「じゃーん! どう、ご主人様?」
”どう、と言われても。その”
私は夢でも見ているのだろうか。
私の目の前にはアスナがいる。上半身が下着だけの姿で(下はちゃんと着ている。念のため)。
確か、買い物に出かけたらばったりアスナと出会って、そのまま一緒にいろいろと見て回ることになって……どうしてこうなった。
スタイル抜群な上半身に下着だけという衝撃と、それを恥ずかしがることもなく見せつけてくるアスナを目の前にして、私の思考はほとんど停止していた。
残ったわずかな理性で、私はこうなるに至った経緯を少し振り返って現実逃避することにした――。
『アスナの下着を一緒に買いに行った話』
「あれー、ご主人様?」
久しぶりの休日、お昼過ぎ。買い置きのインスタント食品を切らしてしまったので、私は少し遠出してショッピングモールへ出向いていた。そして入り口のあたりで私はひとりの生徒とばったり出会ったのだ。
アスナだった。
「わー、ほんとにご主人様だー。お休みの日に外で会うのってなんか新鮮だね」
そうだね、と私は答えた。新鮮なのは私から見たアスナもそうだ。今日の彼女はメイド服でもミレニアムの制服でもなく、ましてやバニー服などでもなく、私服のアスナだった。
今日の彼女は上はパーカー、下はデニムでカジュアルな雰囲気にまとめていて、小洒落たハンドバッグを提げていた。首元の黒のチョーカーも含め。私とは全然違ってオシャレだなと感心した。
私はといえば、適当に着替えてジャケットを羽織ってるだけだったから。
「ご主人様はお買い物? シャーレの方からここまで来るのってちょっと遠くない?」
"インスタント食品の買い溜めをしようと思って。ここなら安いし"
「だめだよー、カップ麺ばっかりとかは」
めっ、と注意された。たまにはデリバリーも頼んでるから、と付け足すと「デリバリーばっかりもだめだよー!」と言われた。バツが悪くなった私は話題を逸らそうと、アスナはどうしてここに、と尋ねてみた。
「私? 私はちょっと受け取るものがあって」
受け取るもの? いったいなんだろう。
「せっかくこうやって会ったんだし、ご主人様に着いてきてほしいな。だめかな?」
”私は問題ないよ。お供させてもらおうかな”
……こうしてアスナと一緒に買い物をすることになった。
「ほんとは友だちと一緒に来る予定だったんだけど、予定が合わなくって」
歩きながらアスナがそう話す。今日はひとりでここに来たらしい。
「ひとりだからちょっと寂しいなーって思ってたけど、ご主人様と一緒なら全然寂しくないね!」
そう言ってパァッと笑みを浮かべた。足取りもなんだか楽しそうだ。
楽しそうにしているアスナを見ていたら、私もだんだんと楽しい気分になってきた。
「でも、こうしてご主人様と会うんだったらもっと可愛くオシャレしてきても良かったなー。爪も塗ってないし」
アスナは自身の手を見てそう呟いた。よく見ると確かに今日は爪に何も塗っておらず、淡い桃色が顔を覗かせていた。
私から見ればアスナはそのままでも充分すぎるくらい可愛いと思うけど、本人はそれだと納得できないのがオシャレというものなのだろう。
「私はちょっと時間かかると思うから、先生のお買い物から先に済ましちゃおっか?」
アスナがそう尋ねてきて、帰りに買うからいいよと答えた。買うものはどうせ賞味期限の長いものばかりだし、アスナに一通り付き合ってからでも大丈夫だろう。
「えへへ。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね!」
アスナはそう言って、今度はほんのちょっとだけはにかみ笑いを浮かべた。
んふふー、とご機嫌な様子の彼女に、さっき言っていた受け取りにきたものについて尋ねてみた。
「あー、実は……ほら、今日は持ってきてないでしょ?」
