死中に活ッ!笑えよドラゴンッ!!※転生先が絶望的なんだが   作:ストロング西岡

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第十一話ッ 諸君、俺は戦争が……大っ嫌いだッ!!※初めて真っ当なことを言う

 

 両開きのドアを両方とも豪快に開け放ったマイケル。勢いよく開かれた扉は盛大な音を放った。エントランスにいた数人がこちらに気付き、訝しげな視線を送る……破壊されたドアに。

 

「もうちょっと静かに開けなさいよ! 壊れちゃったじゃないこれ!!」

 

「お、悪い。カチコミだから、つい」

 

「つい!?」

 

 こいつ、ほんと何考えてるの? 

 

 改めて私はエントランスを観察する。その間、意外にも革命派の人員はすぐに声を荒げる事なく、こちらを静観していた。

 

「あ? ……誰かと思えば……いや誰だ?」

 

「何度言ったら分かる!? 俺はマイケルだ!!」

 

「知らねぇよ」

 

「オレは?」

 

「知らねぇよ……」

 

「くそぅ……俺の名前知らないのか……」

 

「貴方達、これ当たり前のことだから。そんなに落ち込むことじゃないから」

 

 認知されていないことにショックを受けたのか、2人から負のオーラが伝播する。

 

 というか、お前なんで名前が通ってると思ったんだよ。知り合いでもなんでも無いだろうが。

 

「お、ボマーちゃんじゃ~ん」

 

「ボマーがここに来るなんてな……珍しいこともあるもんだ」

 

 エントランスに見えるのは3人。今は出払っているのか人が少ない。もし戦闘になってもこの人数ならどうにかなりそうだな。

 

「なに、遊んでほしいのか? 仔猫ちゃん」

 

「お生憎だが、俺らはお貴族様と遊んでいられないんだ。『貧民』は毎日忙しいからなぁ……なぁ?」

 

 一際体のでかい男はそう言って私を挑発してくる。視線を送り合い、愉快そうに嗤い合う革命派のメンバー達。時折チラチラと私を見ながら、ぶつぶつと小声で何かを呟いているのが見える。

 

「奇遇だな。私もお前らと遊びに来たわけではない。特にお前とは遊んでやる価値もない」

 

「はっ、いつも『遊ばれてる』女が……偉そうに言えたもんだぜ」

 

「……確かお前は一度私を抱いたことがあったな。情けなく、誰よりも早く果てていた様……はっ。よく覚えているぞ?」

 

「ぷっ、お前。マジかよ……く、くく……」

 

「ボマーに……バカにされてる……はははは!!」

 

「──てめぇら……それ以上言ってみろ。ただじゃおかねぇぞ」

 

「くくく……『異常』に『イッて』たのはお前の──ぐはっ!?」

 

 席を立ち上がり、怒りを露わにして近付いてくる男。背はあまり高くはないが、恰幅は言い。金髪に黒の瞳、顔つきは厳つい感じじ。身なりは悪いが流石元軍人、体は鍛えられていることが分かる。

 

「口が上手くなったじゃねぇか……あァ!?」

 

「ふっ、当たり前だ。『この口』で何人もの男を落としてきたんだぞ?」

 

「はははは!!! うめえ! この女うめぇな!!」

 

「てめぇら黙ってろ!! ……調子に乗るのもいい加減にしろよ、クソ女!」

 

「ほう、ならどうする?」

 

「その体に教えてやるよ──おらッ!!」

 

 怒り任せな拳が顔面に飛んでくる。

 

「な……うぉっ!?」

 

 奴の右拳を弾く。がら空きの胴に左肘でエルボー。屈んだ所に右足で頭目掛け後ろ回し蹴りを放って吹き飛ばす。

 

「おー、強ぇな……やるねぇボマーちゃん」

 

「ちょっと滾っちまった。相手、してくんね?」

 

 吹き飛ばされた仲間を尻目に、残る2人も席を立ち上がる。軽く体を解すと、すぐさまこちらへと踏み込んできた。

 

