」
明らかに操られた様子ではないセツナの姿に起き上がり彼女を抱きしめようとする千里だったが、ゲッコウにより押さえられ横にさせられる。無理矢理寝かされた形になった千里は、全身を苛む痛みにゲッコウが体に触れる度に小さく呻き顔を顰めた。
「うぐっ!? い、つ……」
「我慢しろ。ったく、いくら何でも無茶しすぎだろ」
「はは……他にオボロを仕留められるいい方法が思いつかなくてよ」
悔しい事にオボロの単純な実力は千里が変身するコガラシの上を行っていた。筆を使わない忍術を会得した千里ではあったが、あれはかなりの集中力を要し長期戦には向かない。対してオボロは恐らくコガラシよりも長い間筆を使わずに忍術で戦う事が出来る。曲がりなりにも卍妖衆と言う組織を力で従え、そうでなくても千里とは比べるべくもない濃密な経験を持つ彼を相手に勝利を収めるには、どうしても意表を突く戦いをする必要があった。
その意表を突く為、彼は先程フブキを相手にした時の気圧の変化を応用し低気圧からの急激な高気圧への気圧の変化による大気圧で押し潰す事を選んだ。なかなかにえげつない攻撃だが、自然の力を利用したその戦いは確かな効果を発揮した。
だがオボロ相手にそれだけで確実にダメージを与えられるという保証はない。もしかすると何かを察して、ギリギリのところで逃げられるかもしれなかった。故に千里は、オボロに直接抱き着き諸共に気圧変化による圧縮を喰らう事を選んだのである。
千里自身、我ながら無茶な事をしたと言う自覚はある。意表を突き相手にダメージを与える為なら、もっと別の方法があったと今なら思う。ここら辺、自分はまだまだ未熟なのだと思い知らされた。
「でもまぁ、お陰で唯ちゃんも元に戻ったし……」
「千里君……」
傷だらけになりながらも心底安堵した顔で見上げ千里が手を伸ばすと、セツナはそれを優しく掴み頬を摺り寄せる。まだ変身したままなので顔は見えないが、恐らく彼女もオボロから解放された事と千里に再び会えた事、そして彼に無茶を強いてしまった事への後悔で涙を流しているに違いない。
そんな2人の様子に、ツララも僅かに安堵したように肩を竦め小さく溜め息をつく。何時もの日常が戻りつつある……その事に彼女も自分が何を求めていたのかを理解し、これまで自分がどれ程馬鹿な事をしていたのかを改めて理解した。
「さて、後はオボロを……ッ!?」
オボロを捕縛すればこの戦いも終わりだと、ツララが千里と共に倒れていた筈のオボロが居た所を見る。が、そこには血溜まりがあるだけでオボロ本人は影も形もなかった。見ると血溜まりから転々と垂れた血が続いている。しぶとい事に、オボロは彼女達が千里に意識を向けている間に1人気配を悟らせず逃げ延びたらしい。
これにはツララも焦った。千里と同じくらいのダメージをオボロも受けた筈だから、あちらも直ぐに事を起こす事は出来ないだろうと思ってはいる。だが彼女の直感が告げていた。このままオボロを逃がしてはいけないと。
「ゲッコウ、この場は任せるッ!」
「あっ? おい、ツララッ!?」
ゲッコウの制止も聞かず、ツララは血の跡を追ってオボロの元へと向かう。血の跡は屋内の荒野を抜けて、研究所の様な廊下を進み、一つの部屋の扉へと続いた。ここが何の部屋なのかは彼女も知らないが、この部屋の中でオボロが良からぬ事をしようとしているのであれば意地でも止めなければならない。それが千里達に酷い裏切りをしてしまった自分の責務であると、ツララは自分に言い聞かせ扉を六華でブチ破る。
「オボロォッ!」
ツララが部屋に飛び込むと、そこではオボロとブローカー、そして数人の白衣を着た研究員らしき者達が居た。オボロは扉を破って部屋に飛び込んだツララを見ると、ブローカーが差し出している何かを奪い取る様に手に取った。
「チッ、ブローカー。お前は奴を使って連中を何とかしろ」
「分かりました」
オボロの言葉にブローカーは白衣の者達を連れて何処かへと去っていく。ツララはあちらには目もくれず、目の前で佇むオボロと対峙した。
