猫の日なのとマウンテンのコーデ見てたら急に生えてきたので吐き出すことにしたなどと。

ドクターはアニメ版準拠のイメージ。前半がコーデのフレーバーを元にしたやつ、後半がなんか生えてきたもの

バーで出会いをキメる男はいいぞ

ちなみにカクテルは出た順にバハマ、テネシー・クーラー、オリンピック。

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ギムレットには早すぎる

「―――脱退?」

 

 ドクターは差し出された一枚の紙切れを受け取った。

 

 訊き返してこそいるものの、そこに驚きはない。ただ、心臓に()った絹糸を巻きつけられるような、いつか予感していた運命と相対する時が来たのだという確信があった。

 

 ロドス・アイランド製薬の辞職願。差出人は、目の前に立つ白きフェリーンの巨漢。前衛オペレータ―、マウンテン。

 

 ドクターが見上げた先、広い肩幅と胸板に反して、どこかつぶらで真摯な瞳を持つ彼は、悲哀を讃えた表情で頷く。

 

「ええ、新たに為すべきことができました。マンスフィールドから脱出し、行く宛てもない私を……ともすれば、要らぬ争いの火種となりかねない私を受け入れて頂いたことには、感謝してもしきれません。あなたにもお世話になりました。しかし、いえ、だからこそ、これから私がやるべきことに、あなた方を巻き込むわけにはいかないのです」

 

「それで、脱退を……」

 

 わかってはいた。

 

 サリアが彼を連れてきた時、面談において事情は全て、包み隠さず伝えられている。

 

 マウンテンの家族のこと、会社のこと、ライン生命との諍い。クルビアの監獄マンスフィールドでの生活と、脱走劇。

 

 編みこまれた謀略が招いた現状について話したあと、マウンテンは自身の展望について語ってくれた。

 

 珍しく人のいない、ロドスのバーで、ごく静かに。

 

 その時が来たのだ。

 

 ドクターは目を閉じ、数秒間を置いた。

 

「ひとりでやるつもりなのか、マウンテン。誰の力も借りず、たったひとりで」

 

「ドクター、いけません」

 

 物腰の柔らかい、しかし明確な拒絶が、話を無理やり打ち切った。

 

 わかっているのだろう。マウンテンは屈強な男だが、それで出来ることなどたかが知れていることを。

 

 自分のひとりの暴力では、到底及ばないことをしようとしているのだと。

 

 それでも、ひとりで行くつもりなのだ。

 

 なおも言い募ろうとするドクターに先んじて、マウンテンが詩でも朗読するかのように呟く。

 

「気持ちだけ、受け取らせてください。あなたがなんと言い張ろうと、あなたはロドスの責任者だ。もはや、個人ではいられません。私に手を貸せば、どう足掻いても、ロドス全体に大きな悪影響をもたらすでしょう。それは私の本意ではない」

 

「……全部、お見通しというわけだ」

 

「はい、他ならぬあなたの心であれば。見落とすようなヘマは、二度しないように努めて来ましたから」

 

「マウンテン……」

 

「アンソニーです。アンソニー・サイモン。その名は、もう使えません」

 

 ドクターはマウンテンの肩をつかんだ。

 

 フードの奥の白い瞳で、真っ直ぐに見据える。

 

 自分よりも遥かに華奢で弱々しく、ひと薙ぎでへし折れてしまいそうな体躯のドクターの姿が、アンソニーには大樹のように見えた。

 

 瑞々しく、美しい色の花を咲かせる大樹。アンソニーの心にも深く根を張って、離れて行こうとする彼を繋ぎ止めている。

 

 後ろ髪を引かれるような想いがないと言えば嘘になる。カフカ、サリア、パインコーン、ロビン。共に戦った戦友たち。ドクターの他にも、大勢の世話になった。全てを失ったアンソニーにとって、ここでの日々は煌めいていた。

 

 ―――その眩いまでの輝きに、私も、他のオペレータ―たちも、引き寄せられ、救われてきた。

 

 ―――だからこそ、ここでお別れです、ドクター。あなたを散らすわけには、いかない。

 

 声には出さない想いは、確かに伝わった。根拠もないのに、そう信じられた。ドクターの次の言葉がわかるように、アンソニーの心をわかってくれているのだと。

 

