死中に活ッ!笑えよドラゴンッ!!※転生先が絶望的なんだが   作:ストロング西岡

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第二十七話 刺激

 

 部屋の扉を閉めてオーフィアと別れた私は、マイケル達のもとへ戻ろうと廊下を歩いていく。

 

 胸中にできた蟠り。それはオーフィアの存在そのものと、彼女の言った『友達』という発言によって作られた。

 

 オーフィアも私と同じようにここへ落とされたというなら、彼女も大変な目に合ってきたはずなのだ。オーフィアという人間を知ったことで、できる限りのことをしてあげたい。そう思ったのは、予想外の同胞であり、そこに希薄ではあるが繋がりを感じたからかもしれない。決してそ同情などではなく、今ではオーフィアは大事な間柄であると思っている。そして、オーフィアのためにできることが私と友達になることだというのなら、私は……私は。

 

 しかし、友達という存在が。今の私にとってどうしょうもなく怖い。

 

 裏切られたくない。傷つきたくない。その一心で人を遠ざけた。だからただ一人の例外を除いて、私は誰とも関わりを持たなかった。そんな私がオーフィアと友達になって一体何になるというのだ。

 

 大事なものを抱えて、そしてそれを失って……そんなのはもう嫌だ。

 

 嫌なものから逃れたいがため感情を封じ込めた過去が、今になって反乱を起こそうと蠢いている。

 

「こんばんは、テレジー。さっきぶりだね」

 

「っ、リンウェル……!」

 

 廊下の曲がり角の壁。そこに背中を預けながらこちらを見てくる女。待ち伏せしていたとしか思えないその人物は、いつもの少女然とした雰囲気とは違い、恐ろしいくらいその顔には如何なる色を見せてはいなかった。

 

「……聞いていたのか」

 

「そうだとして、わざわざ丁寧に答える必要ある? ……ああ、そう知ってる? 結構ここの壁って薄くて、耳をすませばなーんでも聞こえてくるんだよ? 『天才』さん」

 

 前屈みになりながら上目遣いで嫌らしい笑みを向けてくるリンウェル。そのこちらを挑発してくる厭味ったらしい発言に、私は唇を思わず噛み締める。

 

「そういえば、テレジーの活躍で貴族街への道が確保できたんだっけ。凄いわね、さすが天才テレジーさんね」

 

「その名で呼ぶな。それに、お前に褒められる筋合いは──」

 

「──って素直に言うとでも思った? 馬鹿かっての。なんで五体満足、平穏無事に生きてんのよ気持ち悪い。死ねばよかったのに」

 

 悪態つくリンウェルに、私は何も言えずその場で立ち尽くした。言われ慣れた言葉だ。ここまで直接ぶつけてこられるのも久しぶりだが。

 

 ふと昔の、貧民街に来たばかりの頃の光景が脳裏に浮かぶ。

 

『この気持悪い小娘っ! とっとと死んじまいな!!』

 

 あれは誰だったかも思い出せないが……。一夜にして全てを奪われ絶望し、心身ともに限界を迎えていた私は、朗らかな笑みを浮かべた女性の優しい言葉に唆され、何故か路地裏に連れて行かれた。そしていきなり後頭部を殴られたかと思いきや、その直後私の絶望はまだ終わっていなかったことを悟ってしまった。

 

 ……胸がざわつく。つまらないことを思い出した。

 

「──へぇ、そんなに聞かれたくなかったんだ。だからリンを殺すの? 別にいいよ、殺せば? 『あの時』みたいに」

 

 逆手で抜いた短剣を右手に構え、刃をリンウェルの首元に這わせる。すー、っと一筋の切り傷が入り、滲み出るように溢れた血が首から鎖骨へ流れ、どこか扇情的な姿を生み出す。

 

「……でも覚えていて。リンは……お前だけは絶対に許さない。その首を絞めて、ゆっくりと、苦しませながら殺して──」

 

「──一体この状況でお前に何ができると言うんだ。あまり調子に乗るなよ」

 

 私はリンウェルに対し、ナイフを下ろした代わりに今度は襟を掴んで壁に叩きつける。平時であれば乗らないであろう挑発に思わず乗ってしまった。余計なことを考えていたせいで神経質になってる。

 

「あはは、こわぁーい! テレジーったら、冗談よ? じょーだん!」

 

 凄みを付け放った言葉に物怖じする様子を見せず、リンウェルは誂うように大袈裟に笑って言った。

 

「でも、一番調子に乗ってるのは……アンタでしょ」

 

「どういう意味だ……!」

 

「そのままの意味よ。お仲間ごっこは楽しかった? でも、みんな結局アンタの事便利な『道具』としか思ってないこと気付いてる? 道具なら道具らしく素直に男どもの慰み物になればよかったのに。傷だらけの醜い体でも使い道くらいはあるでしょ?」

 

「っ……」

 

「──そろそろこの手どけてくんない? 性病がうつる」

 

 リンウェルに体を突き飛ばされると、私は力なく後ろに飛ばされる。そんなこと……言われなくとも分かってる。私が道具として扱われていること。それは今も昔も変わらない。

 

『お前らにはこの国を救う義務がある。逆に言えば、それ以外での価値は持たない』

 

