死中に活ッ!笑えよドラゴンッ!!※転生先が絶望的なんだが 作:ストロング西岡
「よーしッ。それじゃ……かんぱーいッ!!」
かんぱーい!! と重なり合った声が室内を包み、続いて木製のジョッキがあちこちでぶつかる音が聞こえた。
「……なんであんたが音頭取ってんのよ」
「そりゃ…………ふーむ、なんでだ?」
「僕の役目なんだけどね……」
「ラルク、気にしなくていいからね。──マイケルさん、ちょっといい?」
すっとぼけるマイケルに落胆する様子のラルク。見かねたリンウェルはマイケルに詰め寄ると微笑を浮かべながら、鬼気迫る様子で先程の振る舞いを咎めていた。コントか。
あれから幾日か明け、開かれた祝勝会兼、決起会。主要メンバーの6人以外の穏健派レジスタンスの構成員が多数参加し、大賑わいを見せている。……ざっと30人くらいか。分派し少数派となった現在でも、これだけの人数が在籍していたのだな。以外だ。
一応私はその席の一席に着くことが許され、こうしてこの場に居る。もちろんマイケルもいるし、何故かガリッパにも招待が来ている。……というより、マイケルがごねてガリッパの出席を無理やり取り付けさせたのだが。
「何もしてねぇのに、悪ぃな」
「構わん構わん! 今日は無礼講だ、いっぱい食えッ!」
「だからそれ僕の役目なんだけどね……。今日は決起会も兼ねているから、ガリッパ君にも参加してほしかったんだ。是非、決戦の日にはその敏腕を振るってほしい」
「……ああ、任せてくれ」
「マイケルさん。もうちょっとだけ、話があるの。いい?」
再び呼ばれたマイケルは、リンウェルに連れられ会議室の奥へと歩いていった。厳しすぎないか、あの女。
「ごめんね。リンは真面目でいい子なんだが、それが原因でたまに自分を抑えられなくなることがあってね……昔はああじゃなかったんだけど」
「……姉貴。そういうことじゃないっすよね」
「ええ、全部あの男の鈍感が悪いのよ」
「リンの将来のパートナーは大変そうだよな。ははは」
「ほら、やっぱり」
「そっすね!」
「へー。ラルク、なんでそう思ったのか……向こうで聞かせてね? ガリッパ君……だったよね。あなたも一緒に来てほしいな」
「いや、オレ何も言ってない。というか一番悪いのはラルクだと思う。というかリンウェルが可哀想」
「ふふふ……ガリッパ君は賢いね」
「ガ、ガリッパ君? なんて急にそんなことを──痛っ!? リン! み、耳は引っ張らないで! 痛いよっ!!」
ラルクを連行するリンウェルはニコニコと心底楽しそうな表情をしているが、その実目は一切笑っておらず私を睨み続けている。本当どうにかして。いっそ私のこと忘れてみない? 楽になれるよ。
それとラルク。お前絶対他の女の話するな。あとリンウェルを大切にしろ。
「はっはっはっ。愉快な1日になりそうだ!」
ラルクとすれ違いで戻ってきたマイケルは、無駄に大きな声で笑うと近くのテーブルにあった芋料理を摘んで口へと放おる。今日は珍しく兜を被っていない、かっこいい素顔を惜しげもなく披露している。
「今更だけど……マイケル。最後、あなたに私を運ばせてしまって、ごめんなさい」
戦いの後、魔力配分ミスでマインドダウンに陥って情けなく気絶した私。再び覚醒したときには既に自室へと運ばれていて、道中に何があったかは人から聞いた範囲でしか知らない。
「ふむ。あんなことでテレジーの助けになれたのなら本望だ」
「自分一人で片付けるって宣ったくせに、結局誰かに頼って……これじゃあ私は、弱いまま……」
自分で言っていて情けなくなる。目線は自然と下へと移り、豆だらけの醜い指が映る。
「テレジーよ。謝るくらいなら、最初からあのようなことはすべきではない」
