Persona3 Temperance 作:人ちゅら
5月10日──日曜日。
昨夜の騒ぎから一夜明けても、新都市交通あねはづるの運行は平常には戻っていなかった。
暴走したモノレールについては、原因究明のための調査と車両の点検が続けられているらしい。運行そのものは再開されていたが、全車両の安全確認を行っているため、本数は大幅に減っていた。
テレビでは朝からその話題が続いていた。
あなたは朝九時までに学校へ来るよう言われていた。
日曜日だというのに、春季大会や部活動の練習で登校している生徒は少なくない。教師もそれに合わせて出勤している。
昨夜のことを考えれば、一日くらい何もせずに眠っていたかったのだが。
決まったのは先月のこと。
教頭の要請を右から左に聞き流しながら、帰り支度をしていたのが悪かった。カバンの中のゲーム雑誌が目に入ってしまい、そういえば来月、再来月と連続して欲しいゲームが発売されるのだ。と思い出したのが悪かった。
結果、ほとんど考えること無く「休日出勤手当が出るなら」と受けてしまったのだ。
今思えば、あれは失敗だったかと思い出しながら、バイクでムーンライトブリッヂを渡った。
いつもの日曜日よりも交通量が多い。
モノレールの減便が影響しているのだろう。途中で小さな接触事故らしい現場も見かけた。
学校へ着くと、校内は思った以上に賑やかだった。
グラウンドから運動部の声が聞こえる。
保健室にも、普段の日曜日より怪我人が多かった。
転んだ。
捻った。
ぶつけた。
どれも大した怪我ではない。
それでも、昨日までより生徒たちの顔色が明るく見える気がした。
モノレールの事故と関係があるのか、あるいはただの気のせいか。
あなたに判断はつかなかったが、少なくとも学校の中では日常が戻りつつあった。
生徒たちの話題も、モノレールのことばかりではない。
「今日、練習早く終わるんだって」
「中間近いからだろ」
「マジで? 最悪」
「モノレールも本数減ってるし、帰るの面倒くさくね?」
そんな愚痴を聞きながら、あなたは一日を終えた。
* * *
翌11日──月曜日。
流石に学校は中間試験の話で持ちきりになった。
来週は一週間ぶっ通しの試験日となる。
そのため、授業は午前中だけ。
部活動も基本的には禁止されている。
必然的に、保健室へやって来る生徒の用件も変わった。
「先生、数学が分かんない」
「それは保健室で聞くことじゃないな」
「ですよねー」
「先生、テスト嫌なんですけど」
「それは俺に言われてもな」
「ですよねー」
教師までやって来る。
「問題作るの面倒くさいんですよ」
「教師がそれを言っていいんですか」
「いいんです」
「よくないでしょう」
そんなやり取りが続いた。
どういうわけか、保健室が愚痴をこぼす場所になっている。
誰がこんなことを推奨したのかは知らない。
ただ、昨日残業代について文句を言ったことを考えると、理事長あたりが何か仕返しをした可能性はある。
そんなことを考えているところへ、
「先生さあ」
──なんだ。
「俺らって、S.E.E.S.の活動してるじゃん?」
──そうだな。
「だったらさ、テストくらい免除されてもよくね?」
──よくないな。
「じゃあ、せめて加点とか」
──それもないな。
「命張ってんだけど?」
──あれは表に出せる内容じゃないだろう。
「世知辛ぇ……」
──あきらめて勉強しろ。
あなたのトドメの一言に、順平は机に突っ伏した。
それから、少しだけ顔を上げる。
「……まあ、モノレールの件は」
うん?
「ご迷惑おかけしたっす」
そう言って、順平は頭を下げた。
昨日までなら、こんなことは言わなかっただろう。
顔を上げた順平は、いつものように笑った。
「まー今はまだ、あいつに敵わねぇかもしれねえっすけど」
「俺っちタイキバンセー? ですから」
──なんだそれ?
「知らねぇの?」
──確認なんだが、意味、分かってるか?
「うわ、先生ヒデーな」
順平は笑いながら出ていった。
少しだけ、変わったような気がする。
ただ、本人にそれを言う必要はないだろう。
午後の終わり頃には、鳥海先生まで保健室へ来た。
「中間試験の問題作るの、面倒なんですよねえ」
──先生方も大変ですね。
「過去問そのまま使うのも芸がないじゃないですか」
──それは、まあ。
「ネットで買えたりしませんかね?」
──それを俺に聞く理由は?
