日差しがきつくなり、湿気の籠った空気が肌に纏わりつく夏真っ盛りな8月初頭。
海上の楽園、日本のラスベガスこと海都に一隻のフェリーが入港していた。観光地としてその地位を確立した海都には連日何百・何千と言う人々が行き交う。この日もまた老若男女、日本人も外国人も問わず多くの人々がフェリーから人工的に作られた海都の地に降り立つ。
その中に千里と唯の姿もあった。
「ふぅ~、久し振りの海都だ」
「いっぱい楽しまなくちゃねッ!」
実に高校の時以来の海都に、千里も唯も心を躍らせていた。以前来た時に比べ、海都は更に発展している。今や遊園地なども作られ、見れるところは数多い。何処に行こうかと目移りする位である。
兎に角まずは海都に滞在する間の宿泊施設に向かおうと、2人は予約しておいたホテルへと向かう。以前海都に来た時と同じホテル。あの時と何ら変わらないホテルの姿に、懐かしさを感じつつチェックインして部屋へと向かう。
部屋は当然2人で一部屋。前は2人共付き合って間もなかった事、予期せぬ2人一部屋と言う状況になってしまった事に酷く動揺していたが今は違う。今は寧ろ2人一緒に寝る事に何の抵抗もなく、当然の様に一部屋を取り荷物を置き軽く一息ついた。
「よ、っと」
案内された部屋の一画に荷物を置き、額の汗を拭う仕草をする千里。その横で唯はじっくりと部屋を見渡し、この部屋が嘗て自分達が泊まった部屋である事に気付いた。
「あっ! 千里君、ここ前にも来た部屋だッ!」
「えっ? あ、ホントだッ!」
言われて千里も思い出した。と同時に、あの時のまだ初々しかった頃の事を思い出し何だか色々と懐かしい気持ちになる。
気付けば千里は唯の腰を抱き、ベッドに腰掛け改めて部屋をじっくりと眺めていた。
「そっかぁ……ここか」
「フフッ、何だか懐かしいね?」
「あぁ……」
唯は千里に身を委ねるように寄りかかり、千里は彼女を受け止めながら無言で部屋を見渡す。暫く2人の間に会話は無かったが、不意に千里は唯の事を見ると彼女の顎に手をやりクイッと持ち上げ目を合わせた。ぶつかり合う視線に唯の頬に朱が差し熱っぽい視線を向ける。
「ぁ……千里君……」
「そう言えば、初めてキスしたのもこの部屋だったよね」
半ばハプニングのファーストキスだったが、その後は本番無しで只管溺れる様にキスをしたのを覚えている。思い出すと2人共頬がかぁっと熱くなるが、それが心地良くて2人は引かれる様に互いに顔を近付けていった。
そして、2人しかいない部屋の中で彼らは唇を触れ合わせた。
「ん……ちゅぅ……」
互いに貪るようなキス。このまま溶け合い溺れてしまいたくなるが、時間はまだ日も高い。折角海都に来たのに観光もせず部屋で楽しむだけなんて勿体ない。唯は名残惜しさを感じつつ、やんわりと千里の体を押し返し唇を離した。
「んっ……ダメ、これ以上は……」
「そっか……うん、そうだね。これ以上は、ね」
唯が先に制止してくれて良かったと千里は顔を赤くしながら安堵した。もしここで唯が止めてくれなければ、このまま彼女を押し倒して更に先を楽しんでいたかもしれない。折角海都に観光に来たのに、初日の昼間からそんな事で時間を潰すなど確かに勿体ないにも程がある。
本来は自分が自制するべきなのに、彼女に止められた事にちょっと申し訳ない気持ちになった。
「ゴメン、ちょっと調子に乗ったかも」
「ううん、私も危なかった」
とは言え、ここが2人にとって思い出の部屋である事に変わりはない。そんな部屋で、あの時は出来なかった事をするのもまた一興。そう思った唯は豊満な胸を千里の胸板に押し付けるように抱き着くと、彼の耳元で誘う様に囁いた。
「お楽しみはまた後で……ね?」
