カイデンとなったコガラシを前に、オボロ・龍王は動けないでいた。それは何らかの術により拘束されている訳ではない。コガラシ・カイデンから放たれる威圧感に気圧されて、情けない事に足が竦んでしまっていたのだ。
自分より若造の忍びの威圧感程度で気圧されてしまった事に、しかしオボロ・龍王は怒りよりも自分の見積もりが甘かった事を実感せずにはいられなかった。
コガラシの……千里の今までの戦果は秘宝、何よりも唯の存在あればこそと思っていた。彼女と心を通わせ、彼女に想われているからこそ千里はあそこまで戦えたのだと思っていたのだ。だが今、コガラシ・カイデンから感じる威圧感は、ただ秘宝の力を借りているからと言うだけでは説明できない。一瞬彼が見上げる程の大きさになったと錯覚する威圧感は、千里に潜在的な才能と確かな実力が無ければ出せるものではなかった。
「ふざ、けるな……!」
思わず後ずさりしそうになるのを、オボロ・龍王は気合で堪えると探しそうになる足を逆に前に出した。
「ふざけるな、小僧ッ!」
目にも留まらぬ速度で接近し、剛腕を振るいコガラシ・カイデンを殴りつける。ツララも一撃で機材にめり込むほどの一撃一撃が必殺に匹敵する攻撃。しかしオボロ・龍王が動き出す前にコガラシ・カイデンは口元で印を結び術を口にしていた。
「忍法、空蝉の術!」
直後、オボロ・龍王の剛腕が振り下ろされる。重厚な鎧に包まれた腕がコガラシ・カイデンを殴り倒そうと振るわれるが、拳が彼に触れたかと思うとその瞬間彼の体は無数の木の葉となって散りオボロ・龍王の拳は何の手応えも感じる事無く彼が居た空間を素通りしていった。
「くっ!?」
空蝉で姿を眩ませたコガラシ・カイデンに、オボロ・龍王は翼を広げて空中へと飛び上がった。次に彼が何をするにしても、あの場所に居続けるのは悪手でしかない。普通であれば後ろや横に飛び退いて反撃に備えるのであろうが、オボロ・龍王は空を飛べる。この能力で彼はコガラシ・カイデンの意表を突き次の攻撃に備えるつもりであった。
が、オボロ・龍王が空中に飛翔した次の瞬間、それより高い所に風の力で浮遊していたコガラシ・カイデンは印を結び遁術を放った。
「忍法、雷遁の術ッ!」
「ぐぁっ!?」
強烈な電撃が降り注ぎ、オボロ・龍王の全身を焼く。鎧の防御力と彼自身の肉体の強靭さのお陰でダメージ自体はそこまででも無かったが、問題なのはそこではない。今コガラシ・カイデンは明らかにオボロ・龍王の動きを先読みして行動していた。自分の動きが読まれていた事に、オボロ・龍王は動揺を隠す事が出来なかった。
「な、何だ!? お前、何で今……!?」
コガラシが風を読んで様々な情報を得る事が出来る事は知っていた。だからこの施設のあちこちには気流による壁を作り、或いは密封して風が入り込めない場所を作りコガラシに情報を与えない為の処置を施した箇所が幾つかあるのだ。だが今の動きは、何らかの方法でオボロ・龍王の次の動きを先読みしていないと不可能な動きだった。またしても自分の知らない忍術を使ったのかと警戒していたオボロ・龍王に対し、コガラシ・カイデンはゆっくりと降り立ちながら答えた。
「やった事は今までと変わらない。ただ風を読んだ、それだけだ」
「何ッ!?」
