Persona3 Temperance   作:人ちゅら

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#028 それぞれの日々

 5月14日、木曜日。

 

 放課後、あなたは結城(ゆうき)湊(みなと)と岳羽(たけば)ゆかり、伊織(いおり)順平(じゅんぺい)を連れて巌戸台(いわとだい)の長鳴(ながなき)神社へ向かった。

 

 鳥居をくぐると、境内の端にあるブランコが目に入る。

 その上に、小さな女の子が座っていた。

 

「あ、来た」

 

 舞子(まいこ)がブランコから飛び降りる。

 湊が軽く手を上げた。

 

「こんにちは」

「こんにちは」

 

 舞子は結城の後ろにいる二人を見る。

 ゆかりがしゃがんで目線を合わせた。

 

「こんにちは。私は岳羽ゆかり。ゆかりおねえちゃんって呼んでね」

「ゆかりおねえちゃん?」

「そうそう」

 

 舞子が少し考えてから、笑った。

 

「ゆかりおねえちゃん」

「うん」

 

 ゆかりが嬉しそうに笑う。

 その隣では順平がしゃがみ込んでいた。

 

「俺っちは順平。じゅんぺーでいいぜ」

「じゅんぺー」

「おう」

 

 抵抗がないらしい。

 結城だけが少し離れたところに立っている。

 自分は関係ない、とでも言いたげな顔だった。

 

「今日は何して遊ぶ?」

 

 順平が訊く。

 

「ブランコ」

「よし、じゃあブランコから行くか!」

「お兄ちゃんも」

 

 舞子に呼ばれて目を白黒させている湊に、順平が呆れた顔でツッコんだ。

 

「なにボーっとしてんの、お前」

「……」

 

 無言で佇む湊の手を、舞子が掴んで引っ張る。

 

「お兄ちゃんも」

「……俺は見てるから」

「だめ」

 

 即答だった。

 

「ほらほら、結城くんも」

 

 ゆかりに背中を押され、結城が諦めたようにブランコへ向かう。

 

 あなたは少し離れたベンチに腰を下ろした。

 今日は付き添いだ。

 そういうことにしておく。

 

 ブランコの次は、シーソーだった。

 順平が妙に本気を出したせいで、舞子が何度も悲鳴を上げる。

 

「順平、もうちょっと加減して!」

「いや、これくらいが普通だろ!」

「普通じゃないって!」

 

 ゆかりに怒られて、順平が渋々速度を落とす。

 湊はというと、舞子に指示されるまま動いている。

 

「お兄ちゃん、こっち!」

「はい」

「もっと!」

「はい」

「もっと!」

「……これ以上は危ない」

「じゃあ、ちょっとだけ」

「分かった」

 

 素直だった。

 

 しばらくすると、今度は「だるまさんがころんだ」が始まった。

 順平が鬼になった。

 

「だーるまさんがー」

 

 振り返る。

 舞子が止まる。

 ゆかりも止まる。

 湊も止まる。

 

「ころんだ!」

 

 順平が振り返る。

 舞子が笑う。

 

「動いた!」

「え、動いてないよ!」

「動いた!」

「いやいやいや!」

 

 子供相手にも容赦がない。

 ゆかりが舞子の味方をする。

 結城は何も言わない。

 

 あなたはそれを眺めていた。

 

 順平は子供と遊ぶのが上手い。

 ただし、遊び方が小学生男子そのものだ。

 

 ゆかりは意外なほど面倒見がいい。

 舞子の側に立って順平に文句を言いながら、結局は一緒になって遊んでいる。

 

 そして結城は、最初から最後まで距離を取ろうとしているのに、舞子に手を引かれるたびにその距離を縮められている。

 

 しばらくして、順平がトランプを取り出した。

 

「じゃーん。俺っちの必殺、カードマジック!」

「マジック?」

「そう。よく見てろよ」

 

 カードを一枚選ばせる。

 

 順平がそれを混ぜる。

 何度か切る。

 そして一枚を引き抜いた。

 

「これだ!」

「違う」

「……」

 

 舞子が即答した。

 

「え?」

「これじゃない」

「いや、でも──」

「さっき見えた」

「見えたって言うなよ!」

 

 ゆかりが笑う。

 結城まで少しだけ口元を緩めていた。

 

 その直後だった。

 

「あっ」

 

 舞子が足を滑らせた。

 地面に膝をつく。

 

