死中に活ッ!笑えよドラゴンッ!!※転生先が絶望的なんだが 作:ストロング西岡
「……知っているとは思うが、私はテレジー。見ての通り貴族街の出身。横にいるのはガリッパ──」
「──バーナードっす」
「……いや、ガリッパだ」
「え、自分の名前に対して『いや』って否定されることってあります?」
「うん、ガリッパ君だね」
「……ラルクがそう言うなら、リンもガリッパ君って呼ぶね」
「それでも、オレはバーナードっす……」
「ちなみに俺はマイケルだッ」
「僕は穏健派……のリーダー、ラルクだ」
「ラルクの幼馴染のリンウェルです」
「よろしく頼むッ!!」
「ああ、こちらこそ」
鉄兜を被り直したマイケルとラルクは互いに手を取り合って固く握手を結ぶ。リンウェルと名乗る少女然とした女は微笑んでその様子を見守っていた。
先の騒ぎから幾ばくか経ったあと、各々用事があるとその場から去っていった。残ったのは私達3人と、ラルクとリンウェルだけ。マイケルがどうせなら親睦を深めようと自己紹介を提案したところだった。
「それにしてもさっきはびっくりだよ。テレジーって結構乙女してるのね」
リンウェルは例の一件を思い出したのか、鈴を転がすようにくすくすと笑っている。
「乙女してるとは何だ?」
「さっきの姉貴みたいなことっす」
「あーなるほどー……とはならないんだよそれじゃあ。説明になってないから」
「はぁ……」
「え、何でため息吐かれなきゃいけないの? 私が悪いの?」
「テレジーは分からず屋だな、人の話をちゃんと聞いたほうがいい」
「うるさいッ。マイケルにだけは言われたくないッ!」
私は何も起こしてない。悪いのは全部私の環境。つまりマイケルが悪い。少なくともマイケルだけは確実に悪い。
「……思ったんだけど、2人って結構仲いいよね。付き合いは長いの?」
「そうだなぁ……もうあれから30年の付き合いになるか」
「そんなに!?」
「それだと私はおろかマイケルも生まれてないだろ」
「マイケルに流されんな。面倒なことになるぜ」
「は、ははは……」
ラルク、お前は簡単に騙されるなリーダーだろ。
……思えばたった数日の付き合いのくせに、何故ずっと一緒にいたような感覚になるの何でだろ……こいつと居ると面倒なことになるから、それが何かと私を悩ませているんだ。
「それでそんなに仲いいんだ、凄いね。僕とリンは結構長いけど2人ほど────」
「15年よ。羨ましいな、2人共」
ラルクの言葉に被せてその先は言わせないように、リンウェルは間に入ってきた。ラルクはいつもの事のように気にも止めず会話を続けた。
「そうそう、親同士の付き合いとかあってさ。ところでテレジーさんって何歳なの?」
「18だ」
「僕たちより年下か、僕とリンは同い年で20歳。ガリッパ君は……」
「16」
「皆若いなぁ……なんだか僕より大人びていたから、意外だな。僕たち以外のメンバーも20歳は超えてるんだ」
「ふーむ……俺は?」
「え、当然年上だと……あ、老けてるとか思ってたわけじゃないよ?」
「お前、それ言わなくて良くねぇか?」
であれば、ガリッパを除いて皆私より年上か。とてもそうは思えない。年上だというのならどっしりと構えて、もっと落ち着いて欲しい。
「ば、ばぶ、ばぶぅ!!」
「え?」
突然、マイケルは床に仰向けで寝そべって、まるで赤ん坊のような仕草で産声を上げた。
「ばぶぅぅううう!!!!