そう言って彼女はくいっと肩を持ち上げる仕草をした。そういえば何か欠けている気がすると思ったら、アスナが銃を携帯していないことに私はようやく気がついた。サプライズパーティー。彼女にぴったりの銘を持つ、彼女の象徴ともいえるARの姿が今日は見当たらなかった。
「その子をちょっと点検に出してたから今日はそれを取りに来たの。あ、と言ってもスペアの方でメインの子じゃないんだけどね。メインの子も持ってこうかなって思ったけど、二丁持ちするタイプでもないし」
予備の弾薬とかは持ってきてるけどね、と言ってバッグから何かを取り出して見せてくれた。可愛らしい装飾が施された弾薬ケースだった。中身はマガジンらしい。どんなものでもオシャレにしてしまうあたり、アスナもやっぱりキヴォトスに住む女の子なんだなぁと改めて感じた。
そんな話をしながら歩いているうちに目的のガンショップへと到着した。
ガンショップではアスナと店主のお姉さんが銃の話題で盛り上がっていた。銃にはとんと縁も無く詳しくもない私にとって彼女たちの話の内容はひとつもわからなかったが、アスナが楽しそうに話している様子を見ているだけでなんだか私も楽しく感じられて退屈はしなかった。
店内に飾られている銃を眺めながら時間をつぶしていると、しばらくしてアスナが戻ってきた。
「お待たせ―! ごめんね、夢中でお喋りしちゃってた」
見てるだけでも楽しかったよ、と私は答えた。
「ご主人様も銃に興味があるの? じゃあ今度一緒に選んであげよっか!」
魅力的な提案だったけど銃の扱いはまったくできないので丁重にお断りして、次のお店へ向かう。
少し歩いたさっきとは違い、次のお目当てはガンショップの隣にあるデコレーション&メイク用品店だった。
女の子だなぁ、と思っていたら、よくよく商品を見てみるとどれにも「銃の飾りに!」などの文字が見えた。ガンショップの隣にちぐはぐだなぁと思っていたから、なるほどと私は納得した。銃専門のこういうお店もあるんだ。
ここでもアスナはたっぷりと時間をかけてショッピングを楽しんでいた。時間をかけて買ったのは何種類かのシールだった。さっき見せてくれたマガジンに貼るのかな。
アスナはお店を出てすぐに買ったものの封を開けた。さっそく貼るのかなと思っていると、シールの台紙を一枚取り出して私に渡してくれた。
「ご主人様にもひとつあげちゃう!」
アスナから水色のリボンのようなシールを一枚受け取った。銃のデコレーション用らしいけど、どうしよう。パスケースにでも貼ろうかな。
「えーっと、あとはー……」
シールの使い道を考えていると、アスナもうーんと言いながら考え事をしていたらしい。
「あー、そうだ。ついでにあれも買っておこうかな。ご主人様、まだ時間はある?」
全然あるからまだ付き合えるよ、と答えるとアスナはニッコリと笑った。
……すぐあとに、私は断っておいた方が良かったかもしれないと少し後悔することになる。
「あ、ここだここだ」
またしばらく歩いて目的のお店に辿り着いた、けど。
"……ねぇ、アスナ"
「ん? どうしたの?」
"このお店って、その"
「うん、ランジェリーショップだけど」
…………。私、外で待ってていいかな。
「えー、せっかくだし着いてきてほしいなー」
いやでも、という私の背中をアスナに押され、結局二人で下着屋さんに入っていくことになってしまった。
「んー」
私にはちょっと直視するのが恥ずかしい商品たちを、アスナは先ほどからじーっと眺めている。色とりどりのポップが並ぶ下着たちから目を逸らしたら、今度は店内にいる他のお客さんからの視線が痛く感じてしまいう。肩身が狭ければ目のやり場もどこにもなかった。
「よしっ。これとこれと、あとこれとー……」
そういった私の心の内をアスナはまったく気にすることなく、じっくり見ていたさっきまでとは違いやや雑な感じでカゴにブラをぽいぽいと入れていった。もっとじっくり見てこれと決めたものを選ぶかのと思ていたけど、特にこだわりとかは無いのだろうか?