「オボロ……よくも拙者の楓殿への気持ちを弄び、拙者の誇りを傷付けてくれたでござるなッ!」
「お前の心が弱かっただけの話だ。事実、ゲッコウはお前と違って心の隙が無く操れなかった」
オボロの行動の中で不可解だったのは、ゲッコウをツララ同様洗脳して支配下に置かなかった事である。他者を操り自分の支配下に置く事が出来るのであれば、本来ゲッコウも彼に偽りの忠誠を誓い切り捨てられるような事にはならなかった筈だ。それがこんな事になっているのは、そもそもがゲッコウが精神的に屈強で操る事が出来なかった事にあった。
その事実を突き付けられ、ツララは仮面の下で沈痛な面持ちになり俯いた。
「確かに……拙者は心が弱かった。ゲッコウは勿論、コガラシ殿にも心の強さでは劣る。……だが、だからこそッ!」
今だから分かる。自分は千里の事をどうこう言えるだけの人間ではない。千里は確かに忍びとしての技術や心構えは未熟なのかもしれない。だがここまで唯の事を一途に想い続け、彼女を助ける為に全力を超えた全力を発揮するその力は自分にはないものだ。何事も最後までやり遂げる強い意志、それを支える強い心は、楓の事一つで心を乱され操られる隙を作り出してしまった自分には未だ持ちえないもの。加えて千里は内に秘めている才能に溢れている。それこそ、嫉妬を覚えてしまう程だ。
楓の事に加えて、千里が秘めていた才能への嫉妬。それらが椿の心を脆くし、オボロが付け入る隙となってしまった。そう考えると自分がどれほど愚かな人間であったのかが分かってしまい、心に黒い感情が湧きそうになってしまう。
だが今度は彼女も折れる事は無かった。彼女は知った、楓が彼女に向けている本当の愛を。そして楓だけでなく、千里や隆司も彼女の事を信じ、大切に思ってくれている事を理解した。特に隆司に対しては、死ぬことは無かったとは言え直接彼を手に掛けてしまった事を今になって死ぬほど後悔する程だ。それほどの大きな感情を彼に向ける、その理由にも彼女は見当が付いていた。
その感情の名は、愛。生まれて初めて、1人の男性に心を許そうと思えた。出会いは敵同士であり、その後も何度かぶつかり合ったが、それでも気付けば椿は彼の事を愛していた。そんな彼に対し、手を上げさせられた事はいかなる理由があれど許せる事ではない。
「お前は、拙者が倒すッ!」
「ほざくな。お前如きに俺が倒せるか、身の程を弁えろッ!」
ツララの言葉にオボロが返し、ブローカーから受け取った物を掲げた。その手に納まっているのは、黒紫色のベクターカートリッジだった。ツララに見せつけるようにそれを掲げながら、オボロはカートリッジを起動させる。
そして…………
〈DRAGON〉
「忍法、重ね変身の術ッ!」
オボロはベクターカートリッジを自身に挿すと同時に、忍術で更なる変身を遂げた。それはただの変身に非ず。忍法と超万能細胞、二つの技術を融合させたハイブリッド。ある意味においてはファッジと仮面ライダーを合体させた存在であった。
頭部はオボロであった頃の名残を残しつつ、上から龍の顔が重なったような形状となり、体は鱗のある龍の皮膚の様なボディースーツの上に重厚な黒紫色の鎧を纏っている。そしてその背には、蝙蝠の様な翼がマントの様に生えていた。
「そ、それは……!?」
「クククッ……俺があの白金の書き手を求めたのはこれが目的だ。俺は遂に手に入れた、最強の力をッ! 仮面ライダーの力をッ!!」
見る者が見れば、今のオボロの姿には既視感を覚えるだろう。そう、今の彼の姿は嘗て傘木社を打倒した仮面ライダーデイナの形態の一つであるドラゴンライフの姿に酷似していたのである。
尤も、同様に見る者が見ればオボロの選択に違和感を覚えるだろう。デイナに肖ろうとするのであれば、求めるべきは最強の姿であるニュージェネレーションフォームである筈だ。それが何故、ニュージェネレーションの一歩手前であるドラゴンライフなのか?