こういう時、千里は彼女が忍びでない事に安堵と意外さを感じずにはいられなかった。きっと彼女が忍びだったとしたら、この美貌と魔性で男を堕として骨抜きにした挙句情報を根こそぎ引き出していた事だろう。
千里はそんな事を考えつつ、心を落ち着け改めて唯と共に海都の観光へと向かうべく手荷物だけ持って部屋を出るのだった。
***
その後2人は街に繰り出し、海都と言う街を堪能した。
以前はくる事の叶わなかったカジノに向かい、千里が得意の風読みやその優れた動体視力を持って次々と勝ちを重ねた。あまりにも勝ちすぎるものだから、店側が不正を疑ったりしてちょっと大変だったが千里は上手い事店からの追及をやり過ごし難なく逃れた。店側はこの街の有名人である瑠璃以来の大敗に膝を床につけ項垂れていた。その姿にちょっぴり罪悪感を感じつつ、まぁギャンブルとはそういう物だしと千里は唯と共にホクホク顔でカジノを後にした。
カジノでたっぷり勝ち軍資金を得た千里は改めて海都を練り歩き、ちょっぴり高めの店で昼食をとったりと楽しんだ。
色々な店を見て回り、ショッピングなどを楽しみつつ時間を潰した2人は夜になると一軒の店の前に訪れていた。店の名はBAR・FUJINO……以前海都に来た時も訪れた店であり、千里にとっては先輩仮面ライダーである瑠璃の居る店でもある。
以前来た時はまだ高校生だった事もあって、未成年用のメニューしか楽しめなかった。だが今は違う。あれから3年が経ち、成人した今は大人なメニューも堪能できる。瑠璃に自分達の成長を報告する意味でも、この店に訪れる価値はあった。
「いらっしゃいませ~!」
夜のFUJINOの扉を開ければ、既に常連らしき客の姿が複数ある。千里達は久方振りのFUJINOの雰囲気に懐かしさを感じながら、接客の挨拶をしてきた海羽に手を上げて返した。何時も通りの対応をした海羽だったが、記憶の片隅に残っていた2人の面影に営業スマイルとは違う本物の笑顔を浮かべた。
「ん? あっ! あなた達!」
「覚えててくれました?」
「お久し振りです!」
「いらっしゃ~い! まさかまた来てくれるなんて! さ、こっちよ」
喜び席に案内した海羽は、2人が既に成人している事を確認すると早速2人にビールを持ってきた。
「はい、お待たせ。久し振りに来てくれたって事で、最初の一杯はサービスしてあげるわ」
「ありがとうございます!」
「あの、所で……瑠璃さんは?」
ビールに口を付けながら千里が店を見渡すが、この店の看板娘の片割れである瑠璃の姿が見当たらない。店の奥のルーレット台も空いているので、彼女が今この店に居ない事はほぼ確実。そう言えば幼い赤ん坊が居ると聞いていたから、もしや今は子供に授乳でもしているのかと思っていたのだがどうやらそうではないらしい。
「あ~、瑠璃姉ぇね。今ちょ~っと別件で店離れてるのよ」
「別件?」
含みのある言い方に首を傾げる千里に、海羽は悪戯を思い付いた様な笑みを浮かべながら答えた。
「えぇ。あなたにとっても他人事とは言えないかな? 何しろ今瑠璃姉ぇと居る相手は、あなたにとっての大先輩とも言える人だから……」
***
その頃、海都近海の海底に3つの人影があった。光源の無い海底に人影と言うのもおかしな話だが、兎に角海底を3人の人間が動いていた。
その3つの人影は全員が仮面ライダー。ケートスライフのデイナに、テテュスとオケアノスであった。3人の仮面ライダーは持ち前の潜水能力で海都近海の海底に潜ると、そこに沈んでいる嘗て元傘木社の研究員である深井 恭子が拠点としていた潜水艦へと入っていった。
「ゴメンね? こっちの事情に付き合わせちゃって。何しろこの潜水艦の場所は俺も知らなかったからさ」
「いいんですよ。仁さんには散々お世話になってましたし」