「I am Red Cyclone!!」

 

「なっ──ぐえっ!?!?」

 

 私が迎撃しようとしたその時、罵倒しながらマイケルは走り出し2人にダブルラリアットを決めた。

 

「マイケル……!」

 

「ふぅ、俺も混ぜてくれ。どうせだ、派手にやろうぜッ」

 

「ええ……そうね!」

 

「2人は任せろ。テレジーはあのでかいのをッ!」

 

「任せなさい!」

 

 マイケルに細身の2人を任せ、私は残った体のでかい男……デカ男に吶喊する。

 

「は、舐められたもんだぜ。お前如きに負けるかよ!!」

 

「よく吠える……そんなに私が怖いのか?」

 

 腰に帯びた剣を抜刀したデカ男は、洗練された動きで流れるような一閃を放つ。僅かに体を下げて回避し、懐に入り込む。しかし剣を手首で器用に回し、下から刃が迫ってきた。体を回転させ右へターン。勢いを拳に乗せ、裏拳を放つ。剣の峰で弾かれ、不発に終わる……と見せかけ、もう一度体を回転させ下段蹴り、ではなく後ろ回し上段蹴りをお見舞いする。

 

「ぐっ!?」

 

 がら空きの腹に両手を合わせてハンマーを作り、全力のスイング。怯んだ所にジャンプからの叩き落とすような上段蹴り、側頭部に踵落とし、着地から再び飛んで回し蹴り、そして上段後ろ回し蹴りと、全身を使った4連撃。

 

「閃光、螺旋蹴ッ!」

 

「がはっ!!」

 

 最後の一撃を貰い、大きく吹っ飛ぶデカ男。その場に膝を突き、肩で大きく息を吸い込む。

 

「化け物が……何なんだよ、お前ら貴族はッ!」

 

「……」

 

「魔法が使えるからって、俺たちを差別して蔑むクズどもが! 俺に魔法が使えれば、お前なんて──あがっ!?」

 

「──聞くに耐えん」

 

 御託を並べ情けなく叫ぶ隙だらけのデカ男に強烈な回し蹴り。防御を構えることなく直撃し一撃で撃沈。

 

「言っておくが私は、お前に魔法なんて使ってないぞ」

 

「……なっ、なんだ……と……!?」

 

「お前は、お前が言わんとするところの『実力』差で負けたんだ。自分の不出来を、人の所為にするな……!!」

 

「ぐがぁあ!?!?」

 

 うつ伏せに転がるデカ男の足首を思いっきり踏みつける。バキッ、と嫌な音が響きデカ男は突き抜けているのだろう痛みに叫ぶ。これで戦闘不能になった。あとはマイケルのほうか。

 

「ぐおあああっ!?」

 

「や、やめ──ぐぎぃ!!」

 

 大の男が空を飛ぶ。マイケルの剛腕によって持ち上げられた男が、もう一人の男に向かって飛翔。ぶつかった衝撃で2人は気絶。マイケルも戦闘を終えた。

 

「流石テレジー。やるなッ!!」

 

「いえ、貴方ほどではないわ。時間が掛かり過ぎた。次は上手くやるわ」

 

 エントランス内を振り返ると、先程とは打って変わって乱れた家具などが目立つ汚い小部屋になってしまった。私はほとんど関与していないから、マイケルが部屋を荒らした原因だろう。どんな戦い方したの? 

