死中に活ッ!笑えよドラゴンッ!!※転生先が絶望的なんだが   作:ストロング西岡

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第三話 危機

 

 数メートル先にいる熊型魔獣と対峙する。状況は悪い。魔獣を相手するには刃渡り20cmの短剣では心許ないし、爆弾も数が限られている。魔力量も少なく残りは6割程度といったところだ。

 

 大通りに位置するため遮蔽物がなく見晴らしがよい。逃げるにしても熊の足は早く、魔法の無い人間では振り切ることが出来ない。例え私が身体強化魔法を使い逃げたとしても、さらに街の被害を出しながら、結局逃げること叶わず無駄に消耗して戦うことになりそうだ。

 

 ……よく考えたら面倒事消えてないな。むしろ増えたまである。あの男、余計なことをしやがって。

 

『グゥゥゥウウウ…………』

 

 ゆっくりと旋回しながら、攻め入る隙を見定めている魔獣。その目は獲物である私しか捉えていない。

 

 本当に、面倒だ。魔獣との戦闘経験は浅い。上手くやれるかわからないが、やれるだけやろう。でなければ私がここで死ぬだけだ。そう考えれば簡単なことだ、結局いつも通りやればいいだけ。

 

 先手必勝。身体強化魔法、自慢の魔力節約術を使って出力を抑えつつ可能な限り魔力消費量を抑えた高効率魔法を使う。

 

 懐から護身用の短剣を逆手に駆ける。僅かに反応が遅れた熊型魔獣の左目を狙って切り裂く。既のところで避けられ首を浅く斬り裂く。

 

『グァアアア!!』

 

 感触は硬く思ったより刃が立たない。しかし斬れないことはない。首元からは黒が混じったような血が滲み出る。自慢の毛皮で守られた弱い皮膚を割かれたことがないのか、魔獣は戸惑っているようにも見える。

 

 順手で構え、再突撃。しっかりとこちらを見据えていた熊型魔獣は、両足で立ち上がって右手の爪によるクローを放つ。緩急をつけて眼前で避け、迫る左手の追撃を躱しながら斬りつける。

 

「これでも喰らえ」

 

 大口を開け噛み付こうとした魔獣の口内に手榴弾を放り投げる。直後盛大に爆発を起こし、周囲は衝撃波に包まれ、爆音が体を揺らす。

 

『グゥゥゥウウウ…………』

 

「……まだ生きているか」

 

 口内で起きた爆撃を全て受け止め、ほぼ無傷で生還した熊型魔獣。しかし、口の中は血だらけ痛々しく、涎に赤みが混じっているのがわかる。

 

 馬鹿げてる。あの爆弾であの程度で済むのが可笑しい。この魔獣あまりにも強い。これは本格的に逃げるべきかもな。……ここで私が勝てなければ、この街の誰がこいつを殺すのだろうか。

 

 魔獣の体が淡く光り始める。魔法が来る。体が淡く発光するのは溢れ出る魔力を、十分に扱いきれていないという証拠。魔法の使用練度が低い者や、興奮や狂乱といった精神状態に引っ張られて乱れ、魔力が光として生じる。それは綺麗にも見えるがその実相手に魔法の発生を警戒されるし、場合によっては魔法の種類か伝わるし、魔力が発生した光に持っていかれ消費量も増える。

 

 つまりただの無駄遣い。

 

 熊型魔獣は身体強化魔法を使い、高速のタックルを放つ。だがそれは既に手の内が割れている。高く飛ぶことで躱し魔獣が下をくぐり抜ける。

 

 短剣に魔力を流し炎を纏う。剣を振るって火球を飛ばす。振り向いでこちらを睨めつける魔獣の顔面に火球が直撃。小爆発とともに炎が体を包む。

 

「ぐっ!?」

 

 しかし、炎の中からまたも無傷で出てきた魔獣は、渦巻く灼熱の中から高速タックルを再使用。反応できずにもろに受けてしまう。

 

 地面を転がり、衝撃を受け流す。回転が止まった頃には熊型魔獣は姿をくらまし、気付けば背後に回っていた。

 

「がはっ!?」

 

 背後から体重をかけた前足のスタンプ。突然の衝撃で肺の中の空気が全て吐き出される。

 

「ぐぅぁああああ!!!」

 

 右肩に走る鋭い激痛。顔の横には大きな熊の顔。鋭い牙は私の柔肌を貫き、大量の血が魔獣の顔を濡らす。

 

 余った左手に魔力を込め、大火球を浴びせる。直ぐ様その場を飛び退いた魔獣。体に掛かっていた負荷が急激に無くなったことで、止まっていた呼吸が再開される。

 

「がはっ、かは……く、うぅ……」

 

 先ほど受けた左肩の銃創が痛む。右肩は流血が夥しく、痛みも伴ってまともに動いてはくれないだろう。取り敢えず出血を魔法で止め、右肩を応急処置。ただ完治するには魔力が少ない。残りの3割程度を使いきれば治せるが、後先考えず我が身可愛さに治療することはできない。

 

 閃光炸裂弾を投げる。魔獣は迫りくる爆弾をはたき落とすと、こちらへと走ってくる。背後で爆発、そして閃光が瞬くもほぼ不発となり、接近を許す。

 

