もしもトレセン学園が男女共学だったら   作:アシスト

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あけましておめでとうございます。
久しぶりに書くと楽しいですね。




コミュ障と皇帝3

 

 

「………っくしゅん」

 

 会長のウマラインにあった春寒料峭(しゅんかんりょうしょう)。後から調べたところ、あれは"春なのに冬の寒さが戻ってくる"という意味の四字熟語だった。同時に"体調管理には気を付けよう"の意味も理解した。

 

 今日、めっちゃ冷える。

 

「………っくしゅん」

 

 あまりの寒さに二度目のくしゃみ。今日に限って制服の下は薄着だ。こんなことなら予め意味を調べておいて、もっと着込んでくるべきだったと今になって後悔する。

 

 四字熟語、勉強しようかな。昨日も思ったが、会長は日常会話に日常じゃ使わない四字熟語を多用してくる。知っているフリをして適当に頷いていたら、今みたいに後悔しかねない。放課後、本屋へ四字熟語辞典を買いに行ってみよう。

 

 ………いやまぁ、会長と話す機会はもうないと思うけれど。

 

 昨日は事情があったから声をかけてくださっただけで、用がなければ話しかけてくれることはないだろう。そう何度も期待してはいけない。昨日の会長とのひと時は、一年間コミュ障ながら努力した俺へのご褒美だったと思うべきだ。

 俺から話しかけるのは論外。コミュ障にはハードルが高すぎる。

 

 我ながら卑屈な考えだと思わなくもないが、現実は非情なんだ。期待しない程度が丁度良い。

 

「………っくしゅんッ」

 

 三度目のくしゃみ。いくら寒いとは言えここまで出るものだろうか。俺の噂話をしてくれるような知人は極僅かだし、風邪かな。

 

 今は昼休み。カフェテリアで昼食を取るつもりだったけど、購買で何か買って自室で食べよう。誰かにうつすわけにもいかないし、部屋になら風邪薬とマスクもある。うん、そうしよう。

 

 入口まで迫っていたカフェテリアの前で回れ右し、冷え切った両手を擦り合わせながら購買へ向かおうと歩き出す。その時、両手が温もりに包まれた。

 

 風邪のせいで感覚までおかしくなってしまったかと思ったが、よく見ると、いやよく見なくても、誰かが俺の両手を握っている。

 

「やぁ、昨日ぶりだね。私の手は温かいだろう。冬に使い切れなかったカイロがこのようなタイミングで役に立つとは思わなかったよ」

 

 握られた両手から視線を上げると、そこにいたのは皇帝様で、今の俺には刺激が強すぎて、失神しかけた。が、何とか唇を喰いしばり意識を保つ。

 

 血の味がする唾を呑み込み、昂る気持ちを必死で抑えながら、俺は会長と向き合う。

 

「こ、こんにちはです。えっと、会長もお昼ですか?」

 

「いいや。人探しをしていたのだが、偶然くしゃみをする君が目に留まってね。少しは温まっただろうか?」

 

 そりゃあもう、顔が真っ赤に熱を帯びるほど温かいです。

 内心そう思いながらも、俺は「は、はい。とても」と無難な言葉を返す。すると会長は「そうか、なら良かった」と微笑み返してくれた。笑顔が眩しすぎて目が潰れそう。

  

「……あの、えっと、会長。そろそろ手を離して頂けると」

 

「ん、もういいのかな?」

 

「は、はい。そろそろ周りの視線も痛くて……」

 

 今なお強く俺の手を握ってくれる会長だが、そろそろマズい。

 

 俺たちの周りにいる生徒が(ざわ)めき始めている。そりゃそうだ。会長が誰かもわからない野郎と両手を握りながら会話していれば、注目を浴びないわけがない。目立つのが苦手な俺にはかなりしんどい。

 

「ふむ、確かにここは門前成市(もんぜんせいし)だ。そう言うことなら場所を移そう。生徒会室に行こうか」

 

「うえっ!? いやいやいや! 僕は今から自室に戻る予定でして! それに会長は人探しの真っ最中みたいですし、僕なんかが時間を取らせるわけには」

 

「私の探し人は目の前にいるよ」

 

「………は、はい?」

 

 

 

「私は君を探していたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからはもう、有無を言う暇も与えられず、手を引っ張られながら生徒会室へと連行された。まさかこんな形で初めて生徒会室に入ることになるとは思わなんだ。

 

 俺はソファに座らせられ、会長はカチャカチャと戸棚の中を漁り何かを探している。

 会長が俺を探していたことには驚いたが、一体何の用だろう。用があるならそれこそ朝のウマラインで言ってくれれば良かったのにと思わなくもないが…。

 

「おっ、ここにあったか。ここまで探すのに手間取るとは、偶には戸棚内の整理をしておかなければな」

 

 探し物が見つかったようで。

 会長はそれを右手に持ちながら俺の隣に腰掛ける。近い。

 