「しかし、今更何だってこの潜水艦に用事があるんだ?」
以前この潜水艦が沈んだ時、テテュスとオケアノスも一度この中に潜り込んで色々と資料を回収した。あの時はディーパーや瑠璃のオリジナルであるセラに関する資料を求めての行動であるが、あの時にも大体の資料は回収した筈。
今更回収できる何かがあるとは思えなかったが、デイナはそうは考えていなかった。
「問題無いよ。俺が知りたいのは、ディーパーとかに関する事じゃないからね」
「じゃあ、何が?」
「また今度教えるよ」
デイナは言葉を濁して潜水艦の中へと入っていく。テテュスとオケアノスは意味深な彼の言葉に顔を見合わせて首を傾げつつ、彼の後を追って沈没した潜水艦の中へと入った。
あれから数年が経ち、沈没した潜水艦の中は更に荒廃していた。金属部分は錆び、所々に深海の貝を始めとした生物が蠢いている。この潜水艦も深海の生物達にとってはちょうどいい住処となるのか、物陰や隙間を見れば小さな魚などの姿を見る事が出来た。
デイナは時にそれらを興味深そうに眺めつつ、部屋を一つ一つ調べていく。彼が求めているモノが分からないテテュス達は、そんな彼の後ろ姿を眺めるしか出来ない。
ただ見ているだけなのがちょっと居心地悪いのか、テテュスはデイナに何か手伝えることがないかを訊ねてみた。
「あの~、仁さん? 私達も何か手伝う事とかある?」
「ん~……いや、ちょっと専門的と言うか特別な内容だから…………お?」
テテュスからの申し出をやんわり断ろうとしていたデイナの雰囲気が突然変わった。仮面越しなので分かり辛いが、明らかに目を輝かせたような雰囲気を纏った彼は荒れ果てて原型を失いつつある資料の中から一つだけ厳重に保管されたケースを取り出した。本来は簡単に取り出せない様に保管されていたのだろうが、沈没の際に設備が破損したからかそのケースも海水に沈んでいた。ただこういう事態も想定した造りになっているのか、ケース自体には傷などの破損が見られない。
手に取ったケースを様々な角度から眺めていたデイナは、目的の物を見つけられた事に満足そうに頷いた。
「あった……これだ」
「何、それ?」
「そいつがアンタの探してたお宝か?」
後ろから覗き込む様にデイナが手に持つケースを見たオケアノスが、職業病かお宝と称してしまった。それを聞いたデイナは、彼の言葉に苦笑しながら頷いた。デイナを始めこれの価値が分かる者からすればこれは間違いなくお宝だ。が、逆に価値の分からない者からすれば他愛のない物でしかない。
「さ、行こうか」
兎にも角にも、目的の物は手に入った。3人は沈没した潜水から出て、暗く冷たい深海から浮上し月明りの照らす大海原へと顔を出す。
そんなに長い時間潜っていたつもりはなかったし全員水中と言うフィールドにも対応できる能力を持っていたが、それでも息苦しさは間違いなく感じていた。故に月明りだけが光源であろうと、海面に顔を出せると一気に安心感を感じずにはいられない。
「ふぅ~ッ! こんなに長く潜ったのは何時ぶりだ?」
「瑠奈が生まれる前の冒険じゃしょっちゅうだったでしょ?」
「あ、そうか」
談笑しながらレンタルボートへと上がるテテュスとオケアノス。デイナもそれに続く形でボートに上がり、変身を解除して改めて手に入れたケースを眺めた。月明りで透かす様に掲げてケースを眺める仁に、同じく変身を解いて元の姿に戻った瑠璃とネイトが横から同じように見上げる。
「……で? これの中身って何なんです?」
「資料だよ。とても大事な……大事なね」
「資料ね~? ところでこれ、どうやって開けるんだ?」
見た所ケースにはロックを解除する為の鍵穴のような物が見当たらない。仁がケースを回せば、側面に蓋があり外すとUSBのハブらしきものがあったので、これをパソコンに繋ぎ何らかのデータを入力すれば開く仕組みになっているのだろう。
