誤字報告ありがとうございます。
その人は、まるでまるで蟻を踏み潰すように、なんの躊躇もなく彼らを殺していった。あるものは拳で、あるものは蹴りで、あるものは
「はぁ、めんどくさ」
その人はそう呟くと、その場から去ろうとした。その瞬間、わたしは自分でも気付かないうちに、その人のズボンを握っていた。その人はこちらを見て、少し考えるような素振りを見せた後、わたしを抱き上げ、その場所を出た。わたしは、なぜか彼に抱えられている間、安堵の感情を得ることができた。外は雨が降っていた。彼はわたしに歩けるか、と尋ねた。わたしは歩けます、と答えると、彼は自分が来ていた上着を脱ぎ、わたしにかけてくれた。雨によって彼らの血液が洗い流され、街灯に照らされた彼の姿は、わたしの心に残るには、十分なものだった。
普通ならば、交番に行くべきだろう。そうすれば、彼は逮捕され、すぐに刑務所にいくことになる。しかし、わたしはそうすることができるだろうか。彼はわたしのために彼らを殺したのだ。なら、わたしは彼のためにこの事を内に秘めるべきだろう。わたしがこんなことを考えるなんて、少しわたしはおかしくなったのかもしれない。それでも、わたしは彼のために全てを忘れることにした。先導して歩く彼の隣に並び、彼の手を握り締める。母さま、ごめんなさい。わたしは、藤乃はやっぱり、どこかおかしくなってしまったようです。男の人は嫌いだったはずなのに、なぜか彼だけは心から信頼できる、信頼してしまうのです。わたしにとって、これだけの感情を一人の人に向けるのは初めてなのですから。この思いだけは、決して錯覚じゃないんだから。その瞬間、またアレがやってきた。お腹が熱い。見えない手に、わたしの中身が鷲掴みにされる不快感が。痛みのあまり、その場に倒れそうになる。しかし、隣にいた彼が、わたしを優しく支えてくれた。
「痛いのなら、痛い、って言った方が良いぞ」
彼は、わたしの心を見透かしたように、そんなことを言った。わたしが欲しくて欲しくて堪らなかった言葉を。
「とても……とても痛いです。わたし、泣いてしまいそうで――――泣いて、いいですか」
わたしはそう答えると、彼は、わたしを優しく抱き締めてくれた。わたしはその日、初めて───本心から、涙を流した。
もしも荒耶宗蓮が主人公を評価したら
『死を理解して何も見出ださない完全欠落者』