「……キモっ」
「老けてるって言われたから、幼児化してみたッ!!」
「してみた、じゃないわよ!! 年を考えなさいッ!!」
「ほら見ろ、謝れよ」
「そ、その通りだねガリッパ君……ごめんよマイケル。そんなつもりじゃなかったんだ」
ラルクが大人びている、と言ったからだろうか天邪鬼で赤ちゃんにならなくていいんだよ。お前の図体と渋めの声で赤子は色々キツイわ。
「……マイケルさんって、変わった人だね?」
「いや、『変わった人』だけで表現するには力不足だろ……」
「ふふふ」
再びリンウェルは私を見ながらくすくすと笑う。変わった人、ていうのは世の中に色々いるだろうが、こいつと同類にしては些か可愛そうだ。
「今日のことは本当にごめん。僕がガイを抑えられたら良かったのだけど……」
「いや、いい。期待してない」
「あ、うん……」
「ふふ、ラルク。考えすぎちゃ駄目だよ。リンはラルクが頑張ってること、よく分かってるから」
「ありがとう、リン……」
やべ、なんか悪いこと言っちゃったか? ……なんかリンウェルに凄く睨まれた気がした。『気にすんな』くらいの意味で言ったのだけれど。
「ふむ、テレジーよ。それではフォローになってないぞ?」
「な、なんて言えばよかったのかな……」
「『Get out of here』って言えばよい」
「オレ馬鹿だから良くわかんねぇけど、取り敢えずマイケルは黙ってろ」
☆ ☆ ☆
「マイケルさんって、元々アスキア人じゃないでしょ?」
「う、うむ……そうだが?」
「本当、災難だったね……偶にそういう人も居たけど。えーっと……6歳のときなのかな、ここに来たのは。旅行だったの?」
「んー……分からんッ!!」
「え……どういうこと?」
「つまり……『分からんッ』ということだッ!!」
「これは無視していいわ。その、マイケルは以前までの記憶を失ってるの」
「そんな……じゃあ、自分の家族も忘れてしまったのか?」
「う、うむ……何も分からん。でも心配無用だッ、俺にはテレジーがいる!! おんぶに抱っこだ、文字通りの意味でッ!」
「嫌よ──え、文字通り!?」
こいつこの図体でか弱いこの私におぶってもらおうと思ってるの? 無理よッ。自分の体重考えなさい。
「……何か困ったことがあれば、いつでも僕たちを頼ってくれ。君の助けになりたいんだ、マイケル」
「お、おお……お前は良いやつだなぁ、ラルクぅ! いやラルク殿!! あって間もない俺をっ!!」
ラルクの微笑みながら差し出した手を強く握りながら、マイケルは感激のあまり抱擁をした。本当良いやつだな……リーダーじゃなかったらどんなに良かったことか。誰かに任せて捨てようとした女とは違うぜ。
「勿論さ。生まれは違えど、この国にいる以上皆大変な思いをしているのは間違いない。助け合って、そしていつかアスキアを変えるんだ」
「おうッ!! そうしよう!! 今すぐ貴族たちにカチコミだッ!!」
「いや気が早すぎよッ。それにカチコミだとラルクの望む結果にならないでしょ」
「それもそうか……うーむ、うーむ」
「ははは。その元気に頼らせてもらうよ」
それから幾つかの自己紹介を重ねた私達は、お互いの大分知れたと思う。こんなにも大人数で話したのは久しぶりだ。前まではこんな風に平和に過ごせるとは思っていなかったな。……あの時、前に進むことを選んで良かった。私は歩いていける。
「少し気になっていたのだが、この国の人間は皆カラフルな見た目をしているな。特にテレジーの髪は太陽のように美しい」
「太陽……っていうのはイメージつかないけど……」
それはアスキアが栄花の時、アスキア一世の時世の影響だ。
