仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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どうも、黒井です。

今回でコガラシ本編は最終回となります。


第六十五筆:そして闇夜を駆ける

 小田原での決戦を終え、S.B.C.T.は事後処理に追われていた。あの山中に隠されていた秘密の施設には案の定元傘木社の研究員が潜んでおり、戦闘のどさくさで逃げようとした輩が多くそれらの確保に苦労した。

 もっともそれらに関しては、多くが雲隠れする前に()()()達の手により無事確保する事に成功したのは幸いだった。

 

 確保した研究員と、施設に残されていた資料から彼らを率いて卍妖衆と結託していたのは元傘木社営業本部総部長と言う立場に居た、松田 春樹(まつだ はるき)と言う人物――オボロ達がブローカーと呼んでいた男――である事が分かった。尤もそれが判明した時点で、肝心の本人はこの世から文字通り消し飛んでいるのであまり意味のない情報ではあったが。

 

 しかし喜んでばかりもいられなかった。これだけの情報を手に出来ても、未だ残りの各地に散った残党の情報は殆ど得られなかったのだ。どうやら連中は基本横の繋がりを持たずにそれぞれが独自に活動しているらしい。こちらに尻尾と掴ませない為の知恵と言う事か。或いは、横の繋がりを必要としない程残党それぞれが独自に力を持っているという事か。いずれにしても、まだまだ彼らS.B.C.T.の戦いは終わりそうにない。

 

 その事に報告書を纏めていたδチームの隊長である剛田が椅子に深く腰掛けて溜め息をついた。

 

「はぁ~……」

「お疲れさまです。少し、一休みされては?」

 

 そう言って湯呑に入った緑茶を机の上に置いたのは、この部隊のオペレーターを務める女性だ。ブロンドの髪を揺らす日本人離れしたその顔立ちで、緑茶を渡してくる姿はある意味ミスマッチだが不思議と様になっていた。

 

「あぁ、すまない」

 

 湯呑を受け取った剛田は、温かいお茶を一口啜り溜め息と共に疲れを吐き出した。あの戦いの後は事後処理が多く、ここの所書類を相手に忙殺されている姿を間近で見ていたオペレーターは彼を労う様に笑みを浮かべた。

 

「今回は何と言うか、今までとは毛色が違う大変さでしたね」

「ん? あぁ、そうだな」

 

 正直な話、彼ら自身は今回の件に関して半ば蚊帳の外感が拭えなかった。基本終始後手に回り、事の真相を知れたのも関われたのも小田原での戦いがやっとだった。事件の関係者を確保できたのもほぼほぼおこぼれの様な感じだったしで、彼らも今回の件に関して力不足を感じずにはいられなかった。

 

「とは言え、それでも収穫はあったのは幸いだな」

「それが事後処理の忙しさの原因なのは皮肉ですけどね」

 

 オペレーターの言葉に剛田は全くだと苦笑する。彼の言う収穫とは、今回の事件に大きく関係していた万閃衆と言う組織と協力体制を築けた事だからである。

 

 彼らS.B.C.T.は元々日本の警察組織から派生した組織である。ファッジを始めとした特異生物に対抗する為に組織された彼らだが、国連下部組織となり規模を拡張出来たが内容は戦闘面に偏っていると言わざるを得ない。基本彼らが動くのは通報などで情報を手にしてからであり、どうしても行動が後手に回ってしまうのである。

 だがそれもこれからは違う。万閃衆がその本来の役割である諜報を主とした活動を行ってくれることで、一早く危険な研究を行っている傘木社残党を見つけ出し先手を打って行動出来るようになるのだ。これは彼らにとって大きな前進である。

 

「ですが意外でしたね。彼らって元々日本政府の暗部みたいなものだった筈なのに、私達と協力体制を約束してくれるなんて」

「彼らが彼らとして生き残る為の苦肉の策でもあったんだろうな」

 

 卍妖衆との戦いで、万閃衆は以前にも増してその規模を縮小せざるを得なくなった。何しろ総本山に居た幹部が軒並みセキリュウの炎で焼き払われてしまったのだ。今は古株の上忍である南城 徹が中心になって組織を纏めており、生き残った彼らが協議した結果万閃衆を維持する為の策として今回の方針に決まったのである。

 

「とは言え、これで我々の諜報面での問題が大きく解決する。これからは今まで以上に忙しくなるぞ」

「”彼”は寧ろ、望むところだって息巻くでしょうけどね」

 

