ゲッコウが下忍を全て回収して撤退した後、コガラシは痛む体を引き摺って椿と唯を屋敷へと連れて帰った。傷付いた椿は勿論、巻き込まれた唯もマンダラに狙われないとは限らない。
屋敷では既に状況を千里の式神により伝えられていた徹により、椿の手当ての為の手筈が整えられていた。その際に千里はゲッコウから投げ渡された傷薬らしき物を徹に見せた。
「これ、ゲッコウって言う卍妖衆の忍者に渡された奴なんだけど……」
「何? ふむ…………毒の類ではないようだな」
千里から渡された小瓶を警戒しながら開け、小指に少し付け軽く臭いを嗅いでみる徹。暫しの思案の結果、彼はそれを本物の傷薬であると判断した。何しろ感じる臭いの中に、明らかに嗅ぎ慣れた薬草の臭いを感じるのだ。それだけでなく、毒の類の臭いがしない。徹はそれらからこれがちゃんとした傷薬であると判断したのである。
「いや、下手するとこれは我々が作る傷薬より効能が高いかもしれないぞ。これを渡してきたのは本当に卍妖衆の者なのか?」
日常で負う怪我や病気ならともかく、卍妖衆を始めとした常識外の相手との戦いで負った傷を治療するのに公共の医療機関は利用できない。そんな彼ら万閃衆は、独自の研究により医療機関に頼らなくても負傷を癒す為の医薬品を作り出し、日々研究を重ね新しいものを生み出してきた。しかし今徹の手の中にある傷薬は、彼が知る限り万閃衆で使うそれよりも遥かに高い効能があると感じさせた。
徹は卍妖衆の忍者がこれを作った事が信じられないと言った様子で千里に訊ねた。
「あぁ。これを渡してきたのは確かに卍妖衆のゲッコウだ。間違いない」
「ふむ、俄かには信じがたいが……ともあれ、これで長谷部さんの傷は早くに癒せそうだ」
正直、悔しいと言う気持ちはないではない。自分達よりも高い創薬の技術を卍妖衆が持っている事に、嫉妬を感じずにはいられなかった。だがプライドだけで生きていける程この世界は優しくは無いのだ。時にはプライドを捨て、敵から送られた塩を使ってでも生き延びる必要があった。
徹は即座に傷薬を手に、椿の治療を始めた。幸いな事に椿の負傷した箇所は限定されているので、時間も人手も多くはいらない。千里は邪魔にならないようにと、部屋を離れ唯を待たせている客間に向かった。
「お待たせ。ゴメンね小鳥遊さん、もう少し待ってて」
「それは良いけど……南城君、ちょっと左腕見せて」
「え? あ、いや、俺はそんなに……」
「いいからッ!」
有無を言わさず唯は千里の左腕を掴むと、先程の戦闘で彼が攻撃を受けた箇所にそっと触れた。突然の彼女の行動に、千里は取り繕う間もなく腕から走る痛みに顔を顰めた。
「いづっ?!」
「やっぱり……南城君だって立派な怪我人じゃない。この家、他に傷薬とかは無いの?」
「いや、ホント、俺は長谷部さんの後で十分だから……」
「私にだって怪我人の治療くらいできるわよ。良いから医薬品は何処?」
唯の勢いに千里は堪らず根負けした。観念して彼は客間の戸棚の方を指差し、唯がその戸棚を開けるとそこには普通の救急箱が置かれていた。どうやら彼ら忍者も、こういう普通の医薬品を使うらしい。
何処か次元の違う存在のように感じていた彼ら忍者も同じ人間なのだと言う、奇妙な親近感を感じつつ唯は救急箱を引っ張り出し千里に近付き彼の治療を始めた。千里は既に彼女が治療しやすいようにと、上の衣服を脱ぎ上半身を裸にしている。
服の上からではわからなかったが、千里は鍛えられ引き締まった体をしている。細いが筋肉質で、高校生と言うには逞しい体つきをしている。それを間近で見て唯は束の間見惚れてしまった。
「ぅわ…………」
「えっと……小鳥遊さん? あんまりジロジロ見られるとそれなりに恥ずかしいんだけど……」