問題はその鍵となるものが何なのかと言う事であるが。
「ま、大体予想はつくよ。とりあえず今は戻ろうか」
「了解っと」
早くこれを開けたいのか、仁が急かす様に海都への帰還を促す。ネイトは軽く敬礼して運転席につくと、エンジンに火を入れ一路海都へと向け船を走らせたのだった。
3人が乗る船が海都へと向け動き出してから数時間後、その場所に別の船が停泊していた。傘木社残党の武装船である。残党所有の船は甲板からクレーンを伸ばし、海底に向けワイヤーを下ろしている。
クレーン周辺では作業員が忙しなく動き回り、ワイヤーが引っ掛けた物を引き上げる為に奔走していた。その様子をスーツの男と忍びが眺めている。
「あれは?」
「ここへと来た、もう一つの目的だよ」
忍びの言葉に男はそれだけ答えた。その姿からは暗にこれ以上の詮索は無用と言う雰囲気が感じられ、忍びは好奇心を刺激されつつもそれ以上詳しい事を聞くような事はせず黙って作業の様子を見守っていた。
程無くしてクレーンのアームが何かを掴んで引っ張り上げたのか、甲板の様子が騒がしくなる。暫く待っていると、海底から引き揚げられた何かが海上からも見えるようになってきた。
この船にも匹敵する巨大な影。それは先程仁達が潜り込み、ケースを回収した恭子の拠点だった潜水艦だった。ある程度の所まで引き上げられると潜水艦はその場で固定され、次々とダイバーが海に入り残骸と化した潜水艦の中へと入っていく。
それから暫く、男達が潜水艦へと入ったダイバーからの報告を待っていると、ボディーアーマーに身を包んだ傘木保安警察の隊員が調査結果を纏めた資料を片手にやってきて報告した。
「報告します。指示されたケースですが、艦内を隈なく探しましたがそれらしいものは無かったとの事です」
「そんなバカなッ!? ”アレ”を持っているのは他には深井博士だけの筈だぞッ!?」
少々意外かもしれないが、恭子はあれでも以前は雄成からの信頼もあり傘木社の研究員としてはかなり上位の権限を与えられていた。大型の潜水艦を拠点として与えられていたのもその信頼の表れであり、傘木社崩壊後も各地を転々としながら名を偽り海都に腰を落ち着ける事が出来たのもそれが大きい。
男はそんな彼女が、会社崩壊前に雄成から託されたある資料を持っていると確信してここまで足を運んだのだが、それが無駄足に終わったと聞き落胆を隠せなかった。
しかし部下からの報告はそれだけでは終わらなかった。
「調査をした者達からの報告では、つい最近内部を荒された形跡があるとの事です。何者かが一足先に回収したのでは無いでしょうか?」
「何者か、だと? 深海に沈んだ潜水艦からだぞ? 我々だってあれを引き上げる為に、こんな船を用意する必要があった。他にあれをサルベージしようと考える者など誰が居る?」
それに内部は荒されても、外部には自分達よりも先に潜水艦を引き上げた形跡はないと言う。つまりその相手は殆どその身一つで深海に潜り、潜水艦の中を探し回って資料を手に入れたと言う事になる。そんな事が出来る装備などこの世に存在する訳がない。あるなら自分達だってそれを使っている。男が訳が分からないと頭を抱えていると、忍びが顎に手を当て一足先に資料を回収した相手に予想を付けた。
「……いや、不可能ではないな」
「何だと?」
「ここが何処だか忘れたか? ここは海都の目と鼻の先だ。あそこには、海が絶好のフィールドの仮面ライダーが居ただろう?」
「ッ!!」
そうだ、確かに彼の言う通り不可能ではない。この近くにあり、彼らが目指している海都を守護する仮面ライダーテテュスは水中での活動を何よりも得意としている仮面ライダーだ。その力をもってすれば、深海に沈んだ潜水艦の中を単身で捜索する事も不可能ではない。