「っ……そうね。本当に……その通りだわ」
「あ……すまない、言い方が悪かったな。こういうのは慣れて無くてな……」
わざとらしい咳払いを挟んだマイケルは、気を取り直してこちらへと視線を向ける。
「あの装備で、あの数の相手を同時にいなす……テレジーのやったことは大変素晴らしい偉業だ。テレジーでなければものの数秒で野垂れ死ぬだろう」
「そうは思わないけど……」
「帰る道中、オーフィア殿も言っていた。テレジーは強い、と。……俺も同感だ」
マイケルはうんうんと大仰に頷くと近くにあった皿を取り、こちらへと差し出す。
「もっと自分に自信を持ってほしい。俺みたいに無駄に堂々とするのもたまには良いぞ! ……だから、謝るのではなく感謝をするべきだ。俺がテレジーを背負っているとき、護衛を受け持ってくれたのはオーフィア殿だし……なんだ、その。……つまり、そういうことだ」
そういうことか。私は改めてマイケルに向かい直し、料理を受け取ってからその目を見つめる。
「私を信じてくれてありがとう。マイケル」
「おう。もちろんだッ」
「や、やめろッ。頭を撫でるなぁ……やめろってぇ!」
マイケルは頭をガシガシと力強く撫でてくる。えーい、鬱陶しい! 子供扱いしやがって。女にそれやると嫌われるって分かってやってんのか。
「けど、自分に自身を持てとか言うくせにあなた、唯一の取り柄が『正座しても足が痺れない』とか矛盾してるでしょ」
「俺に出来ることなんて、そのぐらいだからな……」
いじけた子供のようにそう言ってマイケルは正座すると、指をいじって遊び始めた。そんなに凹むことないだろ。
「せっかくいいこと言ったのに台無しじゃない……ほらこれでも食べて元気だして」
テーブルに置いてあった料理の一つに手を伸ばし、皿に盛り付ける。それをスプーンで掬うと、マイケルの鉄兜を取ってその口元へ運ぶ。
「うまい……」
「……なんか熱々っすね」
「な、何バカにゃ……バカなこと言ってんのにょ!?」
「結局噛みましたね……それにバカなことじゃないですよ、いいことじゃないっすか」
「うるさいッ、茶化すな!」
「……あ、いたいた。テレジーさん」
後ろを振り返ると、酒坏をもったシドとガイの2人が揃って歩いてきた。
「遅くなっちゃったけど、この前とつい最近行ってもらった魔獣討伐の件。ありがとう。テレジーさんのお陰で被害が減ったよ」
そう言うとシドは酒坏を差しだしてくる。答えるように私もジョッキを突き出すとコツン、と音を鳴らして乾杯をする。
「それは良かった。腕鳴らしにはちょうどいいから、あの程度ならいくらでも請けよう。……報酬次第だが」
「ふふ、もちろんさ。……西側の栽培区にはオイラの弟が働いてるんだ。弟も君に『感謝したい』って」
「そうか。……弟君には私のことは話したのか?」
『私のこと』に含めた意図を正確に汲み取ったシドは、苦笑いを浮かべながら言葉を繋げる。
「いや……まだだよ」
「なら、黙っておくのが弟のためだろう」
「でも感謝してるのは本当さ、オイラも含めてね。とにかく、そのことを伝えたかったんだ。……それよりほら、ガイ。ガイも言いたいこと、あるんでしょ?」
背中をシドに叩かれ、渋々といった雰囲気で私の前に出てきたガイ。居心地が悪そうに暫く顎を触るも、覚悟が決まった表情で正面を向いてくる。
「……仲間を殺したお前を簡単に許すことは出来ない。だが、それでもお前は俺たちのために、命を懸けてくれた」
「それがお望みだったろう?」
「あの場所はオーフィアや他の戦闘員を以ってしても突破出来なかった。だから、誰かを囮に切り抜ける他ないと思っていた……その場合、俺らが戻るまで生き残ってはいないだろうと」