「ッ!? あ、ゴメンッ!?」
千里の言葉で我に返った唯は、改めて彼の腕の治療を始めた。
「折れてはいないみたいだから、そこは心配しなくていいよ。軟膏塗って上から包帯巻いてくれればそれで大丈夫」
「うん」
市販の軟膏を青黒く変色した千里の腕の一部に塗り、その上から包帯を巻いていく。彼女に治療を受けている間、千里は何も言わずその様子をジッと見つめていた。真剣に自分の治療をしてくれる、唯の姿を…………
(小鳥遊さん…………)
自分の事を心配して、真剣に治療してくれる唯に千里は言葉では言い表せない感情を胸に感じていた。その感情が何なのか、千里が探ろうとしていた矢先に治療を終えた唯が口を開いた。
「うん、これで終わり。どう、南城君?」
「うぇっ!? あ、うん、大丈夫。さっきよりは良くなったよ。小鳥遊さん、ありがとう」
「どういたしまして。私に出来るのはこれくらいだし」
「そんな事ない。小鳥遊さんには助けられてるよ。こうして傍に居てくれるだけで、俺は……」
「え? 何?」
「あ、いやっ!? 別に、何でもない!?」
思わず口を突いて出た言葉に、千里は慌てて無かった事にする。今のはただの気の迷いと言うか、兎に角本心ではない筈だ。ただ場の雰囲気に流されて出てしまっただけ、そうだそうに決まっている。
顔を赤らめてそっぽを向く千里に、唯はどうしたのかと首を傾げつつ救急箱を片付けた。
するとそれを待っていたように、徹が客間に入って来た。
「待たせたな。長谷部さんはもう大丈夫だ、後は休んでいれば傷は癒える」
徹の口から椿の状態を聞き、2人は安堵の息を吐く。千里に対して必要以上に辛辣な発言が目立つ椿だが、仲間である事に代わりは無い。唯にとっても1人のクラスメートであるし、心配するのは当然であった。
「長谷部さん……良かった」
「でも、またマンダラが出てきたら……」
千里は改めてマンダラの強さを思い出し、険しい顔になる。あれは自分の遥か上を往く上忍の力だ。生半可な自分の忍術ではどこまで対抗できるかと、千里の脳裏に不安が過る。
不安に駆られる千里の姿に、徹は音も無く近付くと接近に気付いていない千里の脳天に手刀を叩き落した。
「アイテッ!?」
「……何を悩む必要がある」
「えぇ……?」
「今の自分が力足らずと言う自覚はあるのだろう? ならば、修行あるのみだ」
そう言って拳を握る徹に、千里は一瞬ポカンとした顔になっていたが次の瞬間には引き締めた顔になる。
「そう、だな。うん、そうだ……! 父さん、頼む!」
「良し。久し振りに揉んでやろう。厳しくするから覚悟しておけ」
千里が修行を頼めば、徹は気迫の籠った目を向けてきた。その視線に千里は子供の頃の厳しい修行の記憶が蘇り、一瞬決意が鈍り身震いした。だが後退ろうとする足を気合で押し留め、正面から徹の気迫と向かい合う。
するとそれを傍から見ていた唯が一歩前に出ながら口を開いた。
「あの! それ、私も一緒に居ちゃ駄目ですか?」
「え?」
「ふむ?」
「あ、いえ、別に忍者になりたいとかそう言うんじゃないんですけど。ただ、その……何か、手伝える事は無いかなって…………」
言葉が段々と尻すぼみになっていく。言ってて段々自分が無茶を言っているのではと言う気持ちが勝って来たのだろう。徐々に勢いが落ちて行き、最後の方は耳を澄まさないと聞き取れない程となっていた。
徹はそう申し出た唯の顔をジッと見る。彼が何を考えているのか、唯は勿論息子である千里にも伺い知ることは難しい。どちらかと言えば人畜無害そうな顔立ちの千里に対し、徹の顔は一昔前の頑固オヤジの様に不愛想なのでそんな顔で見つめられると何気に迫力が凄い。唯は思わず委縮してしまった。