「保健室って、なんでも相談していい場所じゃないんですか?」
──……初耳です。
鳥海先生はしばらく愚痴をこぼしていた。
最後には、大西先生が毎年数字を変えているだけの問題を出すこと、国語は過去問を使えばある程度傾向が分かってしまうことまで話してから、ようやく帰っていった。
保健室の扉のところで、ふと思い出したように振り返る。
「あ、そうだ。駅前にいた変な人たち、いなくなりましたね」
──不審者なら通報しておきますが?
「そういうのじゃなくて。ほら、ずっとぼーっと立ってた人たちですよ。今日はああいう人、見かけなかったんで」
──ああ。
無気力症。
あなたはそう理解した。
鳥海先生はそれ以上気にする様子もなく、今度こそ帰っていった。
あなたも、何も言わなかった。
火曜日。
水曜日。
学校は試験前の空気に包まれていた。
放課後になると、生徒たちはそれぞれ勉強を始める。
寮でも、毎日のように勉強会が行われているらしい。
その中に、一人だけ姿を見せない生徒がいた。
月曜日も、火曜日も、勉強会には来なかった。
学校には来ている。
だが放課後になると姿を消し、夕方から夜にかけて寮へ戻ってくる。
それだけなら、あなたが口を出すほどのことでもない。
そもそも「勉強しろ」と他人から言われて、やろうと思える人間は限られている。どことなく得体のしれないあの少年が、その限られた少数であるかを賭けるつもりはない。
自分の学生時代を思い出し、あなたは放っておけば良い。
そう思っていた。
だが、水曜日の朝。
一限目の始業前に保健室へやって来た
「先生、結城くんのこと何か知らない?」
──いや、知らないが。
「そっか……」
ゆかりは少し困った顔をした。
「結城くんって、転校してきたばっかりなのに、いろいろ背負ってるじゃないですか」
──そうだな。
「それで、勉強会にも来てないから」
──帰っていないわけじゃないんでしょう?
「うん。でも……ちょっと気になって」
ふと、口喧しく「勉強しろ」と言い続けていた幼馴染を思い出し、あなたは考えた。
それに比べれば、随分と面倒見の良いことだと思う。
ふむ。
その日の放課後。
あなたは職員室に外出届を出すと、湊の後を追った。
湊が向かったのは、
境内には、小さな女の子が一人いた。
小学校低学年くらいだろうか。
湊の姿を見つけると、女の子は少しだけ顔を上げた。
けれど、嬉しそうに駆け寄ってくるわけではない。
湊も、声をかけない。
二人の間には、妙な距離があった。
あなたは境内の端にあるベンチへ腰を下ろし、胸ポケットから文庫本を取り出す。
読むつもりではある。
ただし、意識のいくらかを彼らに向けておく。
しばらくして、女の子が口を開いた。
「今日も来た」
「うん」
「学校は?」
「ある」
「じゃあ、なんで来るの?」
「……暇だから」
「嘘」
「そう?」
「だって、毎日来るもん」
湊は答えなかった。
女の子は、少しだけ笑った。
「今日ね」
「うん」
「
湊が舞子を見る。
「いつも?」
「最近ずっと」
「……そう」
「お母さんもお父さんも、家にいるのに全然喋らないの」
「……」
「喧嘩してるのに、喧嘩してないみたいにしてる」
湊は少し考えた。
「仲が悪い?」
「たぶん」
「舞子を怒ったりする?」
「んーん。でもときどき怖い顔になる」
「……そう」
「お父さんに聞いたら、子供には関係ないって」
「そう」
「でも、家にいると嫌なの」
舞子は足元を見た。
「だから、ここにいるの」
湊は黙っている。
何かを言おうとしているようには見える。
けれど、言葉が出てこない。
「……どうしたらいいと思う?」
「……分からない」
舞子が顔を上げる。
「お兄ちゃんでも?」
「分からない」
「そっか」
意外にも、舞子は納得したようだった。
「お兄ちゃんも、分からないことあるんだ」
「ある」
「じゃあ、一緒だね」
湊は少しだけ目を細めた。
「……そうかも」
それ以上、二人は話さなかった。
ただ、どちらも帰ろうとはしなかった。
夕方、五時。
境内に時を告げる音が響いた。
「帰らなきゃ」
舞子が立ち上がった。
「うん」
「明日も来る?」
「たぶん」
「じゃあ、また明日」
「うん」
舞子が石段を下りていく。
その背中を見送ってから、湊がこちらを向いた。
「……先生」
──気づいてたか。
「最初から」
──そうか。
あなたは本を閉じた。
──
「舞子」
──どういう子なんだ?
「……家に帰りたくないらしい」
──理由は?