 剛田の呟きにオペレーターが苦笑しながら返す。それに彼も苦笑を浮かべると、あの若い隊員を思い浮かべながら茶を一口啜った。

 

「……はぁ。δ5か……彼や君にとっては、今回の協力体制は色々と思うところもあるんじゃないのか?」

「え?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 同じ仮面ライダーと轡を並べて戦う事に、何か思うところもあるんじゃないかと思ったんだが?」

 

 その言葉にオペレーターは苦笑しながら頬を掻いた。それは彼の言葉が的を射ている事の証明でもあり、だが同時に自分はそこまででもないという否定の意味合いも持っていた。

 

「確かに、憧れに近いものはありますよ? でも、私は彼ほどじゃありません」

「そうなのか?」

「何しろこっちが手綱を握ってやらないと熱量が半端なくなりますから。そんなのを間近で見てたら逆に冷静にもなるってもんですよ」

 

 オペレーターの言葉に剛田も違いないと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 千里達の活躍により卍妖衆から救出された唯は、彼と共に自宅へと返ってきていた。数日ぶりの我が家を前に、しかし唯の顔は何処か晴れなかった。それもそうだろう。何を隠そう、ここに待っているのは彼女の本当の両親ではないのだ。彼女の本当の両親は、今よりずっと前にこの世を去っている。

 記憶を書き換え、偽りの親子であった事を今まで隠してきた。そんな2人に、今更どんな顔をして会えばいいのか分からないのだ。

 

 緊張に玄関先で思わず足を止め、見慣れた筈の家を見上げる。胸元で手を握り締める彼女を見て、千里は優しく彼女の肩を抱いた。

 

「大丈夫だよ、唯ちゃん。大丈夫……」

「千里君……」

 

 慰めるように、元気付けるように抱きしめてくれる千里の温もりに暫し身を委ねた唯は、心が落ち着いたのか一つ息を吐くと彼から離れ鍵穴に鍵を挿し込み捻って開けた。

 そしてドアを開けて玄関に上がった彼女を、美沙と卓夫の2人が出迎えた。

 

「あ、唯……!」

「唯、お帰り……って、言って良いのかな」

 

 言うまでもなく、2人には唯の身に起きた事が全て伝えられている。当然、彼女が過去を思い出し、2人が本当の両親ではない事を知ってしまった事もだ。

 必要な事ではあったとは言え、唯を騙していた事に対する罪悪感に2人は居心地が悪そうにその場に佇む。そんな2人に唯は何も言わず2人を見つめていると、最初に動いたのは美沙の方であった。

 

「その……ごめんなさい……。もう、思い出したのよね? 私達が、本当の両親じゃない事を……」

「うん……」

 

 美沙の確認に唯が重苦しい雰囲気を纏いながら頷いた。それに対し、卓夫が心底申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「今まで騙すような事をして、本当にすまなかった。ただ、あの時の”君”には、両親を失った辛さを耐えきれないと思ったんだ。だから、俺達は”君”の記憶を消してもらい、俺達を本当の両親に思わせることにした」

「それが万閃衆と言う組織の意思だったと言うのは勿論あるわ。でも、信じてほしいのは私達はあなたの事を本当の娘の様に思っていた。それは、信じて……?」

 

 唯を刺激しない様にか、今までと違い壁を感じさせ伺う様な様子で想いを口にする2人。偽りの両親のその言葉に、唯は何も言わず近付くと2人に抱き着いた。まさか抱き着かれるとは思っていなかったのか、美沙も卓夫も揃って目を丸くして抱き着いて来た唯の事を見る。千里はその様子を後ろから黙って見ているだけだった。

 

「そんな、寂しい事言わないで……。確かに私には本当の両親が居た。でも、2人だって私にとっては大事な家族なの……。今までの想い出は全部本物……それまで否定するような事言わないで……!」

 

 肩を震わせ、涙を流しながら唯は2人に対する想いを口にする。それはつまり、例え血の繋がりはなくとも唯にとってはこの2人も本当の両親である事に変わりはないと言う事。

 その意思表示に、卓夫は息を飲み美沙も思わず涙を流した。

 

「唯……」

「唯……!」

「お父さん、お母さん……ただいま!」

 

 泣きながら笑みを作り、久方振りに触れ合う両親と触れ合う。自分達を受け入れてくれた娘の姿に、美沙と卓夫も感極まった様子で唯を抱きしめた。

 