オボロ・龍王の攻撃を空蝉でやり過ごした直後、コガラシは風を読んでオボロ・龍王の体の動きを予想した。筋肉や視線の動きから、オボロ・龍王の次の動きは空中への飛翔であると看破。それに備えるべく、コガラシ・カイデンは一足先に飛翔し空中に佇み予想通り飛翔したオボロ・龍王を下に叩き落すべく雷遁の術を放ったのだ。
「……言いたい事は分かった。だが解せないな、お前そんなに頭の回転早かったか?」
それは決してコガラシ・カイデンを馬鹿にしての言葉ではない。その言葉通り、人間の思考速度と反応速度としては違和感が残る判断の速さだと言っているのだ。電光石火の反射神経だとしても速度が異常すぎる。
それに対する答えは単純であった。
「そりゃそうさ。俺が使ってるのは風遁だけじゃないからな」
「何だと?」
「俺が何時、風遁しか使えないって言った?」
カイデンとなったコガラシは元々彼が得意としていた風遁の術だけでなく、全ての遁術を自在に使えるようになっていた。元々彼も自分が得意とする属性以外の遁術も使う事は出来たしその知識もあった。それが今、カイデンとなった事でそれらを自由自在に使えるようになった。彼はそれを用い、雷遁で全身の電気信号の動きにブーストを掛け負荷が掛かる筋肉を水遁で適度に冷やし、風遁で先読みすると同時に自分の周囲の気圧を下げ動きの鋭さを増したのである。
全ての遁術を自在に使う事で会得した超常的な超高速移動。それを目の当たりにし、オボロ・龍王は一瞬唖然となるが次の瞬間俯き肩を震わせると堪えきれないという様に呵々大笑した。
「ククッ、ハッハッハッハッハッ! なるほど、なるほどな……よく分かったよコガラシ」
今のコガラシは、嘗てデイナが至った頂点に非常に近い。様々な能力を自在に操り、それらを駆使して不可能を可能とする。オボロが魅せられたデイナの力に匹敵する力を手に入れた、その要因が己の行動であった事への皮肉に思わず笑ってしまったのだ。
「認めよう、コガラシ。お前は確かに仮面ライダーだ。悔しいが認めるしかない…………だが!」
一頻り笑ったオボロ・龍王は、漆黒の劫火を腕に纏わせコガラシ・カイデンに殴り掛かって来る。触れれば心身を諸共に焼く炎の拳を、コガラシは轟雷の刀身で受け止めた。
「俺もまた、お前と同じ仮面ライダーに魅せられた者。お前とは別のアプローチで仮面ライダーに至ろうとここまでやってきた! 俺は俺の仮面ライダーとなり、頂点に立つ!」
「それは仮面ライダーの在り方じゃねえッ!」
オボロが魅せられたのは飽く迄も仮面ライダーの力だけだ。ただ只管に力だけを求める、それは彼ら過去の仮面ライダー達が対峙してきた悪党や怪人たちと何ら変わらない。しかしコガラシが仮面ライダーに憧れその名を背負うのは、彼らの生き方が眩しいからだ。例え人々に知られる事が無くとも、1人でも多くを救う為にその力を振るう。コガラシ達忍びの在り方に近い己の存在を誇示しない過去の仮面ライダーに感銘を受け、彼らに肖りたいと言う思いからコガラシも仮面ライダーの名を背負ったのだ。
「だから俺はおまえを倒す! 唯ちゃんを苦しめて、そして……仮面ライダーの先輩方を侮辱する様なお前を俺は許さない!」
「やってみせろッ!」
拳と刀の鍔競り合い。それはオボロが全身から黒い炎を噴出させたことで解消される。オボロ・龍王を爆心地とした爆発の勢いに乗る様にコガラシ・カイデンは距離を取り、轟雷を構えるとその刀身に竜巻を丸鋸の様に切っ先に纏わせ更にそれに雷を合わせて風と雷の手裏剣を作り出した。彼はそれを轟雷を振るうと共に放ち、オボロ・龍王に雷を纏った竜巻の手裏剣が無数に襲い掛かる。