クリフ一世より後を継いだイシャク一世はラ・マージ鉱山の利権を遠国のアフマド帝国との争いで獲得した。発掘された鉱物をキャラバンが売り歩き、アスキアを中心とする交易路周辺の国は栄えた。まあ、とうのイシャク一世は冷酷無比な人物で、国内からの支持は薄く、人望はなかったらしいが。
短い時世のイシャク一世から継いだ、前王たる我らがアスキア一世。彼の代になってからのアスキアの経済的成長は凄まじく、砂漠地帯というディスアドバンテージを持ちながらも、水路や街灯や家屋などの市内にかかる施設備、城壁や軍部の強化などアスキアの戦力の増強。さらにアスキア一世は学問の面にも余念がなく、魔法・魔術学、数学、化学等のあらゆる分野の学者を各国から呼び寄せ、研究費用及びその成果如何によって名誉を与えた。
それらのお陰で学者たちは我先にと研究を重ね、それがアスキア軍の強化及び自国の発展に大きく寄与した。外部から呼ばれた学者たちや観光客がこの国に住み、様々な人種が入り混じる帝国となった。
そんな中、多種多様な移民によって元々のアスキア人が他の種族に圧迫され、差別が起きるのではないかと考えられていた。しかしアスキア人が信仰していた宗教による優れた民度の高さから、そういった人種争いは無かったそうだ。また元々の辛い環境で生きてきたアスキア人であったため、他の種族を押しのけるほどのメンタルを持っていた、という説もある。
……つまり、アスキア一世は人種の垣根なく学者を呼び寄せ、国の発展に尽力した素晴らしい為政者だった。それ故元アスキア人は十人十色な髪色瞳色をしている、ということである。それだけ覚えていてくれ。
「この国では、赤い髪に緑の瞳を持つものが美人の条件と言われてるんだ。由来はこの国の象徴でもある聖なる炎。そして国宝の王家に伝わる翡翠玉。この2つは神聖なものとして大切にされてきた……と言っても、そういう人は中々居ないんだけどね」
「ほう、であれば確かにテレジーは……」
マイケルはラルクの話に共感するように頷いた。その間なぜか私の方を見ることはしなかった。
──数多くの学者たちの中で、アスキア一世は1つの家系を王家に入れた。それが赤髪に翠眼の、ナイルシュバルツ家だった。
その女性は魔術に精通している優秀な学者であり、強力な魔法師でもあった。アスキア一世の栄花の裏に、いや表に彼女の存在は大きい。アスキア軍の魔法師団の戦力拡充による国防力増加は、周辺国家に『アスキア大王』と名乗らせる程凄まじいものだった。国民の圧倒的な支持の下王家に嫁入りした彼女は、アスキアにとっての宝と同じ。その結果ナイルシュバルツ家は好待遇で迎えられ、経済的支援を得ることでより地位を増した。それに笠を着ることなく生涯アスキアに貢献した彼女は、アスキア国民にとっての憧れとなったのだ。
……ナイルシュバルツ家の一強ではあったが、他の学問に造形の深い名家も存在するよ、ってことだけ言っておく。説明は省くが。
「燃え盛る炎のような髪、綺麗に磨き上げられた宝石のように澄んだ瞳。しかも顔も整っててスタイルもいいってなったら、惚れないわけ無いっすよね……」
ガリッパは大袈裟に私の容姿について語り始めた。そこまで言われると少し居心地が悪い。色んな意味で。
「なるほどな。ガリッパもラルク殿も、そうなのか?」
マイケルは怪訝そうな表情で二人に問いかける。片方は自信ありげに、片方は難しい顔をしていた。
「もちろん、姉貴は世界一っす」
ガリッパは胸を張って即答してみせた。しかし何故だろう、こいつに世界一とか言われても全く何も思わないのは。
「あー、その。えーっと……」
ラルクはしどろもどろになりながら、答えを言わない。そういう優柔不断なところがリーダーとして失格なんだぞ。
「…………ふふ」
「…………」