「おかえり!」

「おかえりなさい、唯ッ!」

「うん……うん!」

 

 例え血の繋がりはなくとも、愛があればそれは家族だ。改めて家族としての絆で結ばれた小鳥遊家の様子に千里はホッと胸を撫で下ろすと、自分が口出しするのは無粋と黙ってその場を後にするのだった。

 

 

 

 

「――――で、小鳥遊さんはもう大丈夫なのか?」

「あぁ。ちょっと心配してたけど、あの様子なら大丈夫だろ」

 

 唯を家に送り届けてから一夜明け、千里はある病院の一室で事の顛末を学に話していた。未だ老人の姿のままの学は、彼は彼で唯の事が心配だったのか千里の話に安心したように息を吐いていた。

 

「そうか、そいつは良かった」

「それよか、お前はどうなんだよ?」

 

 直に見ていたので唯の事に関してはもう心配していない千里からすれば、今一番の心配事は目の前に居る学の事であった。卍妖衆との戦いでオボロに重傷を負わされた彼は、奇跡的に一命を取り留めはしたが未だにこうしてベッドの上から動けないでいる。それも当然か、彼の体は老人のそれなのだ。幾ら鍛えているとは言え、千里に比べれば体力も低い彼は当然だが傷の治りも遅い。

 

 友人からの心配の目に、学は皺だらけの顔を歪めて笑みを作った。

 

「な~に、心配するな。このまま療養してけば問題なく退院できる」

「本当か? ならいいんだけど」

「ただ……もう忍びとしては復帰できないかもな」

 

 元々この唯を守る任務は、学にとって忍びとしての最後の任務になる予定だった。幾ら鍛えてあるとは言え、彼の体は老人である。どんなに頑張っても限界はあった。これ以上は更に体力も下がっていくだろうし、忍術で外見を偽るのも厳しくなってくる。だから学はこの任務を終えれば忍びとしては引退するつもりだったのである。

 

 学としてはただ来たるべき時が少し早まったと言う程度の話だが、千里からすれば大事な友が離れていく事と同義でありそれは誤魔化しようのない寂しさを感じさせた。

 

「そっか……寂しくなるな」

 

 千里はどちらかと言うと社交的な性格であり、話せればすぐに打ち解けられる。だが彼は高校に入るまで、忍びとしての厳しい修行もあり他人との交流を控えめにしていた。なので高校生になるまで満足に友人と言える物が出来た覚えがない。

 そんな中で向こうから話し掛けてきてくれたのが学だ。今にして思えばそれはいざと言う時に手を取り合いやすくする為の橋渡し的なコミュニケーションであったのかもしれないが、それでも数少ない友人と言う存在は千里の人生に確かな彩を添えてくれた。その友人がもう会えなくなるかと思うと、柄にもなくセンチメンタルな気分になってしまっていた。

 

 あからさまに寂しそうな顔をする千里の姿に、学は皺だらけの顔をくしゃっと歪めて笑いながら彼の肩を叩いた。

 

「そんな顔するな。別に今生の分かれって訳じゃない。安心しろって、少なくともお前と小鳥遊さんが在学中は俺もまた若返った顔で一緒に居てやるから」

「おいおい、老体が無茶するなよ?」

「ほざけ。まだまだ若いもんには負けねえよってな」

 

 そこで2人は堪らず笑い合った。片や青年、片や老人。年齢が祖父と孫ほど離れている2人だったが、それでも2人の間には確かな友情が存在していた。

 

 一頻り笑い合ったところで、千里はふとあの戦い以降目にしていない1人の少女の事を思い出し学に訊ねた。

 

「あ、そう言えば山崎。長谷部さん今どうしてるか知ってるか?」

「あぁ、彼女なら今頃は――――」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 S.B.C.T.の主な任務は特異生物災害への対処であり、攻撃や防衛が主な活動であった。

 そんな彼らでも、時には捕縛と言う手段を用いる事がある。その対象は主に元傘木社の研究員や戦闘員であり、それらは自分の体を弄って常人以上の力を備えている危険性もあると言う事で即座に鎮圧に迎えるS.B.C.T.が安全を確認できるまで身柄を拘束しておくと言うのが常となっていた。

 