 

「ふ、2人共!」

 

「ああ、ガリッパ。まだ居たのね」

 

「ずっと居るっす! やっぱり強いっすね、姉貴!!」

 

「うむ。そんなこと無いぞッ。俺のほうが強いッ!!」

 

「は? やんのか。全力でやってやるぞ?」

 

「ごめん……」

 

「……お喋りは終わりね。構えて、来るわよ」

 

 エントランスの奥。扉の先から複数の足音が聞こえてくる。しかし、その数は思ったよりも少ない。2人……か? 片方は普通だが、もう片方からは異様な気配を覚える。戦い慣れた玄人の足音に聞こえる。

 

 ガチャ、っと控えめに扉が開かれる。先に出てきたのは、露出の多さが目立つ黒装束の女。顔はベールで隠されで見えないが、背中から長い黒髪が見える。胸部が大胆に膨らんでいて視線を集めるが、大きく開かれくびれが目立つ横っ腹や、スリットが入り歩く度にチラつく太とも。見方を変えれば踊り子、悪く言えば娼婦。そんな格好だ。

 

「……手遅れだったか」

 

 あとに続いた男がエントランスに入ってくる。四角い銀縁メガネをかけ、灰混じりの黒髪で薄緑の瞳。傷が少なく綺麗な軍服を着た男は、名前は忘れたが、確かクロードの側近だ。

 

「お前がクロードかッ! 俺の名前はマイケル!! タイマン張らせてもらうぜ!!」

 

「断る。僕はお前たちをクロードのもとへ連れて行くだけだ。……付いて来い」

 

「は……?」

 

 クロードの側近は短くそう切ると、独りでに先程現れたドアへ戻っていく。状況が分からない。何故この状況で私達がクロードのもとへ案内される? 

 

「……こちらへ」

 

 露出が多い伏し目がちの黒装束女が、手を扉の奥の方へ向け先導している。

 

「おう、案内任せたぞッ!」

 

「いや飲み込み早っ!? もっと警戒しなさいよ!!」

 

「テレジーも言ってただろ? 『どうせバレてるでしょ』……とな」

 

「あ……。確かに言ったけれど……けれどだからって──」

 

「なら堂々と構えたほうがいい。ほら、俺を見習ってもいいぞ?」

 

「あんたは考えなしの能天気なだけでしょッ!?」

 

「……クロード様がお待ちです。こちらへ」

 

「それにもしかしたら、凄いご馳走が待ってるかもしれないぞッ!!」

 

「そんなのあるわけ無いでしょ! 。それこそあったら余計怖いわッ!!」

 

「……こちらへどうぞ」

 

「そう怒るなよ〜夢がないなぁテレジー。どんな時も、笑顔笑顔ッ! ニコッ!!」

 

「腹立つ!! 殴るぞてめぇッ!!」

 

「──早く、来いッ…………!!」

 

「「ご、ごめんなさい…………」」

 

「何してんすか、2人共……」

 

 ──私達は黒装束の女に怒られた。割と本気で怖かった。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 重々しい雰囲気が漂う廊下。私達は特に会話をすることなく沈黙を保っていた。

 

 ……まぁ、雰囲気悪いのは私達が原因なのだが。

 

 エントランスの奥。広いとは言えない廊下を渡っていくと、地下へ続く階段が迫ってくる。少し急になっているその階段は暗く、少々おどろおどろしい。一つ一つ段差が大きいため、手すりに掴まって降っていく。

 

「部下がやられたというのに、随分余裕だな」

 

「…………」

 

「私をクロードのところへ連行して、どうするつもりだ」

 

 黒装束の女のすぐ後ろを歩く、銀縁メガネの男。情報を引き出そうと話しかけるも、全くの無反応を貫いている。

 

「……私がその気になれば、奴を殺すぞ」

 

「…………ふん」

 

 私の脅し文句に鼻を鳴らす銀縁メガネ男。後ろにいる私を横目で見ると、再び視線を前に戻した。

 

「私はお前が嫌いではない……クロードと『違って』な」

 

「はっ、そいつはありがとう。反吐が出そうだ」

 

「1つ良いことを教えてやる。お前は選択を間違えた」

 

 階段を降りきり、再び廊下に出る。その先には両開きの扉が見えた。

 

 着いた。と銀縁メガネは言うと、踵を返してそそくさと行ってしまう。

 

「……選択だと?」

 

「そうだ。これまで通り無様に地を這い、逃げ惑っていればよかったものを……」

 

 後ろを振り返る。しかし銀縁メガネは続く言葉を言わないまま姿を消してしまう。

 

