今回、少し長いです。
六月十七日 曇り
誰か、陳宮で俺を射出してくれないかなぁ。ほんっとうにやらかした。なーにが「痛いのなら、痛い、って言った方が良いぞ」だ。原作におけるコクトーの立場奪ってもうてるやんけ。ふじのんを助けるのは良いとしても、ふじのんを肯定したのはプレミ以外のなにものでもない行為だ。
原作《空の境界》において、ふじのんは自分を否定し、否定され続けることによって『浅上藤乃』という人格ができ上がった。しかし、【俺】と言う存在が彼女を肯定してしまった。誰だって、本当に辛く、本当に苦しいときに優しい言葉をかけ、隣に誰かがいてくれたとしたら、その誰かに信頼を寄せるだろう。その証拠に現在、ふじのんは『伽藍の堂』の地下にある俺の自室のベッドの上でぐっすりと眠っている。あのいつも鉄仮面で何を考えているのかわからないふじのんが、微笑みながら眠っているのだ。
あの後、浅上邸まで連れて帰ったが、なぜかふじのんがうでに抱きついたまま、「わたし、今日だけは帰りたくないんです」と懇願してきた。なんとか家に入らせようとしたものの、ふじのんが涙を流し始めたために、今日は『伽藍の堂』に泊めることになった。幸いなことに橙子、青子、エレイシアは協会関係で家にいないため、明日の朝早くに帰らせることにする。たしか、あと三日ほど経つと【伽藍の堂】が開始するはずだ。橙子のポジションに俺が入れ替わっているため、今のうちに魔よけのルーンを刻んだ石をつくっておこうと思う。
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二十日の朝、式の病室に入ると、自身の指先を瞳につきたてようとしている彼女の姿が見えた。
「まてまて、思い切りが良すぎるぞ、おまえ」
声に驚いたのか、彼女はこちらに意識を向ける。足音を一切たてずに彼女に近づき、ベッドの脇に座った。
「直死の魔眼だ。それを潰すのは少しもったいないぞ式。それに、潰したところで視えるものは視えてしまうさ。呪いの類いはな、捨てても持ち主の元へ戻ってくるものだからな」
「おまえは───人間か?」
その問いに、少し笑いを噛み殺しながら答える。
「俺は魔術師さ。今日はおまえに、その目の使い方を教えてやろうと思ってね」
どうやら、式は俺が言語療法士だと理解したらしい。
「この目の使い方、だって・・・?」
「あぁ、現在よりは少しマシになる程度だが、知っておいたほうが良い。見るだけで相手の死を見ることができる、なんて魔眼はケルト神話以来だ。捨てるにしては少々価値がありすぎる」
「魔眼というものはね、保持者の眼球に何かしらの付属効果をもたらす霊的手術の到達点だ。しかし、おまえの場合は独りでに現れてしまったらしい。おそらく、もともと素質があって、今回の出来事で覚醒したんだろう。調べてみると、式という子は昔から物事の奥を見つめていたそうだが」
魔眼の説明をすると、彼女は少し考え始める。
「多分、それは両儀式と言う人間が無意識に行っていた制御法さ。表面を見るな、式。万物には全てに綻びがある。完全な物などあり得ないからな。おまえの目は、その綻びが視えてしまう。霊的な視力が強すぎるんだ。死に長く触れてしまっていたおまえには、一体それは何なのかが理解できてしまう。きっと、おまえの脳は死を視て、それに触れることさえできる筈だ。おまえがその目を潰すのなら、俺に譲ってくれないか」
原作で橙子が話した事をなぞるように、しかし、自分の言葉で伝える。
「なら、目を壊す理由なんてない」
「あぁ、そうだな。目を覚ませ、両儀式。おまえはこちら側の人間だろう?なら、幸福に生きたいなんてユメを見るな」
決定的な一言を放つ。この言葉によって、式の中に<覚悟>が産まれた。
「生きる意思なんて───私は、持っていない」
「だが、死ぬのは嫌だろう?なにせ、おまえは向こうの世界を識ったんだからな。贅沢な女め。いいか、おまえの悩みは単純だ。織がいないから、式としての自分はどうすらればいいか分からない、なんて思ってるんだろう。たしかに、織と式はセットだった。その片割れがいないんだ。もうそれだけで別人だ。たとえ、おまえが式だとしても、以前とは違うのも分かる。たが、それは欠けただけの話だ。そのくせに、おまえは生きる意志がないのに死ぬのは御免だという。生きる意味がないくせに死ぬのは怖いという。生と死、どちらも選べずに境界の上で綱渡りだ。そりゃ、心がガランドウになるさ」
「・・・知ったような口を、よくも──」
式に睨み付けられる。おそらく、俺の死の線でも視たのだろう。その体が、少し震える。
「ほらな、隙がありすぎる。だからそれぐらいの接触で動じるんだ。おまえの体は器として最高級だ。とっとと目を覚まさないと、雑念どもに取り殺されるぞ。雑念はな、言わば死者の魂の欠片だ。意志がないから、その場にただ漂うことしかできない。だが、やつらは固まり、一つの霊となる。そこに意志なんて立派なモノは存在しない。あるのは人間に戻りたい、人としての体がほしい、という本能だけだ。あいにく、
そう伝えると、彼女は少し、諦めたような表情を浮かべた。
「──無様だな。こうなったら密かに病室の前に置いていたルーンも無意味だ。後は勝手にしな」
彼女に毒のある言葉を吐き捨てる。すまない、式。だが、君には必要なことなんだ。
「それにしても、だ、式。
ベッドから離れ、扉を開いた俺は、彼女に振り返ってそう告げた後、その場を去った。
日記編と現実編で時間が飛んでいます。申し訳ございません。飛んでいる間の主人公に関しては、原作の橙子と同じ行動をしています。
次回、ほんの少しだけ、霧のような彼女に救いがあるかも知れません。