……沈黙は肯定と受け取ったのか、ガリッパは共感するように大きく頷いた。自分の容姿をもちあげられても嬉しくないし、むしろ私は自分の外見が嫌いだ。だからこの手の話題はすぐに終わってほしいのだが。
「では、貴族は皆テレジーと同じ、赤髪に緑目なのか?」
「いえ、違うわ。元々黒髪が多かったアスキアだけれど、あらゆる人種が訪れたことによって、髪色や瞳の色が豊富になったのがこの国の普遍的な特徴。だから、貴族も貧民もそこは変わらないの。……皆一様に赤いというわけではないわ」
「……けれど、姉貴のような髪色と目のセットは貴族のナイルシュバルツ家……? だけっすよね」
「まあ、そうね」
「ナイル……む、それは何だ?」
「20年前、灰の嵐が発生した時、街に居た一定以上の魔力を持つ、有力者達を含むアスキア人全てがアスキア城に集められた。それが今の『貴族』と呼ばれる人たちで……その理由は灰の嵐に対抗するため、というのは分かるわよね?」
「うむ、クロードも似たような事を言っていた。灰の嵐を消すために莫大な魔力が必要だと」
「そう……その貴族の中には、王家もひと目に置くような魔法師の名家が幾つか存在したの。まあそうよね、魔力を持つものを集めてのだから、魔法師は優先的に貴族になり得る。その中の名家の1つであり、アスキア一世が客人として招いた『ナイルシュバツルツ家』っていう家系の特徴が、赤髪に翠眼なのよ」
「おお……なんかかっこいい? 名前だな」
「……と言っても、僕らが生まれる前の話だから、本当のことはよく分かんないんだけどね。多分より詳しく知ってるのはクロードくらいじゃないかな」
「ふむ……ではテレジーは由緒正しき血を受け継ぐ一族というわけだな」
「ええ……そうかもしれないわね」
「ふむ、今でも理想とされるくらいなのだから、当時はさぞかし……」
マイケルは独りごちると、ふむふむと腕を組みながら何かを納得したらしい。それきり悟ったように黙り込む。一通りの説明を終え沈黙が生まれる。会話が途切れただけで、それ以上の他意は無いはずなのに、私にとっては居心地が悪いが悪い以上の何ものでもない。
「それにしてもテレジーさんは歴史に詳しいんだね。アスキア一世より前の話は聞いたこと──」
「──何を言っている。常識だろ」
「え……」
「……あっ」
ラルクの会話を戻そうと端を発した言葉に、私の失言によって再びの沈黙。それもよりたちの悪いものとなって戻ってきた。
……そうか。貧民街ではこの程度の歴史すら伝わっていないのか。これではまるで私が知識をひけらかしているみたいだ。普段貧民と会話しないことが、こんなところで凶と出るとは。気づくのが遅れた。
思えば私が昔話をしている最中、一度としてラルクやガリッパ、リンウェルが口を挟むことをせず、耳を傾け聞き入っていたように思える。
「え、えーっと……」
「なんというかあれだな、気まずいなッ!!」
「マイケルぅ、そんなにはっきり言わないでぇ……!」
「……まあ、そんなナイルシュバルツ家ですが、唯一の残念な点といえば……血を継いだ女性は皆、『胸がまな板』ってことっすかね」
そんな気まずい空気を断ち切ったのは、ガリッパ。この時ばかりは感謝せずにはいられない。……話の内容はクソだが。
「最強なんだぜナイルシュバルツ家の貧乳の血は。昔巨乳が多い家系を嫁に貰った人が居たんだ。幸い子宝に恵まれたんだが、生まれてくる女児は全員貧乳だったんだぜ、例外なく。って親父が言ってた」
「ほう……なるほどな」
なんのことかと思えばくだらない、そんな話か。男は胸が好きだな。あとガリッパ。お前の親父の貴重な思い出話初披露シーンがこの場面で良かったのか? あとマイケル。頷くな。
「……胸なんてあったところで邪魔じゃない。あんたたちが思ってるより重いのよあれ。それに私は今の自分が──」
