あの後、気がつくと、俺は『伽藍の堂』の前に立っていた。たまたま玄関から出てきたエレイシアに連れられて中に入った。どうやって帰ってきたかは一切覚えておらず、『彼女』と出会ったのは幻想かと思ったが、ここを出るときに持っていた傘が手元にないため、幻想ではないと確信した。
なら、なぜコクトーが来なかった?そもそもコクトーがあの場所で『彼女』と出会わないと、物語としての《空の境界》は破綻してしまう。たしか、あと一ヶ月程経てばコクトーと式が観上高等学園に入学するはずだ。そこに忍び込んで確かめることにしよう。
なぜか、心の奥底に『また、逢いましょうね』という言葉が強く残っていた。
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桜が此処彼処で咲き乱れる時期になった四月。俺は橙子に少し家を出る、と言い残して観上高等学園に向かっていた。学園に近付けば近づくほどに入学式に来ていた新入生と親の話し声が大きくなり、前世にもこんなことをしたな、なんて呟いた。クラス分けが掲示された紙をみると、二つ目の欄に『黒桐幹也』の文字があった。辺りを見渡すと、前世でよく見た眼鏡をかけた黒髪の青年の姿が目に入った。この世界線がコクトーのいないifの空の境界かと思ったが、そんなことはないらしい。ならば、なぜ───コクトーがあの場所に来なかったのか。そんなことを考えていた時だった。
「ねぇ、───貴方。どこかで私と会ったことがあるかしら」
忘れもしない、凛とした刃物のような声。しかし、雰囲気が違って、『彼女』ではない事が分かる。声を掛けられた方に向くと、その場所には──────雪のような白い生地に所々に花の刺繍を縫った着物を身に付けた、絶世の美女が立っていた。その余りの美しさに、一瞬、言葉を失った。気を取り戻すと、彼女に答える。
「いや、ないな。君と会ったことは」
嘘をついた。つきざるをえなかった。もし、この場で正直に答えてしまえば、コクトーがいないまま《空の境界》が始まってしまうからだ。彼女はそう、と答えるとそのまま何処かへ行ってしまった。一度深呼吸を行い、自身の精神を落ち着かせる。さて、ここからどう動くべきだろうか。まず、最優先事項は彼女─────式とコクトーを出会わせることだ。そうしないと、《空の境界》が始まらない。しかし、下手に式と接触してしまえば、原作とは違う《空の境界》が始まってしまう。最初に『彼女』がコクトーではなく俺と出会ってしまったからだ。とにかく、この瞬間にすべきことは、コクトーと式を出会わせる事だ。この時点で会わせないと、式が『直死の魔眼』を発現せず、《空の境界》が始まらない。そう結論を出した俺は、姿が消えたコクトーを探すためにその場から走り去った。その場所に『伽藍の堂』の名刺の一枚を落としてしまったことに気付かないまま。
彼が去ったのを見届けたあと、彼女は近くの物陰から現れた。彼が落としていった名刺を拾い上げた。
「蒼﨑紅。『伽藍の堂』所属────そうなのね」
基本、名刺には名前、社名、社名の住所が書かれている。
彼女はそれに目を通した後、行ってみるのもいいかもしれないわね、と呟いた。
『』と織がいるときの式の違いを表すのが難しい。
※蒼﨑紅のヒミツ①
実は、蒼﨑三兄妹で一番肉弾戦が弱い。