「喰らえッ!」
実体のない風と雷の手裏剣。形を成しているのが風だからか、その軌道は不規則で読み辛い。だが狙いが分かっていればどうと言う事はない。どうせ最終的には自分に向かってくるのであれば、備える方法は幾らでもあった。
「嘗めるな、小僧ッ!」
オボロ・龍王が印を結ぶと、足元からタールの様に黒く粘つく水が噴き出し彼の姿を覆い隠す。直後風雷の手裏剣が黒い水の塊を切り裂くが、そこにオボロの姿は既に無く切り裂かれた水の塊はべシャリとその場に広がった。
何らかの術で姿を眩ませた。それを察したコガラシ・カイデンは即座に風を読んでオボロ・龍王の姿を探そうとした。しかしどうした事か、風はオボロ・龍王の存在をコガラシ・カイデンに教えてはくれなかった。
何が起きたのかは分からない。だが十中八九、オボロはコガラシの不意を突こうと画策している筈。コガラシは周囲に警戒しながら慎重に先程までオボロが居た場所に近付き、地面に広がる黒く粘つく水を轟雷の切っ先で突いた。
「こいつは……」
最初コガラシは、黒い水をオボロお得意の心遁を他の遁術に組み合わせた物だと思っていた。だが近付いてみて分かった。これは心遁と水遁を合わせたものではなく、土遁と水遁を合わせて作り出したタールのようなものである。
何故オボロがこんなものを作り出したのか? その理由を考え、そして彼の思惑に気付いた彼は慌ててその場を離れようとしたがそれは判断が遅かった。
次の瞬間、彼が立つ足元からタールが噴き出しその全身を黒く固めたのだ。
「ぐっ!?」
「愚か者めッ! 自分から態々罠に飛び込むとはなッ!」
「がっ!?」
全身をタールで固められ、身動きを封じられたコガラシ・カイデンにオボロ・龍王が襲い掛かる。恐らくは土遁で地面の下に潜り込んでいたのだろう。タールの後に地面の下から飛び出した彼は、身動きが取れないコガラシ・カイデンの頭を掴むとその手から漆黒の雷遁を流して彼の心身をその奥深くまで焼いた。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「見せてみろ、お前の心の奥底に眠る闇をッ! その闇を解き放てッ!」
コガラシの在り方は確かに眩しさを感じさせる。だが光ある所に闇もあるもの。オボロはコガラシの心の奥深くに眠っている心の闇を増幅させ、あわよくば彼を己の支配下に置こうとした。
だが唐突にオボロ・龍王は不可視の力でコガラシから弾き飛ばされる。まるで何かに拒絶され突き飛ばされた様に弾き飛ばされた事に、何が起きたのかと思わず困惑してしまった。
「うっ!? な、何だ? 何が…………はっ!?」
その時彼の目に移ったのは、背後からコガラシ・カイデンを優しく包む様に抱きしめる唯の姿だった。コガラシを守る様に包む唯の姿を幻視したオボロは、思わず背後を振り返り唯の姿を探した。
見ると彼女は確かにそこに居る。だが再びコガラシを見ればそこにも唯の姿がある。訳が分からない状況にオボロは何度もコガラシと背後の唯を交互に見た。
「こ、これはぁ……!?」
「唯ちゃん……」
自分の身に起きている事に気付き、コガラシも唯の事を見る。2人の目が合うと、唯は祈る様に手を組み目を瞑った。そこに言葉はなくとも、彼には彼女の想いが伝わってきた。
”千里君……頑張ってッ!”