 そのS.B.C.T.の支部に備え付けられた独房の一つに、椿の姿があった。最後の戦いでは共に戦った彼女だが、一度は裏切りフブキとなって千里やS.B.C.T.と敵対した彼女は本人も気付かぬ内に何か仕込まれているのではないかと言う事でこうして独房に入れられていた。そもそも彼女は洗脳状態とは言え敵対した過去を持つし、それ以前にも偶発的とは言えδチームの隊員を負傷させてしまった過去を持つ。そんな彼女を放置する事は、例え最後の戦いで共に戦ったとしても出来るものでは無かった。

 それにこれは彼女自身が望んだ事でもある。万閃衆を裏切り、千里達の信頼を裏切った事への罪悪感から彼女は自らS.B.C.T.に投降し彼らに身柄を預けたのである。

 

 身を差し出す彼女に、逆にS.B.C.T.の方が困惑していた。まだ未成年であるにもかかわらず覚悟を決め過ぎている。警備の為待機している隊員は、独房の中で精神統一の為の座禅を組んでいる彼女に何とも言えぬ目を向けていた。

 

 そこで隣の独房から彼女に声を掛ける者が居た。

 

「椿~、どんな気分だ?」

 

 椿の入っている独房の隣の独房に居るのは隆司だった。彼もまた元卍妖衆であり、S.B.C.T.と敵対したと言う事で椿同様ここに入れられ検査等を行われていた。彼の場合は洗脳される事無く己の意志で卍妖衆に居た事から椿以上に警戒されていたが、彼自身は外道な悪事には手を染めていなかった。調べていくと彼の立ち位置は所謂用心棒的な感じであり、卍妖衆が裏で行っていた本当の悪事には一切関わっていない事が分かった。

 加えて椿同様彼も未成年と言う事で、そこまで大きな罪に問う事は出来ずこうして独房に入れているのもどちらかと言うと補導的な意味合いの方が強かったりする。

 

「まぁ……ぼちぼちと言うところでござるな」

 

 隆司からの問い掛けに椿は座禅を解かずに答える。顔は見えないが穏やかな返答をする彼女に、隆司は大きく溜め息を吐いた。

 

「もう一度聞くが……お前、マジで考え改める気無いのか?」

「無論。これは拙者のケジメでもある故に」

 

 揺らがぬ様子の椿の返答に、隆司はもう一度溜め息を吐きながら手元を見た。そこには忍筆と巻物が握られている。彼自身のではない。椿の物だ。

 

 ここに入る直前、椿は彼に己の忍びとしての証を二つとも預ける事を決めていたのである。それだけではない。彼女は独房を出たら、そのままS.B.C.T.として活動する事も決めていたのだ。

 

「何度も言うが、全部が全部お前の所為って訳じゃねえと思うぞ? オボロの野郎がお前の心の隙に付け込んだ事がデカいんだ。お前が全部の責任を負う必要はないんじゃねえか?」

「そんな訳にはいかぬ。拙者の心の弱さがあのような事態を招いた。拙者がもっと強ければ、小鳥遊殿も東雲殿もあんな目に合わずに済んだのでござる」

 

 隆司は椿の言葉を否定しなかったが、それは彼女の言葉を肯定しているのではない。この場で否定する事自体は簡単だ。だが、今の彼女にはその否定は届く事はないと分かっているからしないのだ。今の彼女が求めているのは慰めではない。

 

「……で、S.B.C.T.に入って自分を鍛え直すってか。出来るのか? お前まだ酒も飲めねえだろ?」

「取り合えず、見習いと言う立場で暫くは面倒を見てもらえる事になったでござる。少なくとも高校を卒業するまでは見習いで、卒業後に本格的に入隊させるか試験すると」

「ま、妥当な所か」

 

 とは言え特例中の特例である事に変わりはないだろう。彼女が万閃衆の忍びとして活躍してきた過去があるからこその采配だ。本来であれば高校卒業後に入隊など許される事ではない。

 

「そう言うお主は、これからどうするのでござるか? やはり万閃衆に?」

「いや……俺はやっぱり1人が似合ってる。どうも組織ってのは堅苦しくていけねえや」

 

 結局、隆司はフリーの忍びとして活動する事を選んだらしい。腕利きの忍びと言う事で万閃衆も彼の腕を欲したが、彼自身が組織には馴染めないと言う事で拒絶したのである。それを椿は残念とは思わなかった。奔放な彼の力を最大限発揮するには、規則などで縛りつけるより自由にさせた方がいい。

 