それを千里は放置する事が出来ず、彼女を守る様に2人の間に割って入った。
「ちょ、あの……! 父さん、小鳥遊さんは一般人だし、その……」
面と向かって父に顔が怖いから止めろと言う訳にはいかず、さりとて委縮する唯を見て見ぬ振りも出来なかった。
そんな千里の姿に、徹はフッと笑みを浮かべると踵を返し客間を出る。
「分かった……まぁ小鳥遊さんはあまり放っておく訳にもいかないし、一緒に居てくれた方がこちらとしても安心だ。千里、修行は明日から始める」
「分かった。……あ! でも、小鳥遊さんは放課後部活があるから……」
「ならそれが終わってからだ。間違っても彼女から目を離すな。何時狙われるか分からんぞ」
徹も既に唯が千里のアキレス腱として狙われる可能性がある事を見抜いているらしい。もしもと言う事態を想定し、千里に彼女の護衛を言い含めた。それに対し千里は力強く頷いた。
「勿論ッ!」
「ならば良い。私は少し席を外すから、小鳥遊さんを家に送ってやれ」
そうして徹は客間を出た。そして客間の中で千里が唯を自宅へ送る為の準備に入った気配を感じ取ると、音も無く素早く自室に向かい突撃する勢いで仏壇の前に滑り込んだ。
「楓ちゃん楓ちゃん! 千里にも好きな子が出来たみたいだよッ! 今まで修行ばかりで友達もろくに作らせてあげられなかった千里が、女の子の為に体張ってるよッ! 良かったね、良かったね!!」
滝の様な涙を流しながら、徹は仏壇に線香を立てつつ息子の成長を亡き妻に報告する。
男手一つで千里を、人としても忍者としても育ててきた。それは辛く苦しい事の連続であったが、千里も同様に辛かった筈だ。特に忍者としての修行は苦しく、子供の頃の千里は母を失った悲しさも相まって何度も弱音を吐いていた。徹はそれを厳しく叱りつけつつ、心の内ではそうするしか出来ない自分に情けなさを感じずにはいられなかった。
そんな日々を送っていた物だから、千里には友達を作る暇も与えられなかった。同年代の子供達が無邪気に笑い、友達と遊ぶのを傍目で見つつ千里には厳しい忍者としての修行を付けなくてはならない事に、徹は千里と亡き妻の2人に何時も内心で謝罪していた。
その千里が、今は1人の女子と仲良くしている。千里の態度は明らかに唯に対して好意を抱いているそれであり、同時に唯の方も千里の方を好ましく思っている事が徹には手に取るように分かった。そうでなければ、態々修行に付き合おうとしたり自分から治療を買って出たりはしない。
我が子が真っ当な青春を謳歌してくれている事実に、徹は1人の親として嬉しさと安堵を感じていた。
「千里ならきっと大丈夫。だから楓ちゃんも安心して、天国から見守ってあげてね。あの子が独り立ちできるようになるまでは、俺が近くで見守るから」
徹はハンカチで一際大きく鼻をかむと、立ち上がって自室を出た。向かうは椿を寝かせてある部屋だ。今日一日は安静にしておかなければならない彼女が、無茶をしないようにと見ておかなければならない。
真顔に戻った徹が椿を寝かせた部屋に入った時、彼女は既に布団から出ており痛む体に鞭打って立ち上がろうとしている所だった。
その様子に彼は大きく溜め息をつく。
「何をしている、長谷部さん」
「ッ!? 南城 徹殿……」
「今日一日は安静にしていろと言った筈だ。傷薬の効能が高いから治りが早いとは言え、休まなければ治るものも治らないぞ?」
射抜くような徹の視線に、椿は喉が詰まる様な感覚を覚えた。だが彼女はそこで委縮することなく、殆ど閉じられた目を半分ほど開き徹の言葉に反論した。
「ですがのんびりしていては敵との力の差は開く一方。マンダラは強い、今後もあ奴が出張って来るのであれば拙者も休んでいる暇など……」