「痛い」

 

 順平とゆかりが同時に駆け寄った。

 あなたも立ち上がる。

 

──見せてごらん。

 

 膝に擦り傷ができていた。

 大した傷ではない。

 けれど、子供にとっては大事件だ。

 

──水で洗おう。

 

「痛い?」

 

──ちょっとだけね。

 

 あなたは水道まで連れていき、傷口を洗った。

 舞子が顔をしかめる。

 

「いたい」

 

──ごめんね。

 

 洗い終わったところで、絆創膏を貼る。

 その上から、誰にも気づかれないように指先へマガツヒを集めた。

 傷の周囲に、わずかな光が走る。

 

 【ディア】

 

 治療というほどのものではない。

 ただのおまじないだ。

 

──はい、終わったよ。

 

「もう痛くない」

「舞子ちゃん強いね」

 

 舞子が絆創膏を剥がそうとする。

 

──剥がさないで。

 

「でも痛くないよ?」

「絆創膏は男の勲章だぜ」

 

 順平が言った。

 

「女の子だけど」

「……」

 

 順平が黙る。

 

「じゃあ、女の勲章!」

 

 順平のゴリ押しに、思わず笑いが起こった。

 あなたは何も言わなかった。

 

 夕方。

 境内に時刻を知らせる鐘の音が響いた。

 

「もう帰る時間?」

 

 舞子が訊く。

 

「そうだね」

 

 ゆかりが答える。

 

「また遊ぼう」

「うん!」

 

 舞子は嬉しそうに頷いた。

 

「また来てね、お兄ちゃん」

 

 結城を見る。

 

「……分かった」

「ゆかりおねえちゃんも」

「もちろん」

「じゅんぺーも」

「おう!」

 

 三人が返事をする。

 あなたは少し離れた場所から、その様子を見ていた。

 

 これでいい。

 たぶん。

 そう思った。

 

 

*   *   *

 

 

 中間考査の期間に入ると、学校の空気は目に見えて変わった。

 

 授業は午前中で終わる。

 午後になると、生徒の姿がほとんど消える。

 部活動も原則として休止。

 S.E.E.S.の活動も止まっている。

 理由は単純だ。

 

 試験がある。

 

 あなたの仕事は、普段より減った。

 怪我をする生徒がいない。

 部活動からの呼び出しもない。

 保健室に来るのは、試験問題の作成に疲れた教師や、採点のことで頭を抱えた教師ばかりだった。

 

「先生、ちょっと聞いてくださいよ」

 

──はい。

 

「今年の問題、難しくしすぎたかもしれなくて」

 

──そうですか。

 

「でも簡単にすると平均点が上がりすぎるし」

 

──そうですね。

 

「どう思います?」

 

──難しい問題を減らしたらいいんじゃないですか?

 

「それができたら苦労しないんですよ」

 

 あなたは頷いた。

 教師の愚痴を聞くのも養護教諭の仕事のうちだ。

 

 ……たぶん。

 

 いや本当は違うと思うのだが、保健室に来た人間を追い返す理由にはならない。

 それに、頼られて悪い気はしない。

 自分からコミュニケーションを取りに行くのは苦手だが、嫌いというわけでもないのだ。

 

 そんなことをしているうちに、一日が終わる。

 そして翌日も、その次の日も似たようなものだった。

 試験期間が終わる頃には、あなた自身も少し疲れていた。

 

 身体ではない。

 暇疲れだ。

 やることがないというのは、それはそれで落ち着かない。

 

 

*   *   *

 

 

 5月20日、水曜日──午後。

 

 あなたは保健室で書類を整理していた。

 そこへ、運動部の顧問教師がやってきた。

 

「間薙(かんなぎ)先生、ちょっといいですか」

 

──はい。

 

「真田(さなだ)君のことで」

 

 真田明彦(あきひこ)。

 先月の戦闘で負傷し、現在は医師から激しい運動を止められている。

 

「そろそろ、部活動に戻せないかと思ってまして」

 

──まだ完全復帰ではないですよね?