 転がるようにクローを回避。巨体を生かした伸し掛かりを死にものぐるいで避ける。体が痛むせいで先程のような機動はできない。このままでは死ぬのも時間の問題だ。

 

 手榴弾を2個投げる。それと同時に火球を放って直ぐ様起爆。やはり突進してきたところに短剣の刺突。脳天に突き刺す。硬い感触。まるで岩を刺したような手応え──。

 

「やば、抜けないっ!」

 

『グワァァアア!!!!』

 

 頭を刺されたというのに、それらしい素振りを見せずに熊型魔獣は頭をぶんぶん振るって私を突き飛ばす。

 

「あがっ!?」

 

 数メートル吹き飛ばされ家屋の壁に激突。激しく咳き込み、痛みに喘ぐ。

 

 魔獣の体が発光。細部の魔法式が見たこともないような特殊な魔法。周囲にだんだんと魔力が満ちる。魔獣の周囲に魔法陣が発生。その数は見る見るうちに増えていき、数えるのが億劫になったところで……。

 

「く、そがっ!!」

 

 魔法陣から無数の鋭い巨柱が射出。全てがこちらへと迫りくる。

 

 身体強化、節約術は使わない。フルスロットル。痛みを無視し、私は回避行動に専念する。

 

「いっ!? あ、がぁ、ぎぃ!?」

 

 駄目だ、こんなの躱せない。すぐさま裏路地に体を投げ込みその場から離脱。

 

「あ、がぁ……う、ぐぅ……!!」

 

 もはや身体から血が出ていないところが分からないほど、全身を貫かれた。致命傷だけは避けられたが、この体たらくでは致命傷と同じ。精々死の瞬間を数秒だけ遠ざけた程度。この流れる血を辿って死神は追い縋ってくることだろう。

 

 地を這って壁にたどり着き、壁を頼りに裏路地を進んでいく。どこへ向かっているのかは定かではない。この場所は来たことがあるはずなのに、自分が立っている場所が朧になって足元が不安定だ。気を抜けば意識を失いそうになる眠気。痛みによって辛うじて繋ぎ止められる精神。全く正気じゃないな。

 

「あ……ない……」

 

 手に握られていたはずの短剣は手中になく、空虚な狭間を漂う指。後ろを振り返って大通りを見る。いや、駄目だ。もう戻れない。いや、でもあれは……。

 

 甘い香りに誘われ、私は足を止めてしまう。急激に痛みが襲い、体が支えられなくなり壁に体重を預ける。

 

 バタンッ、と急に壁が倒れ私は地面へと転がる。周囲を見渡すとそこは椅子やテーブル、タンスなど生活空間が広がっていて、その奥には男性と女性と2人の子供だろう3人の人物が、こちらを驚愕の視線を向けた。どうやら崩れたのは壁ではなくドアだったらしい。

 

「なんてことしてくれんだい!? アイツに気づかれちまうだろう!!」

 

「お母さん、あの人──」

 

「ボマー……汚らしい貴族が、とっととあの魔獣を倒せよ!!」

 

 両親は子供を守るためか、それとも恐怖に駆られてか大事そうに我が子を抱え私に罵倒を浴びせる。あの2人には見覚えがある。……2年前の、この街に来た時に。

 

「きゃああああああ!!!!」

 

「お、お母さあぁん!! うわぁああああん!!」

 

 女がヒステリックを起こし、部屋の奥へと逃げる。母親に見捨てられた子供は大声で泣き出し、父親に縋る。

 

「おい、離せ! 離せったらっ、おいっ!!」

 

「怖い、怖いよ、お父さん──がっ!?」

 

 父親に突き飛ばされた子供は、呆気にとられたように呆然とする。父親はバツの悪そうな顔をしてその場を去る。

 

『グワァァアア!!!』

 

 その時、強大な魔力の波が伝播する。私はすぐさま家を出て横へ回避。直後、炎のブレスが家屋の壁を突き破って眼前を埋め尽くす。

 

 魔獣の姿はない。おそらくあの大通り付近からこちらを狙ってブレスを放ったのだろう、ブレスの導線は灼熱によってドロドロに溶けて街並みを破壊し尽くしていた。

 

「…………」

 

 あの2人は、一体何処で出会ったのだろうか。そしてあの子供は最後の最後、碌でなしの親に見捨てられ何を思ったのだろうか。私を踏み台に生きながらえたあの2人は、どうして最後まで自らの子を守らなかったのだろう。

 

「私は……私は、何でこんな目に……」

 

 考えるな。余計なことは考えるな。それにその思考はまずい。私だけがこんな目に合っているわけではない。誰しもがこの街で苦労をし、今を生きるのが必死なだけだ。あの母親は子供を守るため、部屋の奥から武器を持ってこようとしただけ。父親は魔獣から家族を守るため子供を背に、前に出ようとしただけ。だから、私に魔獣を倒せと……。

 

 駄目だ、考えるな。論理性を失ってて、脚色を始めた回想で納得しろ。事実を虚飾で塗り替えろ。戦う意味を思い出せ。私は生き残るために戦う。他の理由はいらない。

 

『グゥゥゥウウウ…………』

 

 すぐ後ろから熊型魔獣の低い唸り声が聞こえる。ひょっとすれば人の声にも聞こえそうな鳴き声。私の死がすぐそこまで迫っている証拠だった。

 

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