「気にするなよ、テレジー」

 

「……マイケル?」

 

「正解なんて誰にも分からないものだ。だから、あれの言ったことは、只の戯言だ」

 

「……そうっすよ、姉貴」

 

「……別に落ち込んでないから、気にかけなくても結構よ」

 

「落ち込んでなくとも、気に掛けるさ」

 

 逃げないと選択したことが間違いだとして、逃げることを選択することは正解ではない。間違っていてもいい、間違えを間違えだと正しく認識し改めることさえできれば、正解でなくとはいかなくとも『まだマシ』と言える未来が手に入る。そうありたいと思ったから、私は進むことにしたのだ。

 

「……ここです」

 

 黒装束の女が、扉に手を掛ける。重々しい見た目に反し、音も無くすんなりと開いた。

 

「……ほう、来たか」

 

 扉の先には蝋燭で照らされた小部屋が広がる。家具などは少なく、中央に木製の小さい机と上等そうな椅子が置いてあるだけ。恐らく密談をするために設けられた部屋なのだろう。しかし壁には細工が仕掛けられているのか、壁紙に不自然な線が入っている。……もしかしたら、それ以外の用途もあるのかもしれない。例えば、緊急脱出用の通路が用意されていたり、家主の用心棒などが隠れていたり。

 

「なっ……君は……!!」

 

「ああ、あれがテレジーだよ。我々アスキアの民にとって『希望の星』だ。……おっと失礼。既に知っていたご様子かな?」

 

 真ん中にある椅子に座っていたのは、片方は既知の男クロード。黒髪に黒い瞳で、目付きの鋭い壮年。もう1人。明るい茶色の髪に黒い瞳、温厚そうな青年だ。悪く言えば特徴がない。

 

「…………」

 

 対面する2人を眺めていると、横にいた黒装束の女が無言でクロードの下へ歩いていく。小声でやり取りを済ませると、黒装束の女は私の横を通り過ぎ、部屋を後にした。何を喋っているかは、あの黒いベールに隠されて分からなかった。一応、後ろにも警戒しておくか。

 

「ふっふっふっ……折角の機会だ。ラルク君。君の意見をあれに言って見るといい。そうすれば己の未熟さがよく分かるはずだ」

 

「……言われなくとも、分かってることだ……!」

 

 不敵な笑みを浮かべるクロードとは対象的に、ラルクとやらの表情は硬い。余裕がなく張り詰めた様子だ。

 

「私が話を聞いてやるとでも?」

 

「ふっ、相変わらず愚図なやつだ。困っている市民に手を差し伸べるのは『貴族』の責務だろう?」

 

「はっ、『貴族』だって助ける『貧民』くらいは選ぶ。お溢れを期待するとはお前も丸くなったものだな」

 

 沈黙が生まれる。変わらず憎ったらしい笑みを浮かべ、余裕綽々な態度を取り続けるクロード。依然として私達は睨み合いを続ける。

 

「その……テレジーさん」

 

 明るい茶髪のラルクがおずおずと小声で話しかけてくる。視線をクロードから外し、横目でラルクを眺める。

 

「なんだ」

 

「あ、僕はレジスタンスのリーダー、ラルクだ。さっきまでクロードと今後の計画についての意見交換などをしていた」

 

「それがなにか?」

 

「うっ……僕はできる限り誰も傷つかないようにこの国を救えたらと思う。それで、よければテレジーさんの意見も聞きたい」

 

「…………」

 

 はぁ……。思わずため息が出る。面倒なことになった。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 顎で促すと、彼は自信なさそうに語り始めた。

 

 そんなラルクの言葉を要約するとこういうことになる。

 

「貴族との『対等な』話し合い……ね」

 

 そのための手段は2つ。1つは元貴族の人を通して──この場合私も含まれるのだろう──話をつけ、交渉のテーブルに乗せること。もう1つは貴族街へ繋がる地下水路から侵入し、強引に話をつける。というものだ。