「姉貴」
「……何よ」
「ドンマイっ!!」
「殺すぞ」
あったところで動きにくいし、肩も凝るから要らない。要らないったら要らない。分かるかね、あの脂肪の塊。あれはつまり富の蓄積、ようはただのブタなのよ。私はニューヒューマンの先駆けとして、要らないものを廃した先進ボディを会得しているの。
というか、あいつら胸元膨らんでるから横から見た時、マジただのデブになるし。私を見てよこのスリムなスタイル、これが人間のあるべき姿よ。美しー。
……まあ私は私の容姿が嫌いだからあれだけど、それでもあいつら豚どもよりマシよ。
「えーっと、僕は別にどうも思わないけど……」
「なら黙ってろ。私のいいところを1つも言ってないくせに、このクソ男が。胸だけ見てろカス」
「きゅ、急に口悪いね……」
ラルクは曖昧な言葉を掛けてくる。何に気を遣ってるのか知らないが、余計なお世話だ。私は自分を誇らしく思っているというのに。
「ふふふ、女の価値は胸の大きさじゃないよ、テレジー?」
よく見ればリンウェルはそこそこある方だな。良かったなラルク、揉み応えあるぞくそったれ、引き千切るぞ。だが残念だったなリンウェル。高みの見物も今の内だぞへっぽこ乳袋。お前のよりデカイやつなんていっぱい居るんだからな!! 所詮中の上だぞ、お前なんて!! むしろ中途半端なサイズな分いじられもしない、見向きもされないしょうもない乳やぞ。恥を知れ。せめて下振れるか上振れろ、バーカバーカ!! バーカ!!!! どうせみっともねえ乳輪してんだろうなッ!!! ロケット乳首バンザーイ!! 垂れろ、情けなく垂れ下がれッ!!
「案ずるな……大事なのは器だ。中身なんだよ、テレジー……うんうん」
「あぁああッ!! もう、うっさいわねッ、だから気にしてないっていってんのよッ!!」
要領を得ない事を言うな。器って体のこと言ってんのか、結局どっちが大事やねん。お前も結局胸か、この色欲狂いの乳好き馬鹿鎧。
……お前私より胸ありそう。……う、うぅ…………。
☆ ☆ ☆
「じゃあ、今日は色々あったけどありがとう。また今度詳しく話したい」
「おう、ラルク殿。また今度な!!」
「テレジーさんも」
それからくだらない世間話を挟んだところで、私達は解散する足運びとなった。今日はあくまで顔合わせ。後日、今後の計画も絡めた行動について決めるらしい。これから仲間内で私とマイケルをどう運用するか会議をするらしい。さて、いつまでかかるだろうか。結構揉めそうだな……まあ、私には関係ないか。がんばれー。
「私のことはテレジーでいい」
私はさん付けされるほど高尚な人物ではない。もっと適当に読んでほしい。そう暗に伝えるとラルクは一瞬考え込むような仕草をとり、一度頷いて顔を私に向ける。
「ならテレジーちゃん……?」
「……ちゃんは不要だ」
それはちょっと不快だ。自分より年下だからといって、馴れ馴れしくないか。
「はっはっはっ!! いいじゃないか可愛らしいぞっ、テレジーちゃん!!」
「なんか腹立つ死ねッ!!」
マイケルにだけはそう呼ばれたくねぇ。怒り任せに全力でマイケルを蹴り飛ばした。彼は錐揉み回転しながら曇天を飛翔した。
「うわあああぁぁぁぁぁ………………」
「やっぱり仲いいなぁ」
「はぁ……では、また今度」
「う、うん。また今度」
ガリッパがマイケルのもとに救出に向かうのを尻目に、私はラルクに別れを告げアジトを後にする。面倒事は全てガリッパに。楽だな、これは。
「テレジー、ちょっといい?」
ラルクと分かれて帰路につこうとしたとき、後ろからリンウェルに呼び止められた。
「なんかあったかい? リン」
「うん、ちょっと、ね?」
