「うっ、ぐすっ、えぐっ」
俺は図書館に宿題の読書感想文の本を返しに行き、轟家に帰る途中だった。
当然のように俺の後ろにはしょうくんがいる。
そもそも最初に声に気がついたのはしょうくんで、まだ昼下りとはいえ敵がいる場合だってあるから、すぐ逃げられるように注意しながら二人で路地へ入った。
そして見つけたのは血だらけの女の子。
路地の中心で蹲り、嗚咽しながら、カッターナイフを片手に何かを刺している。
あまりの光景にしょうくんは顔面蒼白。対する俺も同じだけど、しょうくんのリアクションのお陰で少しだけ落ち着いていられた。
辺りを見る限り敵の気配はない。擬態とかの線も疑ったけど、そもそもここらの地域はすこぶる調子がいいエンデヴァーの管轄区域なので犯罪率が日本でもトップレベルで低い。
それでも念の為いつでも個性を発動出来るようにしながら、
「どうした? 怪我したのか?」
と平静を装って声をかけてみる。
ピタリと動きを止め、暫くした後、くるりと上半身を俺たちの方へ向けた女の子。
「普通ってなんですか?」
ん?っと訳が分からず小首を傾げてしまう。
しょうくんの方を見れば、しょうくんも俺と同じだった。かわいいなくそぅ。
改めて目の前の女の子に視線を戻す。
女の子は鳥を刺していた。
残酷だ。けれど、明らかにこの女の子は何かしらの問題を抱えているのだろう。
「普通ってのが俺にはよく分からないけど、取り敢えずその格好をどうにかしよう。君の家はこの辺?」
俺の問いに女の子はただ首を横に振った。
マジかと思ったけど、今の世の中、子を捨てる無責任な親はいる。悲しいけどその子が持つ個性が自分の手に負えないとなると、育児を諦めて施設や協会に置いていく人がいるし、酷い場合は置き去りなんてこともある。理由は経済的とか親子間の問題や家庭事情だったりと様々で、一概にどちらが悪いとも言い切れないのが厳しい現実。子ども産んだなら責任持てよとも思うが、子どもを産んだからってその人が親になれる訳じゃない。子どもみたいな大人はいくらでもいてしまうのだから。
俺が先に上げた施設は児童保護施設で、協会は児童保護協会。
どちらも大きなくくりで見れば同じカテゴリだけど、施設は民間団体で協会は公的機関だ。入り易さと数の多さから施設の方が身近で選ばれがちだけど、入り易い分職員の数が足りず、年中アルバイトやパートを募集してて、でもそんなにいい時給ではないので人員確保が厳しいみたい。
一昔前には児童保護施設を装って人身売買をしていた敵組織がいたくらいだ。
今ではそんなことが出来ないように施設という看板を立てる以上、毎日警察が子どもの身の安全のため確認にやってくる。
それでいて施設を設けるにもその施設を運営する側や職員になる人が適切であるか国から厳しい審査を受ける必要があるので、悪質な施設はなくなっているのだとか。協会になると国家公務員試験が必要らしい。
「じゃあ、俺たちと行こう」
このまま置いていくなんてとても出来ないため、俺は手を差し出すと女の子はコクリと頷いて、俺の手を握った。
「あ、でもその前に」
「?」
「どうしたの、白?」
女の子としょうくんが首を傾げる中、俺は徐ろに手提げ袋からいつも何かのために入れてあるビニール袋を2枚取り出して、1枚を広げ、もう1枚はビニール手袋代わりにして、鳥の死体を片付ける。
「ちゃんと埋葬してあげないとね」
俺が言えばしょうくんはコクリと頷き、女の子は不思議そうにしながらも特に何を言うでもなく、俺の空いている手をまた握った。
必然的にしょうくんは俺と手を繋げなくなったが、俺の服の袖を掴んでいたので満足そうだった。
―――――――――
俺は女の子を自分の家に連れてきた。