「両親が、夫婦喧嘩がひどいらしい」
湊は淡々と説明した。
父親も母親も働いている。
家に帰っても二人とも忙しい。
最近は夫婦仲が悪くなり、家の中にいてもほとんど会話がない。
舞子はその空気に耐えられず、小学校が終わると神社で時間を潰し、夕方の鐘が鳴るまで帰らない。
──それで、君が付き合っている、と?
「……うん」
湊は少しだけ視線を逸らした。
「放っておけないから」
──なるほどなあ。
あなたは身上書で、ある程度は湊の過去を知っている。
十年前。
両親をとある事故で亡くし、その後は施設で育った。
あなたと同じように。
帰る場所がなかった、という意味では舞子とは違う。
それでも、湊が彼女の気持ちを理解できる部分はあるのだろう。
あなたには
彼には居るのだろうか?
そしてあの少女には?
──まあ、一人で背負い込まないように、な。
「……」
──
「分かってる」
──なら、仲間に相談してみたらどうだ。
湊はしばらく黙った。
「……分かった」
──それと、もうひとつ。
「何?」
──年頃の男子が小さな女の子と二人きりで毎日神社にいると、周囲から誤解される可能性もある。その辺は考えていたか?
「……」
黙り込んだ湊の顔は、少しだが驚いているようだった。
こいつ、考えてなかったな。
──少なくとも、岳羽には話しておいたほうがいい。
「……分かった」
湊は素直に頷いた。
その日の夜。
寮へ戻ると、ゆかりが湊を待っていた。
「おかえり、結城くん」
「ただいま」
「どこ行ってたの?」
「……」
湊は答えようとして、言葉に詰まった。
まるで付き合いたての
──神社だ。
「神社?」
──女の子と遊んでた。
ゆかりの目が丸くなった。
「女の子?」
ちょうどそこへ順平が通りかかった。
「女の子と遊んでるって?」
「順平、聞いてたの?」
「いや、聞こえた」
順平が湊を見る。
「マジ?」
「……うん」
「どんな子?」
「小さい」
「へえ」
興味津々といった様子の順平に、湊は少し困ったように眉を寄せた。
「……舞子」
「舞子ちゃんっていうのか。って、名前聞いてもわかんねえよ」
「……」
「何してんの?」
「……話してる」
「何の?」
「……家のこと」
順平が黙った。
ゆかりも、表情を変えた。
湊は途切れ途切れに事情を話した。
両親の仲が悪いこと。
家にいたくなくて、夕方まで神社にいること。
だから、湊がそこにいること。
話しているうちに、自分でも説明がうまくできていないことが分かってきたのか、湊はだんだん口数が減っていった。
すると順平が、ぽん、と湊の肩を叩いた。
「いいとこあんじゃん」
「……?」
「そういうの、俺は嫌いじゃねえよ」
「……そう」
湊は戸惑ったように順平を見る。
ゆかりも笑った。
「結城くんがねえ」
「……何」
「そういうことするんだ」
「……悪い?」
「ぜんぜん?」
ゆかりは少し考えてから言った。
「明日、私も行っていい?」
「……え」
「女の子、一人で面倒見るの大変でしょ」
「面倒を見てるわけじゃ」
「一緒にいるだけでもいいから」
湊は少し考えた。
「……舞子が嫌じゃなければ」
「じゃ、決まりね」
「俺も行く」
順平が手を上げた。
「なんで?」
「勉強飽きた」
おいこら。
「……」
「それに、俺もそういうの得意かもしれねえじゃん?」
「何が?」
「なんつーかなあ。あのー、あれだ」
「?」
「分かんねえ」
「……そう」
ゆかりが呆れたように笑う。
「じゃあ、明日はみんなで行こう」
そして、こちらを見る。
「先生も」
なんだって?
──俺も?
「大人がいたほうがいいでしょ」
──……まあ。
理屈としては正しい。
あなたは反論を諦めた。
──分かった。
「素直でよろしい」
殊更に胸を張ってみせたゆかりが、コロコロと笑ってそう言った。
「じゃあ、勉強してからね」
「えー」
順平が露骨に嫌そうな顔をした。
「なんで俺らが勉強してから遊びに行く流れなんだよ」
「あんた、また補修受けたいの?」
「うっ」
順平が沈黙する。
湊はそんな二人を見ていた。
ほんの少しだけ。
口元が緩んでいるように見えた。
あなたは何も言わなかった。
感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。
月光館学園は私学なので、給与形態は給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)とは関係しません。2009年当時の公立校の教師はかなり過酷な就労環境だったそうですが、人修羅さんは現状、わりとお気楽な仕事ぶりです。
まあ物語的には特に関係ないんですが、一応、設定として。