 

「どう、かな……」

 

 頬を掻きながら、そう聞いてくる。俯き加減なため表情は上手く見えないが、大方私の想像通りの顔をしていることだろう。

 

「…………」

 

「ふっふっふっ……素直に言うといい。『未熟な作戦』だと」

 

「……クロード。あなたのやり方では、本当の意味でアスキア民を救うことはできない!」

 

「本当の意味? まさか『奴ら』も我らの同胞と宣うつもりか? お人好しもここまで来るといっそ尊敬の念を抱いてしまうよ」

 

「犠牲を容認した末の救国は、新たな憎しみを生むだけだ。それが分からないあなたではないはずだ!!」

 

 両手を机に叩きつけ、力強い視線でクロードを睨みつける。しかしクロードは変わらず余裕を保っている。

 

「あと4年……」

 

「……なんのことだ」

 

「4年後……クロードの誕生日かッ!?」

 

「ちょっ、と……黙ってて」

 

「……この国が滅ぶまでの残された時間だ」

 

 マイケルの戯言に、クロードは眉を顰めながらも言葉を続ける。いや、ほんと……やめろって。4年後って、クロードの生まれって閏年ってこと? 

 

「なに……!?」

 

「誕生日に滅ぶのか、それは嫌だなぁ……何としても止めなければッ!!」

 

「ぷっ、動機は、馬鹿げてるけど……言ってることは……くっ、くく……た、正しいわ」

 

 吹き出そうになりながらも、息を殺して何とか防ぐ。沈黙が訪れるはずの空間に、突如として入り込んだ変な空気によって少々気まずい空間となっていた。

 

「……お前も知っているだろうが、ここ2年で灰の病の感染者が増加した。その余波で人口の総数は目減りしていき、5年で反乱すら起こせない人数まで減る。その頃には俺はおろか、お前も息絶えているだろうな」

 

 足を組みながら、話を戻したクロード。根拠のある現実的な数字を前に、空気はすっかりと緊張を取り戻していた。

 

「俺の作戦ならば……あと1年もあればこの国を、アスキアの民を、奴らの手から解放できる」

 

「っ、だからといって、貴族全てを……それに、それでは灰の嵐はどうする? 生活に必要な物資はもう残されていない。灰の嵐は貴族なしでは対処できない!」

 

「ふふふ……勿論だとも。そのための準備はしてある」

 

「準備、だと……?」

 

「ふーむ。夜逃げの準備か?」

 

「……ふ、ふふ、だ、黙って、なさい」

 

「荷造り、俺も手伝うぞ……?」

 

「ぷっ!?」

 

 ぷっ、夜逃げ……。あ、やばいちょっと面白い。クロードが慌ただしくマイケルと一緒に荷物を纏めて、マイケルに見送られながら誰にも見つからないように夜逃げしてるところ想像したら……ぷぷぷ。

 

「くっ、くくく……」

 

「…………ふん」

 

「姉貴、黙っててください」

 

 肩を震わせながら、視線を上げる。すると、眉を細めたクロードとばっちり目があってしまった。……ごめんなさい。

 

「……お前の言う準備とは、『魔法石』のことだろう?」

 

 つい笑ってしまった返礼に、クロードが指摘してほしいだろうポイントを突いてやる。するとクロードは打って変わって上機嫌で懐から物を取り出す。露わになった淡い翡翠玉は手の上で輝き、抗えない魅力で存在感を示している。凄まじい魔力が籠もっていることがひと目で分かる。

 

「魔法石……もしや賢者の石的な何かか? そんなの駄目だッ! 人の命を石に変えるなどッ!!」

 

「ああ、その通りだ。これに貴族共の魔力を集積させる。そうすれば灰の嵐への対抗策は万全となる」

 

「え? 本当に人間を石に変えるのかッ!?」

 

「…………」

 