簡単には断れない雰囲気を感じたため先に帰っていてくれと二人に伝える。ついてきて、と手招きをするリンウェルの後を追ってアジトの右手に位置する廃屋に入った。
……面倒事は終わってなかったようだ。
☆ ☆ ☆
埃まみれの廃屋。この施設はもともと兵士たちの宿舎の一部でもあったのだろう。もはや老朽化で使い物にもならない家具類が四散していた。大方金目の物や使えそうなものなどは奪われてしまうから。……これが、悲しくも嘗て最盛を極めたアスキアの現状でもある。
リンウェルは部屋の中央で立ち止まると、振り返ることはしないまま話出した。
「さっきはあまりテレジーと話できなかったから……2人で話したいことがあったの」
「そうか、私にはなかったが」
私は努めて淡白に言うと、リンウェルは振り返ってくすくすと笑う。
「やっぱりサバサバしてるのね」
「……生憎と、アンタみたいな手合に、『こういった場所』で色々あったからな」
「……変に刺激させちゃったかな? そんなつもりはなかったけど」
「胡散臭いやつだ。お前からは私が出会ってきた女どもと同じような『匂い』を感じる……猫を被るな、気持ちが悪い」
リンウェルは気取ったようなくすくすという笑い方をやめて無表情になる。茶番に付き合う気はない、そういうように敢えて挑発的な言葉を選んだ。
もちろんこんなところに連れてきて、ただの会話をするとは思えない。この女は身なりと身のこなしから判断するに戦えはしないだろうが、一応いつでも短剣を構えられる意識はしておく。
「へぇ……気遣ってあげただけなのに」
「……別に私はお前に危害を加えるつもりは毛頭ない。これ以上の会話も互いに不利益だろう」
私の言葉を聞いたリンウェルは、小さくため息を吐くと少女然としていた先程とは打って変わって剣呑とした雰囲気に変わる。
「……さっきの乙女してるって言葉。リンはね、『空気も読めずにメスを振りまく卑しい女』って意味で言ったの」
リンウェルは机に軽く腰掛けると、先程までの態度とは一変しくすくすと醜く嗤う。
「やっぱり貴族からも捨てられた底辺は勘が鋭いのかな。動物みたいだよね、『匂い』、とか……ふふふ」
「…………」
「ああ、やっぱり今のその顔……嫌い。悟ったかのような、見透かしているような高慢な顔。……やっぱりあの時、顔も狙っておくべきだったかな……?」
「……は?」
リンウェルは言葉を一度切ると、机から降りてゆっくりと近づいてきた。一歩ごとに眼光が鋭くなって、その度に内に秘める黒い何かがひしひしとぶつかってくる。
「あ、シドのことは覚えてても、そっちは覚えてないんだ……『貴族崩れの娼婦』さん?」
「それ、は……!」
「ふふ、あははは!! ちょっとおもしろい顔になった? いいね、それ」
遠い昔に付けられた、背中の古傷が疼く。一字一字、執拗に深く切り刻まれたその刻印は、今も尚私の背中を醜く穢している。
「リンとラルクの眼の前に再び現れたこと、後悔させてやる……ああ、それと、ラルクに近づいたら……どうなるかわかってるでしょ?」
すれ違いざま、呟くような恨み言を吐き捨てるリンウェルに、私は何も言えなかった。……覚えがないとは言わない。だから、非常に癪ではあったが、私は奴に従うことにしたのだ。
「地獄に落としてやる……お前だけは許さない」
リンウェルが廃屋から出て数分かあるいはそれ以上。呆然と立ち尽くした私は、崩れるようにその場にへたり込む。
「馬鹿ね……ここが地獄じゃないなら、私は一体何処まで落ちればいいというの?」
空虚な言葉というのは、やはりどこまでも物悲しい。無駄になると分かっていて、吐かずにはいられない人間の性。自分が、結局その輪廻の中に囚われていることに、改めて気付かされたのだった。