問題となるのは彼女が”それ”を持ち出した理由であるが、以前海都でディーパーによる事件が起こっていた際は恭子を始めとした傘木社も深く関わっていた。恐らくはそれに関して対策を練る為に、研究に携わっていた恭子の研究資料を回収しようとして一緒に持って行ったのだろうと彼らは考えた。
実際には彼らの目的の物を持ち出す判断をしたのはデイナの方なのだが、そこは大きな問題ではなかった。どちらにせよ彼らが向かう場所は決まっているのだから。
「急ぎ海都に向かう。目的は海都その物の制圧、そして盗まれた例の物の奪還だッ!」
そう言ってスーツの男……
エンジンを全開にして動く振動を足元から感じながら、寅泰は隣に立つ忍びにも声を掛ける。
「さて、どうやらお前には全力を発揮してもらう必要がありそうだ。精々頑張ってもらうぞ、『シラヌイ』?」
その言葉に忍び……シラヌイの体から放たれる威圧感が増した。窓が震える程の威圧感に、直ぐ傍にいた寅泰だけでなくブリッジクルーも身を震わせた。中には堪らず泡を吹いて倒れる者もいる。このままだとブリッジクルーが彼の放つプレッシャーだけで全員使い物にならなくなると寅泰は彼を宥めた。
「おいおい、落ち着け。今からそんなに気合を入れているといざって時にバテるぞ」
「フッ、そんなに柔じゃないが……まぁいい」
直後、フッと周囲を覆っていた威圧感が消え、重圧が無くなった事で寅泰を始めとしたブリッジクルーの表情も和らいだ。寅泰はホッと一息つきながら海都の方へ目を向け口を開いた。
「安心しろ、その力を全力で振るってもらうのはもう直ぐだ。お互いの目的の為に……」
***
翌朝、千里は唯と共にホテルの部屋で目を覚ました。昨夜は結局瑠璃と再会する事叶わず、FUJINOで酒と料理を堪能してからホテルに戻った。
そして今、目覚めた千里の隣には当然一緒にベッドで寝た唯が居る。彼女はまだ夢の中なのか、一糸まとわぬ裸体を彼に密着させて眠っている。あの頃に比べればずっと大人びていながら、あの頃のあどけなさと無防備さを感じさせる寝顔に顔を綻ばせた千里は彼女の頬にそっとキスを落とした。
「ん……」
千里の唇が頬に触れると、その感触に気付いたのか唯の瞼がゆっくりと開かれる。まだ半分微睡んでいるからか茫洋とした目を向け、彼と目が合うと子供の様にふにゃっとした笑みを浮かべた。
「あ、千里君……おはよ~」
「うん、おはよう」
寝ぼけながら朝の挨拶をしてくる唯に返事をしながら、千里は彼女の可愛らしさに溜まらず抱き着き唇を奪う。唯の方もまだ頭の中は夢の中に居るのか、彼の口付けに素直に応じ蕩け合う様に互いの唇を貪った。
それからたっぷり数分、昨晩の熱い夜の続きの様に互いに愛し合ってからやっと唯が目覚め、朝のシャワーを浴びて身だしなみを整えた2人はホテルのレストランへと向かい朝食をとった。
ホテルのレストランはビュッフェ形式だったので、2人は思い思いの料理を皿に取り舌鼓を打つ。
「今日はどうする?」
「ん~、やっぱり夏だし海に行くのもありかな?」
他愛ない事を話し合いながら、平和を噛みしめる2人。こうして恋人同士で共に過ごせるのが本当に嬉しい。特に千里は万閃衆の忍びとしての任務の所為で唯と共に過ごせる時間が減った。愛しい彼女と同じ時間を過ごせる貴重な時間は、彼にとって値千金の価値がある。
だがその時間も、間もなく終わりを迎えようとしていた。
その始まりは、レストランの一画に設置された大型テレビのニュースからだった。
『――え~、臨時ニュースです。たった今入った情報によりますと、現在海都に向け不審な大型船が接近しつつあるとの事です』
