死中に活ッ!笑えよドラゴンッ!!※転生先が絶望的なんだが   作:ストロング西岡

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第三十五話 在りし日の思い出

 

 腕の中にある温もりを確かめるように、オーフィアを抱きしめる。戦いの疲れかマインドダウンの影響か、うとうとと瞼を重そうにしながら船を漕ぎ始めるオーフィア。ふわふわと柔らかく、触れただけで壊れてしまいそうな危うさを秘めている。この子と鎬を削っていた事が、未だに幻のように感じてしまう。

 

 魔力石だけを斬る。上手くやれる自信はあった。しかし失敗する可能性だって僅かながらにあった。失敗できない、その緊張感の中で、最善を尽くせたことを喜びたい。お陰で今、大切な何かを失わずに済んだ。オーフィアを大切だと思えていることに、確信を持つことができた。

 

 あの日、オーフィアが私に聞いたこと。オーフィアは私を、友達だと言ってくれたこと。

 

 あの戦いの最中、私は最後までオーフィアを……殺す決断が出来なかった。それは私の弱さゆえであり、今は私の本心となった。だからこそあのまま死闘を演じていれば死んでいたのは私だ。殺し合いの場であれば、本気のオーフィアであれば私の知り得ない技術を用いて、あっという間に私を骸へと変えてしまうだろう。私の脆弱さを即座に見抜いて。

 

 ……あれが死闘ではないと気付けたのは、私が力を解放したからだ。契約によってかつての私の魔力、エリナの持つ全魔力をその身に宿した。そのお陰で彼女は態度とは裏腹に、私のことを本気で害しようとは思っていないことを悟った。彼女の魔力から感じられるある種の温もりを、確かに受け取ったのだ。

 

 私とオーフィアの、互いを傷付けたくないという志は一つだった。だからこそ今の最上の結果をこの手にすることができた。

 

 あの日……私は彼女の問に答えることができなかった。しかし今ならば確信を持って言える。かつての私ができなかった、恐れ慄き逃げたあの言葉。彼女に対し責任を負いたい。彼女の為に何かをしてあげたい。一緒に居たい。そう思えたからこそ、伝えたい言葉がある。

 

「──がはっ」

 

 ──ともすればこうして2人で幸福を噛み締めることができた未来は訪れなかったのかも知れない。そう思えば、今手にしている幸せが、どんなに儚いものかを実感し、恐怖で……手が震えそうになる。

 

「あ、が……がああ!?」

 

 血が溢れる。一度深呼吸を挟んで息を整える。既に息は整っていて、本当はこんな行為は必要ない。だというのに、私の心臓は早鐘を打っていて、必要以上に呼吸を乱している。何だか戦闘は随分と昔のことのように感じる。

 

「ぐっ、うぐ……ああぁぁ……」

 

 増々血が流れる。口が異常に乾く。唾液を腔内に循環させ、僅かにでも潤いで気を紛らわせる。なんか肩も痛くなってきた。気が舞い上がると肩が痛くなることあるよな。それにお腹もギリギリと痛む。手も震えて指先の感覚がない。緊張し過ぎだろ私。もう一回深呼吸だ。

 

 胸に手を当て、気持ちを落ち着かせる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 呼吸の乱れが収まらない。寧ろ1秒毎に加速していく。

 

 ぐちゅぐちゅ、と肉が蠢くような耳障りな音が聞こえる。

 

「ぐふっ」

 

 私の目の前にいたオーフィアはクロードによって剣で腹を貫かれ、上へ上へと持ち上げられ、その綺麗な唇から大量の血を吐き出した。

 

「お……どぉ…………ごほっ!!」

 

「オーフィアっ!」

 

「情けない……こいつがあれば、お前ならまだ戦えるのだろう?」

 

 オーフィアの背中から深く突き刺された血塗れの剣が、私の眼前で鈍く光っている。クロードはその手に持つ緑光の魔力石を、オーフィアを貫く刀身の代わりに体内へと入れ込んだ。

 

「まっ、て……待って! それは、だめ……!」

 

「がぁあああああああああ、ぐぁぁあぁあああああああ!!!!!!」

 

 その場に崩れ落ちたオーフィアは絶叫に喘ぎ、身を襲っているだろう激痛で地面を転がり回る。私は背中に埋め込まれた魔力石を取り出そうとオーフィアは取り押さえ、背中をこちらに向ける。しかし、背中の傷は既に綺麗に塞がれ、完全に魔力石と体が同化していた。

 

 それは、絶望的にある一つの最悪の結果を示すことになる。

 

「くだらん友情ごっこに興じるな。お前の役目を忘れたか」

 