「だろうな」
「……すまなかった。お前の事情を無視して、悪いことをした」
思いの外素直に頭を下げるガイに驚きを隠せない。あの不機嫌そうに鼻を鳴らすガイとは裏腹に、以外にも実直な男なのだろう。
「構わん。お前の判断は間違っていない。同じ立場なら私もそうする」
「そう言ってくれると助かる。革命派との一件で慎重になっててな。……あまり長話も俺たちには似合わねぇな。作戦の日は追ってシドから伝える。信用してるぞ。ボマー」
私は彼を勘違いしていたことに気が付く。憎しみに駆られて私を排斥しようと企てる、碌でもないやつだと思い込んでいた自分を恥じる。そんなつまらない男ではない。
「ああ。お前の慧眼は私も信用している」
互いの距離を図るよう差し出された拳を突き合わせる。あの一件で、彼は私をただの貴族ただの恨みがましい敵ではなく、自身の感情より、適所で利用できる『駒』とすることを優先した。そのほうが楽でいい。
「ああ、そうだ。ここ最近とある事件があってね……」
腕を組みながら若干難しい顔を見せたシドは、ガイの顔を伺いつつ話を進める。事件か。3度目の依頼の話だろうか。
「地下水路の作戦から程なくして、アスキア街で殺人が起きた」
「……殺人で断定していいのか?」
「ああ。遺品がそのまま、何も荒らされた形跡がなかったからな」
「ん……それは妙だ」
「む、何が『妙』なのだ?」
小首を傾げ訪ねてくるマイケル。まだ貧民街について知らないことが多いから、分からないのも無理はないだろう。
「『死体が残らない』って話は覚えてるわよね?」
「うむ。中々に衝撃的だったから、覚えているぞ」
まず貧民が貧民を殺す理由は主に1つ。その殺した貧民が持っている物を奪うためだ。理由は説明しなくとも分かる通り。大抵が縄張り意識の高い連中、またはそれら同士による抗争などで殺しが発生する。それ以外ならホームレス共のいざこざや、単純な食糧の奪い合い。……例外を上げるのなら、暗殺などか。
だが、これら全ての犯行はある1つの前提条件が欠かせない。
「死んだ時に死体が残らねぇなら、身に纏ってるものを全部持ってけば誰も死んだことに気付けねぇだろ」
「……ふむ。血すら残らないなら、そうか」
「ある日から突然いなくなった人は『行方不明者』として扱われるんだ。……亡くなった証拠がないから、永遠に『死亡』が確定出来ないんだ」
それ故、大々的に殺さない限り人の死は秘匿される。殺しの鉄則は証拠を残さないことと、人目につかないこと。この2つは貧民街の誰もが知っていることだ。
まぁとはいえ限度はあるが。闇市に明らかに被害者の遺品があればバレる。人の多い街で誰にも見つからず、消えるまでの約10分間を耐えるのは難しい。
だからこそ、遺品をわざわざ残して『殺した』とアピールするような行為は到底理解し難い事態だ。……享楽的殺人に手を出した奴が居る可能性がある。というのが希望的観測だな。或いは魔獣の仕業か。だが魔獣ならもっと痕跡を残すだろうから……なんとも言い切れないな。
「今は少しでも情報が欲しい。次の犠牲者を出さないため、何か分かったことがあれば是非共有してくれないか」
「ああ」
「言っとくけど、1人で何とかしようと思わないでね。テレジーさんが強いのは分かってるけど」
「大丈夫だッ。俺が何とかするッ!!」
「そうね。あんた1人でやって。面倒だから」
「おうッ! ……おう?」
言われなくとも1人で突貫するような馬鹿な真似はしないが、依頼という形を取らなかったことから、彼らがこの件に慎重になっていることが分かる。……加害者がどういった素性かも分からないんだ。情報集めをしなければ。