 隆司の決断に椿が彼らしいと思わず笑っていると、制服姿のδ5が2人の独房の鍵を開けた。

 

「待たせたな。2人共、釈放だ」

「お~、やっとか~。久し振りにお天道様が拝めるぜ~」

 

 鍵が開けられるなり隆司は独房から出て全身の筋肉を解す様に体を伸ばした。それに対し椿は鍵が開き扉が開かれているにも拘らずなかなか外に出て来ない。δ5がその事に首を傾げていると、隆司は仕方ないと言う様に溜め息を吐きながら彼女の独房に入った。

 

「椿、出るぞ」

「ッ……」

 

 手を差し伸べてくる隆司に、椿はバツが悪そうに顔を逸らした。その反応に彼はもう一度溜め息を吐いた。

 今の椿の内心は大体想像できる。彼女は、外に出る事を恐れているのだ。外に出て、千里達と顔を合わせるのが気まずいのである。今まで散々に迷惑を掛けたと言うのに、今更どの面を下げて会えばいいのか。

 

「最後は一緒に戦ったじゃねえか」

「そんなもの、償いとしては足らぬでござる。拙者はまだ、拙者自身を許す事が出来ぬ」

「でも南城達はお前に会いたがると思うぜ?」

 

 その言葉はある意味で椿にとって殺し文句に等しい。本当は彼女も千里達に会いたいのだが、自分の罪の意識がその気持ちに待ったを掛ける。散々に迷惑を掛けた自分が、今更仲間面して彼らにあっていいとは思えなかったのだ。

 だが、肝心の千里達が椿との再会を望んでいる。仲間であり、友でもある彼らが自分を求めてくれている。会う事を許してくれていると言う事実は、今の椿には毒にも等しい言葉であった。

 

「本当に……会っても大丈夫でござろうか?」

「南城はそんな心の狭い奴じゃねえよ」

「小鳥遊殿も?」

「多分な」

 

 その言葉が後押しとなり、椿は顔を上げ隆司の手を取った。彼女の手を取った隆司は、その手が微かに震えている事に気付いた。

 

(ったく、可愛い所もあるじゃねえか)

 

 意外な所で少女らしい反応を見せる彼女に、隆司は内心で笑みを浮かべながら彼女を独房から引っ張り出す。やや乱暴ながらも外の世界へと踏み出す切っ掛けをくれた彼に、椿は一言だけ言葉を告げた。

 

「隆司……」

「うん?」

「…………ありがとう」

「……応」

 

 言葉は少なくとも、2人の間では耳に聞こえる以上のやり取りがあったのだろう。それを察してか、δ5は2人の若者を温かい目で見守っていたのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 さて、他に語るべき者が居るとすればやはり骨猪たちに関してだろう。

 

 あの戦いの後、骨己はS.B.C.T.により搬送されそこで改めて治療を受けていた。その前に沙苗によりある程度治療されていたとはいえ、オボロにより心身を消耗させられた彼は搬送直後は意識が不明のままであった。

 だが沙苗の治療があったおかげか、後遺症もなく無事に快復し意識を取り戻した。

 

 目覚めた彼を双子の弟である骨猪と、同じく最近になって快復した逸子が見舞いに来ていた。

 

「兄さんッ!」

「骨己君ッ!」

「あ……骨猪、逸子さん」

 

 ベッドの上に腰掛けた骨己は、骨猪同様骨と皮しかないと思わせる程ひょろひょろでとてもではないが健康的とは言い難い。寧ろこれまでの消耗もあってか幽鬼っぽさに拍車がかかり見ていると不安になってしまうくらいであった。

 

 それでも同じ容姿の骨猪には違って見えたのか、ベッドの上の彼の姿に安堵した顔を見せる。

 

「良かった、大分調子良さそうだね?」

「あぁ。今はもうすっかり体調も良くなった。医者ももう少しすれば退院して大丈夫と言ってたよ」

(大丈夫なんだ……)

 

 今一2人の健康状態に実感が持てない逸子が内心で首を傾げる中、骨己は徐に彼女に向け頭を下げた。

 

「逸子さん……本当にすまないッ! 僕は本当に、君に対しとんでもない事を……」

「もう、それは良いって言ったでしょ?」

 

 骨己自身は、洗脳されていた当時の記憶が酷く曖昧であり全てを完全に覚えている訳ではない。だが自分が逸子を欺き、彼女に対し悍ましい仕打ちをした事だけは幸か不幸か覚えていたのだ。オボロ至上とする意識が消えた今、彼女に対してどれ程非道な行いをしたのかを改めて考えた彼は罪悪感を感じない時が無かった。