 魔力の欠乏状態。私の先程の攻撃には魔力石だけを切り裂くため、大鎌に透過魔法の類を使った。そしてもう1つ、オーフィアの魔力をある分だけ奪う魔法も併用した。それにより今のオーフィアは仮想脳に蓄えられた魔力と、魔力石による魔力の供給先も断った。だから、今のオーフィアには魔力が存在しない。

 

 魔力石は対象者に魔力や、その他埋め込まれた魔術によって特殊効果を付与する。しかし、それが使えるのは魔法師──もっと言えば『魔力』を保有する人間だけだ。それ故魔力を持たない人間が、魔力石を持つこと自体危険が伴う。そして、それを融合させたとなれば来る結末は1つだ。

 

「痛い、痛い痛い痛いいたいいたいいたい……!!」

 

「オーフィアっ!!」

 

 オーフィアの皮膚に大きな蟲が這いずり回っているかのように、体中がボコボコと膨らんでは収縮を繰り返している。白目を剥き、よだれを垂らしながら意識朦朧と激痛に耐え続けるオーフィアに、回復魔法をかける

 

「う、ぅうぁうぐぐ、いだぁ、いだいぃ……!!」

 

「違う、だめだ、これじゃ余計苦しくなる! そうじゃない……そうだ。オーフィア、今魔法石を取り出すから──」

 

 ──なんだこの反応は。私が知っているものとは大きく違う。とてつもなく嫌な予感がする。

 

「──ぐぁぁあぁあああああああ!!!!」

 

 オーフィアを取り押さえ背中から魔法石を取り出そうとするも、オーフィアは錯乱した様子で上体を起こす。その拍子にオーフィアに突き飛ばされた私は、地面を転がり距離をとられる。

 

 再びオーフィアの姿を見たとき、既に手遅れであることを悟った。

 

 収縮を繰り返していた体は突如として腫れ上がり、破裂する。血飛沫と共に肉片が飛び散る。その中心には体が何倍にも巨大化した化け物がいた。皮膚が爛れ上がり肉が垣間見える四肢。流血を繰り返し全身は赤く染まっている。鋭く歪な5本爪を携え、腕は柱のように太く足は頑丈そのもの。そして、自慢の黒髪は体毛のように体中に散らばって跡形もなく消え去り、仏頂面だが目鼻立ちの整った顔は見る影もない。左目は腐ってぶら下がり口は裂けて異様に大きく鋭い牙が立ち並んでいる。

 

 ガァァァァァアアアアアアアアアア!!!! 

 

 その姿は炎獄から蘇った狼然とした怪物。血塗れの爛れた人狼。童話の中の悪魔そのものだと思った。

 

「な、なんだと……なぜ、こんな怪物が!?」

 

 狼狽え困惑に喘ぐクロードは、一歩二歩と後退り変わり果てたオーフィアを見上げる。

 

 ……通常、魔力欠乏状態の人間に魔法石を与えた場合、大量の魔力による急激な流入により対象者に甚大な影響を与える。それは例えば体の老朽化だとか、欠損、感覚の不調や喪失、記憶、魔力障害などだ。それを踏まえたとしても得られる魔力の全回復というのは、戦いに飢えた狂戦士であれば捨てがたい効果となるだろう。

 

 しかし、オーフィアのそれはそのいずれかにも該当しない。こんな現象は私も知らない。体を異形に変える魔力石なぞ、それをわざわざ、誰かが魔術を書き込まなければ作れない代物だ。クロードはあの魔法石を『嘗て軍が持っていた』と発言した。ならば軍がそれを作ったのか? 

 

 だが奴の反応から、奴はこうなることを予見してはいなかったように思える。なら、誰かがその魔宝石に細工を施した可能性がある。それがクロードの手に渡ったのは何故だ? 誰かが仕組んだのか? 

 

「ぐぅああああ!?!?」

 

 私は茫然としながらも思考だけは動きながら、視線はオーフィアに鷲掴みされたクロードを追い続ける。

 

 クロードは必死に拳を振り、拘束から逃れようとするもびくともしない。徐々に握りしめる拳が狭まっていき、ゴキッ、バギッ、グギッ、と骨が軋み折れる音がホール内に響き渡る。声を上げることなく、オーフィアの握り拳の中で倒れたクロードの上半身と下半身をそれぞれ両手で持つと、一気に左右へと引き裂いた。

 

「────」

 

 身が竦むような音。そして血の雨が降る。変身時に吹き出したオーフィアの血と、クロードの悲惨で、悲痛を極める鮮血によって私の全身はくまなく濡れた。

 

 ベチャッ、と眼の前に先程まで生きていたクロードの上半身と下半身が落ちる。その体は万力で潰されたように形を変え、人間としての体裁を保っていない。使い込まれ、絞られ尽くしたボロ雑巾のようになった嘗てクロードだったもの。オーフィアは怒りを込めるように、それを何度も踏みつけた。

 

 何度も、何度も。

 

 数刻の後、オーフィアがその場から離れたときには、クロードは陥没した床の染みとなっていた。

 

 グアアアアアアアアアアア!!!!!! 