「……湿っぽい話しちゃったね。でも、今日は楽しんでいってほしい。テレジーさんのためのパーティーでもあるんだ」
「俺はいっぱい楽しんでるぞッ。なにより飯がうまいッ!!」
久しぶりに鉄兜を外したマイケルは、両手の皿に料理をいっぱい盛付け、口に運んでははしゃいでいる様子だ。ガキか。
「ここにあるのは全部オイラが作ったんだ。美味いに決まってるさ」
先程も食ったが確かに、飯は美味い。マイケルが取ったりょうりをひとつ摘んで食べてみる。やっぱ美味いな。このぐらい料理できるとご飯作るのも楽しいんだろうな。
……ふとマイケルを見ているとオーフィアのことを思いだす。しかし、周囲を見回しても彼女の姿は見えず、そういえば乾杯のときにも彼女の面影は見当たらなかったことに気が付く。
「そういえば、オーフィアの姿が見えないわね。どこにいるの?」
「あ、それはですね──」
「うっ、うぅ……」
ガリッパが何かを言おうとしたとき、マイケルは食べ物を口に運ぶ手を止め、しくしくと泣き始めた。
「な、なによいきなり」
「あー、オーフィアは……すごく言いづらいんだが……」
ガイは言葉尻を弱くして、そう言うと俯いてそのまま黙り込んでしまう。まさか、私が意識を失ってるときになにかあったのだろうか。
「うっ、オーフィア殿……何故あんなことに……」
「ね、ねぇ一体何なのよ。オーフィアに何があったの!? シド、あんたなにか知ってる? 教えなさい」
「いや、その……ごめんオイラからは……」
「っ……!」
そんな、本当にオーフィアは……。ふと目眩に似た感覚が訪れ、足元の感覚が疎かになり立っているのが難しくなる。テーブルに手をつき、空いた手で目頭を押さる。
オーフィア……あまりにも居なくなるのが早すぎる。まだ話したいことがいっぱいあったのに……。
思えば最初の出会いは会議室の横の席になったこと。その時、私達は……特に何も話してはいない。そして湯浴み室……中々出てってくれなかったあの子。
その後会議室でリンウェルに怒られ、その数日後には私のアジトで暴れたい放題。変態が露呈したのもこの日だ。そして一緒に行った魔獣討伐。特に連携も何もしてないし各個撃破だったから戦闘は余裕だったね。最後は砂かけあって遊んだっけ。……いや、私それに参加してないな。
地下探索のときも意識不明になった際は彼女に助けられた。そのお礼をまだ出来ていないというのに。
「来世でまた会えるといいわね……」
「勝手に殺さないで。オーフィアは戦闘で乳首が擦れ過ぎて動けなくなって、自室で安静にしてるだけよ」
後ろから肩を叩いてきたエレノアがそう言った。
「そう、乳首が……」
ちくび、擦れる……動けない。
死んでない?
オーフィアとの思い出を回想していて遠くに行った意識を引っ張ってもとに戻す。そういえば露出癖があって、いつもパンツを履いてないとか言ってたな……。
「あの子、体を締め付けるものが嫌いで、ブラとかショーツを嫌がるの」
あいつ本当に馬鹿なのか?
──無意識に私は頭を抱えた。
☆ ☆ ☆
「馬鹿なの?」
「いきなり酷い……心配してくれないの?」
「エレノアからブラ貰ってきたから、後でちゃんと着けなさい。パンツも」
「うぅ……いやだっ」
「ダメ」
「テレジーが毎日着けて、脱がしてくれるなら……」
「自分でやりなさいッ。……黒くなって醜くなるわよ」
「っ!? それは嫌だ……テレジーには私の綺麗で小さいピンクの乳首を摘んでほしい……」
「世界一気持ち悪い理由ねッ! あと局部を詳細に語るなッ、想像しちゃうでしょ!?」
「想像……したんだ? えっち……」
くそッ、ウザい!!
