死中に活ッ!笑えよドラゴンッ!!※転生先が絶望的なんだが   作:ストロング西岡

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第五十六話 くわばら くわばら

 

 無心で拳を振るう。鋭く踏み込んで肘打ちを放つも空を切る。下段の足払いを飛んで躱され逆にカウンターを貰う。空気を相手にしているような感覚。今まで一度として触れたことはない。

 

 中段からの上段連続蹴りをガードし、左足のハイキックを横へ回避する。足を掴んで体勢崩しを狙うも力が足りず振りほどかれる。

 

 迫りくる蹴りを後方へ下がって回避し、続く後ろ蹴りを屈みながら躱す。やっと見つけた最大の好機。足を大きく踏み出して懐へと一気に近付く。

 

「蹴りしか勝たんー」

 

「──がはッ!?」

 

 背中に踵蹴りが刺さり敢なく地面に突っ伏す。顔面から地面へと激突した私は、ひりつく顔を擦りながら体についた塵を払う。

 

 ……今日もヨピちゃんに勝てなかった。

 

「テレちょん、強くなったねー」

 

「まだまだだよ……」

 

「最後のは誘ってたからねー。テレちょん、変な虫に誘われないよう、ナンパには気をつけてねー」

 

「それと、何が関係あるの?」

 

「テレちょんは純粋だからねー。もうほぼ赤ちゃん」

 

「バカにしてる……」

 

「かわいいってことー! ぎゅー!」

 

 私より体の大きいヨピちゃんに抱きつかれ、身動きが取れなくなる。だが居心地がいい。体の一部は特殊な仕組みでできていると聞いているが、ほのかに感じる温もりと人肌のような材質の皮膚はまるで人間のようだ。

 

 私に足りていない人の温もりが満たされる感覚。私はこの感覚が結構好きだった。

 

「……テレちょん。なんか、あったのん?」

 

 ふざけた調子ではあったが、声音の底から私を心配するような暖かさを感じる。先程の戦いぶりや、今日の私の態度を見て総合的に判断したのだろう。私が先日のエリナとイザベラとの一件で悩んていることに。

 

 それにしても鋭い。ヨピちゃんは本当にゴーレムなのだろうか。

 

 いや例え人間だったとしても大した洞察力だ。もしかしたら彼女のもとになったヨルフェルコさんに由来する、特徴の1つなのかもしれない。

 

「……何もないよ」

 

「だーめ。そうやってテレちゃんは、なーんでも1人で抱え込んじゃうでしょー。ヨピちゃん分かってんだからー」

 

 体の距離が更に近くなる。ゴーレムらしからぬ女性らしい豊満な胸部が私の頭を包む。

 

「テレちょんの悩み、ヨピちゃんにも背負わせてほしいな。テレちょんの力になりたいんだー」

 

「……ヨピ、ちゃん」

 

「ん?」

 

「話す、から……い、一旦離れて……苦しいよ……」

 

「あぁ〜! ごめんごめんー!」

 

 あ、危なかった……。こんな事で倒れて先生に心配かけたくないよ。

 

 ──ちっ、なんか思い出したら腹が立ってきた。これだからおっぱいは。無駄にでかい乳しやがって。ヨピちゃんじゃなきゃ引きちぎってたぞ。

 

「…………」

 

 タイルで敷き詰められた床に座る。冷たい地べたが火照って疲れ切った体によく染みる。普段は『子どもたち』の仕様が禁じられているこの特別修練場は、ゴーレムの戦闘データ採取に携わる私のために開放されている。冷暖房は当たり前のように配備され、定期的に床を掃除する小型ゴーレムまでも見受けられる。

 

 私達は休憩用のベンチに移動する。ヨピちゃんは備え付けの冷蔵庫の中から持ってきた水を手渡してくる。

 

「やっぱり、まだ喋れなさそ?」

 

「…………うん。ごめんね、ヨピちゃん」

 

「ううんううん、全然いいんだよー! テレちゃんのペースでいいんだから、ねー?」

 

「ありがと……」

 

 こうは言ってくれているが、優柔不断ではっきりとしない私のために待たされるのは、ヨピちゃんとて嫌なはずだ。

 

「……っ、…………うっ……」

 

「……テーレちょん。一回落ち着こっか?」

 

 先程とは違いゆっくりと、そっと優しく抱きしめられる。

 

「『また迷惑かけた』とか思ってないー?」

 

「…………!」

 

「ヨピちゃんはテレちょんのこと、迷惑かけられたーなんて思ったことないよー」

 

 ヨピちゃんの言わんとするところ、それは何となく分かっていた。私のことを常に気に掛けて温かい言葉をかけてくれること。時間がある時は私にバレないよう遠くで見守ってくれていること。こうして……私を慰めてくれること。

 

「…………例えばもし。テレちょんが、誰かとぶつかっちゃったことで悩んでいるのならねー」

 

「……うん」

 

「今すぐにお話して、仲直りしたほうがいいよー」

 

「でも……その人が怒ったらどうしよう……」

 

「怒んないよ」

 

「分かんないよ」

 

「怒んない」

 

「…………」

 