「……魔法石っていうのは、魔力吸収率の高い特定の鉱石に魔力を込めたもの。魔力を効率よく集め、貯蔵して好きな時に引き出せるのがメリット。だからクロードはこれに貴族街にいる全ての貴族から魔力を集め、灰の嵐を消そうと考えているの……分かった?」

 

「ほへぇ……灰の嵐って魔力で消せるのか」

 

「膨大な魔力量が必要とされているけれど……理論上は可能よ。それはそれとして、貴方は黙ってなさい。貴方が喋ると空気が悪くなるのよ!」

 

 いい加減に気づいてくれ。お前が何かを言うたびにクロードの眉間のシワが深くなってることに。まあ元々シワが寄って入るのだか。

 

「それは事実ですけど、空気の悪さに加担してるのは姉貴もですよ。てか笑ってるの、姉貴だけなんで」

 

 ……マジで? ……ごめんなさい。

 

「……その魔法石があったところで、貴族街の連中の魔力があったとして、灰の嵐を消すには『まだ』足りないぞ」

 

 罪悪感を誤魔化すため、早口気味で捲し立てる。だが、私の反論を予想していたのだろうクロードの表情は変わらない。

 

「百も承知だ」

 

「なら、一体どうする? お前の計画ではあと1年という話だったと思うが?」

 

「ふっふっふっ……はははははは!!!」

 

 クロードは何が面白かったのか突然口を開け大声で笑う。

 

「え、あの人怖いッ」

 

 マイケルがぼそっと呟く。するとクロードは目尻を擦すって涙を拭った。

 

「ああ、すまない。ついな。だが……私が笑った理由は、お前が一番わかっているだろう?」

 

「……何のことだ」

 

「ある筋から有力な情報を得たのさ、お前に関することでな……まあいい。隠すというのならそれで。じきに分かることだ」

 

「……」

 

 ある、筋……? 思考を巡らし、考えてみるも分からない。私に関することで、誰が、何のために、何の情報を渡すというのか。この男に。

 

「おっと……すっかり長話をしてしまった。歳を取るといかんな。……要件を言うといい」

 

 軽く咳き込んでから頬杖を付くとクロードは再び不敵な笑みを浮かべる。何故このタイミングでその情報を私に伝えたのか。考えることはいっぱいだが、そのどれもが情報不足で、きっと考えたところで真相にはたどり着かないのだろう。

 

 くそ、クロードが何を考えているのかが全く分からない。やはりこの男、食えないやつだ。

 

「1年と少し前にお前と交わしたあの契約を、破棄させてもらう」

 

「ああ……そんなに経っていたか」

 

 クロードは天井を眺め、物思いに独りごちる。さして時間を置かず、視線をこちらに戻すと言葉を続けた。

 

「構わん。好きにするといい」

 

「なに……?」

 

 図らずも、想定の何倍も容易く要望が叶ったことに驚きが隠せない。その様を見て、クロードはさらに笑みを深めた。

 

「どうした、構わんと言ったのが聞こえなかったか? 

 

「いや……ならいい。好きにさせてもらう。……帰るわよ」

 

 挑発するような視線と言葉。動揺がこれ以上悪化しない内に私は踵を返し、扉の方へ向かう。

 

「お、おうッ」

 

 拍子抜け、といった様子のマイケル。多分私も同じような様子だったろう。だがそれを彼に悟らせてしまえば、それこそ奴の思う壷だろうことだけは分かる。いや、それしか分からないというべきだろう。

 

 自画自賛ではないが、あの男が今私を手放すメリットは何だ? 奴の計画であれば、私の魔力……微々たる量ではあるが、一般人のそれと比べれば大量の魔力。灰の嵐への対処に必要とされる魔力量は計算できない程多いとされている。ならば少しでも魔力のはかき集めたいはず。

 

「…………」

 

 一体、どうやって……いや、それは後で考えよう。

 

 扉に手を掛け、暗い廊下を通って階段を上がる。その間私達は会話という会話をせず、沈黙をばかりが漂う。もう誰の視線を受けないというのに、背中に突き刺さる何かに違和感を覚えていた。

 

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