オシャレにこだわっていて身なりに気をつけているアスナにしてはなんだか意外だなと思いつつ、普段は見えない部分はそうでもないんだろうかとか、こういうお店だとまず採寸をしてもらうんじゃないのかななどいろいろ疑問が浮かんだまま、彼女は店員さんにひと言告げて試着室へ向かう。私も慌てて後を追う。
気になることは多かったけど、以前にアスナとは胸に関することでいろいろあっただけにこの場で直接尋ねることは私にはできなかった。
「ちょっとだけ待っててねー」
アスナはそう言ってカゴを持って試着室へと入っていった。ガンショップにいたとき以上に手持ち無沙汰になってしまったが、今はとにかく待つしかない。
"ねぇアスナ。私、本当に外で待ってなくて良かったの?"
「うん。だってご主人様だし」
だって、の理由がいまいちよくわからなかったが、アスナが言うからにはそういうことなのだろう。
「最近またサイズがちょっと合わなくなってきてねー」
カーテン越しにアスナがそんなことを言うものだから、いろいろと妄想してしまって悶々とすることになってしまった。
なんとかしてその妄想を振り払おうと奮闘していると、不意に試着室のカーテンが開いた。
――ここで冒頭のシーンに戻る。
「じゃーん! どう、ご主人様?」
”どう、と言われても。その”
アスナのその恰好を見てさすがに面食らってしまった。
カーテンを開いて現れたアスナは、上半身にブラしか身に着けていなかった。黒を基調として紫の刺繍が施された落ち着きがありつつも、どこか妖艶さを感じさせる蠱惑的なデザインのブラだ。……けど。
「ねぇ、どうどう? 似合う?」
ようやく思考が戻ってきた私だったが、感想をねだってくる彼女に似合うよ、と答えられるものなら答えたかった。できなかった。
やはりというかどうしてもというか、私の視線は彼女の豊かな胸に釘付けになってしまっていて、なにか言葉を紡げる余裕なんてまったく無かった。視線を別の場所にやろうとしても、今度は胸より下にある縦に割れた綺麗なお腹に目が行ってしまう。視線の逃げ場所は完全に閉ざされてしまっていた。あぁ、胸元の小さなほくろが可愛い……。
”お、お……”
「んー? ご主人様?」
”……おおきい”
「え、大きい?」
思考は戻ったが理性はまだ戻ってきていなかったらしい。うっかりそんなことを口走ってしまい、慌てて私は手で口を塞いだが、すでに手遅れだった。
またやってしまった。以前、うっかり彼女の胸を揉んでしまったときと同じだ。
そう思っているとアスナが少し俯きがちになり、それを見て不安は確信へと変わった。
だけど、アスナから出てきた言葉は意外なものだった。
「だよね、やっぱりあんまり可愛くないよね……」
あれ、可愛くない? どういうことだろう。アスナはすごく可愛いと思うのだけど。不思議に思っていると、アスナはぽつりと話し始めた。
「今着てるこれ、他に選んだの全部もだけど……このお店にある中で一番大きいサイズばっかりなんだよね。こういうのって普通のサイズだと可愛いデザインのいっぱいあるんだけど、私に合うサイズになってくるとあんまりそう思えるものが無くって」
どうやらアスナは私が言った言葉の意味を勘違いしているみたいだった。けど、それで私はほっとしたりはしなかった。どうやら彼女にとって下着選びはあんまり楽しいものではないらしい。
しゅんとしょげてしまったアスナを見て、とにかく私はなんとか彼女を励まそうと言葉を探す。
”その、うん。私にはいい感じに見えるけど”
「ん、そう? えへへ、ありがとご主人様」
アスナはちょっぴり笑顔を浮かべた。アスナにしょんぼりは似合わない。いつも楽しそうにしているこの子には笑顔が一番似合う。少しは元気を取り戻してくれたらいいんだけど。――その時だった。
――ドゴォッ!
”これは……!?”