「……! あぁッ!」
唯からのエールを受け取り、コガラシは至近距離からオボロを殴りつけた。体を捻って放つショートパンチが不可解な出来事に困惑しているオボロのボディに突き刺さる。コガラシ渾身の一撃を受け、オボロが体をくの字に曲げて吹き飛ばされた。
「おぐぉぉっ!?」
殴り飛ばされ地面に落下するオボロ・龍王。込み上げる吐き気を堪えて立ち上がった彼は、今は見えなくなった唯の幻影にコガラシと唯を交互にみながら口を開いた。
「うぐ、はぁ……はぁ……! な、何ださっきのは? あの小娘、何をしたッ!? 俺の心遁を、お前はどうやって防いだッ!? 俺の知らない秘宝の力かッ!?」
「分からないだろうな。誰も信じず、自分1人で全てを完結させるような奴には。仮面ライダーの名を背負うって事の意味を履き違えた、お前なんかには……!」
コガラシ・カイデンがオボロ・龍王の心遁を防げたその理由。それは単純に秘宝の力と言う訳では無かった。唯が千里に託したのは、飽く迄彼に全ての忍術を自在に扱えるようにする程度のものでしかない。力を与えはしたが、それまでである。
では何故オボロ・龍王の心遁がコガラシ・カイデンに利かなかったのかと言えば、それを唯一正確に表現できるものがあるとするなら”愛”の一言に尽きるだろう。コガラシを、千里を想う唯の愛が、一時は彼女をも苛んだオボロの欲と野望に塗れた心遁の術から愛する男を守ったのだ。
過去の仮面ライダー達は無償で人々を守る為に戦ってきた。そしてその隣には、必ず愛する者が寄り添っていた。如何に全てを超越するような力があろうと、1人では出せる力にも限界がある。仮面ライダー達がこれまでに世界を救ってこられたのは、偏に例え世界を敵に回しても愛そうと思える存在が居たからに他ならなかった。
「だから俺は負けない。俺はこの世界を、唯ちゃんと生きていくこの世界を、お前みたいな誰も愛さない奴に好き勝手させない為に戦うッ!」
「誰も……誰も、愛さない、だとぉ……!?」
奇しくもコガラシ・カイデンの言葉は、オボロ・龍王の逆鱗に触れた。彼は確かに1人かもしれない。だが誰も愛していない訳では無かったのだ。
「貴様ぁ……! 何も知らない小僧が、知った風な口をきくなぁッ! 忍法、
コガラシ・カイデンの目に移るオボロ・龍王の姿がいきなり増えた。視界を覆いつくすほどのオボロ・龍王。しかしそれはコガラシ・カイデンの目に移る姿だけだった。
心影分身の術は相手の心に作用し、あたかも自分の姿が複数に増えたように見せかける術である。プレッシャーから相手が自分より大きく見えるという奴の分身バージョンとでも言えばいいだろう。複数に見えているのは術を掛けられた者のみであり、術を使用した者からすれば相手は存在しない敵に必死に攻撃したりする実に滑稽な様を見る事になった。
案の定術を掛けられたコガラシ・カイデンは、視界に移る無数のオボロ・龍王を見て驚き視線を彷徨わせる。
「ッ!?……ふぅ」
一瞬驚愕に仮面多くで目を見開くコガラシ・カイデンだったが、彼は直ぐに心を落ち着け目を閉じた。もうオボロのやり口は分かっている。彼は相手を惑わし、心の隙間に入り込んで切り崩す事を何よりも得意としている。椿もそのやり口で一度は万閃衆を裏切らされたのだ。あの時はオボロの心遁の術を誰もよく分かってはいなかった。だが今、コガラシ・カイデンはオボロの心遁の術がどういうものかをよく分かっている。幽霊の正体見たり枯れ尾花とは言うが、何事も正体が分かれば恐れる必要はない。
見せかけの分身に目もくれず真っ直ぐ自分に迫ってくるコガラシ・カイデンに、オボロ・龍王も自分の術が通用していない事に気付き動揺を隠せなかった。
「くっ!? ならば、これはどうだッ! 忍法、心遁
「ッ!?」
オボロが術を使用すると、次の瞬間コガラシの視界に男達に嬲られ悲鳴を上げる唯の姿が映った。
『うぁぁぁっ!? 千里君、助けてッ!?』
「唯ちゃん……!?」