「ん……?」
不意に耳に入った気になるニュースに、千里が食事の手を止めテレビの方を見る。見ると周囲の他の宿泊客もそのニュースが気になるのか、全員が不安そうにテレビの方を見た。
千里達の視線の先では、ニュースキャスターが手にした原稿を見ながら今分かっている事を視聴者に伝えた。
『港湾管理局によりますと、数時間ほど前突如大型船の反応を感知し、交信を試みるも全く反応を見せない為現在状況確認の為ヘリが不審船に向かっているとの事です。……あ、今現場から中継が繋がりましたッ!』
ニュースキャスターがそう言うと画面が切り替わった。画面には港湾管理局所有のヘリが飛ぶ姿が映され、それを背景に現場のリポーターがマイクを片手に捲し立てる様に口を開く。
その後も暫く、画面には港湾管理局のヘリが船の上空を周回する様子が映し出された。リポーターの話だと、どうやらあちらのヘリから何度も船に通信を試みているようだがいずれも無視されているらしい。
ここでテレビ局のヘリが移動し、船の側面に移動した。そこで彼らは、否、テレビを見ていた千里達もあるものを目にして驚愕した。
『なっ!? あ、あれをご覧くださいッ!』
「ゲッ!?」
「千里君、あれって……!?」
テレビに映し出されたのは船体側面に大きく描かれた開いた傘のマーク。この時代の人々にとっては、世間を数年前に騒がせた諸悪の根源であり今も尚世界に火種をバラ撒いている死の商人の象徴。
それが白日の下に晒された瞬間、船に取り付けられた対空火器が動き出し、有無を言わさず上空を周回している港湾管理局のヘリを撃ち落とした。
「ッ!? やりやがった、アイツら……!」
遂に傘木社の残党が牙を剥いた。危険を察知したテレビ局のヘリが急いでその場を離れようとするが、今度は船体上部のサイロが開きそこから放たれたミサイルが一直線にヘリへと向け飛翔する。
『あ、あぁぁっ!? 助けッ!? 逃げ――』
「いやっ!?」
恐怖に慄くリポーターの様子に唯が堪らず顔を両手で覆った。直後テレビからは轟音が響き渡り、雑音を暫し放った後沈黙した。真っ黒な画面を騒然とした様子で見つめる宿泊客たちの中で、千里は今し方の光景に身を震わせる唯を優しく抱きしめながら黒くなった画面を睨み付けていた。
「アイツら……ッ!」
その後テレビの映像はテレビ局の方へと映り、今の映像に関する事をあれこれ述べていたがその内容はもう千里の頭に入ってはいなかった。
またしても傘木社の残党が騒ぎを起こそうとしている。ならば、自分がやるべき事は1つだけだ。
千里は唯を連れてその場を離れると、ホテルを出て一目散にある場所へと向かっていた。
「ねぇ千里君、何処へ行くのッ!」
「FUJINOだッ! そこがダメならカリビアン・ダイナー。兎に角どっちかに行けば、話の分かる人がいる筈だッ!」
瑠璃が居るFUJINOは勿論、万閃衆の忍びとして彼女に関わりのある場所であるカリビアン・ダイナーの事も千里は調べていた。仮に瑠璃が店に居なかったとしても、この街には頼れる者が他にも居る。
だがその保険は必要なくなったらしい。彼がBAR・FUJINOに辿り着くと、そこには目的の人物である瑠璃がネイト、そして仁と共に深刻そうな顔をしていたのだから。
「瑠璃さんッ! 良かった、今日は会えたッ!」
「あッ! 千里君ッ! 良かった、海羽ちゃんが言ってた通りだわッ!」
「彼が、君らの言う?」
瑠璃達も傘木社残党の船による暴挙は当然知っている。それに対してどう動くべきかと協議しようとしていたところに、千里が唯を連れてやってきたのだ。この状況で千里の存在は素直に彼らにとって非常にありがたい物であった。何しろ彼らは潜入のプロである。
一方千里は、瑠璃とネイトと共に居る仁の姿に思わず目を見開いた。