 

 それに対し、逸子は彼を笑って許した。確かに全身の骨を消され骨己が骨組みとなって自分の体を動かす苦痛は耐えがたかった。救出された当初は精神的にも酷く衰弱しており、沙苗の治療が無ければこうして誰かと顔を合わせる事も出来なかったかもしれない。

 だが彼もまた被害者であり、そもそも洗脳されていた当初は骨猪や逸子と言った親しい人物の事を殆ど忘れてしまっていたと言う。

 

 正直、複雑な思いはある。あの日、行方不明になっていたと言う骨己が久し振りに自分の事を訪ねてきたと思ったら、次の瞬間には全身の骨を消されて骨己が骨組みとなって自分の体を乗っ取った。何が何だか分からず、そして自分の意思とは関係なく体を好き勝手動かされる恐怖に一度は彼女の心も壊れかけた。

 

 普通であればこうして再び顔を合わせる事も出来なかっただろう。だが彼女はこうして骨己の前に顔を出し、あまつさえ彼を許した。

 彼女がここまであっさりと彼を許せたのは、1人の生徒の口添えがあったからに他ならなかった。

 

(南城君にも、あんなに言われちゃったしね?)

 

 戦いが終わり、諸々の処理の最中に逸子が目覚めた事を知った千里は彼女の下を訊ね、そして骨己の事を許してほしいと懇願してきたのだ。彼はただ洗脳されていただけ、全ては自分の意思では無かったのだと。

 教え子の1人に土下座する勢いで頼み込まれては、逸子としても意地を張るような真似は出来ない。それにこうして直に顔を合わせ、そして真摯な謝罪を前にしては諸々の悪感情も流れるというものだ。

 

「ま、何はともあれ……これで本当に久し振りに3人揃った訳だし? 親睦を深める為に久し振りに飲みにでも行きましょ!」

 

 記憶にある笑みで自分達を誘ってくる逸子の心の強さに、骨己は申し訳なさを感じながらもありがたさを感じ頷く。そしてついで双子の弟を見やると、彼も優しい笑みを浮かべて頷いて来た。その笑みに骨己は目頭が熱くなるのを感じながら俯いた。

 

「ありがとう……2人共……!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 こうして万閃衆と卍妖衆と言う、2つの忍びの組織の抗争に端を発する騒動は終息した。今後万閃衆は規模を縮小させながら、S.B.C.T.と連携し世の平和を守る為の新たな戦いに身を投じる事となった。

 

 その一翼を担う若き忍びである千里は、訪れた平和を愛する少女である唯と仲間であり友でもある椿、隆司の2人と共に享受するべく、久し振りに七篠庵を訪れていた。

 

「こんにちわ~!」

「あら千里君~! 唯ちゃんも~、久し振りね~!」

 

 久方振りに耳にする間延びしたジェーンの声に、唯も本当に日常が戻ってきたのだと実感し顔が綻んだ。そのジェーンは、千里達の後に続いて入ってきた椿の姿に目を輝かせた。

 

「あら~!」

「その、ご無沙汰でござる、ジェーン殿……」

「椿ちゃ~ん!」

 

 本当に久し振りに店に顔を出した椿の姿にジェーンは大喜びしながら抱き着いた。椿自身も持っている立派な乳房とジェーンの巨乳が潰れ合い形を歪める。そこらの男子であればそんなのを見せられたら興奮せずにはいられないだろう。幸いな事に千里には唯が居たし、隆司はその程度の事で心を乱す様な柔な精神をしていなかったので無様を晒す様な事は無かったが。

 

「マジでここ営業してんのかよ……ただのボロ屋にしか見えなかったのに……」

「だから言っただろうが。ってか、店主を前にしてボロ屋とか言うなっての」

 

 ジェーンを前に堂々と店の外観を貶す様な事を言う隆司に千里が物申す。だが当のジェーンは全く気にした様子もなく、初めて店を訪れる隆司に対しても蠱惑的な笑みを向けた。

 

「あら~、こちら初めて~? いらっしゃ~い、七篠庵へようこそ~。私店長のジェーンよ~」

「あ~……ども」

 

