式の病室から出ると、伽藍の堂へは帰らず、俺は病院内のある一室を探していた。原作での描写からして、彼女は式と同じ階に入院しているはずだ。首に言語療法士であることを示す吊り下げ名札をかけているため、怪しまれずに病院内を動くことができる。
「ほんと、かわいそうよね」
「えぇ、だって、あの事故で患者さんの家族全員亡くなったんでしょ」
すれ違った看護婦がそんな会話をしていたため、この階にいることは間違いない。辺りを見回すと、今俺が会いたい人の名前が書かれたネームプレートを見つけた。その病室に近づき、ノックをする。応答がない。おそらく、彼女は今、
『巫条霧絵』。空の境界において、彼女ほど可哀想な人はいないだろう。全てを失い、空へ憧れ、最後に堕ちてしまった少女。そんな終わりは、あまりにも儚すぎる。せめて、ほんの少しでも、救われてほしい。そんな事を願いながら、床頭台にニゲラの花束を置いた。さて、明日は【伽藍の堂】が終わりを向かえる日だ。帰って準備をすることにしよう。足音をたてず、病室から去った。
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翌日の夜、俺は病院の外で待機していた。すると、式と死体が部屋から落下してくる。式は見事な運動神経で死者と自分の位置を入れ替え、地面と水平に飛んで着地の衝撃を軽減させた。
「驚いた。おまえの前世は猫だっただろうな」
式は振り向かず、痛みにこらえているように見える。
「おまえか、なんでこんなところにいる」
「監視していたからな。今晩あたりだとヤマをはっていた。連中、おまえを殺して乗り移る気だぜ」
「はぁ、ったく。どうせ、これもおまえのせいだろ。なんとかしろ」
「了解。アンサズ!」
死者に向け、わざと威力を弱めに調整したルーン魔術を放つ。
「ッチ、手持ちのルーンでは無理か」
炎に包まれた死体は、ゆっくりと立ち上がる。骨が折れ、むき出しになっているのに、それでもなお式に向かう。
「詐欺師め」
「まぁ、そう怒るな。死体の破壊は難しいんだ。腕やら頭やらを消し飛ばしても、おかまいなく突っ込んでくる。あいにくだが、俺の手持ちの武装であれを消すことはできん。だが───」
「私の眼なら、できる、と」
「あぁ、おそらくな」
「なら───、なんであろうと、殺してやる」
式の瞳を覆っていた包帯がほどけ、その眼が露になる。夜の闇のなか、青いその眼は、美しかった。
「死の塊が、私の前に立つんじゃない」
死者の攻撃を紙一重でかわし、見えるであろう線をなぞるようにして片手で死者を引き裂いた。右肩から左腰まで、式の爪が突き立てられる。次の瞬間、死体は地面に倒れこんだ。なんとか繋がっていた片腕を式に伸ばすも、式は躊躇なく踏み潰す。
「式!」
彼女に向かって一振りのナイフを投げる。地面に突き刺さったナイフを引き抜くと、式は死体の喉へナイフを突き刺した。が、死体から煙のようなものが飛び出した。煙は式の体内へと消えていく。式がその場に膝をつく。勝ちを確信した俺は、その場から動かず、その時を待った。
「これで、逃がさない」
式の体に力が入り、ナイフを自身の胸に突き刺した。
「おまえなんかに、両儀式は渡さない」
「おまえ、言ったよな。俺にこの眼の使い方を教えてやるって」
「あぁ、確かにそう言った」
「いいぜ、その話、乗ってやる」
式は倒れることなく、こちらに目を向ける。その目には、初めての殺しによる高揚が見て取れる。式に近づくと、手を差し出す。
「よろしく───両儀式」
すると、式は差し出した俺の手を取った。
「よろしく───蒼崎紅」
二人して、その場で笑いあった。それにしても──なぜ、式は俺の名前を知っているんだろうか。
☆☆
桜がひらひらと舞い落ちる、この世のどこでもない場所にて、一人の少女は嗤った。
「ねぇ、言ったでしょ?『また逢いましょうね』って」