「だがその為に無茶をして体を壊しては意味がないだろうが。焦る気持ちは分からなくもないが、傷を癒す事に専念する事もまた戦いだぞ」
徹の言いたい事も分からなくはないのか、椿は思わず言葉を詰まらせる。だが理解は出来ても納得は出来ないのか、反論の為の言葉を選んでいる様子だった。
そんな彼女に徹は仕方がないと”ジョーカー”を切った。
「……楓からはそう言う風に教わらなかったのか?」
「ッ!?…………くっ」
徹の口から楓の名前が出た瞬間、椿は一瞬目を完全に見開き次いで苦虫を噛み潰したような顔をしながら俯いた。
何故ここで楓の名前が出てくるのかと言えば、椿は昔楓から忍術の師事を受けていた時期があるのだ。椿は元々捨て子であった。
山奥に捨てられていたところを万閃衆に拾われ、助けられると同時に身寄りのない彼女を万閃衆は忍びとなるべく育て上げた。
人並みの愛を学ぶ間も無く、只管に忍術と戦う術、忍ぶ術を学ぶ少女時代。そんな彼女に光を見せたのが他ならぬ楓であった。
楓は当時マシーンの様な椿を師事する名目であちこちに連れ出し、人として生きる楽しさを学ばせていた。楓との日々の中で、椿は人としての感情を手に入れていったのだ。
同時にちゃんと忍びとしても楓は椿を鍛えていた。当時最強と謳われていた楓からの指導を、椿はスポンジが水を吸い込むように吸収していった。
この頃、椿はとても満たされていた。多くの事を学び、様々な事を知る喜びに加えて人と触れ合う楽しさを感じていた。
特に楓に対しては親愛に近い感情を抱いていた。母が居ればこんな感じだったのだろうと、椿は心が温かくなるのを感じていた。
だがその日々も長くは続かなかった。傘木社の出現と襲撃により、多くの万閃衆の忍びが倒れていった。
今まで鍛えてきた力が通用せず、胸に掲げた矜持が砕かれていく。当時幼かった椿は周囲が止めるのも無視して、共に雄成に挑んだ。しかし当然力及ぶはずもなく、返り討ちに遭ってしまった。奇跡的に急所は外れた為生き永らえたが、幼い椿にはその程度のダメージでも十分過ぎた。体は動かず、仕留め損ねた獲物をファッジに変異した雄成……プロトファッジがトドメを刺そうと歩み寄って来るのを見ているしか出来なかった。
そこに颯爽と現れたのが当時最強の忍者である楓と、彼女のパートナーである徹の変身した忍者であった。2人のコンビネーションにプロトファッジは徐々に追い詰められていき、椿はこれなら勝てると希望を抱いた。
だがその希望は儚く砕かれた。一瞬の隙を突き徹が倒され、1人でプロトファッジの相手をしていた楓も激闘の末に腹を鋭い爪で貫かれ、ダメ押しに体を大きく切り裂かれ血の海に沈んだ。
死に行く楓の姿を椿は涙で滲む視界の中で見ているしか出来なかった。
それから椿は、楓の様な忍びになろうと弛まぬ努力を重ねていた。楓からの教えを無駄にはしないと、楓からの教えを絶やさぬようにと。
故に椿は、己に敗北を許していなかった。自分が敗北する事は、イコール楓が敗北する事に繋がると考えていたからだ。
「君の気持ちも分かる。だが楓は、彼女はお前が無茶をする為に教え導いたのではない。その事は忘れるな」
そう言って徹が睨むと、椿は観念したように布団の上に体を横たえ大人しく体を癒す姿勢を見せた。それを見て徹は小さく息を吐いて頷くと、障子を閉めて部屋を離れていった。
離れていく彼の足音を聞きながら、椿は小さく呟いた。
「負けぬ……次は、次こそは負けぬ。そうでなければ、南城 楓殿に…………母上に…………」
あの戦いが無ければ、椿は楓に自分の母になってくれと頼むつもりであった。例え仮初でもいいから、母と呼ぶことを許してほしいと。だがそれはもう叶わぬ夢と化した。もっと早くにその話をしておかなかった事を、楓は後悔しなかった日はない。