 掴み処のない雰囲気のジェーンに隆司は早くも苦手意識を抱いているらしい。何とも居心地悪そうに返事を返す彼に、ジェーンは笑みを深めると全員を店内に招き席についた彼らに早速コーヒーを振る舞った。

 

「久し振りに来てくれて嬉しいから~、これはサービスよ~。ゆっくりしていってね~」

「い、いいんですか?」

「いいのいいの~。ハッキリ言っちゃうと~、この店趣味でやってるようなものだしね~」

 

 そう言ってテーブルから離れていくジェーンの背中を見送った千里は、久し振りの七篠庵のコーヒーの味にホッと一息つくと、改めて周囲を見渡した。

 

 隣には唯が居て、そして椿と隆司がここに居る。出来れば学も居てくれたら最高だったが、贅沢は言っていられないだろう。

 

 感慨深い様子で周囲を見渡す千里に気付いた唯は、何が気になるのかと首を傾げた。

 

「どうしたの? 何か気になる?」

「え? あぁ、いや。そう言うんじゃないんだ。ただ……またこうしてみんな一緒に話せるようになったのが嬉しくてさ」

「ぁ……そっか。うん、そうだね」

 

 最初は千里と椿、唯の3人だった。それが、今はこの場にはいないが学が加わり、そして今は彼の代わりに隆司が加わった。共に笑いながら同じ卓を囲んで茶を啜る。平和の訪れを実感させるこの光景の為に、どれほどの戦いがあったかを考えると彼の感動も分かるというものだ。

 

 千里の感動が他の者にも伝わったのだろう。誰もがこそばゆくも悪くはないと言った様子で頬や鼻先を軽く掻いた。

 その雰囲気に慣れていないのだろう。隆司は無理矢理話題を変える様に店のカウンターの方に視線を向けた。

 

「にしても、代わった店主だよな」

「ジェーン殿の事でござるか? 確かに変わり者ではござろうが、悪い御仁ではないでござるよ」

「かもしれねえが、それにしたってなんつーか距離近すぎねえか?」

 

 ジェーンから視線を外しコーヒーを啜りながらそんな事を宣う隆司。言いたい事も分からなくはないが、流石に不躾が過ぎると唯が窘めようとすると何時の間にか傍にいたジェーンが追加のコーヒーを隆司のカップに注ぎながら口を開いた。

 

「うふふ~、子供の相手は慣れてるからね~」

「うぉっ!?」

 

 気配を察する事も出来ず接近を許していた事に隆司は飛び上るほどの勢いで驚いた。目を離していたのは僅かな時間の筈なのに、この距離に近付かれるまで一切接近に気付く事が出来なかったのだからその驚きは大きい。しかも忍びである自分の感覚をすり抜けるようにして、だから尚更だ。

 

 だが驚いたのは隆司だけであり、千里達は特別驚いた様子を見せない。何時の間にかジェーンが近くに居る事は千里達にとっては慣れた物であり、今更驚くほどの事では無かった。まぁそれも時と場合に寄るが。

 それよりも椿は、ジェーンが子供の相手に慣れていると言う部分に興味を引かれた。

 

「ジェーン殿には弟か妹が居るのでござるか?」

「同居人よ~。ちょ~っと複雑な事情で一緒に住んでる子が居るの~。皆よりも年下なの~」

 

 ジェーンが少年少女と同居しているとは予想外だった。子供が居るような雰囲気ではなかったが、自分達若人の相手にて慣れた様子なのはそう言う理由だったのか。

 

「どんな子達ですか?」

「ん~、その内会えるわ~。それまでは~、ヒ・ミ・ツ~」

 

 そう言って蠱惑的に笑いながらジェーンはカウンターの裏に引っ込んでいった。相変わらず掴み処の無い彼女に千里は苦笑し、隆司は胡散臭そうな視線を向けた。隆司の様子に唯は自分と千里が初めてこの店に来た時の事を思い出し、思わずクスクスと笑みを浮かべた。彼女の笑いに千里も釣られて笑う。

 

 そして一頻り笑うと、千里は静かにカップを持ち上げた。

 

「長谷部さん、俺達何時までも待ってるからさ。だから自分を許せるようになったら何時でも帰ってきなよ?」

 

 それは来たる卒業後にS.B.C.T.に入隊し万閃衆から離れる椿への送る言葉。まだまだ先の事であるが、その時まで彼女が不安を感じる事が無いようにと言う千里なりの気遣いであった。