(まぁ、デイナの最強の姿の再現は難しいからここまでが限界だったが……)
言ってしまえば妥協の結果であった。デイナの最強形態を再現するのは難しい。あれは新人類の力を最大限に発揮する為の姿であり、明確なモチーフがある訳ではない。既存の生物が存在せず、決まった形の無い物はベクターカートリッジにする事が出来なかったのだ。
ではドラゴンは? ドラゴンも現実には存在しえない架空の存在。そんなものの遺伝子をどうやって得たのか?
その答えをツララは知っていた。そう、フブキとなって卍妖衆に身を寄せていた時に彼女は知ってしまったのだ。嘗て敵対した上で敗北した男の末路を…………
「マンダラか……!?」
以前万閃衆総本山を焼いた龍。あれはブローカー達元傘木社技術者達が、コガラシに敗北して逃げ帰ってきたマンダラを改造に改造を重ねて作り出した疑似的な存在だったのである。厳密に言えばあれは蛇などの爬虫類をベースに、様々な生物の遺伝子を組み合わせてガワを龍のように見せかけただけの存在。本物の龍には程遠かった。
だがその問題を、全ての秘宝の力を合わせる事で最終的な解決を見せた。唯を含めた全ての秘宝を集めた事で得られる無尽蔵の神羅万象の力。それにより歪だったマンダラを改造して作り上げた龍の遺伝子を綺麗にまとめ上げ、一つの生物として遺伝子レベルで完成させた。その龍から精製したのが、今オボロが使ったベクターカートリッジである。
今のオボロは黒龍の力を得た存在。言うなれば、オボロ・龍王と言ったところだろう。
「どれ……一つ、力を試すか」
「ッ!」
来る……そう思いツララが身構えた次の瞬間、目の前に龍王オボロが迫り、かと思えばその次にはまた距離が離れた。
「――――え?」
否、それは龍王オボロが離れたのではなくツララが蹴り飛ばされただけの話だった。彼女の感覚が感知出来ない程の速度で蹴り飛ばされ、何が起きたのかも分からぬまま背後にあった機材に叩き付けられる。
「うぐはぁ゛ッ!?」
機材を粉砕して叩き付けられ、そこで漸く蹴られた腹と叩き付けられた背中に痛みを感じた。ツララはひしゃげた機材の中に力無く体を投げ出し、腹に穴が空いたかと思う程の激痛に喘いでいた。
「がはっ!? が、ぐふっ!? はぁ、はぁ……う、ぐぅ……!?」
仮面の口元からは血が滲み出ている。衝撃に内蔵を傷付けられ吐血しているらしい。この一撃で、彼女は戦えるだけの力を失ってしまった。今の彼女は辛うじて変身を維持しているだけの状態だ。
それでも彼女は不屈の精神で立ち上がろうとした。満足に言う事を利こうとしない手足を必死に動かして、龍王オボロに立ち向かおうとする。
「立ちたいのか? どれ、手を貸してやろう」
押し潰された機材の中から立ち上がろうとする彼女の右腕を、龍王オボロが掴んで持ち上げた。片腕で吊るされた彼女は、空いてる方の手で忍者刀を抜き龍王オボロに突き立てようとする。
「こ、の……! 離せ、くっ!」
何度も何度も忍者刀を叩きつけるが、鋭い刃は鎧どころかボディースーツすら傷付ける事が出来ない。ガキンと言う音を立てて弾かれる刃に、ツララはそれでも諦めず攻撃を止めない。
最初それを黙って見ていたオボロだが、いい加減煩わしくなったのかツララの腕を握る手に力を込めた。それだけで彼女の骨は割り箸の様にへし折られ、湿ったボキンと言う音が体の内側を通って彼女の耳に届いた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!?」