私は目の前で妙に照れ顔で顔を隠しつつこちらを上目遣いで見つめて幼気な少女を演じ、だがその実変態丸出しで卑猥な言葉をを交えて妄想を垂れ流すオーフィアに苛立ちを覚える。
人がせっかく感謝を伝えようかと思えば、無駄に心配させておいてこれだ。私を振り回すのもいい加減にしろ。
「元気そうならもういいわね。私帰るから」
「待って。行かないで」
「ちょっ、離して」
後ろから抱きついてきたオーフィアを振り払う。しかしオーフィアは自慢の怪力で抱きつき、それでいて私の肩と腕の傷を慮ってか痛まない丁度良い加減であるのに、全くと言っていいほど振りほどけない。変なところで気を使うならさっさと離れてくれ!
「ねぇ、今日は一緒に寝てくれるよね?」
オーフィアはねだるような甘ったるい声で自身の胸部を私の背中にくっつけ、グニグニとその存在感を協調するかのように体を揺すりながら押し付ける。
「くっ……1人で寝なさいよッ」
「だって、寂しいから……」
「っ、誘ってるみたいで気持ち悪いなッ! あと胸を押し付けんなッ!!」
私が必死に言い返すと、オーフィアは背伸びをしたのか私の耳元まで口を近づけると耳たぶを口に入れた。そして噛んだり、吸ったり、舐めたり……。
「う、うわぁ……や、やめぇ……」
き、気持ち悪いっ。嫌な感覚。でもなんか……頭が蕩けるような……。
暫くそうして虐められていると、私の反応に満足したのか耳を口から離して今度は吐息混じりな声で囁くように言葉を紡ぐ。
「……いじわる。この前はあんなに私を求めてたくせに……ねぇ、私を……めちゃくちゃにして。いっぱい……愛を教えて……?」
「ああ! キモいッ! 離れろぉおお!!」
オーフィアの腕の力が抜けた一瞬をついて屈むようにして拘束から脱出。急いで距離を取ってオーフィアと正対し拳を構える。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
うぅ、耳がよだれでベタついてるし、じんわりと暖かくて気持ち悪い。それに頭のモヤのような変な感覚がまだ抜けない。心臓も早鐘を打ってる。
私の様子を見てか、オーフィアは楽しそうに口元に微小を浮かべると、上品に口を手で隠した。
「ふふふ……う、痛い。けど楽しい」
「楽しくないッ!!」
「いざというときに、マイケルにこう言うと良いわ」
「言わんわッ!?」
☆ ☆ ☆
興奮で再び局部の痛みに悶絶し始めたオーフィアに、無理するなと言い聞かして寝かしつける。軽めの毛布をオーフィアに掛けると、私も近くの椅子をベッド脇に運んで腰掛ける。
こんなことをするために来たわけじゃないんだが……。本来の目的を果たすため、私は咳払いをいくつか挟んで意識を変える。
「貴方にも迷惑掛けたわ。私が意識を失ってる間、貴方一人に護衛を押し付けてしまったわ。──ありがとう」
「ふふ……のーぷろぶれむ!」
オーフィアは良く分からないことを言いながら、親指をぐー、っと差し出してくる。任せろ……みたいな意味かしら。
「それより、テレジーの戦いぶり、凄かった……。やっぱりテレジーは強い」
「またそれ……いい加減やめて。魔法が使えれば誰だってあれくらい出来るわよ」
「……私は、そう思わない。テレジーは……強いの」
「…………」
「ねぇ、テレジーは……なんでそんなに、強いの?」
オーフィアは何時になく真剣な表情をすると、腕を上げて真っ直ぐ私の胸元、それも丁度真ん中を指してくる。……あのとき、湯浴み場でのときと、同じ場所。やはり、『ここ』に何かがあるのを分かってる。見た、とかではなくはっきり感覚として感じ取っているのだ。
オーフィアは上体を起こして、しっかりと私の胸骨の辺りに指で触れてくる。
「私が強い……ね。貴方は私に何を求めているの? 貴方は私の何が知りたいの?」