「あ、あの、僕に用ってなんですか? そもそも一体何を探して」

 

「少し失礼するよ」

 

 言い切る前に、会長は俺の前髪を左手で上げ、右手に持っていた機械を俺の額にかざした。昨日からボディタッチが多すぎて、俺の心のライフは0に近い。

 

 機械からピッと音が鳴る。

 会長が持っていたのは非接触型の体温計だった。

 

「36.2。熱はないようだ」

 

「ね、熱?」

 

「昨日もだったが体調が優れないように見えたからね。もしかしたらと思ったんだが、私の杯中蛇影だったようだ。安心したよ」

 

 会長はそう言って俺に体温計の数値を見せた後、ポケットにしまう。

 

「しかし油断大敵だ。特に今日みたいな日は体調不良を訴える人間(ヒト)も多いし、君は何かと無茶をする癖がある。以後、気を付けるように」

 

「む、無茶? 僕は別にそんなこと」

 

「気を付けるように。ねっ?」

 

「…………はい」

 

「うん。素直でよろしい」

 

 俺が頭を下げると、会長は俺の頭をポンポンと優しく撫でる。

 

 ………少し、いや、だいぶ混乱してきたぞ俺は。どうして俺は会長に頭を撫でられている? というか本当に何なんだこの状況は。会長と生徒会室で2人きり、しかも頭を撫でられるって、一体俺は前世でどれだけ得を積んだんだ。

 一生分の幸運を昨日今日で使い果たしている気分。明日から地獄のような日々が続いても何も文句言えねぇ。

 

「あ、あのー……結局、会長は何故僕を探していたんですか?」

 

「昨日も思ったが、その"会長"呼びは他人行儀過ぎやしないだろうか? 私の事はルドルフでいい、敬語も結構だ」

 

 無茶を言わないでほしい。

 あと質問にも答えてほしい。

 

「……結局、ルドルフ先輩は何故自分を探していたんですか?」

 

 これが皇帝様に向けられる精一杯の口調です、って思いを全力で込めて俺はルドルフ先輩に問う。これ以上砕けた口調で話すのは無理です。俺の胃が持ちません。

 

「もう少しフランクに接してくれると嬉しいんだが、今日のところは良いだろう。まずはこれを受け取ってほしい」

 

「これは?」

 

「開けてみてくれ」

 

 ルドルフ先輩が懐から取り出したのは、にんじん柄の手ぬぐいで包まれた二つの四角い箱。俺はその一つを受け取ると、先輩の言う通りに手ぬぐいの結び目を解く。

 

 中に入っていたのは、二段重ね型の弁当箱。蓋を開けると、上の段には色取り取りのオカズがぎっしりと、下の段には三角おにぎりが3つキッチリと入っていた。

 

「本来なら副会長の2人に渡す予定だったんだが、1人には余計な世話だと突っぱねられてね。良ければ君に食べてほしい」

 

「自分にですか? すごく立派なお弁当ですけど……生徒会に支給されたものを自分なんかが頂いてしまってもいいんですか?」

 

「支給? ああ違う、これは私の手作りだよ。私が食べてほしいんだから何も問題はない。それに今日はメンチカツが自信作なんだ。ほら、あーん」

 

 ニッコリ笑顔でサラリととんでもない情報を発するルドルフ先輩に俺はお口あんぐり。そんな情けない理由で開かれた俺の口にメンチカツを突っ込むルドルフ先輩。うまっ。

 

 ルドルフ先輩の手作りお弁当。一生分どころか来世と来来世の得を前借しても食べられるかわからない御馳走じゃないか? んでもって、今すごく自然な流れでアーンされなかった俺? 運使い過ぎて明日地獄に落ちるんじゃねぇの俺。

 

 いや……落ち着け。落ち着いて考えろ俺。

 話もメンチカツも美味しすぎる。これは何か裏があるんじゃないか?

  

 例えばこう『感無量(・・)な所悪いが、皇帝たる私の手料理を無料(・・)で食べられると思ったのかい? フフッ、そんな話があるわけないだろう、明日から君は生徒会の奴隷としてバ車ウマ娘の如く働いてもらおう』みたいな。いやそんな駄洒落みたいなことは言わないだろうけど、何か地獄を見るぐらい大変なことを頼まれる前振りである可能性は充分考えられる。

 

 コミュ障は押しに弱い。美女なら尚更だ。これからどんな恐ろしいお願いが待ち受けようとも、俺がそれを断れることはないだろう。

 

 俺はメンチカツを咀嚼する。口の中に広がる幸福な旨味、それを噛みしめながら覚悟を決める。

 

 

「……すごく、すっごく美味しいです先輩」

 

「本当か!? そ、そうかよかった。異性に食べてもらうのは初めてだったから少し不安だったんだ」

 

「先輩。自分、覚悟できました。どんな地獄でも拷問でも受け入れて見せます。さぁ、何でも言ってください」

 

「じごく? いや、君に受け入れてほしいのは"生徒会への勧誘"の件だが……」

 

 

 …………なんですと??