いつもなら黒刃が待ってるから轟家に帰るのだが、こんな状況では帰れない。
「服、脱いで。洗濯するから。その間にお風呂入って。あれがシャンプーで、その左がリンス。ボディソープはあそこの青いボトル。体洗うタオルはこれ使って」
「……うん」
「俺としょうくんはここにいるから、何かあったら呼んで」
「分かりました」
女の子はもぞもぞと服を脱ぎ始めた。
慌てて俺はしょうくんと共に女の子に背を向け、女の子が浴室に入ったのを音で確認してから、洗面台に水を溜めた。
「しょうくん、ぬるま湯にして」
「うん」
しょうくんの個性で(本当は蛇口を捻ればすぐにお湯出せるんだけど、頼らないとしょうくんが不機嫌になっちゃうから)ぬるま湯になった水に、女の子の服を浸し、洗剤でついてしまっていた血を生地を痛めないように擦って落としていく。幸いそんなに時間が経ってなかったらしく、それはすぐに落ちた。
あとは洗濯機で濯ぎから乾燥までをお願いする。
「しょうくん、俺はあの子の着換え持ってくるからここで待ってて」
「分かった」
―――――――――
取り敢えず洗濯機が止まるまでは俺の長袖長ズボンを女の子に着てもらうことにした。
そして二人を連れて庭に移動し、鳥を庭に掘った穴に埋め、黙祷する。
再び家の中に戻り、俺は取り敢えず二人に温かいココアを出して、まずは轟家に電話した。
出たのは冷母さんだったので事情があって女の子を保護したことを伝えると、父さんに連絡してくれるということでお礼を言ってお願いしておいた。
電話を終えた俺がやっと女の子に集中すると、
「おい、それは白のだ。汚すなよ」
「ふひっ、いひひ、ごめんなさい、ごめんなさいぃ」
カオスが広がっていた。
女の子は何故だが余った俺の長袖の袖口を口に含み幸せそうに笑っていて、それを引っ張りながら注意するしょうくん。
「……あのさ」
「はい、ふひひ……」
「遅くなったけど、俺の名前は地毒白刃。10歳。それでそっちは俺の幼馴染みで轟焦凍。同い年ね。君の名前を教えてくれ。出来れば歳も」
「…………渡我被身子。12歳です」
んんんんん?
とがひみこ?
え、あのトガヒミコ?
よく見れば髪型は違うけど、確かに女の子はトガヒミコだ。
にやけて開いた口から見える鋭く尖った犬歯に、腫れぼったい目元。黄色い瞳と縦長の瞳孔はまさに本人。原作で見てた通りだ。
「あの……」
「あ、ごめん。年上なんだ。ならタメ口でいいよ。な、しょうくん? あ、俺たちもタメ口でいいかな?」
しょうくんに振ると、しょうくんはなんか納得してない面持ちながらも頷いてくれる。
被身子ちゃんもタメ口でいいということで頷きを返してくれた。
「い、いいよ」
「ありがとう。それで、確認ね。被身子ちゃんは帰るお家がないってことであってる?」
「はい。今日お家から出て来ました。私は普通じゃないから」
「……なるほど」
12ってことはまだ殺人犯になる前。ならここで引き止めれられれば、この子が堂々と日の下で生活出来るようになるってことか。
「普通じゃないってどんなこと? 俺たちに話せる?」
「私、血が好きなんです! グチャグチャのドロドロのボロボロの人が大好きなんです!」
うわお。めっちゃいい笑顔。
「そ、そっか。確かにそれは普通じゃないってなっちゃうね」
「ですよね……」
しょんぼりと項垂れてしまった被身子ちゃん。
少しでも力になれることはないかと思案しつつ、被身子ちゃんの頭を撫でる。
「あ、あの……?」
「え、あ、ごめん。なんか癖で……」
「なでなで、してください」
「あ、ああ……」
目を細めて気持ち良さそうに頭を撫でられている被身子ちゃん。年相応でかわいいな。
なんて思ってたら案の定来ましたよ。嫉妬しょうくんが。
「ん!」
「はいはい、しょうくんもな」