 彼の言葉に唯と隆司も同じようにカップを持ち上げる。

 

「お前の忍びの魂は、俺が責任持って与る。だから何も心配すんな」

「卒業までは、こうして皆で沢山思い出作ろう」

 

 友の、仲間の言葉に、椿は細い目の瞼の裏が熱くなるのを感じた。滲み出る涙を軽く拭いながら、彼らの気持ちに応えるべく彼女もカップを持ち上げた。

 

「皆……すまない。そして、ありがとう。拙者は誓う。卒業後、己を磨いて必ず皆の元へ戻ると」

 

 椿の言葉に千里達は優しい笑みを浮かべると、誰からともなくカップを近付け軽くぶつけ合う。静かな店内に、少年少女の固い友情の誓いを知らせる音が響き渡った。

 

 それを耳にして静かに笑みを浮かべていたジェーンは、不意に胸元に違和感を感じ胸の谷間に手を突っ込んだ。そこにあったのは彼女のスマホ。胸の谷間からスマホを引っ張り出したジェーンは、千里達に背を向け着信の振動をするスマホの通話ボタンを押した。

 

「もしも~し? うん……うん……は~い。気を付けてね~」

 

 短いやり取りの後に通話を切ったジェーンは、スマホを再び胸の谷間に仕舞い千里達の方に流し目を向けた。

 何処か意味ありげなその視線。だが千里達はその視線に気付く事無く和やかに談笑を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……気を付けてだって」

「そう……」

 

 そこはカーテンも閉め切られた、薄暗い室内だった。僅かな日の光も差し込まない室内に、一組の少年少女が居る。歳の頃は中学生くらいだろうか。少年は通話の切れたスマホを近くに置き、隣に座る少女に視線を向ける。

 少年からの視線に、少女はそっと向き合うと少年の両肩に手を添えた。

 

「それじゃ……いくよ?」

「うん」

 

 何かを確認する少女に頷く少年。それを見て少女は薄く笑みを浮かべると、正面から少年に抱き着いた。少女は見た目の年齢に反して豊満な胸元を持っており、それを押し付けられた少年は僅かに頬を赤く染める。

 少女はそんな少年の首筋に顔を埋め、軽く舌を這わせると次の瞬間口を大きく開き歯を突き立てた。見ると少女の犬歯は異様に長く、鋭い犬歯が少年の首筋に刺さり血が流れ落ちる。

 

「うっ! ぁ、はぁぁ……」

 

 首筋に牙を突き立てられた少年は、しかし苦痛ではなく恍惚したような顔で少女の行為を受け止め続ける。

 

 そのまま室内には少年の喘ぐ声と何かを啜るような音が響き続ける。

 

 それが納まった時、そこに居たのは少年では無かった。

 

「ふぅ~……」

 

 少女が抱き着いているのは、先程までの線が細い少年ではなく仮面と鎧の戦士であった。戦士は血の様に赤い目を一度輝かせると、その体を無数の蝙蝠に変えてその場から姿を消す。

 少年を見送った少女は、口の端から少年の物だろう血を僅かに垂らしながら壁に寄りかかりぼんやりと虚空を見つめる。

 

 心此処に非ずといった様子の少女の頬は、薄暗くてわかり辛いが微かの朱を帯びているように見える。

 

 そんな少女を残して、少年が変異した戦士だった蝙蝠は夜が訪れつつある夜の街の空を飛んだ。珍しい蝙蝠の群れは、夜の帳が居りつつある夕日に照らされた街へと消えていく。

 

 その先で、誇り高い忍びと少年が出会う事になるかは、まだ分からなかった。




と言う訳で第65話でした。

万閃衆はその規模を大幅に縮小しつつも存続し、S.B.C.T.と協力して活動する事になりました。主な活動内容は諜報活動ですね。忍びとして培った技術を用いて、傘木社残党を始めとして裏社会で悪事を為す輩を探し当てるのが主となります。

椿はこれまでの事の責任を取る形で、忍びを止めてS.B.C.T.の一員として戦う事を選びました。彼女にとって忍びでなくなることはかなりの覚悟を伴う事なので、それほどの覚悟と責任感あっての決断でもあります。

ラストには本シリーズ恒例の次回作主人公のチラ見せをお届けしました。今回は今までとは違い、この時点で変身した姿をチラリと見せてみました。
この新たなライダーの活躍は、本編終了後の物語を描く特別編でお見せしたいと思います。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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