 

「ええ。ただ、本人が戻りたがっているもので」

 

 あなたは少し考えた。

 

──主治医に確認しましょう。

 

「お願いできますか?」

 

──……ああ。分かりました。

 

 丸投げされて一瞬、言葉に詰まった。

 とはいえ、他の教師たちは採点や成績処理で忙しい。

 比べてあなたには時間がある──退屈すぎて保健室で指立て伏せを始めるくらいには。

 それだけの理由だった。

 

 許可を取り、何度目かの病院へ向かう。

 医師との話は長くなかった。

 

 骨の状態。

 運動強度。

 再発の危険。

 段階的な復帰。

 いくつかの条件を確認する。

 

 完全復帰ではない。

 それでも、軽い運動からなら再開できる。

 その内容を学校側へ伝える。

 それで終わりだった。

 

 真田がS.E.E.S.の探索に戻るための準備も、少しずつ整っていく。

 あなた自身が戦闘に参加するわけではない。

 けれどもこれもまた、あの夜から続いている日常の一部だった。

 

 

*   *   *

 

 

 その一方で、あなた自身の仕事は思ったほど簡単ではなかった。

 

 四月分の報告書。

 保健室の備品。

 医薬品の在庫。

 健康診断関係の書類。

 

 前任者が残していった書式を引っ張り出し、見よう見まねで処理していく。

 

「遅いですよ、先生」

 

 事務室から催促される。

 

──すみません。

 

「これ、先月分じゃないですか」

 

──はい。

 

「あと、これも」

 

──はい。

 

 副校長にも呼ばれる。

 書類の不備を指摘される。

 あなたは黙って直した。

 

 大学でデータサイエンスを学んだ経験はある。

 情報を整理すること自体は、それほど苦手ではない。

 ただし、学校という組織で、どの書類を、いつ、誰に、どの形式で提出するのか。

 そういう実務については、ほとんど経験がなかった。

 

 結局、前任者の書類を参考にしながら、一つずつ覚えるしかない。

 ようやく一通り終わった頃には、試験期間も終わりに近づいていた。

 

 そして気づく。

 本格的に、やることがなくなった。

 

 職員室では、教師たちが採点をしている。

 あなたも採点を手伝うことはできる。

 けれど、担当教科が違う。

 雑談に混ざるのも得意ではない。

 

 完全に、手持ち無沙汰だった。

 

 

 暇に飽かせてあれやこれやと考え事をしていると、春の陽気に眠気を誘われる。

 椅子に深く腰掛け、うつらうつらと船を漕いでいると、ふと、昔のことを思い出した。

 

 新田(にった)勇(いさむ)。

 出会ったのは高校進学からだったが、やけに気の合う友人だった。

 ちょっとばかり自分勝手な気質でもあったが、それも内気なあなたを引っ張り出してくれる方向へと働いていた。

 

 ……………。

 

 ボルテクス界での戦いが終わってから、もう五年が過ぎた。

 再創世後、あの世界での記憶を持った四人の中で、彼だけが袂(たもと)を分かった。

 

 ムスビのコトワリ。

 他者との交流には、その関係性の中で大なり小なりの軋轢が生まれる。

 ならば誰も彼もが自分のために生きた方が、最初から他者と関わらない方が幸せになれるのではないか。

 魔丞・千晶(ムスビ)と氷川総司令(シジマ)の争いに翻弄され、世を倦(う)んでアマラ経絡に隠れた彼の結論であった。

 

『人は誰もが自分のために生きるべきだ』

 

 彼から届いた手紙には、それだけが書かれていた。

 

 あなたがそれに気付いたときには、彼は既に大学を辞めていた。

 海外留学したらしいと、彼の学友から聞いてはいる。

 だが、メールを送っても一度も返っては来なかった。

 

 当然、電話も繋がらない。

 住んでいた部屋は空になっていた。

 家族も転居したらしいが、その後の行方は知れない。

 

 調査を頼んだ相手からは、時々連絡が来る。

 だが、内容はいつも同じだった。

 

 ──まだ見つかっていない。

 

 あなたは携帯電話の画面を見た。

 新しい連絡はない。

 

「……幸せになれたのかね」

 

 誰に言うでもなく呟いた。

 

 別に、今さら涙するような話でもない。

 勇が自分の意志で離れていったことは分かっている。

 あの頃のことを考えれば、彼があなたとの関わりを絶ったのも理解できる。

 

 だから、見つからない。

 少なくとも、勇自身が考えを変えない限りは。

 

 あなたは携帯電話のメーラーを閉じ、そこで考えるのを止めた。

 

 代わりに、別の番号を探す。

 幼馴染。

 もう一人の昔馴染み。

 

 橘(たちばな)千晶(ちあき)。

 

 あなたは電話をかけた。

 

──もしもし。

 

『何?』

 

──久しぶり。

 

『久しぶりって。あんたから電話してくるなんてね』

 

──そうか?