「ん♪」
しょうくん、ちゃんと喋ろうよ……かわいいけれども。
「好きな物を我慢するのって辛いよなぁ」
「はい……」
「そういうのが好きなのって被身子ちゃんの個性によるもの?」
「分かりません」
「個性聞いてもいい? あとタメ口でいいからね?」
「その人の血を舐めると、その人に変身出来ま……出来るよ」
「あ〜、それでかもね」
原作じゃもう手遅れレベルだったけど、今ならまだ間に合うと思う。というか思いたい。あの壊れ具合は個人的にマンガのキャラとしては好きだったけど、現実になると話は別だ。なんとかしてあげたい。
後に敵になったり、連続殺人犯になったりするのは悲し過ぎるもんな。
「じゃあ、好きな物見つけようよ」
「好きな物を見つける?」
「うん。血とかじゃない、別の好きな物。血が好きなのは個人の自由だからとやかく言えないけど、それだけだと友達と会話続かないかもしれないから、他に好きな物見つけよう。例えば、俺は料理が好き」
「お料理?」
「うん」
「白の料理は美味しいんだ。特にオムレツ!」
しょうくんは目をキラキラさせて言うと、オムレツを思い出したのかお腹がくぅと鳴る。
原作同様ざる蕎麦が好物だが、俺の料理も好物で特にオムレツがお気に召したようだ。
「お腹減った……」
「そういやなんだかんだもう夕方だもんな」
色々やってて時間はあっという間に過ぎていた。
洗濯機もとっくに止まっている。
「被身子ちゃん、服乾いたから着替えよう」
「え」
被身子ちゃんは小さく声をあげた。
心なしか残念がってるように見える。
「……その服気に入った?」
「うん。いい匂いする♪ きっとあなたの匂いだから♪」
わぁ、いい笑顔。でも原作じゃ惚れっぽい性格だしその通りなんだろうな。
「ん〜、じゃあそれあげるよ」
「ホント!?」
「うん。だけど、下着はちゃんと履いて」
「わかりましたー!」
ドタドタと洗面所へ走っていく被身子ちゃん。
凄いな。もう俺ん家の間取り把握したのか。
しょうくんはなんか被身子ちゃんが向かった方をマジマジと見てるけど、うん、俺は気にしないぞ。
それから下着を履いてきたであろう被身子ちゃんが戻ってきたので、ココアを飲み干し、コップを洗い、今度はみんなで轟家へと向かった。
―――――――――
「あなたが焦凍たちが連れてきた子ね?」
「俺は焦凍の兄で夏雄。よろしく!」
「よ、よろしくお願いします……」
玄関で出迎えてくれた二人に、被身子ちゃんは俺の背中に隠れながらも挨拶を返す。
二人共優しいからね。大丈夫だよ。
ただ問題は、
「………………」
被身子ちゃんを見つめたまま何も言わない我が愛しい妹、黒刃だ。
でも仕方ない。自分で言うのもアレだけど、黒刃はお兄ちゃん子だ。
そして今、被身子ちゃんは俺の服を着ていて、俺が知らない女の子を連れてきたのだから戸惑うのも当然だろう。
俺は内心肩をすくめながら、
「黒刃、挨拶は?」
と言えば、不服そうにしながらも「ちゃ」と挨拶した。
すると夏兄の腕からスルスルと降りて、俺に「にぃた、だ!」と抱っこをせがんでくる。
核兵器級のかわいさよ。マジで。
俺は即時抱っこを執行する。
「この子、白刃くんと同じ匂いがする」
「妹だからな。世界一かわいい、俺の妹」
頬と頬を付けながら被身子ちゃんに黒刃を紹介すると、黒刃は恥ずかしそうにしながらも、嬉しさが勝ってくしゃりと破顔した。
「……かぁいいねぇ♪」
「だろ? 俺の妹は世界一だ!」
「うんうん! かぁいい、かぁいいねぇ!」
やはりかわいいは世界共通なんだな。誇らしいぞ、我が妹よ。それに俺は同担バッチコイだ。
一方、
「ん! ん! ん!」
しょうくんが語彙力をなくして自分のことを指さしながら『俺は!? ねぇ、俺は!?』と求めてくる。