椿は自分が母と慕う楓の顔に、これ以上泥を塗る様な事はしないと胸に誓い傷を癒す為眠りに落ちていくのだった。
***
翌日の放課後から、徹による千里の修行は始まった。
体に信じられない重量の重りを取り付けた状態での走り込み……
3秒以上同じ場所を踏んでいると矢が飛んでくる道の踏破……
四方八方から飛んでくる木片を、木片に書かれた順番通りに切り裂く。順番を守れなければ切った瞬間爆発……
他にも色々とあったが、唯が見ている前で行われるその修行はどれも常軌を逸しており、この時点で彼女は圧倒されてしまっていた。ともすれば苛烈に痛めつけているようにしか見えない徹は勿論、それについて行ってしまう千里に対してもだ。
とは言え彼女も別に遊んでいる訳では無く、修行に付き合うと言った手前出来る事は最大限やった。修行の合間合間にある休憩時間に、唯は疲れ切った千里にタオルやスポーツドリンクを差し入れたりと運動部のマネージャーよろしく彼の疲れを少しでも癒そうと動いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「お疲れさま、南城君。はい、これ」
「ふぅ、あ、ありがとう……」
フラフラになりながら千里はスポーツドリンクを受け取り、蓋を開けて中身を口に流し込む。とにかく体が求めるままスポーツドリンクを喉に流し込み、あっと言う間にペットボトルの中身は無くなっていった。
「んぐ、んぐ……ぷはぁっ! ふぅ~……」
「大丈夫?」
「あ、あはは……自分から頼んでおいて恥ずかしいけど、やっぱりきついな~……」
厳しい徹からの修行は苦行に迫る勢いがあり、一歩間違えば普通に大怪我するのではと言う場面も少なくなかった。だが卍妖衆との戦いで迫る危険はこんなものではなく、敗北が即ち死に繋がりかねない戦いを生き残る為にはそれに匹敵する死線を潜り抜ける必要があった。
「ふむ、今日はこんな所でいいだろう。しっかり体を休めて、小鳥遊さんを家まで送ってやれ」
修行の後を片付けた徹は千里にそう告げると、彼をおいて1人屋敷に入っていった。千里はそれを見送り、父の姿が見えなくなると解放されたと言わんばかりにその場で大の字に横になった。
「だはぁ~……昔を思い出す~……。分かっちゃいたけど、強くなるのって大変だぁ~……」
「子供の頃からこんな修行してたの?」
「ん~、まぁこれよりは危険度下がるけど。俺は産まれた時から忍びになる事が決まってたようなものだから」
物心つく頃には忍者になる事の重要性などを両親から説かれ、そうなるのだと漠然と考えて生きてきた。辛く思う事もあったが、寝物語に聞かされた忍者の活躍には彼も目を輝かせていた。影から人々を助ける正義の味方の様な父と母の武勇伝に、憧れの様な物を抱いていたのも今は懐かしい。
尤も今はちゃんと忍者になる事への彼なりの意気込みを持っている為、子供の頃の様に流されている訳では無かったが。
少し休んで落ち着いた千里は、全身のバネを使って飛び起きる。さっきまでへばっていた彼が勢いよく飛び起きる様子に唯は虚を突かれた。
「わっ!?」
「おっと、ゴメンよ。さて、そろそろ小鳥遊さん送るよ。ありがとうね、付き合わせちゃって」
「気にしなくていいわ。私がやりたくてやってるんだもの」
唯の言葉に千里は改めて感謝し笑みを浮かべると、一度屋敷に戻り着替えて唯を家へと送っていく。
その道中、唯はある事を思い出した。
「そう言えば南城君? 南城君って何か武器持ってないの?」
「どゆ事?」
「ほら、長谷部さんのツララは刀とは別に大きな手裏剣もってるじゃない? 南城君のコガラシは刀の他に何かないのかなって」