「あ、えっ! あの、あ、アンタもしかして……ッ!」
「ん、もしかして俺の事知ってる?」
「は、はいッ! か、かか、門守 仁……仮面ライダーデイナッ!!」
それは憧れの存在との邂逅であった。嘗て自分の母の仇を討ってくれた人物と言うだけの話ではない。生きる目標、自分の目指す姿を示してくれた人物との出会いでもある訳だから。
嬉しさと興奮で目を輝かせる千里だったが、状況が分からない唯はそんな彼を軽く叩いて正気に戻した。
「ちょっと千里君、しっかりしてッ!」
「うぉっ!? あ、ご、ゴメン……ちょっと感動しちゃって……あッ! 俺、南城 千里ですッ! お会いできて光栄ですッ!」
最初にして始まりの仮面ライダーは、千里にとって自身が尊敬するアイドルにも等しい相手。そんな人物と不意に直接遭遇してしまった事に、彼は束の間童心に返ってしまっていた。
自分に感動の目を向ける千里に、仁は何とも言えぬこそばゆさを感じながらも兎に角話を先に進めるべく口を開いた。
「さて、俺からの自己紹介は不要みたいだし、今は一刻を争う状況だから手早く話を勧めよう」
現在、傘木社残党の船は洋上で大人しくしているらしい。特にこれと言った声明は出していないようだが、仁達はこれを何かの準備を進めているからだと判断。凡そは、再びこの海都を自分達の拠点にする為の侵略兵器か何かを用意しているのだろう。ただのファッジであればまだ幸いだが、これだけ時間をかけると言う事は相応に手強い相手である事が容易に想像できる。
「さっき権藤さんから聞いたけど、S.B.C.T.のδチームがこっちに来てくれてるらしい。ただ、問題がある」
「あの船の対空火器ですね?」
千里の言葉に仁が頷く。相手が自身の尊敬する人物であるからか、千里はまだ少し緊張を滲ませた敬語で彼に接した。
「そう、あれを何とかしないとS.B.C.T.も撃ち落とされる。恐らく船で接近してきた相手に対する策も万全だろうね」
「じゃあどうするんだ? 空と海を封じられたら、誰もあれに近付けねえ。それこそ離れた所から吹っ飛ばすしか方法が無いんじゃないか?」
ネイトの言う事は尤もだ。海都からそれなりに離れた所にある船に近付く為には、ヘリか船のどちらかを使うしかない。だがヘリは先程同様対空火器で撃ち落とされかねないし、海にしてもミサイルで迎撃される危険が高い。
しかしそれは何らかの乗り物を用いた場合の話である。幸いな事にこの場に居るのは、誰もが単身で海洋での活動を容易にする者ばかりであった。
「その身一つで十分さ。君と瑠璃さんは泳ぎに自信があるだろう?」
「あぁ~……まぁな」
「俺もさ。それに、君は……」
千里が忍者であると言う事は既に瑠璃から聞いている。であれば、彼にも何かしらの特殊な能力と言うか技術があると踏んで仁は彼に尋ねた。自身を試しているかのような仁からの視線に、千里は唾を一つ飲み力強く答えを返す。
「俺は忍者です。忍者は水面であれば自在に動けるミズグモの術を持ってる。加えて俺達は潜入や隠密が得意なので、連中に見つからずに近付く事も出来ますッ!」
その言葉に仁は満足そうに頷き、早速作戦を彼らに伝えたのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
今回は海都に役者が集まってきた感じです。何気に瑠璃達だけでなく仁も参戦する事に。彼には彼の目的があって偶然海都を訪れていた訳ですが、今回彼が手に入れた物に関してはこの特別編ではあまり深堀はしません。次回作の特別編何かで今回の事が活きてくる予定です。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。