 

 

 

 

 

*————————*

 

 

 

 

「トレーナー学科1期生 高等部 2年岡幸(おかゆき) 雄一郎(ゆういちろう)

 10月31日生まれのA型。趣味はマリンスポーツ。好物はさんまの塩焼き。好きな色な緑。私の勝負服と同じだ。

 

 入試試験では理系科目でトップの成績を納め、総合成績も最上位。入学以降の成績も安定して上位に入っている。素行も良好であり、教官、トレーナーからの信頼も厚い。これは人柄が良いところもあるが、頼まれたら断れない性格故、という部分もあるだろう。とてもシャイでかわいらしい。

 

 しかし内気な一面もあり、コミュニケーション能力に一部難あり。特に自分から話しかけること、異性と会話することに苦手意識を持っている。そのため形単影隻(けいたんえいせき)になることが多々あり。この短所のおかげで彼に女の影はない。私が勇往邁進するチャンスだ。

 

 "男性の学生(ヒト)"である彼を会計として生徒会に招き入れることは、男女共学となったトレセン学園をより良い環境にするためにも必須なことだと私は考えている。故に席は既に用意済みであり、私の隣だ。

 

 ここまでで何か質問はあるかな2人とも?」

 

 

「………ところどころ私情が挟まってなかったか?」

 

「聞き流せブライアン。ああなった会長はもう止められない」

 

 

 

 同日の夜7時。

 珍しく生徒会メンバー3人が揃っての会議。その内容は聞いての通り"生徒会新メンバー加入"である。

 

 今までの生徒会は生徒会長であるシンボリルドルフ、副会長のエアグルーヴ、ナリタブライアンの3名で構成されていた。少ない人数ではあるが、一人一人の圧倒的スペックの高さ故、人数不足で困ることは一度たりともなかった。

 

 しかしである。トレーナー学科追加によって生徒数が増えたこと、そしてその中に"人間の男女"が含まれていること。この2点が生徒会を苦しめた。

 

 単純に人数が増えれば生徒会の手間も増える。そして今の生徒会には"人間"に対してのノウハウがほとんどない。今までは"ウマ娘"基準で物事を決めてきた彼女たちであったが、それを人間にも同様に当てはめて物事を進めたらとんでもないことになる。

 

 そんな問題を解決するための案。それが人間を生徒会に招き入れることであった。

 

 

「おい、一ついいか?」

 

「なんだいブライアン」

 

「話を聞く限りその男、女に苦手意識を持っているんだろう。そんなの(・・・・)を生徒会に入れていいのか? 会話ができなければいないのと同じだ」

 

「その点は問題ない。向こうから話せずとも、こちらから話しかければ受け答えはできる。それに、まったく話せないわけでもないよ。彼自身もそのコンプレックスを克服したいと思っているし、いざとなれば私がカバーする。了承も得ているしね」

 

「……了承? 会長、既に彼に話をしているのですか?」

 

「ああ。今日とても偶然カフェテリアで会ってね。共に昼食を取るついでに話すことができた」

 

 

 

──エアグルーヴ。明日の昼食時間は生徒会室には入れない。間違っても来ないように気を付けてくれ。

 

──何故かって? ……重要な案件があるんだ。だから絶対来ないように気を付けてくれ。

 

──話は変わるがエアグルーヴ。男性受けするお弁当のおかずって何だと思う?

 

 

 エアグルーヴの脳裏に蘇る昨日の記憶。

 そして直感した。すべてはシンボリルドルフの思い通りに物事が動いている、と。 

 

 

「あとブライアン」

 

「ん?」

 

 

 

──そんなの、とは。彼に失礼だと思わないか?

 

 

 

「……ッ!?」

 

 

 空気が揺れ、生徒会が軋む。

 

 口に咥えていた枝をポトリと落とすブライアン。いつも通りの笑みにも関わらず、レース終盤だと勘違いしそうになるほどの威圧感を放つルドルフに、ブライアンは一筋の冷や汗をかいた。

 

 

「──と、そういうわけだ。正式な加入はまだ先になるだろうが、近いうちに顔合わせをしようと思っている。そうだな……早ければ明日の昼でもどうだろう?」

 

「問題ありません」

 

「…………わかった」

 

「よし、そうと決まればすぐに彼に連絡をいれなければ! 電話をするから、少し席を外すよ」

 

 

 口早にそういうと、ルドルフはスマホを片手にスキップをしながら生徒会室を出る。

 

 バタンと閉まる扉。

 静寂に包まれる生徒会室。

 

 

 

「…………好きなのは知っていたが、ここまでとはな」

 

「だから言っただろう。聞き流せと」

 

「…………そんなに良い男なのか?」

 

「…………」

 

 

 ブライアンの問いに何も答えず、ただ目をそらすだけのエアグルーヴなのであった。

 

 

 

 

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