 ドクターは果たして、その通りの言葉を告げてきた。

 

「この紙は、預かっておく。……どうか、気を付けて」

 

 アンソニーは何も言わず、会釈を残してドクターの執務室を後にする。

 

 扉の閉じる音が虚しく響き、彼の背中が見えなくなっても、ドクターはその場から動かなかった。

 

 

 

 それから、時を経て。

 

 クルビアのとあるバーで、アンソニーはひとりグラスを傾けていた。

 

 彼の他に客はいない。光を絞った明かりに照らされ、静かに流れるジャズを聞く。

 

 とても、静かな夜だった。

 

 アンソニーの手にはいささか小さすぎるグラスの中で、丸い氷が揺れている。……味がしない。

 

 底に残った僅かな酒を一息で飲み干してから、もう一杯を注文した。

 

 酒は良いものだ。深い香りと味を楽しみ、酔いに心を漂わせる。だが今は、そのどちらもできないのだった。

 

 何杯か飲んだ酒は、決して安酒などではない。なのに、あまりに味気ない。

 

 ―――それは隣にあなた方がいないから、でしょうね。

 

 ―――私は随分と、贅沢な酒を嗜んでいたようだ。

 

 アンソニーの用は全て済んだ。想像していたよりもずっと簡単に、拍子抜けするほど早く済んでしまった。

 

 理由は簡単。最初はひとりでやっていたはずが、いつの間にか大勢の手を借りていたからだ。

 

 決して玉砕覚悟ではないとはいえ、志半ばで倒れてしまうことすら勘定に入れていたのに、無理に正体を隠したり、開き直ったり、安住の居場所と仕事を投げ捨ててまで助けに来た、素晴らしき友人たちのおかげで。

 

 そしてアンソニーは彼女たちと別れ、こうしてひとり飲んでいる。

 

 懐かしいような、人恋しいような、この胸の痛みをなんと表現したら良いだろう。

 

 ―――今やこの身は大犯罪者。故にもう二度と会うことは出来ないと、そう飲み込んできたはずなのに。

 

 ―――あなたと飲みたいと思ってしまうのは、やはり許されざることでしょうか、ドクター……。

 

 助けに入ってくれたロドスの友人たちの中に、見慣れた姿は無かった。

 

 自制したか、ケルシーに止められたか。どちらにしても、正しい選択だ。どこの勢力にも与せず、大きな武力を持ち、中立の立場から感染者の救済に走る製薬会社。それが前に出て、自分たち以上の大企業への攻勢を指示したとなれば、敵対という言葉では生ぬるいほどの反発は必至。積み上げてきた信用の全てが地に落ちかねない。

 

 それでも、わかる。ドクターはあの場に来ていて、ロドスを危険を晒さないように、アンソニーを助けてくれた。最後まで、姿は見せずに。

 

 あれだけ忠告したのに、それでも来てくれた。理由など、聞くまでもない。けれどそれは、ひどく狡いことに思える。

 

 脱退を申し出ておきながら、迷惑をかけると知っていながら、心のどこかで彼ならこうするだろうとわかっていたから。

 

 やがて、新たな酒がアンソニーに供される。カクテルグラスに注がれた、赤橙色の酒だった。

 

 アンソニーは怪訝に思う。さっきまで飲んでいた酒と、まるっきり違う種類。同じものをおかわりしたはずだったが。

 

「あちらのお客様からです」

 

 バーテンダーが、優雅な仕草でアンソニーの背後を示す。

 

 振り返ったアンソニーは、目を見開いた。

 

 一体いつからそこにいたのか。壁際のテーブルに、ひとりで腰かけた人影があった。

 

 目深に被ったフードの奥で、白い瞳が爽やかな緑色の酒が入ったグラスを見つめている。

 

 ずっと姿を見せずにいたドクターが、そこに座っていた。

 

 アンソニーの視線に気付いているだろうに、彼は我関せずといった調子で酒を呷る。

 

 しばらく迷った末、アンソニーは目を逸らさぬままバーテンダーに問う。

 

「失礼。席を……変えても?」

 

 バーテンダーが首肯する。アンソニーはカクテルを一息で飲み干すと、ドクターと同じ卓にかけて向かい合った。

 

 ドクターは目を合わせない。聞きたいことは山ほどあるのに、言葉が出ないのは、そのせいだろうか。

 