いとも容易く片腕をへし折られた痛みに、ツララが悲鳴を上げて忍者刀を取り落とす。龍王オボロは悲鳴を上げる彼女を振り回して床に叩き付けると、今度は彼女の左足に手を掛け膝を本来あり得ない方向に思いっきり曲げた。当然彼女の足がそれに耐えられる訳がなく、今度は左足の膝関節が砕かれる。
「ぎぃがぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!? あが、ぁ゛ぁ゛……!?」
片手片足をへし折られ、激痛に喘ぐツララをオボロは冷たい目で見下ろした。正直、期待外れも良い所だった。準備運動にもなりはしない。それも仕方ないだろう。今のオボロの能力は、嘗て猛威を振るった仮面ライダーデイナのドラゴンライフに匹敵する程なのだから。たった1人で対峙した時点で、ツララに勝ち目は無かったのである。
それでも、彼女は尚諦める事をしなかった。ここで諦めて負けを認めてしまえば、それこそ死んだ楓や裏切った千里達に顔向けできない。どんなに辛く苦しくとも、諦めて敗北を認めるという贅沢は彼女の中に存在しなかった。
「はぁ゛っ!? はぁ゛っ!?……ぐぅっ! オボ、ロォ……!」
片手片足しか動かせないにも関わらず、動く方の腕を使って床を這って近付いてくるツララをオボロは冷たい目で見下ろしていた。
そして…………
***
その頃演習施設での戦いは、ある変化が起こっていた。
「チッ! コイツ等……!?」
ヘルメットの下で険しい表情をしながら、δ5が狙いを定め引き金を引く。その視線の先には、今までに見た事のないファッジらしき怪人の姿があった。
それは本当に奇妙なファッジである。見た目はヌーベルファッジに酷似しているが、動きが獣的と言うよりは人間臭さを感じるのだ。通常のファッジを超える強力なファッジとして生み出されたヌーベルファッジ。しかしヌーベルファッジはその性能を代償に獣同然の生物兵器であり、細かい動きを設定する事は不可能と言う弱点があった。
だが今彼らと対峙しているヌーベルファッジは、あろうことか手に武器を持ち武術に似た動きをしてくるのだ。その動きにS.B.C.T.も翻弄され、徐々に押されつつあった。
彼らが苦戦しているのを見て、ゲッコウに治療を受けていた千里も立ち上がった。
「俺も、行かなきゃ……!」
「ダメよ千里君ッ!? そんな体で無茶するなんて……!」
「この子の言う通りだ。お前はここでジッとしてろ」
処置を終えたゲッコウは、千里とセツナを近くの岩陰に押し込み自分は三日月を手に新たに現れた新型ファッジ……ヌーベルファッジ・シノビと戦うS.B.C.T.の援護に向かおうと足を踏み出した。
その足元に、何かが投げ込まれる。ドサッと音を立てて地面に落下したそれを見たゲッコウは、それが何であるかを理解し言葉を失った。
「ッ!? 椿ッ!?」
「ぁ゛……ぅ゛……」
それは見るも無残にズタボロになった椿であった。手足が曲がってはいけない方に曲がり、全身血だらけで生きているのが不思議な姿となった彼女をゲッコウは咄嗟に抱き上げる。抱き上げると呻き声を上げたので辛うじてまだ生きているのに一応の安堵をしたが、いつ死んでもおかしくないのではないかと言う有様は安心できるものではない。
それでも彼は彼女をこんな目に合わせた相手が許せず、顔を上げ彼女をここまで運んだ相手を見た。
「誰だっ!…………あ?」
そこに居たのは龍の戦士の様な姿となったオボロ・龍王。オボロは椿を抱き上げる為しゃがんでいるゲッコウを見下しながら悠々と歩いてくる。
「お前は、少しは楽しませてくれるか?」
「お前、オボロかッ! テメェ、椿を洗脳しただけじゃなくこんな目にまで遭わせやがってッ!」