愛する者が居ると言う事は確かに力を与えてくれる。だが同時に、その愛する者こそが弱点にもなり得るのだ。特にコガラシは、千里はまだ若い。愛する者が目の前で男達に無残に嬲られる姿を見せ付けられれば、例えそれが幻覚と分かっていても冷静さを保つ事は難しい筈だった。
しかし…………
「ふぅ~……」
「なん、だと……!?」
コガラシ・カイデンは眼前で巻き起こった悪夢に耐えた。ともすれば動揺し激昂してもおかしくない光景を前に、吹き荒れる激情を抑えて心を鎮めたのだ。その結果、オボロが彼の脳裏に見せた現実とは違う光景も霧散し、彼は再びその歩を進めた。
相手の心に根を張る様に侵蝕していく心遁の術。それを跳ね除けるのは口で言う程簡単ではない。その方法はただ一つ、術者本人より強い心を保ち己の心を律する事のみ。コガラシ・カイデンはそれを成し遂げたのだ。
相手が精神的に自分より圧倒的に上に立っているのを察し、オボロ・龍王は思わず慄く様に後退る。
「う、く……!?」
「オボロ……いや、真。もう止めよう」
「何?」
「東雲さん……あんたのお姉さんも、これ以上アンタが罪を重ねるのを見たくはない筈だ」
先程ゲッコウから簡単にだが、オボロの正体が真と言う男であり、沙苗の弟である事を聞いた。その時はかなり驚いたが、今は何処か納得もしていた。落ち着いた心で見る今なら、オボロが執拗に力としての仮面ライダーを目指した理由が分かるからだ。
「真……アンタが仮面ライダーを目指したのは、東雲さんを取り戻したかったからじゃないのか?」
「ッ!」
「万閃衆って言う組織の因習に囚われ、人生を強制されてる。そんなあの人を解き放ちたくて、アンタは手段を選ばず……」
行き過ぎた愛は、時に相手を持傷付ける。沙苗を連れ去った後に彼女に苦難を課したのも、彼の沙苗への歪んだ愛情の裏返しでもあったのかもしれない。他者に穢されるくらいなら自分で穢す……そんな感じか。
コガラシ・カイデンの予想を、オボロは否定する事をしなかった。明らかに動揺した様子で、視線を彷徨わせ言葉にならない声を口から零している。
「う、ぁ……く……!?」
「これ以上はあの人を更に悲しませる。今引き返して償えば……」
「五月蠅いッ!?」
オボロ・龍王を説得しようとするコガラシ・カイデンだったが、彼はそれを激昂と共に放った漆黒の火炎で遮った。
「お前に、お前に何が分かるッ!? あんなカビの生えた組織に甘んじているお前などにッ!」
次から次へと放たれる漆黒の炎に漆黒の雷。心を焼く炎と雷を、コガラシ・カイデンは暴風の壁を作って防ぎきる。
強い心を持って放たれた風遁の暴風は、罅が入った心で放つオボロ・龍王の心遁を完全に跳ね除けていた。最早彼の忍術はコガラシまで届かない。
それでもオボロ・龍王は術を使う事を止めなかった。まるで癇癪を起した子供が後先考えずに暴れるように、黒い炎や雷がしっちゃかめっちゃかに放たれる。
「姉さんは誰にも渡さないッ! この最強の仮面ライダーの力で、姉さんを俺1人の物に……!」
「この…………馬鹿野郎ッ!」
分からずやなオボロに、コガラシが一喝と同時に暴風を放つ。吹き荒れる風に煽られてオボロ・龍王もバランスを崩し後ろにひっくり返った。
「うぉっ!?」
「そんな事したって、東雲さんが傷付くだけだってまだ分からないのかッ! あの人もアンタの事を愛してるってのに、アンタはその気持ちを無駄にするつもりかッ!」
「俺、は……俺は……!?」
「いい加減目を覚ませッ! 東雲さんはこれ以上、アンタが悪事を重ねる所を見たくなんて無いんだッ! 優しいあの人を一番間近で見てきたアンタなら分かるだろッ!」
形を持たないコガラシの言葉が鋭い刃となってオボロの心に突き刺さる。彼の言う通り、本当はオボロも分かっていたのだ。こんな事したって沙苗は喜ばない。悪事を重ねるだけ重ねるオボロの姿に、ただ心を痛めるだけだと。