「…………」
「それは何故? 自分のため? それとも……誰かに情報を伝えるため?」
「……愚問。テレジーの言う誰か、とは誰? 私は、私のために知るだけ」
この問答で、私は今まで温めていた疑問に結論付けることができた。
「貴方は……貴族街出身で、試験に落ちた元子供たちで……魔法師なのね」
そう私が言うと、肯定の意なのかその綺麗で長い睫毛がゆっくりと動き、伏せ目がちにそっと閉じられる。
……結論を遅らせた要因は様々。1つは、貴族街の元子供たちの貧民街に捨てられた場合の生存率の低さだ。
大抵の場合、捨てられた子供たちは、その日のうちに貧民に見つかって嬲り殺しに合う。もって数日、よくて奴隷として余生を過ごすことになる。私もそうであったし、2年間で何度か私のように落ちてきた子供たちが、そういう末路を辿るのを見てきたからだ。
だから、まさか捨てられた子供たちがオーフィアのように健常に生きている、というのは考えられなかった。先入観のようなものが思考を阻害していた。……健常というのもあくまで主観の話であって、本人からすればそうでない可能性はある。しかし、それをわざわざ聞くという野暮なことはしない。
「私も色々あって、思い出すのに時間がかかったけれど……思い返せばその髪色と瞳。貴方の血筋は名門、アドロフ家のものね」
2つ目は、髪色だ。
この国は帝国という成立ちからも、様々な民族が暮らしている。それに加え貿易商も盛んであったから、外からの来客も多かった。それ故、アスキア帝国では多種多様な髪色、瞳、肌色をもった人間がたくさんいる。
とはいえ、オーフィアの髪色、瞳はどちらも黒で特段珍しいわけではない。貧民街で探さなくともすぐに見つけることができるだろう。現に熊型魔獣に襲われた際に出会った親子や、私が焼き殺した娘。クロードなどが黒髪だったはずだ。
しかし、それは子供たち──貴族なのであれば話は変わる。貴族の中でも魔法師の名門とされる2つの家系。それがナイルシュバルツ家と、オーフィアの血統アドロフ家だ。アドロフ家の特徴は黒髪黒目で、暗部を担う王国きっての『粛清部隊』を多く排出していた、魔法師の一族だ。そして、変人・曲者揃い。
「……テレジー。何で『本気を出さなかった』の? ……もしかして、それのせいで『出せなかった』の?」
「答える必要はないわ」
「テレジーの噂は知ってる。ナイルシュバルツ家の鬼才。天才テレジー・ナイルシュバルツ。貴方ほどの人が……何故こんな場所にいるの」
「……」
「そもそも……貧民街に来る前に、子供たちは魔力を『根こそぎ』奪われる。その時の過剰な負荷で……魔力回路が破壊され、魔法は愚か魔力すら碌に扱えなくなる。魔法師としての人生は終わる。テレジーは、少しは衰えているだけに見える。何故あなたは未だに魔法を使えているの?」
「……それを言うならオーフィアの使っている武器……魔術回路が施されているわよね。恐らく、魔力を流すことで『武器の体感重量を減らす』といった作用かしら。貴方も魔力を使えるなんて、なんでかしらね?」
相変わらずオーフィアの顔は不動で、一定の感情で正対している。室内を嫌な沈黙が満たしていく。永遠にも思えるその一瞬の間は恐らくただの幻覚で……だがそれはあまりにも、質量が伴った重荷が両肩に乗っていた、私達には似合わない気まずい時間な気がした。
『コンコンコン……』
「リンウェルです。オーフィアさん。起きてる? ご飯持ってきたよ」
頭は動かさず、だが意識を完全に扉へ向ける。冷水を浴びたように熱を帯びていた脳がすっと冷えていく。オーフィアの方を見ると、変わらない様子で扉の方を注視していた。
「食べる」
「じゃあ、入るね…………テレジーもいたのね」
美味しそうな料理が乗ったプレートを片手に、扉を開け入室したリンウェルはこちらに気づくと小さく微笑む。