ゲッコウは本気でオボロが許せなかった。それは自分を切り捨てたからではない。椿の心に土足で踏み込み、彼女の誇りを穢し、そして彼女をゴミのように扱ったからである。
1人の少女を理由に自分がここまで怒りをあらわにしている事に、ゲッコウは何処か他人事のように自分を顧みて僅かながら驚いていた。だが同時に納得もしていた。何を隠そう、彼は彼女の事を好いているからだ。何時、何処で好きになったかと言われるとそれは定かではないが、気付けば彼女の事を1人の少女として好きになっていた。
そんな少女が1人の男の欲望の為に心身を弄ばれ、血を流して死に掛けている。1人の男として、それは到底容認できることでは無かった。
オボロに対する怒りと戦意を滾らせるゲッコウだったが、そんな彼を椿は折れた腕を必死に動かして引き留めた。
「りゅう、じ……だ、め……」
「椿ッ!?」
「あ、あれ、は…………か、かて、な…………かはっ」
ゲッコウは椿の言葉が信じられなかった。あの椿が、ハッキリと今のオボロ相手には勝てないと告げたのだ。自身の勝利を常に信じ、それが裏返った結果卍妖衆に下ってしまった彼女が負けを認めた事に彼は言葉を失ってしまう。
その時、ヌーベルファッジ・シノビを切り抜けたライトスコープが数人、オボロ・龍王の前に躍り出た。
龍王となったオボロの姿を見て、そのライトスコープの1人……δ5が一瞬言葉を失う。
「な、あれは……デイナ!? いや、違うッ!」
ドラゴンライフのデイナを模した今のオボロの姿に一瞬惑わされそうになった様だが、即座に気を取り直すと銃口を向け他の隊員と共に一斉に攻撃した。
「撃てッ!」
「ま、待てッ!?」
ゲッコウが止める間もなくライトスコープ達がオボロ・龍王へと攻撃を開始する。次々と放たれる銃弾が殺到するが、オボロ・龍王はそれを防ぎもせず全身で受け止めた。
S.B.C.T.の装備は外見上の変化は乏しいが、中身は常にアップデートされ続けている。この銃弾だって、ファッジを始めとしたこれまでに確認された怪人の多くに有効となるよう日々改良を加えられ、仮面ライダーですら正面から喰らえばどうなるか分かったものではない程の威力を持っていた。
その銃弾が全て弾かれる。銃弾は鎧やボディースーツ部に命中すると、その場で火花を散らせて弾かれた。本来のオボロであれば高速で回避する事も容易である筈なのに、敢えてそれをしなかった。回避の必要もないと言わんばかりの佇まいに、ライトスコープ達は絶句し攻撃を中断してしまった。
「な……!?」
「こ、攻撃が利かないッ!?」
「ち、隊長ッ! こちらδ5、敵にこちらの攻撃が意味を為さないッ! 至急、応援を――」
ライトスコープでは束になっても今のオボロには歯が立たないと、δ5が隊長のスコープに応援を求めた。が、言い終える前にオボロ・龍王が今度は自分の番だと言わんばかりに動き出す。
「フッ……」
オボロの姿が掻き消える。何らかの方法で姿を消したと思ったライトスコープ達は、何処から攻撃が来ても良いようにと即座に円陣を組む。しかしゲッコウはそれが姿を消したのではなく目にも留まらぬ速度で動いているだけと分かっている為、彼らに退避を促した。
「ダメだ、逃げろッ!?」
ゲッコウの警告は間に合わなかった。次の瞬間にはオボロ・龍王がライトスコープ達の眼前に現れ、あっと言う間に彼らを蹴散らしてしまった。
「ハァァッ!」
「うわっ!?」
「がはっ!?」
「ぐおぉぉっ!?」
木っ端の様にレイトスコープ達が蹴散らされていく。中にはオボロの接近に気付き反撃する者も居たが、オボロは自分に向けて火を噴く銃を手刀で粉砕するとそのまま手刀を振るいライトスコープを吹き飛ばした。