「爆発……!?」
ランジェリーショップの外のほうから突然爆音が聞こえてきた。
周囲から困惑や悲鳴の声が上がる中、拡声器を通した声が響き渡る。
『あー。我々は行き当たりばったりヘルメット団だ!』
『おめーが店主のおねーさんだなぁ? レジのお金を全部出してくださいよぉ!』
「あらやだ嬉しいこと言ってくれるじゃないのぉ! で、あんたたちの名前は……もう一度言ってもらえないかしら?」
『行き当たりばったりヘルメット団だ! 一度で覚えろ!』
『略してイキヘル団だ!』
『あ? 何言ってんだ。ウチらの略称はバタヘル団だろうが』
『違いますよ。イバメト団って昨日決めたでしょーが』
『全部ちげーよ! タリタリ団だよ!』
「ちょっとぉ、正しい略称はいったどれなのよあんたたちぃ」
『うるせーですよ店主さん! 今から決め直すからちょっと待っててくださいよね!』
『ほんと息が合わねーなウチらって』
『まぁ結成からずっと行き当たりばったりだしな』
……何やらコントのような会話が聞こえてきたが、大変な事態が起きているのは間違いない。
「ご主人様」
そう言われてアスナの方を振り返ると、スペアの愛銃サプライズパーティーにちょうど弾薬を装填し終えたところだった。
真剣そのものな瞳と表情からは普段の楽しさ満点な笑みは鳴りを潜め、エージェントとしての本能が露わになっていた。
”……やっちゃって!”
「オーケー!」
そう言ってアスナは銃を持って突撃していった。上半身は下着姿のままで。
”ま、待って! ちょっと待ってアスナ! 服! 服着て!”
……私のその声は届かずに銃撃戦が始まり、ものの数分もしないうちにアスナは略称不安定ヘルメット団を撃退したのだった。
「ほんとアスナちゃんがいてくれて助かっちゃったわぁ! あら、試着中だったの? それじゃあカゴの中のもの全部持って行っちゃっていいわよぉ! せめてものお・れ・い」
店主さんからそう言われ、アスナはカゴに入れていた商品をすべてタダで譲ってもらえることになった。
「なんとかなって良かったね、ご主人様! 最っ高の気分!」
そうだね、と言おうとして、煤のついたアスナの姿を見てなんだか酷く心が痛んでしまった。幸いにも傷は負っていなかったけど、それでもだ。
私はジャケットを脱ぎ、アスナにそっとかけた。
「え、えっと。ご主人様、どうしたの?」
”……戦闘の際は必ず服を着るように。ケガしたら、私はすごく悲しいから”
「あ、うん、そうだね。……ありがと、ご主人様」
そのとき、ぐぅと私のお腹の虫が鳴った。
「わぁ。ご主人様、お腹空いてるの?」
”ご、ごめん。お昼、まだ食べてなくて
「アスナもお昼は軽く食べただけなんだよね。ご飯、食べに行こうよ」
”うん、そうしようか”
あはは、とお互いに少し顔を赤くして笑いながら、突然の騒動は終わりを告げた。
ひとまずこれでアスナとの買い物はいったんおしまい。
……だと思っていたのだけど。
「じゃーん! これはどうかなご主人様ー!」
なぜか私は引き続き、試着室でのアスナの下着ファッションショーに付き合わされていた。
”う、うん。似合ってるよ。ところでアスナ”
「なぁに?」
”全部譲ってもらったんだし、試着は帰ってからゆっくりすればいいんじゃ……”
「えー。だってせっかくご主人様と二人きりなんだもん。もうちょっと付き合って! そのあとご飯行こ! お願い!」
そういう風に言われてしまってはとても断る気にはなれなかった。
「ではでは、感想を聞かせてほしいんだけど」
アスナはそう言って胸を張り、身に着けた下着を私に見せてきた。水色を基調にしたその下着は、今日見た中では一番可愛く見えた。おおきい。
”たぶんだけど、今日見た中で一番アスナっぽいというか、似合ってるかも?”
「お、ご主人様もそう思うー? えへへ、私もそう思ってたんだぁ! 嬉しい!」
こうしてアスナの下着ファッションショーは続いていった。
……とても綺麗だった。