間近でコガラシとツララを見てきた唯は、2人が共に腰に忍者刀を差しているにもかかわらずツララがそれとは別に大型の手裏剣を武器として持っている事に気付いていた。同じ衆派の忍者であるなら、何故千里はこれまでの戦いで忍者刀しか使わないのかが気になった。
「あ~……俺はまだそう言うの持ってないんだよねぇ」
「持てないの?」
「持とうと思えば持てるけど、父さんはまだ許してくれないんだ」
忍者刀を使った戦闘は基本中の基本。それを極める前に専用武器を持つなど10年早いと言うのは徹からの言である。本当は千里だって、ツララの大十字手裏剣の様な自分専用の武器が欲しかった。
千里の話に、忍者の世界は色々あるんだなぁと唯は思っていた。
そうこうしていると、2人は唯の自宅の前に到着した。自宅が見えると、唯は千里に手を振って離れていく。
「それじゃ、また明日ね」
「うん。今日は付き合ってくれてありがとう」
「気にしないで。明日もまた付き合うんだし。それじゃ」
唯はそう言って自宅へと入っていった。扉の向こうへ消えていく唯の姿を、千里は暫くぼぉっと見つめていた。
「小鳥遊さん…………っとと! ぼんやりしてる場合じゃなかった」
こんな所で何時までもつっ立っていては変人に見られて通報される。ただでさえ最近は卍妖衆が騒ぎを起こす所為でS.B.C.T.による警戒が強くなってきているのだ。迂闊な行動は彼ら忍者にとって命取りとなる。
千里は踵を返すと自宅の屋敷へと向け足を踏み出した。だが帰宅の道中、彼の脳裏には何度も唯の姿が浮かび、その度に彼は胸にホワリとしたものを感じるのだった。
その頃、椿は1人近くの山の奥で修行に明け暮れていた。大自然の中で彼女が行う修行は実戦形式、自分の分身を相手に実戦を想定した鍛錬を行っていた。二の腕と太腿の露出した動きやすい忍者服姿の椿が木々に覆われた山の中を駆け抜ける。
「ふっ! はぁっ!」
襲い掛かって来る分身の自分の忍者刀を、手にした忍者刀で捌き反撃に蹴りを叩き込む。頭部を狙って放たれた上段回し蹴りが、分身の頭を蹴り飛ばし消滅させた。
霞の様に消えていく己の分身の姿に、椿は流れる汗を拭い呼吸を整えながら物足りないと言うように首を振った。
「はぁ、はぁ……まだまだ、こんなものでは足りぬ。こんな様では楓殿に顔向け出来ぬッ!」
【忍法、分身の術ッ! 達筆ッ!】
新たに生み出した分身達が椿の周囲を取り囲む。視界を埋め尽くすほどの数の分身に取り囲まれ、椿は忍者刀を構え直す。
「さぁ、来いッ!!」
本体の声に反応し、分身達が一斉に飛び掛かっていった。
日も暮れつつある山奥で、戦いの音が響き続けていた。
***
そんな日々が数日程続いた。この間千里は日中は学校、放課後は修行と言う日々を送っていた。徹からの修行は傍から見ている唯から見ても厳しいもので、修行が終わる頃にはいつも千里はくたくたに疲れ切っていた。学校と修行の二重生活はさぞハードだろうに、しかし日中学校に居る千里はまるで堪えた様子を見せない。現に今も、休み時間に友人の学との雑談を普通にしていた。
「見ろこれッ! 今朝登校中にS.B.C.T.の人と一緒に写真撮ってもらったんだ!」
「よく撮らせてくれたな」
学が見せてくれたスマホには、自撮りしたのだろう彼と1人のライトスコープが写っている写真があった。写真の中のライトスコープはカメラに向けてピースしている。随分とノリがいい隊員の様だ。左胸の所を見ればδ5と刻印されている。
「へへっ! こいつはバズるぜ!」
「一応この人の左胸の所は隠してやれよ? 本人特定されたら大変だ」
「分かってるって」
スマホを操作してSNSに画像をアップする学を千里が横から眺めている。と、気が抜けたのか千里が一際大きな欠伸をした。それを見て唯は思った。やはり日々の修行が負担となっているのだ。