「がはぁぁぁっ!?」
「δ5ッ!? うわっ!?」
吹き飛ばされたライトスコープ・δ5は装甲を粉砕されながら地面に倒れる。仲間が彼をフォローしようとするが、その隊員も次の瞬間にはオボロに蹴り飛ばされた。
この状況に別の隊員が彼らを援護しようと殺到するが、次々と迫るライトスコープをオボロ・龍王は返り討ちにしていった。あっという間に積み重なる倒れたライトスコープ達。そんな中でδ5は、装甲の大半を失いながらも尚ガンマソードを手にオボロに斬りかかろうとした。
「この、野郎……!」
『δ5、無理よッ!? それ以上の戦闘は……!?』
δ5の通信機に制止しようとするオペレーターの声が響く。実際今の彼が身に着けているのは頭部を守るヘルメットと手足の装甲の一部くらいで、重要な胴体の装甲は砕かれインナースーツのみの状態なのだ。こんな格好で戦うなど死にに行くようなものである。
それでも彼は止まらなかった。
「出来るかッ! あの野郎、デイナを真似た格好でふざけた事しやがるッ! そんなの許せる訳ねえだろッ!」
そう言ってδ5は覚束ない足取りでオボロに迫ろうとした。が、それをゲッコウが宥める。彼はボロボロになりながら歩みを進める彼の肩を掴むと、後ろに引っ張り無理矢理下がらせた。
「うぉっ!?」
「んなフラフラな状態で何が出来るってんだよ。いいから大人しく下がってな」
ゲッコウがδ5を下がらせ、自分は三日月を構えてオボロと対峙する。その光景にδ5も頭が冷えたのか、一度俯くと悔しそうに肩を震わせながら引き下がった。
「……すまない」
「気にすんな。アンタらが来てくれたおかげで助かった」
「死ぬなよ……」
「あぁ」
δ5は他のまだ生きている隊員を、別の隊員達と協力して後退させていく。それを視界の端に捉えながら、ゲッコウは仮面の奥で冷や汗を流した。大見得張って啖呵を切ったものの、実際問題今のオボロを相手に勝つどころか勝負になるかどうかも定かでは無かったからだ。
(椿が素直に負けを認める程の圧倒的実力差……俺と椿が同等として、勝てるどころか勝負になる可能性も限りなく低い……か)
思わず笑ってしまいたくなるくらいの貧乏くじに、ゲッコウは堪らず溜め息をつく。が、何もせず大人しく逃げるつもりは毛頭なかった。例え一矢を報いる事すら出来なかったとしても、一矢を報いる意志があった事だけは示したい。それは忍びとしての戦い以外の人生が無かった彼の最後の意地のような物である。
「今日は死ぬにはいい日とは言えねえんだがな……」
「だったら死ぬなよ」
「あ?」
堪らず口から零れ出たボヤキに、何時の間にそこに居たのか千里が返した。彼は体のあちこちに包帯を巻いた状態で、しかししっかりとした足取りで立ち巻物を手にオボロを前に構えを取っている。
「おいおい、どいつもこいつも無茶しすぎだろ。お前も結構な重傷者だぞ?」
「だけど、1人で何とかなる程こいつは楽な相手じゃない。分かるだろ?」
「そりゃそうだが……」
だったら怪我人も相手にならないだろうと思ったが、ゲッコウはその言葉を飲み込んだ。千里もまた意地になっているのだ。唯を利用された事が許せず、意地になってオボロと対峙している。自分が意地で対峙しているのに、他人の意地を認めないなど自分勝手にも程がある。
「仕方ねえ……揃って無茶するか」
「あぁ」
「フッ……安心しろ。お前達2人共、地獄に叩き落してやるッ!」
抗う意思を見せる千里とゲッコウにオボロ・龍王が襲い掛かる。拳を握り、一撃で2人の胸板をぶち抜こうと腕に力を込めた。