だが最早止まれないのだ。頭でどう考えようとも、心がただ只管に彼女を求め続ける。沙苗を手元に置き、彼女を自分の手で管理し、穢れる様を見たい。これまでずっと他人にばかり見せつけていた全てを、自分1人の為に見せてもらいたい。そんな歪みに歪んだ沙苗への愛情が形となったのが現状であった。
その異常さ、間違いを真正面からコガラシに指摘され、オボロの心が悲鳴を上げた。心の悲鳴は声となって彼の口から飛び出し、声が形となったかのように黒い炎となって彼自身の体に纏わりつく。
「がぁぁぁぁぁっ! おぉぉぉぉぉぉっ!!」
漆黒の炎を身に纏いながら、オボロ・龍王がコガラシに突撃し飛び蹴りを放つ。それを見てコガラシも、視覚化できるほどの暴風を纏い飛び蹴りで迎え撃った。
「書かせてもらうぜ、俺の勝利をッ! 忍法、
コガラシ・カイデンは圧倒的な風力の風を纏いオボロ・龍王の蹴りを迎え撃つ。ぶつかり合う両者の必殺技は、激しい火花を上げ拮抗していた。その様はコガラシの信念とオボロの意地のぶつかり合いの様に見え、余人の介入を許さぬ気迫と迫力があった。
「オォォォォッ!」
「アァァァァッ!」
行き場を失ったエネルギーが周囲の地形を変形させる。それを離れた所からゲッコウと唯が見つめる中、2人のぶつかり合いに決着の時が訪れる。
軍配が上がったのは……コガラシ。オボロ・龍王の装甲が吹き荒れるエネルギーを前に白旗を上げ、罅割れて砕け散った。それと同時にオボロのエネルギーが霧散し、遮るものが無くなった事でコガラシの蹴りがオボロの体を捉えた。
「ぐぼぁぁぁぁぁっ!?」
「ハァァァァァァァッ!!」
コガラシ・カイデンの必殺技がオボロを蹴り飛ばす。蹴りで彼の体を突き破る勢いでの一撃に、オボロは戦場を突っ切り壁へとめり込む勢いで叩きつけられた。
「ごぁっ!? が……ぐぐ……」
壁にクレーターを作り、呻くオボロからコガラシが離れる。彼が足を離すと、そこで限界が来たのかオボロの体からベクターカートリッジが排出され変身も解除された。
元の姿に戻った真はゆっくりと前のめりに倒れる。それをコガラシは倒れる前に受け止めた。
「おっと。まだ生きてるな?」
「こ、殺せ……」
息も絶え絶えになりながら、オボロはコガラシを睨んだ。プライドがそう言わせるのか、彼はコガラシにトドメを刺すよう言うが肝心のコガラシにはこれ以上彼を攻撃する気は無かった。
「お断りだ。アンタにはこれまでやってきた事の償いをやってもらわなきゃならない。何よりアンタは、東雲さんと唯ちゃんに謝る必要がある」
と言うのは建前で、まぁ本当のところはここで真が死ぬような事になれば沙苗が悲しむだろうという考えである。自分でも甘いとは思うが、こればかりは譲る気はない。それに唯に対して謝ってほしいというのは本心からの考えでもあるので、あながち建前と言う訳でもないのだ。
トドメを拒否され、真は悔しそうに顔を顰め俯いた。こんな子供相手に情けを掛けられた自分が、情けなくて悔しくて仕方ないのだろう。とは言え彼は敗者。これまで彼がそうしてきたように、敗者は勝者に何を要求されても文句は言えない。これまで敗者を好き勝手してきた、そのツケが自分に回ってきたというだけの話だ。
「千里君ッ!」
「やったな!」
コガラシが真を地面に下ろしていると、唯とゲッコウ、そして椿の3人が追い付いてきた。椿は息も絶え絶えの半死半生の状態だった筈だが、今はあちこちに包帯を巻かれながら普通に動けている様子にコガラシは仮面の奥で目を瞬かせる。
「長谷部さん? 大丈夫?」
「心配ご無用。小鳥遊殿のお陰で、もう大事無いでござる」
「上手くいって良かった」
椿がこうして元気でいるのは唯の尽力によるものであった。彼女は覚醒した秘宝の力を用いて、椿の傷を癒せる術を駆使して彼女の傷を癒したのである。厳密に言えば唯の忍術は椿の回復力を増大させただけで、その回復にはゲッコウの持つ丸薬などの薬の力が多分に関係しているのだが。
「それより、決着はついたみたいだな?」