「しょうくんは世界一かっこいいぞ!」
「むふん♪」
俺の言葉に満足したのか、しょうくんは鼻の穴を膨らませて胸を張り、俺の背中に抱きついた。
当然、それが気に入らない黒刃が「め!」と叫びながら、しょうくんの頭をどかそうと小さい手でしょうくんを押すが、しょうくんは一歩も退かない。
「かぁいいねぇ……みんなかぁいい〜!」
「白刃くんは相変わらず人を惹き付けるわね」
「実は人たらしの個性もあるのかもな♪」
夏兄、そんなこと言ってないでしょうくんどかしてくれ。
俺は三人に引っ付かれながら、冷母さんに「取り敢えず中へいきましょう」と言われて、居間へ向かった。
焦凍サイド
白がまた一人救った。
小学校に通うようになってから、色んな人と出会う。
白は気がつくと弱い人の味方になってる。
かっこいい。
流石俺のヒーローだ。
みんな何かしら個性を持ってるのが当たり前な世の中でも、個性を持たない無個性の人がいる。
そういう人は周りから浮いたりするけど、白はそんなの関係なく話しかけるし、困ってたら助ける。
今日だってそうだ。
俺は怖かったのに、白は相変わらず落ち着いてて、声をかけて、優しく手を差し伸べたんだから。
知らない子なのに。そんなのお構いなしに。
被身子って女の子は自分の個性や趣向で悩んでたみたい。
俺にはそういうの分からないけど、血が好きってのが変わってるってのは俺だって分かる。
でも白は被身子のそういうところを「普通じゃない」と言いながらも、否定はしなかった。
優しい。
何か考えながら被身子の頭を撫でてる。
ズルい。
俺もって頭を白に向けたら撫でてくれた。
優しい。
そのあとで白は他の好きな物を探そうって提案した。
やっぱり白はヒーローだ。
俺ならどうしたらいいか分からなくて何も提案出来なかった。
白の料理は好きだ。
俺は和菓子が好きだけど、白の作るクッキーとか蒸しケーキとかホットケーキとか大好きだ。
特にオムレツは最高だ。
何も入ってないのも美味しいけど、納豆を入れてたり、チーズが入ってたり、色んなのがある。
お腹空いた……。
白のことだから、このあときっと何か作ってくれる。
白は俺のヒーローだから。
被身子サイド
私は普通じゃない。
いつも周りから変な目で見られてた。
普通ってなんですか?
普通だと愛してもらえて、普通じゃないから私は愛してもらえないんですか?
お母さんが家に全然帰って来なくなって、もういいやって思って朝から宛もなく彷徨ってたら、鳥の死骸を見つけて、血が見れるから嬉しくて、持ってきたカッターナイフでザクザクした。
血が見れて嬉しいのに、満たされなくて悲しくて、気がついたら私は泣いてた。
そんな私に声をかけて、手を差し伸べてくれた人。
思わず見惚れてしまうくらい、毒々しい紫色の髪にナイフが散りばめれたような黒っぽい銀色の髪。
私が持ってるカッターナイフみたいな綺麗な目。
目の下と首に見えてる骸骨の模様。
かっこいい。って思った。
手を握ったら、バチバチって電気が走った。
この子の個性なのかなって思ったけど、もう一人の子はなんともなさそうだから違うんだろう。
じゃあこのバチバチは何?
訳も分からず、手を差し伸べてくれた子のお家に案内されて、お風呂貸してもらって、その子のお洋服を借りた。
袖を通した瞬間、分かった。
この子は私の運命の人だって。
まるで彼に全身を抱きしめられてるみたいで、とっても幸せな気持ちになれの。
なんか紅白帽子みたいな頭をした子が何か言ってくるけど、どうでもいい。
私はやっと自分の幸せを見つけたの。
これから末永くよろしくね―――
地毒白刃様♡
―――私の運命の人(ヒーロー)。
読んで頂き本当にありがとうございました!