 ヨピちゃんはさも当然かのようにそう言い放つ。ヨピちゃんはエリナのことを知らないからそんなことが言えるのだ。

 

「だってその人はね、テレちょんのこと…………」

 

「……私の、ことを……?」

 

「んー…………大事に思ってる?」

 

 ……なぜそこで疑問形? ヨピちゃんも分かってないじゃないか。

 

 というか、さっきから私の悩みに対して鋭い言葉を放ち過ぎじゃないか。ヨピちゃん、もしかしてエリナのことを知っているのだろうか。

 

「とにかく、テレちょんの考えてるようなことは起きない! さ、シャワー浴びて着替えたら早速テラスに行こ? エレナちゃんに会いに行くよー!」

 

「ちょ、ちょっと。押し切ろうったって。というかやっぱりエリナのこと────あ、押さないでよ、ヨピちゃん……!」

 

 ☆ ☆ ☆

 

 あー。とうとう来てしまった。

 

「…………」

 

 城内に設けられたカフェテラスの一角。空はホログラフとやらで再現された、見た目だけは美しい青空が広がっている。本とは違いそんなに眩しくない太陽が中央からやや傾いた位置で輝く。ゆっくりと這うように動く雲がまばらに空を埋め、いつもの変わらない景観を担っていた。

 

 ……いや現実逃避するな。ヨピちょんとの約束を忘れたのか。

 

 カフェの横に設置された屋外(場内)テラスに敷き詰められた芝は人工のものではなく、外の国から持ってきた天然の芝だという。ふわふわとした感触が足裏を通して伝わり、昼間から寝転びたくなる衝動に駆られる。設置されたテーブル一式の白さと相まって草原のオアシスのような煌めきを放っていた。

 

 ……いや現実逃避するな。芝なんかただの草だろ、どこが綺麗なんだよ。

 

 エリナは魔法書を読みながら時折皿に乗ったパンケーキを頬張る。それをコーヒーで流し込み幸せそうな表情をしている。イザベラ曰く、エリナの飲んでいたコーヒーはかなり甘いらしいので、恐らくエリナは極度の甘党なのだろう。ならコーヒーではなくココアとかのほうが良いのではないだろうか。

 

 ……いや現実逃避するな。エリナの嗜好を理解して何になる。

 

 いや、知ることは悪ではないか。メモメモ。

 

「……ねぇ」

 

「ぴゃいっ!」

 

「…………そこに居られると邪魔なんだけど」

 

「ごめん……」

 

「…………言っとくけれどあたしは悪くないわよ。だってあたしの後ろでガサガサガサガサ土踏んでうるさいし、あーだこーだ呻いて気持ち悪いし、振り返ってみれば苦虫噛み潰したような顔してあたしを見てきて気分が悪いし。なに、嫌がらせ? それともあたしの背中でも刺すもりだったの?」

 

「ち、違うよ!」

 

「ならとっとと座りなさい。なにか用事があって来たんでしょうが……」

 

 はい、その通りです……。

 

 気後れしながらもエリナの気にこれ以上触れないよう、素直に従ってエリナの前の席につく。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 ぱら、ぱらっとページを捲る音が少しづつ間隔を開けていく。そして何故か1ページをじっと見つめたまま手を止めたエリナは、いつになく難しそうな表情をしている。何か分からないことでもあったのだろうか。

 

 そう思い私はエリナが開くページを視線だけで読む。そこには体内に流れる魔力を読み解き、対象者の心理を読む魔法について書かれていた。そんな魔法があるとは知らなかった。確かにその魔法があれば、次に相手が取る行動が把握でき戦況の有利に繋がるだろう。

 

 行き詰まっているというのなら私で良ければ力に……って、よく考えたら私なんかがエリナの力になんてなれるわけ無いか。エリナは私よりも賢そうだし────。

 

「──早く用件を話しなさいよッ!! 気になって勉強ができないじゃないッ!!」

 

「ご、ごめん! お、怒らないで……」

 

「怒るに決まってるでしょう!? ホントなんなの!? そうやってうじうじうじうじしてるから、周りから舐められるのよ! 言いたいことがあるなら、もっと胸を張って自己主張──」

 

「うっ、うぅ…………ぐすっ」

 

「──を…………え。ちょ、ちょっと、泣くことないじゃない……」

 

「ごめん……ごめんね……わたしが、わたしが悪いよね…………うっ、うぅ……」

 

「うわでた、別れ際の面倒くさい彼女……ほ、ほら。あたしのケーキ食べていいから、これ食べて元気出しなさい」

 

「うぅ…………甘いもの、苦手──」

 

「──はぁっ!? ケーキ苦手とかマジありえないんだけどあんたほんとに人間? あんたとは分かり合えないわねっ、くたばりなさい!」

 

「うわあああああああん!! ごめんなさぁあああい!!!」

 

「……ああああもぉおッ!! あたしはまた……いや…………もう、ホントなんなのよぉおお!?!?」

 

 それからエリナは私が泣き止むまで背中を擦ったり、やたら気を遣った優しい言葉を掛けてきたり、私の好物を聞いて取ってきてくれたり。めちゃめちゃに慰めてもらった。

 

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