疲れを蓄積させていく彼に対して、自分が出来る事は何かないだろうかと唯は頭を悩ませる。
そんなクラスの様子を、向かいのビルの上からマンダラが見ていた。マンダラが暫く様子を眺めていると、唐突に彼の足元が血の池の様になりその中に沈むように姿を消していった。
マンダラがビルから姿を消してから少しして、授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。チャイムから少し遅れて、担任の孝蔵が教室に入ってくる。
「いやぁ、ゴメンゴメン遅れちゃって。さ、授業を始めよう。今日は――――」
疲労を蓄積させているのを隠しつつ、千里はこの日も平和な一日を過ごそうとしていた。
だがそれも長くは続かなかった。
この日も千里は放課後、唯の部活が終わるのを人の居なくなった教室の中で待っていた。照明が消え、夕日に赤く照らされた教室の中、千里は窓から校庭で部活動に明け暮れる生徒をぼんやりと眺めていた。
そんな彼の口からはまたも大きな欠伸が。
「ふぁ~~~~……ふぅ、マズイな。大分疲れ溜まって来てる……流石にこう毎日厳しい修行してると……」
とは言え彼は止めるつもりも無かった。椿に言われるまでも無く、自分が未熟なのは百も承知。その未熟を補う為には、多少無理をしてでも頑張らなければ。
そうしなければ、徹と楓の息子は名乗れない。彼にだって誇りはあるのだ。
とは言え…………
「専用武器、か~。俺も何か欲しいな~……」
思い浮かべるのはツララの大十字手裏剣。唯との会話で、改めて自分も専用武器が欲しくなった。手軽に戦力アップが見込めるし、何より憧れる。
しかし今のところ、憧れるだけで専用武器が手に入る当てはなかった。結果彼は憧れに胸をときめかせる事で自分を慰めていた。
どのような武器が良いか、どんな武器で活躍したいか。そんな事を夢想しながら時が過ぎるのを待つ。
そんな彼の背後で、日が傾き濃くなってきた影の中で何かが蠢いた。蠢いた影は音もなく千里に近付いて行き…………
「――――コガラシィッ!!」
「ッ!?!?」
影の中から叫びと共にゲッコウが飛び出してきた。声に反応した千里は弾かれるように背後を振り返り、ゲッコウの姿を確認すると転がる様に椅子から離れた。ギリギリのところでゲッコウの攻撃を回避し、代わりに彼の机がゲッコウの忍者刀により切り裂かれる。
「お前、ゲッコウ!?」
「よぉ、また会えたな。今日は他の横槍も無いし、万全だろう? 前はツララって奴の邪魔もあって戦えなかったからなぁ。お前の力、存分に見せてもらうぜ!!」
「チッ!」
【忍法、変身の術ッ! 夜の声、しのぎ削りし、忍ぶ者……コガラシッ! 達筆ッ!!】
千里は素早く忍筆と巻物を取り出し、コガラシに変身して忍者刀を抜き構える。コガラシが構えると、ゲッコウは嬉々として飛び掛かり忍者刀を振り下ろした。
2人の忍者刀がぶつかり合い、薄暗くなってきた教室の中を火花が一瞬照らす。鍔競り合いをする2人は、至近距離で互いの目を睨み付けていた。
と言う訳で第7話でした。
高校生の初々しい恋愛模様は書いてて楽しいですね。千里と唯はお互いに好意を向け合いつつも、まだ自分の気持ちに完全に気付いてない状態です。
椿は捨てられていたところを万閃衆に拾われ、そして忍びとして育てられている時に楓に出会いました。楓との出会いが椿にとってはとても大きな意味を持っているので、その息子である千里に対しては嫉妬も込みで厳しい対応になってしまうという。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。