 沈黙を、緩やかなギターとピアノの音が埋める。半分ほど酒のなくなったグラスから、からん、と氷の崩れる音が鳴ったところで、ドクターはようやく口を開いた。

 

「……いい店だ。ちょうどよく、穴場が見つかった」

 

 青空に浮かぶ雲のように、白く混じりけのない瞳がアンソニーを見た。

 

 さっきまで酒を飲んでいたのに、すっかり乾いてしまった喉で固唾を飲み込む。

 

 やっと動いた口から出たのは、なんの面白味もない一言だった。

 

「ちょうどよく、とは?」

 

「クルビアまで仕事で来たんだけど、相手の企業が急になくなってしまってね。明日の予定がいきなり空いてしまったんだ」

 

「それは……災難でしたね」

 

「ああ、とんだ災難だ」

 

 気の利いた台詞などひとつもない、淡泊な会話だ。

 

 しかし不思議と、それでいいのかもしれない、と思える。

 

 ロドスを抜けて事件を起こした自分と、少なくとも表向きは無関係のドクター。あの日の監獄のように、全てを置いてきた自分には、ドクターに友となることを求めながら、身勝手に離れて行った自分には、同席することさえおこがましいような気がした。

 

 アンソニーは一拍置いて、問いかける。たった一夜、バーで出会った他人を演じることにして。

 

「どうして、ここに?」

 

「仕事仲間に勧められてね。……来て、よかったよ。君は?」

 

「私もです。元々、酒には一家言あると自負していますが、ここのカクテルはとても良い」

 

「君とは気が合うな」

 

 ドクターは残ったカクテルを飲み干した。

 

「ここで会ったのも何かの縁だ。どうだろう、一杯おごらせてはくれないか」

 

「……ええ、ご相伴に預かれるのでしたら、是非」

 

 ドクターは頷き、バーテンダーに注文を飛ばした。

 

 ブランデー、キュラソー、オレンジジュース。バーテンダーは手慣れた手つきで材料を注ぎ、シェーカーを振る。音楽と上手く重なるリズミカルなシェイク音は涼やかだった。

 

 一分と待たずに、カクテルは出来た。運ばれてきたカクテルグラスをひとつずつ手にして、乾杯して、一息で飲み干す。

 

 全く同じペースで呷り、全く同じタイミングでグラスを置いて。……全く同じタイミングで、噴き出した。

 

「―――ぷっ」

 

「ははっ……」

 

 ふたりはそろって笑い始める。やがて声は、ジャズを掻き消さない程度に大きくなった。

 

 腹を抱えて、身をよじって、無邪気な子供のように笑った。

 

 やがてどうしようもなくこみ上げてきた笑いが収まってくると、アンソニーは目元に浮いた涙をぬぐう。

 

「全く、あなたという人は」

 

「ふふ」

 

 ドクターは幼くすらある微笑みを見せ、肩をすくめる。

 

 それこそが、さっきまで自分の抱いていた全ての想いに対する答えなのだと知った。

 

 ―――食えない人だ、本当に。

 

 少し残った可笑しさに笑っていると、ドクターが席を立つ。

 

 彼はアンソニーの傍まで来て、手を差し伸べた。

 

「実はさっき、私の護衛がうっかり怪我をしてしまってね。代わりのボディガードを探しているんだ。心当たりはないかな?」

 

「ありますよ」

 

 アンソニーは立ち上がった。

 

 もう、自分には資格などないと思っていた。

 

 目的を果たそうとすれば、大事な友人たちを巻き込む。だから脱退した。

 

 けれど、彼らはそんな自分を追いかけてきて、またこうして手を伸ばしてくれている。それが何を意味するのか、知っていながら。

 

 アンソニーは少し力を込めただけで握りつぶせそうなほどに小さな、しかし慈しむべき花びらのように柔らかな手を、宝物のように握りしめた。

 

「私が、あなたをお守りしましょう。幸い、腕には覚えがあります」

 

「ありがとう。そういえば、まだ名前を聞いていなかった。君の名前は?」

 

「アンソニー・サイモン……いえ」

 

 

 

「マウンテンです。オペレータ―・マウンテン。それが私の名前です。ただいま戻りました、ドクター」

 

「ああ。……おかえり、マウンテン」


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