その時、不可視の力の奔流のような物が彼らを覆った。その風の様に吹き荒れる力の出所は、千里達の後ろに居るセツナからだ。
「な、何だッ!?」
「唯ちゃんッ!」
「何だとッ!?」
吹き荒れる暴風の様な力に千里達が戦いも忘れて注目する中、セツナはその場に正座し晴嵐の筆を手に取った。すると変身が解かれ唯の姿に戻り、彼女が身に着けていた秘宝があるべき形で彼女の周りに配置される。
深緑の画仙紙が彼女の前に敷かれ、土豪の文鎮で固定される。その隣には暁の硯が置かれ、唯は晴嵐の筆に硯から墨を付け持ち上げた。
「……私に過去を思い出させたのは間違いだったわね、オボロ……」
「何?」
「あなたも知らなかった本当の秘宝の使い方……今見せてあげる」
唯はそう言うと、画仙紙の上に筆を走らせた。墨が描いた文字は、凩の一文字。唯はさらにその下に小さく『皆伝』の文字を書く。
するとその文字が画仙紙から離れ、形を変え一つの巻物の姿となった。唯はそれを手に取ると、立ち上がりそれを千里に差し出した。
「千里君、これ……」
「唯ちゃん……」
千里は渡された巻物を呆然と見つめる。普段彼が変身の際に使う巻物に比べて金の刺繍が入っていたりと豪奢な見た目のそれからは、今までに感じた事のない力を感じる。直感的にそれの使い方を理解した彼は、これを自分に作ってくれた唯に感謝を込めて彼女を優しく抱きしめる。
「唯ちゃん……ありがとう」
「ん……頑張ってね、千里君」
「あぁ」
2人は名残惜しそうに離れると、唯は倒れた椿を引っ張り千里はオボロと改めて対峙する。オボロは今し方の光景に信じられないという様にワナワナと体を震わせていた。
「な、何だそれはッ!? そんなの、俺は知らないぞッ!?」
「らしいな。俺も、秘宝にこんな使い方があるなんて知らなかった」
慄くオボロを前に、千里は巻物を開く。普段変身に使う巻物の中は真っ新な無地であり、そこに忍筆で変身の文字を書くのだがこの巻物は違った。巻物の中には達筆な字で『凩』の一文字が刻まれている。それを見て千里はニヤリと笑みを浮かべると、巻物を巻き直し左手で持って掲げ、その左手に印を結んだ右手を重ねた。
「見てろオボロ、一筆書きより簡単に終わらせてやる。変身ッ!」
【忍法、変身の術ッ! 神羅万象、免許皆伝、疾風の如く忍ぶ者! コガラシ、皆伝!】
突風が周囲の粒子を巻き上げ、竜巻が千里の姿を覆い隠す。凄まじい暴風は彼の前に立つオボロ・龍王ですらその場で立つ事が難しく、顔を覆い隠しながらその場に腰を下ろし吹き飛ばされないように耐えていた。
「ぐ、くぅ……!?」
オボロだけでなくゲッコウ、唯が見守る前で、千里を覆い隠していた竜巻が唐突に掻き消える。
そこに居たのはコガラシにしてコガラシに非ず。4つの秘宝を身に着けた時のコガラシと酷似した鎧とマフラー等を身に着けた姿だが、鎧が銀色から白金色になり、縁の所に虹色のグラデーションが掛かっている。マフラーも同様で、首元は白いが裾の方に向かうにつれて色が徐々に変化していた。
それは秘宝の真の力を全て引き出した最強の忍び。忍びの頂点に立った、その者の名は…………
「コガラシ・カイデン……書かせてもらうぜ、俺の勝利をッ!」
偽りの仮面ライダーとしての力を振るうオボロの前で、コガラシ・カイデンは高らかに告げた。
と言う訳で第62話でした。
しぶとくデイナを模した力を手に入れたオボロでしたが、コガラシも本当の意味で最強の力を手に入れました。その名もコガラシ・カイデン。千里が本物の忍者になった事の証でもあります。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。