「私のせいでもある……と考えることもできるからな。お見舞いくらいはする」
リンウェルに下手に勘ぐられる前に私はここにいる理由について話す。理解してくれるかは分からないが、いつも通りに、という視線をオーフィアに送っておく。
「つまり、テレジーが全部悪い……」
「それだけは違う」
「ふふ、でも駄目だよオーフィアさん。下着はちゃんと着けないと。『いいもの』を持ってるんだし、大事にしてあげて? 形が悪くなっちゃうよ」
胸元にチラッと視線を感じた。……この女。隙あらば私を貶したいのか。
「それは困る……テレジーにはわたしの綺麗で張りのある柔らかなおっぱいを揉んでほしい」
「だから気持ち悪い理由を披露するなッ!!」
私は必死に内心の焦りが露呈しないよう普段の自分を思い出しながら、丁寧に言葉を紡ぐ。
「ふふふ、元気そうでなにより。じゃあリンは戻るね」
「せんきゅーそーまっち」
料理をひとしきりテーブルに置いたリンは、終始にこやかに振る舞って部屋を去っていった。オーフィアはさり際のリンの背中に手を降って感謝を伝えていた。
閉扉を確認し、足音が遠ざかっていくのを待ってから私はオーフィアの耳元で小声で話す。
「聞かれていただろうか」
「……多分、大丈夫」
「そう……」
再び室内に沈黙が戻る。予定にない来客があったが、私達の間に流れる不穏な空気は消えてくれない。互いが互いを警戒し、距離を測りかねているのだ。
「ごめんなさい、オーフィア。貴方にも事情があるのに遠慮ないことを言ったわ」
先に折れたのは私。私は彼女を端から疑って、ずっと正体について探りを入れていた。だがやがて彼女の人となりを知って、ただの知り合いではなくなってしまった。これ以上、徒に疑い続けることを私の良心が許してはくれなさそうだった。
「わたしも……テレジー、ごめん。その……言いづらくて」
オーフィアはなにか言いたいことを我慢しているような、そんな表情を浮かべていた。苦しそうにしているのは、いつもの自由人な彼女らしくない。
「……っ、そのっ、わたし──」
「──いい。言わなくて」
下から顔を覗いてくるオーフィア。不安そうにする彼女の頭を安心させるよう撫でる。
「……テレジー?」
「言いたくないことのひとつやふたつ、誰にだってあるのよ」
「……うん」
「だから、お互い……追求はここまでにしましょう」
「……分かった」
ひとしきり撫でて落ち着きを取り戻したオーフィアは、寝具に体を預けて横になる。こうしてみると、彼女のほうが歳上なのに私のほうがお姉さんみたいだ。
「今日は戻るわ。安静にしなさい」
椅子から立ち上がろうと足に力を込める。その時、コートの裾をきゅっ、と摘まれた。
「どうしたの?」
「テレジー……私のこと、友達にしてくれる?」
友達。
かつての私にとってその言葉は蔑称にも似たものだった。だから、今その言葉はただ一人にだけ向けていて、称号のように神格化……というと言い過ぎだが、そのくらいには特別な言葉だ。
『いや重いわ。そんなに友達に比重を置かないで』
『え?』
『もっと軽く考えなさい。……いつか失ってしまうものなんだから』
ああそうか。本当はもっと軽いものだったっけ。でも、私には難しい。少なくとも今は。そんな簡単に割り切れないよ。
「……」
言葉が継げない。簡単に『友達』と口にすることはエリナにも、オーフィアにも失礼になる。一瞬の間だけで一生にもなる問題の責任が取れない。
「わかった……でも、わたしは貴方のことを友達だって思ってる」
「…………ありがとう。そう思えるように私も……」
袖を掴む手をそっと外して、椅子から立ち上がる。それ以上は言わない。その先を言わななくて済むよう私は早足気味でノブに寄って手をかけ、部屋を後にした。