「あぁ。もうこれで――――」
首魁であるオボロが倒れれば、もう卍妖衆は組織を維持する事は出来ない。辺りを見渡せば、S.B.C.T.・万閃衆の連合とファッジ・クセジの連合の戦いも味方側の勝利で幕を閉じそうだ。
そう思っていた時、突如辺りが揺れ始めた。揺れは非常に大きく、コガラシ達も立っていられない程である。
「な、何だッ!?」
「地震ッ!?」
思わずその場で腰を低くしたコガラシ達が、この場の崩壊を警戒して周囲を見渡す。そんな中、真は何かに気付いたように顔を上げた。
「違う、これは……!」
次の瞬間、演習場の中央の地面を突き破って巨大な龍が飛び出した。マンダラを改造し、唯の力を使って正真正銘現代に顕現した龍である。
その龍は地面から飛び出し周囲を見渡すと、唯を見た瞬間そちらに手を伸ばして彼女を掴み持ち上げた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「唯ちゃんッ!?」
「クソッ!?」
「させぬッ!」
唯を連れていこうとする龍に、コガラシ・カイデンとゲッコウ、そして咄嗟に変身したツララが攻撃を仕掛ける。だが巨大な相手にはちょっとやそっとの攻撃は通用せず、唯はそのまま演習場の天井近くまで持ち上げられてしまった。
見上げるコガラシ達の前で、龍は片手に唯を掴みながら彼らを見下ろす。その龍のもう片方の手の上にも人影があった。その人影を見て、何者かに気付いた真が声を上げた。
「ブローカーッ! それに……姉さんッ!?」
そこに居たのはブローカーと、彼に後ろ手で縛られた沙苗であった。彼らが見上げる中、ブローカーは真を含めた下に居る全員を冷たい目で見下ろしている。
「ご苦労でした、東雲 真さん。お陰で目的は十分に果たせました」
「貴様、最初から姉さんを……!?」
「我々の力だけでは万閃衆を出し抜く事は出来ませんでしたからね」
どうやらブローカーはこれが本当の目的だったらしい。血と骨、そして心を自在に操れる沙苗の力は、確かに彼ら傘木社からすれば喉から手が出るほど興味深い存在だろう。だが単純に力不足となった彼らだけでは、万閃衆に守られた沙苗を攫う事は難しい。
故に彼は卍妖衆を利用することにしたのだ。万閃衆を敵視している彼らに助力し、障害となる万閃衆を除去出来れば目的は果たしやすくなる。加えて彼らが持つ技術である執筆忍法と、その産物であるクセジの研究も出来て正に一石二鳥であった。
「んな事どうでもいいッ! 唯ちゃんを返せッ!」
コガラシ・カイデンが高説を垂れるブローカーに銃口を向け叫ぶ。彼は向けられた銃口の前に沙苗を持ち出し、龍には唯を前に突き出させながら拒絶の言葉を口にした。
「お断りします。こちらもこちらで大変興味深い。こちらの女史だけが目的でしたが、ついでにこちらのお嬢さんもおまけで頂いていきますよ」
「グォォォォォォッ!」
ブローカーが合図を送ると、龍は天井に向けて火炎を吐いた。高温の火炎は天井を焼き、溶け落ちた天井に開いた穴から外へと出ていく。
コガラシ・カイデンは逃がすものかとその後を追い、風を纏って宙を舞った。
「待てぇぇぇッ!」
唯と沙苗の2人を救う為、若き忍びが巨大な龍へと挑む。
それは万閃衆と卍妖衆の長く続いた戦いに終止符を打つ、本当の最後の戦いの始まりでもあった。
と言う訳で第63話でした。
オボロが遮二無二力を求めたのは、偏に姉である沙苗を想い過ぎるが故の事でした。彼女が自分から離れていく事に危機感を覚え、その気持ちが暴走した末に彼は卍妖衆を起ち上げると言う暴挙に出てしまいます。言ってしまえばそれだけの話なんですけれどね。ただ不幸なのは、彼にはそれが出来るだけの力があったと言う所でしょうか。愛が暴走して力の扱いを見誤ってしまった事が、この話の騒動の切っ掛けと言えるかもしれません。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。