 

 オーフィアが叫ぶ。爛れて醜く、形成不良で肉がむき出しの皮膚を、血が出るのも厭わず全身を掻き毟りながら。

 

 意識があるのかないのか、錯乱した様子で地団駄や頭突きを繰り返す。オーフィアは今もなお苦しみ続けている。そんな悲痛な声に聞こえる。

 

 なぜ、こんなことになった。私が、オーフィアを殺さなかったからか。大切な人を殺したくないと思ってしまった、私の罪か。私が邪な考えを持ったせいで、オーフィアがこんなにも苦しい思いをしなければならないというのなら。

 

 ……私は今まで何をしていたのだろうか。自己満足で彼女を救った気になって、その実最悪な結果を招いたのは誰でもない私。なんて呑気で、馬鹿げたことを考えていたのだろう。

 

 ああそうだ、私のせいだ。それ以外の何を疑う必要がある。

 

 私のせいであるならば、せめて、この状態を改善させるのは私の役目だ。今、彼女を救えるのは……殺して、楽にしてあげることができるのは、私だけだ。

 

「ごめん。ごめんなさい……オーフィア」

 

 大鎌を構える。傷は全て回復魔法で治っている。体力は万全。気力は……無くとも無理やり戦う。爆弾は手榴弾1発のみ。これだけで今のオーフィアを止められるか分からない。分からない? そんなの知るか、やれ。責任をとれ。自分の役目だと言ったのならやりきれ。逃げることなぞ許さない。

 

 涙は出ない。流す権利もありはしない。許されない。でも、最後だけだから、弱音を許してほしい。以前の貴方が私に問うた言葉を、貴方に返させて。

 

「貴方を……『友達』と呼びたかった。そんな私を許して」

 

 前口上は終いだ。もう迷いはしない。私は貴方を、オーフィアを……殺すよ。

 

 オーフィア……肉見えの爛れた人狼は両手を着いて四つん這いになる。そして大口を開けると、高出力の黒炎を放ってきた。

 

「銀のペ○ダントッ!!」

 

 魔法障壁を構え発動する手前、眼の前に見覚えのあるフルアーマーが視界を遮った。両手を体の前で組み、左手に持つ何やらチャラチャラした銀細工が美しい銀色のペンダントを先方に掲げると、マイケルに到着する寸前で黒炎が弾き飛んだ。

 

「……マイケル!?」

 

 黒炎が止む。爛れた人狼はやや疲れた様子でその場に蹲ると、再び絶叫を上げた。マイケルは緩慢とした動きでこちらに振り返ると、手を忙しなく動かしわなわなと震えだす。

 

「思ったより、元気そうで、何よりだッ。そして、この化け物は何だ? というか今どういう状況だッ」

 

 化け物……。そうだ、彼にとってはただの『化け物』。なら、説明は不要だ。

 

「……あれは倒すべき…………敵よ。それ以上の詳しい説明は後。それよりゴーレムはどうしたの? あと、武器は?」

 

「おう、ゴーレムは倒したぞッ! だが槍は先の戦闘で折ってしまった……すまない、テレジー」

 

 しょんぼりといった感じて肩を落とし、申し訳無さそうにするマイケル。折ってしまうのは仕方がないが、あの槍一本であのゴーレムを倒せたことが凄い。よくぞ持ってくれたものだと言いたいところだ。

 

「貴方を守るために渡したのよ。槍は役目を終えただけ──ほら、これを使って。貴方になら……きっと使えるわ」

 

「これは、オーフィア殿の…………分かった。使わせていただくッ!」

 

 今は主なき黒塗りで肉厚の特大剣。それを両手で難なく持ち上げ、正面で構えるマイケル。刹那熟考する素振りを見せるも、マイケルはすぐさま頭を振って意識を切り替えた。

 

「オーフィア殿。この力、借りるぞ」

 

 ……ありがとう、マイケル。後で必ず話すから。

 

 うぉぉおおお、と勇んで人狼相手に突貫するマイケル。鋭く踏み込み、爛れた人狼に力を込めた横振りの一撃を放った。

 

 ガツンッ!! 