『魔力でもってその価値を示せ。でなければ、お前たちは道具以下に成り下がる』

 

 貴族街における、子供たちから大人たちへ。その過程を徹底管理する育成機関が存在する。機関設立の理由は、この国に無数の災厄を呼ぶ灰の嵐に対抗するためだ。その対抗の手段とは、『大量』なんて言葉じゃ収まらない莫大な量の魔力を真っ向からぶつけ、灰の嵐を打ち消すというもの。そして、貴族はそれを達成するための『駒』に過ぎない。

 

『あぁ、やっぱりこいつは良いなァ! 他の女とはわけが違う!』

 

『おい、早く俺にもそいつ貸せよ!!』

 

 定期的に貴族への不満や憎悪を発散するため、魔力を奪って無能力にした子供たちを貧民街へと追放するシステム。それに従い私達はここへ流される。そんな『駒』にすらならないゴミ同然の子供たちの末路は言わずもがな。

 

『汚らしい! 娼婦でももっとマシな格好してるよ』

 

『ほんと醜い女。ふん、ざまあみろ』

 

 リンウェルの言葉一つ一つが、過去に言われた言葉とリンクして心に染みるように、耳から離れていかない。ああ、そうだ。言われ慣れてる。そのはずなのに、どうしてもこんなに心を動かしてるんだ。

 

「二度とその顔をリンに見せないよう、今度こそ死んでね? ……娼婦以下の無価値な女。誰にも人間扱いされない惨めな廃棄物が、生きてていい道理なんかないんだから」

 

「っ……!?」

 

 口から溢れ出そうになる感情を歯を噛みしめ、ぎりぎりで食い止めることに成功した。その不消化な思いが私の思考を埋め尽くす。

 

 不快だ。不快だ不快だ不快だ…………! 

 

 拳を固く握る。収まれ。その思いは燻らせるだけにしろ。そして感情的になるな。人間を感情で殺すのは愚の骨頂。それだけはやってはいけない許されざる大罪だ。

 

「あははは!!! やっと面白い顔した!! 今すぐ殺して飾りたいくらい!! あははははは!!!!」

 

 だがこいつは? 感情で動いて、これから誰かを傷つけ、害を生み出しかねないこの女は? それを知っていて、どうして放って置くことができようか。そうであればいっそ、今ここで……しかし、この女を『殺さねば』という思いは私の感情か、それとも理性によるものなのかが分からない。

 

「苦しい? 辛い? でも、リンが受けた苦しみはこんなものじゃないよ?」

 

 分からないから、殺せない。殺せないから、分からない。

 

 そしてなにより、この女の言葉にこんなにも惑わされている自分が一番……分からない。

 

「おいっ! どうしたんだ!?」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、大きな声とともに廊下を走ってくるラルクは、私達の中間に立って困惑した様子を見せた。

 

「あ、ラルク! その、テレジーと喧嘩になっちゃったの。そしたらリンの言葉が気に障ったみたいで……」

 

 リンウェルはとぼけた様子でけろっと嘯いてラルクに小走りでよっていく。しかし、ラルクはリンウェルをそっといなすと、私の方へ歩み寄ってきた。

 

「テレジー……顔色が悪いけど、大丈夫かい?」

 

 気遣うように優しく声をかけられた私は、今までの自らの行動を恥じる。激情にかられ、我を忘れるなどあってはならないことだ。

 

「……何でもないわ、気にしないで」

 

 言葉尻が弱い。いつもと同じように言葉を発しようとしたのに、弱々しい言葉しか出てこない。意識して見せていた強気な態度も、今は虚勢にしかならないことを悟る。

 

「……リンに、なにか言われた?」

 

「ねぇ、ラルク。何でリンが悪いって話になるの? 何でリンの心配してくれないの?」

 

「それはっ……テレジーの、こんな表情見てたら心配にもなる! それなのにリンは──笑ってるじゃないか!!」

 

 ラルクはリンウェルに対しそう叫ぶ。しかしリンウェルはどこ吹く風とばかりに受け流すと、踵を返して背中を向けその場を去っていく。

 

「ま、今日は機嫌がいいからもういいや……でもラルク。今度はちゃんと、リンを心配してね?」

 

 振り向きざまに手を小さく振ると、上機嫌に鼻歌を歌いながら歩いていく。次第に背中が小さくなっていって、リンウェルが廊下の角を曲がったことで完全にその姿を見失った。

 

「テレジー……」

 

「っ、触らないで!」

 

 肩に触れるラルクの手を叩いて、一歩二歩下がって距離を取る。悪寒が走り、体を抱えるように腕を組む。はっ、何だこれは。思わず自嘲する。まるで生娘みたいな反応じゃないか。

 

「──帰るわ。今日は、ありがとう」

 

 静止を呼びかけるラルクを無視して、私は出口へ走る。

 

 最近、昔の……嫌なことばかり思いだす。思い出したくない、封印した過去のことを。なぜ、こんなに弱くなってしまったのだろうか。おかしいな、昔はなんにも思わなかったのに。今は心に爪立てて引っ掻き回されてるみたいに──。

 

 逃げないことが、こんなにも辛いだなんて思わなかった。貴方は凄いね、エリナ。

 


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