 

『そうだよ』

 

 声を聞いた瞬間、昔とあまり変わっていないことが分かる。

 千晶は一方的に近況を話し始めた。

 

『こっちは相変わらず。兄貴の会社、忙しいし』

 

──そう。

 

『あいつ、自分は忙しいからって仕事押し付けてくんのよ』

 

──大変だね。

 

『他人事みたいに言うな』

 

──他人事だから。

 

『昔からそういうところあるよね、あんた』

 

 懐かしい。

 だが、わざわざ口には出さない。

 

 千晶はしばらく仕事の愚痴を続けた。

 あなたは適当に相槌を打つ。

 それから、不意に話題が変わった。

 

『そういえばさ。この前の電車の事故』

 

──ああ。

 

『あれ、あんた大丈夫だった?』

 

 少し意外だった。

 

──どうして?

 

『ニュース見たから』

 

──そう。

 

『あんた、あの辺の学校にいるんでしょ』

 

──そうだけど。

 

『じゃあ、巻き込まれてるかもしれないじゃん』

 

 あなたは少し考えた。

 

──実際、巻き込まれた。

 

『やっぱり?』

 

──ただの事故じゃなかったから。

 

『……何? どういうこと?』

 

 あなたは少しだけ説明した。

 

 シャドウ。

 影時間。

 タルタロス。

 そして、それに対処するためのS.E.E.S.という組織。

 

 千晶は黙って聞いていた。

 

『へえ』

 

──信じるんだ?

 

『嘘なの?』

 

──いや。

 

『でも、それって面白そうじゃん』

 

──面白い?

 

『だって、普通じゃないでしょ』

 

──まあ、普通ではないね。

 

『あんたが行ってれば、すぐ終わったんじゃない?』

 

──どうかな?

 

『いや、終わんなかったらヤバいでしょ。人修羅(あんた)が出張って』

 

 その言葉にだけ、妙な湿度があったような。

 

 あなたは否定せず、力ない笑いを返す。

 その反応が可笑(おか)しかったのか、千晶が弾けたように笑い出した。

 

 ひとしきり笑ってから、千晶が再び軽い調子で話し始める。

 

『あーあ。私もそっち行けばよかった』

 

──来ても何もできないと思うけど?

 

『何で?』

 

──部外者だから。

 

『じゃあ、見に行くだけなら?』

 

──見られるかどうかも分からない。

 

『じゃあ、行くわ』

 

──……いつ?

 

『近いうち』

 

──勝手だね。

 

『決めたから』

 

──そう。

 

『嫌なの?』

 

──別に?

 

『じゃあ決まり』

 

──ん。分かった。

 

 電話の向こうで千晶が笑った。

 

『相変わらず淡々としてるね』

 

──そうかな?

 

『そうでしょ』

 

 また昔と同じような会話になる。

 それが少しだけ不思議だった。

 

 通話を切って、携帯電話を置く。

 机の上には、まだ片付いていない書類が残っている。

 

 学校のこと。

 S.E.E.S.のこと。

 勇のこと。

 千晶のこと。

 

 どれも、今すぐ答えが出る話ではない。

 

 あなたは椅子に背を預けた。

 窓の外を見れば、いつの間にか日が傾き始めていた。

 生徒のいない学校は静かなものだ。

 

 週が開ければ、またいつもの日常が戻ってくる。

 試験が終わればS.E.E.S.の活動も再開されるし、そこに真田も復帰となれば、また考えることも増えそうだ。

 

 彼らはタルタロスへ行き、塔を登るだろう。

 勉強もして、部活もして、街を歩き、人々と関わる。

 舞子のような子供と遊ぶ時間もあれば、影時間の遭難者を救助することもある。

 

 それぞれが、それぞれの日々の中で生きている。

 それが良いのか悪いのか。

 

 ため息交じりに机の上の書類を一枚めくった。

 まだ仕事は残っている。




 感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。

 検査で悪いトコ見つかっちゃったので、ちょっと手術を受けにゃならんことになりました。
 なので、しばらくお休みをいただきます。
 おそらく11月には復帰できると思いますが、それまでしばらくお待ちいただけると幸いです。
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