 

「うぉ!?!?」

 

 しかし爛れた人狼へと当たる直前で、見えない壁に弾かれるように特大剣は跳ね返った。マイケルはこちらへと素早く戻ってくると、手をぶらぶらさせ手の痺れを紛らわせていた。よく観察すると、爛れた人狼の周囲に不可視の魔力障壁があることに気がつく。

 

「魔法障壁ね……それも厄介なやつ」

 

「どういうことだ?」

 

「物理障壁と魔法障壁を多重に張り巡らせてる。あれじゃどんな攻撃も通用しない」

 

 物理障壁と魔法障壁はその名の通り物理、魔法系の移動を制限する障壁、透明な盾だ。アレの範囲内ではどんな攻撃も届くことなく撃沈する。しかし私達が情報交換していたその一瞬の隙に、人狼はあれだけの障壁を張れたというのか。意識が混濁とし、思考すらまともに働いていないであろう、人狼が? 

 

 ──いや、今はそんなことはどうでもいい。目の前のことに集中するべきだ。

 

 ともかくあの魔法障壁は厄介だ。あれをどうにかする解決策はパッと思いつく限りでは2つ。1つは障壁の許容量を超える物理攻撃、魔法攻撃を同時に行うこと。2つ目は幾重にも張り巡らされた障壁を全て解除すること。

 

 前者はありえない。魔法だけならいず知らず、物理攻撃を重ねて攻撃しなければならないのはハードルが高い。何より私達だけでは攻撃力が足りない。ならば残るのは後者だけ。1人でやらなければならなかったのなら、到底無理な話だ。爛れた人狼の攻撃を掻い潜りつつ、緻密な解読、解除魔法形成を行うのは至難の業だ。

 

 しかし、誰かが時間さえ稼いでくれれば、あとは私が何とかする。いや、できる。して見せる。

 

「私が魔法障壁を解くわ……その間、貴方には、その──」

 

「ふーむ、俺がテレジーを守りつつ、化け物の相手をすればよいのだなッ!」

 

「……そう、ね」

 

 恥ずかしくも、自ら言おうとしていたことを先を越されて言われ、勇気が空回りする。……まぁいい、どの道同じことだ。

 

 低い唸り声を上げ、上体を静かに持ち上げる人狼。喉から絞り出される絶叫には、苦痛に嘆く悲鳴混じりの泣き声にも聞こえた。

 

「安心してくれ。君は、絶対に守り抜くッ!!」

 

 ポンポン、と頭を優しく撫でられる。横を見上げると、特大剣を肩に乗せて構えたマイケルが、右手でサムズアップしていた。人狼相手に、不安がっていると思われたのだろう。怖じ付いていると思ったのだろう。だとしても、それは彼なりの気遣いであるし、なにより大事に思ってくれている証拠なのだろう。以前までの私であれば、要らぬ気遣いだと言って怒鳴り返していたのだろう。

 

「な、撫でるなっ!」

 

 何だか急に恥ずかしさを覚え、私はマイケルの手を取っ払って怒鳴る。……今もそう変わらないか。マイケルが来てから、幾分か気持ちが落ち着いてきた。彼女を思う気持ちに変わりはないし、今も悲しいし、できることなら……。今も、彼女を救いたい気持ちにも変わりはない。

 

「……頼んだわよ、私のナイト様」

 

 気まぐれに、私はため息を吐き軽口を叩いて意識を切り替える。最後の戦いが始まる。もう迷わない。最初から全力を出す。なら、これくらいの鼓舞はしておかないとな。

 

「おう、任せろッ!!」

 

 マイケルは大きく頷くと、再び特大剣を構える。その特大剣はもう黒炎を纏うことは無いだろう。しかし、それでも彼女が使っていた武器は何よりの凶暴性を発揮する。マイケルであれば御せる筈だ。オーフィアも、それを臨んでいると思う。

 

 グワァァァアアアアアアアアア!!!!!! 

 

 三者ともに、それぞれの思いを胸に、言葉は違えど目的のために戦う。けれども絶対に負けられない戦い。

 

 ──今度はちゃんと貴方を殺すわ、オーフィア。それでいいのでしょう? 

 

 人狼が天に向かって咆哮しマイケルへと突進攻撃を行う。戦いの火蓋は切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、テレジー……」

 

「なに?」

 

「先の戦いで……陽気パワーが、無くなってしまった」

 

「………………え?」 

 

 ──出鼻を挫かれるどころではない。

 




なんか物足りねぇ、と思いながら最近書いてたんですがあれですね。ギャグシーンが無いんですね。まぁ当分ないんでしばらく後ですけど。書きてぇ…………。

あれ、本作ってジャンル、コメディじゃなかったっけ?
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